人の住む町から人間の足で歩いて五時間──カラス山の奥地には、
もう廃墟と化した小さな稲荷神社がありました。
神社を中心とした一帯は、かつて山あいの農村があったところ。
今は、自分たちがお稲荷さまのお使いの子孫であると信じている、
キツネたちの棲み処です。
彼らは「化身の術」の使い手で、
昔は人間の姿に化けて人の生活に紛れたりしていたものですが、
今ではすっかり生活圏も離れ、そういった交流はほとんど無くなってしまいました。
神社に一番近い洞窟には、二頭の親子狐が住んでいます。
母親「狐鈴(こりん)」はとても美しい雌狐です。
手入れの行き届いた赤い毛皮は、太陽に照らされると、キラキラと金色に輝きました。
新雪のような純白のお腹の毛。
その下腹部には、薄桃色の小さな膨らみが八つ、あります。
離乳期が過ぎて小さくなりかけた母親の乳房です。
今はもう冬の最中、普通であればとっくにつるりとした細いお腹に戻っているはずですが、
これにはわけがありました。
狐たちが巣立つのは、生まれた年の夏。
とても短い期間で、ひとりで生きていけるまで成長しなくてはなりません。
母狐、狐鈴の夫の雄狐は、子供たちがまだ小さい頃に亡くなりました。
狐鈴はひとりで四頭の子供を育て上げ、送り出しました。
ただ一頭、未熟児で育ちのとても遅かった息子、「ちょこ太」を除いて。
苦労の甲斐があって、つい最近まで乳を飲んでいたちょこ太も、
ようやく巣立った頃の兄弟たちと同じくらい、大きくなりました。
ちょこ太は甘えん坊で、母、狐鈴が大好きです。
母のふかふかした尻尾と優しく抱いてくれる胸の温かさ、ほんのりミルクの香りと、
甘い蜜のような花の香り(少し体臭の強い狐の一族は、狩りのとき、
獲物に臭いを悟られ易いのですが、この母狐は夫を失ってひとりで子供たちを育てるため、
花の匂いを纏ってみたりと、知恵を働かせていたのです)。
ちょこ太は母と一緒の時間がいつまでも続いたらいいのにな、と思う反面、
いつまでも心配をかけられない、早く自立しなくちゃという想いも募らせていました。
狐鈴の方も、早く子供を巣立たせて、
次のパートナーと子孫を残さなくてはいけないという、狐族の本能と、
夫の面影を一番良く残しているちょこ太を離したくないとの想いとの間で、
心が揺れていたのです。
辛い別れを想像することを避けて、母狐は別のことを考えるように努めていました。
今は冬の真っ盛り、雪に包まれた山のしんとした冷たい空気の中で、
ふと春のことを想像しました。
(春になったら、代々守り続けている神社のお掃除をしなくっちゃ……)
もうボロボロになりかけた神社の境内、人間の姿になって、
綺麗に片付けようと思い立ちます。
ちょこ太も手伝ってくれるかな。
この子にも、化身の術は教えたけれど、上手く人間の姿になれるだろうか、
なんて想いを巡らせながら。
洞窟の中に、人間の落し物を拾い集めた道具がいっぱいあります。
何か足りないものはないか、と母狐は考えました。
(肉球、いえ、手のひらがふやけてしまわないような手袋が欲しいわねぇ……)
母狐は、ちょこ太を呼びつけます。
「ちょこ太、ゴム手袋を買ってきて欲しいのよ。
人間の町まで、おつかい……、お願いできるかしら?」
「ゴム……袋?」
「お薬屋さんに売ってるからね。ほら、拾った人間のお金があるから。
これで足りると思うけど……」
母狐は、息子の小さな手のひらにきらきら光る大きな硬貨を二枚、握らせました。
「おかあさんは一緒にこないの?」
「なんだか、ちょっと体が重くってねぇ……」
ちょこ太を独り立ちさせようという狙いもありますが、
本当に昨日からどうにもだるくって、体が重いのです。
ちょこ太は、そんな母親を見て、
「うん、分かった。待っててね」
と答えると、心配しないで、と目で合図を送って、洞窟の外に飛び出しました。
外はまだ夜。月明かりに照らされた新雪の砂のような粒がきらきらと光ります。
ざくざく、ぎゅっぎゅっと音を立てながら、小さい足で雪を踏みしめ、
子狐は駆けて行きます。
夜が明ける前に人間の町に着かねばなりません。
化身の術も、ちょこ太の腕前では長く持ちません。
人目に付かないうちに、買い物を済ませて帰る必要がありました。
薬局の主人はお人好しで、
早朝でも勝手口の扉の郵便受けからお金を渡せば商品を売ってくれるだろう、
と母狐に教わっていました。
──狐の足で二時間ほど走れば、もう町です。
降りてきた山の稜線が薄っすらと明るみ、町並みがぼんやりと浮かび上がります。
今年は雪が多いのか、人間の町も白く包まれていて、
子狐は冷たくなった足先を擦り合わせて、はあっと息をかけました。
立ち止まっていると体が冷えてきます。
とっ、とっ、と舗装路に足跡を残しながら歩くと、
お目当ての薬屋さんはすぐに見付かりました。
「ごめんください。朝早くにすみませんが……」
ちょこ太は、コンコンと扉を叩くと、母親から聞いていた通りの挨拶をします。
すぐに、狐の言葉で喋ってしまっていたことに気付き、喉に化身の術をかけ、
今度は人間の言葉で同じ挨拶を繰り返します。
しばらくして、建物の中でゴトゴトと音がして、声が返ってきました。
「こんな朝から何の用だい?」
「えっと、えっと……」
ちょこ太は慌てながら、右手に化身の術をかけました。
人間の形になった手のひらに、硬貨を二枚乗せ、郵便受けに差し込みます。
「これで、あの……、ゴム? ゴム……袋をください」
「えっ?」
五百円硬貨が二枚、この値段で「ゴム」の「袋」と言われると……。
ははぁ、と薬局の店主は思いました。
ちょっと幼い感じのする声。
学生が親の目を盗んで「避妊具」を買いに来たのだと考えてしまったのです。
「そりゃあ、売るには売るけどねぇ……」
お金を受け取り、千円で買えるスキンにいくつか目星をつけながら、
店主はこの背伸びをしている若者に少しお灸を据えておこうと思います。
「どうにもお前さんの声は子供っぽいんだが。
身分証はあるかい?
スキンを買うなら、大人である証拠を見せてもらわないと……」
お買い物をするのに大人でなければならないなんて知らなかった。
それに、「ミブンショウ」って何?
ちょこ太はしまった、と思います。
化けた手のひらは大きく、大人の人間のもののように見えるかもしれませんが、
喉に術をかけたとき、声も大人になるようにしなければいけなかったのです。
「えっと、えっとぉ……」
どうしよう、とちょこ太はパニックになりました。
お金を返して、とも言えません。大事なおつかいに失敗したくないのです。
まるで追い詰められた瀕死の獲物みたいに、頭の中を昔の想い出が駆け巡りました。
早くに巣立ってしまった兄たちの言ってた言葉を思い出します。
「ここが剥けたら、大人の証拠なんだ」
そう言っておちんちんの見せ合いをしてたこと。
ちょこ太は、ハッとして自分の股間に手をやります。
見せ合いっこのときは、成長が遅くてひとりだけ小さかったちょこ太のそこは、
もうそのときの兄弟たちと同じくらいに、オスらしく、逞しくなっていました。
でも、かすかに記憶に残っている、お父さんのものよりは小さい気がします。
(そうだ!)
ちょこ太は、自分のおちんちんに化身の術をかけました。
お父さんと同じくらい、そこが大きくなるように。
しかし、不幸なことに──、
ちょこ太は狐と人間のおちんちんの形が全然違うことを知らなかったのです。
次に、ちょこ太はおちんちんの皮を剥こうとしました。
もう手のひらは冷たくなっています。はぁーっと息を手に吹きかけてから、
股間に両手を当てました。
(なんだか、ドキドキする……)
こうしてそこを触るのはいけないことのような、
嬉しいことのような不思議な気持ちが湧き起こります。
「んっ!」
赤い粘膜のおちんちんの先端が鞘から飛び出し、初めて外気に触れ、
ビリッと痺れたような気がしました。少し怖くなって、息も荒くなります。
でも、急がないと、余計に怪しまれます。
ちょこ太は我慢して、ゆっくりと皮を剥きあげていきました。
引き伸ばされた皮がピリピリと痛みます。
ジンジンするほどの冷たい空気にさらされて、おちんちんの剥け出た部分も痛くなります。
その刺激に、ちょこ太のそれはムクムクと大きくなってきました。
(あっ、すごい。ぼくのおちんちんってこんな風になるんだ……)
自分の小さな体からは想像もつかない、
立派な赤い槍のようなものが股間に立ち上がっていました。
これなら、立派に大人の証明になる──。
ちょこ太は後ろ足で立つと、躊躇うことなく、
その赤い尖りを郵便受けの横長の穴に挿し込みました。
仰天したのは、薬屋の店主です。
(これは……!?)
もう一度手が差し込まれ、
懇願されれば避妊具の箱を渡してやろうと思っていた店主は、
まったく予想もしていなかったその「もの」を見て、
しばらく言葉を失っていました。
──しかし、犬を飼っていたことのある店主は、
なんとかそれが動物のおちんちんであることに気付いたのです。
(これは、犬……? じゃないな。
犬にしては少し小さいし、さっきのは人間の手だった。あれは、そうか──)
店主はようやく、事態を理解します。
これは、カラス山の狐だな。まだあそこには狐たちが居るんだなあ──。
店主は幼少の頃、今は廃村となったカラス山の村に住んでいたのです。
化身の術を使う狐のことは、実際に見たことはないけれど、よく聞かされていました。
(去年は子供が生まれ過ぎたんだろうか? 狐が家族計画なんて──)
店主は可笑しくなって、クスクスと笑いを漏らしました。
渡された硬貨を指でチンチンと弾いてみます。
どうやら本物のお金のようです。
「どれ、きつ……、いやきみ、初めてで使い方が分からないだろう?」
「えっ? はい……」
ちょこ太はわけも分からず、店主の問いに答えます。
店主は箱からスキンを一袋、取り出すと、
ぴくぴくと小さく震える可愛い狐のおちんちんに、それをそっと嵌めてあげました。
ちょこ太は、おちんちんが薄い何かに包まれ、
少し締め付けられるのを感じていっそう胸をドキドキさせます。
なんだか、気持ちいいような気がして、
どくっどくっと心臓が大きく脈打つのが止まらなくなってきました。
「残りも大事に使いなさい──」
おちんちんを引っ込めると同時に差し出された小さな箱を受け取ると、
ちょこ太は股間から長いものを飛び出させたまま、
興奮を抑えきれないように走り始めました。
──洞窟でちょこ太の帰りを待っている母狐、狐鈴は、ひとつのことに気付きます。
どうして昨日から、全身がだるいのか。熱っぽくて、息が荒くなっているのか。
(毎年経験してるのに、季節が来るまでは忘れちゃってるのよねぇ……)
冬は、そう、狐の恋の季節。
狐鈴は発情を迎えようとしていたのです。
まだ本格的な発情期ではありませんが、股間がずくずくと疼きだしたので、
狐鈴はゆっくり熱を取るようにメスの性器を舐めながら、
亡くなった夫のことを想うのです。
あのひとが生きていたら、今の生活はどうなっていただろうか──。
夫婦で暮らす狐のオス親は、子供が夏を過ぎて留まることを許さなかったでしょう。
ちょこ太は育ちきらないまま、追い出され、どこかで命を落としていたに違いありません。
(でも、あの子が一番、あなたにそっくりなんですよ──)
悲しみを押し隠すように性器を舐め続けた狐鈴は、
次第に気持ちよくなって、興奮が募っていくのを感じていました。
舌を離すと、あそこからねっとりした液体が染み出ていました。
そして、顔をあげたそこには──夫と一瞬見間違えてしまった──
おつかいから帰ってきたちょこ太が居たのです。
「ちょこ太──」
「おかあさん、ゴムの袋、買ってきたよ。
お店の人が、使い方を教えてくれるって言って。
でも、おかしいんだ──」
ちょこ太の差し出した箱を見て、
母狐は息子が何か別のものを買ってきてしまったことに気付きましたが、
それを問いただす間もなく、あるものに目を奪われてしまったのです。
「おかあさん、ぼく、なんだかドキドキが止まらなくって……」
ちょこんとお尻を着けて目の前に座っているちょこ太の股間には──
大きく飛び出した真っ赤なおちんちんが揺れていました。
狐鈴の胸も早鐘を打ち始めました。
お互い、体が熱くなって荒い息を吐きながら、親子の狐は向かい合い、見詰め合います。
自慰に近い行為をしてしまっていた母狐は興奮を抑えられません。
夫にそっくりな雄狐が股間を大きくして、目の前に居るのですから。
子狐は、洞窟に充満した発情の始まったメスの香りを鼻の奥に捉え、
それが何の匂いであるか知らぬまま、さらに興奮を募らせていきます。
すでに化身の術を解いたはずの股間は、立派なオスの狐のものでした。
(体はまだ少し小さいけれど、あそこはもうすっかり大人なのね)
ふと、優しい気持ちになった母狐は、子狐が持って帰ってきた箱と、
そのおちんちんに被せられている薄い透明の膜のようなものを観察して、
それが何であるかを悟りました。
「わたしはゴム手袋って言ったのに、よく聞いてなかったのね」
「えっ? ごめんなさい……」
いいのよ、と母狐は微笑みます。
あれは、人間が使う「避妊具」というもの。だったら──。
母狐はその間違いがもたらすひとつの魅惑的な帰結に心を奪われ、
気持ちを抑えられなくなりました。
「ちょこ太、ドキドキが止まらなくてもおかしくないの。
それの使い方には、まだ、先があるんだから──」
「?」
母狐は、子狐の前で、白い毛皮と乳房の残るお腹を見せるように転がりました。
「これはなかなか教えてあげられることじゃないんだけど。
ちょこ太、あなたにはできる。
あなたが、お嫁さんをもらったときの練習なのよ」
体を起こし、ペロッと子狐の鼻の頭を舐めた母狐は、
くるりと後ろを向いてお尻を見せました。
「交尾をしましょう──」
「えっ……」
尻尾を持ち上げ、少し赤く膨らんだ性器をさらした母狐を見て、
ちょこ太は、交尾という言葉の意味、自分の股間がどういう状態になっているのか、
これから二頭で何をするのか、全てを本能で悟りました。
「でも、だめだよ。ぼくたち、親子なんだから……」
「大丈夫。あなたがつけてもらったのは、人間の道具なの。
交尾をしても、妊娠しないのよ。
だから、親子でも、こうして教えてあげられるの」
とんでもない理屈だ、と母狐は自分でも思います。
狐の世界では、親子の相姦は許されないのだから。
それでも、我慢できない──。
ちょこ太も心の奥に背徳感を覚えながら、
それでも、目の前をついついと泳ぐように逃げる美しい雌狐のお尻に誘われ、
追い駆けてしまいます。
気付くと、動きを止めた母狐のお腹にぎゅっと抱き付き、
ちょこ太は湧き上がる衝動に任せるまま、腰を大きく振り始めていました。
おちんちんの先が、何度か母狐の股間を擦ったかと思うと、
すでに潤っていた肉の狭間に、吸い込まれるように突き刺さりました。
「おかあさんっ」
「ああっ、ちょこ太……」
おちんちんは、ぐいぐいと腰の動きに合わせて、
雌狐のお腹の中に潜り込んでいきます。
あっという間に根元まで飲み込まれ、感じる圧迫感に、ちょこ太はしばし陶酔しました。
(ああ、なんて気持ちいいんだろう……)
もっと深く挿れたい、もっと強く抱き締めたい。
ちょこ太の腕が母狐のお腹を掻くようにしながら締め付けると、
膨らみの残った乳房が刺激されます。敏感な乳房を擦られるたび、
母狐は息子のおちんちんを包んでいる部分をキュッキュッと締め付けました。
ちょこ太のおちんちんの根元が、犬科特有の大きなコブ状に膨らみ、抜けなくなります。
それと同時に、どくっどくっと弾けるような脈動がお腹の底から起こり、
おちんちんの先へと流れ、吐き出されていきました。
長く続く、狐の射精です。
「すごい、出てるよ……、おかあさん……」
お腹を内から叩くような強い射精の刺激にうっとりしながら、
母狐は小さく呟きます。
「おかあさんって、言わないで……」
「?」
「『狐鈴』って呼んで──」
振り向いた母狐と、驚いた顔の子狐の視線が交差します。
子狐──だったオスの狐は、頷いて、雌狐を抱いたまま、その額をそっと舐めました。
「素敵だよ、狐鈴……。とても、気持ちいい」
下腹部を突き上げる波のような衝動が収まると、
ちょこ太はそうしなければならないと本能の命じるままに、
体を狐鈴の背中から降ろし、くるっと向きを変えます。
犬科の交尾の姿勢。
お尻とお尻を向き合わせて、繋がったまま三十分ほど、お互いの鼓動を、
命が混ざり合う喜びを感じながら、このまま過ごすのです。
「ちょこ太、大きくなったね。
尻尾だって、もう、おと……大人の狐と変わらない」
思わず「おとうさん」と言いそうになって、狐鈴はかぁっと熱くなります。
くねくねと自分の尻尾と絡み合う我が子の太い尻尾に、また夫の面影を感じた狐鈴は、
嬉しさのあまり、涙をポタポタとこぼしました。
長い結合の時間が終わり、
ちょこ太のおちんちんが狐鈴のお腹の中からズルッと抜け落ちます。
狐鈴は、その瞬間、跳び上がりそうになりました。
交尾の終わったメスの狐は、
それまでオスの性器に繋がれ動けなくされたまま溜まり続けた嬉しさを、
一度に伝えようとでもするのか、オスの周りを転がるように、踊るように、
跳ね回るものです。
目にした者、誰もが心を奪われる、美しいダンスです。
狐鈴も、全身に喜びが満ち、駆け回りたい衝動に駆られましたが、
目を閉じてぐっとそれを堪えました。
(だめ、これはわたしが見せるものじゃないの。
これで、子供を身篭るわけでもないのだし──)
母狐は、ずっと迷っていたことに結論を出そうと、心に決めます。
一仕事を終えて、寝そべっている我が子、ちょこ太の頬に自分の頬をすり寄せ、
こう、言いました。
「ちょこ太、わたしの教えられることはここまで。
あなたのお嫁さんになる雌狐が、きっと、交尾の後、素晴らしいものを見せてくれる。
だから、もう行きなさい……。
ここを立ち去るのです──」
「えっ?」と思った、次の瞬間、腕に鋭い痛みを感じてちょこ太は飛び起きました。
さっきまで愛らしいメスの姿を見せていた母親が、豹変して、
ちょこ太に襲い掛かってきたのです。
「どうして? どうして……、おかあさんっ」
「ごめんね、わたしはもう、あなたの母親じゃない──」
わけの分からないまま、ちょこ太は体のあちこちを噛まれます。
あまりの痛みに、体が反射的に攻撃を避けようとしますが、
変わってしまった狐鈴の態度に戸惑い、離れることができません。
容赦のない、狐鈴の攻撃。
ちょこ太は、次第に、これが狐の習わしだということに気付いてくるのです。
子別れの儀式──種族の繁栄のため、本来なら夏に行われるこの行為は、
夫婦に次の子育てをする準備を、
そして子供たちには新しい生活をもたらすものなのです。
親狐は、ある日突然、愛する子供たちを自分たちのテリトリーから追い出すのです。
──狐鈴に追われ、洞窟から飛び出したちょこ太は、何度か振り返った後、
思いっきり駆け出しました。
風にさらされて、目元で冷たくなった涙がキリキリと痛みを生みます。
ちょこ太は泣くのをやめました。
気付けば、まだゴムの袋がおちんちんに被さったままです。
袋の先端は白い半透明の液体で風船のようになっていました。
立ち止まり、ゴム袋を外したちょこ太は、その袋の表面に残った、
母親の体から出たと思われるきらきらした液体をちょっと舐め、匂いを確かめます。
それはあの大好きだった母親の、ミルクと花の香りではなく、
胸をドキドキさせる、発情したメスの狐の匂いでした。
これから、狐たちの恋の季節──。
もう、振り返ることはありません。
ちょこ太は、ふっと吹き流れた風に誘われるように、強い足取りで雪を踏み締め、
歩き出しました。
おしまい