「悟様、今宵行われるパーティーへは行かなくてよろしいのですか?」  
 
「うん。だって僕は-------------------」  
 
 
『dance』  
 
 
私は悟様の専属メイドだ。  
 
初めて会ったときはかっこいいというよりかわいらしい人だと思った。  
まだ幼さが残る顔たちや、声変わりが終わっていない声。専属メイドになったといっても弟ができたような感じだった。  
専属といっても悟様はアレコレと用事を頼む人ではないので、一日のほとんどは無駄な時間だ。  
おそらくメイド長もその事を知っていたから新人である私を専属という結構重要なポジションにしたのだろう。  
気になる事といえば悟様は自分に触れることが無かった。  
専属と言うのは大抵その人のお手つきだと考えてもいい。現に悟様のお兄様の専属は毎日かわいがられていると聞いた。  
私はそういう経験が無いので少し怖いが、まったく手を出されていないのは女としてのプライドが少し傷つく。  
既に専属となって3ヶ月は立っているのだから。  
 
 
ある日のこと、メイド長が朝の集会で近日どこかの家でパーティーがあると言った。  
こういう場から将来妻となる人が決まったりするので、しっかりとした服装をさせなければならないと聞いたことがある。  
そんなわけでその日のために悟様に着ていただくものをタンスから探し出したりしていた。  
しかし当日になっても悟様は出発の準備を始めようとはしなかった。  
そして今すぐ準備を始めないと間に合わない時間となった。  
ベッドの上で昨日買ったらしい新作ゲームを楽しんでいる悟様へと声をかける。  
「悟様、今宵行われるパーティーへは行かなくてよろしいのですか?」  
いや、行かないといけないはずなのだ。なのでこの言葉は遠まわしに準備をしてくれと言っているのだ。  
悟様はうつぶせの状態から仰向けへと体勢を変えて言った。  
「うん。女性に触れないから行くわけないじゃん」  
…………は?  
「どう言う事ですか?」  
「え?僕女性恐怖症じゃん」  
「女性恐怖症?………初めて聞きましたが」  
「あぁ、言ってなかったっけ?昔色々有ってね、僕は女性に触れられないんだよ」  
だから今まで自分に手を出さなかったのか。ホッとしたような悲しいような………。  
「ですが将来的にどうするつもりですか?独身で行くというのは……」  
「んー?僕は末っ子だから結婚しなくたって何も言われないって。」  
まぁたしかにそうかもしれないが………  
 
ふぅと息を吐いて、用意したのに無駄になってしまった服をタンスへとしまった。  
ちらりとベッドを見ると悟様はゲームに集中していた。その集中力を勉強にも生かして欲しいところだ。  
今は夏休みなので学校は無い。明日は習い事も無いので特に用意すべきものも無い。  
となると今はただ命令があるのをまつだけだ。と言っても悟様は何も頼んでこないだろう。  
 
そうなると少し考え事ができる。頭の中を回るのは先ほどの言葉。  
「女性に触れられない」  
最近気が付いたのだが、私はどうやら恋をしているらしい。  
たまに悟様から命令されるととてもうれしいし、悟様に褒められると心が温まる。  
屋敷の外の友達に言うとそれが恋だと言うのだ。  
私にとって恋と言うのは初めての経験なのだが、その気持ちが日増しに大きくなっていくのがわかった。  
 
だが身分が違いすぎる。  
 
それでもこの気持ちは抑えらない。  
 
心が得られないなら体だけでも良いと思った。  
なんとか私の体の魅力をアピールして抱かれたいと思っていた。悟様の性処理用の道具として生きていけるのならそれで良い。  
だがしかし、その幻想はあっさりと打ち砕かれる。  
 
『女性恐怖症』  
 
自分は 悟様の 体すらも 手に入れる事が できない  
 
「彩?」  
ふと気が付くと悟様が自分の事を見て心配そうな顔をしていた。  
どうやら悩み事が顔に出ていたようだ。  
「どうかした?」  
悟様が自分を心配してくれている。でも、今はそれがなぜか悲しい。  
「いえ、大丈夫です」  
「そう………でも心配だし、今日はもう休んでいいよ」  
本来ならば断るべきところだが、今は悟様を見ていて耐えられなかった。  
「はい。ありがとうございます」  
 
 
廊下を出て自室へと向かう。  
その足取りは何時もより重く、その途中で歩みを止めてしまった。  
目が熱くなってきた。そして喉から何かがこみ上げてくる。  
声を出してはならないと思い必死になって押し殺した。  
 
「どうした?」  
 
後ろから声をかけられ驚いて振り向いた。  
「達也様……」  
悟様の二つ上の兄でこの家では三番目の男子だ。  
「君は………悟のメイドだったかな?」  
「はい。………見苦しいところを見せて、申し訳ありません」  
「いや、それは構わないが……ところで何かあったのかな?」  
ここで悟様に振られました、とは言えないだろう。  
「いえ……」  
「そう……とりあえず僕の部屋に来なよ。落ち着くまで話を聞いてあげるから」  
いつもなら断るところだったが、今の私の心は平常時のソレではない。  
達也様に連れられ、部屋へと向かった。  
 
その部屋は豪華な廊下や今と違って、調度品の数が少なかった。  
必要最低限の物しか置いていないと言った感じだ。  
なぜかパソコンが三台並んでおいてある。………なんに使うのだろうか。  
部屋の中では達也様の専属メイドが居た。私の先輩である由美だ。  
「由美、紅茶を入れてくれ。鎮静効果があるのはカモミールだっけ?まぁとにかく頼む」  
達也様が由美先輩に紅茶を入れるように頼んだ。そして私にソファに座るように促す。  
それに従い沈み込むようなやわらかさを持ったソファに腰をかけると達也様はその反対側に座った。  
 
入れてもらった紅茶を飲むと心が落ち着いていく。達也様は何も言わずにやさしく微笑んでいるだけだ。  
紅茶を飲み干してしばらくすると達也様が口を開いた。  
「さて、そろそろ話をしようか、とりあえず僕の話を聞いているだけで良い。」  
「………はい」  
達也様は優雅に紅茶をすすりながら話し始めた。  
「まぁ君が泣いていた理由も多分分かる。悟の女性恐怖症が原因だろう。  
おおかたあいつの事が好きなのに絶対結ばれないってことが分かったってとこだろう?」  
肯定すべきか否定すべきか迷った。  
言っていることは正しいのだが、主人に恋心を持っている事を知られたくなかった。  
だが、きっとこの人に対して隠し事はできないだろう。達也様の目は全てを見透かすように輝いているからだ。  
ゆっくりと首を縦に振る。  
「まぁ、あいつは昔色々有ったからなぁ……嗚呼、それについては本人から聞いてくれ」  
さてどうするか、と呟いて達也様は何かを考え出す。自分は由美先輩に入れてもらった二杯目の紅茶に口をつけた。  
カップの中の水面に移る自分の顔が、吐く息によって大きく揺れた。  
ふと、視線に気がついて前へと顔を向ける。達也様が自分の事を見つめていた。  
「僕はね………欲しいものは絶対に手に入れる主義なんだよ」  
先ほどと違いどこか重い口調。  
「金はほっといても手に入るし権力なんかはただの飾りだ」  
背筋が凍った。その目が氷のように冷たかったからだ。  
「今までに欲しかったものは大抵簡単に手に入ったよ。新作ゲームは発売日前に手に入れられるし、  
成績も僕の頭脳ならば余裕だしね」  
 
ぎゅっと自分の手に力が入るのが分かった。  
「でも唯一手に入れられなかったものがあるんだよね………でもそれもようやく手に入る」  
頭の中で警告がなる。危ない、すぐに逃げろと。  
「それはね………君だよ」  
後ろからぎゅっと抱きしめられた。首を向けると由美先輩が無表情で私を抱きしめている。  
いや、これは抱きしめているのではない。逃げないように拘束しているのだ。  
 
怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い  
 
私が今から何をされるのかが分かる。  
そこには恐怖しかなかった。  
絶望に心が押しつぶされそうになったその時、部屋のドアが荒々しく開く。  
 
「兄上、何をしているのですか?」  
 
悟様が立っていた。静かだが、確かな怒りをもって。  
「悟か、何の用だ?」  
「それはこっちのセリフですよ。彩に何の用です?」  
二人は静かに対峙し、静かに言葉をぶつけ合う。  
「お前が彼女に手を出さないからな、てっきり好みじゃないのかと思ってね。僕がいただこうと思っていたのさ」  
ドゴンと鈍い音が部屋に響いた。  
悟様がドアを殴りつけたのだ。  
同時に悟様から激しい怒りが見えたような気がした。  
「ふざけんなぁ!!彩は俺のだ!!てめぇのものじゃねぇ!!」  
始めて見た。  
いつもは温厚な悟様がここまで怒る姿を。  
「でも触れられないだろう?」  
 
「うるせぇ!」  
そう言って悟様はずかずかと自分に歩み寄る。由美先輩はその剣幕に恐れたのか私の拘束を解き部屋の隅へと移動した。  
 
ガシッと腕をつかまれた。  
誰に?  
 
プルプルと何かにおびえているかのようにその腕は震えている。  
 
悟様だった。  
 
グイッと引っ張られる。そっちを向くと悟様と目があった。  
そのまま引っ張られて、気がつくと、唇にやわらかい感触が。  
え?今、私キスを………?  
 
「これで、こいつは俺のものだろう?」  
勝ち誇ったように達也様に言い放つ悟様。ちょっとまってください今のキス、私の初めてなんですが。  
「腕が震えているぞ?」  
「この体質は直せば良い」  
自信満々に言い放つ悟様だが、自分を抱くその腕はそろそろ限界のようだった。  
パッと腕を放すと、少し離れて悟様は息を整えた。ちょっとショックです。  
「くくっ、あの悟が言うようになったなぁ」  
達也様は楽しそうに笑った。  
「とりあえずはおめでとう、晴れて両思いというわけだ」  
先ほどのシリアスな空気を打ち消すかのように明るく言う達也様。  
 
………え?  
「いやいや、お前ら両思いの癖に互いに中々気がつかないようでなぁ、  
見ていて面白かったがそろそろくっついた方が良いかと思って芝居をさせてもらったよ」  
「じゃあ……あのメールを送ってきたのは?」  
「悟をこの部屋に呼ぶため」  
「悟様、メールとは?」  
「………恥ずかしいから教えない」  
悟様をこの部屋におびき寄せるためのメール。一体どんな内用なのでしょうか?  
ふぅと一息つく悟様。何かに安心したような顔をしている。  
何に?当然私が達也様に取られないと分かったからだ。  
と、頭の中でその理由が分かった時に顔が熱くなっていくのが分かった。  
 
つまり 悟様は 私の 事が 好き?  
 
「ほら、悟。ちゃんと彼女に告白しな」  
達也様に促され悟様は私に体を向けた。  
 
「彩、僕は……君が好きだ」  
 
頭の中が真っ白になった。3ヶ月夢に見ていたことが現実で起こった。  
 
「はい。私もお慕いしています」  
 
私の夢はかなったのだ。  
 
 
 
「ところで兄上」  
ソファに2対1の形ですわり、達也様と悟様が色々と他愛の無い事を話していたが、悟様が唐突に話を仕切りなおした。  
「こんな面倒な事をしてまで僕たちをくっつけたんだ。何か他に目的があるのでしょう?」  
悟様が訊くと達也様は真剣な表情になって首を立てに振った。  
「味方が欲しくてな」  
「味方?」  
ああと答えて達也様は由美先輩を自分の傍へと呼び寄せた。そして由美先輩を自分の隣に座らせてこう言った。  
「俺は、将来コイツと結婚する気でいる」  
主従関係である者が結婚する。簡単に言うがそれは大変なことだ。  
高貴な血に庶民の血が混じるのが良くないと考えている者が多いからだ。  
「なるほど、たしかにそれは味方が欲しくなりますね。僕も彩と結婚したいですし」  
サラリと重要な事を言う悟様。このお付き合いは結婚前提ですか?  
「幸いにも俺らは三男と四男だ。兄上たちよりは楽だろう」  
「ええ。それに最近は結構メイドと結婚する人もいますしね、と言ってもまだまだ風当たりは強いですが……」  
「遠野家の当主なんか跡継ぎが他にいないというのにメイドと結婚したしな」  
そういえば聞いたことがある。父が早世し若くして社長となった青年が普通のメイドと結婚したと。  
「傾きそうな会社の社長など誰も相手にしてくれないからと僕は聞きましたが?」  
「腐っても遠野家だ。それに内側から乗っ取ることも可能だしな」  
それは達也様だからできることです。  
「まぁともかく俺らにもチャンスは有る、がんばっていこうじゃないか」  
そう言って微笑む達也様。欲しいものは何でも手に入れる主義と言うのは本当らしい。  
 
 
「彩」  
「はい」  
廊下に出ると声をかけられたのでそちらを向く。月明かりに照らされるその顔は真剣そのものだ。  
「僕の体質を直すために色々と協力してくれるかな?」  
「はい当然で」  
と言ったところで唇を何かにふさがれた。それが悟様の唇だと分かると頬が熱くなる。  
「特訓」  
そう言って再び唇を重ねてくる悟様。  
まだ手が震えていたけど、悟様の女性恐怖症。もうすぐ直るかもしれない。  
 
続  
 

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