私の名前は笹尾美奈。職業、声優。
世間では『アイドル声優』と呼ばれてる、そういう職業。
20代半ばになって、アイドルという年でもないんだけど。
なぜか声優界では、20代後半、30歳を過ぎてもアイドル活動ができるし、人気も取れる。
今出ているアニメで共演している人の中にも、そういう人がいる。
アイドル活動は私もやっている。CDも何枚か出した。
歌はお世辞にも上手くはないけど、決して嫌いじゃない。
でも本当にやりたいのはお芝居だ。
私はアニメが好きだから、自分の声で子供に夢を与えたくて声優になった。
なのに、今じゃアニメなんて、6、7時台はほぼ全滅、夜中の1時、2時という冗談みたいな放送時間ばかり。
これでどうやって子供に夢を与えろと?
子供向けのアニメがないわけじゃない。でもそこは、ベテランさんばかりで、私みたいな若手の出る幕じゃない。
たまに呼ばれても、少女Aとか、村娘Aとか、名前もないチョイ役、やられ役ばかり。
真夜中にならないと私たち若手の活躍の場はない。まるでお化けみたい。
それでも、いわゆる「おっきなおともだち」と呼ばれる人たちからの人気は得られた。
「魔法教師キャロット!」という作品で念願の主役になった。
なんとヒロインが31人という、いかにもアニメ化、オタク受けを狙った作品だ。
狙い通りアニメになり、『ごく一部』で大ヒットとなった。
イベントのチケットは毎回あっという間に売り切れ、会場は満員だ。
そのファンの人たちには、確かに感謝している。でも、何かが違う……そんな気持ちはぬぐえない。
「がんばってください」「今度のイベントも行きますから」「いつまでも応援します」。
励ましてくれるのは嬉しいんだけど、それはそれ、これはこれで……。
たまに、こういう人がいる。
「○○たんやってー!」
それ、正直言って「ちっちゃなおともだち」に言われたいんだけどなあ。
でもたった一人だけ「声優、やめたいんだったらやめていいよ。辛いんだったらやめていいよ」と言う人がいた。
それが……。
「だーれだっ!」
「きゃあああっ!ちょ、ちょっと、しょーた!」
「あったりー!柔らかいなあ、ゴムボールみたい」
「ちょっとぉ、離してよぉ」
「あはは、ごめんごめん」
「…」
「どしたの?…もしかして、怒った?」
「そ、そんなことないよ!」
「俺のこと、嫌いに…」
「違うよ!私、しょーたのこと、大好きだよ!」
「さっき胸触ったから、それで怒ったのかなって」
「そんな、私、しょーたにならどこ触られたっていいよ。ただ…びっくりしちゃっただけ」
「美奈…じゃあ、触っていい?」
「うん…あっ…んん…」
触れてくる指の先から、優しさを感じる…… あったかくて、ドキドキして…… 。
「しょーた、大好き…」
「美奈、好きだよ…」
ちゅっ♪
そう、彼が「声優やめていいよ」と、私を心配して言ってくれた人なのです。
「んっ……あっ、あああっ!!」
しょーたが後ろからズンズンと突いてくる。
「気持ちいいか?」
「うん、すっごく、すごくいいよっ! あっ、ああっ……あはあっ!」
しょーたの部屋で、私としょーたは絡み合っていた。
「お前のファンが見たら悲しむだろうなあ。ああ、俺の美奈ちゃんが〜! なんてな」
「うー、意地悪ぅ……あはあっ!!」
しょーた、私にアニメキャラの声をさせたりとか、コスプレさせて楽しんでるんだろうって?
ざーんねんでした、しょーたはアニメを見ないから、そんなこと私にやらせないもん。
小さい頃からアニメが好きだった。
念願かなって声優になったけど、現実を知って愕然となった。
もうアニメはすっかりだめになってしまっていた。
話題の大人気アニメ・声優なんて嘘ばっかり。
今やってるアニメなんて、よほどの長寿アニメでもない限り誰も知らない。
声優なんて、よほどのベテランさんでもない限り誰も知らない。
テレビではめったに取り上げてもらえず、たまに取り上げられても
「オタクに媚びるアブナイ人」「変な人」扱い。芸能人として扱ってもらえないのだ。
仲良しの声優仲間で、テレビに呼ばれてひどい扱いをされた人がいた。
司会者に頼まれてアニメキャラの声をやったら、客席はサーッと引いて、シーンとなったらしい。
いたたまれなくなって逃げ出したいくらい惨めだったと言っていた。私もショックだった。
昔の名作アニメならともかく、今のアニメなんて誰も知らないから仕方がないとはいえ、
声優はさらし者扱いされ、バカにされ、無視されて……これが現実なのだ。
こんな状態だから、「私は声優です」なんてとても名乗れない。
しょーたと知り合った時も、最初は職業を偽っていた。
OLだと言ってごまかしていたが、不規則な生活でデートにも差し障ることが多くなり、
隠し切れなくなって思い切って打ち明けた。
振られるのを覚悟で。
しょーたは「それでも好きだ」と言ってくれた。
「すごく……うれしいよ……話して良かった……」
「……辛かっただろ?」
私はしょーたの胸の中で思いっきり泣いてしまった。
「あっ、ああっ、好き……しょーた、好き、好き、好きぃ!!」
「美奈……好きだ!! んんっ!!」
「しょーた、大好きー!! ああっ……」
しょーたと同時に、私は達した。
今日は『キャロット』のイベントの日。
イベント前の楽屋には、キャロットの声優陣が勢揃いしていた。
といっても、32人全員集合ではない。
別の仕事で、出られない人も多い。みんな事務所がバラバラだから仕方がない。
年もバラバラで、ベテランさんはいないけど中堅さん、デビューしたての新人の子、そして私くらいの若手クラスがいる。
今日のイベント参加者は22人。
女性ばかりで、しかも22人もいるから、控室はにぎやかを通り越してうるさいくらい。
おしゃべりしたり、お菓子を食べたり、いたずらしたりで、まるで女子校そのものの雰囲気。
私も、声優仲間とのおしゃべりで大笑いしていた。
その時、コツコツとノックの音がした。
「どうぞ〜」
私が返事をすると、ドアが開いた。
「は〜い!」
「あれ!? しょーた!?」
私は驚いてしまった。どうしてしょーたが?
「あー、栗林さーん!!」
みんなから歓声が上がった。しょーたのことはみんな知っている。
「は〜い、栗林翔太でーす!」
「こんにちわ〜」
「しょーた、どうして入れてもらえたの?」
「出演者の家族だって言ったら、簡単に入れてもらえたよ」
「えー、いいの?」
「いいのいいの、家族っていうにはまだ早いけどさ」
「もう、しょーたったら……」
「パパ、おかえりなさ〜い!」
仲良しの角崎舞ちゃん、おぬまゆみこちゃん、小高葵さんが小さい女の子の声でしょーたに甘えるそぶりを見せる。
「はい、ただいま! あー、だいぶ作りすぎちゃったなあ、ママと毎晩プロレスごっこばっかりしてたからなあ」
しょーたの返しに、みんなはどっと笑った。