「…で?なんで来たんだよ。」  
「そっちこそ、なんで理奈の家に来るのよ。」  
 
優子が持ってきた料理を並べて行く。土生が負けじと料理を作って並べて行く。  
お互いの料理が、どけよどけよと意地を張る。  
 
「そんな事より、試合で疲れたでしょ、さっさと帰れば?」  
「疲れてて外に出られない。石引こそ、いつまでいる気だよ。」  
「さあね。それより、疲れてるって言うにしてはてきぱきと料理してるけど?」  
「作らないと理奈がピーピーうるさいからな。雛を世話する親鳥の気持ちにもなれ。」  
 
「あのー…」  
 
もはや戦場と化しているリビングとキッチン。  
 
「あたしの料理さえあればいいんだから、あんたが作る必要ないって。」  
「持ってくる方が労力使うんじゃねえのか?これからは理奈の料理は俺一人で十分だ。」  
 
優子が、土生と理奈の同棲を知っていることを、土生は知らない。  
何とかして、早く帰さなければ…  
 
「てめえは先食ってろ、食い終わったら即帰れ。理奈の分はまだできてないから、まだ食べるなよ理奈。」  
「あたしは理奈と食べに来たの!それに何よてめえって!」  
「名前忘れた。」  
 
「あのー…」  
 
ようやく料理を並べ終わる。  
土生の料理皿と優子の料理皿、2種類の皿が織りなす陣取りゲーム。  
 
(食べきれないよ…出しゃばって、作りすぎだって…)  
「理奈、これと、これと、これを食べてね?」  
「理奈、これと、それ、そしてこれを食えよ。」  
「…。」  
 
板挟みになる方の身にもなってよ。  
 
「そんな不味そうな料理、誰が口にするのよ!」  
「この皿の事か?」  
「それあたしの料理!まずいわけないじゃない!」  
「理奈、そのわけのわからんものじゃなくて、その野菜炒めを食べろよ。ビタミンはしっかり摂らなきゃな。  
 さもなくば…次の試合、スタメン落ち&登板回避な。」  
 
やりかねない。  
たった2分の遅刻でもスタメンから自分とあたしを外した翔なら、やりかねない。  
 
「いい加減にしてよ!いくらなんでも言いすぎじゃないの!?」  
「いただきまーす。…パク。」  
「…え?」  
 
優子の抗議を無視して土生が口に運んだのは、…優子の持ってきた料理。  
一瞬場が静まるが、やがて土生が口を開く。  
 
「うん、うまいじゃん。」  
「え…」  
「食ってみろよ理奈、うまいぞ、この焼きそば。」  
「パスタですぅーっ!」  
 
思いやりの中にも、皮肉も当然忘れない。  
 
「…おいしいよ、優子!」  
「ホント!?  
 …ありがと。あんたの料理も、おいしいよ。」  
「はいはい。」  
 
いつまでも意地を張って、悪口を言ってもしょうがない。  
キレさせる一歩手前でそっと気配りをする、そんな駆け引きの巧さがキャッチャーに求められるものである。  
 
…ちなみに、『あたしの料理』と言いつつも、実際に作っているのは優子の母親だが。  
その優子も、本当は素直な女の子。素直さもキャッチャーにはもちろん必要な要素。  
 
 
「そういえば。  
 なんであんたが久美と沙織を知ってんのよ?」  
 
食べ終えた後は情報交換。  
同じ野球選手として、互いのチームの事は気になる。  
 
「あんな奴とは、もう2度とバッテリーを組みたくない。」  
「…え!?」  
「まあ、バッテリーというよりは、…説明したほうが早いな。」  
 
―――…一年前・4月…―――  
 
「なんでソフトの連中と練習するんすか、監督?」  
「言ったろ新井。もっと速い球を投げる投手、&アンダースロー対策。  
 体感速度は、女子ソフトのピッチャーの球の方が圧倒的に早いからな。」  
「どーせマウンドからの距離の近さに頼ってるにすぎないでしょ…」  
「…そのお前の天狗を治すために、連れてきたんだよ。」  
 
女子相手に負けるわけないじゃん、そんな顔をする新井。  
西村も、白濱も、二岡も、そして土生も内心はそう感じていた。  
 
「着いたぞ。  
 ちょっと向こうの監督と話してくるから、待ってろ。」  
 
中井監督が向こうの監督と何やら話している。  
 
「ほんとに、こんな練習に意味なんてあんのかねえ。」  
「まあ、打ち込めば監督も意味がないってわかってくれるんじゃね?西村。」  
「おーい!なんか向こうのキャッチャーが風邪でダウンしてるらしくってさ。  
 病気を押して無理やり練習してたみたいなんだが、さっき倒れたらしくって。」  
 
しめた。  
これで練習が中止…  
 
「あのピッチャーの球、そのキャッチャーしか取れないらしいから、お前ら、誰か代わりにキャッチャーやって。」  
 
最悪だ。  
逆に最悪の事態だ。なんでソフトボールのピッチャーの球を…  
 
「おい白濱、お前やれよ。」  
「やだね!なんで俺が…キャッチャーの感覚が狂う。つっても、俺たち以外の他の奴じゃあ捕れずに怪我するし…  
 そうだ土生、お前のセンスなら取れるだろ、やれよ。」  
「え、なんで…」  
「先輩の言う事、聞けるよな?」  
「うう…」  
 
尊敬する半面、この人たち最悪の先輩だ…  
 
 
「なんですか監督、男の子たちに投げるのはいいとして、私はお姉さまとしかバッテリーを組む気は…」  
「しょうがないじゃない。  
 あなたの球をとれるのは沙織だけだし、向こうに頼むしか無いのよ、ね?」  
「はあ…」  
 
向こうもキャッチャーを用意したみたいだし、しょうがないなあ…  
 
 
(…サウスポー、か。  
 さあて、さっさと打ち込んで練習終わらせるか…)  
「負けんなよー、新井ー!」  
 
なんか向こうの奴ら、私を馬鹿にしてるみたい…見てなさい!  
 
「うおっ!」  
「新井ー!何空振りしてんだー!」  
「いや、めちゃくちゃはええぞ!?しかも、アウトコースいっぱいに…  
(でも、変だ。それだけなら空振りだけはしないはず…)」  
 
第2球。低めの球。  
 
「ぐっ!(だめだ、当てるだけで精一杯だ…)」  
 
女子ソフトの球は女子ソフトにしか打てない。レベルが高ければなおさらである。  
マウンドからの距離が近いとはいえ、体感距離がいつもより圧倒的に早い。  
しかも、ソフトボールは使っているボール自体が重く、飛距離も伸びない。  
 
さらにオーバースローがほとんどの野球にとって、ソフトの球には手も足も出ない。  
 
(まさかこの球…)  
「ちょっと、そこのキャッチャー!ちゃんととってよ!」  
「…?  
 俺はちゃんと捕ってるけど。」  
「捕り方がまるでなってないのよ!お姉さまとは雲泥の差だわ。」  
(俺キャッチャーじゃないし…)  
 
土生も取るだけで精一杯。  
だが、土生は久美のストレートの正体に、気付いていた。  
 
「畜生…白濱、交代だ!」  
「情けねえなあ…」  
 
だが、白濱も、西村も、二岡も打てない。  
実力差もあるし、相手をなめてかかってひたすら長打狙い、というのも原因の一つ。  
 
「…ちょっと、そこのキャッチャー、来てよ!」  
「え?なんだよ、ったく…」  
 
…そして何を思ったか、もう限界と言った様子で久美が土生を呼び寄せる。  
 
「なんでちゃんと捕れないの?沙織なら投げる方も気持ちよく投げられるようにとってくれるのに…  
 あんたのはただ捕ってるだけ!捕るのもやっと見たいじゃない!」  
「…しょうがないだろ。あんたの球、とるだけでも精一杯だ。」  
「たかがストレートすら、捕ることができないわけ?」  
「…。続けましょう。」  
 
久美が不機嫌なまま、土生が戻っていく。  
監督の頼みでなければ、今すぐにでも切り上げたいよ。  
 
そして、全く打てないチームメイト達を見かねて、  
 
「すんません、俺にも打たせてくださいよ。なんとかなりそうなんで。」  
「ああ?…ったく、おい、白濱、キャッチャー代わってやれ。」  
「しゃあねえなあ…まあ、一応お前は実力があるし、打たせてやるよ。」  
「ありがとうございます。」  
 
土生の実力はすでに白濱達に認められている。  
キャッチャーとして久美の球を見てる以上、勝算があるのだろう。  
男子の意地と誇りを、土生に賭けてみた。  
 
(男子のレベルが、ここまで低いなんてね…あたしにたてつくこのキャッチャーも、さっさと…)  
 
低めに制球された、ストレート。  
土生が狙い澄ましたかのように、ジャストミート。  
 
「なにっ!?」  
「お、土生の奴、ヒット打ちやがった。」  
 
野球とソフトでは守備位置は少し違うものの、文句なしのヒット性の強いゴロ。  
久美が今日初めて喫したヒット。  
 
(うそ…お姉さまですら、初対戦では私のストレートを打てなかったのに…  
 あいつ、初球をいとも簡単に…)  
「仕組みさえ分かれば簡単だ。  
 西村さんも、新井さんも、白濱さんも二岡さんも、全員右打者。うちのチームは俺以外はほとんどが右打者だ。」  
「え…」  
「どうりでみんな打てないわけだ。  
 あんたはサウスポーだが、本来対左には右打者が有利だと思ってたけど、ソフトにそれは通用しないらしいな。」  
「う…うるさいっ!」  
 
頭に血が上る。思わずボールを手に取り、投げ込む。だが、  
 
「おおっ!」  
「2打席連続!」  
 
久美の足元を、抜けて行く。完璧なセンター返し。  
 
「な…なんで…」  
「あんたの球、一応ストレートみたいだが、直球じゃないってこった。」  
「!」  
「図星らしいな。まあ、マスク越しに見た地点で一発で分かったがな。  
 まさか小学生でツーシームの使い手がいるとは、思ってなかったぜ。」  
「あ、あいつのストレート、ツーシームなのか!?」  
 
 
一口にストレートといっても、いくつか種類がある。  
日本の主流のストレートはフォーシームファストボールと呼ばれており、スピードとパワーはこの球種が一番。  
我々が『ストレート』と呼ぶのは大抵これを指している。  
 
他には、螺旋回転をかける事によって圧倒的な球威とノビを生み出すジャイロボール、  
あとは、フォーシームと同じ球速で打者の手元でぐぐっと落ちる、ムービングファストボール。  
 
そして、大リーグでよく目にする、打者の手元で微妙に揺れたり、食い込んだりするツーシームファストボール。  
 
「ツーシームの最大の特徴は、打者の手元で変化する、という事。  
 その変化の仕方がミソだ。」  
 
ツーシームは投手の利き手方向に、落ちるように変化する球。  
つまり、サウスポーの久美の場合、右打者には逃げるように、左打者には食い込むように変化する。  
 
「つまり、右打者の皆さんにとっては見づらい球だが、  
 左打者の俺にとっては、入ってくるように変化するからまだ球の動きが見やすいって事。  
 アウトコース厳しいところ突かれたら、いくらみなさんでも打てっこありませんよ。」  
「…さっきからうるさいわね!沙織と違って、まともに捕れないあんたに言われたくないわ!」  
「やれやれ…ストレートとはいえ、変化するんだから捕りにくくても当然だろ。  
 フォーシームとと同じスピードであんな鋭い変化するんだからな。」  
「そんな球、よく打てたな…」  
「その上ボール自体に重量があるから、低めに投げられたら飛距離も望めない。  
 だから強くたたいて転がすことを意識して、どうにかヒットを打ちましたよ。」  
 
ちなみに、上投げであろうと下投げであろうと、変化の方向に変わりはない。  
 
「…ん?てことは、フォーシームより遅いツーシームであれだけ早いんだから、  
 ソフトのストレートはまだまだ早いって事か!?」  
「そういう事になりますねえ。」  
 
ツーシームを操る故か久美のボールは球速は遅い方らしいが、男子野球の目から見たら十分早い。  
ということは、トップクラスのフォーシームを操る女子の球は…  
 
「…マジ?」  
 
 
 
……。  
 
 
「てなことがあったわけだ。  
 去年の4月頃の話だから、石引はまだ入りたてでこの事は知らないだろうな。」  
「そういえば、リリアムに入った時、男子が練習に来た日があったような…」  
「それだ。  
 まあ、俺が打てたのもストレートだけ、チェンジアップやカーブが絡むとファールが精いっぱいだ。」  
 
土生がコップにお茶を注ぎ、グイッと一口。  
 
「…ま、とり方一つでガミガミ言われて、こっちも何度嫌だと思ったことか。  
 ほんと、よくあいつとバッテリー組んでるもんだ。」  
「あんたと違って、あたしはキャッチャーとして優秀だから。」  
「それでも、ああ言う球もあるって事は、すごく勉強になった。  
 さて、明日は学校だし、理奈、まだ宿題やってないだろ。」  
 
一筋の汗が流れる。  
 
「金曜日に終わらせとけよ…ったく、終わらせっぞ!」  
「あ…じゃあ、帰ろっか?」  
「悪いな、邪魔者扱いみたいで。」  
「…今の恋女房は、あんただから。」  
 
いつまでも理奈に固執しちゃいけない。あたしは今はリリアム所属の正捕手。  
なんだかんだで、今理奈のそばにいてあげるべきなのは、…ああ、くやしいなあ、もう!  
 
 
「うーん…楽勝楽勝♪」  
「って、ほとんど俺がやったようなもんじゃねえか!」  
 
体を洗いながら、笑顔で伸びをする理奈。  
浴槽から聞こえる不満の声も、なんのその。  
 
「いいじゃない、困った時は…」  
「明らかに俺ばかり助けてる気がするぞ。」  
「そうだっけ?まあまあ♪」  
 
言っても無駄だ。  
あーあ、なんか一打席しかたってないのに、疲れた気がする…  
 
 
…だって、ベットでまた俺のあそこを狙ってんだかんな。  
 
「やめろって、ズボンに手ぇかけんな!」  
「いいじゃん、いつもあたしのおっぱい飲んでる癖にさ!」  
「宿題といてるんだから、それくらい当然だろ!」  
「なによ!こんな可愛い女の子と、セックスしたくないの!?」  
 
…あのなあ。  
もう少し自分を大切にしろって。  
2回ほど俺のあそこを理奈に好きにさせたけど、あれは状況が状況だったからって事、…分かってねえよなあ。  
 
「だから、もしもの事が」  
「大丈夫、ほらっ!」  
 
…なんでそんなもん持ってるんだ!?  
これはいわゆるあれですか!東京ドームじゃなくて、名古屋ドームじゃなくて、札幌  
 
「…そんなボケ、いいって。  
 あたしはさ、…翔と、初めてをともにしたいんだって…」  
「なんでだ?」  
「10年くらいたって、適当な男と流れでやるくらいなら、  
 たとえ小さくたって、今翔とやって…その方が、絶対に後悔、しないもん!」  
「…。」  
 
泣きそうだよ。こりゃ軽い気持ちじゃなく、本当に俺とヤりたいんだな…  
ここまでされると、流石にその気持ちを蔑ろには…  
 
…そうだ。  
 
「ギブ、&、テイク。」  
「へ?」  
「それじゃあこうしよう。  
 次の試合、もし理奈がノーヒットノーランを達成したら、…そのご褒美だ。」  
「せ、セックスしてくれるって事!?」  
「ああ。…って、抱きつくな!ただでさえ狭いんだから、このベット!」  
「やったあ、やったあっ!」  
 
 
…ま、相手はベスト4だから、絶対に無理だろ。  
理奈にとって初めての大会だし、県トップレベルがどういうものか、理奈には分からないしな、  
 
…大丈夫、だろう。多分。  
 
 
「…ところで、さ。」  
「なあに?気が変わって今から」  
「理奈の父さん、…いつ帰ってくるんだ?」  
 
かれこれ3週間経つ。  
スカウト業がどのようなものかは皆目見当もつかないが、  
シーズンはどんどん進んでいる以上、補強は迅速に行うべきである。  
 
…となれば、ラリナパパが現地について2,3日で話をまとめる可能性も十分あり得るのだが…  
 
「うん…まだ、連絡が来ないの。  
 さすがに、翔もこの家に飽きてきちゃった?」  
「い、いや、そんな事はない。  
 ただ…」  
「…うん、寂しいよ。翔がいてくれても、…やっぱりあたしのパパは、一人だけ。ごめんね。」  
「悪いな、泣かせるような話を、振っちまった。」  
「もう慣れっこだから。」  
 
長い髪を、手で梳いてやる。  
土生にとっては幸せな時間でも、理奈にとっては必ずしもそうではない。  
 
…本当は、3人で暮らすのが一番楽しい。でも、それもできないけどね。  
 
 
 
「やれやれ、せっかく日本に帰れると思ったら今度は韓国球界か…  
 担当にトラブルがあったからとはいえ、俺を派遣させなくても…」  
 
外国人の獲得に手間取り、結局3週間経ってしまった。  
しかも、明日の朝早く、すぐに韓国行きの便に乗らねばならないというから、たまったもんじゃない。  
 
0時半発の空港行きの深夜バスの予約をしており、それに乗る事になる。  
現在午後9時。たった3時間の家族サービス。  
 
「まあ、まだ起きているだろう。さみしがってるだろうし、何かしてあげないとな。」  
 
家に着くが、明かりは消えている。  
もしかして、もう寝たのだろうか?親がいないのだから、夜更かしくらいしているはずだと思うが。  
 
「まあ、帰る連絡をしてなかったからなあ。  
 家に電話しても、出てくれなかったけど、遊びにでも行ってたんだろか。」  
 
鍵をかけて、家にはいる。  
幽霊が出そうな薄暗さが、電球によってぶち破られる。  
 
「理奈ー。…寝室かな?」  
 
理奈の部屋は2階。  
土生とぐっすり寝ている部屋に、階段を1段1段あがりながら近づいてゆく。  
 
そして、ドアノブに手をかける。  
 
 
「…あれま、こんな時間なのにぐっすり…ん?」  
 
隣に誰かがいるのに、気がついた。  
起こさないように、恐る恐る、近づいてゆく。  
 
「この子は、確か…」  
 
思い出した。  
以前理奈が家に連れてきた、土生という少年。…少年?この少年と、もうこんな関係まで行っていたのか?  
 
(すー…すー…)  
(すー…すー…)  
 
どこのだれか分からない異性と、はだけかけた薄手のパジャマ一枚だけを羽織って、密着して寝ている。  
普通なら、怒りもこみあげてこよう。  
 
…だが、不思議とラリナパパにそのような感情は芽生えなかった。  
 
 
まだ10才だから?大人じゃないから?セックスをするような年頃じゃないから?  
…いや、それは違う。だって、理奈の胸は確実に大人になっているのだから。  
 
多分、理由はほかにある。  
 
 
(巨乳で、いじめられていた、理奈が…)  
 
 
1つのきっかけで、人間は大きく変わるもの。  
その変化に嬉しさと寂しさを覚えながら、静かに寝室から出て行った。  
 
そして当日。  
今日勝てば、あのラミレーズやルウィズも使うスタジアムで巨神と戦える。  
 
「よーし、今日勝って、あのスタジアムで巨神と戦うぜー!」  
 
意気揚々と乗り込む赤松。しかし周りにはだれもいない。  
スタメン落ちしたくないからとはいえ、10時集合のところを6時に来る馬鹿はどこにもいない。  
 
…いや、そんな馬鹿もいた。  
 
「翔ー…いくらなんでも早過ぎない…?」  
「投手はさっさと起きて、調整しねえとな。」  
「でも、4時にたたき起され、5時半に出発するこっちの身にもなってよ…あ!」  
 
誰もいないだろうと思っていたところに、赤松の姿が。  
 
「おいおい、10時集合だったろ?」  
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。」  
「とりあえず、これから4時間どうする?」  
「俺、朝飯今からなんで…ちょっと店探してきます。」  
「俺たちもだ。3人でどこか食べに行こうぜ。」  
 
ちょうど近くにファストフード店があったので、入ってみる。  
『朝ミール』なるメニューがあったので、それを頼んでみた。  
 
「そういえば…今日の第1試合は、巨神が…」  
「知っている。」  
「…見に、行きますか?」  
「決めてねーよ。」  
 
赤松の言っている事に興味はないと言わんばかりに、ジュースを口にする。  
 
「とにかく、今日勝てばベスト8、まずはそれだ。」  
(…そんなわけ…ないのに。)  
 
無理しなくてもいいのに。  
でも、それが翔の求める、キャプテン像なのかな?エースとキャプテンって、どう違うんだろ…  
 
 
「っ!!」  
「どうしたの?」  
 
はっとした顔で後ろを向く。  
 
「どうしたの!?」  
「…理奈には、…赤松にもわかんないだろうな。」  
「え?」  
「ずっと一緒にいたから、姿が見えなくても、感覚で分かるんだよ。」  
 
土生がまた姿勢を元に戻し、ハンバーガーを口にはこぶ。  
 
「いらっしゃいませー。」  
 
誰かが入ってくる。ふと見てみると、同い年ぐらいの少年が4人。  
…4人?まさかね。  
 
「…。」  
「しょ…土生君?」  
「…ふー…」  
 
落ち着け、落ち着け。  
今はもう、何の関わりも…  
 
 
「光陵、1回戦、勝ったらしいな。」  
 
 
 
「よお、元気そうだな。」  
「…。」  
「どしたどした、なーにそんなに暗い顔してやがる。」  
 
ふざけるな。  
どのツラさげて俺の前に現れた。  
 
「彼女とデートか?いや、それにしては一人多いか。」  
「で、デートって…あなたたちは」  
「黙ってろ、理奈。」  
「そいつ…もしかして選手か?よほど人数不足なんだな、出てってよかったぜ。」  
 
すっと立ち上がると、腹の底から湧き出る怒りを必死に沈める。  
 
「あいつらは元気か?橡浦とか、山下とか。」  
「…なぜ話す必要がある。」  
「おいおい、俺たち元チームメートだろ?」  
「…あのノート、お前らが書いた欄は、すべて塗りつぶした。」  
「!  
 …この野郎!」  
「よせ!」  
 
大声につられて、残りの2人もやってくる。  
 
「あれは、俺たちの魂だ!」  
「…だからこそだ。お前たちは、俺たちを裏切った。」  
「翔、この人たち、まさか…」  
「俺たちは、裏切ったんじゃねえよ!」  
 
「…同じことだ。  
 チームの事より自分の事を考えてる地点でな。」  
「自分がかっこいいとでも思ってるつもりか?」  
「俺は、あんたたちが裏切ったと言いたいだけだ。」  
 
たとえ嘘をつかれようと、たとえ監督が勧めようと、  
自分の未来を優先してチームを見捨てるのは、  
 
「…許せねえな。」  
 
何事かと思ったか、店員が駆け付ける。  
君たち、喧嘩はやめなさい、そう注意され、席に戻っていく。  
 
「土生君…」  
「さっさと出るぞ。早く食え。」  
 
残りのハンバーガーを丸のみし、一足先にゴミを片づけた。  
 
 
南海リトル  
 
1、4・井口  
2、6・川崎  
3、8・秋山  
4、5・小久保  
5、3・松中  
6、2・城島  
7、7・村松  
8、9・柴原  
9、1・斉藤(和)  
 
 
光陵リトル  
 
1、9・橡浦  
2、6・赤松  
3、2・土生  
4、3・山下  
5、8・瑞原(ユキ)  
6、5・白井  
7、4・青野  
8、7・赤星  
9、1・野村(ラリナ)  
 
控え 緒方 黒田 青山  
 
「…試合前に言っておくことがある。あそこを見ろ。」  
「え…あ、さっきの!?」  
「あいつら、まさか…」  
「…以上だ。」  
 
視線の先には、あの4人。  
チームを出ていった、あの4人。  
 
「おいおい、あいつら、こっち見てるぜ。」  
「懐かしの面々もいるなあ。」  
 
あえて午前に巨神の試合がある事は伏せておき、偵察もしなかった。  
すべては、試合直前に士気を高めるために。  
 
…そして、巨神のコールド勝ちを、隠しておくために。  
 
 
「よーし、やるぜ!」  
「おう!」  
 
各々闘志を燃やして、各守備位置に散っていく。  
4人の事を直接は知らない、ユキも、赤松も、緒方も、  
 
(勝たなきゃ、みんなのためにも…)  
「よーし、やるぞー…」  
(…。)  
 
「さーて、あのおっぱいちゃん、どんな球投げるのかなー?」  
「二岡、あんまり期待すんなって、どーせ大したことないってば。」  
 
…そして、理奈も。  
 
(…翔、あたしは…)  
 
一心同体に、なりたい。  
翔がどれだけ辛い思いをしたか、知っているから。悔しさ、辛さを、共有したい。  
 
…だから、まずは目の前の敵を倒す。  
少しでも翔に近づくために、一心同体に、なるために。  
 
 
「プレイボール!」  
 
(来い、理奈!)  
(うんっ!)  
 
理奈の、直球、一閃。  
 
『月曜日発刊 週刊MAX』  
 
光陵リトル、野村理奈ちゃん、完全試合達成!〜女子初の快挙・華麗に舞い降りたノーヒッター〜  
 
 
「すげえよな、これ!」  
「ありがと、雅人くん。」  
 
赤松と2人で、今朝の朝刊に挟まっていた地元のスポーツ情報誌を見ている。  
地元のプロアマのスポーツ情報が載っており、小学生のスポーツなんかも小さく載っている。  
 
その小学生スポーツ用である3面の、半分を理奈の記事が独占している。  
 
 
『6日に行われた硬式野球県予選(小学生の部)2回戦第2試合で、  
 光陵リトル・野村理奈さん(小5)が、去年ベスト4の南海リトルを相手に完全試合を達成した。』  
 
「みんなにも見せてあげたいけど…」  
「ダメだよ、東小とつるんでるってのが、ばれちゃうから。」  
「ちぇっ。」  
 
ここは校舎の屋上。  
2人で仲良く、理奈の記事を見ている。  
 
『野村さんはこの試合まで登板記録がなく、初登板初先発完全試合という離れ業を達成。  
 今後の活躍が注目される選手。  
 
 野村さんのコメント・とてもうれしいです。次の試合もチームが勝てるように頑張ります。  
 南海リトル、王監督・彼女の速球には脱帽しました。今日は成す術もない、完敗です。』  
 
「えへへ、なんか恥ずかしいや。」  
「でも、明日の新聞に乗るって聞いて、父さんに頼んでもらってきたかいがあったよ。」  
 
『コラム・少女が思い出させてくれた少年野球  
 
 最近の小学生は、知識ばかり豊富で、理屈だけで、頭だけで野球をやっているように見える。  
 その証拠に、変化球に頼ったピッチングが目立つ。妙にフォームがぎくしゃくしている。  
 体を動かさず、故に身体能力に自信を持ててない、という事の裏付けである。  
 まだ小学生なのだから、勝ち負けとか技術的な事は気にせず、とにかく体を動かせばいいと思うのだが、  
 僕の考え方の方が時代遅れなのか、と思いかけていた。  
 
 それを彼女…野村理奈ちゃんが、僕のぐらついた情けない根性をたたき直してくれた。  
 ただひたすら直球を磨き、ただひたすら直球を信じ、ただひたすら直球で押しまくる。  
 小細工など一切なし、完璧な真っ向勝負。  
 
 僕の掲げる少年野球の理想像が正しいと、証明してくれるようなピッチングだった。  
 彼女には失礼だが、女の子が証明してくれたのだ。  
 やっぱり、少年野球は、がむしゃらという言葉が一番似合っている。  
 
 さあ、次の光陵の相手は、去年の県大会の覇者、全国ベスト4の巨神リトル。  
 『最強打線vsノーヒッター』、こんな見出しを考えるだけで、わくわくする。』  
 
 
思わず立ち上がった。  
そして、景色がよく見える柵のそばに駆け寄る。  
 
「ラリナ?」  
「雅人くん、キャッチボールしよっ!」  
 
理奈もとっても、わくわくしていた。  
 

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