「なあ」
「なぁに、裕君?」
その日も、いつもと同じだった。
何も変わらない、だから何にも代えられない、日常。
もう二十五年一緒に過ごしてきた幼馴染と、休日の習慣となっている、
土手沿いの道を歩く、他愛も無い散歩。
そんな毎日を、二十五年繰り返し続け、そして辿り着いた、今日という日。
「……一緒にならないか、美香?」
俺は、プロポーズした。
何も変わらない日常を変え、何者にも代えられない女性(ひと)へ誓う為に。
「………………」
しばらくキョトンとした顔で俺をまじまじと見つめていた美香は、
ふいに唇を笑みの形に歪め、笑い出した。
「な、何がおかしいんだよ!」
「だって、裕君……そんなの……」
「そんなの、なんだよ……?」
「……もう、ずっと一緒じゃない、私達」
「………………あ、え……?」
随分と間抜けな顔をしていたんだろうな、と今にして思う。
そういう事じゃなくて。
一緒になるというのは。
確かにずっと生まれた次の瞬間から一緒だったけど。
そうじゃない。そうじゃないんだ。
「ウソ。わかってるよ……ちゃんとわかってる」
胸に溢れかえった言葉が口をつく前に、美香の指先が、俺の唇を抑える。
「ほんと……いつそう言ってくれるのかな、って……十年くらい前から、ずっと、
ずっと思ってたんだから」
上目遣いで俺を見上げる美香の瞳には、光る物が滲んでいた。
「ずっとずっと傍にいたけど……だから、大丈夫だと思ってた。
だけど、凄く不安だった……怖かったの。せめて、自分はちゃんとしようって、
裕君以外の誰も見ないで……だから、もし裕君に……それが怖くて……」
声は震えていた。滲んでいただけだった光る物が、零れ落ちる。
「……ごめん」
俺は、美香の肩を引き寄せ、そっと、その身体を抱きしめた。
「謝らないで……嬉しいんだから……私、今……嬉しいんだから」
「……ありがとう」
謝らないでと言われて、俺の口をついて出た言葉は、感謝。
ずっと、俺の言葉を待っていてくれた幼馴染への、精一杯の言葉。
「裕君」
「美香」
陽が落ち始めた、オレンジ色の世界の中で、俺達は三度目の口付けを交わした。
幼馴染から恋人を飛び越し、夫婦になった事を確かめるような、深い、深い口付けを。
終わり