「俺は山札から1枚カードを引く!
このスキルカードを使う、これでとどめだ!」
「うわあああああっ!」
放送10周年を迎えている長寿番組。
カードゲームを軸に物語を展開していくのだが、
「おはよ。好きだねえ、その番組。」
「見るものがないだけだよ。さあて、今日は学校も練習も休みだけど…」
明日に連携確認だけして、明後日に備える。
今までの練習量が半端ではなかったため、しっかり休息をとらなければならない。
事実、東小で会うチームメイトは朝いつも疲れきった顔をしている。
「しっかり体を休めれば、筋力が元以上になる。これを超回復と…」
「はいはい、そんなでたらめいいから。」
(本当のことなんだが…ま、今はいいか。)
さて何をしようか、ふと、汚れた野球道具が目に入る。
「…。」
「へえ、珍しいね。」
あまり道具の手入れをしたりはしない。
だが、手入れをした方が、確かに道具としての機能は僅かばかりでも向上するかもしれない。
勝つためには、やれることは何でもやっておきたい。
「手伝おうか?」
「自分のをやれよ。」
「はーい。」
トゥルルルルル…
「んあ?誰だよ、こんな朝っぱらから…
もしもし、あ、監督?」
「実はな、後輩の女の子に誘われたんだよ、ちょっとな。」
「デートですか?」
「ん?…まあ、ある意味じゃそうかもしれんが…」
しかし、いずれにせよ矛盾点が生まれる。
「行けばいいじゃないですか。
なんで俺に電話かける必要が?俺は監督がだれと付き合おうが別に何とも…」
「いや、お前もぜひ来ないかって言われたんだ。」
「…はあ!?」
なんで大人の付き合いに俺まで駆り出されるんだ!?
…そして、なんでお前までついてくるんだ…
「いーじゃん!気になるんだし。」
「はあ…」
どうでもいい。
本当にどうでもいい。
マジで適当に流そう、今日は。
「悪いなー、いきなりー。」
どーのこーの考えているうちに監督も出現。
まあ、別にどーでもいいんだけど…
「で、会ってもらいたい人って?ていうか、監督にも色恋沙汰への興味はあったんですね。」
「へ?俺は後輩の女の子と会うしかいってないが?」
「それをデートって言うんでしょうが!」
「…そうか。」
ダメだこりゃ。
かわいそうに、これから監督に会う、思いを寄せるその後輩とやらは…
…ん?
「ごめーん、遅れちゃいました、先輩♪」
「…笑って言う言葉じゃない気がするぞ。おぐりん。」
「そ、それやめてください!」
ははは、と朗らかに笑う我らが中井監督。
顔を赤くしているを見ると、好意と同時にそのニックネームに対する嫌悪感が見える。
「それじゃ、小倉監督。」
「…堅苦しいのなしで、普通に言ってくださいよぉ…」
そう、リリアムの監督で、中井監督の大学時代の後輩でもある、小倉監督。
「なんだよグラ、いちいち注文が多い奴。」
グラ?
…なんかさっきよりもっとひどいあだ名な気がするんだけど。
「はい、ごめんなさいっ!」
嬉しそうだよ。なんで「グラ」が一番お気に入りなんだよ。
おぐりんとグラでぐりとぐら。…あほらし。
で、連れてこられたのはファミレスの様な喫茶店。
好きなものを頼めと言われたので、この際食いたいだけ食っておくべし。
「それでですね…」
「ははっ、そりゃあいい!」
隣には理奈。
「どういうことだ、なんで理奈が監督を知ってるんだよ?
石引か?」
「優子…と言いたいとこだけど、そうじゃない。流石に優子に姿までは見せてもらってないよ。
少し前、あたしだけ練習を早めに切り上げた事があったでしょ?」
「そのためか。」
「うん、呼び出されたの、実はね…」
前方の2人は2人で楽しそうに話している。
小さめの声で話している2人の会話は、耳には入っていない。
「その鷲沢ってやつが?」
「うん…」
下着泥棒と、引き抜き工作。
理奈は必死になってもう終わったこと、と念を押すが、そんな事で逆上するほど土生も馬鹿ではない。
「ふーん…よーし…」
「え?」
「あの、…。」
前方の2人に話しかけるが、気付いていない。
「…こういうときは。理奈。」
「へ?わっ!はわわわわ…」
「でですね、…なんですよね!」
「そりゃおもしろいな。」
「でしょ?それで…ん?」
イチャイチャイチャ…
「あ、あの、2人とも?」
「ん?なんですか?」
「なんか妙に熱ーいボディタッチを…」
「あー、小倉監督も監督とこんな感じになりたいんですか?」
流石は土生。
小倉監督が中井監督の事になると途端に感情が高ぶるのを見破っていた。
「え!?ちょ、ちょっと土生君!?」
「どうかしたの?」
そして、基本的に鈍感な監督は、なにも気付かずに土生に怒ったりしないであろうと言うのも計算のうち。
「あ、えっと、その…」
土生に揺さぶりをかけられて、監督と話すどころではない。
そこを見逃さない。
「あ、そうだ、ちょっとお願いがあるんですけど…」
「な、なになに!?何でも相談に乗るよ!」
…大成功。
話をしている相手に話を聞かせるには、話題を変えさせたくなるような状況をつくるに限る。
「練習試合?」
「変則ルールですけどね。ちょっと理奈の話を聞いて、思いついたんですよ。」
「それは大歓迎よ。ウチの優子も光陵と練習試合やりたいって言ってきたし、
わたしがあなたをここに呼んだのはこっちからもその話をしてみようかなーって思ったのもあるの。」
ほー、それはまた偶然だ。
「でも、ソフトと野球じゃかなり違うし、どんな変則ルール組む気なの?」
「石引達が喜ぶルールですよ。
それはそうと、できれば今夜でいいですか?リリアムはナイターも可能でしょう?」
「え…でも、日曜日には大事な巨神戦が」
「だからこそ。
巨神を倒す手伝いを奴らにさせたいんです。」
「でも、さっきも言ったけどソフトと野球は違う。
そんなんじゃ試合勘狂って、逆に勝てなくなるんじゃ…」
中井監督が小倉監督を手で制す。
「グラ、まあここはこいつの好きにさせてやろうや。
大会中は、こいつがチームの最高責任者だ。」
「先輩…」
その横顔に、顔が赤くなる。
小倉監督を制している中井監督の手が、自分をかばっているように見えている。
…そんな勝手な思い込みをしているなど、中井監督が知ろうはずが無く。
「…ところで、そちらは何の目的で、俺を呼んだんですか?
ぶっちゃけ、見たところ俺たち必要ないような」
「ちょちょっとタイム!ごめんなさい先輩、ちょっと席離れますね。」
顔を真っ赤にして、猛スピードで土生を引きずりながら理奈と中井監督が見えないところまで移動。
そのスピードは、橡浦の倍以上と語られている。(by土生)
「…よーするに2人の距離を近づけろ、と。」
「お願いできないかな?
こっちも、練習試合の件はちゃんとみんなに説得…」
「少なくとも、その必要はないですよ。
あいつらから、喜んで練習試合に乗ってきますよ。」
「え?でも、あの子たち…」
「言わば男嫌い?なんとなく石引から話は聞いていますけどね。
そいつを逆用させてもらいますよ。」
にやりと笑う。
この男、本当にこんな事が好きだ。
「しかし、恋の駆け引きですか…」
「でも、理奈ちゃんと恋人づき合いしてるんじゃ?」
「…俺はあいつの事好きですけどね。
でもまだそんな関係なんかじゃない。俺には勇気がないんですよ。」
「ふーん…」
「ただ、あいつの恋女房は、俺です。」
その言葉には、確固たる意志がある。
「…でー!先輩とどうやって恋を温める中になれば…」
「うーん…
少なくとも、理奈に対して全く欲情しなかった唯一の監督ですからね。」
以前理奈がいたリトルでは、チームメイトだけではなく監督も嫌がらせの様なものをしていた。
「もちろんそれは当然の事でしょうけど…
今は普通に接している俺たちも、少なくとも最初の一瞬は完全に欲情してましたもん。」
「…。
じゃなくてー!どーやって監督と!」
閑話休題、3度目。
話は踊る、されど進まず。
「おおグラ、話は終わったのか。」
「はい…」
気落ちしている様子も、当然中井監督は気づいていない。
(どうしたの翔?)
(いや…で、…という事なんだよ。)
(ふうん。)
どうやら、約一名の春が来るのは、まだまだ先のようだ。
間違っても、中井監督が女に興味がないというわけではないという事だけは断言しておく。
理奈に欲情しなかったのだって、監督と選手という間柄から強力な理性が働いただけ。
…単に鈍感なだけ、なのである。
こうやって釘をさしておかないと、誰かに変な方向に使われかねないもんなあ。
「てことだ。悪いな練習休みなのに、いけるか?」
(ええ、いいですよ。
…でも、どうやってソフトチームと?)
「それは大丈夫だ、いいから来い。」
次々と集めてゆく。
赤松をはじめ、赤星、青山、黒田、白井、青野と連絡を取った。
全員家にいたか携帯を持っていたかのどちらかだった。
「さて、次は…ユキちゃんいくか。」
すぐに連絡をとれた。
「ああ、ユキちゃん?」
(はい、どうかしました?)
「ああ、実は…、で…、という事なんだけど。行ける?」
(はい、大丈夫です!あ、そうだ、チュウにもそう伝えときましょうか?)
「チュウ?」
誰だそれは。
(あ、橡浦の事です。今一緒にいるんで。)
「ほお、あいつが女の子の家に…珍しい事もあるもんだな。」
家にいるどころか、初体験まで済ませてしまっているのだが。
「じゃあ聞いてみてくれ。」
(はい。ちょっと待って下さいね。)
…。
(…。
了解です、って。それじゃあ夜に…どこですか?)
「いつものグラウンドだ、じゃあな。」
さて、あとは山下のみ。
「緒方さんはどうする?」
「あいつはあいつのペースで調整させるのが一番いい。
膝の事も考えると、無理をさせるわけにはいかないだろ。」
「あ、そっか。」
「本番までには必ず仕上げてくる。それを信じようや。」
そういって電話をかける。
山下は携帯を持っているので、それにかけるのだが。
(あ、もしもし、アニキ?)
「おう、実はな…、で、…という事なんだが。」
(つまり、リリアムと練習試合、ってことですね?分かりました。あのグラウンドに5時半ですね?)
「ああ。悪いな。」
(一応緒方さんにいけるかどうか、聞いてみましょうか?)
…ん?
今、何と言った?
(今緒方さんと一緒に練習してるんですよ。)
「そ、そうなのか?」
緒方の連絡先は知らない。試合の時以外は原則会っていない。
その緒方が近くにいる、という事自体に驚いている。
(伝えましょうか?)
「いや、いい。あいつには無理をさせちゃいけ」
(もしもし?)
いきなり声がオクターブ単位で高くなる。
「お、緒方?」
(誰に無理させちゃいけないって?)
「あ、いや…」
(私も参加する、いいでしょ?こんな面白そうな事に、なんで誘わないのよ。)
「な、なんだ?リリアムがらみでなんかあんのか?」
(いや、別に。
わたしはただ、異種格闘技戦がおもしろそうだと思っただけ、それじゃあね。)
断る間もなく。
電波の送受信が断たれる。
…まったく。なんかこう強引なんだよなあ。
そして集合時間。
…緒方も含め、12人全員がそろう。
「よーし、全員そろったな。迎えがそろそろ来るはずだ。」
迎え?
グラウンドに集合して、そのまま歩きで移動するんじゃないのか。
「…マイクロバス!?」
「向こうは東日本トップのリトルだ、設備も俺たちとは段違いだぜ。」
監督同士の大学時代からの仲ゆえか、中井監督はリリアムの事はよく知っている。
そしてバスが到着する。
「せんぱ…こんばんは、中井監督。」
「ようグラ。お出迎えお疲れ。」
「はいっ!それじゃ、みんな待ってるから中に…優子、乗ってたの!?」
「理奈ー!」
バスの中からひょっこり顔を出す少女一名。
「…はいもしもし?え、優子がいない!?」
どうやら、勝手にバスの中に忍び込んでついてきたようである。
「ようこそ、理奈!」
「優子!」
「見たよみたよ、女子史上初の、ノーヒットノーラン!」
「ありがとっ!」
両手を合わせて喜んでいる。
石引とはここ数日会っていないからだろう。
「ラリナ、こいつは?」
「ちょっと、前から言おうと思ってたけど、その変なあだ名やめてよね!」
「な、なんだよ!」
石引と赤星が口喧嘩。
慌てて理奈が止めに入るが、当の監督たちは。
「…なんかあそこでやってますね。」
「まあまあ。それより、早くこちらへ!おかしも持ってきました!
先輩の大好きな、ビレッジマーム!」
「お、頂こうか。」
(おいおい…)
ダメだこりゃ。
こんなのが監督で、よく持ってるよ俺たち。
結局ユキがその場を収めて、全員がバスに乗り込む。
歩いても行ける距離なのでさほどはかからないのだが。
むしろ、遠回りになるので走っても大して時間はかからない。
「せ、先輩?」
「ん?」
実は土生も全く恋のアドバイスをしなかったわけじゃない。
「そんな恥ずかしい事、できないよお!」と言われて弾かれた案ばかり、という事だけである。
でも、せっかくもらったアドバイス、試してみたくなってきた。
「あ、のう…」
(なんだ?)
土生の気の利かないアドバイス、その1。上目遣いで見つめる。
美人でスタイル抜群なんだから、上目づかいは十分に効果あるだろ、とは土生の意見。
「…えっと、そのお…」
これで、ドキッとして、「なんかいつもと違うな」とか、「今日は可愛いね」とか言ってもらえれば…
「ああ、心配すんな、うまいよビレッジマーム。」
「ほんとですか!まだまだありますから!」
「サンキューな!」
「はいっ!(…って、違ーう!)」
頓挫。
土生の気の利かないアドバイス、その2。腕にすり寄る。
視線とかいった間接的なものがだめなら、直接攻撃。
「ん?どうした?」
「え、えと、何となくこうしていたいかなー、と。」
「ああ、いいよ。」
よし、成功。
これで後はもっと濃いボディタッチをすれば…
「…ってうわあ!」
「あ、ごめん。ビレッジマームをとりたくって…」
「い、言え、いいんですよ、どんどん食べて下さい。」
小倉監督が左腕にすり寄っているにもかかわらず、その腕を動かし前方のビレッジマームに手を伸ばす。
おかげで体のバランスを崩し、危うく前方に倒れかけた。
「悪い悪い、ほら、寄り掛かりなよ。」
「…いえ、いいです…」
失敗。
精神的ダメージまで喰らってしまった。
土生の気の利かないアドバイス、その3。
…でえい、とにかく甘えろ!
(すんごく投げやり…でも、やるしかないかもっ!)
擦りよりながら、左手を中井監督の右わき腹に回す。
「ん?どした?」
「えっと、その…ちょっとなんか…」
「気分でも悪いのか?すいません運転手さん…」
「ああ!大丈夫、大丈夫ですからっ!」
ん、そうか?と言った様子で、運転手に呼び掛けるのをやめる。
ちなみに、運転手もリリアムが雇っている専用運転手である。
(ああ、恥ずかしい…でも、これで…)
「…なんか、可愛いな。」
来た!いかに鈍感な先輩でも、これは効いたかも!
可愛いと言わせられた、やった、大成功!
(や…ん…)
のど元をなでられてる…きゃあっ、スキンシップまでしてきてくれた!
確実に、意識を向けてくれてるっ!
「本当に可愛いな。
昔飼っていた猫を思い出すよ。」
また可愛いって…え?猫?
「こうやってのど元をなでられてさ、嬉しそうにニャアニャア言ってんだよ。
グラがニャアって言ったら、どんな感じかな?」
「…ニャア…」
「そうそう、なんかそっくり!」
動物的な意味での可愛いですかあっ!…グスン。
一方。
「なーんで山下といるんだ?」
「調整相手になってもらっただけ。」
山下の隣に緒方。その隣の2人席にはユキと橡浦。
そして、ユキの前の席には土生と赤松。
もちろん優子と理奈は一緒、土生の隣の2人席。
「ユキも、最近橡浦に絡むようになったな。前はあれだけ人嫌いだったのに。」
「別に人嫌いってわけじゃ…
(変わるきっかけそのものを作ってくれたのは、初恋相手である土生さんですよ…)」
今はすっかり橡浦にぞっこんなので、ぶっちゃけどうでもいいのだが。
「…なあ、赤松。お前さっきからどこ見てんだ?」
「いえ、個人的に恨みがあるだけです。」
「は?」
大事なところを握りつぶしかけた、優子が数m先にいる。
「到着でーす。」
「さあ、降りようぜ!」
「すげえ、ここがリリアムかあ!」
バスの中からも、その設備の豪華さが分かる。
さっそく降りるが、一番前の席にいる監督2名が降りようとしない。
「どうしました?」
「悪い土生、ちょっと大事なものを落としちまってな…先降りててくれ。」
「あ、はい。」
ちなみに、中井監督が探していたのは、落としてしまった袋入りのビレッジマーム1個。
知られていたら確実に白い目をされていることであろう。
「小倉監督も、見つけたらさっさと来て下さいね。」
そういって出て行った。バスの運転手は弁当を食べ始めている。
「とりあえず、9時から10時ごろに出発ですね?」
「はい…その前に、あ、あったあった。」
「おー!ビレッジマーム!」
…女より、お菓子ね。グスン。
でも、ま、そういうところが一番好きなんだよね…私は。
そう思いつつバスの出口の段差を降りて行き…踏み外した。
「きゃああっ!」
「あぶないっ!」
「あ…」
「ふう、間一髪か。」
中井監督の左腕に支えられ、事なきを得た。
…が、その左腕の場所が、場所だった。
「…え?」
「…ん?」
あろうことか、胸の部分を支えており、、それも左手は、小倉監督の右胸を完全に覆っていた。
「あ…あ…」
「ん?」
バシィン!
「…あれ、監督は?」
「探しものだってよ。」
「あ、あそこにいる。」
(大丈夫だって!)
(そんなことないです!鼻から血が出てます!
叩いた私の責任ですっ!医務室へご一緒してくださいっ!)
…こりゃもうあの調子じゃ、いつになるかわかんねえな。
いいや、監督抜きでも大丈夫だし。
「おお、やってるやってる。」
マシン打撃に励んだり、厳しいノックを受けたりしている。
改めてみると、ものすごい設備。
シャワールームや更衣室などが完備されているであろう新設同然の建物。もしかしたら仮眠室もあるのかもしれない。
室内練習場もあるようだし、グラウンドの広さも素晴らしく、ナイター設備も完ぺき。
さらにメンバーも光陵とは比べ物にならないほど多い。流石東日本一のソフトチームである。
聞いた話だとこないだのオリンピックで世界一になったエース上野(かみの)もここ出身らしい。
ボロボロのベンチと、ろくに整備もされていない草野球用の河川敷グラウンド。
おまけにメンバーは現在12名、過去でも20名を超えた事のない弱小チームとは天と地の差がある。
「みんなー、連れてきたよー!」
「…。」
一同が手を止めこちらを向く。
だが、あんまり歓迎を受けているような感じがしない。
するとそこへ、リーダー格っぽい選手がやってくる。
「なんなの、あなたたち。」
「なんだ、聞いてないんですか。意外だな。」
「聞いてるわよ、監督からしっかりとね。でも私たちは了解なんてしていない。」
事実、小倉監督は伝えただけで説得はしていない様子。
リーダー格――神楽坂は、今すぐにでも帰れ、と言っているようだ。
「理奈と野球が出来るって言ってたから、優子のみ賛成したみたいだけど、
あたし達、男子…特に、よわっちい男子は大っきらいですの。」
こりゃ説得には相当時間がかかりそうだ。
…なのだが。
「ふーん…あ、そうですか。で?」
「でって、なにがですの?」
「こっちにしてみりゃ、そんなの知ったこっちゃないですね。行くぞ、お前ら!」
「ちょ、ちょっと…!」
土生がダイヤモンドの方向へ歩きだすと、全員ついてくる。
もちろん神楽坂をはじめリリアム全員が慌てるが、そんなのお構いなし。
その最後尾をいく緒方が、神楽坂に一言声をかける。
「あんまり馬鹿にすると、足元すくわれるわよ。」
「あなたは?もしかして優子の言ってた、瑞原とか言う?」
「ユキちゃんはあっちの小さい子。私は緒方。」
「ふーん…物好きですこと、あんなよわっちい男子と一緒に行動するなんて。」
「…。」
チーム内での立場が同じ、2人のやり取り。
緒方も土生たちの集団についていく。
今度土生を待ち構えていたのは、やはり大泉だった。
「帰って。」
とてつもなく単刀直入。
「ちょっと、そこまで言わなくても」
「帰って。」
石引も、試合に賛成しているだけでどうしても試合をしたい、というわけではない。
故に、あまり強く大泉に反論できないのが実情。
なお、他の大多数のメンバーは自分の意志で、というより、神楽坂、大泉の強烈な反対意見に同調している感覚。
「黙ってろ石引。
とりあえず、俺たちは3塁側のベンチを使わせてもらう。お前ら、野球用のベースを、公式の位置に置いてくれ。」
戸惑う光陵メンバー。
だが、言われたとおりに荷物をベンチに置くために歩きだす。
「ト、止めて!みんな!」
「は、はい!」
ベンチ前にチームの女子が群がる。
とは言え、理奈の事は石引から聞かされているため、理奈を巻き添えにすることはできないので手荒なまねはできない。
一方、
「ど、どけよお前ら!」
「橡浦、そう熱くなるな。そうだな…鷲沢はどいつだ?」
ドキリ、とした。
まさか、理奈から話を聞いたのでは…うん、十分あり得る。
「きょ、今日は休みよ。風邪ひいたとかで」
「聞いた話じゃ、そんな奴じゃないみたいだが?
…ま、その様子じゃ嘘をついてるってのはバレバレだな。」
「な、何が言いたいのよ!」
「1年前とそこは変わってない。自分の弱さを認めずに、ただひたすら押してくる…
そんなんじゃ、俺には勝てねえよ。」
過去に打ち込まれた記憶がよみがえってくる。
握りこぶしを作り、何か反論しようとしたその時。
「いいのか?もし何か口答えしたら、俺は例の下着泥棒事件の事、全部ばらしちまうぜ。
少なくとも俺のチームメイト達は事件の事は一切知らないからな。」
小声で迫る。脅し材料になるぜ、とでも言いたいようだ。
なお、下着泥棒の件はリリアム内でも鷲沢本人と石引、そして大泉しか真犯人を知らない。
大泉は親友である石引から全てを聞かされていたが、他の同僚にはいってはいない。
「あんた…最低っ!」
「だーかーら、俺はそれをダシに試合をしろと入っていない。
四の五の言わずに鷲沢を出せ、さもなくば、と言っただけだ。」
「っ!」
「ま、誰かは大体は分かるけどな。
あのメンバーの中から、一番うろたえていて、周囲の目線を集めているやつを探せばいいだけだ。」
声の大きさを元に戻した。
その言葉で、自然と鷲沢に目線をやっていた、周りにいたチームメイト達が目線をそらす。
「とにかく鷲沢を出せよ。でなきゃ…あんた、仲間を見捨てた裏切りもの、だぜ。」
とは言え、鷲沢を出した場合、これまた仲間を売る行為になるのだが、
そうも言っていられない…と思ったその時、
「私よ、なんか用?」
(さっすが、俺が何を言いたいか分かっていながら、大泉と違って微動だにしてねえ。
こいつが一番ピッチャー向きなんじゃねえのか?)
「さ、話しなさいよ。もっとも、私もあんたらとは試合なんかしたかないけど。」
鷲沢を出す、という条件を向こうが飲んだ以上、もうこれ以上下着事件をダシにはできない。
別にダシにしてもいいのだが、これ以上そのことを持ち出すのは、土生のプライドが許さなかった。
…それ以前に、ちゃんと解決方法はあったのだから。
「いやあ、いい話を持ってきただけですよ、鷲沢さん。」
「…いい話?」
(どうやら、理奈を移籍させようとしてたらしいですね。)
(う、うるさい!恨むなら、恨めばいい!許してもらおうとも)
「いえ、別にいいんですよ、終わったことは終わったこと、俺はそういうのはすっぱり忘れるタイプですから。」
うそつけ。
さんざん下着事件をダシに使ったくせに。
「でですね、そんなに理奈と一緒にプレーしたいって言うのに、
それをかたくなに拒否するのも、どーなのかなーって思ったんですよ。」
「…は?」
「ウチの野村も、そちらの石引と親しいみたいで、そういう事情もありますから…」
そして、最高の餌をぶら下げた。
「今日の試合、野村はそちらのチーム、という事で。」
「…え?」
「そちらのチームのピッチャーを、野村に、と言ってるんです。
ウチのエースを評価しているんなら問題はないはず、理奈、いいよな?」
「わ、私がリリアムのチームに?
別に投げるのは構わないけど…」
「だそうです。
このルールで試合しましょうよ。理奈の実力を認めているんだから、問題はないでしょう?」
「う…」
正直、何があろうと、…もし、たとえ下着事件の事を持ち出されても多分…
絶対に試合拒否をしようと思っていた。
…だが、野村理奈への野球選手としての尊敬の念と、抱いた想い。
心の中にそびえたっていた巨大な意思は、もろくも崩れ去り。
「わ、わかった、試合に応じよう!」
「わた、私も、試合したい!」
相手チームの選手として戦えるだけでもうれしかったのに、まさか一緒に戦えるとは石引は思っていなかった。
改めて賛成の意思を示し、その前に鷲沢が前のめりする勢いで賛成する。
他のメンバーも野村理奈の事をよく知っていたため。いいイメージを持っていたため。
そして、副キャプテンが賛成に回ったため。
「さんせい!」
「試合に出してもらえるか分からないけど…賛成ですっ!」
殆どが賛成に回ってしまった。
そこまで理奈に執着していない大泉、神楽坂は苦虫をつぶしたような顔をしているが。
「まさか、こんな事になるなんて…」
「言ったでしょ。」
神楽坂の横には、いつの間にか緒方がいた。
「足元を救われないように、ってね。」
「!…なるほど。」
「このチーム、私は好きだな。」
「…その気持ち、少しはわかりましたわ。」
大泉は心の中ではまだ反対していたが、異を唱えることもできなかった。
何より、理奈の事になったら一直線の石引と鷲沢がこの条件を目の前にした以上、これ以上抗うわけにはいかない。
そして土生がみんなの前でルールを説明。
「よーし、じゃあ、ルールを聞いてくれ。」
・後攻はもちろんホームチームのリリアム。
・光陵の攻撃時は、野球ルール。
理奈がピッチャーをやり、ベースの位置、その他のルールも野球準拠。
・リリアム攻撃時は、ソフトルール。
リリアムのピッチャーにピッチャーをやってもらい、その他もソフトルール。
・せっかくの試合なので、故障持ちの緒方が調整出来るよう、指名打者制採用。
「これなら、明後日の試合で、少なくとも打撃で勘が狂う事はない。
打撃の感は一度狂うと、戻りにくいからな。」
「で、でも守備は…」
「赤松。今にこのルールの意味が分かる。」
しかし、一人異を唱えるものが。
「言っとくけど、私はピッチャーやんないから、絶対!」
「どしたよ大泉。」
「ちょっと今日投げ込み過ぎて、これ以上投げるのは体に悪いだけよ!」
どうでもイヤらしい。だが土生もあっさりしたもの。
「あっそ。で?」
「なによ、その言い方。」
「言い方も何も、最初からお前なんかに期待してないから。」
「なっ…!」
「悪いけど、リリアムの中で、誰か一人だけ投げてくれないかな?打たれても構わないから。」
次々に手が上がる。
ベンチ入りできないメンバーにとっては、これ以上ないアピールの場、という事であろう。
「…で、合計6人…と。
じゃあリトルリーグは1試合6回までだし、1人一イニングでいいかい?」
『はいっ!』
殆どが4年生。流石に大泉にエースの座を追われた6年生はプライドが許さないせいか来なかった。
「あ、土生さん!」
「ん?どした赤松?」
「えっと、今日は1番行っていいですか?」
「…どしたんだ急に。一応今日の試合は対巨神のつもりで組んでるから、遊びじゃないんだぜ。」
「分かってるんですが…」
何かあるらしい。
とりあえず、そんなに望むのならと、橡浦の了解をとり1番に昇格させた。
先攻・光陵リトル
1、6・赤松
2、8・橡浦
3、9・ユキ
4、5・土生
5、3・山下
6、D・緒方
7、7・赤星
8、2・白井
9、4・青野
P、1・市川
ピッチャーは市川→双山(そうやま)→桟橋(さじきばし)→四方(よも)→伊月(いつき)→陸奥(むつ)と回していく。
「理奈、また一緒にバッテリー組めるねっ!」
「今日だけだけど、久しぶりね、優子とバッテリー組むなんて。」
「男子なんて、コテンパンにたたきのめしてやんな!」
理奈、石引、鷲沢の3人を中心に、盛り上がっている。
もちろん、神楽坂も大泉も内心試合に対してはよく思っていないが、別に理奈を敵視しているわけではない。
そしてやるからには、叩き潰さないと気が済まない。
「野村さん?」
「はい?どうかしました?」
「いいですこと?必ず!あの男子どもを叩きのめすんですよ!」
「オーケー理奈!分かってるわね!土生をボコボコにしてきなさい!」
特に大泉には深い因縁がある。
一応土生本人から聞かされてはいるのだが。
(うーん、やりにくいな…)
それでも、久しぶりのバッテリーを組むのは、楽しみでしょうがない。
後攻・リリアム
1、D・大泉(久美)
2、3・芙蓉
3、6・鷲沢
4、4・神楽坂(沙織)
5、2・石引(優子)
6、5・村田
7、8・天馬泉
8、7・天馬美
9、9・天馬今
P、1・野村(ラリナ)
「ほー、ご丁寧に電光掲示板か。しかもDH対応。」
『ただいまより、エキシビジョンマッチ、ソフトボールサークルリリアム対、光陵リトルの試合を開始いたします。』
「うお、ウグイス嬢まで!?」
「こりゃ本当にすごい設備ですね、これが東日本最強チーム…」
しかも審判つき。
とは言えソフトボールと野球の審判は違うので、野球の方の審判は選球眼のそこそこいい黒田に任せることに。
理奈はもちろん、優子も野球をやっていたので、ゾーンの違いに違和感はないだろう。
「お、始まるようだね。」
「楽しみましょ、先輩!」
レフトに数十席ある観客席から、2チームを見守る事に。
何気に中井監督に寄り添っている小倉監督と、何気にそれを気にせずビレッジマームを食べる中井監督。