「いよいよ、」
「あさって、」
「でーっす!」
大会は日曜日に開幕し、毎週週末に執り行われ、1ヶ月間激戦が繰り広げられる。
金曜の練習も無事終わり、いよいよ明後日という事で秘密基地で打ち上げ。
…ほら、無印版で一度出てきたじゃん、覚えてない?こいつらに秘密基地があったって事。
「それでは、俺たちの優勝という未来を祝って!」
「土生さんにひとつ、お言葉をいただきましょう!」
「え、俺?」
「あたりまえでしょ、土生さんが、俺たちのリーダーなんですから!」
促されるがままにみんなの前に出てきて、適当に思いついたことを並べて。
「えーと、とりあえず今日までよく頑張った。
明日は東小は登校日という事で、練習は休み、各自練習なり休養なりしてくれ。」
「それじゃ、お願いします!」
「…やっぱやんのか?」
赤星にせかされて、しょうがないなと軽く両手を広げ。
「それではみなさん、お疲れさまでした、最後にご唱和下さい。いよぉー、」
パン!
カキーン!…カキーン!
「…ふう。
(大分仕上がったかな。明後日までには何とか…)」
「ナーイスバッティング。ていうか今までどこ行ってたの?」
「…!?」
人も少なくなった夕暮れ時のバッティングセンター。
夕日に染まった美人2人が、久しぶりの再会。
「紗英…。なんであなたがいるのよ。ていうか、体ボロボロになって姿消したって聞いてたけど?」
「あら、そのほうがよかったかしら。」
「だれも恨んでるなんて言ってない。
『Tesra』でトップモデルに成れなかったのは、わたしの実力がなかったせい。」
「野球と両立させていただけでも、十分すごいと思うよ。」
「ケージの中に入らないで、危ないから。」
「まあまあ、硬いのはナシ♪」
足元に転がっていたボールを拾い上げる。
そして、舌を出して微笑みながら、軟球をぐっと力を入れて握り…
「何やってんのよ、オロチヒメ。あんなものCGに決まってるじゃない。」
「あはは、必殺技、『破岩一勝』。出来るわけないか。」
「岩を砕いた力で相手を粉砕…全くふざけた技よ。」
「でも、それが野球じゃないの?相手のボールを、バットで粉砕できれば勝ち。そうでなければ負け。」
「あのねえ…。まったく、そんなにいい性格だったっけ?」
あはは、とわらいながら目線を明後日の方へ。
「実はね…恋しちゃった♪」
「はあ?恋されたんじゃなくって?」
「やっぱり故郷が一番ってことかな。故郷といっても母さんの故郷だけどね。」
「それでこのあたりにいるってわけね。」
「そゆこと。東小にいるよ、遊びに来れば?」
人は変わるもんだね。ほとんどの同年代と話をしなかった、あの陰気な性格の紗英が、ねえ…
人は人を変える、たった一つの恋で、ここまで変われる。
(はあーあ、わたしももっと子供らしく生きるべきなのかな。)
「何か言った?」
「ううん。」
「そういえば、もうすぐ大会の時期だけど、…主役になってほしいな。」
スタイルはともかく、胸という決定的なディスアドバンテージを背負っていた緒方。
こればかりはどうしようもなく、紗英にスポットライトを独占されて…
「無理、よ。」
「ど、どうして?強豪チームの主力選手なら、主役になるのは…」
「巨神から戦力外受けたのよ、そして今は東小…あなたの小学校にいる男子に誘われて、別の小さなリトルでさ。」
「東小!?あたしの、学校の…」
「…そうね、紗英は特別。」
屈んで、足首の方まで手を伸ばし、少しためらい、
…ズボンのすそを、引き上げた。
「こ、これ…!」
「…誰にも見せたくない。これだけは。わたしが数少ない話し相手だった紗英だけ、特別。」
少女に見せるにはあまりにも酷で、見るに堪えない光景だった。
膝を覆わんばかりのどす黒い血の塊。手で口を押さえ、化粧室の方へ行ってしまった。
(カナたん…どうして?どうしてっ…!)
「でよぉ、紗英の胸がまた…」
東小6年1組は、今日も飽きずに馬鹿話。いつも教室に入ってく時に聞こえてくるシバケンの馬鹿話。
本来はシカトして軽く聞き流すが、今日はずんずんとシバケンの方に向かってきて、
「健太!」
「な、なんだよ!?悪かった、悪かったって…」
「そんなんじゃない、いいから来て!」
手首をつかんで、ぐいぐい引っ張っていく。
紗英が教室にいた時間、わずか10秒。
「土生ってやつを知らない!?」
「えっと、この時間なら多分みんなでキャッチボールをしてるよ。」
「おい、紗英、なにを…」
1つ下の階には、5年生。
手がかりを元にグラウンドへ。情報通りに、キャッチボールをしている数名。
「どいつ?」
「土生は、えっと…あいつだな。でもどうする気だ?」
「いいからついてきて。」
キャッチボールをしている数名。
とりわけとんでもない巨人が混じっているが、もちろん土生ではない。
「ねえ、土生って名前の子は、君?」
「ん?悪い、ちょっと俺抜きでやっててくれ。なんか用ですか?」
キャッチボールの輪から離れ、紗英に近付く。
グローブを外した土生だが、この地点で土生は紗英の殺気を察知していた。
「…カナたんを、野球に引きずり込んだのは、君?」
「カナたん?…もしかして、緒方の事か?ああ、その通り…」
平手打ちを食い止める土生。
突然の攻撃にも、冷静に対処。
「…なんで…なんでそんなことするのよ…」
「は、はい?」
「あんな野蛮なスポーツに、あいつを巻き込むなって言ってんのよ!」
グーパンチを食い止めるシバケン。
珍しく頭に血がのぼり手を出してしまったが、さすがは東小のボスというだけはある。
「はなせよ、シバケンさん。」
「土生、女に手を挙げるのは、あんまりいいことじゃないぜ。
手をあげていい女は、西小の…」
開いていた左手でグーパンチ。
当然シバケンは軽々と受け止める。周囲も騒がしくなってきた。
「やめとけって。ほら、周りにこんなにもギャラリーがいるしよ、ひと波乱あったらただじゃ済まねえ。
確か試合は明日だろ?」
「…何も思わねえのかよ…野球を馬鹿にした言葉を聞いてよ…
あんただって柔道やってんだろうがぁ!」
「悪かったって。だから落ち着け、紗英にはちゃんといっとくから。」
橡浦と山下はぼそぼそ声で止めようとするが、当然土生の耳に届くはずもなく。
「うるせえ!
そうだよなあ、人気があれば、守ってもらえるから、それを盾に言いたい放題だもんなあ!」
腹にグーパンチ一発。
その場に倒れこむ。
「ぐふぅ…」
「兄貴!」「あんちゃん!」
怒りに燃えるシバケン。
駆け寄る橡浦と山下を、たった一度睨みつけただけで怯ませた。
…大切な仲間、そして想いを寄せる女の子への愚弄。シバケンもまた、野球を馬鹿にされた土生同様の状態。
「…悪いな、明日野球だから暴力はいけないんだろうがよ。
だがそのツラに一発入れとかなきゃ気が済まねえ!」
振り上げた右腕に、自らの動きに逆らう違和感。
見ると、肘がつかまれている。半端ない握力を感じる。
「お互い様じゃない。喧嘩両成敗って知ってる?」
「…誰だ?」
「全部暴力で解決?ふーん、乱暴な考えね。
でも、そうでないと戦争はやってられないか。」
「ユキ…」
土生が見上げた先には、ユキの姿。
「でも、そういう考え、あたしは嫌いじゃないかな。その考えが正義なら、あたしにとってどれほどいいか♪」
「…。」
次の瞬間、シバケンの耳に回し蹴り。
だがシバケンも流石と言ったところ。瞬時に反応して受け止めた。
「…。
暴力で解決しようというのなら、いつでも相手になりますから。
土生さん、さっさとその人と話をつけちゃってください。」
「…分かった。」
1歩2歩と歩み寄り、先に口を開いたのは、紗英。
「カナたんは、あたしと一緒に仕事をしてて。
…でも、あたしがいたせいで、カナたんはトップになれなくて、モデルをやめてしまって…」
「遠回しの自慢か?」
「誰が自慢よ!…来て。他の人には聞かれたくない。」
「…いいだろう。」
シバケンが、山下が橡浦が、心配そうに見ているが、紗英が、土生が首を横に振る。
心配するな、そう言い残すように。
校舎の屋上で、全てを話した。
数少ない友達だった緒方、その緒方を蹴落とす形となってしまった過去。
それにくじけずに頑張る緒方に、襲った悲劇。
「…で、何が言いたい。
俺は、野球をやりたいと思っていた緒方に、野球をやらせてやりたくて誘った。
何の問題がある。」
「これ以上…カナたんを傷つけないでって言ってるのよ!
もう見たくないよ…カナたんが傷つくのは!」
「…。」
緒方は、今年限りで野球をやめると決めているはず。だったら、今更怪我をしようと関係ない。
怪我をしようがしまいが、来年以降彼女に野球選手としての未来はないのだから。
「見たくないの…もうこれ以上、傷つく姿を、痛みや苦しみを受ける姿を、見たくないの!」
「…。
例え緒方がそれを覚悟してたとしても、か?」
「ええ。」
「緒方のためじゃなく、自分のために野球をさせるな、といいたいのか?」
「それは…」
「間違いなくそうだろ。なら、せめてその理由を言えよ。そうでなきゃ筋が合わねえ。」
当然のように口を紡ぐ。
そして覚悟を決めたように唇を噛みながら、1枚の写真を取り出す。
「これは?」
「殆ど…だれにも見せた事のない、あたしの過去。
捨てたくても、どうしても捨てられなかった、過去と写真。」
「ボロボロだな。…こんな状態になる前に、逃げなかったのか?…いや、逃げられなかったのか。
子供は弱いからな、ずっと大人のいいなりに…」
「ちがう!」
土生に渡した写真をすぐさま取り返す。
ポッケに入れると、自分の苦しい胸の内を明かす。
「モデルをやめると決めた時のカナたんは、泣いてた。本当につらそうだった。
だから、あたしは!カナたんの分まで頑張らないといけなかった!たとえどんなにぼろぼろになっても…」
「だが、こんな状態にまでなったら、止められるか見捨てられるな。」
「…あたしは、どれだけ苦しくても、身も心も壊れても、それでもカナたんの分まで…
でも…」
力尽きた。
母親に抱えられ、故郷まで逃げてきた。
「…で、それがどうしたんだ?」
「な、何いってるのよ!だからあたしは…」
「結局のところ、モデルから逃げ出した、緒方の分まで頑張れなかった事、
それに対するせめてもの罪滅ぼしのつもりで野球をやらせたくないだけだろ。」
涙があふれる。
そこまで言う事ないじゃない。少しは言葉を選んでよ!…そう心の中で叫ぶ。
「だからさ、いつまで過去にこだわってるんだ?
あいつはモデルになれなかった、でもそれをバネに、新たに野球を頑張った、ただそれだけだろ。」
「!」
「そして怪我をしても懸命にリハビリをした、
どんなに踏みつぶされても、必死になって這い上がった!」
「あたしだって自分なりに頑張ってるよ!
…今はまだ決まってないけど、母さんの仕事の、お手伝いをするために頑張ろうと思ってる!」
「ならなおさらだ!」
土生が最大パワーで言い放つ。
紗英がそのハイパーボイスに一瞬怯む、それを見逃さない。
「なんで、あいつの応援をしてやれない!」
応援。
今の紗英の頭の中から、完全に離れていた言葉だった。
「っ!」
「あんたが緒方の夢を奪ったと思ってるなら、それにたいして後ろめたさを持っているのなら!
なんで新しい夢を応援してやれない!
あんたの言ってることは、緒方を野球から引き離すってのは、野球という夢を奪うって事じゃねえのか!」
「それは…」
「もうやめてあげて。」
出入口の方から、声がした。
そこには、この場所にはいないはずの、
「か、カナたん…?」
「緒方、なんでいるんだ?」
「昨日会って、紗英がこの小学校にいるのを聞いてね。
今日はこの学校以外は休みだから、遊びに来たの。そしたらユキちゃんに会って、事情を聞いてね。」
「カナ…たん…」
「土生、もうやめてあげて。
…ねえ、紗英、もしよかったら、明日の試合、見に来てくれない?」
突然の提案。
土生は静かに動向を見守る。
「わたしの姿を、見てほしいの。
わたしが、新しい世界で頑張ってる姿を、見てほしい。」
「カナたん…」
「だって、モデルの世界でしか、がんばってる姿を見てないでしょ?」
野球の緒方かな子だって、がんばってる。
それを伝えて、土生を連れて立ち去った。
「最後に1つだけ言っておく。過去はむやみに捨てるべきものじゃない。
だが…未来に怯えていちゃ、過去がある意味なんて、ないぜ。」
去り際の一言が、朝の予令と共に、紗英の中に響いていた。