少ししてバスが到着する。  
降りると、朝9時半にもかかわらず結構賑わっていた。  
 
「さあてと、席とってこなきゃ♪」  
「いやいや、まだ開場時間は…」  
「開場時間までにここに着くために、早く来たのよ!ついてきて!」  
「おいおい!どこへ…」  
 
球場の周りを走っていると、入口があった。  
入場門ではなく、弁当などの販売物の輸送のための通用門であろう。  
 
「お、おい、勝手に入って…」  
「いいのいいの!」  
 
勝手に通用門に入る。当然業者に見つかるが、  
 
「おお、理奈ちゃん、来たのかい。」  
「はい!」  
「今日は男の子連れて?熱いねえ!」  
「も、もう!席とってきますっ!」  
「ははは、行って来い!」  
 
何もお咎めなし。  
土生は目を白黒させている。  
 
「…なんで!?」  
「パパがスカウトの関係で、野球軒以外にも、球場関係でいろいろ知り合いがいるの!  
 …わあっ!」  
「こりゃすげえや…」  
 
国内では数少ない天然芝の球場。  
数年前にできたばかりの野球場で、大リーグを意識した左右非対称の球場である。  
 
「初めてきたけど…すげえな。」  
「あたしも今シーズンは初めて。行く暇がなかったし。」  
「で、どの席を取るんだ?」  
「ふふ、それはね…」  
 
2人がいるのは外野席。そこを翔けていくと、2人席がいくつか並んでいる場所に着いた。  
 
「ここ!ここがあたしのお気に入り!」  
「この2人席?」  
「うんっ!いつもはパパと一緒に見に来てたり、1人の時には小さい子供と一緒に応援してるんだ!  
 …今日は翔と、二人っきり♪」  
「…ん!あれはラミレーズ!」  
 
開場時間の前は、ホームチームの練習時間。  
目の前ででのんびりストレッチをしている外国人がいる。  
 
「ラミっちー!」  
「お、おい!失礼だろ!」  
 
ラミレーズが振り向く。  
すると、その陽気な顔で笑いながらこっちへ向かってきた。  
 
「ハーイ!ボインチャン、オゲンキデスカー!」  
「うん、ラミっち!  
 ごめんね、今年はあんまり時間がとれなくて…」  
「ノンノンノン!キニシマセーン!  
 パパカラ、ボインチャンノコト、イロイロキイテマース!  
 …OH!モシカシテ、ソノオトコノコガ、イッショノチームのベースボールボーイ!?」  
「うん!そうなの!  
 これからは、翔と一緒に来ることも増えると思うよ!」  
「ソウデスカー!  
 デワ、ワタシモモットホームランウチマース!」  
 
やり取りに唖然としている土生。  
とりあえず、すごく仲がいいのはよくわかった。  
一般に知られていることだが、ラミレーズが日本語が堪能だという事も。  
 
「今日はルウィズが投げるんでしょ?絶対勝てるよね!」  
「ワタシモソウオモイマース!ルウィズニモキイテミマース!REWIZ!」  
「…What?」  
 
少し遠くにルウィズがいる。  
ルウィズが理奈の姿を確認すると、走って向かってきた。  
 
「Hello Rina!  
…Oh,the boy friend is that baseball kid!?」  
「Yeah!」  
 
ラミレーズとルウィズが何か話している。  
 
「ペラペラペラ…」  
「ペラペラペラ…」  
「シンパイムヨウ!キョウモワタシノピッチングデ、  
 ボインチャンニ、ショウリヲプレゼントスル、トイッテイマース!」  
「あはは、がんばってね、ルウィズ!」  
「Yeah!」  
「ソウデスネー、オヒル、ヤキュウケンデ、オゴリマショー!」  
「ほんと!?」  
「え、で、でも試合時間やミーティングは…」  
「ハヤメニゴハンヲタベレバ、ダイジョウブデース!  
 カイジョウジカンノ、11ジニ、ヤキュウケンデマチアワセデース!」  
 
お昼までごちそうになる事に。  
とにかく、理奈の球場と選手のコネは、すさまじい。  
 
「ところで、ラミレーズに、ボインちゃんって呼ばれてるのか?」  
「うん、まあね。  
 昔はリナだったんだけど、胸がどんどん大きくなっていくころには、ボインちゃんって呼ばれて。」  
 
ラミレーズは来日9年目。理奈が2歳のころからの知り合いである。  
巨乳でいじめられていた頃でも、ラミレーズになら巨乳の事を取りざたされても傷つくことはない。  
自分の事を、父親の次に知っているからである。  
ルウィズは去年日本に来たばかりだが、理奈は昨年も何度も球場に足を運び、やはり親しい間柄。  
 
いずれにせよ、自分たちをスカウトしてくれた人の娘である。  
ラミレーズもルウィズも、過去ラリナパパにスカウトされた外国人達も、皆理奈によくしてくれていた。  
ラリナパパは人柄がよく、いい外国人を連れてくることも手伝って、  
同期入団の選手をはじめ、元先輩選手たちなどの日本人選手の人望も厚い。  
当然理奈の事もよく知っており、やはり理奈によくしてくれている。チームの選手全員と友達のようなものである。  
 
 
…だからって、  
 
「選手のミーティングを野球軒を貸し切ってやるってどう言う事だー!?」  
「ははは、気にしない気にしない。」  
 
なんと野球軒の店内の半分を貸し切って、ミーティングが行われることに。監督のアイデアらしい。  
題して、『理奈ちゃんとボーイフレンドのためにも絶対に勝つぞ決起集会』との事。  
 
「ほら、食べなよ!」  
 
隣にはチームの監督、野々村監督。もちろん逆隣りには理奈。目の前にはプロ野球選手全員集合。  
なんだこれは。夢でも見ているのか。  
 
「は、はあ。いただきます…」  
「おいしーい!」  
 
理奈は食事が進んでやがる。  
…いや、こんな異様な状況で何平然としているんだお前は!  
 
「大丈夫大丈夫、あたしが球場に来たら時々ある光景だから。」  
「マジか!?」  
 
とりあえず、目の前に並んだ中華料理を食べることに集中しよう。  
でないと精神が持たない。マジでクラクラしそうだ。  
 
「デワ、ミナサン、  
 ボインチャント、ボーイフレンドノタメニ、カチマショー!」  
「おーっ!はははっ!」  
 
ウーロン茶で乾杯している。  
いや、ヤル気だしてくれるのは嬉しいが、なにもここまでしなくたって。  
 
結局、理奈が選手たちと楽しく雑談しているのを眺めているのが精いっぱいだった。  
話しかけられても相槌。いや、失礼なのは分かっているけどね。  
でもしょーがないじゃん!この状況で明るく振る舞えって方が無理だろうが!  
 
外野席に戻ると、とっておいた席に座る。  
ここでも知り合いがいた。  
 
「お、理奈ちゃん、久しぶりだねえ!」  
「はい!ごめんなさいね、今シーズンあまり暇がなくて…」  
「なあに、これからもどんどん来てくれよ!」  
「はいっ!」  
 
どうやら応援団の人とも仲がいいらしい。  
まあ、選手たちと仲がいいのと比べれば比較的まともな関係か。  
 
「そっちの男の子は?」  
「一緒の野球チームなんです!今のチーム、すっごく楽しいんです!」  
「そうか、ようやくいいチームに巡り合えたんだな!」  
 
すると。  
理奈は椅子の上に立ち上がり、  
 
「みなさーん!ご無沙汰でーす!理奈でーす!  
 今シーズンはちょっと忙しくて今日が初めてですが、これからはどんどん足を運ぶのでよろしくでーす!」  
「いよっ、待ってました!」  
「我らが盛り上げ隊長!」  
 
…何これ?  
理奈の奴、盛り上げ隊長までやってるのか?  
 
「今日は、一緒のチームの土生君にも来てもらいましたー!」  
 
うおっ!手首をつかむな!そして俺まで椅子の上に立たせるな!  
 
「ヒューヒュー!」  
「いいねえ、ボーイフレンドかい?」  
 
なんだなんだ、俺まで巻き添えか!  
って、さっきの選手の時といい、俺はボーイフレンド扱い?まだ告白してないのに!  
てか理奈!顔を赤らめるな!勘違いされっぞ!  
 
「それじゃ、みなさーん!  
 スタメンも発表されたことなので、応援歌の練習、いってみよー!」  
 
結局。  
試合開始前にすべての体力を使いきった感じだ。  
 
「なーんか、試合開始からずっと大人しいね。」  
「お前のせいだ。」  
 
現在4回の表。流石に相手チームの攻撃時は応援は中止。  
ちなみに、試合展開はと言うと。  
 
「でもさ、やっぱりみんな凄いよね。3回までに一挙12点!ラミレーズはホームラン2発に5打点!  
 ルウィズは今のところパーフェクトピッチング!」  
「…そりゃあ、あんなミーティングするくらいだから、理奈が来ると燃えるんだろ。」  
「えへっ、あたし、勝利の女神かな?」  
 
…うん、マジでそう思う。  
てか、お前のおっぱいの影響で燃えてるんじゃないのか?みんな…とすら思う。  
 
「…攻撃時もさ、これくらいのんびりと観戦する気とかは?こんなに暑いんだし…」  
「何言ってるの!精いっぱい応援しなきゃ、せっかく来た意味無いじゃない!」  
「…。」  
 
今は5月の下旬だぞ…しかも今年は猛暑って言われてるし、今日も夏日だ。  
その元気、どこから降ってわいてくる…  
 
 
結局、試合が終わるまでおとなしくしていた。もちろん理奈は応援に大忙し。  
やれやれ、こんな一方的な展開なら、応援しなくたって勝つだろうに。  
18−0。結局ラミレーズは7打点の大活躍、ルウィズもノーヒッターとまではいかないものの2安打無四球完封。  
 
「あー!楽しかったー!」  
「やっぱ、野球観戦はのんびりとするに限るな。」  
「むー!あんなテンション低かったら、せっかく来た意味無いじゃないのよ!」  
「で、どこへ向かっているんだ?」  
 
バス停とは反対方向に歩く2人。どうやらまだ帰る気はない様子。  
 
「えへへ、それはねー。すぐそこなんだけど。」  
「…まさかまた選手たちと打ち上げ?」  
「ううん。それも良かったんだけど、明日からチームがロードに入るの。  
 移動時間があるから、私たちと食事する時間は残念ながらないってさ。」  
 
内心ほっとした。  
あんなわけのわからない無礼講はもうごめんだ。  
 
「だから、代わりにこんなものもらったの!」  
「…なになに、『ホテル・グランドロイヤルディナー券2名様』…だって。」  
「うん!」  
「…いやいやいや、そりゃ問題なく食べられるだろうけどさ!  
 俺たちまだ小学生なのにそういう高級ホテルでディナーなんて、慣れてないしまずくないか!?」  
「ダイジョブダイジョブ。  
 球場の近くだからパパが時々連れていってくれるし、そのおかげで店の人に顔覚えてもらってるから!」  
 
よーするにそのホテルでも常連と言いたいわけか。  
ホテルだから流石にツケは効かないだろうが、お食事券さえもらってれば行けるというわけか。恐るべし。  
 
 
「いらっしゃいま…あれ、理奈ちゃん!」  
「こんにちはっ!」  
 
入口で客を誘導するウェイター。  
普段は敬語を使うのだろうが、理奈の事はよく知っているおかげで慣れた口調。  
 
「あれ、お父さんは?そしてこの子は?」  
「うん、またスカウトで出張。なんだけど、今は土生君がいるから寂しくないんだ!」  
「君が?こんにちは!」  
「ど、どうも。」  
 
こちらの身長に合わせてかがんで話している。  
 
「えっと、お父さん無しで来るのは初めてだろうけど、お金はある?」  
「あはは、さすがにツケが効かないことくらいわかってますよ、はい、タダ券ですっ!」  
「はーい、じゃあ、ついてきて。」  
 
非常になじみやすい口調。堅苦しくないので、非常に精神的に楽である。  
素晴らしい夜景が見える席に案内してくれた。この店の一番の席らしく、理奈もお気に入りである。  
 
次々運ばれてくる料理を平らげながら、話に花を咲かせる。  
町の建物の明かりがイルミネーションの様で、2人を楽しませる。  
 
「いいか、チェンジアップを投げる時は、手の方を見るな。  
 握りなれてないから手の方を見ないとうまく握れないんだろうが、それじゃあ相手に投げる球種教えてるようなもんだ。」  
「う、うん。」  
「そして、投げる時にひじが下がってる。あれじゃあストライクゾーンには入らない。」  
「は、はい。」  
 
ただ、野球の話に花を咲かせていた。  
もうちょっと普段の生活での他愛のない話をしようよ、とも言い出せない。  
微妙な感覚の中、デザートまでフルコースを完食する。(店側が小学生に合わせて料理の量を調節してくれていた。)  
 
「ふったりっとも♪」  
「あ、はい。」  
 
先ほどのウェイターさん。  
料理を次々運んできてくれていたが、先ほどデザートを完食し、  
 
「足りた?」  
「あ、はい、ごちそうさまです。」  
「おいしかったです、それじゃあ帰るか、理奈。」  
「あ、ちょっと待って。…2人とも、まだ食べられる?」  
「「え?」」  
 
ガラガラガラ。何かが運ばれてくる音とみて間違いないだろう。それもとても大きな。  
それが、こちらに向かってくるという事は…  
 
「なななあああっ!?」  
「ケーキ!?」  
「いやいやいや!デカイ!デカすぎる!」  
「これ、食べてみて。店の新作なの。」  
「無理だあああああっ!」  
 
どうやら、結婚式場から新しく、ウェディングケーキの作成を頼まれたらしい。  
近々、結婚式場から関係者が来て、ケーキを試食するという。その試作品らしい。  
うまくいけば、大型の顧客が出来るというので、ぜひとも気心の知れた理奈に見てもらいたかったらしい。  
 
結婚とは無縁の小学生に意見を求める事自体は少々ズレている気がしないでもないが。  
そしていつの間にか、シェフやスタッフの一部も集まってきた。  
 
「はい、ナイフとフォークとお皿。好きな大きさにカットしてみて。」  
「君たちの意見を聞きたい。思った事をそのまま行って欲しい。」  
「は、はあ…」  
 
とりあえず、土生が右手でナイフを持つ。  
そして切ろうとしたとき、その右手に別の右手が添えられる。  
 
「…何をやってるんだ?」  
「えへへ♪気分がでていいじゃない?」  
「馬鹿言うなああっ!」  
 
シェフやスタッフが拍手をしてくる。周りのお客さんもこっちを笑顔で見ている。  
なんだこれは!あれですか!神に愛を誓う儀式の一環ですか!?  
 
 
「おいしーい!」  
「…ああ。」  
 
結局2人で一緒にケーキを切らされ。周りから確実に変な勘違いをされ。  
いや、ケーキはうまいんだけどね。  
 
「でも、なんていうか、こう…」  
「うん!」  
 
さっとメモ帳を取り出すシェフ。あんたらここまで子供の意見に真剣になる必要あるのか?  
 
「飾り気がありすぎるのはよくないにしても、なんかこうシンプルすぎるような…  
 少し見て楽しませる!って感じにしてもいいかも。」  
「ふむ!なるほど!我々にはなかった視点だ!」  
「あと、味は問題ないんだけど、舌触りが…  
 スポンジがなんかこうパサパサで…」  
「うん!ではスポンジをもう少ししっとりさせてみよう!我々にはなかった視点だ!」  
 
さっきから担当のシェフだろうか、がうるさい。  
うまいじゃん、これでいいじゃん、これ以上何が気になるって言うんだ!?  
 
「あ、そうだ。うちの新作のデザートも味見してくれない?」  
 
まだあんのかあ!  
糖尿!俺たちの糖尿の心配もしてくれ!  
 
「大丈夫、デザートは別腹だから♪」  
 
お前はテレパスか!俺の正当な意見に反対するな!  
そしてウェイター!その言葉に乗せられるな!笑顔で運んでくるなぁー!  
 
 
…今日一日。常識なんてものは全く通用しない世界がある事がわかった。  
ああ、口が砂糖だらけ、胃が油だらけ、ケッコー毛だらけ猫灰だらけ。  
 
「…気分悪いの?」  
「アタリマエダ。」  
 
バスに揺られながら帰宅。  
もうすぐ着く。ついたら思いっきり休もう。でも、明日は学校か…  
いつもはすぐに着くけど、今は理奈の家に住んでいるから西小地区からかなり歩いて通わなきゃいけない…  
 
「楽しかった?」  
「理奈がたのしければ、それでいい…楽しかったけど、正直ここまで疲れるとは思わなかった。」  
「それはね、思いっきり楽しんだって言う、裏返しなんだよ!」  
 
…それは違うという事を信じたい。  
あ、バスが着いた。  
 
「着いたー!」  
「…理奈。少し黙ってろ。」  
「ど、どうしたの?」  
「少しは周りを見ろ。」  
 
道の両側に、それぞれ3人立っている。明らかな敵意を土生に向けて。  
夕日は赤く少年たちを照りつける。現在6時半。  
 
「何の用だ。司馬。」  
「土生!シバケンさんをそそのかして、西中の女にうつつを抜かし、誑かされて!  
 懲らしめに来たんだよ!」  
「な、なんなのこの人たち…」  
「自称、シバケンさんの一番弟子を名乗ってる、司馬ってろくでもねえ奴さ。そして司馬の悪ガキ仲間たち。  
 ちなみにみんな俺と同い年ね。」  
「悪ガキだとぉ!?それはどっちの話だ!」  
「…はあ。ん?」  
 
司馬のグループが6人。おかしいな、一人増えている…  
ん、見慣れない女の子が…おとなしそうな子。  
 
「新しい仲間か?」  
「あ?ああ、ユキか、新入りらしいぜ。  
 こいつも含めて、今日こそお前をぶっ倒す!」  
 
シバケンの弟子を名乗っておきながら、喧嘩専門でもない俺に負けてるからな、司馬は。  
しかし、いつもは怠慢挑んでくるのに、今日は6人がかり…  
 
賢くなったといえばそうだが、ちょっと厳しいか…シバケンさんや西小の頭…  
 
「だ、ダメだよ理奈、翔は」  
「黙ってろ!」  
「…え?」  
 
俺達が野球をやっていることは校内ではチームメイトとシバケンさん、ゴトーさん以外は知らない。  
逆を言えば、俺が体育会系で、喧嘩をしてはいけない、という弱みをこいつらは知らない。  
危うく理奈が口を滑らせるところだった。  
 
(弱みを握られたら、こっちからは手が出せないからなあ…)  
「ふん、おっきな胸に惑わされて、か…」  
「それがどうした。」  
「性根の腐った奴は…こうだよ!」  
 
こっちへ走ってくる。しゃーない、どうにかたちまわって、隙を見て逃げ…  
…え?  
 
背後から高速で土生を横切る何か。突然の事に土生をおびえさせた何か。でもどこか見慣れた何か。  
そして土生に、一瞬で理奈の仕業によるものと分からせた、何か。  
 
「し、司馬!?」  
「大丈夫か!?」  
「汚ねえぞ、硬球を使うなんて!」  
「…理奈…。」  
「先にやってきたのはそっちでしょ!土生君を襲う奴らは、あたしが許さない!」  
 
理奈が土生の背後から投げたボールが、司馬に直撃。  
全国レベルのその速球が腹部に直撃して、平気なはずがない。気絶している。  
 
「…なんだとお!?」  
「きゃっ!」  
 
お返しと、奴らが理奈に硬球を投げ返す。  
当然グローブをはめているわけもなく、グローブなしで全力で飛んでくるボールは怖い。  
 
理奈にとっては。  
 
「なっ…」  
「その程度のちょろい球、素手で十分だ。」  
「翔、ありがと!」  
「ほらよ、さあ、もう一発投げ返せ。」  
「うん!さあ、次はだれが餌食かしらね!」  
「く…覚えてろよ!」  
 
司馬を引き摺りながら一目散に逃げていった。ふう、とりあえずこれで大丈夫か。  
理奈だって、一瞬のうちに何球も投げられるわけじゃない。構わず全員総攻撃されたら、おそらくやられていただろう。  
 
「ふう、これで安心だね♪」  
「…だが、バットもボールも、武器じゃないって事は忘れるなよ。」  
「うん。…あれ。」  
 
よく見ると、約1名残っている。さっきからおとなしくうつむいていて、  
司馬が攻撃命令を出した時も、一歩も動いてなかったっけ。  
そういえば司馬が、名前も言っていたな…ユキちゃん、だっけ。  
 
「…あんた、逃げないのか?  
 俺は別に追い打ちをかけるつもりはない。」  
「…ごめんなさい…」  
「気にするな、お前は何もしていない。お前は俺を襲おうとはしなかった。」  
「そうじゃないんです…実は…」  
 
…。  
 
「魚雷はどこだ!確かこのあたりに…」  
「奴を血祭りにあげて、シバケンさんに認めてもらって…ん?いた!」  
「待て!誰かと話しているぞ。」  
 
(野球場ですよ、プロ野球を見に行くんです。)  
 
「土生のクソ野郎だ!あの野郎、どうも嫌な奴と思っていたが、西小と組んでやがったのか!」  
「…あの女は?…あ、一緒にバスに乗ってった。」  
「お、女…あの野郎、俺はまだ…じゃなくて!女にうつつを抜かしやがって…」  
「と、とにかく今は魚雷を…まずい、隠れろ!」  
 
千晶が明を見つけて走ってこっちに来た。  
流石に2人相手には分が悪い。  
 
(…面白い奴に出会った。千晶が言っていた、野球をやっている巨乳の女の子。  
 おそらくチームメイトだが、そいつの彼氏が、東小の奴だった。そいつに出会ったよ。)  
 
「お、おい、聞いたか今の!  
 あの女、千晶の知り合いって事は、おそらく西小の奴…」  
「あの野郎、西小と組んで、西小の女まで…ええい、許さん!  
 野球を見に行くってことは、夕方ごろには戻るはずだ!そこを待ち伏せだ!」  
 
幸いな事に、『土生本人が』野球をしている、という部分は聞かれていなかった。  
 
…。  
 
「ほー。それで?君も一緒にそいつらと行動してたわけか。」  
「い、いえ、違いますっ!たまたま、その時その様子を見ていて…」  
「で、仲間に加わった、と。」  
「は、はい。西小と通じるのが許せないって言ったら、簡単に仲間に入れてくれました…」  
 
もちろんそれは単なる口実。  
ユキの狙いは…  
 
「土生さんに襲いかかる瞬間に寝返って、あの5人をやっつけて、土生さんを助けようとしたんですけど…」  
「勇気が出なかった…と。  
 そりゃあ、男子に立ち向かって返り討ち、…は怖いわな。」  
「いえ、…返り討ちにあうのは構わないんですけど、戦うのが怖くって…」  
 
同じことでは?と突っ込みたかったが、次の一言で納得した。  
 
「相手を壊してしまうかもしれないと思うと怖くって…」  
「壊す?傷つけるじゃなくて?」  
「空手4段なんで…」  
「!!!??」  
 
そういうことか。  
多分、俺がやばくなるくらいまでボコボコにされるくらいでないと助けてくれなかっただろうな。  
 
「と、とりあえず、その気持ちは受け取っておくよ。  
 それじゃ明日、学校で。」  
「はい、それじゃあ…」  
 
とてとてと去っていく。  
あんな気弱で華奢な美少女が、とても空手4段とは思えない。  
 
「あら、ここにも気弱で華奢で美少女の剛腕投手がいるじゃない。」  
「…どれも当てはまらないと思う。」  
「にーっ!」  
 
気弱ではない、あれだけの巨乳なら本体がどうであろうと華奢とは呼べまい。  
本体は華奢かもしれんが、それでも俺より背が高い相手を華奢といいたくはない。  
それに、普段チームメイトだから美少女という意識も…  
あれ、俺何顔赤くしてるんだ、こいつはかけがえのない絆で結ばれた、仲間…  
 
うーん、そう思いたいが、恋愛意識はぬぐえんな、やれやれ。  
 
「どうしたの?」  
「いや…帰ろうぜ。」  
「うん!」  
 
そういえば、ユキちゃん、だっけ。あの子もかなり胸がデカかったなあ…  
もちろんトップレベルの巨乳を持つグラビアをも凌駕する理奈にはかなわないにしても、  
 
…それでもグラビア並みにはあったなあ。  
 
「…目が怪しい。」  
「え?」  
 
…。  
 
 
「…を…ですってぇ?」  
「あ、ああ…」  
「うわ、翔、変態だあ…」  
「う、うるさいなあ、無理にとは言って…」  
「じゃあ着替えてくる―!」  
 
思いっきり乗り気じゃねえか。  
さあて、こっちは一足先に…  
 
「今日でこの風呂に入るのも3日目か…  
 いつまで住むことになるのやら。」  
「お待たせー!」  
 
こいつの裸は何度も見ている。母乳だって何度も飲んでる。  
でも…やべえ、直視できねえ。  
 
「なーに目線反らしてるの?水着着て来いって言ったの、そっちじゃない!  
 やっぱ、学校じゃあスクール水着強要されるけど、あれきつくって嫌。ビキニがいっちばんいい!」  
「と、とりあえず、入れ。」  
 
あー、巨乳グラビアが目の前にいるよ。  
水着の方がそそられるって青野が言ってたけど、よーく分かった気がする。  
 
「…ペロリ。」  
「いや、水着を剥がなくてもいい。」  
「あれ、そう?  
 …見えそうで見えない、ぎりぎりの場所まで…」  
 
すると胸を突き出して、乳首が見えるぎりぎりの場所まで水着を剥ぐ。  
そして谷間を見せつけて、体を左右に揺らして巨乳をプルプルと揺らす。  
 
…ああ、我慢ならん!  
 
「きゃっ!」  
「じっとしてろ!(カプ!)」  
「…もう、ビキニの意味がないじゃん…」  
 
いいんだよんなこたあ!  
巨乳グラビアアイドルの乳首を拝んで、好きなように弄ぶ。ああ、優越感!  
 
 
野球軒に出前を頼んで、今日も来てもらった。  
 
「あれ、理奈ちゃんは?ていうか君、今日もいるの?」  
「しばらく厄介になるって、昨日言ったはずですけど…」  
「ああ、そうだったね。理奈ちゃんは?」  
「風呂に入ってます。ちょっと出てこれる状態じゃないかと。」  
 
あれだけディナーを平らげて、自分でマジで嫌になるくらいデザート食べさせられたのに。  
いざ家に帰って風呂からあがると、不思議と何か食べたくなった。  
多分、砂糖の甘さにごまかされて、あの時は満腹だと思いこまされていたんだろう。  
 
「それじゃあ、おじさんは店の方があれだから、これで。」  
「ありがとうございました。」  
 
ちなみに、理奈はもう風呂からあがっている。  
ではなぜ出てこれないか?答えは簡単さ。  
 
「おまたせ。」  
「ありがとー。…ねえ。」  
「ん?」  
「いつまであたし、この恰好のままいなきゃいけないの?」  
「今晩はグラビア公開観賞会といきますか。」  
 
そう、理奈は風呂から上がった後もずっと水着のまま。もっと理奈の地肌を、生の母乳を見たい。  
だったらいっそ裸じゃないのかって?水着の方が、おっぱいの形がいい感じじゃん。  
 
「じゃあ、明日は生クリームつかったグラビアでもする?」  
「…それも秘密基地のエロ本ネタか?やれやれ。…ん?」  
 
確かに、何か軽いものを、と言った上で注文はした。  
だからって、注文したものにプラスして、さらになんでイチゴのショートケーキのおまけ!?  
もういいよ、食い飽きたよ、甘い物は!  
 
…!  
 
「えへへー、ちょうどいいね!」  
「え!?ま、まさか!」  
「…後ろ向いてて。」  
 
やる気か!本当にやる気か!  
ていうか、水着の紐をほどき始めた!後ろ向かねえと!  
マジでどう考えても小学生のやる事じゃない。  
 
「どうどうー?ねえ、感想は?」  
「…スバラシイトオモイマス、ハイ。」  
 
やべえよ、片言になってるよ、俺。いや、そうならない方がおかしいか。  
だって見て下さいよ!この仰向けになっている理奈を!  
信じられないくらいの巨乳の頂上に、乗っているものを!  
 
「理奈を、食・べ・て?」  
「…。」  
 
乳輪を隠すようにホイップクリームがデコレーションされ、乳首の部分にイチゴをトッピング。  
そして、俺がまだ見ていない、もう1つの大事な場所には、スポンジ部分がうまい事立てかかっている。  
 
見事に、際どく、隠している。  
このぎりぎりを生み出した理奈の技術こそが、芸術じゃないのか?  
…と、自分の欲情をごまかそうとしたところで、効果なし。  
 
「ねえ、早くぅ。」  
「…。  
(ちがうだろ、この物語の趣旨が!これが巨乳でいじめられていた少女の姿か!?)」  
 
 
さあ、あなたなら、どうする?  
 
1、寝る。  
2、イチゴとクリームとスポンジ部分だけを器用に食べる。  
3、スポンジは拾い上げて食べて、イチゴとクリームは乗せているものも含めて丸ごと食べる。  
4、全部食べる。  
 
「なーんて感じで。翔の心は大混乱。  
 必死になって目をそらそうとするも、あたしの魅力に打ち勝てず…」  
「なーに考えてんだ、お前。」  
「あーっ!ケーキが!ケーキが!勝手に食べれられてる!」  
 
イチゴのショートケーキをさっさと口に運び始めた。  
理奈のたくらみは表情ですぐにばれたらしい。  
 
「なにするのよ!イチゴ食べちゃったら、イチゴ半分に切ってあたしのおっぱいの上に…」  
「…ケーキ食えば、ケーキグラビアできなくなるしな。  
 ホテルでデザートたらふく食ったから、ホントは食いたくないけどよ。」  
「むー!あたしがせっかく…」  
「見たくない。」  
 
ばっさり切り捨てる。  
 
「じゃ、じゃあなんであたしに水着のまま…」  
「恥ずかしそうにしてる顔を、見たいだけだ。  
 理奈自身が望むエッチな事は、理奈自身はほとんど恥ずかしがらないからな。」  
「ひ、ひどーい!」  
「…そうしないと、俺が持たない。」  
「え?」  
 
とたんに、土生が暗い顔になる。  
まるで、そう。過去の裏切りの連続により、心が枯れ果ててしまった、あの時の様に。  
 
「…俺はずっと、キャプテンとして、そして望んではいなかったものの、橡浦、山下といういい子分にも恵まれ。  
 心は荒んでいたが、仲間には裏切られたが、それでも残りの仲間は裏切らなかった。  
 俺を慕ってくれた、だから理奈が来たあの日に、繋げる事が出来た。」  
「う、うん。」  
「でもよ、…なんだ、俺がこうやってチームの中心にいられるのは、こう…」  
「4人の退団があったから?」  
「…ああ。あの4人がいなくなったから、俺はお山の大将でいられる。  
 別にお山の大将を嫌ってるわけじゃない。もちろん、何かが原因でお山の大将の座から降りてしまっても、それも構わない。」  
「…何かが原因って、あたし?」  
「あ、いや…」  
 
土生が目をそらす。  
ナンバー1の座が危うい、それは理奈のせいだ、…なんて風に思われたら、お互いに苦しい。  
 
「なーんてね、仮にそうだったとしても、翔はそんな風に思ったりはしないよ。」  
「…ああ、済まない。ただ…  
 ナンバー1の座から降りて、それで気付かされたことがあったのは、否定しない。」  
「気付かされた事?」  
「俺は…情けなくなった。  
 だから、少しでも、少しでも理奈が怒ってくれるように、俺は…」  
 
土生が、泣きはじめた。胸の柔らかい感触に浸りながら、理奈に心を開いたあの時以来。  
…そして、また再び、あの柔らかい感触が土生に届いた。  
 
「…!」  
「泣きたいときは、いつでも泣いていいよ。  
 受け止めであげるから。あたしのこの巨乳が、好きなのなら。」  
「…ろ。」  
「ん?」  
 
土生のその表情は、泣きながら、確実に怒りへを変わっていった。  
 
「やめろっ!」  
 
理奈の腕をふりほどく。その反動で理奈がバランスを崩し、尻もちをついた。  
唖然とする理奈。怒りは感じない。焦燥感が支配していたから。  
 
「…。」  
「わ、悪い、理奈!ご、ごめん…」  
「う、ううん、ごめん、神経逆なでして、心を抉って…」  
「…飯、食べないか?冷めてしまう。」  
「あ、うん!そうだね!」  
 
気まずさをしまいこむために、出前の料理に体を向けた。  
慌てるように箸を持って、一口。  
 
「おいしいね!」  
「ああ。」  
 
流石は野球軒店長。一口で客を魅了する。  
そして2口目を理奈が口に運ぼうとして、  
 
「…理奈は強い、そして、…俺は弱い。」  
(…翔?)  
 
土生が聞こえないようにするつもりでぼそりと言った一言。理奈の耳には届いていた。  
そして何より、理奈という存在が、新たに土生を苦しめる原因になっていることを確信した理奈。  
 
蛇の解毒剤を作るのは蛇の血清。その知識がない理奈でも、無意識にそう感じていた。  
 

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