「兄ちゃん、ちょっとだけエッチしてくんない?」  
 
 
10も離れた妹が、珍しく俺の部屋を訪ねたと思ったら同時に、どえらい爆弾を落とした−−−  
 
 
「ゆ、由宇…?」  
 
「…うん?」  
 
「に、兄ちゃん、まだ犯罪者にはなりたくないなぁ…」  
 
 
「…………………。」  
「………………。」  
 
普段から口数の多いわけではない妹だが  
今日はさらに、たっぷり時間をかけて何か考えている様子だ。  
由宇の黒目が俺をじっと見てる。  
 
 
うん、妹ながらやっぱり可愛いな…。  
10も離れれば、兄というよりもむしろ親父気分だ。  
…と、今はそんなことは置いておこう。一歩間違えれば家庭崩壊の危機なのだ。…と、まさかそんなことないとは思うが。  
 
 
「…………………うん、」  
 
1分ほどの長考を経て由宇が頷く。  
 
 
お、なんか考え出たか。  
 
「…そうか、そうだね。わかった。ごめん、忘れて。」  
 
は?  
 
 
「じゃ、おやすみ。」  
 
すくっと立ち上がって、さっさと部屋を出ていこうとする由宇。  
 
「…いやいやいや!!ちょ、ちょっと待て!!」  
 
お兄ちゃんまだなんにもわかってないから…っ!!  
 
「……?」  
 
慌てて呼びとめれば、とくに抗う様子もなくその場に足をとめる。  
いやお前がきょとんとする場合なのか!?  
 
「ゆ…由宇、ちょっとこっち座れ」  
 
ベッドの上をポンポンと叩いて促す。もちろんそれにも素直に従う由宇。  
 
 
「えーっと、なんだ。んー…今の……あれか、冗談か?」  
 
「ううん、本気。冗談なんかで言えるわけないじゃん。」  
 
「……………そ、か。」  
 
 
間髪入れずに帰ってきた返事に言葉を失う。これはなんだ、下品な冗談を言うような女に育っていなかったことを喜ぶべきところなのだろうか。  
 
 
 
「あー…なんだ、その…こうなったいきさつをだな…」  
 
今俺の頭の中は、過去見ない程のフル回転だ。ほぼオーバーヒートに近い今の自分の最大限で慎重に言葉を選ぶ。だというのに由宇の答えは  
 
「えー、恥ずかしいからいいよ。」  
 
だそうだ。  
イヤお前「ちょっとエッチしよう」以上の恥ずかしいことってなんなんだ!  
 
 
…ちょっと…、ん?ちょっとエッチしよう?  
 
なんだか妙にひっかかった。  
 
こういう時の勘は冴えてる方だ。  
 
 
仕方ない。  
 
 
答えによっては家庭崩壊のきっかけになるのを覚悟し、心を決めた。  
 
「お前…俺のこと好きだからエッチしたかったの?」  
 
 
うう…まさか由宇に向かって『エッチ』という単語を使う日がこんなに早く来るとは。  
 
 
「………っ、」  
 
一瞬で由宇頬に桃色が染まったのに気付いてしまったのは、母親譲りの白い肌のせいか。  
 
 
…げ、読み違えたのか?ヤバ…!?  
 
 
一瞬にして、自分の鼓動が早くなっていくのがわかった。  
 
 
「あの…、」  
 
俯いてしまった由宇の頬だけでなく、耳まで赤くなっていくのが顕著にわかる。  
 
 
え、マジで?!昼メロ?ドロドロ?家庭崩壊!?  
 
頭に浮かんだ言葉の陳腐さには情けなささえ感じるが、それだけ余裕がなかったんだからしょうがない。  
 
「す…」  
 
しかし、とにかく急に小さくなってしまった由宇の言葉も一言たりとも聞き逃すわけにはいかない。  
遠のきかけた意識を意地で引き戻して耳に集中させた。  
 
「す、好き…っちゃ好きだけどさー…、うわ、なんか照れる。ブラコンみたい。」  
 
…あ?  
 
うわぁ私キモイ!!  
なんて言ってる由宇に温度差を感じたのは俺だけか?…いや、俺しかいないんだから俺だけなんだけど。  
 
「恥ずかしいなぁ、もう。」  
 
 
いや、恥ずかしいなぁじゃなくて。  
でも多分読みはとりあえず外れていなかったようだから、ひとまず一息だ。  
 
しかし、こんな調子ではいつまでたっても埒があかない。  
 
 
まぁいい、幸か不幸か明日は日曜だ。  
中途半端は嫌いだ。徹底的に片付けてしまおう−−−−  
 
とりあえず、  
「由宇、俺たちは二人っきりの兄妹なんだ…。俺たちは結ばれてはいけない運命なんだよ!」  
 
「やだ!やだやだ!そんなの関係ないわ!由宇はお兄ちゃんの…ううん聡さんの側にいたいの!!」  
 
 
なんてことにはならないようだ。…まぁ、そもそも由宇の一人称からして違うんだが、これは俺のイメージだ。  
 
…さて。  
 
 
「ほれ、隠してること言ってみな?」  
 
幾分緊張もとれて、俺の声色もなんてことない普段のそれに戻った。  
 
「…別になんにも隠してないよー…」  
 
 
『お兄ちゃん好き』が相当恥ずかしかったらしくベージュピンクの唇をうにゅ、とつきだしモジモジしている。  
 
まぁ、そりゃあ高校二年生の女の子が平気で『お兄ちゃん好き』なんて言う家庭はあまりないだろうが。  
そういう意味ならお兄ちゃんはもっと毎日だって言ってほしいよ…?  
 
…と、それはそれとして…  
 
 
「お前ね、説明もなしで『いいよ』なんつー兄なんてのは、もれなく変態だぞ?  
 
お前は変態の兄ちゃんとエッチしたかったのか?てか、俺のこと変態だと思って…た?」  
 
 
 
「………。」  
 
 
再び、沈黙をかかげる由宇。  
 
 
そこで黙られるとお兄ちゃん複雑なんだけど…  
 
 
「…………………。」  
「……………。」  
 
「………。」  
 
たっぷり三分はたったと思う。  
 
 
長い、長い沈黙から帰った由宇の表情には幾らかの決意が見える。  
 
 
 
「………私さぁ、不感症なのかも。」  
 
「……不感、症?」  
 
「うん。多分だけど。」  
 
「…なんで、そう…思った?」  
 
 
 
うわ、イヤな予感。兄として、父としてすげぇイヤな予感。  
 
 
「……エッチしてもあんまりキモチヨクないから。」  
 
 
…や、っぱり…か。  
 
 
 
『おにいちゃん、あそぼ〜』  
 
 
『おにいちゃん!おとうさんてば、ゆうにないしょでおかあさんとけっこんしちゃったんだって!ずるいよね、ゆうもないしょでおにいちゃんとけっこんするぅ!!』  
 
 
『おとうさんのみょうじはさわだで、おかあさんもおなじさわだだからふたりはふーふなんでしょ?ゆうもおにいちゃんもさわだだからふーふなの?』  
 
 
幼いころの由宇が走馬灯のように駆け巡り、成仏するかのように消えていく…  
 
 
グッバイ、俺だけのエンジェル…。  
 
 
齢26にして、娘の巣立ちを経験してしまった。  
 
 
 
「…でも、もしかしたら相手が下手なだけかも、と思って…」  
 
 
別次元に逝きかけてた俺を、由宇のリアルな言葉で現実に引き戻す。  
 
 
「…それで俺んとこ来たの?」  
 
「兄ちゃん経験多いでしょ?」  
 
「………俺、そんな風に見られてたの?」  
 
「違うの?」  
 
「うっ……年重ねてりゃあ…まぁ、いろいろとだね…」  
 
 
 
若気の至りだ、仕方なかったのだ。  
 
 
 
 
 

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