Blue Liquid 4話 ルクの調整  
中編 好奇心と悪戯心  
 
 
 三十分くらい経っただろう。  
 濾し布には、砂のような粒が残っていた。  
 鍋には淡い青色の液体が溜まっている。ルクの核を左手に持ったまま、サジムは右手で  
寸胴鍋の取っ手を掴み、手前に引っ張った。鈍い音を立ててタイルの上を滑り、鍋が濾し  
器の下から引き出される。  
 
「ルク、終わったか?」  
 
 鍋に溜まった青い液体に声を掛けた。  
 しかし返事は無い。  
 表面に手を触れてみると、微かな揺らぎを感じる。機能が停止してしまったわけではない  
ようだ。かといって、意識があるわけでもない。  
 
「寝てる?」  
 
 サジムは表面から手を離し、数歩後ろに下がった。  
 今の手触りは、ルクが眠っている時のものに似ている。人間とは全く違う生物なので、ど  
ういう基準で起きたり眠ったりしているかは、サジムも知らない。  
 ともあれ、今は眠っているようだった。  
 
「眠っているということ、は?」  
 
 左手に持ったルクの核を眺める。口元に浮かぶ、妖しい微笑。  
 赤い球体。硬いゼリーのような手触りで、本人曰く敏感、頑丈。  
 一度風呂場全体を眺めてから、サジムは核に指を触れさせた。くすぐるように、指先を動  
かしてみる。ルク本人は弄り回すなと言っていた。しかし、やるなと言われるとやりたくなっ  
てしまうのが人間の性である。  
 青い液面が揺れていた。揺らしてもいないのに表面が波打っている。  
 
「んんン――!」  
 
 そして、跳ねた。  
 液体から頭と肩を構成し、ルクが鍋の縁に掴まった。いきなりで、全身を作ることはでき  
ていない。右腕と肩と頭だけ。青緑色の髪の毛部分は、下の液体と繋がっている。作った  
頭や腕も、造形が頼りない。  
 青い粘液が鍋の縁をゆっくりと垂れていた。  
 ルクが緑色の目でサジムを見つめる。  
 
「ご主人サマ……? ナ、何してルんですカ?」  
 
 いつもの無表情とは少し違う、力の抜けた顔だった。呆けたように口を開けている。単純  
に表情を構成する余力が無いのかもしれない。  
 
「起きないから、起きるかなと思って」  
 
 言いながら指先で核を弄る。  
 
「ああぅ……」  
 
 ルクは鍋の縁に寄りかかり、身体を震わせていた。  
 荒い呼吸をするように肩を上下させながら、緑色の瞳をどこへとなく泳がせる。肺は無い  
ので呼吸は不要だが、無意識に行う人間的な動作らしい。溶けた身体が口端からよだれ  
のように垂れていた。  
 うにうにと核の表面に指を這わせる。  
 
「あッ」  
 
 ルクの身体が跳ねた。液面が波打ち、小さなしずくが床に落ちる。緑色の目が泳ぎ、身  
体の動きがぎこちなくなっていた。そこが特に敏感な部分らしい。  
 サジムはその部分を重点的に指で責めていく。  
 
「ふああッ! ソレ、それは敏感だっテ、んんぁっ!」  
 
 甘い声を上げながら、ルクは身体を仰け反らせた。両目を開き、天を仰ぐように顎を持ち  
上げ、両腕を振り上げる。水音とともに、青い水滴が飛び散っていた。  
 
「ご主人サマ……! あ……ぅ……」  
 
 一度身体を強張らせてから、糸が切れたかのように溶け落ちていく。身体を構成していら  
れなくなったのだろう。腕と肩、胸。それらが青い液体となって鍋の中に溜まる。  
 液体の底の方から、小さな泡が浮かんできた。  
 
「大丈夫か?」  
 
 核を弄るのを一時やめ、サジムは鍋を覗き込む。  
 液面から右手が伸び、鍋の縁を掴んだ。続いて頭が作られ、肩や胸が作られていく。お  
腹の辺りまで身体を構成してから、ルクが睨んでくる。  
 
「敏感……テ、言ったじゃないデスか。うゥ」  
 
 緑色の瞳をサジムに向け、口元を曲げていた。  
 サジムは右手で赤い髪の毛を払う。  
 
「そう言われると、逆に弄ってみたくなるというか……」  
「んッ。ふァ……」  
 
 指の動きに合わせて、ルクが肩をくねらせる。  
 
 鍋の縁を掴む手に力を込め、目を瞑る。染み込む刺激から逃れるように身体を捻ってい  
るが、その動作は意味をなさないようだった。ルクの本体はサジムの手にあり、そこから発  
せられる感覚はルク自身制御できないようである。  
 
「んっ、ご主人サマ――ぁっ……」  
 
 だらしなく開いた口。  
 腕や肩、胸から身体が溶け落ちている。青い水飴のような体組織が、鍋の縁や風呂場の  
床に音もなく流れ落ちていた。その姿は、形容しがたい淫猥さを作り出している。  
 ごくりと、サジムの喉が鳴った。  
 
「うゥ……ん……」  
 
 ルクは一度目を閉じてから、その場に立ち上がった。  
 
「そういウ……イタズラは――」  
 
 強い口調で言葉を吐き出す。  
 無理矢理下半身を固めて、ルクは人型になってみせた。口元を引き締め、目に気合いの  
光を灯している。気合いだけで身体を固定化させたらしい。鍋に残った液体で腰や足を組  
み上げ、鍋から外へ出た。  
 しかし、固形化は完全ではなく、足元が溶けていた。  
 核を弄るの手を止め、サジムは思わず見入る。  
 
「……やめて、下さイ――! ん、んぁ」  
 
 言いながら、サジムへと近付く。  
 少なくとも近付こうとした。一歩前に足を踏み出し、右手を伸ばしてくる。手首から先が崩  
れて、手の形をなしていない。足も脛から下が溶けている。  
 それ以上は動けないようだった。  
 サジムは核を手で撫でながら、率直に言う。  
 
「でも、ルクが気持ちよさそうだし」  
「ううー……」  
 
 目を逸らすルク。  
 否定してこないことを肯定と受け取り、サジムは再び核に指を触れる。ゼリーのような柔  
らかさと滑らかな手触り。押すと形を変えながらも反発してくる弾力。  
 
「あッ、ン――!」  
 
 ルクが甘い声とともに、その場に崩れた。両足を折り、床に腰を落とす。  
 形を保っていた足が溶け、緩い水溜まりのようになっていた。お腹から上は辛うじて形状  
を保っているが、表面から青い液体が溶け落ちている。立ち上がることはおろか、満足に  
移動もできないだろう。  
 
「これは、どうかな?」  
 
 サジムは両手で核を持ち、その表面に舌を這わせた。触った感触と同じ、堅いゼリーの  
ような舌触りほんのりと甘い味がした。  
 ほのかな嗜虐心に背筋が粟立つ。  
 
「あっ、え……ふあぁ。ご主人サマッ!」  
 
 身体に掛かる刺激が変わったのか、ルクが目を向けてくる。何とか形を保っているだけ  
の身体を必死に動かそうとしていた。しかし、思うように動かない。あちこちが意識と別に痙  
攣するように動いている。  
 見た限り、指で触られるよりも舌で舐められる方が感度が上らしい。  
 
「あ、舐め……って、はっ――ふぁ、はぅ」  
 
 右手を伸ばして、口を開くルク。出てくるのは気の抜けた悩ましげな声だけだった。焦点  
の合っていない緑色の瞳。思考はほとんど止まっているだろう。その姿は、溶けかけの飴  
細工を思わせる。  
 
「んン……ッ!」  
 
 何度も意味の無い息を漏らしてから、ルクは何とか言葉を吐き出した。  
 
「少し……あッ、手加減しテ――」  
 
 しかし、サジムは核の表面を舐め、さらに甘噛みを加える。  
 びくり、と。  
 ルクの身体が跳ねた。  
 ルクの核を両手で揉むように弄り、甘噛みと舌の動きを加える。  
 
「あ……あァ――! ンんんッ、ふあアぁ……ぁ――!」  
 
 緑色の目を大きく見開き、サジムを凝視する。擦れた悲鳴とともに、その身体が数度大き  
く痙攣した。もう思考は追い付いていないだろう。何度か身体を重ねているから分かる。そ  
れは、ルクが絶頂を迎えた時の反応だった。  
 崩れるように溶けていくルク。身体を保っていた意識の糸が切れてしまったのだろう。手  
も胴体も頭も青い液体に戻り、混じり合っていく。  
 床に広がった青い液体。  
 サジムは溶けたルクの傍らにしゃがみ込む。  
 
「ちょっとやり過ぎたかな。大丈夫か、ルク?」  
 
 右手で液体の表面をつつく。  
 
「!」  
 
 その瞬間、腕が伸びた。昆虫並の唐突さで伸びてきた青い手が、サジムが持っていた赤  
い核を掴み取った。そのまま液体へと引っ込む。  
 腕は消えたが、核は消えずに液体の中を漂っていた。  
 それだけでは終わらない。  
 
「おあ!」  
 
 不意に足を引っ張られ、サジムは床に腰を落とす。バランスを崩して軽く尻餅をついただ  
けなので、痛みは無い。足元を見下ろすと、青い液体が両足を包み込んでいる。  
 ゆっくりと――  
 液体の表面から、人型が作られていく。  
 青緑色の髪の毛に緑色の瞳。青い液体を固めたような顔や肩や腕。胸には女性特有の  
ふたつの膨らみが見える。滑らかな曲線を描き細くなっていくお腹。腰から下は、床に溜ま  
った液体のままだった。  
 
「ご主人サマ。今度はワタシの番ですヨネ?」  
 
 そう言いながら、ルクが口を笑みの形にしてみせる。  
 
 

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