11月も半ばを過ぎ、街には冬の気配が日ましに強く漂いはじめた。
商店街には早くもクリスマスの飾りつけがなされ、おもちゃ屋や宝飾店の商売にも気合が入っている。
そんな折、我らが海音寺荘207号室には、家具が一つ増えた。
すきま風がどこからともなく吹き込むのに耐えかね、電気こたつを買ったのだ。
本当は石油ストーブにしたかったのだが、旦那様に火を扱わせるような無謀な真似はできない。
まだまだ灯油も高いということで見送って、あの方が使っても安心なこたつにした。
とはいえ、買えたのは本体だけで、こたつ布団には寝具のそれを使っている。
一式を新調するほどの余裕は、まだうちには無い。
寝るまでの時間はどちらか一方の布団をかぶせ、夜にはこたつを畳んで布団は床に。
面倒なように思うが、布団が温まることで干したのと同じような効果があり、これはこれでいいものだった。
こたつがアパートに来た日、旦那様はものの数分でこれのトリコになってしまった。
「こんな素晴らしいものがこの世にあったとは、蒙を啓(ひら)かれたような気持ちです」と言って。
いくら何でも大げさだと思うのだが、本人はいたって大真面目らしい。
考えてみれば、池之端家のお屋敷にこたつは無かった。
あちらの暖房といえば、暖炉にエアコンで、床暖房完備の部屋もいくつもあった。
言ってみれば、部屋のごく一部を暖める家電なんかは不要だったのだ。
つまり、旦那様はこたつという物の存在自体をご存じなかったということになる。
こういう時、あの方と自分との育ちの違いを実感する。
私の実家にはもちろんこたつがあり、母が生きていた頃は、家族で囲んでみかんを食べたりトランプをしたりした。
どうしてもこたつで寝ると言い張って眠った私を、親がベッドに運んでくれたという経験もある。
継母が来てからは、私には団らんなんて一切関係なくなってしまったけど。
そんなわけで、旦那様はアパートにいる時のほとんどをこたつで過ごすようになっていた。
電源を切ったままでも、入っていることもあるくらいだ。
天板の上に本やノートを一杯にし、私には分からない学問と取り組んでおられる。
旦那様曰く、通常の暖房だと頭がぼうっとするのだが、こたつだと思考がクリアになるらしい。
僕にぴったりな機械ですと断言して、あの方はこたつにべったりの毎日を送っていた。
今日はここで寝ますと言い張られ、私が叱りつける日もたまにある。
お屋敷にいた頃と比べ、私の中の旦那様のイメージは大きく変わった。
お金持ちで苦労知らずの、鷹揚な性格のお坊ちゃま。
根元の所は変わらないが、あの方は意外に庶民的な部分があるようだ。
いい物を小さい頃から食べていらっしゃるから、私の作る食事などお口に合わないと思っていたのに。
よっぽどの失敗作以外は、問題なく食べてくださる。
むしろ、「食味の範囲が広がって楽しい」といった意味のことを仰ることもあった。
特に五目豆の中のゴボウの歯触りがたまらないのだと、目を細めて力説されたこともある。
こんな地味な煮物は、お屋敷にいた頃は口にされていなかったから、珍しいだけなのかもしれない。
しかし、作った物を美味しいと言われるのに悪い気はせず、私はしばしば旦那様のリクエストに応えた。
家事のことに関しても、旦那様は変化をお見せになった。
私があれこれ立ち働くのを見るうち、あの方は自分もやってみようと考えるようになられたようだ。
ある時、帰りが遅くなった私がアパートのドアを開けると、ガス台の五徳の上でサンマが焼かれていた。
戻った私が忙しくしなくて済むように、魚だけでも焼いておこうと旦那様が気を利かせてくれたらしい。
しかしあの方は、魚焼きグリルの存在に気付かず、フライパンで焼くという発想も無く。
ガス火の上に直置きされ、旬を迎えてピカピカだったサンマは、哀れ頭と尾だけが残った惨めな姿になっていた。
この日はしょげて小さくなっている旦那様を慰めながら、無事だったもう一匹を分け合って食べた。
ガス台の掃除に、たいそう骨を折ったことも覚えている。
それからも、思い出すだけで頭をかきむしりたくなる失敗をいくつもされた。
後始末をするのは当然私で、腹が立ったのだが、少しでも役立とうとあの方がお考えになっているのだけは承知していた。
だから強くも言えず、どうしたものかと考えたものだ。
ご自分も家事に挑戦しようとなさっている、やる気の芽を摘むわけにもいかない。
どうすれば互いの不利益にならないか考えた挙句、私がまず八分通りやった仕事に手を加えてもらうことにした。
私が干して取り込み、より分けた洗濯物を畳んでもらう。
私が洗って拭いたお皿を、棚に片付けてもらう。
お一人にせず、私の目が届く場所でまずは手伝ってもらうことにした。
そうすれば、頭を抱えたくなるような失敗は回避できる。
これは思いのほか功を奏し、胸をなで下ろした。
食事の盛り付けをお願いした時は、さほど口を出さなくても中々堂に入った仕事をされた。
お抱えのシェフがいるお屋敷に生まれ育った方は、やはり違う。
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ここのところ、私は商店街の中にあるケーキ店でクリスマスケーキの予約受付のバイトをしていた。
当日はお店が大変になるから、事前に予約してもらった方が店側としても助かるのだ。
その方がいくらかお得になるということで、案外多くのお客さんが注文に訪れた。
見本ケーキの写真を提示し、何のフルーツを使って、大きさはこのくらいで…と説明する。
口八丁手八丁で喋りまくって押す方法が意外に当り、注文率は良かった。
ケーキ屋の店長も褒めてくれたが、しかし、ミニスカサンタの格好で注文をとるのはどうなんだろうか。
道行く人に聞こえるよう、店外で呼び込みをする時は、自分が別の商売のお姉さんみたいに思えた。
私が売っているのはケーキだから後ろめたくないはずなのに、何だかどことなく場違いのように思える。
茶店での茶摘み娘の格好といいこれといい、オーナーの趣味なのだろうか。
合点がいかないが、とはいえ、通常の生活で着るチャンスがない物を着るのはちょっと楽しい。
襟や袖とスカート裾に配されたボアがふわふわで気持ちよく、肌触りもいいし。
服にさほど興味を持たない私でも、実はこの格好をするのは満更ではないのだ。
裾が短くて、ちょっと寒いのが唯一の難点だったけれど。
それ以外は帽子や茶色のブーツに至るまで、結構気に入っていた。
本日も夕方まで働き、帰りがけに商店街で夕飯の買い物をした。
カレイが安かったので煮つけを作ることにし、2切れ買ってアパートに帰る。
旦那様はもう部屋にいて、またこたつに入って本や書類とにらめっこをしていた。
「ただいま帰りました。すぐご飯の用意をしますから」
後姿へ呼びかけ、着替えて台所に立つ。
返事が無いのが気になるが、書き物に熱中しているからだと思うことにした。
カレイの煮つけを作る間、キャベツの炒め物と焼き油揚げ、大根の味噌汁も作る。
全て出来上がったところで、ちゃぶ台へ持っていった。
「旦那様、できましたよ」
呼びかけ、こっちへきてくれるように頼む。
一応のけじめとして、食事中はこたつに入らないというルールを設けていた。
「冷めちゃいますよ?食べましょうよ」
まだこちらに背を向けている旦那様に、もう一度呼びかける。
そこで小さく返事をした旦那様は、ようやく膳の前にやってきた。
心に小さな疑問を置いたまま、箸を動かす。
カレイの煮付けは旦那様の好物の一つだから、少しくらいコメントがあってもいいはず。
しかしあの方は、押し黙ったまま静かに食べるばかり。
よもや味付けを間違えたかと思ったが、自分の分を食べても変な味はしない。
なのに会話も弾まないなんて、今日はやっぱり変だ。
でも理由を尋ねづらくて、静かな雰囲気のまま食事を終えて洗い物をした。
またこたつで勉強をしている旦那様を横目に見ながら、空になったちゃぶ台に自分の物を広げた。
最近、私は夜の空いた時間に内職をするようになった。
あの台風の日に思い立ったのだが、しばらくするとその当てが向こうからやってきたからだ。
商店街内の雑貨店の店主が、小中学生向けのアクセサリーの販促POPを描かないかという話を持ってきたのだ。
最近ちまたで子供達に流行の兆しを見せている、安くて可愛いヘアアクセサリー、ペンダントやピンバッジ。
店主はこれをいち早く仕入れたはいいが、雑貨店に来る子供は少なく、思うように売れない。
そこで私に「若い人のセンスで、子供が目に留めて店に入ってくるようなのを描いて」と頼んできたというわけ。
試しに一枚だけ描いてみると評判がよく、特に小学生がスポンサーの祖父母を連れて買いに来たらしい。
気を良くした店主に「もっと描いてくれないか、一回いくらで買うから」と言われ、引き受けたのだ。
私は小中学生の頃、絵はそれなりに得意で、県や市で賞をもらったこともある。
本格的な販促となると手も足も出ないが、子供の目を引く程度のものなら何とかなるレベルらしい。
雑貨店から借りてきた、様々なポスターカラーや字体の本を見て、アイデアを絞って考える。
アクセサリーの写真を撮って、雑誌の切り抜き風に貼り付けることもある。
やっとできたディスプレイの前に子供のお客さんが立って、買ってと保護者にねだっているのを見るのは嬉しい。
どんな形にせよ、人の心をとらえるのは中々いいものだと思う。
金額的には微々たる物だったのだが、それなりに楽しいので、しばらくはこれを内職にすることに決めた。
旦那様はこたつで勉強をしているので、食事の時以外、ちゃぶ台は私専用にできる。
そんなわけで、最近ちゃぶ台には、紙だのハサミだの光るシールだのが乗っていることが多くなっていた。
「美果さん」
絵に夢中になっていた時、旦那様の声が不意に耳に届いた。
もう、せっかくグラデーションの大事な所に取り掛かっていたのに。
しぶしぶ返事をして顔を上げると、あの方がじっとこちらを見ていた。
勉強はもう済んだから、お茶でも入れてほしいのかな。
「ご用ですか?」
「ええ。こちらに来てください」
六畳間にこたつとちゃぶ台を置いて、空きスペースはわずか。
こちらも何もないのだが、言いつけどおり、絵の道具を置いてそちらへ行った。
旦那様は、まだ機嫌が直っていないのか、夕食の時と同じに少々難しい顔をしている。
「今日、僕は商店街の中を通って帰ってきました」
私が座るのを待って、旦那様が話し始める。
「そうだったんですか」
「ええ。ケーキ店の脇を通った時、あなたが働いていらっしゃるのが見えました。
ああして毎日頑張ってくださっているからこそ、今の生活があるのです。僕一人の稼ぎでは、とても」
「はあ」
「このことに関しては、いくらお礼を言っても言いすぎだとは思いません。ただ」
続きを言おうとして、旦那様が一瞬口ごもる。
何だろう、気になる。
「あれは、いけません。あの、今日していらっしゃった格好は」
私をじっと見つめ、旦那様がいつになく真剣に訴えかけてくる。
「今日の格好?」
「そうです。あの、赤と白の」
「えっ?」
サンタの衣装が気に入らないとでも言いたいのだろうか。
「だって、あのバイトはあれが制服なんですよ?」
「ええ、それは百も承知しています。美果さんが自ら望んであれを着ていらっしゃらないということも」
それがですね、本人は中々気に入っていて、満更でもないんですけど。
そう言おうか迷ったが、よけいに話がややこしくなりそうでやめた。
「可愛くありませんか?シーズン的にも、これから寒くなっていくんですし」
別の方向から話を切り込み、旦那様の真意を探る。
「だからです!」
旦那様がこたつの天板を叩き、痛かったのか顔をしかめた。
「これからもっと寒くなるのに、何ですかあの格好は!頭と上半身は暖かそうですが、下半身が冷えるではありませんか」
「はあ」
「冷えは万病の元と、古来から言い習わしているでしょう。女性には大敵だと」
「あ、聞いたことあります」
「そうでしょう。美果さんは女の子なんですから、特に気をつけねばなりません」
珍しく語気を強め、旦那様が矢継ぎ早に主張する。
僕は年上ですから、あなたの行いを正す義務があるとまで言われてしまった。
私は勢いに飲まれ、いつもとは立場が全く逆のまま、大人しく話を聞く羽目になってしまった。
「大体ですね、あんな短いスカートは、破廉恥です」
「えっ?」
「この辺から下が、見えていたではありませんか。男を刺激していると思われても仕方ない格好です」
旦那様がご自分の太股の真ん中辺りに手をやり、スカートの裾丈について苦言を呈される。
「そういった輩にも、首尾よくケーキを売りつけてますから、大丈夫ですよ」
「購買力のなさそうな、男子高校生のような者にも、ですか?」
「いえ…」
そういえば、数名のそういう子たちにまじまじと見られ、顔をしかめたことはある。
このスカート丈に違和感を覚えたのは事実だ。
池之端家時代から慣れ親しんだメイド服は、スカートが膝下丈のごくクラシックなデザインをしている。
そのイメージがあるから、あれが必要以上に短く感じられるのかもしれない。
「旦那様。私くらいの年頃の子なら、私服でああいうスカートをはくものですよ?」
逆鱗に触れないことを願いながら、恐る恐る言う。
この方にこういう言い方をするなんて、初めてかもしれない。
「私は、旦那様と一緒にいる時は裾の長いメイド服ですから。
見慣れないから、妙にお感じになられているだけなのでは、と思うんですけど…」
メイド服、パジャマ、土曜には茶摘み娘の格好。
布面積の多い3パターンの服を行き来する私の、普段見慣れない脚にこの方の免疫がないだけに違いない。
「あのバイトは、時給がいいんです」
むっつりと黙った旦那様に、別の観点からさらに語りかける。
「これからどんどん寒くなってきますから、上着の一枚も買おうと思っていたんですけど。
その前に、こたつを買ってしまいましたから」
使用人の寮でさえ住環境が整っていた池之端家と、ここでは全く違う。
「予定外の出費でしたから、お金が必要なんです。冬に向けて、光熱費も上がりますから」
旦那様がご不快になられるとしても、あのバイトをやめるわけにはいかない。
せっかく商店街の中で仕事をもらえるようになったのだから。
「あのバイトをやめるとなると、その分収入が減りますから。それを古道具屋に売っ払わなければいけなくなります」
こたつを指し示して言うと、旦那様の顔色がサッと変わった。
「これを、売るんですか」
「ええ。家計的にはそうなりますね」
「…」
旦那様がこたつの天板をぎゅっと握り、明らかに動揺する。
よほど、これが気に入っているということがうかがわれた。
「生活のためとはいえ、女性の品格を切り売りするような真似をさせて、誠に申し訳ありません」
こちらに向き直った旦那様が、深々と頭を下げる。
「家計のことまでは、考えが及んでいませんでした。恥ずかしいです」
そんなに改まって謝られると、こっちも困ってしまう。
女性の品格だなんて、そこまで話を大きくしなくてもいいのに。
「分かっていただければ、いいですから」
私も一応頭を下げ、それでこの話はおしまいになった。
ちゃぶ台の前へ戻り、また絵に取り組む。
きりがいい所でやめて道具を仕舞い、できた絵を乾かした。
明日雑貨屋に持っていって、さっそく渡してこよう。
そう決めてお風呂と洗濯を終え、2人分の布団を並べて敷く。
今日こたつに使ったのは旦那様の布団なので、ふかふかしていていい気持ちだ。
実は少し羨ましい…と表面を撫でて残る温もりを堪能していると、旦那様がじっと私を見ているのに気付いた。
「美果さん、僕の布団で寝られますか」
「えっ?」
旦那様が、掛け布団をめくり上げて言ってくれる。
一日押入れに入っていた自分のより、こたつで温まったあの方の布団の方が寝心地が良さそうだ。
「いいんですか?」
「ええ、僕は構いません。むしろ歓迎です」
にっこり笑ってくれた旦那様と2人で布団に入る。
寒い時特有の、布団の中で身を縮こめる時間がないというのは幸せだ。
ふうと息を吐いて体の力を抜くと、肩にふと旦那様のお手が触れた。
右を向くと、あの方は妙にもじもじとしている。
これは、夜の誘いをかけようとする時の癖だ。
男なんだし主人なんだから、もっときっぱりとした態度で誘ってくれればいいと思うのに。
まるで怯えてでもいるかのように、目を泳がせて挙動不審になっている。
手ひどく断ったことなどないのに、なんできちんと言ってくれないんだろう。
「それではお休みなさいませ」
いささか面倒になり、布団をかぶり直して背を向ける。
えっ、と旦那様がびっくりした声が小さく聞こえた。
それには気付かぬふりで、呼吸をゆっくりにして眠ったように見せかける。
しかし意識は背後にいる人に集中させ、出方を待った。
横向きで寝ている私の髪を、旦那様がそっと撫でてくる。
そして首筋に口づけられ、反応しそうになって慌ててこらえた。
狸寝入りがばれてしまっては、ちょっと気まずい。
んっと身じろぎして布団をつかみ、寝たふりを続ける。
旦那様が嘆息したのが聞こえ、そして、お手が私の胸に回ってきた。
パジャマの上から膨らみを柔らかく揉まれ、手の平ですくい上げるようにもされて。
布を隔てていても感じてしまい、そこから意識をそらせなくなってしまった。
私を起こすのが忍びないから、触れるだけにとどめておこうというおつもりなのか。
えらく殊勝だ…と思ったその時、旦那様の指がパジャマのボタンを外し、肌に触れられた。
今度は直接触られて、呼吸が荒くなるのを必死でこらえる。
一旦狸寝入りをしたのだ、今さら起きるのもどうかと思う。
でもその方がいいのか…と、頭の中が大混乱になった。
旦那様のしなやかなお手で肌を撫でられると、ひどく心地がいい。
もっと、ずうっとこうしていてほしいなどと、はしたなく願ってしまうこともたまにある。
でも今はちょっと困る、と思ったその時、不意に旦那様の指が私の乳首をかすめた。
「あっ!」
体が硬直し、思わず声が漏れてしまう。
刺激されたそこは熱を持ったようになり、その切なさに溜息がこぼれた。
「す、すみません。起こしてしまったようですね」
焦ったのか、私の胸を包む手はそのままに、旦那様が早口で言う。
ずっと起きてましたよとは言いにくくて、はあとかいえとか、口の中でもごもごと返事をした。
「あの、美果さん…」
旦那様がきまり悪げに呟く。
私の眠りを妨げた(と本人は思っている)のはすまないけど、体を重ねるのを諦めきれないのか。
背後で苦悩しているであろうお姿を思うと、なんだかとてもおかしくなってしまって。
私は体に回ったあの方のお手をつかみ、自分の胸に押し付けた。
「したいんですか?」
短く問うと、旦那様がうっと言葉に詰まる。
「ちゃんと言ってくだされば、むげに断るなんてしませんから」
だから、態度をはっきりさせてほしい。
女にこんな質問をさせるなど、本来はあるまじきことだと思う。
「お願いしても、構いませんか」
遠慮がちに呟き、旦那様がまた私の首筋に口づける。
僕は年上だから…と気負っていた、さっきのこの方はどこへ行ってしまったんだろう。
台風の日に怖がる私を抱きしめてくださった時は、とても大人で、頼もしくさえ感じたのに。
でもまあ、いいか。
求められるというのは、これで中々に心地がいいものだから。
「いいですよ。あれ、持ってきてください」
段取りを考えておられないに違いないので、あらかじめ言って促す。
それを聞いた旦那様は、はいと頷いて、引き出しへいつもの物を取りに行った。
「残り、3つになっていました」
目的の物を手にした旦那様が、呟きながら戻ってくる。
「そうですか。じゃ、買ってきてくださいね」
ふてぶてしい私だが、さすがにゴムを買うのは恥ずかしい。
やはりここは「年上」であるこの方にお願いしようと思う。
「僕が、ですか」
「ええ。減りが早いのは、旦那様の責任ですから」
私の言葉に、旦那様がまたもじもじと恥ずかしがる。
お屋敷にいた頃は月に1度あるかないかだったのに、このアパートに移って以降は週に1〜2度のペースになったから。
私から誘うことはないので、減りの早さに関してはこの方に原因の全てがある。
「分かりました。美果さんが気に入るような、良い品を買って参りましょう」
これに、良い品とか悪い品とかあるのだろうか。
頭の中に疑問符を一杯飛び交わせていると、上を向かされ、旦那様が覆いかぶさってくる。
私は目を閉じ、与えられたキスを静かに受けた。
普段はやかましくこの方をせっつく口を、本人自身に塞がれている。
それが何だか不思議に思えた。
角度を変え、旦那様が何度も唇を重ねてくる。
いつのまにか、私は旦那様の体に腕を回して抱きついていた。
この方と体を重ねるたび、キスが長くなっているような気がする。
ただ唇がくっつくだけなのに、何だか体が妙に熱っぽくなってくる。
唇まで温まってしまい、それが旦那様に伝わって、私のこの状態が知れてしまうのではないかと思えた。
ようやく唇が離れてそっと目を開けると、旦那様にじっと見られていたことに気付く。
寝顔やキスの時の顔を見られるのは、あまり嬉しくない。
「どうかしましたか」
ゆっくりと目をそらして枕に頬をつけると、尋ねられて返答に困った。
「どうもしません」
わざとぶっきら棒に言って、視線を戻す。
再び目が合った旦那様は、小首を傾げていらっしゃった。
私より、よっぽど可愛いしぐさをなさる。
それが何だかしゃくだった。
「続き、しないんですか」
「もちろん、するつもりです」
せっかくご了承いただけたのですからね、と重ねて旦那様が言う。
頷くと、パジャマのボタンに手がかかり、素早く前が開かれる。
さっき半分ほどボタンが外れていたので、たやすかったに違いない。
「あ、んっ…」
胸の膨らみに旦那様が口づけ、私は小さく声を上げた。
刺激になれない場所に触れられると、どうしてもそうなるのだ。
くすぐったさに耐えかね、パジャマの袖をギュッと握りしめて唇を引き結ぶ。
それでも、与えられる刺激に時折身じろぎし、吐く息が荒くなった。
「あっ!」
旦那様が私の乳首に吸い付き、舌でなぶられて高い声が出てしまう。
いきなりのことだったので、我慢がきかなかった。
「んっ、あ…やんっ…ん…あん…」
自分の声でないような、鼻にかかった甘い声が六畳間に響く。
体がわななき、シーツが乱れるのを背中に感じた。
「可愛い声ですね」
上目遣いに旦那様がこちらを見、のどかに呟く。
全く余裕を失っていないその態度が、少し小憎らしかった。
「普段は旦那様の方が可愛いですよ」
ムッとして言うと、また小首が傾げられる。
「男が可愛いと言われた場合、果たして喜ぶべきなのでしょうか」
それは、人によるんじゃないでしょうか。
とは言いかねたので、小首を傾げ返してごまかした。
また、旦那様の唇が私の胸に触れる。
両方を代わる代わるに愛撫されて、私はどんどんと追い詰められ、声を何度も上げた。
口をつけていないほうの乳首が、指で優しく撫でられるのがまたたまらないのだ。
時折キュッと摘まれると、どうしていいか分からなくなってしまう。
息が乱れ、じっとりと湿った熱の塊が、体の中心に生まれてくる。
それに瞬く間に意識を持っていかれ、平常心がすっかり鳴りを潜めてしまった。
気持ちいい、もっと触ってほしい。
口に出すのも憚られるその願望が、全身に満ち満ちていた。
「旦那様…あっ…あんっ…あぁ…」
胸に顔を埋めている人を引き寄せ、せがむように腕に力を込める。
構いませんよとかいいですよとか、こうする前に少し偉そうだった自分は、もうどこかへ行ってしまった。
旦那様が胸から顔を上げ、ほうっと息をつく。
私も呼吸を整え、目をせわしなくパチパチとさせた。
「やっぱり、美果さんは可愛いですよ」
ごく普通のトーンで旦那様が言い、布団の足元へと下がる。
そんな言われ方をしてしまうと、逆に恥ずかしくなってしまうじゃないか。
もしかして、わざとこういう言い方をして、私を回りくどくからかっているのだろうか。
頭の良いお方だから、もしかしたら…と思いつつ、パジャマのズボンを脱がせてもらう。
かかとが引っ掛かり、あれ?と間抜けな声を上げ格闘している人を見て、先程の疑念がやはり間違っていたことを知った。
ようやくズボンが抜け、旦那様がそれを畳んで置く気配がする。
脱いだ物を散らかさないようにと言ったら、こういう時まできちんとしてくれるようになった。
かかとの下に手を添えられ、持ち上げられる。
足の甲に柔らかい感触がし、びっくりして顔を上げると、旦那様がそこに唇を寄せていた。
「な、何やってんですか、そんなとこ!」
足に口づけられるなんて、私は女王様じゃない。
「どうしてです?すべすべしていて、白くてきれいですよ?」
太陽を浴びない場所だからでしょうか、と旦那様がまた暢気に言う。
なるほどそうかもしれないが、足に口づけられるなんてと思い直した。
「主人が、メイドの足にキスするなんておかしいでしょう」
倫理面から責めてみても、旦那様は表情を変えなかった。
「おかしくはないでしょう。したいと思ったから、したまでのことです」
そう言われてしまっては、返す言葉が見つからない。
はあとかええとか、相槌にもならない返事をした。
足など他人に触れられたこともないし、自分ですらお風呂の時くらいしか触れない。
普段ここを意識することがないぶん、キスなんかされるととても驚くのだ。
旦那様が、足の甲から足首に向けて唇を滑らせてくる。
手で撫でられるのとはまた違う感触で、背筋がぞくぞくして落ち着かない。
時折微かな音を立てて吸いつかれ、そのあたりが少しピリリとした。
唇が離れても、熱が仄かに残っているように思われた。
行きつ戻りつしながら、旦那様がだんだんと唇で私の脚を這い登ってくる。
もっと上に来たらどうなるのか、何をなさるのか。
想像しただけでお腹の奥がキュッとなって、膝が震えた。
太股まで上がってきた唇の気配が、ふと遠のく。
少し身を起こして見つめると、旦那様はわずかに難しい顔をして私をご覧になっていた。
どうしたんだろうかと不思議に思っていると、ややあってその口が開かれた。
「やはり、他の者が美果さんの脚を見るのは、愉快ではありません」
一人ごちるように呟かれた旦那様の言葉が、静かな六畳間に響いて消える。
「美果さんの脚を見るのは、僕一人で十分です。そうは思われませんか」
どうして?と問いたかったが、うまく言葉にならなかった。
「あの衣装を着るのも賃金の一部であることは承知ですが、これが僕の偽らざる気持ちです。
あまり、よその男に見せびらかしてはいけません」
そんな、ほれ見ろと誇示したくなるほどの脚線美は持ち合わせていないのに。
よほど執着があるのか、旦那様は憮然とした表情で私に言い聞かせた。
そしてまた舌と唇で私の脚を這い登り、とうとう一番上まで到達してしまった。
「あ…」
旦那様の指が下着の上からそこに触れてくる。
いつの間にかずいぶん濡れていたようで、湿った音が微かに聞こえた。
「ん…っは…あ…」
布一枚隔てているはずなのに、まるで直接触れられているみたいに感じてしまう。
私は旦那様の指が動くたびに息を飲み、背を震わせて唇を噛んだ。
待ってとかやめてとか訴える気力は、もはや残ってはいない。
ただ、どうしても漏れてしまう声が変に聞こえないようにと、そればかりを考えていた。
ついに下着が引き下ろされ、抜き取られて奪われる。
今度は直に旦那様の指が触れ、その温度にまた息を飲んだ。
指でこれだけ熱いのなら、アレは、もっと…。
想像してしまい、のぼせるほどに顔に血が集まってしまった。
あふれ出た愛液を絡め取るように旦那様の指が動き、私の羞恥を煽る。
そしてとうとう、襞が押し広げられ、最も触れられては困る場所があの方の目に晒されてしまったのを感じた。
「あ、やだっ。いや…」
お手を押し返し、そこを隠そうと必死になる。
まじまじと見られるなんて、心臓が縮み上がりそうだ。
「さっき、いいと仰ったでしょう」
拒否するのは約束が違うとでもいうように、旦那様に言われてしまう。
たしかに、そうは言ったけど、あんまり恥ずかしいのはいやなのに。
どれだけお手を外そうと頑張っても、旦那様は応じてはくださらないようだった。
その指に力が入り、そこが広げられたまま固定されてしまう。
顔を近付けられて吐息がかかり、ますます身の置き場がなくなった。
触ってほしいという欲求と、その反対を望む羞恥心。
2つが頭の中で綱引きをし、思考が混乱した。
追い詰められている私を尻目に、旦那様の舌がとうとうそこに伸びてくる。
そして粘膜に押し当てられ、全身を一瞬で緊張が包み込んだ。
「あっ、ん…やぁ…」
濡れた音を立て、旦那様の舌が私の敏感な場所を這い回る。
押さえつけるお手の力は依然強く、身をよじって逃げることもできない。
どうしようもなくなって、涙が一筋、目からほろりとこぼれ落ちた。
「あうっ!んん…あっ…あ…」
肉芽を探り当てられ、舌で押し潰されて一際高い声が漏れてしまう。
ここを触られてしまうと、悔しいけれど、もう抵抗できなくなってしまうのだ。
ほんの小さな器官なのに、そこから膨大な熱が巻き起こり、全身を飲み込んでしまう。
もっと触って、刺激を与えてと、頭の中まで茹だったように熱くなってしまうのだ。
「や、あ…旦那様っ…あ…あ…んっ…」
肉芽を舌で持ち上げるかのように愛撫され、はしたなく悶える。
まるで体ごと浮き上がってしまったかのように、不安定で心細くなった。
「ああ…あ…」
呼吸が苦しくなり、喉の奥が痺れたようになってしまう。
自分はどうなってしまうのだろうと、どこか他人事のように考えていた。
永遠に与えられるかのように感じられた責めが、突如中断される。
旦那様は私に背を向け、ごそごそと音を立てて準備を始めた。
台風の時以降、私が付けて差し上げますよと言っても頑なに拒まれる、さっき前もって持ってきて頂いたあれ。
申し出るたび、舞台裏を見たがるものではありませんと、半ば叱るように断られてしまう。
何度か機会を与えてもらえば、私もうまくできると思うのに。
ただ待っているだけでは性に合わないし、間が持たないと思う。
「よし」
小さく呟いた旦那様が、こちらに向き直る気配がする。
協力すべく、私は体の力を抜いて目をつぶった。
上になられた旦那様が、位置を合わせるようにアレを私の濡れた部分に押し付けられる。
触れて感じたその熱さに、私の体はぶるりと震えた。
「力を抜いてください」
その言葉と共に、旦那様のアレがグッと入ってきた。
いきなり深く押し込まれ、小さな呻きが漏れる。
「大丈夫ですか?」
問われるのに頷いて、ほんの少し目を開ける。
旦那様にあちこち触ってもらって、しっかり濡れたせいか、全然痛くはなかった。
むしろ、ようやく…という感じで、ホッとしているくらいだ。
「大丈夫ですから、どうぞ」
私を気遣って動きを止められている旦那様のお背に、腕を回し抱きついて言う。
それで安心なさったのか、あの方の腰が徐々に動き始めた。
「あ…んっ…あ…あぁ…」
ゆっくりと突き上げられ、旦那様のアレが奥まで届くたびに声が出てしまう。
やっぱり、全然辛くないし、こすれて痛いなどということもない。
それどころか、自分の腰が旦那様の動きを誘うように浮いて、揺れているのが分かった。
積極的に求めているみたいで、何だか恥ずかしい。
腰の力を抜こうと頑張っても、しばらくするとまたひとりでに動き始める。
意志の力では抑えられない、本能によって動いているのかもしれないと思った。
こうしていると、まるで旦那様と身も心も一つになっているような錯覚をしてしまう。
主従の立場を取り払い、ただの男と女になってしまったかのようだ。
規則的な動きを繰り返していた旦那様の腰が、ふと止まる。
今度は、中を探るように小刻みに擦り付けられ、緩やかに責められた。
時々、感じる部分にアレが当って、旦那様にしがみ付く腕に力が入ってしまう。
感じていることがばれてしまうのではないかと、妙に焦った。
「あっ!」
旦那様がいきなり私の片脚を掴み、足の裏が天井を向くくらいにぐいと持ち上げた。
腰を動かしながら足首に舌を這わされ、ぞくりと体が震える。
「やだ、あ…んっ…あぁん…」
慌てて閉じようとしても、脚は思いのほかしっかりと掴まれていて外せない。
こんな格好は嫌だと、必死でお手を外そうとあがく。
旦那様の肩やら首筋やらに足がぶつかり、そのたびに身がすくんだ。
不可抗力とはいえ、自分の主人を蹴るわけにはいかない。
「旦那様、ちょっと、離してください」
ムードも何もかも吹き飛んで、この方を叱る時のトーンでお願いする。
それを聞き入れてくださったのか、お手の力が緩んだ隙に脚を下ろしてほっと息をつく。
正直、大きく脚を開いたので股関節が少し痛い。
足元をうかがうと、旦那様はまた小首を傾げていた。
「ああいうのは、嫌ですか」
尋ねられて、うっと言葉に詰まる。
気持ちいいのは確かだけれど、こんなに脚を開かされるのはいくらなんでも御免こうむりたい。
「えっと、あの…ですから…」
適当な言葉が思いつかなくて、頭の中がぐるぐるした。
「絶対嫌、っていうわけじゃなくて、その。なんか、恥ずかしいっていうか…」
見つめられて何か言わなきゃと焦り、思ったままを正直に言ってしまう。
弱みを見せるようなことは、あんまり言いたくなかったのに。
「恥ずかしい、ですか。美果さんもそんな風に思われるのですね」
旦那様が感心したように頷いて呟く。
この方は、私を一体何だと思っているのだろう。
「僕としては、ああするのが至便なのですが。あなたが嫌だと仰るのなら、無理強いはしません」
私の前髪に手をやり、整えてくれながら旦那様が仰る。
至便って、何が便利だというのだろう。
疑問を持ったまま、私は旦那様に抱え起こされ、あの方の膝の上に座る格好になった。
「これなら、脚が痛くはなりませんね」
にっこり笑って呟かれた言葉に反射的に頷いてしまい、しまったと思う。
自分が上になるのは気が引けるし、得意ではないのに。
こんな風に言われてしまっては、いやだと拒否できないではないか。
「ほら、動いてご覧なさい。ゆっくりで構いませんから」
促され、私は仕方なく少しずつ腰を動かし始めた。
この体位は、自分の重みのせいでいつもより繋がりが深く感じられる。
だから恐る恐るしか動けなくて、とても緊張するのだ。
私に合わせ、旦那様が時折腰を突き上げられる。
そのたび、アレが中を強く擦り上げて、私の口からは掠れた悲鳴が何度もこぼれた。
さっきと同じに、中を探るように抜き差しされ、快感に悶える。
いつのまにか、あの方のお手は私の両胸を揉みしだいていた。
突き上げられて体が反ると、旦那様の手の平に乳首が擦れて気持ちいい。
私は、だらりと下げていた手で、胸にある旦那様のお手を掴んで押し付けた。
さっき十分して頂いたけど、こうして触れられたら、また欲しくなってしまう。
組み敷かれていた時、胸に与えられた責めを思い出すように、目をつぶって腰を動かした。
「んっ…あ…あんっ…」
横になっている時より、アレの大きさや固さ、熱さがはっきりと分かる。
ということは、あの方にも、私の中の感触がいつもより鮮烈に伝わっているということになる。
濡れ方が激しいとか、熱いとか思っていらっしゃるんだろうか。
そっとうかがうと、旦那様は緩く目を閉じ、少しだけ息を荒げていらっしゃった。
まだ余裕があるように見えるのが、何だかしゃくで。
熱に侵されている体を無理矢理奮い立たせ、私はお腹に力を入れて旦那様のアレを締め上げた。
「っ!」
あの方が肩を震わせ息を飲まれたのを見て、少し得意な気分になる。
自分と同程度に追い詰めたくて、腰の動きを変えて自分の快感をしばし忘れ、旦那様の息が荒くなるように動いた。
こうでもしなければ、私だけが先に達してしまう。
「あ…美果、さんっ…」
切なげに私の名を呟いて、旦那様は薄く目を開けてこちらをご覧になった。
胸に置かれたお手が動き、さっきのように乳首を摘まれて息が止まる。
「やっ、あんっ!」
指で擦り合わせるようにされ、私の乳首はあっという間に固くなってしまった。
敏感になったそこを、さらに刺激されるのだから堪らない。
形勢は一気に逆転し、自分がまた一段高い所へ追い詰められたのが分かった。
「旦那、様…待って…あっ…」
はしたなく乱れながら言っても、今度は聞き届けてはくださらなかった。
むしろ、腰の動きも激しくなって、さらに責め立てられる。
限界が近くなった私のそこの締め付けがきつくなったのか、あの方の吐息にも急速に熱が籠もりだした。
「あ、あ…もう…っは…私…んっ…」
旦那様の肩に縋りつき、涙目で訴える。
もう駄目、私の負けだ。
あの方の首筋に額を押し付け、揺さぶりに懸命に耐える。
この期に及んでさらに乳首を弄られるお手を、いやいやをして外そうと空しく抗った。
「ん…あ…あぁ…ん…ああっ!」
とうとう、耐えられず先に達してしまう。
背中が痛いくらいに力が入り、つながっている場所が焼けつくように熱くなった。
波が去った後も、頭がぐらぐらして、体も不安定で落ち着かない。
旦那様の肩にしがみついたまま、奇妙な余韻と戦って懸命に息を整えた。
「美果さん」
旦那様が私の背に腕を回して、ぎゅっと抱きしめてくれる。
それがまるで命綱を得たかのようで、心と体がフッと楽になった。
もう大丈夫。今度は、この方を気持ちよくして差し上げないと。
旦那様の腕の中で身をよじり、顔を上げて視線を合わせる。
それで私が伝えたいことが分かったのか、旦那様は小さく頷いて、また腰を使われ始めた。
今度は、ご自分の快感だけを追い求めて動かれ、私はそれに必死でついていった。
ここで気を失っては、この方をきちんとイかせてあげられない。
それでは困るので、時折音を上げそうになりながらも、肩にしがみ付く腕に力を込めて耐えた。
「ん…くっ!…あ…」
しばらくして、旦那様が小さく呻かれるとともに、アレが私の中で大きく脈打った。
良かった、これで大丈夫。
安堵した瞬間に意識が遠くなり、私は旦那様の腕の中でがっくりと崩れ落ちた。
夜半、ふと目を覚ますと、私は旦那様の隣で眠っていた。
体に手をやると、あの方が着せてくださったのか、自分がちゃんとパジャマを身にまとっていることに気付く。
脱がされたことは何度もあるが、着せてもらうのは初めてだ。
何だか心がふんわりとして、傍らで眠る方に身を寄せ直し、もう一度目をつぶる。
こんなことなら、自分の布団は敷かなくてもよかったのかな。
明日は私の布団がこたつ布団になるから、夜にはきっと寝心地がいい。
疲れた体でふかふかの布団にダイブする幸せを思い描きながら、私はもう一度眠りに落ちていった。
朝になり、いつもの時間に目覚めて大きく伸びをする。
昨日は事後にそのまま寝てしまったから、体を洗わなければ。
軽くお湯を浴びようとお風呂場へ行き、パジャマのズボンを脱ぐ。
中途半端に脱げたそれがかかとに引っ掛かり、転びそうになって反射的に脚に目をやる。
その瞬間、私はぎゃあっと品のない叫び声を上げた。
足の甲の辺りから太股にかけて、赤い点々が水玉模様のように肌にくっ付いている。
気持ち悪い、何だこれは。
かぶれた覚えはないし、虫さされにしてはかゆくなく膨らんでもいない…と思ったところで、ふと思い出す。
旦那様は、昨夜はいつになく熱心に私の脚に口づけられていた。
吸い付いた時の、唇の跡に違いない。
むかっ腹が立って、私はあられもない格好のままお風呂場を飛び出した。
六畳間へ駆け戻って、まだ布団の中にいる旦那様をたたき起こし、真正面から睨みつけた。
「?」
寝ぼけた目でこちらを見るあの方に、こんなになってしまった、どうしてくれるんだとガミガミ怒った。
「はあ、どうしたものでしょうか」
まだ夢から覚めきっていない顔で暢気に呟かれ、頭に血が昇る。
「こんな脚ではケーキ売りの服が着られません。やっぱりこれは古道具屋へ持って行きましょう」
部屋の隅に畳んで置いていたこたつに手を伸ばし、持ち上げる。
それを見た旦那様は悲鳴をあげ、飛び起きて私の脚に縋りついた。
「美果さん!どうか落ち着いてください、それだけはご勘弁を」
「だめです。私の脚がこんな風になったのは、旦那様の責任でしょう!」
だから離してください、いいえ離しませんと、朝から貫一お宮にも劣らぬほどの愁嘆場をくり広げる。
お互い妙な格好でこんなことをするなんて、本当に馬鹿げている。
しばらく揉み合ううち、旦那様のこたつへの愛が私の怒りに打ち勝って、こたつは元の場所に大事そうに戻されてしまった。
私の気を静めようと、あの方がこたつを背に必死に謝ってくれる。
それを見て次第に頭が冷えた私は、古道具屋に行く気力が無くなってしまった。
「売りに行くのは、やめることにします」
私の言葉に、旦那様が心底ホッとした顔をする。
「その代わり、今後2週間、旦那様と一緒には寝ませんから」
それだけ言って、さっさとお風呂場に戻ってお湯を浴びる。
正面の鏡をなるべく見ないようにしながら体を洗った。
バイトに行く前に商店街の中の100円ショップに行って、赤いタイツを買う。
サンタの衣装に着替えてタイツをはくと、肌の状態は何とかカモフラージュできた。
今日はどうしたのと尋ねられても、「色合わせに見せかけた防寒です」などと言い張ってごまかす。
アパートに帰っても、旦那様をなるべく見ないように過ごした。
家事をいつもより手伝ってくださっても、寝る間際にもじもじなさっても、知らぬふりを決め込んで。
そうして、2週間を平穏に過ごしたのだった。
--続く--