ある日の朝、アパートを出た私と旦那様を、うちの大家さんが呼び止めた。  
「カニ鍋セットが当ったの。よかったら、今晩食べにいらっしゃいな」  
言われた次の瞬間、私は足を止めて駆け戻り、はいと即答していた。  
大家さんは、懸賞や新聞の読者投稿が趣味で、よく応募しているらしい。  
前にも、みかんが一箱当ったからと、おすそ分けをくれたことがある。  
たかが一住人にすぎない私達に、ずいぶん優しくしてくれるものだ。  
まあ、この場合は私ではなく、旦那様が大家さんにいたく気に入られているからこそ、なんだけど。  
旦那様は、おばさんまたはお婆ちゃんといった年齢の女性に、とにかくモテる。  
上品で礼儀正しく、言葉遣いも丁寧だから、その辺りの女性の「いい男」像にぴったり当てはまるから、らしい。  
さすがに、恋愛感情を抱かれることはないようだが……。  
一般に、女という物は高貴な男に弱い。  
最初でこそ不良に憧れることもあるが、年を経れば経るだけ、品のある異性に惹かれるようになるのだそうだ。  
その傾向に加え、旦那様個人のお優しさと、ふんわりした雰囲気も手伝い、その人気はあなどりがたい。  
大家さんもその魅力にやられたようで、何くれとなく世話を焼いてくれる。  
高齢の大家さんと、万事がスローペースの旦那様は気が合うようで、大家と店子の枠を超えて仲良くしている。  
2人が並んで座り、渋茶をすすっている光景などは、なかなか和むものではある。  
 
 
夜になり、部屋に戻った私達は、連れ立って1階の大家さんの所にお邪魔した。  
ドアをくぐるなり、どうだとばかりにカニ鍋セットを誇らしげに見せつけられる。  
まるで、一仕事終えた猟師が、しとめたイノシシの大きさを自慢するみたいだと思った。  
酒造会社の懸賞だったようで、一升瓶が1本と、大きなズワイガニ2杯、そして野菜や調味料までもが揃っている。  
世の中は不景気まっしぐらだというのに、ずいぶん豪華なセットだ。  
ご馳走になる以上は働かねばと、大家さんには座っていてもらい、私と旦那様で鍋の準備をする。  
台所を借りて、だしを鍋に張り、カニや白菜や豆腐、くず切り等を入れ、まずは一煮立ち。  
私達の部屋には、土鍋も卓上コンロも無いから、お鍋なんて久しぶりだ。  
準備をする私の傍らで、手元を覗き込むだけで一切役に立っていない旦那様も、気分が浮き立っている様子。  
鍋がいい頃合いになったので、大家さんが待つコタツの上に置き、3人で囲む。  
今日お招き頂いたお礼をくれぐれも丁重に申し述べてから、私達は湯気にまみれて食べ始めた。  
カニなんて、何年ぶりだろう。  
メイドなんかをしていると、こんなぜいたくな物は食べられない。せいぜいカニカマだ。  
ちゃんと身がほじれない旦那様の手からカニを奪い、身と殻を分けて取り皿に入れてあげつつ、自分も食べる。  
お酒を1本つけましょうかと大家さんが言いだしたので、私が台所に立った。  
燗をつけたお銚子と杯を持っていくと、2人は仲良く、さしつさされつで飲み始めた。  
この隙に、カニを頂いてしまわねば。  
全部食べてしまっては失礼だから、目立つ脚や爪ではなく、グローブのような脚の根元(抱き身というらしい)を狙う。  
鍋を囲む3名中、1名の目がらんらんと光っているうち、お銚子は2本目になった。  
気がつけば、2人はカニの甲羅にお酒を注ぎ、ミソと混ぜて甲羅酒にしている。  
とても美味しそう、私も一口……とそっと手を伸ばすと、旦那様にぴしゃりと制されてしまった。  
「美果さんはダメです。未成年がアルコールをたしなむのは、法律で禁止されています」  
確かにそうだけど、一口くらいなら大丈夫なのに。  
「いけません!もう、新年の二の舞はこりごりです」  
そういえば、茶店の新年会で、私は間違えてお酒を飲んだんだった。  
気がついた時には、いつの間にかアパートに帰っていて、おまけに裸で旦那様と同じ布団で眠っていた。  
酔った女を抱くなんてと責めても、旦那様は「あなたが誘ったのです」と言うばかりで、謝ってくれなかったっけ。  
ここで私が飲んでは、また妙な風になってしまうかもしれない。  
私はカニミソに未練を残しながら、鍋に残った湯葉を箸先ですくい上げた。  
 
最後の雑炊まできっちりやって、お鍋が終った。  
しかし、後片付けを終えた私が戻っても、大家さんと旦那様はテレビを見ながら尚もちびちびと杯を傾けている。  
コタツの上には、いつのまにか佃煮やピーナッツなどのおつまみが並んでいて、晩酌を進ませているようだ。  
普通、ご飯を食べた後は飲まないものだと思うのに。  
大家さんは、普段は上品そうなのに、実はなかなかいける口らしい。  
2人が仲良くしているのを横目に見つつ、私は久しぶりに見るテレビに集中する。  
そしてしばしの時を過ごした後、2人してもう一度今日のお礼を言って、2階に戻った。  
部屋のコタツに入り、旦那様がごろりと仰向けになられる。  
行儀が悪いけど、私も同じように寝転び、食べ過ぎてはちきれそうになったお腹を押さえた。  
美味しくてとっても満足したから、しばらくは何もしたくない。  
でもお風呂に入らなきゃ……と、旦那様を起こすべく肩に手を掛けた。  
「旦那様、寝ちゃダメですよ。お風呂に入ってからですからね」  
耳元で呼んでも、旦那様は生返事をするだけで起き上がってはくれない。  
「旦那様、旦那様ったら」  
「うーん。僕はもう、寝、ます……」  
切れ切れに言う旦那様は、今にも寝入ってしまいそうに見える。  
「ダメですよ。ちゃんとお風呂に入って、パジャマを着て下さい」  
この上は実力行使に踏み切ろうと、抱き起こすことを試みる。  
しかし、力をすっかり抜いてしまったその体は重く、私は半分持ち上げたところで力尽きた。  
「きゃっ!す、すみません」  
抱き起こすどころか、旦那様の上に倒れこむように乗っかってしまい、慌てて謝る。  
しかし、当の本人は怒るどころか、顔を圧迫している私の胸に手を這わせ始めた。  
「あっ……。ちょっと、何やってんですか!」  
閨の時よりもずっと優しく、触れるか触れないかというタッチで触られ、背筋がびくりとする。  
服も下着も着けているから、感覚が鈍いはずなのに、なんで。  
「うん。今日もいい触り心地です」  
旦那様が、ぼうっとした表情で私をご覧になる。  
赤く潤んだその目は、どきっとするほど色っぽく見え、私は魅入られたように動けなくなった。  
「やはり、美果さんのおっぱいは、非常に素晴らしい」  
さわさわ、さわさわ。  
気に入りの物を愛でるような手つきで、旦那様が私の胸の感触を楽しまれる。  
そこには明確な意図など無いだろうに、少し触れられただけで感じてしまう自分の体がいやになった。  
ちょっと前まで、こんな風にはならなかったのに。  
「旦那様。分かりましたから、もう離して……」  
「ダメです」  
旦那様が即答されて、私は思わず言葉を失った。  
「あなたの胸は、とても触り心地がいいのです。しっとりとして美しく、形もよく、顔を埋めればいい香りがする。  
可能ならば、一日中触っていたいくらいです」  
私のお願いを言下に退けたのち、一体どうしたのかと思うくらいに熱っぽく旦那様が語られる。  
この方がこんなに口数が多いのは、珍しい。  
「願わくば、もう少しだけ大きいと、もっといいのですが」  
ほっといてくれ、そんなこと。  
「でも、こうしてあなたに乗られていると、胸の重みが感じられて何ともいえないのです。ああ、柔らかい」  
うっとりとした口調で言って、旦那様はまた私の胸に手を這わされた。  
今日のこの方は、いつもとは随分違う。  
普段は、私に触れるのも最初はおずおずという感じで、ましてや胸について語るなんてことは全くないのに。  
変だなと思いつつも、私の耳は、先程の言葉の中にあった「素晴らしい」「美しい」という言葉を敏感にキャッチしていた。  
誇れるほどの胸なんかじゃないのに、そう思ってもらえているのなら、満更でもない。  
そんなに好きなのなら、もうちょっとだけ触らせてあげよう。  
つい先だって、3週間くらいお預けしたばっかりだし。  
そう思って床に肘をついて体を支え、旦那様に自分の体重がかからないようにした。  
当のご本人は、ちっとも飽きることなく、私の胸の感触を堪能していらっしゃる。  
正直言って、今くらいの触れ方では、少々物足りなかった。  
 
しばしの後、もういいかと思って上体を起こす。  
「じゃ、お風呂を沸かしてきますから」  
一気に立ち上がろうとするも、今度は旦那様に抱きつかれ、私は再び倒れこむ格好になった。  
「ちょっと!いい加減に……」  
して下さい、と睨みつけようとしたところで、再び旦那様と目が合う。  
さっきと同じ赤く潤んだ瞳で見つめられ、私はまた動けなくなった。  
「風呂は、後で結構です。一緒にでも僕は一向に構いません」  
「え……」  
一緒に、って。  
「あの、それって……。あっ」  
コタツを足で遠ざけて、旦那様が体の位置を入れ替えられる。  
そのあまりの早業に、私はあっけに取られてしまい、一切の抵抗を忘れてしまっていた。  
気がついたときには、いつもの体勢になっていて、旦那様に服のボタンを外されかけている。  
やだ、まだお風呂に入っていないのに。  
お手をどけようとしても巧みにかわされて、胸元がどんどんと心許なくなっていく。  
いくらもしないうちに、服のボタンとブラのホックは全部外されてしまった。  
満足気に微笑んだ旦那様が、さっきのようにまた胸に顔を埋めてこられる。  
その吐息が肌にかかって、思わず私は息を飲んだ。  
 
 
私が身を固くしたのを幸いに、旦那様のお手がさらに動く。  
ブラがずり上げられ、胸がこぼれてワンピースの生地に擦れる。  
そんな微かな刺激にも、背筋がびくりとしてしまうのが止められない。  
「ん……。やはり、いいものですね」  
旦那様が、今度は明確な意図をもって胸に触れてこられる。  
その親指が不意に乳首をかすめ、私は思わず上ずった声を上げてしまった。  
「うん。その声も、僕は好きです」  
満足気に言われたそのことに、頬にカッと血が昇る。  
やっぱり、今日の旦那様はいつもと違う。  
胸が素晴らしいとか声が好きだとか、そんなことを言われるとすごく恥ずかしくなってしまう。  
「美果さん。口をつぐんでは、つまりません」  
旦那様が、鼻と鼻がくっ付くくらいの距離で私を見つめ、咎めるような口調で仰る。  
息にお酒の匂いを感じ取り、あっと思った。  
今日のこの方がいつもと違うのは、お酒のせいなのに違いない。  
「旦那様、お酒……」  
飲みすぎたでしょう、と言おうとする私を黙らせるように、旦那様が唇を重ねられる。  
「ん……んんっ」  
そのまま舌を絡められ、私は驚きに身を固くした。  
こういうキスがあることは知っていたけれど、いきなりされると対処に困る。  
イヤだとはこれっぽっちも思わないけど、一体どうすればいいか分からない。  
身動きが取れない私の舌を、旦那様のそれが弄ぶように絡んでくる。  
もしかして、同じようにすべきなのかと思い、私もほんの少しだけ舌を動かした。  
「ん……」  
私が協力的になったのが分かったようで、旦那様がさらに深く口づけられる。  
自分の何もかもが吸い取られそうで、頭がぼうっとして、閉じた瞼の裏が白く霞んだ。  
「……はっ」  
無理矢理口づけから逃れ、大きく息を吸う。  
アルコールの匂いに、脳の片隅が痺れたようになっているのが分かった。  
「終わりですか?僕はまだ足りません」  
旦那様が少し不満気に呟いて、今度は私の胸に舌を届かされる。  
「あっ……あ……やっ」  
ワンピースの布越しに乳首が刺激され、私の口から喘ぎがこぼれる。  
直に舐められているわけでもないのに、こんな風になるなんて恥ずかしい。  
「美果さんは、こういう触れ方が好きなんですね」  
笑みを含んだ声で旦那様が仰り、またそこに舌が這わされる。  
こういうのが好きだなんて一切口にしていないのに、分かってしまうのだろうか。  
「あっ、ひゃあっ!」  
旦那様が指先でそこをなぶられ、私は甲高い声を上げてしまう。  
いやだ、なんかすごく気持ちいい。  
乳首が固くなって、旦那様の指を押し返すさまが目に見えるようだ。  
 
感じているのがばればれなのに戸惑うけど、でももっとしてほしい。  
「あ、もっと……。んっ……」  
欲望が高まり、更なる愛撫をせがむ声が、勝手に口から漏れる。  
「もっと、何です?」  
どこか楽しんでいるような口調で旦那様が仰って、動きを止められる。  
まさか、ちゃんとおねだりしないと、触ってくれないとでもいうのだろうか。  
「んっ」  
旦那様のお手を胸に押し付け、こうですと示しても、効かなかった。  
「あの、そこを……指で」  
体の熱が冷めていくのが言いようもなく心細くなって、恥を忍んで言葉にする。  
「指で?」  
「軽く弾いたり、とか。あと、その、舐めて下さると……」  
「はい」  
「とっても気持ちいい、です……」  
言い終わって少し遅れて羞恥心がワッと押し寄せ、私は手で顔を隠した。  
なんだか、取り返しの付かないことを言ってしまった気がする。  
「美果さん、その手をおどけなさい。頼みごとは、人の目を見てするものです」  
旦那様の鬼のような指導が入り、私はますます身の置き場がなくなった。  
固まる私の手を、旦那様が半ば強引に外させられる。  
そのまま、キスできるくらいの近さまで顔を近付けられ、私は目をそらすことができなかった。  
追いつめられ、進退きわまって呼吸が苦しい。  
目に涙が滲み、雫が一つ頬を伝った。  
 
 
旦那様の指が、頬を拭う。  
そのまま抱き起こされ、私は身にまとっている全てを脱がされた。  
素肌に旦那様のお手が這って、息を飲んで唇を噛む。  
「きれいな肌ですね」  
「え……あっ」  
旦那様が私の胸に触れ、慈しむように揉まれる。  
この方のしなやかなお手が触れると、まるで、自分の体が一段上等になったみたいに思える。  
旦那様はしばらくそうされていたが、やがて姿勢を低くし、私の胸に吸い付かれた。  
「あんっ!」  
乳首を舌でなぶられ、私は身をよじって高い声を上げてしまった。  
認めたくはないけれど、こうしてもらうのは、すごく気持ちいいから好き。  
「んっ……ん……あんっ……はぁんっ……」  
直接触れてもらうと、舌の熱や濡れた感触がリアルに伝わってくる。  
私はそれにうっとりとなって、抵抗を忘れてじっとしていた。  
すごく気持ちいいけど、そろそろアレが欲しい。  
膝をもじもじと擦り合わせると、旦那様はふむと頷いて私の下半身に手を滑らされた。  
足首から脚の付け根までを、行きつ戻りつしながら、欲情を煽るように撫で上げられる。  
吐く息に熱がこもり、胸がどうしようもなく騒いだ。  
「あ……」  
旦那様の指が、隠された場所を目指して押し込まれてくる。  
私の体は期待感に震え、いよいよ自分でも抑えが効かなくなってきた。  
しかし。  
「やっ。なんで……」  
触ってもらいたくて疼いている場所には届かず、指は茂みを逆立てるように往復しただけだった。  
期待を裏切るなんて、ひどい。  
「旦那様、違います。そこじゃなくて」  
「ええ」  
もどかしく頼んでも、要領を得ない返事が聞こえるばかり。  
もう我慢ができなくなって、私は旦那様の手を掴んだ。  
自分で秘所を開き、触れて欲しくてたまらない敏感な場所にお手を押し付ける。  
「ここですか?」  
旦那様が、指で肉芽を軽く弾いて尋ねてこられる。  
私は無言で頷いて、もっととねだるように腰を押し付けた。  
 
「んっ……あ……」  
もどかしいほどにゆっくりと指が動き始め、肉芽をなぶる。  
つついたり押し潰されたりするたび、私の腰は憎らしいほど敏感に反応し、お尻が浮いた。  
快感を得るのに十分な強さで触ってもらえないから、刺激を少しでも逃したくなくて。  
目をギュッと閉じ、旦那様の指の動きだけに全神経を集中して、それ以外のことを頭から追い出した。  
「あんっ……ん……。旦那様、もっと……」  
愛液を絡めた指で粘膜がなぞられて、卑猥な音がする。  
いつもは、その音を聞くと消えてしまいたいくらい恥ずかしくなるのに。  
今日は、まだ足りない、もっと音が高くなるくらいにして欲しいなどと思っているのだ。  
「いつになく正直ですね、美果さん」  
ククッと小さく笑って、旦那様が呟かれる。  
「強がりを言う時も可愛いですが、素直に求めてくれる時が一番、僕は好きです」  
そうさせているのは、旦那様なのに。  
中に指を押し込まれながら、おぼろげにそう思った。  
もうちょっとだけ、肉芽を触って欲しかったのにな。  
中にある旦那様の指は、天井を引っかいたり、中の愛液を掻き出すように動く。  
今度はそれに意識を持っていかれて、私は拳を握り締めた。  
そんな風にされると、別の物が欲しくなってしまう。  
指よりずっと太くて、存在感のあるアレ、が。  
とうとう堪えきれなくなって手を伸ばし、私は旦那様のズボンを引っ張って催促した。  
「何です?」  
小首を傾げて尋ねられるのが、憎らしくさえ感じる。  
こういう時に私が頼むことなど、いくら鈍いこの方でも想像がつきそうなものなのに。  
「旦那様、あの、早く……」  
入れて下さいとはさすがに言いにくく、私は困って眉根を寄せた。  
どうしよう、思い切って言うべきなんだろうか。  
「美果さん、何か思うところがあるのなら仰いなさい」  
ん?とまた小首を傾げ、旦那様が尚も尋ねられるのに、私はとうとう観念した。  
「旦那様の……を。早く、下さい……」  
呼吸困難になりかけながら言って、旦那様に抱きつく。  
顔を見られたくないからそうしたのに、脚がひとりでに動き、旦那様の腰に絡んでしまう。  
ますます恥ずかしくなり、穴があったら入りたいくらいの心地になった。  
 
「僕の物が、欲しいですか」  
旦那様が私に小さく尋ね、ふと考え込まれる。  
そんな悠長にしていないで、さっさと望みをかなえてくれればいいのに。  
まるでわざとそうして、私を焦らして楽しんでいるみたいだ。  
しゃくだから、答えてなんかやるもんかと唇を噛み、目をつぶったのに。  
私の首はあっさりと縦に振れ、そうですと告げていた。  
素直な仕草がお気に召したのか、旦那様が微笑まれる気配がする。  
そのままご自分のベルトに手をかけ、外される音が私の耳に届いた。  
「あっ……」  
熱く固い物が秘所に押し当てられ、濡れて滑るのを楽しむかのようにぬるぬると動く。  
私は息を飲み、旦那様のお尻に手をやり、引き寄せた。  
早く、早く満たしてほしい。  
私のその願いが届いたのか、旦那様がグッと力をかけてこられる。  
しかし想像は裏切られ、アレはほんの入り口を往復するだけで、深く入る気配をみせなかった。  
まるで今にも抜けてしまいそうで、私は大いに不満になった。  
「やだっ。なんで……」  
抗議のまなざしを向けても、旦那様はどこ吹く風で、口元には笑みさえ浮かんでいる。  
まだまだ余裕がおありなのが分かって、自分との違いに地団駄を踏むくらいに悔しくなった。  
「旦那様、お願いです。早く……」  
恥を忍んで頼んでも、涼しい顔で無視されて。  
それを見た私の胸には、いままでこの方に抱いたことのない感情が生まれ、急激に広がった。  
「旦那様の意地悪、大嫌い!」  
感情が抑えきれず、口が勝手に叫んでしまう。  
あっと思った時には、もう遅かった。  
旦那様のお顔からスッと笑みが消え、辺りの気温が急に下がったようになる。  
「あ……あの……」  
私はどう言い訳しようかとパニックになって、今しがたの不満はどこかへ飛んでいってしまった。  
 
「美果さん」  
身を縮める私の耳に、旦那様の声が届く。  
「あなたは僕が嫌いですか。僕は、一度だってそのように思ったことなどないのに」  
非難の色を帯びた声で言われ、私はますます小さくなった。  
そもそもは、焦らして意地悪をするこの方に原因があるのに。  
やっぱり一言謝るべきだろうか、でもなんて言ったらいいのだろう。  
「あっ!」  
困っていたところ、いきなり旦那様がアレを奥まで差し込まれ、私は甲高い悲鳴を上げた。  
さっきはほんの少ししか入れてもらえなかったアレが、今は私を串刺しにするみたいに貫いて。  
その熱さと存在感の大きさが、少し怖いけど嬉しくもあった。  
「取り消しなさい、美果さん」  
旦那様が真剣な顔で仰って、私の胸が騒ぐ。  
どうしたんだろう、今日のこの方は妙に男っぽくて強引だ。  
取り消さないとこうだとでも言うように、アレがまた抜け落ちそうな所まで引き抜かれる。  
「やっ。取り消します、さっきのは嘘です」  
私はもう矢も盾もたまらなくなって、腰を浮かせて求めた。  
これ以上焦らされるのは、一秒だって我慢できない。  
必死に言ったのが通じたのか、旦那様のまとわれる空気が、ほんの少し和らいだのが分かった。  
「いい子ですね」  
私の額にキスをして小さく囁いてから、旦那様がゆっくりと腰を使われはじめる。  
「ああっ……ん……」  
やっと望んでいた物が得られ、私の胸を歓喜が満たす。  
旦那様のアレが奥に届くたび、背筋が震えるほど嬉しくて、気持ち良くて。  
まるで、体がとろとろに蕩けてしまうみたいに思える。  
手を伸ばして求めると、旦那様がこちらに体を倒してこられ、互いの肌がぴったり密着する。  
冬なのに、こうしていると季節なんて忘れてしまいそうだ。  
「あ……くっ……」  
旦那様が眉根を寄せて苦しそうな顔をされ、限界が近いことが分かる。  
いつもより早いけど、私も焦らされた分追いつめられていて、そろそろだった。  
「旦那様っ。もう……」  
視線を合わせて訴えると、旦那様は目だけで返事をし、腰の動きを早くされた。  
そして各々短く叫び、または呻いて達する。  
呼吸が次第にゆっくりになり、部屋の寒さに白く映えたところで、私達は揃って身震いをした。  
コタツに掛けていた布団を慌てて引き寄せ、二人でくるまる。  
その暖かさにホッと息をついていると、旦那様が私の体に腕を回された。  
 
 
小さな違和感が、胸に生まれる。  
事後、いつもは私の髪や背を撫でてこられる旦那様が、今日は私を抱きしめたままじっとしていらっしゃるから。  
私が身じろぎをすると、あの方は慌てたように手の力を強められた。  
「美果さん、申し訳ありませんでした」  
「えっ?」  
いきなり謝ってもらっても、何のことか分からない。  
「あなたが求めて下さるのが、とても可愛くて。つい、あのような……」  
ひどくしょぼくれた声で旦那様が仰って、私はあっと気がついた。  
さっき私が「大嫌い」と言ってしまったのを、まともに受け取られたのに違いない。  
たかが一人の女に言われただけなのに、随分と小心なことだ。  
「あれは、言葉のあやですよ。今は、別に何とも思ってません」  
「しかし、あの時そう思ったからこそ、仰ったのでしょう?」  
「それは……」  
焦らされたから憎らしくなったとは、さすがに言いづらい。  
「つい言っちゃっただけですから、気にしないで下さい。  
それに、旦那様があんな風になさったのは、お酒のせいなんでしょう?」  
「はあ……。些か酒を過ごして、気が大きくなっていたのでしょうか」  
「私を苛めてやろう、意地悪しようと、本心から思っておられたわけじゃないですよね?」  
「ええ、それは勿論です。誓って、そのようなことは」  
旦那様が大きく頷いて、真剣な表情になられる。  
 
「なら、いいです。お酒の上の過ちってことですから」  
焦らされて腹が立ったのは事実だけど、反面すごく気持ち良かったことも、また事実なんだから。  
現に、胸のムカムカは、今はすっかり無くなっているし。  
「しかし……僕は、美果さんに……」  
旦那様はご自分の行動を恥じておられるのか、まだ固い表情をなさったままだ。  
 
 
「もういいです。それより旦那様、その言葉遣いは何とかなりませんか」  
いつまでも隣でうじうじされていても、正直困る。  
この上は話題をそらすことに決め、私は全く関係ないことを口にした。  
「言葉遣い、ですか?」  
「ええ、前から言おうと思ってたんです。丁寧に仰るの、やめて下さい」  
私が言うと、旦那様はエッと小さく目をみはられた。  
「親しき仲にも礼儀ありと言うではありませんか。ぞんざいな口調は、僕は好みません」  
「はあ……」  
旦那様は、TPOという言葉をご存知ないのだろうか。  
まあ、上品で人当たりがいいのが、この方の大きな魅力ではあるんだけど。  
「旦那様。旦那様は、私のご主人様でしょう?」  
「ええ。一応は、そういうことになりますね」  
「だったら『俺が法律だ、俺に従え』って、もっとビシッと言って下さればいいのに」  
あんまり偉そうなのはイヤだけど、ちょっとくらいなら構わない。  
私が言うと、旦那様は眉をひそめ、合点のいかない表情をされた。  
「美果さん、それはいささか強権的に過ぎるのではありませんか。そのようなことは、言いたくありません」  
「そんなんじゃ困ります。ご主人様なんだから、メイドを呼び捨てにして、ご自分の要望を言いつけて下さらないと」  
何かありませんかと水を向けると、旦那様はううむとしばし考え、やがておもむろに口を開かれた。  
「美果。明日の夕食のおかずは、チーズの乗ったハンバーグにして下さい」  
仰った言葉を聞いて、私の肩からがくりと力が抜ける。  
合格なのは呼び捨てだけで、語調が丁寧なのも、要望の種類もハンバーグも明らかに不合格だ。  
「『下さい』ってなんですか。『しなさい』でしょう、もうっ」  
溜息をつく私に、旦那様が申し訳なさそうに謝られる。  
本当に、この方がきちんと主らしい行動をとってくれるのは、いつの話だろう。  
私が生意気なことを言っても、大人しく従って、不平不満はほとんど言わないんだから。  
そもそも、リーダーシップとか主張とか、そういうのがこの方には欠けているのだ。  
こんなことでは、将来出世するという約束も、どうなるか知れたものではない。  
 
 
「僕は、美果さんを大事に思っていますよ。感謝の気持ちもありますし、信頼もしています」  
余程、私に「大嫌い」と言われたことがショックなのか、呆れて黙った私に旦那様が食い下がられる。  
褒め倒して、私の口からも同じような言葉を引き出したいのだろうが、その手には乗らないことにしよう。  
下手に喜ばせることを言って、この方に調子に乗られても困る。  
それに、呼び捨てにするように言ったのに、また「さん」が復活しているし。  
「ありがとうございます。では、お風呂に入って寝ましょう」  
脱げたワンピースを体にあてがい、旦那様の隣を抜け出してお風呂の用意をしに行く。  
お湯を溜める間に、納得のいかない顔をしておられる旦那様にどいてもらって、布団を敷いて。  
それから細々した雑用に取り掛かり、わざと距離を取ってみた。  
明かりを消す時にも、同じ布団で寝たいという旦那様の無言の訴えを無視して、自分の布団で眠る。  
この方には、もっともっと頑張って頂かなければならない。  
「お傍にいます、ついていかせて下さい」と、私に言わせてくれるようじゃないと、ダメだ。  
好きじゃないわけじゃないけど、それを言葉にして伝えるのは、まだ先でいい。  
 
 
──第8話おわり──  
 

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