「やっぱり今日は疲れたな」
ここは誰でも一度は名前を聞いたことがあるであろう都内某ホテルのスイートルーム。
そのスイートルームの中にある、どう見てもキングサイズのダブルベッドの上に寝転がった先輩は、
大きな伸びをしながらそう言った。
「はい。聞いてはいたけど、疲れました」
「おまえの方が疲れたろ」
「んー……。疲れたのも疲れたけど、お腹が空いて空いて」
お義姉さんに、花嫁さんは披露宴で食べてる暇なんかないよ、って聞いてたから、
朝はしっかり食べてきたし、式の間もお色直しで控室に戻った時にサンドイッチを食べはしたけど、
二次会でほとんど食べられなかったおかげで、ホテルに帰りついた時は空腹でフラフラしてた。
「確かになあ。おまえ、さっき軽食来たとたんにがっつがつ食べてたもんな」
先輩は自分の腕に頭を乗せて、こっちを見ると楽しそうに笑った。
「がっつがつ……って、しょうがないじゃないですか。
昼にサンドイッチつまんでからさっきまで、ほとんど何にも食べてなかったんですよ?
食べようとすると、誰かが写真撮りに来るから……」
「ま、花嫁さんはみんなのアイドルだからな。
俺なんて、二次会の後半、放置されてた」
先輩は両手で空中に箱の形を描くと、それをぽいっと脇に放った。
「でも、絶対二次会の写真て、顔が疲れてると思うんです。
嫌だなあ。そんな写真もらいたくなーい!」
髪を梳かし終えて、私は先輩の隣にダイブした。
スイートだけあって、すごくふかふかなベッド。
こんな時でもなかったら、スイートなんて絶対泊まれないよね。
私がしばらくベッドの心地よさを堪能してると、先輩が背中に毛布をかけてくれた。
「今日はもう寝ようか。明日からオーストラリアだしな」
先輩は優しく言ってくれたけど、私はがばっと上半身を起して先輩を見た。
「寝ちゃうんですか?」
「だって、疲れてるだろ?」
「それはそうですけど」
「旅行先でもできるって」
そういうことじゃない。
だって、今日は一生に一度の初夜。
そりゃ、えっち自体は初めてじゃないけど、結婚式の夜なのに、同じベッドっていうだけで、
離れて寝るなんて寂しすぎ。
「あのっ、でも、しょ……初夜ですよ?」
「別に結婚式の当日にしなきゃいけないってもんでもないだろ?」
「それはそうなのかもだけど……」
「したいの?」
うう……なんで真顔でこういうことを聞くんだろう。
なんだか私が一人で勝手にえっちな子みたいじゃない。
「先輩は、……したくないんですか?」
「そうだなあ。
奥さんとはしたいと思うけど、後輩とはしたくないなあ」
なぞなぞみたいな言葉に私は先輩の顔を覗き込んだ。
「あの、結婚届けも出したし、式もしたし……でも、私、まだ先輩の奥さんじゃないんですか?」
「……なんだか、まだ後輩みたいな感じだよな。
先輩、って言われてると」
「あ……」
先輩がにっこり笑った。
「あの、えっと……」
高校で先輩と会ってからついさっきまで苗字プラス先輩で呼んでたから、先輩を名前で呼ぶのなんて初めてだ。
先輩は楽しそうな笑顔で、私の方を見てる。
「な、直久……せんっ」
「んー?」
「なおっ、ひさ、さん……」
「はい、なんでしょう」
あーもう、意地悪!
「あのっ、直久さんは、えっと、今日はもう寝ちゃい、ますか……?」
先輩はやっと身体を起こすと私の真隣に来て、
「こんな近くに奥さんが居たら、寝てられませんね」
と言ってキスをくれた。
(了)