憎らしいほどの夏。  
憎い、のだ。片手のバットで太陽に一発お見舞いしたいくらい、夏と蝉と、  
青春を謳歌する青臭い阿呆どもが憎かった。  
じゃあ自分は何故、その青臭い阿呆どもの輪に入り、同じ阿呆になることができなかったのか。  
これには理由がある。3行程度のことなので、どうか聞いてほしい。  
 
クラスメイトの男連中はこの夏、山を越え、海のある他県のなんとかランドとか言う腑抜けた遊戯施設に  
"文系コースの割合可愛い女子連中"と行く手筈を整えていたのだ。無論、お泊りというヤツで。  
あとは簡単だ。俺は部活で参加できなかった。おわり。  
 
腹が立つ。野球部の優しくしてくれる先輩も、今日ばかりはその笑顔が童貞を見下した嘲笑に見える。  
腹が立つ。野球部の監督や主将も、ノックするたびボールを俺の股間めがけているように思える。  
腹が立つ。ホームベースが女の股間に見える。  
腹が立つ。「ショート」を「ショーツ」と聞き間違えそうになる。自分で言うのもなんだが、これはもう病気だ。  
そしてもっと腹が立ったのは、同じ野球部であり、クラスメイトでもあった木下がその「童貞さよならツアー」に  
参加していたことだった。あいつ、へらへら笑いながら帰ってきたら絶対殺してやる。  
釘バットで殴打か、身動きを封じてピッチングマシーンで狙い撃ちがいいか。  
練習中にもかかわらず脳内採決中だったが、それが幸か不幸か、"始まり"だった。  
ライナー性の打球はサードの俺の腹をえぐるように直撃し、その間に1、2塁のランナーは帰還。  
紅白戦は逆転サヨナラエラーで幕を閉じた。俺の時期レギュラー争いにも影を落としながら。  
 
蒸し暑さに目が覚めると、見慣れた部室の天井に張ってある、安めぐみのポスターが俺を出迎えた。  
「あ、大丈夫?」と言ったのは、そのポスターなんかよりもっと身近にいる、マネージャーだった。  
波多野先輩だ。いつもの赤いフレームの眼鏡と、短めのおさげの髪。そしてマネージャーの正装、ジャージ姿。  
"野球部のオアシス"とか古いことを抜かしたのは、ここに居ない木下の談だ。  
「おなか、もう大丈夫?あの時、そのまま倒れて朦朧としてたから、監督がここで休んでろ、って。覚えてる?」  
「あ…全然覚えてないッす……けど、もう大丈夫です。俺…」  
寝かされていた椅子―"森永"とか書いてる青い長ベンチ―から上半身を起こす。  
まだ腹がズキンと痛むが、そこには大きな湿布が張られていた。先輩が施してくれたのだろうか。  
「仙田君、ボーっとしてたでしょ?しかもすごい形相で」  
「あ…見てまし……た?」  
長テーブルを挟んで、向かいの先輩が呆れたような笑みを浮かべる。  
「ダメだよ、練習中に考え事なんて」  
 
波多野先輩は俺が1年生のときには既にマネージャーに就いていた。  
女子と縁が遠い野球部連中がお近づきになろうとするのは至極当然のことで、  
少なくはない数の部員が彼女にアタックをかけた。そして全てピッチャー返しを喰らってきた。  
木下の言葉を借りるなら、随分しょっぱいオアシスといったところだろうか。  
 
「監督が、今日はもう休んで良いって。あと、コレ」  
先輩が差し出したのは俺のドリンクだった。そういえば喉がからからだ。  
特にこの部室は日差しが防げるとはいえ、安いプレハブ小屋の上、小さい窓がちょっとあるだけだ。  
「ありがとうございます…しかし今日は、本当に蒸しますね」  
渡されたドリンクで喉を潤すと、上着を脱いでアンダーシャツ姿になる。熱気が一気に散っていくのが分かる。  
「いいなー、男子は…暑くても脱げるなんてさー」  
「まあ、さすがに素っ裸というわけにはいきませんけどね」  
正直、エアコンも何もない部室では部員しかいないときに、全裸で股間をうちわで扇ぐ行事が恒例となっていたが  
そんなことは先輩にいえるはずがなかった。これは品性とかいう問題ではない。原始人だ。  
本当はアンダーシャツも脱ぎたい気分だった。遠くで金属が爆ぜるような音が断続的に続く。  
油蝉の合唱が日光を称えるように響き渡る。微妙な沈黙。それを涼しそうな水着姿で見下ろす安めぐみ。  
口火を切ったのは、先輩だった。  
「ねえ、私も……脱いでいいかな?」  
 
衣の擦れるの音がする。自分の背中の向こうで、先輩の肌を覆うジャージがその身体から抜け出そうとしているのだ。  
「ん…」  
袖から腕を抜いたときの微かな声に下半身が熱くなるのを感じた。  
ふわりと、石鹸とシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。先輩の臭いが、俺にまで届いてきた証拠だった。  
それが一層、劣情を掻き立てる。心臓の鼓動が異常なまでに速くなる。アバラの隙間から心臓がはみ出てくるかと思う。  
先輩が脱ぐと言い放って1分も持たないうちに、俺の股間は最高潮に達していた。童貞の俺には、刺激が強すぎた。  
「あ…涼しい…」  
上着を細かく畳んで、長テーブルの上に置く。あのエンジのジャージには、先輩の香りがたっぷり染み付いていることだろう。  
少し変態じみた想像をしてみるが、考えれば背後には下着一枚―いや、確認はしていないが恐らく―で  
先輩が座っているのだ。どんな表情を浮かべて、どんな姿勢で、どんなことを考えているんだろう。  
10本の指は、それぞれどこに添えられているのだろう。吐息は、どこへ掛かっているのだろう。  
俺の脳は、都合のいい解釈をしはじめた。しかしすぐ、自分の脳内会議はこの解釈を否定した。  
そんなはずはないのだ。今までほとんどモテたことのない俺が、先輩に、そういう感情を持たれているなんて。  
まるで自分が試されているかのようだった。アンダーシャツが、練習中よりも増して汗を吸い始めた。  
からかっているのだろうか。それとも、まさか。  
俺の口からは、確信のもてない不安と焦りの入り混じった、しかし何も訊く事のできない弱々しい言葉が出ただけだった。  
「先輩は…」  
その次の言葉が出ない。いや、"出ない"というより、"無い"のだ。それ以上の力は、今の俺には無かったのだ。  
 
そして、不意に。  
「仙田君…そのシャツも…脱いだら?」  
「………」  
「きっと、もっと、涼しくなると思うよ」  
何も言えなかった。  
何も言わず、アンダーシャツを脱いだ。上着を脱いだとき以上に熱気が散っていくのが分かる。  
背後で、先輩は、俺を見ているのだろうか。脱いだ瞬間の、汗の臭いを感じ取ってくれたのだろうか。  
鼓動が止まない。先輩もドキドキしているのだろうか。それとも、こんなこと慣れっこで、平静を保っているのだろうか。  
後者だとしたら、悔しかった。鼓動が痛みに変わる。  
その時俺は、本当に先輩が好きなんだと、気がついた。  
 
「先輩」  
契約違反と呼ばれようが、もうどうでも良かった。俺は、先輩に気づいてほしかった。  
先輩の目を見て、先輩の肌に触れて、先輩に直接、思いを告げたかったのだ。  
「仙田君…」  
数分間の間だったが、久々に見た先輩の顔のように思えた。汗がしっとりと彼女を濡らし、  
上気し朱を帯びた頬は彼女の艶を十二分に引き立てていた。  
「お、俺…先輩が…」  
拒否されても構わなかった。こんな状況で、我慢しろという方が無理だったのだ。  
何があっても、覚悟の上だった。そして、最後の言葉を紡いで、両の手を彼女の肩にかけた。  
 
ややあって。  
 
「私も、好きです」  
 
 
真っ直ぐな眼差しと、紅潮した頬。ぷっくりとした唇。先輩の意思を伝達する器官全てが、俺に放たれた。  
そして、どーっと、熱が全身を駆けた。肩にかけた手の平が一気に滲んでいくのが分かる。  
その手が肩から肩甲骨、背骨へと滑り込む。あ、と、短く喘ぐが、先輩は拒まなかった。  
「あったかい…」  
先輩の手が俺の腰あたりに伸びる。2人とも既に直立した状態だったが、背の低い先輩の手は  
俺の身体にまわそうとなると腰の辺りになってしまった。  
みぞおちの辺りに柔らかな感触。先輩のふくよかな胸は、上から見下ろした俺にとっては  
球を押しつぶしたように俺の身体へへしゃげる形になっていた。  
同時に先輩の薄い水色のブラを、俺はこのとき初めて見た。  
もう既に自分が止められなかった。経験不足というのもあるが、やはり気が先へ先へと急いていたのだ。  
背中の手が、ホックを外そうと躍起になる。しかし、おぼつかない指と焦りからそれは叶わなかった。  
苦戦する俺を見かねたのか、先輩はクスッと笑って、自分の手―しかも片手で―ブツッと外した。  
「仙田君、慌て過ぎ」  
ひらっと、両手を前にだらしなく下げると、先輩の胸があらわになった。その瞬間ふるふると乳房は揺れてみせた。  
先輩の身長からはあまり想像できなかったが、まさか、こんなに。いや、俺好みだけど。  
 
天井の安めぐみは先輩の胸を見て「やるじゃん」と言った、かは定かではない。  
しかしそんなグラビアアイドルの胸より、今自分の手の中で形を思いきり歪めている胸の方がいとおしいに決まっていた。  
手の平、指いっぱいに広がる弾力。触れる度弾ける甘い香り。香りと共に奏でられる可愛い声。  
「あ、あ…ん、ん……」  
先輩の紅潮が耳にまで達する。小鳥のさえずりにも似た反応1つ1つが愛らしい。  
薄桃の先端を舌でなぞる。先輩が一際高い声を上げ跳ねる。さらに上唇と下唇で挟む。そしてそのまま吸い上げる。  
「あ、あうううんっっ!!」  
身体を強張らせ俺の攻めに一挙一動反応を見せる先輩。その仕草のせいで、股間は怒張というレベルを超えていた。  
「先輩…俺、もう……」  
「…………うん、いいよ…」  
先輩の身体から身を離す。くたんと、長椅子の背もたれに身体を預ける先輩の目は、虚ろだった。  
俺はジャージのズボンに手をかけた。抵抗も無くするりと脱がすと、ブラとお揃いの薄空色のショーツが現れた。  
しかし、汗かそれとも別の液体か、その下着も既にぐっしょりとそぼ濡れていたのだが。  
「や…あんまり見ないで…」  
手で覆い隠そうとするが、俺はそれを遮った。そしてそのまま先輩の秘部へ顔を埋めた。  
「ふあああっ!?え…や……やめて…っ!汚いから…っ!」  
石鹸の香りと、ムッとした汗の匂いと、あと不思議な香りとが混ざり合った、不快ではないがいやに興奮する臭い。  
濡れた部分を舌で突付く。唇全体で覆う。歯先で甘く噛む。その全てを先輩は甘い喘ぎ声をもって感じてくれていた。  
「あっ!あっ…仙田く……もう…だ、め……っ!」  
ほんの1分ほどの愛撫だったが、先輩の腿に挟まれていた顔を離すと自分が大量の汗をかいているのが分かった。  
同じく、その先輩自身も涙目で息を荒くし、ぐったりとしていた。呼吸の度、豊満な胸が揺れる。  
ほつれた髪が、先輩を可愛さと色っぽさの中間色に仕立てる。たまらず、俺はベルトを外し、自身を剥き出しにした。  
外気に触れると少しだけ熱が収まるのが分かる。  
そして、怒張を目の当たりにした先輩は「あ…」と言ったきりそっぽを向いてしまった。  
 
「ん…いいよ…」  
先輩は椅子の上で座りながらM字に開脚し、そこに俺が覆いかぶさる形となった。  
顔をロッカー方面に向けたままだったが、先輩は俺の物を自分の秘部へそっとあてがってくれた。  
経験の無い俺は正直、どこに入れればいいのか分からなかったのでこの気づかいは少しうれしかった。  
「じゃあ……」  
目を伏せ、無言で頷く。それを見ると、余裕の無かった俺は急いて、陰茎を一気に埋めてしまった。  
くちゅ、と音がするかしないかだった。徐々に先輩の体温が俺の物を支配していく。  
「―――――っっ!!!」  
先輩が声にならない声を上げる。それに同調してか、初めて感じた膣内の温かさと締め付けが俺自身を襲った。  
「あ……うぁ、あ、あ…」  
男なのに、快感と優しい痛みに情けない声を上げてしまう、が、先輩の方は息も絶え絶えに、声も上がらない様子だった。  
目の端からは涙が伝うのが見える。小刻みに揺れる身体。―これは明らかに"苦痛"に耐えている。  
これは穏やかではない、まさか―  
 
ぎょっとするかと思った。知識としては知っていた。だけどまさか、こんなにも―  
「せ、先輩!どうして…」  
「だめ!仙田君…!そのまま……続けて…っ!」  
もしここで止めろと言われても、恐らく自分は止められなかっただろう。腰が静止する事を拒んでいるのだ。  
そんな中、先輩の膣内は俺の陰茎を生かさず殺さず、ゆっくりと迫る。  
苦痛に歪みながら「あ、あ」と汗と涙を散らす先輩の表情。腰を上下する度揺れる双丘。  
申し訳ないと思いつつも、自分自身は快感の波に身体を委ねていた。先輩はきっと辛いだろうに。  
 
「そんな顔、しないで」  
「先輩…」  
首を横に振った。「千早って呼んで…」  
 
「千早…っ!千早先輩…っっ!!」  
「ああっ!仙田君…仙田くんっ…んっ!」  
何も考えられなくなっていた。既に身体はただ腰を動かす、動物なんだか機械なんだかよく分からないものに変質していた。  
陰茎への快感は次第に増していく。先輩―千早先輩も、幾分落ち着きを取り戻したようで、  
苦痛の声が艶のあるものになっていた。表情も顔をしかめるようなことはない。むしろ、エロい。  
「あ…あんっ!あ、あっ!……きゃっ!」  
限界は近づいていた。爆発寸前の陰茎は膣内をほしがるが、そういうわけにもいかないだろう。  
千早先輩はきゅうきゅうと俺自身を締め上げる。それに答えるように、俺は突き上げる。  
ぐちゃぐちゃと、およそ部室に似つかわしくないであろう卑猥な音が、喘ぎ声と共に響き渡る。  
下腹部中心の熱が、次第に陰茎へとシフトしてゆく。限界は、近いようだった。というか、もうすぐそこに迫ってる。  
「せんぱ…千早先輩……もう、俺…」  
「仙田君……来て…」  
いや、それは―マズい。いろいろと。  
懇願するような千早先輩の言葉を心を鬼にして無視し、腰を引く―が、"何か"に阻まれる。まさか。まさか、もしや―  
 
千早先輩の脚だった。いわゆる蟹ばさみ。  
そんな、お約束な、と思った。こんなのまるでエロパロ小説じゃないか―  
「あっ、あっあっあっ……っ、せん…だ、く……あ、ああ、あ……っっ!!」  
音が聞こえたかと思うくらい、自慰の時なんかよりも多量に、そして濃厚な精液が千早先輩の膣にとめどなく放たれていく。  
それを促すかのように、千早先輩の膣もぜん動運動で陰茎を絞り上げる。まるで永遠に射精しているかのような心地。  
身体がふら、と揺れた。両手を長椅子の背もたれに置く。眼下の千早先輩はまるで放心状態かのようだった。  
―ものすごい疲労感。  
「あ…あ……あん…」  
ぬ゙る、と自身を引き上げる。朱の混じった精液が絡みつく陰茎がだらしなく垂れる。  
「…千早先輩」  
そこで俺たちは、初めてキスをした。行為中には気づくことの無かった部屋の熱気が、思い出したかのようにぶり返しはじめた。  
 
「ごめんね、仙田君」  
「いいえ、誤らなくていいんですよ…俺こそ、せ…いや、千早先輩の…その…」  
「ううん、いいの」  
「俺、本当に千早先輩の事、好きですから」「私も」「本当に?」「うん、好き、大好き」「俺も…大好きです」  
「えっちな女だって、思ってない?」「いえ、むしろ歓迎します」「…バカ」「こんなバカでもいいんですか?」  
「バカなところも、部活に一生懸命なところも、後輩思いの優しいところも、全部、大好き」  
 
心地よい脱力感。俺たちは裸のまま、一緒に肩を寄せ合って座っていた。  
耳を澄ます。相変わらずの蝉の声。相変わらずの日差し。相変わらずの部員たちのやかましい声。  
………声?  
「あ…もう練習時間終ってる…」  
「じゃあこの声……みんなが戻ってきたのか!?」  
次第に近づく男くさい声。間違いない、みんなだ。急いで衣服を持つと、千早先輩の手を引いてシャワールームへ走った。  
あそこなら、服を着替える時間くらい稼げるはずだ。  
「シャワールーム?」  
「うん」  
ぺたぺたと、裸足の音。  
「でも、私たちがシャワールームなんかから出てきたら、みんなどんな顔をするかな?」  
「…俺、ボコボコにされるかも」  
言い訳なんて、考えたくなかった。だって俺たちは本当に、恋人同士になったのだから。  
 
(おしまい)  
 

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