それは夏休みも終わったまだまだ残暑の日差しが厳しい9月1日。俺は久々に来たYシャツに身を包み、高校への道のりを歩いていた。
「暑…」
夏休みの宿題でパンパンになった学生カバンを持ちながら桜の木が並んだ並木道を真っ直ぐに進む。桜の木に止まっているのだろう。ミンミンと五月蝿いミンミンゼミが力一杯に鳴いている。このミンミンゼミの鳴き声を聞く度に、俺は一人の少女を思い出すんだーーーーー
【ミンミンゼミ】
それは俺、颯真海斗が中学生だった頃。けたたましくなる目覚ましを止めて二度寝を決め込もうと俺は布団に潜り込んで…
「起きろぉぉっ!!」
…ジーン…と音が聞こえた気がした。
「…夏休みにこんな早く起こすなよ…美里…」
目覚まし時計に目をやると長い方が12。短い方が7をさしている。つまり現在は7時。そんなことをお構いなしのように起こすコイツは木村美里…、まぁ世間一般でいう幼なじみってやつだ。
「早く起きてよ海ちゃん!!今日は学校だよ?登校日だよ」
「…あぁそうか。」
そういえば登校日だったな…、と思い出した俺は下に美里を待たし、制服に着替え学校へと向かった。
・・・・・・
学校も終わり帰る支度をしていると…
「海ちゃ〜ん!!一緒に帰ろ〜!!」
と言う幼なじみの呼び出しが掛かった。俺はすぐに行くから玄関で待っていてくれという返事をして美里の待つ玄関へと向かった。
しかし、数分後に玄関に行くと美里がいない。どうしたのだろう?そう思った俺は玄関先にいた事務員さんに聞いた。
「すいません。今ここに女の子いませんでした?」
「あぁ女の子ね。なんか男の子に話し掛けられて体育館の方に行ったよ」
そう言われ俺はありがとうございました。と返事をし体育館の方へと向かった。
・・・・・
「付き合って下さい!!」
俺が体育館裏への道を曲がろうとした瞬間にそんな声が聞こえた。壁から顔を出し、こっそりとのぞき見てみると美里と…先輩であろう人が一緒にいた。さっき聞こえた声が男の声であることから美里が告白されたのだろう。
普通ならここで玄関先に引き返すのだろうが俺は美里の返事が気になり、聞き耳を立てながら2人の方を見ていた。すると美里が小さく返事をした。
「ごめんなさい…」
美里がそう返事をした瞬間に何故か安堵感を覚えている自分がいた。何故だろう?そう思いながら続きも見ていた。すると先輩であろう人が
「理由…聞いてもいいよね?」
と聞いた。美里は…
「私…ずっと好きな人がいるんです。小さい頃からずっと一緒だったんで…今の関係が壊れたらって思うとなかなか告白出来ないんですけど…だから…ごめんなさい」
そう言うと先輩が
「それって…颯真のことだよね?」
と聞いた。俺は何故か心臓の鼓動が上がり、耳に神経を集中させていた。しばらくして美里は
「はい…」
とだけ呟いた。
・・・・・
それからのことはよく覚えていない。待ち合わせをすっぽかし、猛ダッシュで家に帰り、すぐ自分の部屋に籠もった。
美里は俺が好き?確かにあいつはそう言っていた。なら自分はどうなんだろう?あいつが好きだとかどうとかなんて…
そんな考え事をしているとコンコンっとドアをノックする音が響いた。俺は布団に潜った「どうぞ…」とだけ言った。すると…
「海ちゃん…」
入ってきたのは美里だった。
「…んぁ?…美里か…」
「ねぇ…何で先帰っちゃったの?私、ずっと待ってたのに…」
「…待ってないだろ?俺が行った時にお前いなかったじゃん」
何故か俺は不機嫌で責めるように言う。
「それは…」
俺がいなかったと言うと美里は口を閉じ、言いずらそうにしている。イライラした俺は更に責めるように言葉を投げかけた。
「なんだ?言えないのかよ。素直に告白されたって言やぁいいだろ」
俺がそう言うと美里は驚いたように目を見開いて言った。
「見てたの?」
「ベタだよな。体育館裏って」
俺がそう言うと美里はいきなりもじもじして顔を赤らめた。そして意を決したように俺に向き合い、言った。
「どこから聞いてたの?」
俺は少し悩み、そして答えた。
「"付き合って下さい。"の辺りから」
すると部屋に静寂が訪れた。当然だろう。そう思うが俺は言葉が出なかった。すると一分だろうか一時間だろうか?そんな短いようで長い時間が過ぎた時、美里は言葉を発した。
「私の気持ちは本当だよ?海ちゃんは……私の事…どう想ってる?」
静寂。
夏の暑さで部屋の中は蒸し暑く、俺たちはしっとりと汗ばんでいる。外からはミンミンと鳴くミンミンゼミの鳴き声が響いていた。
そして俺は想った。美里の事を。
今までずっと幼なじみとして過ごしてきた。そんな美里を恋愛対象として見れるのだろうか?それに付き合ったとしても今のこの関係を壊す勇気が俺にあるのか? そうして散々悩んだ挙げ句、答えは…
「ごめん。美里の事は幼なじみとしか見れない…」
拒否。だった。
「そ…うだよ…ね?」
美里を見てみると瞼一杯に涙を溜めている。目を閉じるとそれが一気に溢れていた。俺が泣かした…。そうは思ったが今慰めの言葉を言うと逆効果と思い、黙っていた。すると美里はおもむろに立ち上がり、部屋のドアへと向かった。
「海ちゃん…ありがとね。」
嫌な予感がした。
「今までありがとう。」
何故かは分からない。だが今行かせると二度と会えなくなるような気がした。
「本当は言わないつもりだったんだけどなぁ……。…さよなら……」
行くな!…と思ったが部屋のドアは無情にもパタン…と閉まった。
楽観的だった。
「…明日辺りまた何でもない顔して来るだろう。」
そう思っていたが…
次の日やその次、そして夏休みの間、美里が俺の部屋にくる事はなかった。
そして夏休みが明けた日。
俺は担任の教師から美里が遠くへ転校していった事を告げられた。
・・・・・
教室に入るとみんな様々な外見をしていた。
見るからに夏休み勉強に明け暮れ、真っ白な奴。
それに遊びまくったように真っ黒な奴。多種多様だった。
俺はそんな中、窓辺から空を眺めていた。夏休みも終わりか…。毎年毎年始業式は嫌いだ。
それは夏休みが終わるからではなく、
俺が大切な人を失った日だから。
そう。美里は黙って去る代わりに一つの手紙を残していた。それはたった一言
【ずっと好きだったよ。さよなら】
だった。
それを見た瞬間、涙が止まらなかった。それと同時に気付いた。
俺は美里が好きだったんだ。
それなのに俺は関係を壊すのを恐れて…
今更後悔しても遅い。肝心な美里はもういないのだから。
そんな風に物思いにふけっていると教室の中の奴らが慌ただしくお喋りをしている。いつもと違うその様子に俺は隣の席の女子に聞いた。
「なぁ…、何で今日みんなこんなに騒がしいの?」
すると彼女はやたら高いテンションで俺に言った。
「今日ね!転校生が来るらしいよ!」
俺がありがとうと言うと彼女は女子の輪の中へと行った。
クラスでは男子は女の子で可愛い子がいいな!と、女子は男子で格好いい人がいいね!などと会話している。
そんな騒がしいお喋りが一斉に止んだ。見ると教師が教室に入ってきたようである。
みんな転校生を早く見たいのか素早く席に着き、お喋りを止めた。
それを見て教師は満足にHRを始めた。
「えー…、まぁ始業式と連絡の前に皆さんにお知らせがあります。」
そう聞くと早くしろよ。と言わんばかりにみんな強烈な視線を教師に向けた。そんな視線に気付いた教師は「入ってきて下さい。」と告げた。
「失礼します。」
時が止まった気がした。
「自己紹介をお願いします。」
もし神様がいるなら俺は土下座してでも礼を言うだろう。
「えっと…名前は木村美里です。二年前までこの町に住んでいました。よろしくお願いします。」
俺が教壇まで歩み寄る。それを見て美里は驚いた表情をしていたが、やがて笑顔になると愛しい声で俺の名を呼んだ。
「海ちゃん!」
俺は
「美里!」
と声を上げ美里へと向かった。
美里へと向かう俺の背中を…ミンミンゼミの鳴き声が後押ししてくれたような気がしたーーー。
〜fin〜