「んーっ……。いやあ、い〜い日差しですねぇ。こんな日に外で汗をかくのもまた一興、と」
いやあ、本当にいい日ですねえ。
秋の終わりらしく天高く馬肥ゆる、と浅学ながらも慣用句を呟きたくなりますな。
――――なんて、現実逃避にも限界があるんですよね。
……そろそろ収穫の祭事。
僕らの仕事の中でも、とりわけ重要なイベントな訳で。
その準備をする為にもとりのあえずは境内の掃き掃除をしなければならない訳なんですが。
まあ、一番の問題は。
「……まあ、当然の如く人が足りなすぎるわけでしてね」
はあ……。
ああ、先代〜……。
こんな田舎の神社で求人なんて望めるはずもないんですから、せめて季節ごとのマニュアルでもくださいよう〜……。
婿養子取るなりいきなり姿くらますって言うのは少々冗談がキツイですって。
確かに僕は神道研究の学徒だった訳ですけど、逆に言えば経営とか経済についてはこれっぽちも分かりやしないんですよぉ……。
頼みの綱の奥さんは、無理がたたって寝込んでしまいましたし。
あんな気の弱い子にこれ以上の労働はさすがに……ね。
ご両親の豪快さの一部でも受け継いでくれればよかったんですけど。
……そもそも、あんな仕事をあの子一人に押し付けてるのはどうかと思うんですが。
もう一回、溜息が……。
はあ…………。
「……ハアハアハアハア騒々しいわっ! 結納済ませたばかりなのは分かるがの、少しは場所を考えて淫行に及んでもらいたい所なんじゃがな」
……淫行、ねぇ。
せっかくの新婚状態なのに、そういうコトに及べるような状況を作り出せない第一の原因が何を言っているんですかって怒鳴りたい所ですよ。
そのこと分かって……言ってるんでしょうね、間違いなく。
ねえ、
「穂積姫さま……」
「かんらかんらかんらかんら!
まぁったく、お主は枯れとるのう。血気が足りんわ、最近の若者は!」
穂積姫。
僕の目の前にいる人は、院生だった頃の僕の研究対象であり、現信仰対象と言うことになるんでしょうが。
――――全く敬意が湧かないのはどういうことなんでしょうかねえ。
いやまあ、140pにも満たない身長に童顔、ポニーテールのおさげなんて見れば子供にしか見えないのもあるんでしょうが、童神というのは珍しくもないですし、それはさほど。
そもそも宙にぷかぷか浮いたり半透明になれる時点で、見た目の印象はそんなに問題ではなくて。
まあ、何より問題なのは、
「そうそう禰宜よ。
――――今週のジャンプをさっさと買ってきてもらいたいところなのじゃがなあ。
わしは退屈で退屈で、ここら一帯のものを祟り殺したくなる寸前なのじゃぞ」
……この神様がここ数年で思いっきりニート化していることだと思うんですが。
「……えーと、あのですねえ。
実体化できるんですから、ご自分で買いに行かれるという選択肢は……?
あと、あなたは豊穣神であって祟り神じゃないですよね? 出来ないことを口にされても……」
――――我慢、我慢。
一応この地方の土地神様なんですから、押さえて押さえて。
「黙れ。今はちょっと手が離せんのだ。
わし等のパーティに喧嘩を売ってくる阿呆なPK集団がおってな、わしの99レベ最強サモナーのベリアル召喚で叩き潰す為に待ち伏せしておる所なんじゃ。
――――この機を逃すと制裁を加えられん。
ああ、ついでにアイスも買ってきとくれ。もちろんダッツでな」
……ああ、いつから神がネトゲ廃人になる世界になってしまったんでしょうか。
しかもジョブは悪魔召喚師に。
こんなお方のお世話を何年も専属でさせられてた妻の身になると、うう、涙が……!
只でさえ忙しいんですけど、もう穂積姫さまは本殿の中へ。
……仕方ない。買いに行くしかなさそうですね……。
下手に機嫌悪くさせると、冗談抜きに農家の方に迷惑かかりますし。
……あの中に最新ゲーム機や漫画が大量に置いてある事実を知ったら、農家のお爺さんお婆さん方は卒倒するでしょうねえ。
見たいような見たくないような。
……ああ、僕の思い描いていた八百万の神々は、こんなんじゃなかったのに。