何の刺激もない4年間だった。
女子大という女の園に通ったせいか、男性と付き合うどころか、出会うことすらなく卒業を迎える。
そして、なんとなく社会人になってしまった。
仕事から帰り、いつものようにパソコンを立ち上げた時だった。
懐かしい名前が目に飛び込んできた。
幼馴染の名前だ。
『亮』、物心ついた頃からの幼馴染だ。
小学校の頃は毎日のように遊び、姉弟のようだったらしい。
中学に上がってからはクラスも別になり、疎遠になっていった。
しかし、高校の頃、ひょんなことからまた話す機会を得る。
それはチャットという共通の趣味を持ったからだった。
『わ、久しぶり』
『あれ、あんたか。元気かい?』
『そっちこそ!』
『俺は結構元気!』
『こっちも元気だよ。』
大学に入ってからはお互いに生活が忙しくなり、出くわすことも少なくなっていた。
あまりに久しぶりで、会話は弾みに弾んだ。
お互いの近況や、小中学校の話、昔の友達の話など、会話は尽きることがなかった。
『うわぁ、4時過ぎてるwww』
『え・・・ほんとだ』
『そろそろ寝なきゃやばっw』
『明日・・・というか今日か、休みでよかったなw』
『お互いにねw』
『まったくだw』
『じゃあ、寝ようか』
『あ、待って』
『ん?なぁに?』
『今度遊びに来いよ、せっかく近いんだから』
『え、うん、じゃあ、お言葉に甘えて・・・』
数日のうちに話はまとまり、亮の家にお邪魔することになった。
彼は、この春から隣町で一人暮らしをしている。
『自炊ちゃんとできてるの?』
という私の売り言葉に、
『俺は結構料理うまいんだぞ』
という買い言葉で、料理をごちそうしてくれる約束になった。
ある日の仕事帰り、バス停まで歩く途中、1通のメールが届いた。
『今から迎えに行く。今どこ?』
慌ててメールを返すと、電話がかかってきた。
「あ、俺。すぐ近くにいるから、○○スーパーで待ち合わせよう。」
私が答えるか答えないかのうちに、電話は切れてしまった。
急いで待ち合わせ場所に向かいながら、混乱した頭で考える。
昨夜は今日の約束で緊張したのか、なかなか寝付けなかった。
おかげで、仕事中眠気をこらえるのに必死で。
具体的な待ち合わせなどしていなかったため、てっきり『勝手に来い』と言われるとばかり思っていたのに・・・。
「お、早かったな。ひさしぶり。」
遠慮がちにノックをして扉を開けると、笑顔の彼がそう言った。
息を切らして目的地にたどり着いた時、彼は既にそこにいた。
正確に言うと、車の中にいたのを、私が見つけた。
うながされるまま助手席に座り、シートベルトを締める。
2人きりなんて久しぶりすぎて、なんだか緊張する。
・・・顔が熱いのは、走ったせいだろう。
「じゃあ、我が家へ帰りますか!」
その言葉とともに、エンジンがかかった。
「お、お邪魔しま〜す。」
「おう。遠慮なく上がれ。」
ぎこちなく会話しているうちに、家に着いた。
想像したよりずっと近くにいたんだなぁ、と思いながら、靴を脱ぐ。
部屋にお邪魔するなんて、高校以来だ。
そして、彼について奥の部屋に入った。
「まぁ、適当に座っていいよ。パソコンもあるし。」
礼を言って、遠慮がちにパソコンの前に座る。
亮の部屋は思ったよりも広くて、思ったよりも、その、落ち着かない。
さらに奥にも他の部屋があるようだ。
ダイニングにパソコンが置いてあるし、同じ部屋にいられるだけマシだと思うことにして、起動ボタンを押した。
しばらく二人でパソコンで遊び、だんだん調子が戻ってくるのを感じた。
散々笑い合って打ち解けてきた頃、亮が切り出した。
「腹減った。飯、何食べたい?」
「え、え〜と、何でも良いのだけど・・・。」
料理を作ってくれると聞いた日から、私なりにリクエストを考えてはいた。
が、結局何も思い浮かばなかったのだ。
それに、作ってくれるなら何でも美味しいだろうと思っていた。
「「う〜ん・・・」」
二人して考え込んでしまい、料理に取り掛かったのは7時を回った頃だった。
下ごしらえを終え、炊飯器を覗き込むと、まだまだ炊けそうにない雰囲気だ。
肝心の御飯が炊けなくては、調理にはかかれない。
すきっ腹を我慢し、再びパソコンと向かい合った。
ようやく御飯が炊きあがり、食事にありつけた頃には、8時を過ぎていた。
空腹は最高の調味料、とはよく言ったもので、非常に美味しかった。
いや、実際彼の料理の手際は良く、本人が言うだけあって、腕もなかなか良い。
会話も弾み、楽しい夕食だった。
しかし、夕食後の片づけを済ませた私たちは、少々ぐったりしていた。
目分量で作る男の料理は、量が多かったのだ。
持参したデザートを食べるどころではなく、休憩してから、という意見で一致した。
「じゃあ、新しいゲーム見せてやるよ」
「うん!」
嬉しそうに答えた私を見た彼は、可笑しそうに笑った。
そして立ち上がると、私の横を通り、隣の部屋へと移動しようとした。
と、通りざまに何かが触れた。
彼の手が、私の頭の上にあった。
「いいこ、いいこ。」
彼はそのままくしゃくしゃと頭をなで、そして何事もなかったようにゲームの準備を始めた。
「な、な、なになに??髪ぐしゃぐしゃになったじゃないかあぁ・・・」
我に返った私は咄嗟にそう言い返し、慌てて髪をなでつける。
彼はその様子を見て、さらに笑顔を濃くした。
その後、彼がゲームをするのを横で見る私は、混乱が深まるばかりだった。
あの彼の行動を、どう解釈したら良いのか測りかねていたのだ。
幼い頃以来、久しぶりに触れた彼の手は、大きくてごつごつしていて・・・。
背なんて、とっくに抜かされている。
この人は男で、私は女だ。そんなことはわかっていたけども。
『あんたのこと、姉のように思ってた』
この間はそう言ってたのに。
そうしているうちに、夜も更けてきた。
「そろそろ帰るか?」
「あ、そうだね。遅くまでごめん。」
そう答えると、彼は笑った。
「じゃ、送るよ。また遊びに来いよ。」
そして、こともなさげに、家まで送ってくれた。
彼を見送って、お風呂の中ではたと気づいた。
そういえば、夕食のときには必ず酒を飲むと言っていたのに。
・・・私を送るため、我慢してくれたの・・・?
そう思いついてしまうと、もう収集がつかなくなった。
ヤケになって酒を飲みながら、寝てしまった。