「完成だー!」
2-3の男子の間で歓声が沸き起こる。
期間にして3ヶ月。人数にしてクラスの男子総勢20人という膨大な作業を費やした一大プロジェクト。
その要となる発明品が遂に完成し、実践に持ち込まれようとしていた。
その名も『無防備ウイルス』。
簡単に説明すると、人間の脳内で生成される物質のうち、アドレナリンという物質は緊張感を高める作用を持っており、
逆にセロトニンは緊張をほぐしリラックスさせる作用がある。
このウイルスは、アドレナリンの分泌を大幅に抑え、逆にセロトニンの分泌を増加させることにより、
どんな状況でもまるで自室でくつろいでいる時のような無防備さを感染者にもたらすという恐るべき発明品なのだ。
なお、Y染色体が抗体の役割を果たすため、感染するのは女子に限定される。
思えばこの3ヶ月間、異性への興味が高まりつつある年齢の男子たちにとっては耐え難い苦痛の日々であった。
何せ女子たちのガードが固いの何の。
スカートの下にスパッツは標準装備、酷いときにはジャージという有様である。
どんなに暑い日でもブラウスのボタンは決して緩めず、
着替えのときは女子更衣室のドアの鍵もカーテンもぴっしりと締め切り、全員が着替え終えるまで決して開くことは無い。
その警戒心の強さを裏付けるように、クラスの男子の中で、女子の下着をちらりとでも見たことがある者は一人としていなかった。
こんな暴挙が許されていいものだろうか、いや、許されない。
学園に安息の日々をもたらすため、今こそ一致団結して立ち上がれ!
この確固たる意思の元に男子全員が意気投合し、プロジェクトが立ち上がったのだった。
げに恐るべしはエロの力、である。
翌週の月曜日の早朝。男子たちは浮き足立っていた。
ウイルスの潜伏期間はおよそ2日間。
金曜の昼休みに手分けしてウイルスを散布したため、そろそろ女子全員が発症している手筈だ。
ちなみに、人から人へ伝染せず、空中での寿命が比較的短いため、校外で感染者が出る恐れは無い。
普段なら遅刻ギリギリの時間に登校してくる男子生徒たちも、示し合わせたように予鈴が鳴る30分前には学校に到着していた。
折角の楽園を、一秒でも早くこの目に焼き付けたい。男子生徒の心は一つだった。
まことに、恐るべしはエロの力である。
そんな男子のうち一人が、これからの学園生活への期待に胸を膨らませながら校門をくぐっていく。
無論彼もまた、エロのためにこの壮大なプロジェクトに加担した健康な男子のうち一人である。
敷地に足を踏み入れた彼の目の前の光景は、奇跡としか呼びようがなかった。
学園敷地内にいくつか設置されているベンチ。そのうち一つに金髪ツインテールの少女が座り、携帯ゲーム機をプレイしていた。
それだけならば、普段の学園内でも見られる光景だっただろう。
ただ一つの違いは、少女がベンチの上で体育座りをしていたということだった。
そして、この学園の女子ならば必ず穿いているはずのスパッツも、そこには存在していなかった。
だらしなく開いている両足の隙間から、股間を覆う白い布がばっちりと覗かせている。
つまり、ありていに言ってしまえば、
『パンツ丸見え』
だった。
「し、白……っ!」
感激のあまり思わず声に出してしまった直後、男子生徒ははっとして口を押さえたが後の祭りだった。
その声に反応した少女が不審そうに顔を上げ、自分のことを凝視している男子を睨みつける。
「白……? 何の話だ?」
「あ、いや、それはその」
慌ててごまかそうとする男子の視線が自分の顔ではなく、下のほうに向いていることに気づき、不思議そうにその視線の先を追う。
「〜〜〜〜っ!?」
だいぶ遅まきながら自分の恥ずかしい姿勢に気づいたのか、見る間に顔を真っ赤にする少女。
「なっ……いつのまに私、こんな格好を……この、見るなーっ!」
慌てて姿勢を正し、スカートを両手で押さえる。
「い、いや……だってそんな格好されて、見るなっていう方が……」
「っ……! うるさいバカ! もういいからどっか行け、ゲームの邪魔だ!」
自分の落ち度で他人をそれ以上責めるのが憚られたのか、ひとしきり叫び終えた少女は不機嫌そうに再び携帯ゲーム機に目を落とした。
「むぅ……」
いったん正した姿勢はしかし、プレイを再開してから1分と持たなかった。
パンツを見られたことに気づいて一度は男子の目を意識しても、あっという間にその意識は霧散してしまう。
どのような堅固な精神力の持ち主であろうが、「警戒を続ける」ということはこのウイルスの前では不可能なのだ。
「ううむ、やはり、女装少年は素晴らしいな……」
独り言を呟いている最中も、少女の足は最もリラックスできる姿勢を求めて無意識のうちに動き始める。
3分もしないうちに、完全に元通りの体育座りになってしまった彼女は、再び登校してくる男子生徒たちに目の保養を促し続けるのだった。
一方その頃。
何も知らない他所のクラスの男子サッカー部員たちは今日も朝練に勤しんでいた。
どこぞの男子たちとは違って、エロなどにうつつを抜かしたりはせず、スポーツで健康な汗を流す。
これもまた、青春の一つの形である。
そんな中、一人の生徒がパスを受け止め損ね、ボールはてんてんと登校中の女子生徒のほうに転がっていった。
「おーい、ごめんボールとってー。」
助かったとばかりにパスミスをした少年がその女子生徒に向かって声をかける。
普段の彼女だったならば、中にスパッツを穿いているとはいえ、スカートの中が見えてしまうことを避けて
軽く蹴り返すだけにとどめていたことだろう。
しかし、ウイルスに冒されている彼女の脳に、もはやそんな正常な判断力は残っていなかった。
「おっけー、まかせてー。」
少し間延びした返事をしながら女子生徒はサッカーボールに向かって軽く助走をし……
「いくよー!」
全力で足を高く蹴り上げる。
当然、それに伴ってスカートは大きく翻り……
「へや!」
空高く蹴り上げられたボールは数回バウンドして、男子たちの足元に転がっていく。
しかし、誰一人としてボールを拾おうとはしなかった。
ふわりと舞い上がったスカートの中で、太陽の光を受けて燦然と輝くピンク色の布。
男子たちの目はその一点に釘付けになっていた。
そんな事など露知らぬ少女は、ボールがまっすぐ飛んだのを確認すると満足そうに校舎へと足を向ける。
しばらくして我に返った男子たちは、思い出したようにサッカーの練習を再開した。
しかし、全員がやや前かがみになっていたために、思うように練習が進まなかったとか。
やがて、ぞろぞろと学園の女子生徒たちは校門をくぐってやってくる。
しかし、彼女たちの瞳はいつもの凛とした輝きを失い、例外なくどこか夢見心地な表情に包まれていた。
そしてもう一つ、誰一人としてスカートの下に下着以外のものを着用していなかった。
舞い上がる風にたまにスカートが翻るのを気に留める様子も無く、彼女たちは校舎に入り、それぞれの教室に向かう。
男子生徒たちの目に潤いをもたらすために。
(おしまい)