「おーい、そろそろ練習終わるかー?」  
 
時計を見て、そろそろ頃合いと判断した監督がそう呼びかけた。  
理奈と土生のバッテリーが投球練習を、他の連中は守備練習に時間を割いた。  
 
「ど、どうかな、今日の投球は。」  
「…チェンジアップは今日覚えたばかりだ、これからじっくりコントロールしていけばいい。  
 少しでも変化していた、それだけでも収穫だ。」  
「あ、ありがと。」  
 
あいかわらず寡黙な口調の土生。理奈は変化球を持っていなかったため、  
とりあえず速いストレートを生かし負担の少ないチェンジアップを覚える事にしたらしい。  
 
監督のところまで行くと、監督に呼ばれた。  
他の連中に聞かれないように、小さめの声でしゃべる。  
 
「ところで野村。お前のユニフォームを用意してやらなきゃいけんが…」  
「あ、そういえばそうですね。」  
「…こういうのもなんだが、その、なんだ。お前の…その胸のせいで、サイズが合いそうなのが今の地点でない。」  
 
普通のサイズのユニフォームの場合、当然理奈が着れるわけがない。  
胸の分だけどうしてもきつくなってしまう。  
今日理奈が着てきたユニフォームも、理奈の身長よりふた回り大きなサイズである。  
 
だが、光陵リトルのユニフォームは当然必要になるし、  
そもそも違うリトルのユニフォームをいつまでも着用するわけにはいかない。  
 
「とりあえずユニフォームを特注しておくから、しばらくはそのユニフォームで練習してな。  
 …あと、こんな事聞くのセクハラかもしれないけど、ピッチングの時に、  
 胸が邪魔になったりとかしない?こう、ピッチングの動作の時に激しく揺れ動いたりとか…」  
「あ、大丈夫です。特注したスポーツブラつけてるんで。  
 これで胸をがっちり支えて、動きをセーブしてますから。」  
「そうか。それなら、何かしてやる必要もないな。」  
 
いろいろ気を使ってくれる監督である。  
そうこうしているうちに、  
 
「監督、もう帰っていいすか?」  
「おーう、そんじゃあ解散だ。」  
 
橡浦がせかし、解散命令が出る。  
すると、赤星がこんな事を言い出した。  
 
「よーし、今日はラリナの歓迎会だ!  
 土生さん、ラリナを例の場所に連れていってもらえませんか?俺たちは買い出しに行ってくるんで。」  
「…ああ。」  
「?  
 土生君、例の場所って?」  
「…あいつらの憩いの場だ。ついてこい。」  
 
土生と理奈が他の連中と別行動する事に。  
しばらくついていくと、だんだん人気のない場所に差し掛かり、  
 
「ここ、どこ?」  
「…山のふもとだが。それがどうした?」  
「な、なんでもないです。」  
 
右側には山林。しばらく道路を進むが、突然山の方に歩を進める土生。  
理奈もそれについていくと、獣道のような道に差し掛かり、そして、  
 
「あ、すごい。秘密基地?」  
「…リトル伝統の基地だ。」  
 
ボロボロの木の低いテーブル。雑多なものが所狭しと置いてある。  
雨をしのぐトタン屋根もあり、周りは木で囲まれているので暴風で飛ばされることもなさそうだ。  
床は段ボールなので土の上に座ったり寝転がったりする羽目になる事はない。  
 
「このノートは?」  
「…それか。後で説明する。適当に読んでいろ。」  
 
テーブルの上に、『俺たちの仲間』と題されたノートが置いてある。  
そこに何かの名前が書かれている。おそらくはOBの選手だろう。変なコメント付きで。  
ノートの罫線を無視してごちゃごちゃに書かれている。  
 
『俺が最強!坂本裕也』  
『エースは俺だ!三宅哲史』  
『4番は任せろ!4番サード、村田修一』  
 
…もはやだれが歴代のエースで誰が4番か分からない。だって全員がそう主張してるもん。  
誰が活躍して誰がベンチで…いや、みんなエースで4番気分にこのノートで思い込んで浸ってるのかな。  
よくわかんないや。  
 
書かれているページの中で最後のページを開くと、土生や山下、橡浦の名前もあった。  
3人とも出しゃばったコメントをしている。今在籍している他の6人も同様に。  
 
…だが、その9人のコメントの上部が、塗りつぶされていた。  
はっきりとはしないが、他の選手のコメントのスペースから考えて、4,5人分ほど黒く塗りつぶされている。  
 
「ねえ、これって…」  
「…なんだ。」  
「なあに、これ。黒く塗りつぶされているのは…」  
「…俺たちの歴史を、抹殺したものだ。」  
 
言っている意味がよくわからない。  
詳しい事を聞こうとしたが、土生はそれを許さなかった。  
 
「…その部分についてこれ以上聞くな。もちろん、あいつらに対してもだ。  
 いいな。」  
「う、うん。…わかった。」  
 
さらに周りを見渡してみると、1枚の写真を見つけた。  
 
(この写真…)  
 
15人ほどの集合写真。  
その中には、今いるメンバーも何人か含まれていた。知らないメンバーもいた。  
 
(これは…土生君?)  
 
土生の姿もあった。  
だが、その表情は、非常に豊かなものだった。  
とても明るい、今の土生からは考えられない笑顔。  
 
(過去に、いったい何があったの?)  
「…何を見てる?」  
「あ、ううん?なんでもないの!」  
「…そうか。」  
 
慌てて写真をポケットに隠す。  
土生も気付かなかったようで、一安心した。  
 
「土生さん、ただいまー!」  
「今日は姉御の歓迎会だー!  
 ほら、弁当にお菓子ですぜ!」  
「ラリナ姉さん、どのジュース飲みます?」  
 
コンビニでいろいろ買ってきたようである。  
過去に何があったのか気にはなったが、今は、楽しいひと時を満喫しよう、そう思った。  
 
天井にぶら下げている懐中電灯の明かりのもとでの宴会。  
いろんな話をしたり、一発芸をしたり。おなかも満腹になり、時計を見ると9時を回っていた。  
それに気付き、みんな慌てて帰り出す。その様子にクスッと笑いながら、理奈も帰路についた。  
 
「ただいまー。」  
「ずいぶん遅かったな、どうだった?」  
「うん、すごく楽しかった!ここなら楽しくやれるよ!」  
「そうか。(この様子なら、本当に問題はなさそうだな。)」  
 
帰るやいなや、風呂場に走っていく理奈。  
あれだけ楽しそうな理奈を見るのは久しぶりだったので、心の底から安心した。  
 
湯気が立ち込める浴槽に体を沈める。  
透き通った水面の下には、たわわに実った2つの巨乳。  
 
(いままでは、このおっぱいに、たくさんの男の子が嫌がらせをしてきたけど…  
 もう、そんな事はないんだ。)  
 
巨乳であることを恨んだことはない。  
そんな事をしたら自分を生んでくれた、今は別々になっている母親を恨む事になってしまうと思っているからだ。  
それでもやはり、巨乳が原因で今まで自分に大きな壁が出来ているのは悲しかったが、  
 
でも、今はそんな事はない。  
年頃ゆえに流石に性的な興味は持っているとはいえ、だれもそれで嫌がらせをしては来ない。  
 
(これからは、どんどん野球を楽しんで、どんどんみんなと仲良くなって…  
 …恋も、するのかな。  
 その時は、この巨乳も役に立つのかな。や、やだ、あたしったら…)  
 
野球が、楽しい。今のメンバーとの野球が、死ぬほど楽しい。  
まだ1日だけだが、これからの事を思うと、わくわくしてしょうがなかった。  
うーん、と伸びをする。お風呂のお湯がこんなにも気持ちいいのは、久しぶりだった。  
 
 
次の日も、その次の日も、快速球を投げ続けた。  
ピッチング練習では心地よいミット音を鳴らせ(チェンジアップはひどい有様だが)、  
シート打撃では山下と橡浦以外はバットに当てることすらできなかった。  
 
バシィン!  
 
「…。」  
「え、えと、どうかな?」  
「…悪くない。」  
 
土生は、相変わらずの調子だが。  
だが、土生に球を受け続けてもらううちに、日に日になにかが強くなっていった。  
 
(なんだろ、このドキドキ。)  
「…どうした?」  
「う、ううん!なんでもないよ!  
(ど、どしたんだろ。土生君を見ると、なんかこう…)」  
 
土生を見ると、恥ずかしくなる。  
それは間違いなく恋愛感情なのだが、理奈はそうだとは分かってはいない。  
ピッチングについての話し合いの時も、うつむいてばかり。  
 
(…俺の前だと、うつむいてばかりだが…?)  
 
土生もその様子に疑問を持った。  
日を追うごとにうつむき加減は大きくなり、口籠るようにもなってしまった。  
 
(なんでだろ。  
 なんで、土生君の前だと、こんなにも恥ずかしくなるんだろう…)  
 
 
ある日の事。  
練習も終わり、さあ帰ろう、と思ったとき。  
 
「…あれ?どこへ行くの?」  
「え?あ、いや…ラ、ラリナは先帰ってて!」  
 
土生以外の9人の男子が大慌てで逃げていく。  
興味津々な女の子ならば、こういうときは気付かれずについていくのがセオリー。  
追っていくと、見覚えのある場所に。  
 
(ここって…秘密基地?  
 どうしてここに…ん?)  
「すげえな、これ。」  
「へっへー、俺が拾ったんだ!」  
「ナイス、赤松!」  
 
9人が輪になって座り、何かを囲んでいる。  
気になり、そっと近付く。  
 
「何してるの?」  
「わっ!あ、姉御!(か、隠せ、早く!)」  
(?…何か隠した?)  
「ら、ラリナ姉さん、俺たち、なにもしてませんから!なーんにも知りませんから!  
 行こうぜ、橡浦!」  
 
雪崩を撃つように去っていった。  
何かを隠したあたりを理奈があさると。  
 
(…古雑誌?これかな?  
 立てかけてあるけど…!!!??)  
 
捕りだしてみると、それはいわゆるエロ雑誌。  
ページを開くと、裸かつ理奈には劣る巨乳の女性が映っている。  
 
「な、何これ…いや、こんなのを読む年頃なんだよね…  
 …でも、この姿をあたしと合わせて、読んでるのかな…」  
「それは、ない。」  
 
後ろから声がする。  
慌てて背中に雑誌を隠す。  
 
「は、土生君?どうして?」  
「…気になったから、来た。隠しても無駄だ。まあ、どうでもいいことだがな。」  
「うう…」  
「だが、1つだけ言っておく。断じてあいつらはお前と写真の女をつなげて考えたりはしない。  
 …あいつらは、『裸の女』に興味をそそられるだけだ。」  
「え…。」  
「お前を傷つけるような事を思っちゃいないってことだ。  
 …その雑誌を見ながらお前を想像してるなんてことはない、安心しろ。」  
 
そう言って去っていく。  
…はずだったが、理奈が呼びとめた。  
 
「ねえ!」  
「…なんだ。」  
「そ、その、土生君は、女の子の裸に、興味あるの?」  
「…いまからここでヌードショーでも行うのか?」  
「ぜ、全然!」  
 
どーも話がかみ合わない。  
それでも、聞かないと気が済まない。  
 
「ど、どうなの?」  
「…ある。興味はある。悪いか?」  
「ぜ、全然。  
 こ、こういう本も読んだりするの?」  
「…あいつらにたまに見させられたりもする。」  
「そ、そう。」  
 
…やはり話しづらい。  
だが、勇気を持って、一番聞きたかった事を聞く。  
 
「あ、あたしの裸、見たい!?」  
「…。」  
「えっと、その。(い、言い間違えた!見たい、じゃなくて、見てみたい、だったかな?あれ!?)」  
「…。」  
 
気まずい。  
ただただ気まずい。  
 
「…。」  
「ご、ごめんね、変な事聞いて!それじゃあ」  
「雑誌を貸せ。」  
「へ?」  
「…貸せ。」  
 
言われるがままに雑誌を貸した。  
2,3秒ほどパラパラと見て、そして閉じて投げ捨てた。  
 
(な、何がしたいの?)  
「…悪い。」  
「え…きゃあっ!」  
 
理奈に抱きつく土生。  
いきなりの事に混乱する。  
 
「…え!?(ぼ、ボタンを…外して…)」  
「…見たい。」  
「な、何を!?」  
「…裸。お前が、見たいか、って聞いた。」  
(う、嘘!?はわわわわ…)  
 
興味本位で尋ねただけだったが、まさかこんな事になるとは思わなかった。  
何が何だか分からず、  
 
「ごめんっ!」  
「!」  
 
逃げ出してしまった。  
土生に対して、怒りとか、そういう感情はない。  
…むしろ、別の感情が芽生えていた。裸を見てほしいのは本当だったから。  
 
土生は、いつもの通り無表情で、追いかけたりせずに逃げていく理奈を目で追い続けた。  
姿が見えなくなると、土生もゆっくりと秘密基地を後にした。  
 

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