――1――  
 
 今や歴史書の中に記録を留めるばかりとなった血と炎に彩られた混沌の時代。  
 理由すら定かでない対立の末、自分達の手で己の住む大陸をも沈めんとしていた戦いも遥かな昔となった時代。  
 その数多の命を飲み込んだ人と魔の対立も、僅かな手勢と共に魔王の城に乗り込んだ勇者と女魔王の七日間に渡る壮絶な一騎打ちと取っ組み合いと口喧嘩の果て、お互いに愛が芽生えてしまいグダグダで有耶無耶の内に終わった。  
 それから幾星霜。  
 かつては知性の欠片もない不定形生物とされてきたスライムが、人と共に暮らしていてもおかしくないくらいに人魔の垣根の下がった、そんな時代。  
 
――2――  
 
 その執務室は広かった。  
 そして広さに見合った豪華さも兼ね備えていた。  
 床は一面、薄く切り出された大理石が敷き詰められている。床に石材を使う場合、普通は靴に踏みつけられて床材が痛むのを避ける為にカーペットを敷くのだが、それは見られない。お陰で白いタイルの合間合間に埋め込まれたトルマリンが全て見て取れる。  
 大理石の白いタイルと青緑色をしたトルマリンとが相まって、実に涼しげな印象を与える。反面、冬は冷気が立ち昇って寒そうだ。  
 壁にはそれ単品でも美術品として通用しそうな額縁に入った絵画が飾られており、絵中の人物像が人族用にセッティングされたフカフカの応接セットを睥睨している。  
 執務机の背後一面は、壁の端から端までにもなる大きな本棚が占めている。棚には様々なジャンルの本がずらりと並び、どれを取っても高価で重厚そうな背表紙が並ぶ様は圧巻とも言える。  
 城壁のような本棚の前に鎮座する、執務机も広かった。  
 執務室の大きさも、デスクの寸法も、会社の規模に比例する。  
 執務机は、その大きさに見合った部屋に置かれていた。  
 創業百五十年余を数え、主力商品はあちらこちらの王家から王室御用達の栄冠を授かる、トロケール商会の会長執務室である。  
 何年にも渡って一日として休む事無く丁寧に磨かれてきた黒壇の机は鏡のように滑らかで、覗き込めば黒っぽいモノクロームの鏡像が見返すほど。  
 デスクは寸法に見合うだけの重厚さと威厳を伴なっていた。  
 だが、その机に比して、そこで黙々と書類を片付ける者はいかにも小柄だった。  
 両手を大きく広げ、机の上にころんと寝ても転げ落ちないくらいの体躯である。デスクがベッド代わりになるだろう。  
 だが、足を伸ばして、となると疑問符がつく。  
 ラミア族のように腿から下が蛇の体になっていて長いので机からはみ出してしまうから、と言う訳ではない。その逆だ。なにせ、机で仕事をする人物には伸ばせるような足が無いのだから。  
 正確に言えば、太腿の半ばから下は一つに融けあい、半透明のゼリーのような塊となって椅子の上でわだかまっている。  
 身長を見積もろうとすれば、せいぜい一メートルも見込めば十分に過ぎるだろう。  
 それだけのサイズの差があるのに、デスクの端に置かれたペン立てに手が届かないと苦労する様子は無い。椅子の上から体を乗り出さなくても悠々と手が届く。  
 それも当然。なぜなら、彼女はそうした事が生態の一部としてごく自然に可能な種族だからだ。  
 トロケール商会会長代理にして次期会長候補、フランチスカ=トロケールはスライム族であった。  
 
 物理攻撃の通じぬゲル状の身体をし、金属以外なら何でも溶かして喰らう脅威の悪食の下等生物、とされてきた種族である。  
 彼ら――スライム族は雌雄同体なので"彼"でも"彼女"でも同じ事だが――が理知の光を獲得して久しい。  
 とは言えスライムの全てが全て、知性を得た訳ではないが。今でもほとんどのスライムは本能のみに従うモンスターであり、彼女のような一族は貴種とされる。  
 さらには、今は人魔が血で血を洗う骨肉の争いをしていた時代ではない。  
 人族が伝統や格式を重んじる性質であるのが魔族側にも知られ、彼らからその価値観を尊重されているのと同様。  
 魔族達の、老若男女を問わずに各個の持てる実力のみを重んじる流儀も、既に人側諸種族にはよく知られ受け入れられていた。  
 そのお陰だろう。たとえ種族がどれだけ違っていようとも、知恵のある者、力のある者、金のある者がその大小に関わらず組織の頂点に立って他の者を使うのは、今の時代では自然な事とされる。  
 そうでなくては大陸でも名の知れた会社を経営し、何人もの社員や召使い達を雇う事など出来はしないだろう。  
 
 フランは手元の書類に目を通しながら、ひょいと手を伸ばす仕草をした。  
 と、すうっと腕が飴細工のようにスムーズに引き伸ばされる。伸びた腕は細くなったのか、やや透明さを増し、向こう側の風景が少しだけ鮮明になる。  
 手はペンを取って戻り、書面に何事かを書き込み、そこで彼女はやや渋い顔をした。  
 再びペン立てに手を伸ばしては、ちょいとインク壺の蓋をどかしてペン先にインクを吸わせる。するするとペンが戻ってきては、ちょいちょいと書類に何事かを書き付ける。  
 三度、ひょいと腕が伸ばされて、  
「はい、終わり。次は?」  
「これでございます」  
 傍らに立つ執事が次の書類を差し出す。  
 それなりに彼とは離れている筈なのに苦も無くそれを受け取り、しゅるりと巻き戻されては自分の前にかざす。  
「今月のトロケール商会アマランス本店の売上げ報告、と。ふーん……」  
 フランは形の良い眉根をちょっと寄せた。  
 記憶から昨月の、さらには去年の同月売上げを引っ張り出してきて比較する。  
「若干の落ち込みが見られるわね。何が原因かしら……流行の変化?宣伝不足?  
 バーンズ?本店の人は変えたかしら?」  
「本店の人員配置に関しては特に変化はございません。ここ数ヶ月以上にわたり退職や新規雇用についてもございません」  
「とすればサービス面での変化はなさそうね……いえ、逆に不足している?」  
 思考をわざと口に出して整理しながら、様々な要因をリストアップしていく。  
「まぁ、いいわ。どうせ後で見回りに行くもの。その時に店長に話を伺いましょ」  
 ささっと確認の会長印にサイン。  
 机の上から追い出すかのようにしてあっさりと片付ける。  
 掌がヒラヒラと次を催促。そこへまるでダンスをしているかのようにスムーズに次の紙が手渡される。  
 中身を見た途端、今度こそ彼女は柳眉を逆立たせた。  
「輸送隊の被害報告ぅ?!工場からこっちに持ってくる最中に盗賊団にやられた?馬車一台分が全損?!  
 ふっざっけっんじゃないわよ!!ここの領主は何してたのよ!こーゆー時の為に高い通行料払ってんでしょうが!」  
 人ならば顔面を真っ赤に染めていそうな怒り様。  
 だが生憎とフランの顔色は、彼女が卵から孵った時からずっと透き通った紅であった。顔色の変わりようが無い。代わりに彼女の身体である粘体の、人の髪を模した辺りがザワザワと剣呑な気配を飲んで蠢く。  
「バーンズ!」  
 語気も強く、執事の名を呼ぶ。どちらかと言えば、叫ぶといった方が近くはあるが。  
 この手の報告が――永らく不在している母親でもある会長の代理であるとは言え――トップであるフランの元に来るまでにそれなりに時間がかかっている筈である。  
 会長の判断を仰いでから行動、では遅すぎる。  
 既に手を打っていると考えるのが妥当である。  
 
 無論、それに応えられないような無能はトロケール商会にはいない。  
「件の領主様へ本社から調査員を二名派遣致しております。加えて、調査部のトラブルシューターが準備を整え次第、後発。一つ手前の領地で待機致します。  
 状況の仔細が把握出来るまでの間ですが、コンボイの護衛として追加の冒険者を雇いまして、往復共に二個パーティを増強いたします」  
 それを聞き、フランはようやく荒かった鼻息を静めた。もっともスライムである彼女に鼻から息をする必要性は全く無いけれど。  
「よし、いいわ。領主の策略にせよ、盗賊どもの仕業にせよ、関係ないわ。トロケール商会に手を出したらどうなるか、たっぷりと思い知らせてやりなさい」  
 そこの領主が一芝居売って強盗を演出し、護衛費名目で通行料の水増しを狙っているのか。  
 それとも本当に新興の盗賊団が襲ってきたのか。  
 どちらにせよ鼻っ柱をへし折り、場合によっては原因を根本から断つ。  
 舐められては足元を見られて商売上がったりだ。  
 キン!キン!  
 と、フランの処理し終えた書類を手際よく片付けていた執事から、金属を打ち鳴らすような小音がした。  
 バーンズの長いマズルの横から生える髭がピクリとひくつく。  
 彼が肌身離さず常に持ち歩いている時計だ。内部の微細な結晶珠に封じられた魔素<エーテル>を動力源にして動く物で機能も多く、かなりの高級品である。  
 彼は一分の隙も無く着こなした執事服の内懐に手をやり、懐中時計を取り出した。銀の鎖がしゃらりと心地良い音を立てる。  
 ぱちりと蓋を開けて、  
「お嬢様、そろそろ本店へ参るお時間でございますが」  
「あら、もうそんな頃だったかしら。バーンズ、車の用意を」  
 忠実で知られる犬人<カニス>の執事は、主に一礼し、執務室を後にした。  
 その間にもフランは、ポイポイとペンやら何やらを元あった所へ戻す。  
 フランがいる本社社屋兼トロケール家の屋敷からでは、店まで歩いて行くには遠すぎる。  
 執事は馬車の用意をしにいったのだ。しかし、それだけならば何も執事本人が部屋を出て行く必要は無い。誰か他の者を呼び、言付けさせればよいのだ。  
 彼がわざわざ退出したのは、フランが支度を整えるのに配慮したからであった。  
 フランは羽根ペンや何種類もの判子が群れる辺りに、すっと手を伸ばす。  
 文字通りの意味で伸びた手の行く先は、ペン立ての隣に控える小さな金の呼び鈴。フランはその柄を掴み、軽く振った。  
 リン!  
 小さいが良く通る鈴の音が、馬車の準備を整えに出て行った執事とはまた別の人物を呼ぶ。  
 フランが呼び鈴を振ってからほんの少し。  
 茶色の髪を後ろで結い上げ、落ち着いた雰囲気をした女性がドアを開けて入ってきた。  
 メイド服姿からして、彼女がどういう立場にあるかは一目瞭然。  
「お呼びでしょうか?フランチスカお嬢様」  
「ナタリー、出かけるわ。支度をして」  
 
――3――  
 
 裾が足首まであるフルレングスの紺のワンピース。その上からは華美ではない程度にフリルで飾られた真っ白いエプロンドレス。  
 頭にはフェアリーの裁縫職人の手によると思しき繊細なレースをあしらったカチューシャ様のヘッドドレス。  
 白と紺のコントラストも美しい、典型的なメイドの姿である。  
 特に彼女の場合、侍女として主人であるフランに付き従って客人に姿を見せる事もあるので、格好こそメイド服ではあるが生地も縫製も結構な質を与えられている。  
 ナタリーは女主人の言葉に軽く一礼。  
 諾の意を伝え、静かに執務机まで歩み寄った。柔らかだが毅然とした物腰や、足音をほとんど立てない足運びから、かなり上質の躾けを受けているのがうかがえる。  
 机を回り込んで、椅子の上にいるフランのすぐ横まで近づく。これからする行為は、遠いと主人の手を煩わせてしまうからだ。  
 ナタリーが腰のサッシュを解いた。  
 戒めを解かれたエプロンがハラリと揺れる。  
 メイド服のウエストの括れはなくなり、全体的にゆったりとしたシルエットとなる。ストンとした感じは、妊婦の着るマタニティドレスのように見えなくもない。  
 まさか当主の目前で着替えようというつもりでもないだろう。  
 ナタリーはごく自然な雰囲気を保っている。  
 フランも驚いた様子は無い。  
 さも当然、と言った表情でナタリーの一見すると異常とも取れる行動を黙って見ている。  
「失礼致します」  
 ナタリーは再び一礼。  
 身を屈めると、彼女は自分のスカートの裾に手をやる。  
 次の瞬間、ナタリーはとんでもない行動に出た。  
 フランの目の前で、侍女のスカートが彼女自身の手によってゆっくりと捲り上げられていく。  
 羞恥に手が震えて止まりがちになるのでも、情欲を煽ろうとして悪戯にスカートをちらつかせるのでもない。  
 行動自体ははしたないと非難されても仕方が無い類いだったが、ナタリーにそれを恥じる様子は微塵も無い。貴人に仕える者の優雅さがそこからは滲み出ていた。  
 全てを覆い隠す緞帳がゆるゆるとペースを乱さずに引き上げられていき、内に秘められていた物をフランの眼に明らかにしていく。  
 白いストッキングに包まれたくるぶしの微妙な曲線が露わになる。  
 むっちりと肉が付いた、程よく熟れた太股が姿を見せる。子供では見られない柔らかいカーブを描く太腿は大人の女を匂わせる。  
 引き上げられるスカートの裾は止まる事を知らず、太腿の半ばを越え、ストッキングを吊り下げているガーターベルトまで露わになる。  
 そしてとうとう、両腿の間、普通ならば下草が翳っている場所までもがフランの前に姿を現した。ストッキングの純白とはまた違う、人肌ならではの血色の良い白が目に眩しい。  
 ナタリーはショーツを履いていなかった。  
 
 彼女は更に過激な行動に移る。  
 主の眼前に、己の股間を突き出したのだ。  
 ナタリーは立っている。フランは小柄とは言え、椅子の上にいる。  
 自然、フランの前にナタリーのオンナ自身が突き出される位置にくる。  
 そこは無毛の丘だった。  
 下着を穿いてないのも含めてナタリーの個人的な趣味などではなく、また彼女の股間は剃ったのでも抜いたのでもない。  
 彼女が十四でトロケール家の屋敷に奉公に上がった翌年、特殊な薬品で毛根ごと処理して、産毛一本たりとも二度と生えないようにされたのだ。  
「どうぞお入りくださいませ、お嬢様」  
 侍女は主人にそう告げた。  
 メイドが露わにした秘所を主人の眼前に突きつけると言う異常な事態なのに主従二人はまるで動じず、  
「ありがとう、ナタリー」  
 ごく自然なやり取りを交わす。  
 ナタリーの大人らしい複雑な造形の淫唇が、ため息をつくように僅かに口を綻ばせる。  
 それを見て、フランがクッと意地悪そうに口の端を吊り上げた。  
「ああ、でも、これでは潤いが少なくてお肌が乾いてしまうわ」  
 現状、フランは下半身が不定形の塊だが、上半身は人族の少女の形を模している。  
 だから、こうして掌でナタリーの内股を撫で上げてやって、そこの柔らかさを味わうのも造作もない事。  
「……っ!」  
 内腿につつーっと不意打ち。  
 ぞくりと走り抜ける感触に、声を上げかけたナタリーがハッとなり、キュッと唇を噛みあわせて声を殺す。  
 その様に、フランがにやりと大きく笑う。  
 ずる、とフランの腰から下が伸びる。先ほどは腿の半ばから下だったが、今は彼女の腰から下が粘体の塊になっている。スライムの身体は伸縮どころか、形すら自由自在だ。  
 まるで男が女を口で喜ばそうとするような、下から齧りつく体勢。フランの視界にナタリーの陰唇が大写しになる。  
 フランが舌を伸ばした。  
 ピンクに透き通った舌が見せ付けるように宙でヒラヒラ泳ぐと、プツプツッと表面から分泌された粘液がトロリといやらしく糸を引いて滴り落ちる。そして落ちる端からフランの身体に再び融合していく。  
 一見、落ち着いているナタリーだが内心は戸惑っていた。彼女の主が、こうまで手間をかけようとするのは久しぶりだ。  
「あ、お嬢様、そんなにお戯れになっては……下でイオーン様やケイロ様がお待ちです」  
「放っておきなさい。それよりも私はもっとココがシットリしてた方が好みなのよ」  
 ナタリーが口にしたのは、馬車を牽く車夫であるケンタウロス達の名前である。  
 彼女がフランの為の"支度"を始めて大して経ってはいないが、あまり時間がかかるようでは彼らや執事のバーンズを待たせてしまうだろう。  
 
「ナタリー。貴女、私の『輿』としての自覚はおありかしら?」  
「はい、勿論でございます」  
「だったら、私が一番過ごしやすいように環境を保つのが、貴女の仕事ではなくて?」  
 これが侍女であるナタリーの主な役割であった。  
 粘体のような身体である為に、剣で切っても槍で突いてもまともなダメージにならないスライム族だが、そんな彼らにも大きな弱点がある。  
 身体が粘度が高いとは言え液体で構成されているので、乾きに弱い。  
 そして最大の長所であるゲル状の身体ゆえに這いずるようにしか動けず、足が遅い。  
 じめっとしたダンジョンやジャングルなどの湿った所が大好きと人の口に上る彼らである。それはたんに好き嫌いの問題ではなく、スライムの身体的特徴と切り離せないところから来ているのだ。  
 そして、知性を獲得したスライムが人の隣人となって長いが、その辺りの生得的な所までは変わっておらず弱点は弱点のままである。  
 人の住む環境はスライムには不便な場所である。特に人を初めとする諸種族と商いをするフランにとって、それは自分にとって厄介極まりない場所に居続けなければならない事を意味する。  
 だが、それを克服するのが知恵である。  
 他人の体内に潜めば、外部の直射日光や乾いた風の影響を受ける事も無い。それが女の胎であれば、潤いも温度も適度に保たれ、なおさら良し。  
 知性の無い頃にしばしば繁殖にそうした手法を取っていたスライムだからこそ思いつき、何の躊躇も無く実行に移せた方法である。無論、今では両者の合意が不可欠ではあるけれど。  
 ぺちゃ。  
 フランが自分で分泌した粘液に舌先を濡れ光らせて、それを塗りつけるようにしてナタリーの内腿を舐め上げる。  
「くっ…ふ……」  
 粘液塗れの舌で肌を擦られ、むず痒いような感触で手足の先が痺れる。  
 これから襲ってくる快感と幸福感が思い出され、自然、胎の奥底が熱を持つ。  
 じゅる。  
 再び同じルートで舌が這い、フランが自分で塗りつけた粘液を自分で啜りとっていく。皮膚の表面およそ全てが口になるスライムには造作も無い。  
 まるで舌の表面に何百もの小さな唇が浮かんで、触れている部分全てでキスされているよう。  
 チュプチュプと細かく吸われながら舐められる度に、ぞくぞくと心地良い疼きがナタリーを震わせていく。  
「あ、はぁ、お、嬢様……」  
 驚くべき職業意識の成せる業か。主の手によって引き出されつつある艶はナタリーの顔には出ていない。  
 だが、顔にこそ出ていないが、彼女の身体が快感に翻弄されているのは明らかだ。  
 フランの指だけがすぅっと伸びる。  
 つぷり、と温かいぬかるみに差し挿れられた。  
 途端、ナタリーの足先は伸ばされ、パンプスの中では爪先がきゅうっと丸められる。  
 下半身全体がふるふると小刻みに震える。  
 フランの指がナタリーの中で太くなったり長くなったりしてかき回すと、動きに連動して膝はカクカクと危なっかしそうに震える。  
 
「お嬢様、お早くなさいませ……んうぅ」  
「あら、貴女も悦んでいるじゃない」  
 指が差し込まれて開いた秘裂から、こぽっと悦びの雫が掻き出される。  
 途端、ほのかなバラの香りがフランの鼻先を包み込んだ。  
「うふふ、良い匂い。この香水は誰よりも貴女に一番よく似合っているわね」  
「あっ、あ、ありがとうございます」  
 これこそトロケール商会の主力商品であり、未だ他社が真似の出来ないでいる香水である。  
 皮膚表面から栄養を融かして吸収し、同じ箇所から排出し、更には様々な効果を持つ粘液を分泌する。そのようなスライムである自分自身の生態をヒントにして、初代会長が創り出した物だ。  
 品種改良を重ねた特殊なマンドラゴラから抽出される薬液を原料とするこの香水は、服用すると汗腺を初めとする排泄器官から排泄物と一緒に排出され、香りが発散されるのだ。無論、それが膣分泌液であろうと例外ではない。  
 フランの舌先がバラの香りの愛液を啜る。  
 小鳥が啄ばむように、ちょん、ちょんと充血し始めた淫唇を甘く柔らかく食む。  
「ふあっ!」  
「あら、そんな大きな声を上げるなんてはしたないわね」  
 口内でナタリーの性器を舐めながらでもフランの声に乱れは無い。スライムは体表面を振動させてどこからでも声を出せる。  
「も、申し訳ございませ…」  
 嗜虐の微笑を浮かべたフランが、ごぼっと体を大きく揺らがせた。  
 彼女の体に浮かんだ波のような揺らぎは蠕動し、一点目指して収縮していく。すなわち、ナタリーのナカを掻き回す指先へと。  
 秘裂をくぱぁっと大きく広げ、入り込む。  
 そのまま送り込まれる粘体の蠕動は、続いてナタリーの媚肉を大きく掻き分け、肉襞を擦りながら奥へ奥へと進む。  
「ん……ん!ふっ、あふっ、んぅーーっ!」  
「えい」  
 こつん、と指先が奥を小突く。  
「――――ッ!」  
 ぐずり。  
 ナタリーの膣の中でフランの腕が形を失う。  
 粘体は既にぱっくりと開ききった子宮口を通り抜けた。  
「あ……あはぁぁぁっ!!」  
 ナタリーの最奥。フランが卵から孵った場所であり、彼女の御輿である所。そこでフランの手が再び形を取り、そっと内壁を撫でる。  
 膣をぞろりと撫でながら突かれる強烈な快感と、もう何度目になるか分からない子宮に子を抱える幸福感。  
 たまらず、ナタリーが控えめな美貌を歪めて声を上げた。  
 
「ナタリー、そんなに絞めると入りづらいわ」  
「も、申し訳ありま…ぁっ、せん。お嬢さ、ま、あ!ああぁぁっ!!」  
 ずるずるとフランが入っていくに従い、徐々にナタリーの腹が膨らんでいく。  
 反対に、フランの体は縮んでいく。  
「ほら、貴女がこんなにいやらしくキュッキュッて絞めつけるものだから、私が押し出されてしまうわ」  
 嘘だ。フランはわざと体を外へ引き戻している。  
 外に出ているフランが大きくなると、ナタリーの腹がするすると元に戻っていく。  
 完全に元に戻りきる前に、また大きくなっていく。大は小に。小は大に。  
「あ、ふぅ、も、申し訳ありま、せ、ん」  
 それを従者であるナタリーに指摘する事はできない。  
 彼女に出来る事と言えば、胎と股から力を抜いて、快感で絞めつけそうになる膣を緩めてやるのみ。  
 緩んだところに、フランが勢いをつけて雪崩れ込む。  
「っは!あ!ああぁぁっ、お嬢さ、まぁっ!」  
 入り込んだ勢いそのまま、またズルズルと出て行く。  
 出切って入り口が閉じ合わさる前に、フランがズンと突き上げ、淫唇はぱっくりとナカがフラン越しに見えるくらいに口を開ける。  
 膣襞を擦りながら子宮をスライムが出入りするたび、ナタリーの口からは切なげな声が漏れる。  
 押し殺そうとはするものの尻肉は物欲しそうにフルフルと揺れる。  
 フランの腕は男根とは比べ物にならない精緻な動きで媚肉を抉り、ナタリーから快感と愛液を引き出していく。  
 じゅぷっじゅぷっと胎の中から淫らな水音が響く。  
 膣からしとどに溢れる愛液は垂れ流される事はなく、入り口にぴったりと形を合わせて漏れるのを防いでいるフランに残さず啜り取られていた。ぽってりとした淫唇全体に甘く吸い付かれ、それがさらにいやらしい雫をナタリーに吐き出させる。  
 限界まで開ききった膣口はいやらしく形を歪め続け、一瞬たりとも同じ形に留まらない。  
 まるで幼子が泥や粘土で遊ぶように、ナタリーの下腹部は気まぐれに波打ち、中からのフランの激しい責めが想像できる。  
 時折、フランの勢いがつきすぎたのか、ナタリーの腹が不自然にボコッと膨れるのが服の上からでも見てとれる。  
 誰かがこの様子を見ていたら、あまりの乱暴振りに壊れてしまうのではないかと危惧するだろう。が、この程度で壊れるようなナタリーの胎ではない。彼女がフランを受け入れて十五年になる。その年月はすっかり彼女の体を換え、馴染ませていた。  
 搾り取ろうとする強烈な絞め付けこそ若さと共に失われていたが、一度足を踏み入れたら抜けられないぬかるみのように、極上の柔らかさと温かさでフランを包み込んでいた。  
 ナタリーの表情にしても苦痛は存在しない。  
 きゅっと寄せられた眉根は、苦痛ではなく、全身を震わせるほどの快感を我慢しているせいであった。  
 先ほどまでは凛としていた白皙も今は薄い朱色に染まり、ナタリーの控えめな雰囲気と相まって何ともいえない艶を醸しだしていた。  
 
――4――  
 
 だが、今日のお嬢様の様子はいかにもおかしい。  
 フランはまだ若いが聡明だ。性格も暴君とは程遠い。普段の彼女は、無為に使用人を責めたりはしない。つまり、相手がナタリーであるからこそ、こんな行動にでれる訳だ。  
 そのことにナタリーが気付いた時。  
「どうかなさったのですか?」  
 ナタリーの両足の間。嗜虐に染まったフランの頭に、そっとメイドの掌が添えられた。  
「どうかなされたのでしょう?お嬢様。何かございましたか?」  
 ナカで暴れまわっていたフランがピタリと動きを止めた。  
 唇と舌でクリトリスを弄んでいたフランが、キッとナタリーを振り仰いだ。彼女の唇は固く引き絞られ、眉はきつく寄せられている。それは泣く一瞬手前の赤子にも見えた。  
 何事かを怒鳴りつけようと口を開き、だが何も出てくることなく、力なく閉じられる。  
 彼女の顔が、ふと泣きだしそうな形に歪む。  
「……怖いのよ」  
 しばしの逡巡の後、ぽつりと呟く。  
「ナタリーの耳にも入っているでしょ?コンボイが盗賊に襲われたって。ウチの商品がやられたの。  
 だから、徹底的に叩くように指示したわ。当然でしょう?そうしなければウチの稼ぎが減ってしまうもの」  
 フランが冷静を装っていられたのはそこまでだった。一度、堰を切った奔流は全て流れ出すまで止まらない。止まれない。  
「誰でもない私がそう言ったのよ。バーンズを始めとする商会の皆が動くわ。  
 誰がやるかは関係ない。始まりは私の言葉一つよ。それで…どこかの誰かが傷付くのよ!  
 下手すれば、いいえ、たぶん全員死んじゃうのよ!!ウチの社員の優秀さは私が一番よく知っているもの!  
 でも……でも!そうしなければウチの社員が平和に暮らしていけなくなるの!どっちを取るかしかないの!それが怖いのよ!」  
 その言葉に、ナタリーは掌を動かす事で応え続ける。  
「でも、いつか、こんな事も思わないで誰かを簡単に切り捨てるようになっちゃいそうで、それがもっともっと怖いのよぉ……」  
 掌はフランのひんやりとした頭をゆっくりと撫で続ける。  
「十四の歳でお屋敷にご奉公に上がって、次の年にまだほんの卵だったお嬢様をお預かりしました」  
 どこか幸せそうな感じで呟きつつ、お嬢様の頭を撫でていた掌が場を変える。  
 愛おしそうにほんのりと膨らんだ腹をゆるゆるとさする。  
「あれから、もう十五年……月日が経つのは早いものですわ。あの小さかったお嬢様がご立派になられて。  
 お嬢様は大丈夫ですわ。そう思われる限り、お嬢様はそうはなりませんでしょう」  
 にこりとフランに笑いかける。慈愛溢れる微笑み。  
 ナタリーの顔は立派に成長した我が子を誇る想いに満ちていた。  
 
 フランの嗜虐は、不安と甘えの裏返しに過ぎない。  
 ナタリーは身体と一緒に、心までそっと包み込むようにしてフランを受け止める。  
「それに、もしもそうなってしまったとしてもご心配には及びません。不肖ながら私が、お嬢様のお尻を叩いて目を覚まさせて差し上げます。  
 胎をお貸しただけの、仮初めであるとは言え、それも母の役割でございますから」  
 幼い少女の不安を少しでも減らそうと言うのか。どこか冗談めかした口調のナタリー。  
「……ありがとう」  
「どういたしまして。さ、参りましょう」  
「……そうね。バーンズ達を大分待たせてしまっているようだし、急ぐわよ」  
 再度、フランが表情を変えた時。  
 そこは当主に相応しい貌へと戻っていた。  
「あ、くふっ!お嬢様、き、急過ぎで、そんなに激し、っくぅ、されて、はっ、あ!ぁああっっ!!」  
 じゅるっ。じゅるっ。  
 ゼリーを啜るような、はしたない水音が腿の間から響く。  
 まるでナタリーが下の唇でフランを飲み込んでいるよう。見る見るうちにフランの体が小さくなり、ナタリーの腹がビクビクと脈動しながら臨月さながらに膨らんでいく。  
「ふー、ふー、ふぅ……ふうっ」  
 ナタリーの香る愛液と、自身から分泌する粘液の助けを借りてフランは温かい胎の中へと進む。  
 そしてあとは頭の一部を残すだけとなった時。  
「ねえ、ナタリー。お願いがあるのだけど……」  
「なんでしょうか?お嬢様」  
「あのね……今晩、一緒に寝てくれる?」  
 きょとんとした顔を見せるナタリー。  
 一瞬の間。  
 彼女は母の慈しみに満ちた微笑みを返した。  
「ふふ、あなたはまだまだ甘えん坊ですね。よいですよ、眠くなったら私の寝室へいらっしゃい、フラン」  
「ありがとう、ナタリーママ」  
 ちゅるん。  
「ふぁっ……」  
 メイドに最後の喘ぎ声を上げさせて、フランの姿は消えた。  
 ナタリーはと見れば、すっかり孕み腹。  
 メイド服のスカート裾がパサリと降りて、しっとりと上気した艶肌を覆い隠す。  
「では参ります、お嬢様」  
 胎内に消えたフランの言葉は無い。  
 だが、ナタリーに彼女の意思は伝わっている。  
 なぜなら、お嬢様とメイドはこの世の誰よりも寄り添いあい、互いにもっとも近い所にいるから。  
 今の彼女達二人にだけ可能な方法で、フランの返事は伝えられている。  
 そうしてナタリーは階下で彼女らを待つ執事の下へと、胎の中のフランに障らぬよう、いつもと同じようにして静かに歩を進めた。  
 

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