夜明けはまだ遠く、夜闇に溜息をつく。ほの暗い部屋の中に響く寝息は彼氏のもの。  
 眠れないまま寝返りの回数を増やしていた私は、彼氏を起こさないように寝台から抜け出した。  
「眠れない……もう…」  
 いつもなら先に眠りに就くのは決まって私の方で、その寝顔を愛でながら彼氏が眠りにつくのに。  
 眠れないのは、身体が妙に熱いから。  
 じっとしていられない。胸の奥から喉元まで、何かチリチリ動き回っているような、そんな焦燥感。  
 毎年春先になると起こる感覚で、どうにも集中できなくなってしまう。  
 この感覚がくすぶっているときは、濃厚なセックスになってしまう。後から思い出すのも恥ずかしいくらい……  
 今夜は彼氏が泊まりに来るから、いっぱいしようと思って楽しみにしてたのに。  
 
 
「のぞみ……ちょっと眠らせて…」  
 顔に縦線を浮かべて部屋を訪ねてきた彼を一瞥し、心の中で溜息をついた。  
 彼の仕事がかなりの難題である事は、メールや電話での言葉の端々から解っていたこと。  
 疲労困憊するのも当たり前のこと、なんだろうけど。  
 寝る支度を終えてベッドに潜り込んでからも、私は少なからず期待していた。  
(いくら疲れてても、性欲の強いこの人が何もしないなんてことは……)  
 即座に耳に飛び込んできた安らかな寝息は、そんな考えも打ち破った。  
 そういう経緯で、いま私は非常にムラムラしているのであった。  
 
(仕方ないや……諦めて寝よっと…)  
彼を起こさないように隣に横になる。長いまつげ、端正な顔立ち、少し眉を寄せた不機嫌そうな寝顔。  
それらを見ているうち、私の下半身は熱く潤い始めてしまった。  
欲望は目を冴えさせ、手はいつの間にか下着の中に潜り込んでいる。指先が、自らのはざまに触れる。  
「……んっ…」  
 恋人の隣でオナニーするという屈辱的な行為にも、抵抗を感じないほど夢中だった。  
 そっと膣口をなぞると、一拍置いてぬめりが吐き出されていく。  
(この唇で…私にキスするんだ……)  
 芯までとろけてしまう口づけを思い出し、その舌遣いまでもしっかり思い浮かべる。  
キスの最中にこっそり目を開け、見たことのある彼氏の表情も連想される。  
(あのときは…、すごい、色っぽかったな…)  
 少し眉を寄せたことで作られた影、頼りなさげに揺れる睫毛。  
 苦しげともとれたその表情は、今、目の前にしている寝顔と、ちょうど重なる。  
「あっ、…あぁ…」  
 今までのセックスの数々を思い出し、反芻しながら突起に指をあてがい、もてあそぶ。  
 自慰を控えていた身体に、その刺激は強すぎた。  
 誇張ではなく、びりびりと爪先まで走る感覚に酔いしれる。  
 とめどなく溢れる愛液のせいで、水音が立っているのにも気づかずに撫で続ける。  
(私の中に…あれが入るときの感じ)  
 愛しいその感覚を模そうとして、自分の指を差し込んでみる。  
「………ひゃ、あぁん…ッ」  
 指は少しの抵抗を残し、すんなり熱い肉の間に入っていく。  
 鳥肌がたつような快さの裏で、何かが足りないと主張する声がする。  
 いつも埋め込まれるペニスには比べるべくもなく。  
 物足りなさに腹の奥がチリチリと疼く。  
(…奥に、もっと奥…… 彼のは、もっと…)  
 
「…んっ…、あ、ああん……っ」  
 挿し込んだ指は本数が増え、それを抜き差しすると敏感な突起も擦れてしまう。  
手のひらはべたべたに濡れており、絶頂が間近なことを教えている。  
「あ…はぁ、……、っ、ふああっっ」  
 頭の中には何もなく、ただ陰核のしびれと身体の奥を突く感覚、そして指先の粘っこさだけがあった。  
甲高い声とともに、身体は弓なりとなる。  
 絶頂の感覚に恍惚とした。達してからも突起を少し撫でさすったり、指を入れて軽くかき回したりと、余韻を楽しむ。  
「ねえ…起きてないよね」  
 ふと我に返り、確認のために小声で呼びかけてみる。  
すると。  
「起きてるよ?」  
「ぇ…?」  
 突如として答えた声に驚き、慌てながら何とか取り繕おうとする。  
 大丈夫、相手は寝起き。多少見られていたとしても、夜半の夢ということにできるだろう。  
「お、起こしちゃった? ごめんね、寝言言っちゃったみたい!」  
「へえ…寝惚けてたの……」  
 すっかり覚醒している彼氏は、私の利き手を掴む。今の今までオナニーしていたため、そこは濡れそぼっていた。  
彼の目の開き具合、声のトーンは寝起きのものではない。それに気づいて青くなる。  
「寝言であんなに喘いじゃうの…どんな夢見てた?」  
「ち、違うの」  
「違うって、寝言なんかじゃないってこと? 解ってるよ」  
 私の指を舐めあげて、  
「あんなに音立てて、声出してれば誰だって起きるよ」  
「ちょっと…っ、いつから……!?」  
「細かいことは気にせずに、続きやろうよ」  
 寝る前まで疲れきった顔をしていたのとは打って変わり、生き生きとしている彼氏。  
 その後、疲れマラの威力を身をもって知ったのは言うまでもない。  
 
                  ―終わっちゃえ―  
 

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