なんでもない朝は、ぼくらをすがすがしい気持ちにしてくれるのか。  
それとも、不安のどん底に落としてしまうのか。とにかく教会を後にして、ぼくらは旅を続ける。  
マリカさまはぐっすりと眠れたせいか、心なしかいつもより明るく見える。  
ぼくは夜の出来事のせいで、心なしかマリカさまの明るさが寂しく見える。  
そのことを見抜いてかどうかは知らないが、マリカさまはボソっと一言。  
「今日はリツ、元気ないわよ。これから一生懸命働かなきゃいけないのに…何かあったのかしら?」  
 
言えない。言えないよ。マリカさまに死神が取り付いているって事なんて…  
ん?『これから一生懸命働かなきゃ?』って何?  
「リツ、もう…お金が無いの」  
「!!!!」  
「だから、この街に留まって少しばかりでもいいから働いて、お金を稼がなきゃいけないの」  
この先は、言わなくても分かっている。ぼくがどうせ働くんでしょ。  
苦労知らずのお嬢さまで、働くことすら知らないマリカさまが、自分から働こうとするわけが無い。  
あんだけ一緒に暮らしてりゃ、そのくらいの性格はわかりますよー。  
 
教会から少し歩くと、まだ眠気眼の街が見えてくる。ぼくらが近づくにつれて、街も目を覚まし  
本当に少しずつだが、だんだんと小さな市場が出来上がってゆく。そういう街の中心部。  
市場が街を造り、街が人を育み、人が市場を活気付ける。ケモノもまた然り。  
街には多くのケモノが働いている。  
農園から収穫したばかりの果物を売りさばくウサギ。もしかして、自分の羽毛じゃないのか?  
って思うほど、決して品のよくない綿を運ぶヒツジ。さて、ぼくはどうしよう。  
そういうものの、朝はまだ早い。これから街に血が通い出すのだから。  
 
ぼくらが立っている側に、小柄な人間の少年が焼きたてのパンをかご一杯に抱えてやってきた。  
そして手馴れた手つきで少年が抱えてきたパンを売りさばく準備を始めたではないか。  
うん。この子となら話しやすそうだな。  
ぼくも、マリカさまの為にこの街の人たちと働くんだ。ぼくも、街の中に溶け込まなきゃ。  
ちょっとばかりの勇気を出して少年に話しかけてみる。  
 
「あの…すいません」  
「なんやねん」  
「ぼくも…ここで働きたいんですが…いいですか?」  
「??」  
「あの…ぼくも一緒に働きたいです!!」  
「商い、なめとんのか。いきなり来て『はい、どうぞ』って言うほど甘くありまへんで」  
「そ、そうですね」  
「帰れ、アホ」  
 
と、振り返るとマリカさまが、びしっとぼくの方を腕組みしながら見つめていた。  
ぼくの悪い癖は、引き下がりがいいところ。余り自慢したくは無いが。  
うな垂れるしっぽの影が石畳に寂しく落ちる。どうしよう、ぼく。  
もう一度話しかけようとしたが、少年のちゃきちゃき振りに圧倒されてしまって、  
なかなか合間に入ることが出来ない。マリカさまにこんな姿を見せてしまうなんて…、泣いてしまいそうだ。  
「なんや、まだおったんか。帰れや、ワン公」  
ワン公で悪かったな。  
 
「お願い。この子、何も知らないから…一からビシバシ教えてあげてくれませんか?」  
マリカさまの突然のお願い。長い髪をふわっと手でなびかせると、花の香りが一面に舞い落ちる。  
今までに見せたこともない上目遣いで、ボロ着の襟元を指で掴みいかにも『困った振り』をするマリカさま。  
なんだろう。マリカさまはこんなことをする為に生まれたんじゃないだぞ。  
きれいなお屋敷でお茶でも飲んで、音楽を奏でながら優雅な時をすごすための人なんだぞ。  
この子憎たらしい少年よ、覚えとけ。  
と、突然。  
「おや?この子は新入りさん?」  
「いらっしゃいませ!!焼きたてのパンですよ!」  
キツネ色の美味しそうなパンを片手に、満面の笑みを浮かべるマリカさまは新鮮だ。  
お屋敷に篭っていたら、こんな経験をすることなんぞ、ぜったいにないんだろう。  
 
「…この姉ちゃん、なんや?」  
「黙っとけ!」  
「せやから…」  
「黙っとけ!」  
と、ぼくのイヌミミを震わせている間に、周りはヒト、ヒト、ネコ、ヒト…。  
パン売りの少年は目を白黒させている。小生意気なヤツを見返してやったようで痛快、痛快。  
いつのまにやらマリカさまは、小さなパン屋の看板娘になっていた。  
 
「ふーん。姉ちゃんのお陰で今日は飛ぶように売れましたわ。おおきに」  
なんだい、さっきまでの横柄な態度は。  
「ごめんなさいね。わたし…勝手なことしちゃったかしら」  
「いやいや!姉ちゃんのおかげで繁盛ですわ!これ、ワン公。この美人の姉ちゃんのおかげやからな。  
それはそうと…、姉ちゃんは折角のべっぴんさんやのに、こんなボロ着てねえ…  
雀の涙ほどやけど、取っといてくれ。ホンマに少ないのは堪忍な」  
と、金の音がする小さな小さな麻袋をマリカさまに差し出す。  
少し困った顔(のようなこと)をして組んだ手を口元に合わせ、ぼくと顔を見合わせているが、  
マリカさま…ぼくはあなたの考えは全て分かるんですからね。  
次の言葉は、マリカさまの腹のうちと正反対の事を言うんだろう、きっと。  
 
「いいえ!そんなつもりじゃありません」  
「ええから、ええから!『情けは人の為にならず』って言葉があってな」  
殆ど半ば強引に、少年はぼくらにバイト代程度のお金を持たせてくれた。  
深々とお辞儀をして、少年に感謝の意を伝える姿は気高きハルクイン家のすることなんだろうか。  
少年よ、覚えていやがれ。  
 
「困った時はお互い様や」  
ところで、この少年。一体幾つなんだよ。  
お金は少しばかり手に入った。が、命はどうだ。  
 
兎に角お金は手に入った。不安といっちゃ、不安だ。  
「ねえ、これからどうするの。マリカさま」  
「決まってるじゃない。これを元手に増やすのよ」  
簡単に言う人だ。そんなことできるわけないでしょ。  
でも、あとわずかでお別れかもしれないマリカさまのためにぼくが精一杯で着ることは、『うん』とうなづく事。  
「今後の旅のためですね。でもどうやって?」  
「でね…、あとで分かるわ」  
ふーん。行き当たりばったりなのはいつものこと。マリカさまの目のひかり方は尋常ではなかった。  
 
今夜は昼間お世話になった、パン屋の小さな工房にお邪魔する。  
空き部屋の片隅を借りて宿とするぼくたち。昼間の働きに感心してぼくらを泊めてくれた事に、  
感謝しなくちゃならない。あのガキってば、嫌なやつだけどさ。  
 
工房には、少年と師匠らしきオヤジさんが一人。なんだろう、夜遅くまで何かしてるよ。  
夜も更けて、ふくろうの声だけが響く夜にぼくとマリカさま。何をすることと無く  
ぼくは壁に寄りかかりうつらうつら、マリカさまは形見の小刀を月夜に光らせて見つめている。  
眠くなったぼくは、マリカさまの誘いで表に出る。風に当りたいんだって。  
 
外はもうすぐ秋だという事を告げるように、優しくひんやりとした風が吹き抜ける。  
風は何も言わずにぼくの体中の優しい羽毛をなぞると同時に、月夜に照らされたマリカさまの髪が、ひらりとなびかせる。  
とぼくに向かって小さく呟いた。  
「わたし…もうすぐ死んじゃうかも」  
 
ぼくのイヌミミがつんと立つ。ぼくのしっぽがくるりと前に丸まる。ぼくの鼻がヒクヒクと鳴る。  
死神のことは見えていないはずなのに、何故死んでしまうことが?  
どういうこと?  
 
「わたしね。見えたのよ…死神が。すぐに信じてもらえないかもしれないけど、それはそれで聞いてね。  
でね、リツと死神がわたしのことを話しているのを聞いちゃってね、  
それでわたしもうすぐ死ぬんだなあって。そうゆうこと」  
あっけらかんとした顔で話しているマリカさまだが、内容はそんなもんじゃないぞ。  
しかも、マリカさまは人間だ。紛れもなく人間なのに、何故ケモノしか見えない死神が見えたというのか。  
不思議そうな顔をするぼくへ、いたずらっ子のようにちょっと微笑むマリカさま。  
ここまでばれちゃあ、仕方ないのか。ぼくがいかに無力だったかを詫びるしかないのか?  
 
「マリ…」  
「でも、心配しないで!わたしは死なない。ぜったいに!」  
そう言うやぼくの脇を抱えて、ふっさふさのぼくの前髪に頬ずり。  
いつもなら至福のときなのだが、今日に限っては胸騒ぎのとき。  
「わたしはね…わたしが死神に負けないことを、今から証明してあげるから…リツ」  
 
いつもの様にぼくを力いっぱい抱きしめて、優しく包みこむマリカさま。  
くんくんとぼくの髪を嗅ぎ、野生の力を取り戻そうとしているのか。ぼくもマリカさまの  
期待に答えたい。くんくんとマリカさまの首筋を嗅ぐ。  
「リツったら、いつもよりいっぱいケモノの匂いがするよ」  
「うん」  
だんだん野生の力を取り戻してきた証拠。ぼくだって、ぼくだって…。  
先に口付けをしたのはぼくの方だった。ざらついたぼくの舌は、マリカさまの蕩けるような  
かわいい口の中につるりと入り、マリカさまのはじける桃色の舌と混じりあう。  
 
ぼくの鼻が濡れているのは、元気の証拠。  
その鼻でマリカさまの頬を濡らすと、くすくすと笑っていたマリカさま。  
「くすぐったいよ」  
「ぼくも」  
「リツ、いい?こうしてリツと一緒にお遊びが出来るのも、今日で最後かな。  
だから…うん。わたしは大丈夫。…泣かないから」  
そんなマリカさまの目は月夜に輝いている。  
 
マリカさまに似使わないボロをゆっくりとボタンを外そうとするが、  
やっぱりぼくのケモノの手じゃあ、上手く外す事が出来ない。  
 
「あん…うん」  
「あれっ…あれっ」  
「わたしが一緒に外してあげるから、焦らないでね。ほら」  
ぼくのふっさふさの手をシルクのような肌触りのマリカさまの手が包み込むと、  
少しずつボタンは外れ、純白の下着が見えると共に、小柄ながらも美しい果実のような胸があらわになる。  
 
いけない。ここには月夜の明かりしかないのだが、ぼくの目にははっきりとその果実が映り、  
イヌミミの後ろからこみ上げる、熱くたぎるのもに乗っ取られそうになるのである。  
「ほら、リツも一緒だって言ったじゃない」  
「う、うん」  
マリカさまの不器用ながらも、ぼくをわるい子にしてしまうようにぼくの上着を脱がせ、  
ズボンを下ろすとピンと元気良くぼくのわんこがはじけ飛ぶ。  
やめて!指で突付かないで!  
「…最後の、最後のありがとうね…」  
上着と同じようにマリカさまと一緒に、ボロっちいマリカさまのスカートを下ろすと  
下着姿でほとんど半裸のマリカさまが、月夜の草むらに横たわっていたのだ。  
こんな所にいるべき方じゃないのに、こんな所にいるべき方じゃないのに…。  
 
「いい?これが最後のわたしからの…言いつけになるかもしれないね。  
だから…ちゃんと言うことを聞きなさい!リツ!」  
いつもの様な強気な言葉ながらも、その声は不思議と潤んで耳に届く。  
ごくりとつばきを飲み込み、ゆっくりとマリカさまの下着を捲ると…白く伸びた脚の付け根は  
きらりと光るような物が見えたのだ。気のせいだろうか。  
 
これでおしまいなんて、信じられない!ぼく、がんばってみなきゃ…。  
ぎゅうっと抱きしめるぼくの腕は、マリカさまを暖めるため。  
二つの果実をくすぐるぼくの舌は、マリカさまにケモノの血を戻すため。  
月夜に光る女の子の芝生を潤すぼくの…ぼくのわんこは…何のため…。  
「あふぅっ、あん!」  
音を立てながら、マリカさまの胸をぼくの唾だらけにする。マリカさまの桃の香りと  
ぼくのケモノの匂いが混じりあい、そして妖しく光るその小さな果実は、  
ぼくたちを星空の中に浮かせて、まるで鳥になったような演出をしてくれる。  
 
そんな事を考えているうちに、マリカさまはぼくの尻尾を掴み付け根をくすぐるように撫でまわす。  
「うわん!わん!」  
「だーめ!吠えちゃダメでしょ。リツ」  
「わん!」  
 
大事な人にしか触らせないぼくの尻尾を軽く掴み、親指で小刻みで擦られるだけで  
目の周りに星が飛び交いそうになる。  
「んんっ!あん!」  
ガマンが出来なくなったぼくは、マリカさまの芝生をなめ回す。マリカさまは普段の違って  
まるでケモノに近づいたかのように、言葉にならない声を出している。  
そんな声は、まるでぼくがマリカさまの召使いと言うことを忘れさせるのに、異論はないだろう。  
 
ぼくの唾液とマリカさまの愛液で触ると羽毛に粘りつく程の一筋の線。  
はたしてぼくのわんこを受け入れてくれるだろうか。  
「…命令よ。分かってるよね、リツ」  
「う、うん。がんばってみるよ」  
大事なぬいぐるみのようにぼくを抱え込むマリカさまの手で、静かに金髪の少女に跨ると  
思ったほどするりとぼくのわんこが受け入れられているのに気付いた。  
 
「リツ、お願いよ!分かってるよね!」  
「……!」  
小さな獣人に跨れているって言うのに、強気な少女はぼくに胸を擦るように命じる。  
触れば触るほど、ぼくの知らないマリカさまが現れるのは不思議だ。  
分かってるんだよ、分かってるの。でも頭でなくぼくの体が…。  
 
「きゃん!きゃん!きゃん!」  
「リツ!うるさいよ!」  
「きゃうん!きゃん!」  
ぼくが女の子に乗って、わんこを一筋の線に差し込んでゆらゆらする。  
なのに、どうしてこんなにえっちな気持ちになるんだろう。  
「きゃん!マ、マリカさま!!はあ!」  
 
わるい子。  
ぼくはわるい子。  
大事な、大事なマリカさまをこんなに淫らにしやがって。  
しかし、マリカさまは今までに見たことのない、最っ高の笑顔を見せてくれた。  
ゆっくりぼくが腰を上げると、マリカさまを淫らにした白く粘つく液体が一緒にこぼれてくる。  
「まだまだ外は暖かいわ。一緒に…ね!」  
そういいながらぼくをぎゅうと抱きしめながら頭を撫でるマリカさまからは、  
すこしぼくのようなケモノの匂いがした。  
 
あと、2日。  
 
翌朝、ぼくとマリカさまは一緒におきて、工房へと戻る。  
もしかして、いなくなったと心配してるかもしれない。いや、朝の散歩に行っていたと言っておこう。  
しかし、ぼくの腕に見たことない羽毛が付いているのはなんだろう。  
ぼくは全身真っ白、その中に混じる銀色の羽毛。  
そんな羽毛はさておき、今日も少年と一緒に街へパンを売りに。  
 
なんだ、今日は閑古鳥が鳴きまくりじゃないか、ざまあみろ。  
少年は昨夜はイヌの鳴き声がうるさかったとブーたれるが、それがぼくの声だとはナイショだ。  
でも、昨日の繁盛っぷりは、やはりマリカさまの魅力でもっていたんだろう。  
 
「ところで、あんたらは何でこんな所におるんや」  
あんまり理由は言いたくはない。ぼくはウソが苦手だ。ぼくがマリカさまの方を見ると、  
いつも間にか居なくなっていた。まったく、マリカさまってば!  
街角を歩く人たちは、少年の店をふらりと見るだけ見て寂しそうな顔をする。  
「なんだ、あの娘。今日は居ないのかあ。残念」  
「でも、このいぬっころも愛嬌があってかわいいよ」  
人間どもがぼくをじろじろと見つめまわすが、そんなことは全く慣れていないので、少し照れくさい。  
こら!そこのガキ。しっぽを触るな。それを触らせるのは、大事なヒトにだけなんだぞ。  
 
お日様がてっぺんに昇るころの事。  
あとるお客がふらりとやってきた。彼はぼくと同じイヌの亜人の少年。この街ではイヌは珍しい。  
少し大人びた口調で、ものすごいことを言い放つ。  
「このパンをこっちの端からからこっちの端まで全部」  
「ま、まいどっ!」  
たいしたオトナ買いをする奴もいるんだと感心していると、外野から気になる声が聞こえてくる。  
「もしや…あのさ…ハルクイン家の…」  
「うん、お嬢様が病気の療養でここに来てるらしいよ」  
 
別に、ぼくらの旅の理由はマリカさまの療養ではない。  
理由もへったくれも無く、お屋敷からどさくさに飛び出したに等しいのだ。なのに、そんな噂が立っているとは。  
しかし、次の一言でぼくに戦慄が走る。  
「でもさあ、かわいそうだよね。ハルクイン家のお嬢様も、心の病だなんてね…」  
「うん。とにかく静かな田舎町で暮らすがいいさ」  
ハルクイン家の子供はマリカさまだけの一人っ子だ。  
うん、生まれ時から一緒のぼくが言うから、間違えない…はず。  
 
 

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