〈第二話〉  
アパートに移って1ヵ月半が過ぎた。  
旦那様のご厚意で同居させて頂くことになったわけだが、当初、私は短期間でここを出るつもりだった。  
住所不定では求職活動もできないから、とりあえずここを足がかりに、新しい住み込みの奉公先を探す。  
見つかればすぐにそちらへ、という青写真を描いていた。  
しかしその予定は、この部屋に引っ越してすぐ頓挫した。  
旦那様は、とにかく1人では何もできない人だったからだ。  
掃除洗濯は言うに及ばず、料理も買い物も、生活に必要なこと何もかも。  
これでは、とても旦那様を1人残しておさらばするなんてできない。  
部屋で孤独死などされてしまっては、寝覚めが悪くなる。  
まさか、旦那様を伴って住み込みに行くわけにもいかない。  
どこかのお屋敷で、またメイドとして働くという選択肢は無くなってしまった。  
旦那様には徐々に家事を覚えてもらうことにし、それまではアルバイトで食いつなぐことにした。  
履歴書と求人雑誌、そして精一杯の笑顔を用意して、雇ってくれる場所を探す。  
しかし、思いに反して求職活動は厳しい物だった。  
やる気は申し分ないのに、いくつもの不採用を食らわされ、柄にもなく落ち込んでしまう。  
旦那様の方は、大学で紹介された家庭教師のアルバイトをとっくに始めているというのに。  
この方に負けてしまったというのが、地味に私の胸に堪えた。  
あちこち足を棒にして歩き、そしてようやく、土曜日だけのアルバイト先を見つけ出すことができた。  
 
 
商店街を抜けた先に、観音様の大きなお社がある。  
毎週土曜日は縁日が行われ、中高年の参拝客がどっと押し寄せるのだ。  
その人達を当て込んだ、茶店の店員に雇ってもらえることになった。  
そこの女店員は、全員茶摘み娘の格好をしている。  
紺色の地に白の「井」の字模様の入った着物、赤いたすきと前掛け、頭は白い姉さんかむり。  
その服装でお茶や団子やおでんを運び、レジでお会計もする。  
コップ酒も出すが、参拝客だからあまり飲む人はいないという話だった。  
本当は月曜日からフルで入れるほうがよかったのだが、ともかく、まずはここで頑張るしかない。  
茶店のオーナーはこの商店街の役員だから、きちんと勤めれば平日の仕事を紹介してくれる可能性もある。  
信用を得るまでには、比較的採用条件の緩い短期の仕事を掛け持ちすることにした。  
接客でも工場でも、採用してもらえれば何でもやる。  
ピザや宅配寿司のチラシ配りのアルバイトも入れて、生活の足しにする。  
これなら空いた時間にできるから、都合がいい。  
 
 
池之端のお屋敷を出る時、私の荷物はほんの少ししかなかった。  
もともと服には関心が無く、同じ物を二日続けて着ても気にしない性質。  
荷物を全てトランクに詰めても、まだ余裕があった。  
そのため、隙間を埋めるようにメイド服を3着詰め込んで、お屋敷を出たのだ。  
いざとなれば、これを普段着に縫い直そうと思って。  
制服だから返却せよと言われるかと思ったが、幸いそこまでは求められなかった。  
エプロンやブリムをつけなければ、黒のワンピースとしても着ることができる。  
その目的で持ち出したわけだが、、私は結局、これを元の通りにメイド服として着ることにした。  
旦那様と接する時には、やはりこれを着ていたほうがいいと思ったのだ。  
メイドや執事のいたお屋敷のことを思い出し、早くあちらへ戻れるようにと願ってくれるように。  
旦那様の前で私服というのは、どうにも落ち着かないし、物事にはけじめも必要だ。  
そんなわけで、私は家事をする時は相変わらずメイド服を着用していた。  
メイド服、外に出る時は私服、土曜日には茶摘み娘の服。  
この3パターンを行ったり来たりして、私は毎日を過ごしていた。  
 
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「美果さん。今日は久しぶりに、その…。頼めませんか?」  
そんなある日の夕食時、唐突に旦那様が言った。  
ちなみに今日のメニューは、たこと大根の煮物、焼舞茸、豚汁、そして昨日の残りの煮豆だ。  
 
「はあ。別に構いませんけれど」  
目も合わせずに答えると、旦那様はお願いしますと言って、また食事に戻った。  
何を頼まれたのかというと、つまりその、そういう行為をだ。  
別に秘密にしていたわけではないが、私と旦那様は、お屋敷にいた時から男女の仲だった。  
とはいっても、愛し合って結ばれたのとは違う。  
名家の御曹司が外で間違いを起こさぬようにと、周囲の人間が私をあてがったのだ。  
こういうことは、大っぴらにはならないものの、池之端家と同じレベルの家ならよくあること。  
若くて後ろ盾のないメイドに、お相手として白羽の矢が立つものらしい。  
行儀見習いの娘なら、預かり物だということで、軽々しく手をつけさせるわけにはいかない。  
しかし、稼ぐだけの目的で屋敷に住まう使用人なら、立場も弱いのでそういう役目を与えやすい。  
だからアンタが選ばれたのよ、と以前に先輩のメイドがご丁寧に教えてくれたことがある。  
そのことについては、別に怒るとか嘆くようなことはしなかった。  
ただ、ふうんと頷き、その晩に閨に上がっただけ。  
もともと、将来の夫に初めてを捧げるなどという少女らしい夢など持ったことはない。  
仕事の延長というか、深夜勤務の一種のような感覚だった。  
17歳の時からお屋敷を出るまで、両手両足の指で足るくらいの回数、私は旦那様とベッドを共にした。  
変わったことといえば、毎月の給料明細に「技術手当」がつくようになっただけ。  
その名目に苦笑しながらも、くれる物はもらっておこうという程度に考えていた。  
 
 
このアパートに引っ越してからは、そういうことはしていなかった。  
旦那様は淡白な方のようだし、私が日々の暮らしに追われていたので、遠慮されていたものと思われる。  
もしかしたら、ご両親とお兄様の喪に服されていたのかもしれない。  
今日頼まれたのは、何か心境の変化があったからだろうか。  
考え事をしながら皿洗いをすませ、二番風呂に入る。  
旦那様は風呂上りにも何やら本や資料を相手になさることが多いから、まだ時間はある。  
風呂掃除と洗濯もすませてしまい、音を立てないように床の用意をした。  
敷いた布団の端に座り、私には分からない学問を相手にしている旦那様の背を、見るともなく見つめる。  
せわしなく本をめくり、資料に何やら書き付けたり、うーんと考え込んだりされている。  
それだけ見れば、普段のふわふわと捉えどころの無い人という感じはしない。  
ひとかどの、お偉い学者様の卵に見えてくるから不思議なものだ。  
もしかしたら、あれが旦那様の真の姿なのだろうか。  
普段とはまるで別人のように凛々しくさえあるその姿を見ながら、私は布団にぱたりと倒れこんだ。  
 
 
「ああ、すみません」  
本を閉じる気配がし、旦那様がこちらへ歩いてきた。  
「つい夢中になって。待たせてしまいましたね」  
布団に頬をつけている私の顔を覗き込み、旦那様がまた謝ってくれる。  
別に、待ち疲れてすねていたわけじゃないから、いいのに。  
「眠いですか?今日はやめて、明日にしますか?」  
「いいですよ、別に」  
色気もくそもない返事をして、体を起こして向かい合う。  
恋人同士だったら、わざとお預けしたりして、駆け引きの一つも仕掛けるのだろう。  
私達の間にはそういうものは必要ない。ただの行為があるだけだ。  
主従関係は本当はもう消滅しているのだが、まあ頼みを聞いてあげるのもいいだろう。  
「ありがとう、美果さん」  
こうやって、嬉しそうに微笑む旦那様の無邪気な顔を見るのも、たまになら悪くない。  
 
 
布団に横たえられ、さっき着たばかりのパジャマがはだけられていく。  
旦那様とは何度も夜を共にしてきたけれど、自分だけが裸というのは苦手だ。  
横を向き、シーツに指を滑らせて居心地の悪さをごまかした。  
しばらくして、自分の服を脱ぎ終えた旦那様が私の隣に横たわった。  
目を合わせてにこりと微笑まれ、心に違和感が生まれる。  
お屋敷にいた頃、旦那様は脱いだらすぐ覆いかぶさってきたのに、なんでわざわざ隣に来るんだろう。  
「あんまり見つめないでください、困りますから」  
「はあ…」  
普通、そういうセリフは女の方が言うものではないんだろうか。  
私が繊細さを欠いているぶん、旦那様が女の子っぽくなってしまったのかな。  
 
首を傾げていると、いきなり旦那様の腕にぐっと引き寄せられた。  
「きゃっ」  
思わず出た小さな悲鳴に、顔がカッと熱くなる。  
「美果さんに見られないよう、こうしておきましょう。しばらく我慢してください」  
旦那様の息が髪に触れ、ふわふわとくすぐったい。  
これは好都合だ。私も、この火照った顔を見られたくない。  
言われたとおりに、そのまま胸の中で大人しくすることにした。  
こんな風に抱きしめられたことなど、今まで無かった気がする。  
考えてみれば、親に抱きしめられたことさえ遠い昔だ。  
「いい子ですね、美果さん」  
旦那様の手が、髪や背の辺りを優しく往復し、その感触が心地良い。  
なんだか安心して、眠くなりそうだ。  
もぞもぞ動いて、旦那様にぴったりと密着する。  
肌全体に感じる温かさと旦那様の匂いに、言いようのない懐かしさを覚えて、鼻の奥がつんとした。  
「旦那様…」  
夢見心地で呼ぶと、体を撫でる手が止まり、はいという返事が聞こえる。  
「なんだか、とってもいい気分なんです。このまま寝ちゃいそう…」  
小さなあくびが出て、体の力が抜ける。  
このまま眠れば、すごくいい夢が見られそうな予感がする。  
返事が来ないのを不思議に思い、目だけ動かしてうかがうと、旦那様は困ったように微笑んでいた。  
「眠いですか。僕はその、美果さんをいい子いい子しているうちに、もよおしてきてしまったんですが」  
随分と、ムードぶち壊しのことを言うものだ。  
「トイレですか。それならどうぞ、行ってきてくださって構いませ…」  
「違いますよ」  
珍しく私の言葉をさえぎって、強い口調で旦那様が言う。  
「美果さんを抱きたくなったということです」  
耳元で囁かれたその内容に、びくりとする。  
そういえばそうだった。  
元々、今晩お願いしますと言われてOKしたのだ。  
それに、よく状況を見てみれば、さっきからお腹の辺りに何か固い物が当っている。  
「眠たいところ悪いですが、いいですか?」  
また囁かれ、首を縦に振って意思を伝える。  
もうこれくらいになっているのなら、どのみちすぐ終るに違いない。  
 
 
抱き締める腕をとき、旦那様が私の上になる。  
すぐ入ってくる…と思い込んで目を閉じたのに、下半身はそのままで、代わりに胸に何かが触れた。  
「えっ!」  
びっくりして目を見開くと、旦那様が私の胸元に顔を埋めていた。  
膨らみを優しく揉み上げられ、時折そこにキスもされて。  
今まで一度もこんな風にされなかったのに、今日は一体どうしたんだろう。  
何かあったのか尋ねようと口を開いた瞬間、突然胸に甘い刺激が走った。  
「あんっ…ん…あ、あ…」  
乳首に吸い付き、旦那様が舌を使ってきた。  
飴でも舐めているように口の中で転がされ、背筋がぞくぞくしてしまう。  
何だか変に落ち着かなくなる、そんなことしないでほしい。  
そう思うのに、心と裏腹に私の両腕は旦那様の頭を抱え込み、胸に押し付けていた。  
舌がそこに絡むたび、唇で柔らかく挟まれるたび、自分の腕に力が入るのが分かる。  
それだけじゃなく、妙な声が切れ切れに喉から出てきて、六畳間に響き渡るのだ。  
いつもの自分がどこかに行って、何か別の物に体を支配されているようだ。  
湿った熱の塊のような物が体の中心に生まれ、せわしなく疼いている。  
「旦那、様っ…ん…あん…」  
妙な声の合間に呼びかける私の二の腕を、旦那様の手が掴む。  
そのままさすられ、伝わる温もりがまた私に揺さぶりをかけた。  
こんな風に触れられるのは、不安になるからやめてほしい。  
でも、舌と唇の動きが止まると、体の心がキュッと切なくなって、やめてはいやだ…などとも思ってしまう。  
相反する2つの思いの間で、私はなすすべも無く、旦那様の良いようにされてしまっていた。  
愛撫らしい愛撫なんて、されたことなどあっただろうか。  
おそらく無いはずだ、だって私と旦那様の間にはそんなの存在しなかったもの。  
 
性欲の処理のためにとあてがわれ、体を貸してあげていただけ。  
少ない回数とはいえ、ずっとその状況が続いていたのに、どうして。  
体を支配する熱の高まりとは反対に、心が不安で満タンになって呼吸が苦しくなる。  
精一杯の力を振り絞り、私は上になった旦那様の体を押し返した。  
「美果さん?」  
きょとんとした様子で、旦那様が首を傾げる。  
その表情は、何かよからぬ企みをしているようには見えず、少しだけホッとした。  
「気持ち良くなかったですか?すみません、下手くそで…」  
叱られた子供のようにしおれられてしまい、別の焦りが胸に生まれる。  
旦那様に愛撫されていた時の自分の反応は、どう見ても気持ち良かったとしか思えない。  
むしろ、過ぎた快感に不安になって、私の方から逃げ出したわけで。  
こんな風に意気消沈されては、こっちも困ってしまう。  
「…あの、旦那様?」  
肩を落としている人に、おそるおそる呼びかける。  
「気持ち良かった、ですよ?だから、そんな風になさるのはやめてください」  
「本当ですか?」  
俯いたまま、旦那様が上目遣いに私の顔をうかがう。  
「ええ。むしろ、良すぎて怖くなっちゃって、その、つい…」  
ああもう、どうしてこんなことまで言わなけりゃいけないんだろう。  
私の抵抗などお構い無しに事を進める強引さが、少しでもこの方にあればいいのに。  
「そうですか、良かった」  
やっと顔を上げ、旦那様が安心したように笑う。  
もっとしっかりしてほしいと言いかけていたのに、その笑顔を見ると何も言えなくなってしまった。  
 
 
「じゃあ、続きをやります」  
宣言して、旦那様が私の下着に手をかける。  
ああ、これでやっといつもの流れに戻れるんだ。  
脱がせてもらうために腰を浮かせながら、ホッと息をついた。  
膝を旦那様の手が押し上げ、開脚させられる。  
そのまま一気に旦那様のアレが入ってくることを想像し、痛くないようにと身構えた。  
「えっ?」  
だがそこに触れたのは、想像していた物とは違う、熱くも固くも無い物で。  
閉じた目をまた見開き、一体どうしたのだと考えた。  
この感触は、指?  
他の人を知らない自分が言うのもおかしいが、旦那様のアレはそこそこの大きさだったはず。  
こんなに頼りない質感のわけが無い、やっぱり、触れているのはアレではないんだ。  
何で今日はこんなに違うことを…と疑問が浮かんだ時、旦那様が小さく呟くのが聞こえた。  
「上の方…。あ、あった」  
何が?と尋ねようとした瞬間、その辺りのひだが指で広げられ、外気に触れてヒヤリとする。  
今さら女の体を観察する気になったのかな、と奇妙に思っていると、突然電流が体を走った。  
「ひゃあっ!」  
お尻が布団から数cmも浮き、さっきみたいな声が出てしまう。  
心臓がばくばくして、いきなりのことに事態を把握しきれない。  
「あ、やっぱりこれですね」  
だから、何が?  
今度こそ聞き返そうとしたところで、また体中に電流が走ってお尻が跳ねる。  
乳首に吸い付かれていた時よりも、さらに体が反応してしまう。  
私は一体どうしてしまったんだろう。  
「ちょっと、大人しくしていてくださいね」  
言い聞かせるようにされて、はいと思わず返事をする。  
大人しくしろと言われても、体が勝手に跳ねてしまうんだからしょうがないのに。  
とりあえず、意識して体の力を抜き、また目を閉じた。  
でも。  
「あんっ…ひゃあっ…あ、ん…んっ…」  
旦那様の指が柔らかい場所に触れるたび、どうしたって声が出てしまう。  
アレが入ってくる場所の少し上に、何かとてつもなく敏感な場所があるみたいだ。  
そこに少しでも刺激が与えられるだけで、何とも言えない気分になってしまう。  
逃げようとしても、旦那様のもう片方の手が思いのほかがっちりと私を捕らえていて、体が動かせない。  
 
喘ぎながらシーツに爪を立て、きつく握りしめるのが精一杯だ。  
引っ越してきてこのかた、いつも私が主導権を持っていて、旦那様はそれに従ってくれていたのに。  
今の私には、およそ有効なことが何もできない。  
「あ…はぁ…」  
ようやく指が離れ、安堵の息をつく。  
何事もなかったように、急いで姿勢を整えた。  
でも、触れ続けられていた場所が、何かむずむずする。  
腿をすり合わせたくなるような、熱くて切ない感じ。  
足りない足りない、もっと刺激してほしいと求めている。  
それを旦那様に言うことができなくて、唇をグッと引き結んだ。  
「随分と、濡れてくるものなのですね」  
私に触れていた手を見つめて旦那様が言ったのを聞いて、頬にカッと血が昇る。  
「今までの僕は、相当手抜きをしていたということになる」  
小さく呟き、旦那様は私に覆いかぶさってきた。  
「ここに来るまでのことを謝ります」  
その言葉とともに、熱くて固い物が押し付けられ、私の中に入ってきた。  
圧迫感に喉から空気がしぼり出され、呻く。  
以前はつっかえながら入ってきたそれは、今日はやすやすと奥にまで到達した。  
「濡れている」から、こんなにするりと入ったのだろうか。  
「大丈夫ですか?」  
至近距離で旦那様が尋ね、頷いて応える。  
ちっとも辛くなくて、むしろ旦那様のが入って心地良くさえ感じているのだ。  
足りない足りないとさっき体が喚いていたのは、これのことだったのだろうか。  
「いいですよ、動いてくださっても」  
ふんわりとした幸せな気分で言って、旦那様の肩に抱きついて目を閉じる。  
お屋敷にいた頃は、両手はシーツの上が定位置だったのに、なんだかくっついていたくなった。  
「じゃ、いきますよ」  
律儀に宣言してくださってから、旦那様の腰が動き始める。  
最初はゆっくりだったのだが、瞬く間に大きく、激しい動きになってくる。  
少しの力仕事でへばってしまうこの人の、どこにこんなスタミナがあったのだろう。  
今の旦那様は、昼間とは全く違う、堂々とした男っぷりに満ちている。  
「んっ…あっ…あんっ、あ……」  
旦那様のアレが深く押し入ってくるたび、勝手に声が出てしまう。  
こすれあった場所から、熱を持った快感が絶え間なく湧き出してきて、思考を奪っていく。  
動きそのものは、お屋敷の時と同じく単調なものなのに。  
あの頃はついぞ感じなかった快感に飲み込まれ、私は心の中で悲鳴を上げていた。  
気がつけば、両脚が旦那様の腰に絡んで、もっととでも言うように引き寄せている。  
自分からこんな振る舞いに及ぶなど初めてのことだ。  
「旦那様…ん…あっ!」  
夢心地で呼びかけたとき、胸に温かく濡れた物が触れる。  
「やっ…。やだ、胸は…」  
身をよじって旦那様の舌から逃れようとしても、組み敷かれていては無駄な抵抗。  
乳首に甘い快感が走るたび、押し殺した悲鳴が上がって全身に力が入るのが分かった。  
つながっている部分も例外ではないのは、言うまでも無い。  
そこがギュッと締まるたび、中に入っている旦那様のアレの存在をいやでも認識してしまうのだ。  
「美果さんっ…」  
胸から顔を離した旦那様が、苦しそうに呼ぶ。  
私と一緒で、この人も今すごく気持ちいいのかな。  
そう思うと、なんだか旦那様のことが少し愛しく思えてきた。  
「あ、いけませんっ…もう…」  
旦那様が喉の奥で呻き、さらに腰の動きを速める。  
私も気を失わないようにすることが精一杯だった。  
「っ!」  
旦那様のアレが引き抜かれ、腿の辺りに何か液体が掛かった感触がする。  
体を責めぬいていた一切の圧迫が消え、私は大きく息をついた。  
 
 
飛び散った物を拭き終えた旦那様が、隣に寝転ぶ。  
布団はもう一組あるのに、そちらに移る気は無いようだ。  
「すみません、シーツを少し汚してしまいました」  
私が怒るのを恐れてか、旦那様が申し訳なさそうにする。  
「不可抗力ですから、構いませんよ」  
うるさく言う気がこれっぽっちも起こらなかったので、そう返事をした。  
そこで、今夜のことに感じた疑問が頭に再浮上してくる。  
「今日は一体、どうしたんですか」  
どうしても気になって問い掛けると、傍らの人は首を傾げた。  
「何がです?」  
「ええと、なんていうか…。お屋敷にいた頃は、私の体にあんまり触れられなかったじゃないですか」  
乱暴に扱われたわけではないが、言ってみればダッチワイフとかいう物と同じだったはず。  
さっきのように愛撫を受けて喘がされるなんて無かった。  
「僕達を見た者がいるのですよ」  
「えっ?」  
旦那様の意外な言葉に、頭の中に疑問符がいくつも浮かぶ。  
「学校の知り合いが、先日、並んで歩く僕達を見かけたと今日話しかけてきまして」  
「はあ」  
なんでそれが、今晩のことにつながるのだろう。  
要領を得ない説明にじれったくなって、私は体ごと旦那様の方を向いた。  
「分かるように説明していただけませんか?」  
「ええと。『随分と年下の女を連れていたようだが、ちゃんと満足させてやってるのか』と言われまして」  
「はい」  
「『いや、僕が不甲斐ないせいで、彼女はきっと不満だらけだと思う』と答えたのです」  
「はい」  
「『年上だから僕がリードしなければいけない立場なのに、彼女に頼りっぱなしでよく怒られる』とも」  
旦那様が申し訳なさそうに溜息をつく。  
「そう言いましたら『それでも男か!情け無い奴め』と一喝され、説教を受ける羽目になりました。  
カフェテリアでコーヒーをおごってくれたので、得をしましたが」  
「なるほど」  
だんだんと、話が見えてきたような気がする。  
「そのままでは彼女に捨てられるぞと脅されて、それは困ると僕は言いました。  
美果さんにここを出て行かれては、僕は3日ともたないでしょうから」  
これが、名家出身の成人男性の言うセリフだろうか。  
亡きご両親とお兄様が耳にされたら、きっとひどくお嘆きになると思う。  
「ここにいてもらう策はないかと尋ねると、知り合いは何やら意味ありげな笑いを浮かべました。  
『お前がその気なら教えて進ぜよう』などと言って、コーヒーをもう一杯おごってくれて」  
「はい」  
「女の子に接する時のコツを、微に入り細に入り教えてくれたのです」  
「それが、さっきのあれだってわけですか」  
「分かって頂けましたか」  
よかった、と旦那様がにっこり笑われる。  
つまり、セックスの技巧で手なずけろということじゃないか。  
自分がとても安い女に見られたようで、急にムカムカしてきた。  
いつもと違う旦那様の姿に、はからずもきゅんと胸が疼いたのが恥ずかしい。  
 
 
「『女の子というのは、気持ちを態度で示さないと不満がる』と、知り合いは言ったのです」  
怒鳴りそうになった私の耳に旦那様の言葉が飛び込んできて、気勢をそがれた肩から力が抜ける。  
私に対して、この方はどんな気持ちを抱いているというのだろう。  
「屋敷で美果さんとさっきのようなことをしている間、僕は特に何も考えていませんでした。  
仕事の一環としてああいう行為をお願いすることに、漠然とした申し訳なさは感じていましたが」  
「そう、だったんですか」  
確かに、以前の旦那様とのセックスは機械的で、無味乾燥な物だった。  
普通の女の子なら、きっとひどく傷ついていただろうと思う。  
「2人で暮らすようになって、僕はお世話になりっぱなしで心苦しく思っていました。  
とは言いましても、急に頼りがいのある男になれるわけでもないし、お金も天からは降ってこない。  
あなたへの感謝をどうやって表したら良いのか、このところずっと考えていました」  
そんなこと、私は全く気付いていなかった。  
順応性の無い方だと心で悪態をつき、苦々しく思うだけだったのに、こんな風に考えていてくださったなんて。  
 
「今日、彼と話をして思いついたのです。  
美果さんが喜んだり、気持ち良くなるように取り計らうのも、感謝の表現として悪くはないと」  
「…はい」  
確かに、さっきの抱擁と愛撫はとても気持ち良くて、嬉しかった。  
あんなのは生まれて初めてだったから。  
「そう思ったから、今日お願いしたわけなんです。  
美果さんのためなどと思いつつも、途中からは僕自身もすごく気持ち良くなってしまいましたが」  
「えっ?」  
「あなたの反応を見ていたら、気分が盛り上がって、考えていたことの半分くらいしか形にできませんでした」  
旦那様は、後半分は何をするつもりだったのだろう。  
問いたいような、問いたくないような…。  
「初めて美果さんと過ごした夜を、やり直したい気分になりました。その次も、次の次も」  
「なんでですか?」  
「僕は自分のことだけで頭が一杯で、あなたの気持ち良さというものを全く考えていなかった」  
頭を緩く左右に振り、旦那様がまた肩を落とす。  
「過ぎたことですから、別にそこまで嘆かれなくても」  
「しかし、僕が至らないせいで、不満足な思いをされたのでしょう?」  
「それは…」  
仰るとおりだが、それを今言うと、この方はまた落ち込んでしまうだろう。  
「私だって、より良いものにするための努力を怠っていたわけだから、お互い様ですよ」  
フォローするべく言って、旦那様の様子をうかがう。  
されるがままのマグロ状態だったんだから、偉そうに言える立場ではない。  
「気付かなかったことに気付けたんですから、いいじゃないですか」  
「そうですか?」  
「ええ、家事と同じです。世界が広がったんだから」  
「そう言って頂けると、気が楽になります」  
 
 
うまくなだめてホッとしたところで、先程仰った言葉を思い出す。  
「旦那様。今のままでは私が逃げるって、そう思われたんですか?」  
小さく尋ねると、はいという返事が聞こえた。  
「別に逃げませんよ。それなら、同居3日目くらいでとっくに実行しています」  
最初の頃の、惨憺たる有様を思い出して言う。  
「私はこれでも情に厚いんです。一人で何もできない旦那様を放って出て行くほど、鬼じゃありません」  
ここに来るまでは、次の職場を決めたらさっさと出て行くつもりだった。  
それができなくなったのは、同居するうち、心のどこかでこの方と暮らすことを喜んでいたからだろう。  
亀より遅い速度ながら、旦那様が生活に必要なことを身につけていく過程を見るのが楽しかった。  
僕の学校を案内しましょうと、大学に連れて行ってもらったのも嬉しかったし。  
「そうですね。美果さんは口が悪いが、なかなか優しいところがある」  
私の髪を梳くように撫でながら、旦那様が言う。  
「もっとしっかりしてくだされば、私もガミガミ言いやしませんよ」  
見透かされているようで、ムッとして言い返す。  
「もっともです。全ては僕が至らないから、あなたが口をすっぱくして叱りつける羽目になる」  
少し沈んだ口調で旦那様が言った。  
最近はかなり成長してくださったんだから、そこまで落ち込んでくれなくともいいんだけど。  
「これからもっと叱られても、泣かずについていきますから。遠慮しないで躾けてください」  
まるで新妻が姑に言うようなことを旦那様が口にする。  
「分かりました。びしびしいきますから、覚悟しておいてください」  
そう返事をしたところで、あくびが1つ出て、まぶたが勝手に下りてくる。  
今日はいつになく疲れてしまった。  
 
 
「昼間の話では、もっと、女の子を喜ばせる方法があるそうですよ」  
「…はい?」  
眠りに落ちる直前に聞こえた旦那様の声に、夢うつつで応える。  
「さっきの場所を舐めると、女の子はそりゃあもう大変、になるのだそうです」  
「さっき、って…。胸じゃない方ですか?」  
「ええ、下半身の方ですね。そのうち試しましょう」  
旦那様の言葉に眠気が吹っ飛び、慌てる。  
「何言ってんですか。あんなとこ、汚いじゃないですか!」  
あの場所に、旦那様の顔が近付いて舌が触れるなんて、考えただけで恥ずかしくて死にそうになる。  
「汚いと思うなら、洗えばいいじゃありませんか。何なら僕が洗ってあげましょうか?」  
「はっ?」  
「ご自分ではやりにくい場所だというのなら、僕が手伝いましょう」  
普段世話をしてくれるお礼にね、と旦那様が言う。  
「ちゃんと自分で洗えますよ。私を旦那様と一緒にしないでください」  
赤ん坊じゃあるまいし、洗ってもらうなんて絶対にいやだ。  
明るい風呂場であんな場所を見られるなんて、耐えられないと思うもの。  
「そうですか。それでは楽しみにしています」  
クスッと笑って、旦那様が目を閉じた気配を感じる。  
「ではお休みなさい」  
「…お休みなさい」  
心臓のドキドキが止まらない私を置いてけぼりにして、お休みのあいさつをされてしまう。  
私としたことが、今日は旦那様に押されっぱなしになってしまった。  
頼りがいのある人になってほしいと望んでいたけど、こういうのとは違うのに。  
妙な方向に成長しそうになっている主人のことを嘆きつつ、自分も寝ることにした。  
 
- -続く - -  
 
 

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