エレベータで三階に上がり、すぐ目の前の扉に「3003」と刻まれている。  
 
ノックをするのも不自然なので、彼はわざわざそこでメールを打った。  
部屋の中から、着信メロディが聞こえる。  
 
それと同時に、女性の喘ぎ声らしきものが隣室から聞こえてきていた。  
場所が場所なのだから当然だろう。  
再び、心の中にある脂ぎったものが熱で溶け始める。  
 
鼓動が早い。自分の呼吸音が廊下に反響している。  
落ち着け、と己に言い聞かせる。  
 
ドアが、遠慮がちに開いた。  
 
くっきりとした二重まぶた。長い睫毛。高い鼻。ぷっくりと膨らんだ下唇。  
見慣れた顔が、ドアの隙間から見える。  
 
英志と眼が合った。  
 
その瞬間の、彼女の顔を英志は忘れられない。  
部屋の壁にゴキブリが張り付いているのを見つけたような、そんな表情だった。  
不快感。恐怖。嫌悪。苛立ち。攻撃性。侮蔑。  
そういった負の要素が混淆し、えもいわれぬ奇怪さを醸していた。  
 
英志は気圧されそうになるのを、すんでのところで堪える。  
元々、こういうタイプの女性が好みであるが、余り話をしたことはない。  
また、軽蔑されることは慣れていても、威圧することには全く慣れていなかった。  
 
「はじめまして」  
内心の動揺を隠し、彼はそう言った。  
言いながら、自分の性器がすっかり萎縮してしまっていることに気付く。  
 
部屋の中に上がると、愛美は何も言わずに、どかっと音を立ててソファに身体を沈めた。  
英志も黙ったまま、給茶機から冷茶を注いで、テーブルに置く。  
 
「で? なんなの? アンタは……」  
いきなり攻撃的な言葉が、愛美の口から出た。  
思わず謝ってしまいそうになる。  
 
真っ直ぐな眉を怒りに寄せて、英志を睨みつけている。  
脅迫者が思いのほか、か弱い男で安心しているのかも知れない。  
 
いつも行く古本屋の店員だとは全く気付いていないようだ。  
何十回も顔を合わせているのにな。苦い自嘲が英志の胸に広がる。  
 
「あの店の店長だよ」  
今の今まで、全く考えもしなかった嘘が出た。  
言った自分自身に驚く。  
 
「君の彼氏が何度もきてくれたあの店の」  
言いながら、この嘘に効果はあるだろうかと、自問する。  
 
愛美は口を大きく開けた。  
何か言うのかと思って、英志は待ったが、言葉は無かった。  
 
「なんで君の彼氏が、ウチに来たか分かる? 彼、そのこと言ってた?」  
大袈裟に手のひらを広げて、ジェスチャをする。額に汗が浮かんでいた。  
 
愛美は視線を逸らしてから「さあ?」と肩をすくめた。  
ふて腐れた表情が、妙に可愛らしい。などと英志は考える。  
 
「ウチで認められればね、彼はもうちょっと多くの人に曲を聴いてもらえる」  
さらに突拍子も無い嘘がすべり出てきた。  
プロデューサーじゃあるまいし、と心の中で自分を笑ってしまう。  
CD屋の店長に何故そんな権力があるの? と訊かれたらどう答えようか。  
不安と同時に、自分の嘘に酔っているような気分だった。  
 
意外なことに、愛美の表情に疑いの色はない。  
英志の余りにも堂々とした態度と、話の突拍子の無さが、  
一時的に彼女の思考回路を麻痺させているようだ。  
 
「もちろん、こんなことになってはどうしようもないけどね」  
英志はそう言って、冷茶をすすった。乾燥しきった舌を湿らせる。  
 
愛美は自分の髪を触ったり、首筋を触ったりと落ち着きがなかった。  
彼女にしては地味な、半袖のカットソーの上から、下着の位置を直したりしていた。  
 
黙って英志は、彼女を見つめる。  
田丸愛美は落ち着き無く目線を動かしながら「だって」とか「でも」とか  
ぶつぶつと呟いている。唇が尖っていた。  
 
「二つにひとつだ。このまま警察に突き出されて刑を受けるか、  
 きちんとしたかたちで僕に謝罪をするか」  
英志は真面目くさった顔でそう言った。  
小学校の頃、学芸会で演じたイアーゴーを思い出す。演技をするのはあれ以来だ。  
 
「きちんと謝れれば、彼氏のこともどうにかしてやれる」  
抽象的な表現ばかりだな、と英志は言いながら思う。  
だが、具体的なことは何もいえない。嘘がばれ易くなるだけだ。  
 
「警察で取調べと刑罰を受けるのが好みならそうしなさい。  
 彼氏もきっと、出てくるまで何年も待ってくれるよ」  
「……」  
 
英志に視線を合わせないまま、田丸愛美は、ひどく静かに敗北を宣言した。  
「……すいませんでした」  
 
自分でも不思議なことだったが、英志の身体に急激な異変が起こった。  
 
「……すいませんでした」という愛美の言葉を聞いた瞬間、  
先ほどまで全く反応していなかった陰茎が、驚くほどの早さで硬さを取り戻した。  
サイドブレーキが外れたように、海綿体に血液が流れ込む。  
 
彼はソファから立ち上がった。  
そしてゆっくりと彼女の方に向かって歩く。  
 
「なに」  
言いかけて、愛美は彼のジーンズの強張りに気付いた。  
英志も、隠すつもりはもう無かった。  
誠意をこめた謝罪、とは簡単なことではない、と教えてやるつもりだった。  
 
「なに、ちょっと……」  
愛美は尻をソファから持ち上げた。よろけるように後ずさる。  
表情には恐怖とともに、勝気なものも残っていた。  
 
「こっちこないでよ」  
「だから、さっきも言っただろう。ふたつにひとつだ」  
「もう謝ったし!!」  
下唇を前に突き出しながら、田丸愛美は力説した。  
 
英志は自分の性器を、ジーンズの上から撫でた。  
自然に、下卑た笑いが浮かぶ。  
 
「あー……愛美ちゃん」  
初めて英志は、彼女の名前を呼んだ。  
 
「こっち来て、座ってくれる?」  
 
田丸愛美は、すぐには動かなかった。  
恐らく他人から命令を受けることに慣れていないのだろう。  
というより、他人からの命令を「甘んじる」ことに慣れていないのか。  
 
命令には必ず反発して生きてきたのだろう、と英志は勝手に想像した。  
教師に「前へならえ!!」と言われても、  
家族に「門限までに戻りなさい」と言われても、  
常に反発して、好きなように生きてきたのだろう。  
 
社会の厳しさを知らないガキめ、などと英志は内心毒づく。  
自分がフリーターであることを一時的に忘れていた。  
 
「早く、こっちきてよ。それとも警察呼ぼうか?」  
幼児に呼びかけるように、英志は手招きした。  
小ばかにされた、と感じたのか、愛美の眉がぴくりと痙攣した。  
 
「そうやって脅すのも犯罪じゃん、馬鹿じゃないの?」  
吐き捨てるような声。  
 
英志はそれを聴くと同時に、すたすたとドアに向かって歩いた。  
ノブに手を掛ける。  
 
「もういいわ、君は警察行きなさい」  
吐き捨てるように英志は言う。脅しというより、半ば本気だった。  
万引き女が開き直りやがって、という激しい怒りが胸のうちにあった。  
 
本来、英志が怒るべき理由は何も無いはずなのに、彼は激昂しきっていた。  
自分のついた「店長」という嘘がフィードバックされたかのようである。  
 
ノブを回して、ドアを開けて、エレベータの扉が見えた瞬間  
「待って」という声が英志の背中にぶつかった。  
 
英志はドアを閉めて、ゆっくりと室内に戻った。  
今度は彼が、ソファにどかっと音を立てて座り込む。  
 
愛美の表情は険しかった。  
怒りと軽蔑が濃密に溶け合って、顔の毛穴からにじみ出るようだ。  
だが、呼び止めたということは、警察は困るということに間違いない。  
 
「なに?」  
英志は問うた。(何か用?)という意味合いである。  
 
「……すいませんでした」  
「それはさっき聞いたよ。それで、本気で謝る気はある?」  
「……はぃ」  
「次にギャーギャー言い始めたら、本当に帰るからね」  
「……」  
 
未だなお「納得のいかない」という表情の愛美に、  
英志は冷たく言い放った。  
 
「じゃあ、ここで正座しろ」  
いつの間にか、命令口調になっていた。  
それが自然だと自分でも感じる。  
 
カットパンツに包まれた長い脚を折りたたみ、田丸愛美は床に正座した。  
さすがに今日は、脚を露出するような格好ではない。  
 
英志はジーンズを、トランクスごと膝まで下ろした。  
出番を今か今かと待っていた陰茎が、弾むように天を指した。  
彼は根本を指でリング状に固定すると「ホラ」と促した。  
 
「ホラ、って?」  
正座したままの愛美が、英志の陰茎を見据えたまま言う。  
彼女は眼を背けない。  
そんなもの出したからって脅えない、という意思表示に見えた。  
 
「謝るんでしょ? ホラ」  
「だから、ホラって言われてもわかんないって……」  
「ぐずるなよ、愛美ちゃん。そこで粘ってもどうにもなんないよ?」  
「……」  
「愛美ちゃんの口で、くわえて、舐めるんだよ」  
初めて英志は、具体的な指示を出した。  
 
「俺が、出すまで舐め続ける。出たらそれを吸う。それだけ」  
「意味わかんないんだけど」  
溜め息をついて、呆れたように愛美は言った。  
 
だが、逆らう素振りは無い。  
正座したまま、英志の脚の間に体を動かした。  
 
女の顔を見下ろす。  
睨んできた彼女と眼があった。  
 
長い睫毛に縁取られた、吸い込まれそうな大きな瞳。  
上目遣いのその表情は、釣り込まれそうな美しさがあった。  
その表情のまま、自分の陰茎をゆっくりと銜えようとしている。  
 
さすがに、初対面の男の、風呂にも入っていない性器を口にするのは  
相当な抵抗があるようで「ぅぇぇ……」と彼女は小さく呻いた。  
ややあって、濡れたように光る唇の割れ目から、舌先が搾り出される。  
 
何故かその瞬間、英志は初めて愛美にあったときのことを思い出した。  
 
古本屋のレジ越しに見た、サングラスの美女。  
胸元をざっくりと見せたベアトップ。  
脚を見せられるだけ見せつけるミニスカートと、かかとの高いヒール。  
全身から自信とエネルギーを放射するその姿。  
 
仕事に挫折して、夢を追う、などと詭弁で自分を誤魔化している  
加茂英志という男の劣等感は、強く強く揺さぶられた。  
そして、四年以上まともに女を抱いていない男の性がそれを後押しした。  
冷静を装ってるつもりでも、あのとき既に英志は犯罪者の門に立っていたのだ。  
 
「あぁ〜」とだらしない声を出したのは、英志だった。  
小さな舌が、性器の先端を刺激している。鳥肌の立つような悦がこみ上げる。  
愛美は「キモイ」と言いたいのを我慢しているのが良く分かる表情だった。  
 
ふと英志の視線は、カットソーの生地を大きく歪めている彼女の乳房に落ちた。  
右手が発作的に動く。  
だが、胸を触ろうとした指先を、愛美は払いのけた。  
 
「おっぱいくらい触らせろよ……ねえ」  
睦言のようにささやきながら、英志は彼女の肩に手を置く。  
そこから手をすべらせて、服の上から乳房に触れた。  
 
「細い身体して……こんなに」  
言いながら、乳房を押す。  
いわゆる「巨乳」というものとは趣が違うが、先の尖った形状には  
独特のいやらしさが漂っている。細い腰とギャップが大きかった。  
 
「ホラ、舌は止めないで……愛美ちゃん」  
ゆるく巻かれた髪を撫でながら、うっとりと英志は強要する。  
 
一週間以上、射精をしていない男性器の先端は、異常なほど過敏だった。  
女のざらざらとした摩擦度の高い舌が動くたびに、快楽で腰が自然と動いてしまう。  
 
愛美は限界まで眉にしわを寄せた表情だったが、  
噛み付いてきたりはしないようだった。  
性器は急所そのものであり、自分を敵視しているであろう彼女に  
自由にさせることは実はかなり危険な行為である。それは英志も自覚していた。  
 
だが幸い、彼女は一応自分との駆け引きに応じている。  
そして恐らく、この女は口で男性器を刺激することが初めてではない。  
舌の動きには、男のどこが刺激に弱いかある程度分かっている「経験則」を感じさせた。  
 
尿道口に舌が及ぶ。  
英志は再び「ふぁ〜……はぁ」と奇怪な溜め息をついた。  
 
愛美は口を離して「キモいんですけど」と早口で言った。  
少し厚ぼったい下唇が小刻みに震えている。  
 
英志は唾液でべたべたになった性器を左右に振った。  
 
「愛美ちゃん、まだ、出てないんだけど……やめる?」  
「やめたらどうせ‘警察行きましゅよ’って言いはじめるんでしょ?」  
顔を歪めて、女は英志の口調を真似た。  
 
「チョーシのっちゃって……バッカみたい。こういうことしないと女の子に触れないんだね」  
さらに早口に愛美は言った。  
そして、とどめを刺すように英志を見上げて、もう一言。  
 
「カワイソー」  
 
ホテルの一室に、沈黙が舞い降りた。  
三秒、間があく。  
 
英志の表情は変わらなかった。  
はたから見ていると、それは奇異に見えたかも知れない。  
事実、愛美も首を傾げた。  
 
最初の一秒で、愛美の言葉が脳内に入り、  
次の一秒で、その意味を咀嚼し、  
最後の一秒で、どういう反応をしようか迷ったのである。  
 
頭の中を、女の呆れたような「カワイソー」が鳴り響いていた。  
 
下腹をあぶるような怒りが湧き起こった。  
衝動的に拳を握ったが、英志はかろうじて暴力衝動を抑えた。  
肩と拳が痙攣したが、それでも彼は体を動かさなかった。  
 
深呼吸を二回。ようやく英志の視界は元の色に戻った。  
 
「……愛美ちゃん、もういいよ」  
自分でも驚くほど静かな声が出た。  
 
不思議なことに、これだけ感情が揺さぶられても  
男性器は相変わらず天井を指していた。  
海綿体の血液までは頭にのぼらなかったらしい。  
 
それから彼は、感情の鍋から吹きこぼれて溢れ出した「怒り」を  
暴力衝動でなく、性衝動の壷に注ぎ込んだ。  
 
後悔しろ……。  
地の底から響くような声が聞こえた。それは彼にだけ聞こえていた。  
 
この万引き女……、一生後悔させてやる。  
 
 
「もういいって、終わりでいいの?」  
愛美が腰を浮かせてそう言った。  
正座がつらかったようで、一刻も早く立ち上がりたい様子だった。  
口調は相変わらず厳しいが、どこかほっとしたような空気がある。  
自分の暴言で、英志が「やる気を失った」のではないかという期待があるのだろう。  
 
英志は何も言わなかった。  
 
脚が痺れているらしく、愛美はよろよろと立ち上がって、あごに手を当てた。  
それから舌を出して、指でそれを拭いた。  
汚いものを舐めたせいで汚れた、という仕草である。  
 
「彼氏に伝えておいてやるよ」  
英志は立ち上がった愛美に、鋭く尖った言葉を投擲した。  
『彼氏』という言葉に、愛美は敏感に反応する。  
 
携帯電話を取り出して、英志は操作するふりをした。  
 
「画像付きで……お前の彼女が何をしたか」  
「ちょっ……なにすんの、やめてよ!!」  
 
英志の携帯電話に向かって愛美は手を伸ばす。  
だが、脚がまだ痺れているせいか、彼女の動きは鈍かった。  
反射的に動いた上半身に、下半身がついていかず、彼女はよろける。  
 
「ちゃんと舐めたじゃん!? 約束はっ」  
「出すまで舐め続ける、って言ったろ……俺は出してないし、もういいよお前」  
「ふざけないでよ!!」  
愛美は悲鳴のような声を出した。  
 
「ふざけてるのはお前だ。もう終わり。ゲームオーバーだ」  
 
英志は携帯電話をいじりながら、足早に入り口に向かった。  
これで二回目だ。  
 
「ちょ、待ってよ!! 待って」  
「この画像は家のPCに拡大版があるから、それを警察に送る。  
 それからお前の彼氏にもな。それでいいだろ、もう」  
「ちょっと待って、分かった、やるから、やるから待ってよ」  
「もうやらなくてもいい」  
「ごーめんなさいっ!! ねえ」  
 
今日二度目の謝罪を聞いて、英志は振り返った。  
胃の底から言葉を紡ぎだす。  
 
「ムカついたらキレる。ヤバくなったら謝る……。  
 そんなんで解決しないんだよ、世の中。悪いけど、帰るぞ」  
「ちょっと……分かったから、ちゃんとやるから」  
初めて、愛美の表情に哀願が生まれた、と英志は感じる。  
 
「やる、って? ちゃんと吸いとる気があるのか?」  
意思確認のために、英志は尋ねた。  
 
「舐める。舐めるからっ」  
そう言いながら愛美は、自分から正座をしようとしている。  
 
「……いや、舐めなくていい」  
「は?」  
「俺が出したやつを吸ってもらう。でも舐めなくていい」  
「……え、は?」  
愛美は首を傾げた。  
 
「脱いで」  
 
不承不承という態度は変わらなかったが、それでも今度こそ  
英志の命令に愛美は従った。  
ソファの上に、天竺素材のカットソーが脱ぎ捨てられる。  
 
英志は、彼女の肩やへそ、二の腕などを観察した。  
暖色灯の明かりを受けて、まるで発熱しているように赤く光る身体。  
その肌には、遠目にも摩擦度の低さを予感させる滑らかさがある。  
 
愛美は「じろじろ見ないでよ」と言わんばかりに両腕を組んだ。  
下着に包まれた形のいい乳房が持ち上がる。  
 
「ああ、下も脱いで」  
コンビニの店員に、弁当を温めさせるような、自然な命令口調で英志は言った。  
 
聞こえるように舌打ちをしてから、愛美はカットパンツのチャックを下ろした。  
長い脚を窮屈そうに折りながら、同じようにソファの上に脱ぎ捨てた。  
 
下着と靴下だけを身にまとった姿だったが、  
それでも愛美は両腕を組んで足を肩幅に開いたままの姿勢で立っていた。  
モデルが写真に撮られるためにポーズを決めているようだった。  
 
背の高さも手伝って、その立ち姿には強い威圧感がある。  
 
英志は彼女から眼を逸らすと、すたすたと部屋の端に向かって歩き出した。  
空調機のわきにある自動販売機に、千円札を流し込む。  
愛美の視線が背中に当たっているのが分かった。  
 
ゴトン、と音がして、シャンプーに似たボトルが落ちてくる。  
それを手に取ると、英志はベッドに戻り、腰掛けた。  
 
さっき中途半端に刺激された性器が、まだじんじんと痺れている。  
包皮の内側で、小さい虫が這い回っているような感覚だった。  
 
「こっちきなよ」  
ベッドに腰掛けたまま、英志は手招きをする。  
 
それからボトルのキャップを外して、手のひらの上に  
粘性の強いピンク色の液体を落とし込んだ。  
手を擦りあわせると「にちゃにちゃ」と音を立てた。  
 
「どうしたの、愛美ちゃん、こっちきなよ。  
 ……もうワガママはダメだよ。次に逆らったら終わり」  
英志は手のひらを胸の前でこすりあわせながら、そう言った。  
 
愛美は下着姿のまま、ゆっくりとベッドに近づいてくる。  
感情を殺したように、その顔に表情は浮かんでいなかった。  
 
「早く来なよ、愛美ちゃん、いじくり回してやるから……」  
潤滑剤でぬめぬめと輝く指を、蜘蛛の足のように動かして、英志はつぶやいた。  
 
彼の手の届く範囲に愛美が来るまで、およそ四秒かかった。  
「牛歩戦術」という言葉を彼女は知っているだろうか、と英志は思う。  
 
太い指先が、おもむろに白い下着に踊りかかった。  
「やぅっ!!」という、短い女の悲鳴が上がる。  
それでも英志は、当然の権利のように、下着の上から彼女の陰部に触れていた。  
 
身体を「く」の字に折って、股間を守ろうとする愛美に向かって、  
英志は「手が邪魔」と冷たく言いはなった。  
 
「彼氏のこと、大事なんだよね? だったらじっとして」  
薄暗い視界の中でも、愛美の顔色が真っ赤になっているのが分かる。  
「彼氏」という言葉ひとつで、彼女の動きは止まった。  
まるで魔法だな、と英志は内心苦笑する。  
 
しばらくの間、陰核を下着越しに弄んでいたが、  
やがて飽きたように、英志は立ち上がった。  
 
田丸愛美はかなりの長身だったが、ブーツを履いていない今は  
数センチだけ英志のほうが上である。  
ただ実際に向かい合ってみると、ほとんど顔の高さは同じと言ってよかった。  
 
「何?」と愛美は言った。棘がある口調である。当たり前だが。  
 
右手を彼女の股間にあてがったまま、英志は左手を背中に回して抱き寄せた。  
それから、気丈な表情のままの愛美の顔に、自分の顔を寄せる。  
 
「やだ、何……」  
「舌を出して、愛美ちゃんの、舌を」  
「はぁ? ……え」  
「早く」  
 
そう言いながら、英志の左手は彼女の腰を覆う下着をつまんだ。  
そのまま持ち上げて、彼女の恥骨と下着との間に空間を作る。  
右手がその中に滑り込んでいく。  
英志の右中指は、初めて田丸愛美の女性器に直に触れた。  
 
10センチの距離から見る愛美の顔には、困惑が浮かんでいた。  
先ほどまでの怒りや恐怖とはまた違う表情である。  
 
濡れたように光る唇は果実のようで、吸い付きたいという衝動を  
押さえ込むには、かなりの苦労が必要だった。  
愛美は、おずおずと口を開いていく。  
上唇と下唇の間に唾液が糸を引いているのが分かった。  
 
そこから突き出された舌を、英志はためらうことなく口に含む。  
 

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