「あ…、おじさん、おはよう御座います」
朝、呼び鈴の音に玄関を開けた目に髪を短く刈りまとめた少年の元気な顔が飛び込む。
娘の幼い頃からの友人だ。
最近、またよく見かけるようになった。
「ああ、おはよう阿蘇くん。
鳴なら、さっき起きたからもう来るよ」
「さっき…って、あいつは遅刻したいのかよ……」
「最近、あの子は疲れたみたいだからね」
愚痴をいう彼を僕は微笑ましく思え意識せず笑みがこぼれる。
もしかしたら、彼は鳴の事を助けてくれたのかも知れない。
彼がまた鳴を迎えに来たりしだした時期を考えると、それが自然な気がする。
「ちょっとお父さん!
余計な事、言ってないでしょうね」
食パンをくわえた鳴が器用にそのまま叫びながら、
ふと懐かしい感傷にひたりかけた僕を押し退け、慌ただしく靴を履くとそのまま彼の手をひいて
「行ってきます」
と簡単に一言言うと出ていく。
そんな二人を見送り、僕の少し昔を思い出していた。
「忍(しのぶ)お兄ちゃん」
山の斜面で木に背をもたれ、うとうととしていた僕を、
妹(…と言っても義妹なわけだがけど)の龍美(たつみ)
が起こす。
「ん?」
学校から帰ってすぐ僕を探しにきたのだろう。
彼女は近くの町の高校の制服に身を包んだまま、髪を三つ編みにしている。
客観的判断として、かなり可愛いと思う。
…子供の頃にはこんなに可愛くなるとは思わなかったのになあ。
僕がそんな事を考えている間にも彼女は本題に入る。
「また、こんな所で寝てて義父さんに怒られるよ」
大学を卒業したら村に戻るという父との約束で、
希望進路を捨て村に戻った僕はなんとなくやる気が起きず、
本当なら父の事業を継ぐ準備のため、父について回らないといけないのだが、こうして日々を無為に過ごしていた。
「そうだな……
まあ、怒鳴られついでだし夕飯まで寝ていこうかな」
再び、木にもたれ眠ろうとした僕を彼女は引き起こし、
「駄目だよ!ここは不入(いらず)の沼のすぐ近くだし危ないよ」
かなり強めの口調を僕を諭す。
言い伝えでは龍神が住んでいる沼で、
年に一度生け贄を捧げる時以外は近寄る事を禁じられている。
もっとも今では生け贄は当然やっていない為にただ近寄る事のみが禁じられている場所だ。
「不入ずの沼か…」
僕は呟いて林の奥を眺める。
そこには沼を囲んだという柵が小さく見えている。
子供の頃、友人と一緒に柵を越えようとして祖父に酷く怒られた事を思い出す。
「ちょっと見てみようか?」
間違いなく、只の沼で見る意味も無いという事は頭では解っているのだが、
昔、怒られた反動からか、好奇心が僕の中に生まれる。
「駄目だよ!」
龍美はその僕の提案を意外な程、強く否定する。
とは言え、それは考えれば可笑しくないか……
龍美を引き取って来たのは祖父だ。
その祖父は生前、散々に沼に近づくなと言っていた。
言い方は悪いが、祖父に恩のある龍美の中でその言葉が強くなっても仕方ない。
「…じゃあ、夕飯までここで話でもしようか?」
彼女を怒らせてまで見るようなものじゃないな。
そう考え諦めた僕は、怒り顔の彼女の機嫌を和らげようと微笑みかける。
「…義父さんに怒られても知らないよ」
、一応という感じで僕に忠告する彼女も嬉しそうに、僕の横に並んで座った。
そんな風に龍美と話した、数日後。
父の跡を継ぐしかないというのは、僕も承知しているし覚悟のしているつもりだ。
元々、目指していた道は誰でもという物でなかったし、父に無理を通して入った都会の美大で、一つ下の後輩のお蔭で才能が無い事は思い知らされた。
…だが、頭で解っているから余計に父の跡を継ぐ事に身が入らない。
閉塞感だけが募り、無為に過ごす日々が続いていた。
その日も僕は、家で一番遅く昼過ぎに起き、
居間で蝿帳を被せて放置してある朝食に箸をつけながら新聞を広げる。
「くそっ!!」
一面の記事を見た僕は思わず、声を出して新聞を畳に叩きつけてた。
そこには僕の美大ので僕に、才能という物をまざまざを思い知らせた後輩の欧州の絵画コンクールでの活躍が大きく取り上げられたいた。
腹が立った……
何に、
というわけでなく、とにかく腹が立った。
苛立った僕は、
とりあえず、一人で頭を冷やしたくて家を出て舗装もされてない田舎道を歩いた。
だが、この狭い村にそうそう一人になれる場所はない。
特に、元々は村長の家だった名家の跡取りなのに昼間からふらふらしている僕は御近所の噂の的だ、
どこに行っても人の目に触れる気がする。
その時、僕の頭に浮かんだ場所は例の不入ずの沼……
何も無い上に、禁忌になっているあそこなら誰も居ないはずだ。
そう思い付いた僕は、沼のある林の方に足を向けた。
山の斜面を廻り、
林を抜け、柵を登る。
子供の頃、越えようとして一苦労している間に大人に見つかった難攻不落だった柵は、
この年齢の僕にはあまり障害物として用を為さず、簡単に僕の侵入をあまりにもあっけなく許してしまう。
僕の腰の辺りまである背の高さの草の繁った、全く人の手の入ってない地面に柵から僕は降り、足をつけ辺りを見渡す、
草に奥に、黒く淀んでいながら陽の光を反射する水面が見える。
「ふう」
僕は一呼吸つき、そのまま柵にもたれ草に埋もれ座る。
静かな隔離された環境は僕の閉塞感を霧散させていくように感じる。
「スケッチブック持ってくれば良かったかな」
先ほどまでの苛立ちが嘘のように、僕は素直に絵を描きたくなった。
両手の親指と人指し指で四角い枠を作り、
その枠に風景を納めることで絵の構図を考える。
「いい感じだ」
僕はその中心に龍美の笑顔を想像し、それを絵に完成した状態を思い浮かべて満足する。
しばらく、そうして幾つか想像していた僕の構図は突然、
本物の龍美に塗りつぶされる。
「忍お兄ちゃん!
ここに来たら駄目だってっ!」
僕に気づいた龍美は、いきなり僕の腕を掴むと引き起こし引っ張ろうとする。
「っと、待ってくれよ。
どうして、お前がこんな所に……学校は?」
突然、想像の世界から引き戻されたが時間の感覚くらいはある。
まだ、龍美は高校に行っている時間だ。
「そんな事は良いからっ!!
早くしないと気づかれちゃうからっ!!」
慌てるというよりも、もっとせっぱ詰まった感じで、龍美は僕を急かして引っ張ろうとする。
僕が、わけの解らないまま、
その様子に圧倒され、立ち上がろうと足元に目を落とした時、
ごぽ…ごぽ…
と沼が泡立った。
その音に僕が気づき、ふと顔を上げる。
その時には
ザザザっ
っと大きな音を立て水柱が立っていた。
「この人は違うのっ!!
忍お兄ちゃんっ!!早くっ!!」
龍美が横で叫んで僕を必死で引っ張っている。
しかし、僕はその場を動けなかった。
轟音が終わり、水が流れ落ちたそこに現れた物に僕は言葉を失った。
これが身がすくむと言うのだろう……
座り込んだ姿勢のまま、足に力が入らず立ち上がれない。
あまりに巨大さに、その在りようを簡単に把握出来なかった。
沼の水面と同色の黒い…巨大な鱗の並んだ体。
桁外れの大きな鰐のような、牙の並んだ真っ赤な裂け目のような口。
それだけで大人の体の半分程も有りそうな角。
……言い伝えの龍神様……?
僕が動かない体で、その巨きな存在に圧倒されている間も龍美は、その恐怖に負けず僕を強くひっぱり、
「早く逃げてっ!!
ここは私に任せて!!」
と恐怖に負けないというより、まるで自分に害がない事を確信しているような言葉を叫ぶ。
その言葉に僕は違和感を感じるが、
「何を言っているんじゃ?
久しぶりの人の肉じゃないかあ……
男だというのは気に入らんが、二百年ぶりの贄ではないか」
地に響くような声が、僕の思考を遮る。
「やめてよっ!父さんっ!!」
父さん?
僕を庇うように前に立った龍美の口から意外な言葉が出る。
まさか……
「何を言う、昔からわしは頭と胴、
お前は四肢と、親子で仲良く分けてきたではないか」
親子……
まるで突然、ハンマーで殴られたみたいだ……
……簡単な単語なのに、突然過ぎて理解出来ない……
「もう良い!ならば、わし一人で喰らうわっ!!」
事態を全く飲み込めない僕を置いてけ堀し、続けられていた言い争いは轟音のよな叫び声で突然に終わり。
その轟音を発した巨大な口が僕に向かってくる。
情けない事に恐怖に僕の意識が黒く反転する。
そして、その意識の最後に
「駄目っ」
という龍美の大きな声、
「ぐぅうるぅぅ…」
続いて、大きな山鳴りのような音が聞こえた気がした……
どれ位、たったのだろう……
どうやらまだ生きていたらしい、僕はおそるおそる目を開くと、
そこには二匹の龍が絡み、その内の一匹がもう一匹の首元に喰らいついていた。
「ぐぅうう……」
喉元を喰いつかれた方の龍が、苦しそうに唸り声を上げ、
そのまま力を失ったように、絡み合った体をゆっくり解き水面に沈んでいく。
「どうなったんだ……」
何に対しての疑問なのか、僕自身も解らないままに言葉が出る。
「もう…大丈夫…」
残った目の前の傷だらけの龍が龍美の声で僕に話しかけてくる。
「……龍美なのか?」
よろよろと僕は立ち上がり、その傷だらけの体に手を伸ばす。
「…忍お兄ちゃん……御免ね」
何に対して謝ったのか、僕にはすぐに判った。
伸ばした手を避けるように龍は沼に沈んでいこうとする。
…ああ…龍美が行ってしまう……
……僕は……
「待てっ!!
待ってくれ!!」
気づけば、水に入り藻を分け進み、
手のひら大の鱗についた体にしがみついていた。
「…私のこと、恐くないの……」
多少、低く響くような声になっているが、
確かにそれは龍美の声だと判る声…
だから、両手に感じる鱗の硬さ、巨大さに負けそうになるのを抑え、答える。
「…龍美のことは恐くない…かな」
そうか…
自分で言って、僕は気づいた。
そう、どんなに大きくても龍美である事は変わらない。
その事に気づいた僕は自信なく答えた答えを、もう一度、
はっきりと答える。
「龍美のことは恐くないよ」
「お兄ちゃん…」
いつの間にか、
巨大な体な龍に抱きついていたはずの僕の腕の中に、元の姿…
いや…服は破れてしまったのだろうか……
一糸纏わぬ姿で治まっていた龍美が呟く。
「取り敢えず、水から上がろう」
僕は彼女の体に寄り添いながら、引っ張るように沼から上がる。
「…あぅ」
沼の辺についたとたんに彼女は微かな声を漏らし、
ふらりと体制を崩してしまう。
「龍美っ!?」
僕は、とっさに彼女を抱いていた腕に力を込めて彼女の体を支える。
「くぅん…」
触っていた場所が悪かったのか、
強く力を込めた僕の手が龍美の身体の柔らかい弾力に埋もれる感触が伝わると同時に、彼女の口から艶のある吐息が洩れ出る。
「ごめんっ!変な所触ったっ?」
僕は慌ててとっさに謝る。
が、彼女の体に力が入ってないが手から伝わっているので、ばつが悪いとは思いつつも手を放せない。
「そうじゃないの…忍お兄ちゃん…」
龍美は自分を抱いたままの僕の手を自分の手でなぞりながら、
「…今はどこを触ったとか…あんまり関係ないの……」
彼女の息が段々と荒くなり声が上擦って来ている……
「ずっと、本性を抑えつけてたのに……久しぶりに…戻ったから……」
「龍美?」
彼女は僕に強くしがみついて言葉を続ける。
「…抑えられない……」
「え?」
あまりの言葉に僕の思考が停止した瞬間、
龍美は僕を沼の辺の草むらに押し倒し、
「忍お兄ちゃんが欲しいの…」
そのまま、僕の唇奪う。
「う…うぐ…ぅ」
突然のことに何が何か解らない僕の唇を彼女は暫く唇で貪った後、
「はぁ……ん」
自らの甘い声と共に解放する。
「…龍美…」
僕にかかった彼女の甘い吐息に僕は酔ったように、彼女に引き寄せられ、
今度は僕の方から彼女の唇を求める。
そして、口付けをしたまま、片手で彼女の背筋を、もう片手で彼女の腰を優しく撫で、指先でこそぐる。
「…あうぅん」
そして、彼女がその感触に耐えかね、腰を浮かした瞬間を狙い、
彼女の浮いた腰と自分の腰との間の隙間を利用して、スボンのチャックを下げると自身を取り出す。
「あっ…お兄ちゃん…」
大きく起立したそれが彼女の太股に当たり、
その感触を感じた彼女が、興奮状態の中でも多少不安になったのか、少し弱い声で僕を呼ぶ。
「…龍美」
僕はその声に答えて彼女の名前を呼ぶ、
彼女の不安を少しでも拭うために出来るだけ優しく。
そして、
彼女の背をなぞっていた手を彼女の下半身の割れ目に這わせる。
「んっ…はぁっ…あっ…」
その部分は、もうおそらく受け入れる事が可能であろうほどに潤っているが、
僕は念を入れて、ゆっくり指を動かし愛撫を始めた。
「ああっ…あんっ…あうっん」
指が動き、力を少し入れるたびに彼女の声が高くなって行き、
指に感じた突起を軽く指先で弾いた時、
「あっ!ああぅんっ!!」
龍美の身体がびくびくっと軽く痙攣する。
僕はそんな彼女に口付けする。
「あぅ…はあ…はあ」
苦しそうな荒い息が暖かい唇を通して僕に伝わる。
「行くよ」
僕は、唇を離すと潤んだ彼女の瞳を見ながら宣言し、
彼女の返事を待たず、そのまま両手で腰を抑え彼女の腰を下げながら、僕の方はゆっくり腰を上に上げて行く。
彼女も僕のその行動に自分の指で、自分の大切なところを開いてくれる。
その彼女の大切な部分は、僕の先端が触れた瞬間、ぴちゃっと濡れた音がし、そのまま歪み先端を飲み込んでいく。
「っ…くっ…」
龍美は表情を少し固くしたが、そのまま目を閉じ腰を落としていく。
「龍美…一度、抜くよ」
僕は、そんな龍美の表情に求められるままに応じていた事に、急に罪悪感を感じ、
ここで止めることも考慮に入れた言葉を彼女に掛ける。
…が
「嫌…」
龍美はそう短く返答をすると、そのまま僕を自ら更に奥に埋めていく。
「…龍美…好きだよ」
僕はその龍美の行為に答える為、はっきりと宣言すると
そのまま、彼女の腰を抑える手に力を入れ彼女の腰を固定するとゆっくりと下から突き上げ、奥まで入れる。
「うああぁ…っん」
一際、大きな声を上げた龍美がそのままぐったりと僕に体を預けてくる。
僕はその体を抱き止め、しばらくそのまま彼女の体重を感じながら、そのまま動かず彼女が落ち着くのを待つ。
やがて、僕は肩で息をしていた彼女の呼吸が整いはじめた事を密着する彼女の身体から感じ、
「…動くよ」
と、彼女に囁くように優しく言う。
それに彼女が頷いたのを確認した僕は、彼女の腰を両手で持ち上げ、膝立ちの姿勢にすると、
そこに出来たスペースを利用して、腰を突き上げゆっくりと動きはじめる。
「きゃあっ…ああんっ」
龍美は悲鳴に近い声を上げ、背をのけ反らせ痛みの耐える。
僕は彼女が慣れるまではと、動きを一動作毎に止めゆっくりと動いていると、
やがて腰を前後に動かす拙い動きだが僕の動きに彼女も答えてくれる。
「くっ…う」
もともと、動き出す前から彼女の中の絡みついてくるような刺激に、限界が近かった僕はその刺激に一気に昇りつめていくのを感じ、思わず夢中で腰の速度を上げてしまう。
「…ぁああっ…あんっ」
急激に速度を上げた僕の動きに、龍美は大きく声を上げて反応する。
僕はそんな龍美の声を聞きながら達した。
ー・ー・ー・エピローグ・ー・ー・ー
一年後……
あの後、父の反対を押し切り僕は龍美と結婚し、
子供も生まれた。
なんとか、仕事にも慣れて最近は父も少しづつだが認めてくれてきた。
その矢先の事である。
「本当にそれしかないのか?」
「…貴方…黙っていて、ご免なさい」
龍美は抱いていた子供を僕に渡すと立ち上がる。
彼女の父親…例の龍神様は、人間をあまり好きでなく、
当然、その混血なぞ存在も認めたくないというらしい。
「私の時は、私を殺してまで引き留めようとはしませんでしたけど…その子はどうするか……」
龍美は、その父親を自分の体を使って封じるつもりだから、
僕と子供は父を刺激しないようにこの土地を離れて暮らしてくれと言う。
…僕は何も言えなかった。
先に話してくれれば…子供を作らなければ…
良かったなどと、この子の生まれた時の彼女の笑顔を見てしまったら、僕に言えるわけもない。
「鳴…」
龍美は僕に抱かれて眠る子に名を愛しげに呼ぶ。
龍の母親は離れて居ても子の鳴き声は聞こえる……
だから、龍美は生まれた子供に鳴と名付けた……
どこに居ても、子供の存在が自分と僕や子供を繋いでいてくれるようにと。
「僕はあの時も、
今回も何も出来なかったなあ……」
学校に出ていった鳴の出ていった玄関の扉を見つめ、思い出から戻ってきた僕は呟く。
食事を取らなかった鳴に、夜食に作ったお握りを持って行った時に鳴の腕にあの鱗があるのを僕は見た。
気づかないふりは、最後の最後まで鳴の帰る場所であり続ける為だったんだけど……
…結局、大した時間も掛けずに鳴は自分で乗り切ってしまったらしい。
良い事なんだけど…
それはそれで寂しい……
僕はため息を一つつくと、自らの出社準備の為に奥に戻った。