こんな早朝に僕を起こそうとするのは誰だろう。  
それは幼なじみの水口風香(みなぐちそよか)だ。風香は布団から出ようとしない僕を引き剥がそうとしている。  
「風香…、なぜ僕を…起こすのだ…」  
「ななちゃんが寝てるから」  
「…あと二時間待って……がふっ!?」  
眠気を吹き飛ばすパンチが僕の頬に炸裂する。彼女は悪意の欠片もなく、『僕が起きる』という理由だけで僕を殴る。  
「起きた〜?」  
「……はい」  
痛む頬を撫でながら、寝起きの瞳で幼なじみを見た。  
いつもと同じ、脳天気な笑顔。いつもと同じ、小柄な体。いつもと同じ、巫女服。  
どこから見ても、僕――名取七海(なとりななみ)の幼なじみにして同級生、風香だった。  
「じゃあ〜、早く立って」  
差し出される小さな手を握り、起き上がった。  
時計を見れば六時過ぎ。  
「……少し、早いんじゃないか…?」  
「朝練があるって言ってたでしょ? 私もあるから一緒に行こう〜」  
何が嬉しいのか、風香はへらへらと笑顔を浮かべ退室する。男子や一部の女子から『神秘的』と称される美貌も形無しだ。  
神社の娘とはいえ、ただの天然をそこまで良く言えるよな……着替え終わる頃には頭もしっかり働いてきた。  
……さあ、急ぐか。  
 
僕は全力で学校への道を走っていた。  
ちなみに風香は、僕よりもずっと前を走っている。玄関で、「全力で行くぞ!」と言った僕が悪いのだが…手加減してくれてもいいじゃないか。  
「ななちゃ〜ん。ゆっくりしてないで本気で走って〜」  
ハア……あのバカ体力め。  
 
喘ぐ僕は両足を引き、やっとの思いで校門に着いた……。そこでは、長い黒髪の少女と金髪の少女が楽しそうに話していた。  
「…水口も朝練なのじゃな」  
「はい〜。試合も近いですから」  
「我が巫女クラブは全国的にも強豪じゃからな。練習は大変じゃろう」  
「大変ですけど〜楽しいですから〜」  
「頑張るのじゃぞ。……おお、名取〜」  
風香よりも小さな金髪の少女が僕に向かって嬉しそうに手を振る。  
流れるような金の髪に大きな碧眼、人形のように整った顔と、制服の袖に指が隠れるほど小柄な体には一部男子の熱狂的信者がいると言われる……彼女が料理部部長、エメレンツィア・ゴッテスアンベーテリン先輩だ。  
 
「ななちゃん遅いよ〜」  
「名取! 約束の時間は九十秒も前に過ぎておるのじゃが……」  
先程と変わって、冷ややかな目で僕を見上げる。部長として、時間に遅れた部員には厳しい態度をとろうというのだろう。  
 
頬を膨らませて怒る部長は可愛いが、笑うわけにはいかない。  
「す、すいません…寝坊、しちゃって…」  
僕の言い訳に風香が余計な補足をする。  
「わたしが起こしにいくまでぐっすりでした〜」  
「水口に起こされたじゃと!? お主は……。もういい、嫌ならば帰って眠ればよいじゃろう!」  
言い捨てると僕に背を向け、校舎へ歩き始めた。僕は部長を追いかけようとして……。  
「アッ―!」  
「な、なんじゃあぁぁ」  
足がもつれてしまって転んでしまう。それも、部長を巻き込む形で。  
 
「いたた……」  
どうやら部長を押し潰すことはなかったようだが、部長の手を押さえつけて後ろからのし掛かった体勢になっていた。  
「〜〜〜〜!」  
部長も自分の姿に気が付いたようで、僕を振り解こうとするが体格で劣る部長ではびくともしない。むしろ密着して動き回るお尻が、僕の股間に心地よい刺激を……。  
「は、早く退くのじゃ!」  
そう言われても足に力が入らない。業を煮やし、動きを激しくする部長とますます密着し――、急に体が軽くなった。  
「ん〜。お楽しみは次の機会に、ね」  
暢気に声を掛ける風香の右手、そこに握られた箒の先に僕は吊されていた。  
 
「いくら部長ちゃんが可愛くても、人前で押し倒すのはダメだよ〜」  
軽く言うと、手首の返しだけで僕を校庭に投げ捨てる。  
「じゃ、わたしは部活に行くね」  
身を起こした部長とまだ立ち上がれない僕を置いて、あの女は鼻歌を歌いながら去っていった。  
 
朝練と言っても、ただ朝食と弁当を作り部長と食べるだけの朝食会だ。  
「ふむ。腕を上げたようじゃな」  
味噌汁の味を見た部長が僕に笑いかけた。  
「一年前は出汁も知らん小僧じゃったのに……」  
「部長のおかげですよ」  
嘘ではない。焦げた目玉焼きでも美味しいと言う風香や不味いと料理をぶちまけるアイツとは違い、部長は足りない所を指摘してくれる。そのお蔭で何とか食べられるようになったのだ。  
「でも…、なんでこんなに教えてくれるんですか?」  
エプロンを脱ぎつつ、以前からの疑問を投げかける。入部当初から部長は僕に色々と教えてくれた。朝から料理を教えてくれるし、失敗しても怒ったりはしない。  
僕の疑問に部長は、驚いたような悲しいような表情を一瞬だけ浮かべた。  
「何故、じゃと? そうじゃな……お主の側にいたかった、というのはどうじゃ?」  
軽く目を伏せた部長の、白い頬が少し染まりながらの言葉だった。  
 
 

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