「あけて〜 あけてよ〜 たっちゃん、あけて〜」  
 
やけに陽気な声がドアの向こうから聞こえた。  
ドアを開けたとたん目の前の人影が倒れこんでくる。あわてて両腕でささえる。  
 
「えへっ、酔っ払っちゃった」  
首をかしげながら微笑んでるのは、明日香、オレの幼馴染。  
 
そっか。海外事業部、今日はドバイに行く次長の送別会だって言ってたな。  
こいつ、お堅いお嬢様大学に行ってたから、飲み会にも不慣れなのかも。  
 
「な〜に、ぶつぶつひとりごと言ってるの?  
 えっと、とりあえず中に入れてくれると嬉しいんですけど?」  
 
「だね」  
即答の真相は、さりげなく近所の耳を気にしてだったりするオレ、小心者。  
 
ふらふらする彼女を片手でつかまえたまま部屋に連れて行き、  
分不相応にでかいソファーに座らせる。  
 
「ほら、水」  
「あ・り・が・と!」  
一気飲みする明日香。漢前だ。  
 
「ぷは〜っ!」  
訂正しよう。若いみそらで既にオヤジだ。可愛そうに。  
 
「たっちゃんはいつも優しいね〜」  
「…おだててもなんにも出ないぞ?」  
「ハハ………相変わらずちっとも似てないね」  
うっせばかやろ。  
 
おない年。家が隣。でもこいつんちはベンツとBMWが玄関の横に並んでるでっかい家。  
こっちは一般的な日本の家庭。敷地に3ナンバー二台並べたら家が建てられない雰囲気の。  
 
でもガキだった俺たちには、そんな大人の基準は関係ない。  
常に不在がちの彼女の両親も、娘の事を思ってか、うまのあう俺を大切にしてくれた。  
んなわけで両方の家、公園、商店街、あらゆるフィールドが、その頃の俺達のものだった。  
 
高校も一緒で、映画だプールだ花火だ、なんだかんだでいつもそばには明日香がいた。  
彼女が女子大に行ってた時期だけは、『メール友達』状態だったけど。  
 
でも、就活で苦戦しているのをちらっと書いたら、おやじさんから誘いが来て、  
のっかったオレは即面接&即内定。まぁ当たり前か、社長の直接コネじゃ。  
 
入社式に行ったらびっくり。横の席で明日香がいたずらな笑顔をオレに向けてた。  
結局、事業部は違うけど、それなりに近い場所に今も明日香は居たりする。  
 
「ちょっと、話が、あるんだけど」  
「ん?」  
 
オレは彼女の隣に微妙な距離を置いて座る。アイスコーヒーを手に持って。  
一瞬、スカートからはみ出た明日香の足に目を奪われかけたが、  
幼馴染とはいえ社長令嬢、半端に手を出したらただじゃ済まないよな……と自重し、  
怒れる明日香パパの映像をふりはらいつつ、必死の努力で視線をはずした。  
 
「こんどさ……あたし、デュッセルドルフ、行くんだ」  
「そりゃまた急な話で」  
 
「そこのナンバー2が入院しちゃって手助けがいるからって」  
「おやじさん、よくOKしたな」  
「背に腹はかえられない、ってやつ? ちょうど異動の季節で人のやりくりがね」  
「あ〜 それはあるかもね」  
 
「どんぐらい?」  
「たぶん2〜3年」  
「そっか」  
 
「でね、いろいろとやり残したこと、ここんとこ片付けてるんだ。  
 仕事のほうは当然だけど、プライベートな部分でも、  
 読みかけの本だとか、買ったけど見てないDVDだとかいろいろ」  
 
「でさ、いっこだけ……残っちゃったのよ」  
「へ〜 なんだい、それ。ちょっとわかんねぇな」  
「……言い忘れた…っていうか」  
「ほ〜」  
 
こいつの処理能力は抜群に高い。決してただのお嬢様なんかじゃない。  
高校のときの学園祭でも、実行委員長として能力を発揮し、  
見事にまとめ上げた実績がある。  
当然のように、彼女の下でオレはいいようにこき使われてたわけだが……  
 
だから、彼女が処理に困るもんなんて全然考えられなかった。  
 
「あ、あのさ、あたしね」  
明日香は真っ赤になっていた。そして、らしくない表情。  
うん、って感じでうなずいてから、思い切ったかのように言葉をつなげた。  
 
「達也のことが、好きだったの、ずっと」  
オレは固まっていた。ありえなかった。  
 
「飛行機で12時間もかかるすごい遠い所に行っちゃうんだし、  
 現地じゃとても忙しい毎日が待ってるってわかってて、  
 それで長ければ3年。そう思ったらもう、どうしようもなくて」  
 
「いつもそばにたっちゃんがいて微笑んでくれてたから、  
 あたしはどんなつらい時も頑張れたんだって、それがわかったの。  
 ちっちゃかった時も、中学のときも高校のときも、そして今も。  
 だからせめて、向こうに行く前に、たっちゃんの思い出を、  
 あたしの心の中にたくさん詰め込んでおきたい、って、そう決めたんだ」  
 
息継ぎなしでまくしたてる彼女の言葉に、オレは口を挟めない。  
 
「だから、あの、今夜……ここに泊めてくれない?」  
驚きの発言に、オレは正直うろたえた。  
 
「でも……それは……とりあえずオレも、いちお、男だし」  
「大丈夫、そのつもりで言ってるから」  
「そのつもりって」  
「だから、よかったら、ってレベルで。 ただの今夜だけの都合のいい女だって思っても、それでもいいから。  
 あたしは、心と体全部で、たっちゃんを覚えておきたいんだ。それだけ。  
 あとであなたに迷惑掛けたりしないって、約束するから……」  
 
遠くで、車が通り過ぎる音がした。  
 
 
「ふぅ、ちゃんと言えたぁ。よかった。これもらうね。もう、のどカラカラ」  
オレのアイスコーヒーを承諾なしで飲む明日香。これはいつもと同じ。  
氷がグラスの中でぶつかる音が部屋を満たす。いつもと違う静けさ。  
そして微妙に明日香の指先が震えていた。そんな明日香は見たことが無い。  
 
黙って明日香を見つめる俺に、彼女はすまなそうな顔をした。  
 
「ごめんね、勝手な女で。たっちゃん、許して……」  
いつのまにかアイスコーヒーは空っぽになっていた。  
 
……いつもこうなんだ、こいつは。いつも。  
 
「許さない」  
「えっ?」  
「許さない、ってそう言った」  
 
「えっと、それって……あぁ、たっちゃんのこれ飲んじゃったこと?」  
「ちがう。それじゃなくて、おまえが一方的に自己完結しちゃってるとこ」  
「なんのこと?」  
「俺の気持ち、無視してるだろさっきから、勝手なことばっかり言って」  
「ちょ、ちょっと、なにキレてんの?」  
 
「あぁ、そうだよ。オレはお前のこと、彼女だなんて思ってなかった。  
 ついさっきまで、一度もな」  
 
「でも、やっとオレわかったんだ。自分の気持ちが。  
 バカだよな、いい加減気づけよなってぐらいアホだったと思う。  
 単純なことだったんだ。  
 たまたまオレと明日香はそばにいたんじゃない。  
 そうしたかったから一緒に居たんだってな」  
 
「だから、今、オレ、ちゃんと言うから」  
きょとんとしたままの明日香の両肩をつかみ顔を寄せると、彼女は目を閉じた。  
唇を重ねる。  
 
そして唇を離したあとも目を閉じたままの彼女の髪をかきあげ、耳元に口を寄せ、告げる。  
 
「ずっとオレも、明日香のこと好きだった」  
明日香の肩が震えてた。  
 
体を離し、正面から彼女の顔を見た。  
明日香は顔をクシャクシャにして、口をへの字にして泣いていた。  
 
「ばか! もっと早く気づいてよ!  
 たっちゃんが気付いてたら、あたし、  
 さっきみたいなあんな恥ずかしいこと、口にしなくてもよかったのに。  
 もう、サイテー!」  
 
「ごめん」  
 
謝罪の意味を込めて、ぼろぼろと涙をこぼす明日香にもう一度キスをする。  
やけにしょっぱい味がした。  
 
そのまま舌をこじ入れる。  
すぐにふたつの舌が口腔の中で軟体動物のように動き、勝手に相手を求め始める。  
そうして得られた粘膜の感触は想像以上に刺激的だった。  
 
もどかしいほどの狂おしさを覚えてるのが俺だけじゃない証拠に、  
明日香はさっきから、くぐもった喘ぎ声をあげている。  
 
衝動に襲われた俺は、そのまま両手を明日香のブラウスに向け、  
ボタンを探し当てて外し始めた。下手したら引きちぎりそうな勢いだったと思う。  
何が起きてるのかに気付いた彼女はあわてて胸を手でおおう。  
 
「どうした?」  
「やっぱ恥ずかしいよ」  
「そっか……メモしておこう。明日香は着衣プレイが好き、と」  
「変態! バカ! スケベ!」  
 
殴りかかってくる明日香を抱きしめ、そのまま持ち上げた。  
「な、何するの?」  
「見ての通りのお姫様だっこ」  
「や、やめ」  
「やめない。このままベッドにいく。暴れると落としちゃうから静かに。  
 あと、両手は首に回すのがデフォルトだと思うが?」  
 
しぶしぶ言われたとおりにする明日香。  
首の動きが変だ。やたらきょどっていて、それが殺人的に可愛い。  
そのままくちづけをする。  
やばい。ズボンの中が、おもいっきりがちんがちんになってる。痛いくらい。  
 
ベッドの上に座らせ、ジャケットを脱がす。  
 
「たっちゃん、あの」  
「いやだ。今のオレ、シャワーなんて待ってられない状態」  
「なら、せめて、電気」  
「それも却下。明日香の体、ちゃんと見たいから。全部」  
 
返事が無かったのを幸いに、一気に全てを脱がす。  
白い肌、こぶりな乳房。うっすらとした陰り。そしてそれらを構成するなだらかな曲線。  
その全てにオレはしばらく見入っていた。綺麗だった。  
目を閉じ必死に恥ずかしさをこらえてる明日香が可愛い。  
 
「あたし、あの、胸小さいし、お尻大きくて、だからそんなに」  
とっくに裸になってたオレは皆まで言わせず体を重ねる。  
肩ごと抱きしめる。すごく細い、って思った。  
 
明日香の腕がオレの背中に回された。  
さらに深いキスをかわす。明日香が積極的に舌を入れてきた。  
同時に唇をこすりあわせるように動かす。  
 
そのまま首筋に唇を這わせる。ビクッと明日香の体が震えた。  
「くすぐったい?」  
「すこし。でもだいじょうぶ」  
 
首筋から胸に。ふくらみのすそのにキスをしながら、片手をもうひとつの乳房に。  
それはすっぽりとオレの手のひらの中におさまる。  
 
「はぁっ…」  
明日香の吐息が悩ましい。  
すぐに入れたい気分と、彼女の全身を愛撫したい思いとで、俺の心は揺れていた。  
 
乳首にキスをした。  
「あっ!」  
体が波打つと同時に声が出る。  
明日香の手がオレの両肩をぎゅっとつかむ。  
 
しばらく楽しんだ後さらに下のほうへと向かう。  
 
「いや、やめて、そこ、きたないから」  
逃げようとする体を腰をつかんで押さえつける。  
 
太ももの奥、陰りの先にねじ込むように舌を着地させた。  
そのときの明日香の反応は凄かった。  
体をのけぞらせて、大きな声を上げて。  
 
「痛い?」  
「わ、わかんない」  
 
オレはこの目で明日香のそこを見るのをあきらめた。  
別に今夜じゃなくてもいいんだし。  
体の位置をもどして、腕枕してみた。彼女はひしと抱きつく。  
空いた右手で全身に触れる。  
乳房、わき腹、背中、お尻、そして太もも。  
味わったことのないすべすべの感触に、オレはつい夢中になってしまっていた。  
 
その間も、彼女は恥ずかしそうにオレの肩に抱きついたままだった。  
 
太ももの奥に今度は手を伸ばした。うながすようにゆっくりと足を開く。  
柔らかいものにじかに触れる。俺の肩を抱く腕にさらに力がこもる。  
 
指をゆっくりと、頼りない感触のひだの表面で上下させる。  
途切れないうめき声が耳元で聞こえる。  
二本の指で開き、中指をはざまにうずめた。  
経験ゼロの俺でもわかるほど、中は濡れてるようだった。  
下の方に動かすとくぼみがあって、そして上のほうに動かすと、  
 
「ダメ!!」  
激しく明日香がのけぞる。  
そんな彼女を見た瞬間、もうオレの余裕なんて完全にぶっとんでた。  
頭の中のほとんどが、「入れたい!」って文字で埋め尽くされて。  
 
あわただしく彼女の両足の間に腰を入れ、かってない硬度に達した奴を、  
明日香の中心にあてる。先端がぬるっとひだを割った。  
ゆっくりと押し込む。  
 
「いっ、痛い!」  
俺の肩を押して明日香が上に逃げようとする。  
 
新事実発覚。オレが初めてならこいつも初めて。  
でも、いくしかない。優しくなんかできねぇ!  
 
肩をつかまえて委細構わず一気に押し込んだ。  
中は筆舌に尽くしがたい気持ちよさ。  
オレのが明日香の粘膜であますことなく包まれてて、  
優しくつかまれてる感じというか。  
 
我慢できずに腰を前後に動かした。  
明日香の表情を見る限り、最初のときよりは痛くない様子だった。  
オレは自分の快感を求め、明日香の中を蹂躙し続ける。  
 
いつからか、明日香が俺の名前を呼びながら、「好き!」と言い続けてる。  
でもこれは、少なくとも官能的な絶頂とかそんな話じゃなくて、  
封じ込めていた思いを今この瞬間に爆発させてるだけなんだろうと思った。  
 
ずっと昔から、アホなオレが気付かないまま、密かに紡いできた彼女の思いを、  
今、ためらうことなく俺に向かって解き放っているのだと。  
 
だからオレも明日香の名を呼び、そして好きだとささやき続けた。  
そう、ずっと言い忘れていた分を補うように。  
 
終わりが近づいてきていた。  
そりゃそうだ。明日香の粘膜とオレのが直接触れ合って………  
 
やばい。頭に血が上ってて、コンドーム忘れてるよ!  
オレは動くのをやめた。  
 
「明日香! だめだ! コンドームつけてない」  
「ふぇ?」  
半分白目の明日香に何を言っても無駄そうだった。  
 
オレはともかく腰を引こうとする。  
しかし、彼女はオレの腰に両足をからめ、強烈な力でその動きを阻止してきた。  
 
「イヤ! ヤダ!」  
「ばか! それどころじゃない!」  
「いやだ! 離れないで!」  
 
彼女が力を入れたせいで、はげしくそこが締まったのが命取りだった。  
とてつもない快感とともに、オレは否応なく明日香の中へと射精を開始した。  
 
もうどうにでもなれ、と俺は抗うのをあきらめた。  
目の前の明日香はうっとりとした表情を見せている。  
その姿は女神のように綺麗だった。  
 
そんな明日香の中に、今オレの精液が次々と吐き出されている。  
なんか不思議な気分だった。  
 
 
「えっと、多分大丈夫な日だと思うんだけど。自信ない」  
明日香の頼りない言葉にオレは肩を落とす。  
あとは運だけ。そうとしか言いようがなかった。  
 
 
翌月になって、明日香のデュッセルドルフ行きはキャンセルになった。  
彼女が妊娠していたことが判明したからだ。  
そう、それは間違いなくあの夜にもたらされた生命。  
 
産婦人科でその最終確認がとれた日の夜、二人だけの緊急会議を催す。  
 
「社長と海外事業部長の二人に、オレ殺されるかもしれない……」  
「二人併せて、全治二ヶ月程度は覚悟しないとね。  
 だいたい、たっちゃんが欲望に負けたのが悪いんだし」  
 
「どの口だ、そんな事実に反することを平気で言うのは?!  
 だいたいあの日、据え膳仕掛けてきたの明日香だし、  
 いや確かにコンドーム忘れちゃったのは俺のチョンボだけどさ。  
 オレがヤバイと思って抜こうとした時、おまえは足をからめて」  
 
「だ〜め。そんな話、この子が聞いたら気分を悪くするでしょ?」  
明日香は自分のお腹に触れる。当然のことながらまだちっとも膨らんではいない。  
ただ、有無を言わせない迫力は、女として、母としてのもの。オレは反論を諦めた。  
 
そして数日後、彼女の家。  
オレが明日香と結婚したいと頭を下げると、オヤジさんの右手がスッと視野に入ってきた。  
必殺のアッパーカットか!? と、びびるオレ。  
 
でも、今日は、パンチがやけにゆっくり見えるぜ……  
 
「よろしく達也君」  
あわてて顔を上げると笑顔の父親がそこにいた。  
右手が握手を求めている。  
隣の母親もすごく嬉しそうで。見れば、横の明日香もピースサイン。  
 
オレは合意の握手をした。そしてひとつの可能性に思い当たる。  
 
そう、もしかしたら……はめたつもりがはめられた?  
高校。就職。そして、それ以外のあれこれを思い出す……  
 
しかしそれがとっくに重要な問題じゃなくなってることに気付く。  
オレと明日香が、いやおなかの中の子も含めて『俺達』が幸せに暮らすための、  
そのためのステップがここに用意されている。それだけのことだ。  
 
ハレバレとしたオレの表情を見て、オヤジさんもお袋さんも、そして明日香も、  
オレのそんな思いに気付いてた気がする。  
 
「あれだな。海外事業部長には私から言っておいたほうがよさそうだな」  
 
ありがとうございます、社長。いえ、パパ。  
なんたって社長に言われて文句の言える勤め人はそうそういない。  
まぁ、多少の嫌味は覚悟してるけど。  
 
それから大忙しで入籍と式場探しをやって、やっと一箇所見つけることができた。  
流石に社長令嬢の結婚式。適当に公民館でってわけにはいかない。  
 
なんだかんだと日がたつうちに、式の当日になっていた。  
 
どう見たって似合わないタキシードに落ち込んでたオレは、  
用意が整ったと控え室に呼ばれ、ウェディングドレス姿の明日香と対面した。  
 
これが明日香? っていうぐらいの美しさで、言葉すらなくしちゃって。  
何も言わないオレに彼女はしびれを切らす。  
 
「どう?」  
「最高。すごく綺麗」  
「へへ」  
明日香は嬉しそうだ。  
 
式場。介添人が退いて、神父さんの前にいるのはオレと明日香だけ。  
 
「二度目だね」  
神父さんが準備してるとき、前を向いたまま小声で明日香が言う。  
 
「えっ?」  
「だから……たっちゃんと結婚式するの」  
「??」  
「忘れてる? ほらまだ小さいときにあたしの家で遊んでて」  
 
ずっと記憶の中に埋もれてた思い出が蘇る。  
 
……遥か昔、まだ幼稚園の年長さんぐらいのとき。  
明日香のおままごとにつきあってて、その日、俺達は結婚式ごっこをしていた。  
オヤジさんのネクタイをオレは締めて、彼女はソファーのレースを肩にかけていた。  
 
彼女は誓いの言葉を正確に覚えていて、一字一句間違わずに言えるまで特訓された。  
ただそれが、神父だけのセリフだってことをアスカのやつ分かってなかったんだが。  
そして、仕上げの誓いのキスをこいつに迫られて、俺は家中を逃げ回った……  
 
だが今、聞こえてくる言葉にあわせ、俺達は神父と共に小さな声で唱和している。  
すべての語句に万感の思いを込めて。  
 
「あなたはこの者と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています。  
 あなたは、その健やかなときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、  
 富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、  
 これを助け、そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを約束しますか」  
 
「約束します」  
 
それぞれに問われた言葉に、俺達はひとりずつ答える。  
 
ベールをあげ、誓いのキスをする。  
悲しいことに、こんな衆目を集めた厳然な儀式の中で余計なとこが反応してしまい、  
オレは困ってしまう。新郎は野獣、か。全然笑えない。  
 
俺の様子を見た明日香が、事態に気付き小さな声で言う。  
 
「それは今夜ね。あ・な・た」  
と、極上の微笑みとともに。  
 
どうやら、オレは一生コイツに振り回される人生をチョイスしてしまったらしい。  
今までも、そしてこれからも……  
 
  Fin  
 

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