新年を迎え、この古びた海音寺荘の玄関にも、みかんの付いたしめ縄が飾られた。  
雑煮とおせち料理は、大家さんの部屋でご馳走になり、正月恒例の駅伝までテレビ観戦させて頂いた。  
一方、美果さんの年末年始は、いつもよりさらに忙しいものだった。  
茶店の入っている商店街を抜けた先には、有名な観音堂があり、この時期は年末年始の参拝客で混雑する。  
そのため、茶店は一年で最も繁盛し、忙しさに息つく間もなくなるらしい。  
気働きが良く頑張り屋の美果さんに、その期間の出勤要請がかけられたのは、自然の成り行きだった。  
「お客さんがいっぱい来たら、大入り袋が出るそうですよ」  
クリスマスから年末へと、世間が装いを改めるわずかな期間、美果さんはさも楽しみだという様子で言っていた。  
しかし、いざ特別出勤が始まると、彼女はたいそう疲れた様子で帰ってくるようになった。  
世間には不景気の波が押し寄せ、沈うつなムードが漂っているとはいえ、多くの人は年中行事をおろそかにはしない。  
今年も例年通りに、茶店の繁盛は素晴らしかったようで、お昼も満足に食べられなかったらしい。  
人々が休む時期に働く彼女に、帰ってから家事をさせるのは酷なことだ。  
少しでも助けるべく、僕はその期間の家事一切をすることを申し出た。  
「旦那様に、火を使って頂くわけにはいきません。危なすぎます」  
こう言われたので、料理ができないのが悔しいところである。  
できることを精一杯やり、合間に部屋の掃除の真似事もしているうちに、年が暮れて正月の三が日が明けた。  
茶店は、1月4日で営業を終了し、掃除の後に従業員一同で新年会をとり行うとのことだ。  
今日、美果さんはそれに出かけており、ここにはいない。  
この新年会がすむと、茶店はようやく正月休みに入るらしい。  
今、部屋には僕一人だけで、寂しいくらいにしんと静まり返っている。  
夜になって、美果さんが用意してくれていた夕食をとり、僕は読書にふけっていた。  
 
 
何時間くらい、本に集中していただろう。  
ふと、窓の外から人の声が聞こえた。  
誰かが歌でも歌っているように大声を出していて、もう1つ別の声が大声の主を必死になだめている。  
下の階の人が騒いでいるのかと最初は思ったが、2つの声はアパートの階段を上がり、だんだんと大きくなってくる。  
そして、あろうことか、わが207号室のドアがいきなりノックされた。  
「すみません」というひどく弱りきったような声と、ドサッと大きな荷物を下ろしたような音もする。  
何事かと、玄関に行ってドアを開けると、40歳くらいの婦人がそこに立っていた。  
「あの、ここ、丹波美果さんの部屋ですよね?」  
問われた僕が頷くと、婦人は心から安堵した様子で深く息をついた。  
「よかった!」  
そう言って彼女はわずかによろけ、傍らの壁に手をついた。  
「私、美果さんと同じ店のパート……なんですけど。彼女を送ってきたんです」  
婦人が、廊下の突き当りを指して疲れた声で言う。  
視線をそちらにやり、僕は絶句してしまった。  
そこには、真っ赤な顔でうずくまった美果さんが、眠りこけていたのだ。  
まさか宴席で、未成年の彼女に飲酒をさせたのだろうか。  
いくら繁忙期を無事に終えた解放感があるとはいえ、そのようなことは社会人として許されざる行為である。  
僕が表情を険しくしたのが分かったのか、婦人は慌てて弁明を始めた。  
美果さんは、最初お茶やオレンジジュースを飲んで、節度を持って新年会に参加していたこと。  
しかし、二次会で行った店で、皆にはやし立てられてカラオケを歌わされ、慣れぬことにへとへとになったこと。  
歌が終って席に戻り、気が抜けた美果さんが一息に飲み干したのは、取り違えた他人のウーロンハイであったこと。  
「顔が見る間に赤くなって、奇妙な言動を始めたもんですから、私が送ってきたんです」  
本当にごめんなさいねと僕に頭を下げた後、婦人はひどく消耗した様子で、よろよろとアパートの階段を下りていった。  
美果さんを送り届けるのが、そんなに大変だったのだろうか。  
当の本人はというと、歌に疲れたのか、壁にもたれてむにゃむにゃ言いながら眠り込んでいる。  
このままだと風邪を引いてしまうからと、玄関に引きずり込み、それでも起きない彼女を一旦置いて風呂の準備をした。  
 
「美果さん、起きなさい。ここで寝てはいけません」  
玄関に戻り、肩に手を掛けて何度も呼ぶと、彼女はようやく目を開けた。  
「あれっ?ヨシダさん?シンドウさん?」  
その口をついて出たのは、さっきの婦人の姓だろうか。  
「新年会は終わりました。ここはアパートですよ、海音寺荘です」  
言い聞かせると、美果さんは僕を見て数度まばたきをした後、極上の笑みを浮かべた。  
「旦那様っ。ただいま!」  
ほがらかに言うなり、彼女はいきなり僕の首に抱きつき、体重をかけてきた。  
不意打ちを食らった僕は、あっけなくバランスを崩して倒れ、板張りの床でしたたかに尻を打ちつけた。  
「美果さん、おやめなさい。痛いでしょう」  
ぶざまに転んだまま言い聞かせても、彼女は機嫌よく笑ったままで、あろうことか僕に頬まで擦り寄せてくる。  
たった1杯のウーロンハイでここまで出来上がるとは、ある意味すごいと言う他はない。  
 
 
美果さんを振り払えず、そのままの姿勢でいるしかない僕の耳に、風呂のブザーが鳴る音が届く。  
彼女の注意がそれたのを幸いに、僕は姿勢を戻し、着替えを用意しておくからと言って彼女を風呂場へ連れて行った。  
「湯を浴びて酔いをさましなさい。布団も敷いておきますから」  
そう言い置いて彼女を一人にすると、すぐに風呂場からは鼻歌まじりに湯を使う音が聞こえてきた。  
まだ酔いがさめないのなら、早く寝かせるしかないと、コタツを片付けて2人分の布団を敷く。  
上機嫌で風呂から上がった美果さんと交代に、僕も湯を使った。  
一人にしている間に、奇妙な行動をされても困るからと、早々に風呂場を出てパジャマを着る。  
六畳間へ戻ると、美果さんが足を投げ出して、自分の布団の上に座っているのが見えた。  
「はいっ」  
美果さんはこちらを向き、語尾にハートマークがついているかのように、さも楽しいといった調子で何かを差し出した。  
飴玉でもくれるのかと、つい反射的に手を出した僕は、受け取った物を一目見るなり固まってしまった。  
「美果さん、これは……」  
「いいでしょう?」  
無邪気に首を傾げ、同意を求めるその表情は可愛らしいのだが、さすがに対応に困ってしまう。  
なぜなら、彼女が僕に手渡したのは、避妊具だったのだから。  
受け取ってしまったものの、どう対応すべきか考えあぐねていると、美果さんは焦れたようににじり寄ってきた。  
湯上りの体が帯びた仄かな熱と良い香りに、心臓がドキリとする。  
「ね、旦那様。しましょうよ、ねっ?」  
傍に来た彼女が言ったのは、普段ならその口から出ることが考えられない言葉だった。  
「旦那様、ねえ。お返事は?」  
絶句する僕のパジャマを引っ張り、美果さんが少し不機嫌そうに尋ねてくる。  
誘って頂くのは有難いが、あいにく、今は全くそのような気分ではない。  
「お離しなさい。僕には、酔った婦女子を手込めにする趣味はありません」  
パジャマを掴む手を離させ、ほら、もう寝なさいと掛け布団をまくり上げて促す。  
彼女の体を考えてのことなのだが、悪いことに当の本人は、僕の取った行動にひどく気分を害したようだった。  
「なんで?」  
眉根を寄せ、むすっとした表情で不機嫌に尋ねられてしまう。  
「私は、したいのに。旦那様は、したくないの?」  
また、普段ならありえないような言葉が聞こえ、違和感にこちらの調子が狂った。  
夜に誘われたことも無いうえに、僕を叱りつける時でさえ丁寧な彼女の口調が、今はタメ口になっている。  
「しません。さあ、もうお休みなさい」  
酔っ払いにつける一番の薬は、そっとしておくことだ。  
奇妙な言動を取る人も、一晩眠ってアルコールが体内で分解されれば、朝には元の本人に戻る。  
とにかく、寝かせてしまうのが一番いい。  
しかし美果さんは、僕の返事がお気に召さなかったようで、その表情をさらに険しくした。  
「寝ますよ。だから、一緒に寝ようって言ってるのにっ」  
頬を膨らませ、すねたように呟かれてしまい、僕の心に焦りが生まれる。  
どうやら、彼女は酔うと頑固になってしまう性質のようだ。  
「これは君の布団です。僕は、僕の布団で寝ます」  
そう言って自分の布団に入ろうとした時、美果さんが背後から抱きついてきた。  
酔っ払いとは思えぬ力で後ろに引き戻され、僕はあっけなくバランスを崩し、布団の上に倒れ込んだ。  
 
「じゃあ、私が旦那様を手込めにしてあげる。それならいいでしょ?」  
腰に抱きついたままの美果さんが、にこやかに、さも名案のように言ったのを聞いて、体からがくりと力が抜ける。  
「馬鹿を言うのはおよしなさい。そういうのは、趣味ではありません」  
いくら僕が頼りない主人であろうとも、さすがにそれは自尊心が許さない。  
しかし、いつにも増して強気になっている美果さんには、この断りの言葉も焼け石に水だったようだ。  
「さっきから、何!しないしないって、いつもは自分からアプローチしてくるくせにっ」  
キッと睨みつけて叱責され、情けなくも条件反射で身がすくむ。  
その隙を見逃さず、美果さんはとうとう僕を組み敷く格好になった。  
手早くパジャマのボタンが外され、強奪するように引き抜かれてしまう。  
脱がせたそれをぽいっと脇に放り、満足気に頷いた美果さんは、こちらに向き直って唇を重ねてきた。  
「んっ。ん……んっ……」  
短く、ついばむようなキスを何度もされ、胸が騒ぎはじめる。  
拙いとはいえ、いつも仕掛ける側にいる者としては、主導権を奪われるとどうも落ち着かない。  
柔らかい唇でさんざん僕のそれを蹂躙(じゅうりん)した後、美果さんはぷはっと音を立てて唇を離した。  
「その気に、なったでしょう?」  
にこやかに小首を傾げ、穏やかならぬことを言ってくる。  
「……ダメ?」  
僕の表情が固いのを見て、美果さんはついと後ろへ下がった。  
「旦那様、しぶとい」  
むすっと呟いて、美果さんは僕のパジャマのズボンに手を掛けて一気に抜き去った。  
慌てて手を伸ばすが一足遅く、僕は下着一枚の情けない姿で、彼女に乗りかかられる格好になった。  
まな板の上の鯉とは、こういう状況を言うのだろうか。  
急に落ち着きを失った主人の姿を、美果さんは楽しそうに見つめている。  
これで進退きわまっただろう、さあどう料理してやろうかと考えているのが、その表情からうかがわれた。  
 
 
「旦那様、はい」  
美果さんが僕の手を取り、自分のパジャマに触れさせる。  
「脱がせてあげたんだから、今度は旦那様の番です」  
だからほら早く、と布地を掴まされ、プレッシャーがかけられる。  
脱がせてくれなきゃ、おっぱいに触らせてあげませんよ、などとも言われてしまった。  
これは、もう腹をくくる他はないのだろうか。  
変にはねつけては、酔っ払いと化したこの人に、とどめを刺されるかもしれない。  
覚悟を決め、しかしなるべく酔いがさめるようにと、時間を掛けてボタンを外す。  
最後の一つが外れると、美果さんは待ちかねたように、パジャマをばさりと脱ぎ捨てた。  
淡い色の下着が目に映り、それに包まれた2つの膨らみのことを考えて、僕の下半身に急速に血が集まり始める。  
丸く柔らかく、まるで僕のためにあつらえたかのようにしっとりと手に馴染む、その胸に早く触れたい。  
渋々パジャマのボタンを外した時とは全く違う手早さで、彼女の下着を脱がせる。  
現れた胸に手を伸ばして揉みしだき、それでは足りずに彼女を押し倒して、そこに顔を埋めた。  
「んんっ……あん……」  
頬擦りをすると、美果さんが小さく溜息のような声を漏らす。  
控えめだが、しかしとんでもなく甘やかなその声が、もっと聞きたくなる。  
膨らみの頂にある色づいた部分に、狙いを定めて舌を伸ばす。  
舐め上げて軽くつつくようにもすると、今度は上ずった悲鳴のような声が紡ぎ出された。  
「あんっ……ん……」  
色っぽい声が高まるほどに、僕の心拍数も上がってくる。  
美果さんをもっと気持ち良くさせてやりたい、声を上げさせたい。  
最初に迫られた時に拒んだとは思えないほど、僕の心の中でやる気が急速に高まっていった。  
屋敷にいた頃は、満足な愛撫もしなかったなんて、あの頃の自分はまことに木石であったとしか思えない。  
願わくば、当時に戻ってやり直したいものだ。  
 
手と口で、美果さんの両胸を十分に時間を掛けて愛撫する。  
彼女も、それに応えるように僕の頭を抱きしめ、喘いだ。  
鎖骨やみぞおちの辺りに舌を滑らせると、そっちじゃなくてこっちだ、とでもいうように引き戻される。  
それに従い胸への愛撫を再開すると、満足そうに深く息が吐かれ、されるがままになってくれる。  
快感に貪欲なその姿は、いつもの彼女がついぞ見せたことが無いといってもいい姿だった。  
胸に顔を埋めたまま、指先でへその下や腰骨の辺りに触れると、彼女はいやいやをして僕の手から逃れようとした。  
くすぐったがって漏らされる声ですら、もう僕の耳には甘い喘ぎにしか聞こえない。  
髪から足の裏まで、余す所がないくらいに指を這わせ、声を誘い出した。  
彼女の脚の間に指を押し込むと、あっと息を飲むのが聞こえ、その足の指に力が入ったのが分かった。  
酔ってはいても、さすがにここを触られると緊張してしまうようだ。  
普段でも、不安そうな瞳で見つめられ、僕は動揺と昂ぶりの間に立たされることがある。  
強気な彼女が目に涙を浮かべ、弱々しく抵抗するその時のさまは、ひどく煽情的だ。  
声を上げるのもいいが、こういう仕草にすら、自分が煽られるのが分かる。  
「旦那様……」  
蕩けるような声で美果さんが呟き、体の力を抜く。  
欲望が恥ずかしさに勝ったのか、今日の彼女はやけに協力的だ。  
僕は胸から顔を上げ、先程指を這わせた腹や腰の辺りにキスをしながら、布団の足元へと下がった。  
「んん……」  
脚を大きく開かせると、拒まねばという意識がわずかに残るのか、美果さんが尻をもぞもぞと動かした。  
しかしそれは、僕にしてみれば誘っているようにしか見えない。  
かまわずに彼女の秘所に触れ、指で開いて凝視する。  
そこは既に十分に潤って、早く触れてとでも言うかのようにぬめり、光っていた。  
柔らかい場所に舌を触れると、美果さんが全身を震えさせる。  
さらに舌を伸ばし、襞の奥に隠された小さな肉芽に届かせると、彼女の反応はさらに激しくなった。  
「やんっ……あぁ……あん……気持ちいい……」  
彼女が紡いだのは、これも普段はけして聞けない言葉。  
酒の力が羞恥心を取り去り、感じたままを口にさせているのか。  
うわ言のように漏れる声が、だんだんと高まっていく。  
僕はそれに煽られ、舌を動かすのをやめられなくなった。  
肉芽への圧迫を強め、舌先ですくい上げたり、押しつぶしまた輪郭をなぞるように舐め上げる。  
美果さんの反応を見ながら、彼女が喜ぶやり方で丹念に秘所を舐め回した。  
「あぁ……んっ……あ……あああっ!」  
とうとう限界を迎えた体を大きく震わせ、叫びと共に美果さんが達した。  
余韻がなかなか冷めないのか、シーツはギュッと握りしめられたままだ。  
閉じたその目が開けば、酔いも覚めて、いつもの彼女に戻っているだろうか。  
 
 
しばしの後、ようやっと美果さんが目を開いた。  
その目は秘所と同じく快感に潤み、いつもより赤くなっていて、僕の心臓がまたドキリとする。  
「旦那様……」  
少し恥ずかしそうに呼ばれて返事をしたが、口からは乾いた息しか出てこなかった。  
美果さんが腕を伸ばし、僕の首に回す。  
反動をつけて起き上がられ、僕はあっさりと組み敷かれてしまった。  
彼女が何度かまばたきをし、にっこりと楽しそうに微笑む。  
そして姿勢を低くし、僕の胸に唇を押し当てた。  
「あ……」  
柔らかいその感触に、息を飲んでこぶしを握りしめる。  
美果さんは、さっき僕がしたように、位置を変えて何度も僕の体に指を這わせてキスをした。  
こうされるのも、初めてのことだ。  
時々、跡が残るのではないかと思うくらいの力で吸いつかれ、体が跳ねる。  
それが面白いのか、美果さんは僕がそうするたび、小さな声で愉快そうに笑った。  
彼女の吐息が肌を撫で、それにもまた僕の体が反応する。  
美果さんはますます気を良くした様子で、僕の乳首に吸い付いた。  
「あっ」  
口に含まれて転がすように舐め上げられると、意識がそこに集中し、他のことが全て頭の片隅に追いやられた。  
反対側のそれは、触れるか触れないかくらいの力で刺激される。  
未知の体験に、僕の体は硬直し、呼吸が大きく乱れた。  
 
「気持ちいい?旦那様」  
胸から顔を上げ、美果さんが無邪気に尋ねてくる。  
返す言葉を選びそこね、僕は吐こうとした息を飲み込んだ。  
反応がないのを肯定と捉えたのか、美果さんは休まず愛撫を続け、そして布団の足元へと下がっていった。  
そしてとうとう、僕は下着を奪われ、局部を握りしめられた。  
根元から先端までを、柔らかくゆっくりと擦り上げられる心地良さが堪らない。  
呆れるほどの早さで、そこが固くなっていくのを自覚した。  
美果さんにもそれが分かったのか、擦る手を早めてくる。  
「イかせてあげる」  
いつになく色っぽい表情で呟いた彼女は、焦らすように時間を掛けて、ゆっくりと僕の局部を口の中に迎え入れた。  
しごく手はそのままに、舌先でねっとりと舐め上げられると、情けなくも足の指がわなないて落ち着かない。  
深呼吸して落ち着こうと試みたが、そこを愛撫される快感は、そんな小細工では到底太刀打ちできるものではなかった。  
声にならぬ呻きを上げ、僕は徐々に追い詰められていった。  
欲望と期待で胸と局部がはちきれそうになり、流れに身を任せるしかなかった。  
「あ……あっ!」  
とうとう限界が来て、美果さんの口の中に吐精してしまう。  
いつもならすぐ口を離す彼女が、名残を惜しむようにまだ吸い付いているのが、言いようもなく卑猥に思える。  
達したばかりだというのに、その仕草を見ると、またそこが熱を帯びてくるのが分かった。  
 
 
「ん……。旦那様、さっきのは?」  
しばらくして、やっと口を離した美果さんが尋ねるのを聞き、さっき渡された物の存在を思い出す。  
「ここにあります」  
指し示すと、美果さんは遠慮なく僕のパジャマのポケットに手を突っ込み、目的の物を取り出した。  
「今日は、私がつけてあげる」  
また、語尾にハートマークが付きそうな可愛らしい声で、不適切な言葉が紡がれる。  
しかしそう言ったものの、つけ方が分からないようで、美果さんはためつすがめつパッケージを手の中で転がすばかりだった。  
普段はこの準備を手伝ってもらわないために、扱い方が分からないのに違いない。  
「貸しなさい」  
このままでは埒があかないので、彼女の手から避妊具を奪い封を切る。  
「だめ、私がやるんだからっ」  
しかし今日の強情な美果さんは、僕から再びそれを奪い返した。  
「先端をつまんで、ゆっくりと被せるんです。手早くする必要はありません」  
美果さんのやる気に負け、僕は手をシーツの上に戻して指示を出した。  
それに従い、彼女が僕の局部に避妊具を装着する。  
無事にやり終えた後、まるで任務の成果を確認するように、彼女はそこを何度も指先でなぞった。  
「もういいですよ。だから……」  
早く、こっちに寝転びなさい。  
そう言うつもりだったのに、彼女はそれより先に僕の脚を跨ぎ、よいしょという掛け声と共に腰の辺りまでやってきた。  
「旦那様。いい?」  
頷いた僕に微笑みかけ、美果さんはゆっくりと姿勢を落とし、僕の局部を自らの中に飲み込んだ。  
「あ……あ……」  
囁くように小さく息が漏らされるのを背景にして、僕と美果さんの繋がりが深くなっていく。  
一度達した彼女のそこは熱くぬかるんでいて、気を確かに持っていないと負けてしまいそうだ。  
上から座り込まれているせいで、締め付ける力がいつもより格段に強く感じられる。  
これは、そう長くはもたないかもしれない。  
そんな危惧から、せめて少しでも快感を逃がそうと、下半身の力を抜いてその周辺から意識をそらす。  
しかし、次の瞬間に美果さんが腰を使い始め、僕の小さな努力はあっけなく無に帰した。  
いつもは、上になるのは嫌だと駄々をこねるくせに、今日の美果さんは人が変わったように積極的に動く。  
もしかすると、抱かれているのはこの人ではなく、僕の方なのではと疑いたくなった。  
「んっ……あんっ…あ……あぁ……」  
僕の局部を深く体にくわえ込んで、締め付けるたびに美果さんが色っぽい声を上げる。  
腹に置かれているその華奢な手に力が入り、体の揺れも大きくなった。  
「旦那様……あ……やぁ……」  
切なく呼ばれ、僕の頭の奥が痺れたようになった。  
もっと気持ち良くなるようにしてやりたい、もう一度イかせてやりたいという思いが強くなる。  
いつまでも一人で頑張るのは辛かろうと、僕は上半身を起こし、彼女を腕の中に閉じ込めた。  
 
「あっ……あぁん……」  
密着するのが心地良いのか、美果さんが胸の中で喘ぎ、動きをしばし止める。  
その隙をついて僕が突き上げると、彼女は大きく体をそらし、その乳房がこちらの視界に入ってきた。  
こちらも触ってと訴えているようなその誘惑に負け、僕は上体を屈ませてそこに舌を伸ばした。  
「ひゃあっ!……あぁんっ……気持ちいい……」  
彼女が歓喜の声を上げ、僕の頭をかき抱く。  
もっと愛撫してほしいとねだるようなその仕草が、愛しくて堪らなくなった。  
いつもは、僕がこうすると彼女は身をよじり、逃げようとして押し返すのが常だ。  
しかし今日の彼女はただ素直に、羞恥を忘れて快感だけを求めている。  
事故のようなものとはいえ、僕は本当にアルコールに感謝しなければいけないようだ。  
「美果さん、もっと舐めてほしいですか?」  
「んっ……はい。もっと、舐めて……」  
ひどく甘えた声で求められ、僕はさながら女主人に奉仕する従僕のように舌を使った。  
立場など今は関係ないと、心からそう思えたから。  
「あぁん……んっ……それ、好き……」  
美果さんが、嬌声を上げる合間にうわ言のように言う。  
いつもは、僕がこうすると「気が散るから、どっちか片方にして下さい」などと、色気のかけらもないことを言うくせに。  
本当は2ヶ所同時に可愛がられるのが好みだったとは、発見をした気分だ。  
今後、また彼女と肌を合わせる時も、嫌がられても無視をしてこういう責め方をしてあげよう。  
 
 
彼女が胸を触られてびくりとするたび、中が収縮して僕の局部が締め付けられる。  
そのひどく淫靡で魅力的な刺激は、腰を動かすのを一旦やめて、これだけを味わう価値が十二分にあるものだった。  
「あっ……ん……やぁ…あ……ひゃあっ!」  
戯れに乳首に歯を立てると、美果さんは全身を固くこわばらせ、快感と恐怖の入り混じった悲鳴を上げた。  
彼女の中に飲み込まれている僕の局部が、一際強く締め付けられたのは言うまでもない。  
そのあまりの心地良さに、僕の体にも同じように力が入った。  
「旦那様っ……痛いのは、いや……」  
美果さんが左右に首を振りながら、僕の今しがたの行為に異を唱える。  
細心の注意を払って触れねばならない敏感な場所に、歯を立てるのは本来ならタブーのはずだ。  
しかし、その瞬間に彼女が見せる色っぽい仕草と、締め付けの心地良さの誘惑には勝てない。  
噛んだことを詫びるように、彼女の好む柔らかい愛撫を与えながら、僕は頃合いを見て今度は反対側の乳首に歯を立てた。  
「あうっ!」  
快感に蕩けきった声で、美果さんが高らかに嬌声を上げる。  
僕がこうするのは、痛みを与えたいという嗜虐的な気持ちからではなく、愛撫の間のアクセントのようなもの。  
そこに悪意などないことに、アルコールの回った頭でも気付いたのか、もう彼女はいやだと言うことはなかった。  
「旦那様……いい……あ……あぁ……ん……」  
美果さんが僕を強く胸に引き寄せ、更なる愛撫を望むような声を上げる。  
無意識にその腰が擦り付けられるように動き、僕を煽る。  
いつまでも、胸への愛撫に重点を置いているのは片手落ちだ。  
僕は腰に力を入れなおし、彼女の胸に埋めていた顔を上げた。  
目を合わせた美果さんの瞳は快感に潤みきって、その奥には熱と欲望が渦巻いている。  
気持ち良くさせてもらうことを乞うように見つめられるのが、例えようもなく嬉しかった。  
もっと欲しい、早くと彼女が望んでいるのが分かる。  
その思いに応えるべく、僕は互いの密着した辺りに無理矢理指を押し込んだ。  
しっとりと濡れて熱を持った彼女の粘膜をなぞり、最も敏感な肉芽を探る。  
ようやくたどり着いたそれを撫で回すと、美果さんはまた悲鳴を上げた。  
「あんっ…やっ……だめ……あっ……あぁんっ……」  
十分濡れているお陰で、滑りが良くて指が動かしやすい。  
ぬるりとした愛液を絡ませてそこをなぞり、時折ゆるく摘み上げる。  
少し触れただけで、肉芽はぷっくりと立ち上がり、僕の指を押し返す固さを持ち始めた。  
あまり強くしては、痛みを与えてしまうかもしれない。  
力加減に迷っていると、美果さんは僕の手を掴み、自らそこに押し当ててきた。  
「あんっ……ん……もっと……あ……」  
僕の手を固定し、もっとしっかり触れとでもいうように彼女が腰を押し付けてくる。  
その姿は、淫らであると表現しても差し支えのないくらいのものだった。  
中の快感も欲しくなったのか、美果さんがまた腰を上下させ始める。  
熱く柔らかい粘膜が、血が集まり固くなった僕の局所を根元まで飲み込み、揉み絞りしごき上げる。  
その気持ち良さに陶然となって、僕はただされるがままになっていた。  
 
「旦那様っ……あ……あんっ……ん……」  
熱に浮かされた声で、美果さんが僕を呼ぶ。  
酔って言葉がタメ口になっていても、これだけはそのままなのか。  
「美果さん、僕の名は悠介です」  
「ゆ、うすけ……様?あんっ……」  
「そうです。ほら、もっと呼んで」  
普段はずけずけと物を言い、主を主とも思わぬ態度の美果さんだが、根底では僕のことを大事に思い、立ててくれている。  
しかし、たまには名を呼び合って、対等な立場で交わるのもいいのではないか。  
「ん…あんっ……悠介、様……。あっ……あ……」  
求めに応え、美果さんが名を呼んでくれるのが、ひどく心地良かった。  
もう一度、もっとと何回も要求し、僕は途切れ途切れに紡がれる自分の名を聞いた。  
僕の名を呼んでくれた両親も兄も、僕を置いてもう二度と会えない場所へ行ってしまった。  
あの日の朝、家族で食事をした時が、僕が大切な人に名を呼ばれた最後だ。  
 
 
「あ……だめ……。旦那様っ…」  
追憶にふけっていた僕の耳に、美果さんが発した声が届く。  
名を呼ぶように頼んでも、やはり彼女には、日頃なじんだ言葉が口に出しやすいのだろう。  
上で動くのに疲れたのか、美果さんが体から力を抜き、だらりとなる。  
今度はこちらの番だと、僕は腹に力を入れて彼女を押し倒し、真上からその顔を見つめた。  
頬が赤いのも目が潤んでいるのも、快感によるものかアルコールのせいなのかは、もう分からなくなっている。  
いや、もう理由など何でもいいのかもしれない。  
2人で抱き合い、体をつなげてもっと気持ち良くなりたいという思いが通じ合っていれば、それだけでいい。  
「あぁんっ……あ……うんっ……あ……あぁ……」  
上になり動き始めた僕の腰に、美果さんが脚を絡めてしがみ付いてくる。  
もっと欲しい、気持ち良くしてと望む声が聞こえてきそうだった。  
その力が次第に強くなり、背に爪を立てられる痛みに耐えながら、僕はさらに美果さんを責めたてた。  
「あ……だめ……もうっ。……あ……イく……あぁんっ!!」  
美果さんが一際高く叫んだその時、彼女の中が一際大きくけいれんし、僕の局部を締め付けた。  
寸前まで昂ぶっていた僕が、それに耐えられるはずもない。  
ほんの少しだけ遅れてこちらも達したが、今日はなぜか、まだ腰が緩やかに動いてしまうのを止められない。  
これは、薄い膜の中に放った物を、本当は彼女の胎内に送り込みたかったという無念さのゆえなのだろうか。  
美果さんの全身から力が抜け、僕の体に回されていた腕と脚が離れてシーツに落ちる。  
荒い息を繰り返す彼女をしばらく見つめた後、僕は後始末をしに布団を離れた。  
 
 
先ほど自分が言ったことを覆し、二人で眠ることにする。  
僕が隣に横たわると、美果さんはすぐににじり寄ってきて、ぴったりと密着した。  
「旦那様、遅い」  
上目遣いで不服そうに言われた言葉から、まだ彼女の体内にあるアルコールの勢力が失われていないことが知れる。  
明日、二日酔いを起こさねばいいのだが。  
離れたことを詫びるように頭を撫でてやると、美果さんはにっこりとこちらを見つめた後、静かに眠り始めた。  
まるで子猫に懐かれてしまったようで、奇妙な感じがする。  
しかし、こうもぴったりとくっつかれたままでは、また劣情をもよおしてしまいそうだ。  
それにしても、今日の美果さんは終始ワガママで、甘えん坊だった。  
毎日きびきびと働き、僕の尻を叩くいつもの彼女に慣れた身からすると、調子が狂う。  
立場の違いを意識した言葉遣いではなく、タメ口で話されるのにも、胸がドキドキした。  
 
酒に酔うと、日頃隠しているその人の本性が出てしまうものだという。  
大学の仲間内でも、酔うと泣く者怒る者、果ては説教大臣やキス魔などその幅は広い。  
とすると、本当の美果さんは、甘えん坊で無邪気で、にこやかな女性だということになる。  
普段の、時に鬼より怖い姿は虚構なのだろうか。  
元々の性格を隠すようになった原因は、おそらく彼女を取り巻く環境にあったのだろう。  
本人はあまり話したがらないが、母親が早くに亡くなり、後妻に入った女性や連れ子との関係が悪化したのは聞いている。  
これ以上一緒にいるのがどうしてもイヤだったから、中学を卒業して家を出たんです、と前にぽつりと言っていた。  
余程いじめられたのか、その時の彼女の表情は、強がってはいたがとても儚げなものだった。  
十分に甘えた経験もないまま、社会に出て自分一人の力で生きてきたのは、並々ならぬ大変さだったはずだ。  
環境に鍛えられたという見方もできるが、その半面で、元々の朗らかな性格がねじ曲げられてしまったとも言える。  
本来なら、僕がしっかりして、美果さんが何不自由なく仕えてくれるような状況を作り出すのが筋というもの。  
それなのに、僕は彼女の強さと生活力に甘え、主だと胸を張って言えないような情けない体たらくだ。  
少しばかり勉強ができたとしても、これでは何の価値もない。  
まだ見捨てられていないのが、奇跡ではないかと思えるほどだ。  
おそらく、美果さんは彼女なりの希望を持って、僕と一緒に暮らしてくれているのだろう。  
2人でいずれ池之端家の屋敷に戻り、僕の叔父一家にギャフンと言わせてやりたい、というような。  
生家を出た自分と、屋敷を追われた僕とを重ね合わせ、いつかきっと……という希望を持っているのだと思う。  
しかし、僕には経営の才能は無く、彼女の願うとおりになることなどは夢のまた夢だ。  
このまま大学にいて研究者としての道を進むことが、僕が身を立てる唯一の道だと言ってもいい。  
僕がどうあっても元の屋敷に戻れないと知った時、美果さんはこの二人きりの生活を解消するだろうか。  
研究者になるとしても、彼女の労働にふさわしい対価を払えるくらいの稼ぎは、得るつもりでいるのだが……。  
それさえも叶わなかった場合、あるいは美果さんが、真についていきたい男を見つけた場合。  
潔くその意思を尊重して、みっともなくすがるような真似だけは避けなければいけない。  
後者の場合は、男の度量として、花嫁支度を一式整えてやるくらいのことはすべきだ。  
この人を残してはお嫁に行けない、などと思われるようでは、申し訳がたたない。  
「ん……。旦那様……」  
美果さんが小さく呟き、その手をもぞもぞと動かし探るような仕草をする。  
こんなにぴったりとくっついているのに、夢の中で僕とはぐれでもしたのだろうか。  
手を握ってやると、彼女は安心したように息を吐き、また規則的な寝息を立て始めた。  
来るべき時が来てしまった場合、この手を離すことが果たして僕にできるのだろうかと考え、苦笑する。  
そんなことは、きっと無理だ。  
だとすれば、死ぬ気で頑張って、それこそノーベル賞でも何でも取るしかない。  
 
胸の中で美果さんが身じろぎをしているのに気付き、ふと目を開けた。  
窓から差し込む光に、もう朝が来ていることを知る。  
どうやら、考え事をしているうちに眠ってしまっていたらしい。  
目が合うと、美果さんは顔を真っ赤にして、あわあわと挙動不審になってしまっている。  
一糸まとわぬ姿で抱き合い眠っていたのだから、夜に何があったかは自明で、そうなるのも無理はなかった。  
「あの……。昨日、私……」  
布団をギュッと握りしめ、精一杯別の方を向きながら、言いにくそうに美果さんが尋ねてくる。  
「新年会で間違って飲酒してしまったあなたは、ひどく酔っていました。  
同僚の婦人に送って頂いて、こちらに帰ってきたんですよ」  
かいつまんで話すと、美果さんはしばしの沈黙の後、僕をぎろりと睨みつけた。  
「……酔った私を、手込めにしたってわけですか?無抵抗だから、チャンスだって」  
詰問されて、僕はエッと言葉を失った。  
拒む僕に強引に迫り、ついには乗りかかって誘ってきたのは、美果さんの方ではないか。  
まさかとは思うが、昨夜のことを全く覚えていないのだろうか。  
「最低。旦那様って、そういう方だったんですね」  
困って黙った僕を見て誤解したのか、美果さんが大仰に顔をしかめて嫌悪感を露わにする。  
これはまずい、僕の名誉の一大危機だ。  
「お待ちなさい。誘ってきたのは、あなたの方で……」  
「そんなの、なだめてさっさと寝かしつけてくれればよかったじゃないですか!  
なのに抱いちゃうなんて、旦那様のヘンタイ、すけべ、人でなし、女ったらし!!」  
僕の弱々しい抗弁をばっさり切り捨て、美果さんは起きて早々、頭から湯気を出すほど怒りはじめた。  
その剣幕は、昨夜とても可愛らしくねだってきたことなど、到底信じられないほどに激しいものだった。  
「旦那様なんか、もう知りませんっ」  
ついにはそう言い捨てて、美果さんはシーツを引っ張って体に巻きつけ、足音も高らかに風呂場へ歩いていった。  
その反動で、僕は布団から放り出され、あられもない格好のままでただ呆然となるばかりだった。  
酔った時が本当の美果さんの姿だとばかり思っていたが、気が強く怒りっぽいのは、どうやら彼女の元々の性格のようだ。  
これは、並大抵のことでは機嫌を直してくれそうもない。  
その予感は見事に的中し、以後三週間、同衾はおろか傍に近寄ることも一切禁止され、僕は途方に暮れることになったのだった。  
 
 
──第7話おわり──  
 
 
 
※未成年者の飲酒は法律で禁止されています。  
(お分かりでしょうが、一応)  
 
 

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