まったくウチのマリカさまってきたら!  
ぼくの事を「お前はただのいぬっころのくせに、わたしに世話を焼きすぎよっ!」って罵るんだ。  
ただのいぬっころって…、なんだかぼくの自慢の耳と尻尾に、ふっさふさの羽毛が悲しく見えてくるよ。  
事の発端は、今日の食事を安く手に入れるために、ぼくが市場で値切っていたのを見て  
「そんな貧乏くさい事はやめなさい!」ってマリカさまから注意されたこと。  
長い旅、これからの生活を考えて、ぼくが必死に市場のおじさんと交渉していたのに、この一言全てがパー。  
せっかく安くリンゴがたくさん手に入ると思ったのに、片手で持てるだけしか手に入らなかった。  
ぼくはマリカさまのお世話をする為に生まれてきたのだから、マリカさまのお気に召すように  
手となり足となりマリカさまのお気に入りにならなきゃいけない。  
でもマリカさま、早く気付いて欲しい。ぼくとマリカさまがこうして旅をしている理由。  
ぼくらが住み慣れた街を出て、当てもない旅に出る理由。  
 
きっとマリカさまは今でもあのきらびやかな、光り輝くお屋敷に帰ることが出来ると思っているのだろう。  
しかし、今となってはあのお屋敷は人の手に渡り、ぼくらの帰る所ではなくなっている事は、  
若いマリカさまはご存知なのだろうか。いや、この聡い金色の髪の少女にはきっと分かっているはず。  
かつて着ていた美しいドレスを捨て、みすぼらしいボロをまとって歩き、そっけない食事を繰り返してりゃ  
ご自分の立場はもうお分かりだろう。ただ、ぼくに弱弱しい姿を見せたくない為だけで、  
ツンツンと誇り高きお嬢さまを演じているに違いない。うん、きっとそうだ。  
美人の条件は『ツンとしていること』って遠い東の国の本に書いていたっけ。誰の本だったかな。  
 
ぼくらのお腹を一杯にするには少なすぎる量のリンゴをかじりながら、  
郊外へと続く一本道を二人して歩く。茜色の空がぼくらを照らし、長く濃い影を地面に落とす。  
「リツ、今日は泊まる当てはあるの?」  
「…それが、あの…」  
「あるの?ないの?どっち?」  
「…次の街まであと…」  
「もういいわ。リツ、今日はここでお泊りよ」  
「でも…大きな木しか見えませんよ。マリカさま」  
「お前はその自慢の羽毛があるから寒くないでしょ。わたしはお前の羽毛で温まるから心配しないの」  
ぼくの心配をよそに、結局今夜は大きな道はずれの木の元で野宿。  
そんな生活を続けて約一週間。ぼくらは、一体何処へいくのだろう。  
とりあえず、近くの木の枝を拾い猛獣よけの為に焚き木をする。  
小さいながら、気休めの炎がぼくらの命を守ってくれる…ハズだ。うん。  
ぼくの答えが正しければ答えてくれ、か細い煙よ。きみは何を思って空に舞い上がるのかい。  
 
ぼくには白くでふっさふさの羽毛があるが、マリカさまはあいにく人間。今は夏を迎えているので  
外はそんなに寒くは無いが、残酷な冬が来たらどうする気なのだろう。  
もしかして、元来楽天家のマリカさまは何にも考えていないとか…なのか?まあ、どうにかなるだろう。いいのかよ。  
「うふふ、あったかい」  
そんな心配をするぼくを優しく包み込むように、マリカさまはぼくをギュッと抱きしめてわずかな安らぎの時を楽しむ。  
 
若い女の子に抱きつかれるのは少しドキドキする。膨らみかけた小さな胸、甘い髪の香り。  
どれをとってもぼくのような小さな少年を惑わせるのに、十分な人間の魅力。しかし、マリカさまはぼくのご主人さま。  
忠実なるしもべには、ご主人様は『神』であるのだ。しかし…しかし…。  
ぼくの顔にマリカさまの顔が近づくと、甘い息が掛かる。いけないと思いつつ、  
ぼくのケモノの血が覚醒されてしまう。夜はまだ浅い。ゆらゆらと小さな炎が頼りなく揺れている。  
しかし、ぼくの役目はこれから。お年頃の女の子を野宿させるのは、オオカミの前に肉を  
ほったらかしにする位とても危ういことと言うのは、どんなに賢くない人間でもお分かりだろう。  
ぼくの敏感な耳と鼻で不安な夜に襲い掛かる悪しき考えの者を嗅ぎ付けて、  
ぼくの獰猛な爪で狼藉もの達を追い散らしてやる。  
腐っても、ぼくはイヌの亜人。まだまだ子供のケモノだけれども、  
マリカさまを苦しめるヤツは、ぼくの命を散らしてでも守り通してやる。  
ぼくらの味方は、父上さまの形見の短剣とぼくの牙だけ。  
不思議なもので、不安な夜を過ごすのにも慣れっこになってしまった。  
 
眩しい光が差し込む朝、行商の馬車が通りかかる。ガタゴトという車輪の音が聞こえてきたのだ。  
ぼくの敏感な耳はこのときに役立つ。ばっと飛び起きたぼくは、馬車の前に飛び出して声をかける。  
「すいませーん!お兄さん!!」  
「んあ?なんだい、キミは」  
「あの…ぼくらを乗せてくれませんか」  
「…見ての通り、オレは商人。銭の音をさせないヤツとは相手しないんだよなあ。そこんところ、ヨロシク」  
商人はまるで子供を見るような見下した目をしながら、牙のある言葉でぼくを傷付ける。  
ぼくにもっと力があれば、ぼくにもっとお金があれば、ぼくにもっと勇気があれば…。  
ちくしょう、ただの弱い子犬になってしまっている。悔しい、悔しい…。  
「ちょっとねえ、お兄さん。ずいぶんとえらぶりっ子してるね」  
「はあ。アンタなんだい」  
「わたしの大事なリツを泣かせるなんて、あきんどの風上に置けなくってよ!」  
さっきまで寝ていたマリカさまが眠そうな目を擦りながら起き出してきて、行商のお兄さんに食いかかる。  
ぼくが止めようとマリカさまの前に出たが、付き返されてしまった。  
マリカさまは一度言い出したら聞かないことは分かっている。そう。だから、ぼくはもう止めない。  
 
「あんたねえ、商人だってね。じゃあ、あんたがこうやって客を追い返そうとしてる事を後悔させてあげるからね」  
「何言ってるんだい、大バカヤロウ。貧乏くさい格好しやがって」  
「遠い東の国の言葉で『客よし、店よし、世間よし』っての知ってる?真っ当な商売しなきゃ、  
お客さんも来ないし、お店も繁盛しないし、商人仲間も離れてゆくし…。  
このままの態度じゃあ、きっとあんたの所ね…今に潰れるよ」  
「うるせえ!冗談じゃないよ!!帰れ!」  
「…わたしの事…知ってるかしら…ハルクイン家第一子の…」  
「な、なんですと!ハ、ハルクイン家の?こりゃまた失礼いたしました!」  
そりゃ、国じゅうを股にかける行商人ならハルクイン家の事ならご存知だろう。  
しかし、今のハルクイン家は以前のような栄華は微塵も無いはずなのに、どうしてこの行商人はこの事を知らないのか。  
「ささ、お嬢さま。それに御者のお犬さま、どうじょどうじょ!」  
まあ、とにかくぼくらは行商人の馬車に乗ることが出来た。運がいい。  
この行商人が無知だったと言うことにしておこう、バーカ。今日も空が青い。  
 
「あのね、リツ。わたしはまだ眠いからさ…気に食わないけど荷台の上で寝かせてもらうわね」  
「はあ」  
「バカいぬ!お嬢さまがお休みになるんだよ!」  
いちいちムカつく行商人め。不渡りでも出して、破産してしまえ。  
今日はまだ始まったばかり。嫌な気持ちで一日を始めるのは嫌だなあ。ぼくも寝ることにする。  
なんせ、昨晩はマリカさまのことで、気が気でなかったから殆ど寝ていないのだ。  
さて、こんな行商人と付き合ってられますもんか。おやすみ。  
 
お日様がてっぺんに昇るころ、馬車は歩みを止めていた。大きな街に差し掛かっていたのだ。  
「おーい、街についたぞい」  
「う、うーん。案外早かったのね」  
「ささ、お嬢さま。お足元に気をつけて…」  
「うーん。よく寝た…」  
「イヌはさっさと降りる!」  
本気で噛み付きたくなった。ぼくの牙をなめんなよ。  
そんなぼくの心情なんぞ無視して、行商人は商売の為か何かを勧めてきたが、  
ぼくらには生憎持ち合わせが無い。適当に理由をつけて断ると、行商人は残念そうな顔をしていた。  
しかし、ここで引き下がらないのは商い人の往生際の悪い所。いや、鑑だろう…はっきり言って。  
「あっしは『アキ』と申します。以後、お見知りおきを…」  
「また、機会があったらお屋敷にいらっしゃい」  
(にどとくんな、バカ)とぼくは小さく毒づく。  
ぼくらは、行商人に言いたくもないお礼を言い再び歩き出す。しかし、ここは何処なんだろう。  
 
見たことのない街、嗅いだことの無い空気、何もかもが初めて。  
街の大きさは、ぼくらの街と同じくらい。石畳の広場に、馬車に商人が集い活気溢れている。  
建物もハルクイン家とまではいかないが、結構立派なものばかり。流通・交通の要所と言った印象を受ける。  
青空にはハト、地上にはヒト、ケモノ…。  
 
ただ『ハルクイン家』のことは旅のもの以外は誰も知らないのだろう。  
ぼくはおろか、ぼくらの街では名を知らぬものがいなかったマリカ・ハルクインは  
この街ではパンに群がるハトと同じようなものであるのだ。ぽーんと蹴飛ばされても  
文句の一つも言えない、ただの野良バトにすぎない。  
「ねえ、リツ。のどが渇いたわ。ぶどう酒なんかないかしら?」  
「マリカさま…そのようなものは…」  
「ぶどうの美味しい季節よね?」  
「はあ…かしこまりました!!」  
ぼくは走る。ぼくは走る。マリカさまのために走る。人人人…、そして時々ケモノ。  
おっと、目の前をぼくより小さなネコ獣人が走っていった。必死にパンを抱えているぞ。  
「ごらぁ!!待たんか!盗っ人ネコめ!!」  
追いかけているのは行商人・アキだった。あはは、面白い。世間様をなめんなよ。  
 
いつの間にかお日様もさよならして夜を迎える。さて…今夜の宿だが…。いかんせんお金が無い。  
しかしこの夜は運良く、町外れの教会に泊まることが出来たのだ。  
ぼくらの姿を哀れんだ教会の人が、心情を汲んでただで止めてくれることになったと言うから有難い。  
マリカさまの(強引過ぎる)説得のお陰といっちゃ、そうかもしれない。まあ、ケセラセラってか?  
屋根のあるところで寝るのは気持ちがいいとは、改めて気が付かされる。  
特に何を信じているわけでもないぼくでも、神様とやらが神々しく見えてきた。ありがとう!  
しかしぼくらが通されたのは、何も無い使い古された小汚い納戸。わずかばかりのわらを敷き、手持ちのボロ布で夜をすごす。  
昨日よりかは、ましだな。誰も襲ってくる心配もないし、ぼくも安心して寝ることが出来る。  
小さな窓からは月明かりがすっとお邪魔し、ぼくらが寝るまでのひとときを見守ってくれる。  
「ねえ、リツ。起きてる?」  
「いや…まだです」  
「どうして、私たちって…旅してるんだろう…」  
いまさら、ハルクイン家の悪夢の事を話すのは、マリカさまには酷すぎる。と、思っていた矢先…。  
「旅立ちの日、お父様が『これからは、我がハルクイン家の名前だけでは世間は通らなくなる。  
もっと、世界をこの目で見るように!』って言ってたわ。でも…わたし…だめじゃん」  
(そんな話は初めて聞いた。きっと、マリカさまとご主人さまとだけの会話だったんだろうな)  
「わたしったら…ことあるごとに『わたしはハルクイン家の娘よ!』ってホント…バカみたい。  
お父様が聞いたら、泣いちゃうよね…。我が娘としてみっともないって…」  
「マリカさま…もう。寝ましょう。きっと夢でいいことありますよ」  
「うん」  
金色の髪がふわりとぼくのふっさふさの耳と絡み合う。  
 
「…眠れない…」  
「リツもなの?」  
どうしてだろう。これからの不安なのか、それとも他の何かのせいか?胸騒ぎがする。  
「リツ、いい?よく眠れますようにって、おまじないをしてあげるから、じっとしてて」  
マリカさまは、ぼくの頬を両手で挟むとそっと顔を近づけると、甘いマリカさまの息がだんだん濃くなってくるのが分かる。  
暖かい。うん、暖かい。マリカさまの白く優しい指が、ぼくのふわっとした頬を円を書くように撫でると、  
いつもの甘いおまじないの合図だと、ぼくはしっかりと受け止めるのだ。  
「くすぐったいよぉ」  
「リツはいい子」  
ぼくの口にマリカさまの舌が滑り込み、ケモノの牙を雫のような音を立てながら、  
そして花の蜜のような甘さを漂わせながら、ぴちゃっと撫で回しているのが分かる。  
薄っすらぼくが目を開けると、美しいそろった前髪がぼくの鼻を撫でているのが見え、  
ぼくの血もマリカさまのためにと、いっそう沸き立つのであった。  
 
「わん!わん!」  
「ふふふ。リツったら、ただのいぬっころに戻っちゃったの?かわいい」  
「わん!」  
どうしてだろう。ぼくはイヌとヒトの血が交じり合った亜人だ。どうして、ケモノの血が  
騒ぎ始めたんだろう。ぼくはマリカさまを守るんだぞ、マリカさまを喜ばせるんだぞ。  
ぼくは衣を半分たくし上げられ、柔らかな毛に包まれたお腹をマリカさまに見せていた。  
「リツのお腹って…ふっさふさで気持ちいい。どうしてこんなに白いのかな…。  
ふふふ。わたしが悪い子にしてあげようか?ねえ?…リツを犯してあげたいな」  
 
ケモノの匂いが揺れ昇るぼくの毛に、端正な顔立ちをしているマリカさまの顔がうずまり、  
桜色に染まった頬に果物を口にする時のような色をした唇が触れる。  
真っ白い草原に淫らな舌がつるりと舞い降りると、マリカさまのまわりにはその草原にお誂えの花が咲いている。  
「マリカさま…もっと…」  
「だーめ。きょうは、もう寝ちゃお」  
マリカさまは気まぐれだ。いたずらっ子のようにくすくす笑いながら、  
ぼくをぐっと引き寄せて寄り添うように眠りに入った。  
 
ぼくはガマンできず、はあはあとマリカさまを見ては悶々としていた。  
頭がくらくらする。できれば、ずっとこのままでいたいくらいだ。  
しかし、こんな時間こそすぐに壊されるのは、今昔の習わしである。  
 
「おーい。いぬっころ!」  
ぼくを呼ぶ声がするが、聞き覚えが無い高い声。誰?  
ここには、ぼくとマリカさましかいないはずだ。他にいるのは教会の人。しかし、この声は  
まるで少女のような声ではないか。教会に少女はいなかったはずだ。  
起き上がると、見たこともない少女が一人。黒髪で黒いワンピースの色白な年端も行かない子。  
奇妙なことに、その線の細さに相反するような大きな鎌を携えている。もしかして…  
「君は?」  
「わたしの姿が見えるのね。わたしは、死神」  
ぼくのようなケモノには人間には見えない死神やらが見えるのだ。  
みなさんもにゃんこやわんこが、時々じっとどこか見つめているときを目にしたことがおありでしょう?  
そのときはきっと死神がどこかに舞い降りているんですよ。ぼくらの目は人間とはちょっと違うんです。  
遠い東の国の話に『犬の目』ってあったけ、関係ないけど。  
でも、なぜここに死神が?嫌な予感がする。ぼくの尻尾はくるりとお腹の方に隠れる。  
 
「ねえ、この間…木の枝を燃やさなかった?」  
そういえば、木の元で野宿をした時に焚き木をしたのを覚えている。  
ゆらゆらと頼りない炎が脳裏に蘇った。  
「あれね…。わたし達を呼び起こす狼煙だったのよね。だからずっと付いて来ちゃったの。エヘっ」  
ムカつく笑い方をする死神だ。美少女だけになおさら。  
 
「で、ご用件は?眠いんだよお」  
「実はね、そこのお嬢さんの魂…わたしにちょうだいってね…エヘヘ」  
「ふざけるな!マリカさまを泣かせるようなヤツは…」  
「死神の世界も競争世界なのよねー。仕事が一件も取れなかったら、上のヤツから何言われるかわかんないしー」  
「だから、どうしてぼくらを巻き添えにするの?なんでだよ?」  
「あーあー!聞こえない、聞こえない。わたしにとっちゃ、誰に当っても同じ事言われるんだけどね。  
『なんでわたしたちが!』ってね。ホント、バカじゃないの?」  
「………軽く言うな!今すぐやめろ。マリカさまを…いじめるな」  
「無駄だよ。ま、わたしだって悪魔じゃないから3日の猶予はあげるね」  
「…マリカさまの命を奪うくらいなら、ぼくの…」  
「あらあら、わかっちゃいないのね。あんたらケモノは違うわ。  
あんたらケモノは潔いわ。自分の死期を悟って、神の導き通りに天に召す。だけど、なによ!人間は。  
自分たちだけ必死に生き延びようと、アレやコレやとムダにやれ不老不死の薬やと足掻いてみっともない。  
だから私たちが親切に天へとお誘いしてるのよ、感謝しなさいよね。そう、わたしたちにねっ!  
コレって人間界じゃ『運命』って言うらしいけど…くっだらないねえ、ホントばっかじゃないの?」  
 
その言葉は、ぼくを本気にさせた。まるでマリカさまの事をバカにしているようで、  
ぼくは我慢できなかった。憎い、死神が憎い。ホント…。  
「きさま!!」  
どさくさになったぼくは、なりふりかまわず黒髪の少女に飛び掛る。ぼくの牙を受けてみろっつんだ。  
痛いぞお、ぼくが本気を出したら。しかし、身のこなし方は彼女の方が上だった。  
 
宙を空回りしたぼくはもんどりうって、どっかと扉に頭をぶつけてしまい、その音でマリカさまが起きてしまった。  
「リツ!うるさいよ!」  
「マ、マリカさま…だってだって」  
悲しいかな、人間の目には死神が見えない。マリカさまの目には、ぼくがふざけて暴れているようにしか見えないのだ。  
ぼくの尻尾をマリカさまが引っ張る。こんな事をされるのは、もうあとわずかになるかもしれないなんて…。  
「じゃあ、またねー。間抜けなわんわんちゃん」  
憎たらしい死神は、ヘラヘラと笑いながらその場を立ち去ってゆく。  
追いかけようとしたが、マリカさまが尻尾を引っ張るので、無理なお話。  
 
「リツ…、早く寝なさい。明日も早いよ」  
「うん…。あの、マリカさま…」  
「なに?」  
「ううん。なんでもない」  
まだまだこれからだと言うのに、死神に命を奪われてしまうなんて。  
ぼくもマリカさまも同い年。だからこそ、若いマリカさまのこれからが消えてしまうことに  
悲しみと憤りを感じるのだ。あの死神め、あの悪徳行商人にとりつきゃよかったのに。  
そんな事をしらないマリカさまはすやすやと寝ている。起きている時はわがまま全開だけど、寝ている姿は麗しい。  
この優しい寝顔を見るのもあとわずかと考えると、やりきれない気持ちがぼくを包み込む。  
神様、ぼくに力を…。  
 
 

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