かつて俺の隣にいた少女を、俺はテレビ画面から見つめていた。  
彼女の名前は美空雫(みそらしずく)。今をときめく  
トップアイドルである。そんな彼女と俺、橘翔平との関係は_  
幼馴染兼、恋人”だった”。  
 
・・・・・・  
 
それは紅葉できれいな秋の季節だった。いつものように  
一緒に帰宅していたところ、急に雫は立ち止まった。  
どうしたのだろうか?  
そう思った俺は立ち止まり、雫が来るのを待っていた。  
静かな時間が流れ、雫はやっと一言だけ、ぼそりと呟いた。  
 
「...好き......」  
いつも冗談などでそんな言葉は何度も聞いていた。しかし、今回は冗談などという雰囲気ではない。俺はびっくりしたが  
少しの間を空け、言った。  
 
「俺も...好きだ。」  
 
そんな言葉から俺たち二人は始まった。  
毎日毎日一緒にすごした。キスもしたし、一つにもなった。  
 
・・・・・・  
 
そんなある日、俺たちが二人で街を歩いていると一人の  
男に声をかけられた。その男は名刺を出し、雫に見せる。  
どうやら芸能スカウトらしい。雫は戸惑っていたが、俺は  
雫が芸能界にあこがれていることは知っていたし、  
このまま俺と付き合って夢を潰してほしくない。  
そう考えた俺は雫を説得し、やがて雫は芸能人、つまりは  
アイドルと呼ばれる存在になった。  
 
・・・・・・  
 
それから俺たちの生活は変わった。雫は瞬く間に頭角を現し、  
 
一気に人気アイドルとしての道を駆け上がっていった。  
学校にも来なくなり、会う機会も極端に減った。  
しかし、会えないまでも電話やメールはずっと続けていた。  
電話やメールが、会えない俺たちを唯一繋ぐものだったから。  
 
でもそんなある日に俺の携帯に  
雫の芸能事務所の社長から着信がきた。  
そこで俺は様々な事を言われた。雫にとって君の存在は邪魔だ。  
もしばれたら、人気アイドルがどうなるかわかるよね?  
など。つまりは雫と別れろ。と言いたいのだろう。  
それから俺は考えた。どうするのが雫にとってプラスなのかを。  
 
 
 
そして三日後、俺は雫に別れを告げた_。  
 
・・・・・・  
 
 
 
あの後俺は携帯を変えた。雫との繋がりを一切断ち切りたかった。  
しかし別れを告げた日から一週間後の日曜日、  
自宅に一本の電話が来て、俺は出た。  
 
「もしもし?橘ですけど」  
 
すると何もしゃべらない。  
俺は無言電話かと思い電話を切ろうと_  
 
「......翔平?」  
 
愛しい彼女の声が聞こえた。  
 
「雫...」  
 
驚いた。俺が一方的に別れを告げたのにまさか家に  
電話をかけてくるとは...  
 
「今日の午後二時に8チャンネル。」  
 
「は?」  
 
何を言われるかと思ったがいきなりテレビの話で、  
しかもそれは雫の初主演ドラマの記者会見のチャンネルだった。  
 
「...見てね?」  
 
雫はそういうと不安そうに電話を切った。  
 
・・・・・・  
 
俺は雫の電話を受け、8チャンネルをかけて見始める。  
まずは脇役の数人のインタビューから始まり、そしてとうとう  
雫の番になった。  
 
「美空さん。今回主役に抜擢されたことについて  
どう思いますか?」  
 
「初の主演ドラマですが自信の程はいかがですか?」  
 
等、記者たちの質問が飛び交う。  
そんななか雫はいきなり頭を下げ、言った。  
 
「申し訳ありません。今回のドラマの主役、降ろさせてもらいたいと思います。...それと、  
この場を借りて引退を表明させていただきたいと思います。」  
 
雫がそう言った途端、会場が静まり返り、そして数秒後、  
ざわめきと怒声が会場を包んだ。  
雫のマネージャーであろう人はまったく知らされていなかったらしく、おろおろと慌てている。  
事務所の社長であろう人は「すいません!!  
記者会見を中止させていただきます!!」と大声で叫んでいる。記者たちは理由などを一斉に聞いている。  
会場はパニックに包まれていた。  
そんな中、雫は落ち着いた声で言った。  
 
「夢にも...優先順位があると思うんです。」  
 
いつのまにか俺は息をすることも忘れ、見入っていた。  
 
「確かに芸能界で成功することは私の夢でした。  
...二番目の。」  
 
記者たちは騒がしく、表紙書き換えだ!やスクープだという  
声を上げている。社長やマネージャーは懸命に記者会見を  
終わらせようとしているが無駄だろう。それでも雫は  
理由を説明しようと言葉を続けた。  
 
「...理由を説明する前に、昔話をしようと思います。  
私には昔から好きな人がいます。いつから好きだったのかは  
わかりません。でも気持ちに気づいたのは  
小学生二年生のころでしょうか?それから私は必死でした。なんとか彼に振り向いてもらおうと。一生懸命尽くしました。  
そしてつい先日に、とうとう実りました。とても嬉しかった。  
それから一ヶ月たったあたりからでしょうか?  
今の事務所にスカウトされたんです。」  
 
もはや会場は雫の話を聞き入っていた。先ほどまでの  
騒ぎが嘘のようにみんな雫に耳を傾けている。  
終わらせようとしていた社長やマネージャーでさえも。  
 
「スカウトされてからは充実していました。  
二番目の夢の芸能活動、そして...、もうお分かりでしょう。  
一番の夢だった彼と付き合っていた日々が。しかし、  
そんな生活も長続きはしませんでした。  
 
事務所の社長が彼に私の迷惑だから別れろ、  
と言っていたのを聞いてしまったんです。  
そしたら彼は私の迷惑になると思ったんでしょうね...。  
私は別れを告げられました。とても、とても悲しかった。  
でもその時に気づいたんです。私は誰の為に芸能活動を  
していたのかを。」  
 
雫...  
 
「私は綺麗な自分を彼に見てほしかった。どんどん綺麗に  
なっていく私を見せて、綺麗だよって言ってほしかった。  
そして...私が彼を好きだって知ってほしかった。」  
 
...もはや言葉が出なかった。それと同時に後悔した。  
なんでこんないい娘を手放そうと思ってしまったのだろうと。  
 
「...これからはそんな自分を彼、翔平にだけ  
見せたいと思います。だから...もう芸能活動はできません。  
申し訳ありませんでした。この記者会見に来ている皆様、  
ドラマの監督や関係者、共演者、事務所の方々には  
深くお詫びを申し上げます。」  
 
そう言って彼女は深く頭を下げた。そして最後にこういった。  
 
「翔平、見てる?私はこんなにもあなたが好きだよ。  
今も翔平が私を好きでいてくれるんだったら...、  
私があなたに告白したあの場所へ来てください。  
...失礼しました。」  
 
そういって彼女は会場から出て行った。  
会場はざわめきが収まらない。そして何秒かたった後に  
画面が切り替わり、美空雫、電撃引退!というニュースが  
始まった。  
 
俺はその瞬間に気づいた。こんなところでこうしている  
場合ではない。俺は瞬時に着替え、一番愛しい君の元へと  
向かった_。  
 
・・・・・・  
 
俺が息を切らせ、全速力でそこに駆けつけたとき、  
すでに雫はそこで待っていた。  
 
「来て...くれたんだね」  
 
「...はぁ...はぁ...当たり前...だろ?」  
 
俺がそういうと、雫は涙を零した。  
 
「...うん。ありがとぉ...」  
 
「馬鹿!感謝するのは俺だよ。ありがとな...、雫」  
 
そういい、俺は雫を抱きしめた。  
 
「...もう二度と触れられないかと思った。」  
 
「...ごめん」  
 
「携帯も変えられて、別れようって言われて...  
嫌われたかと思った。」  
 
「...ごめん」  
 
「とってもとっても悲しかった。」  
 
「…ごめん」  
 
「…罰として、もう二度と離してやらない。」  
 
「…それ俺はのセリフだ。もう絶対に離さないからな。  
覚悟しろよ?」  
 
「…っ…、…うんっ!」  
 
そういって俺たちは唇を重ねた。  
 
もう絶対に雫を見失ったり手放したりしない。  
 
だって何よりも大切な人が  
 
今俺の腕の中にいるのだから___。  
 
 
〜fin〜  
 
 
 
 

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