容赦なく日照りの続く、子ども達の夢の時間、夏休み。  
清潔感の保たれた病室のなかで、南米系の大男がベッドに1人佇んでいる。  
 
「具合はどぉ?」  
「オゥ、ボインちゃん。アナタが来てくれれば、直りも早くなりマース。」  
「ラミっち、早く元気になってね?」  
 
どこからか買って来た花を生けている。  
大男の膝には、これまた大きなギブスが左膝にはめられていた。  
 
左膝前十字靭帯断裂。それが彼の負った怪我である。  
しかし、それよりも心配なのは、大きな胸を抱えた少女の方が負った心の傷かもしれない。  
 
「ソレよりも、ボインちゃんの方が元気出して欲しいデース。」  
「あ、うん・・・大丈夫。秋の大会で頑張るから。じゃね!」  
 
慌てて病院を出て行く巨乳美少女。  
駆け出す姿を見ながら、大男は自分の無力さを痛感した。  
 
「・・・親父サン、ゴメンナサイ。  
 ワタシでは、ドースル事もできまセン・・・」  
 
 
 
病院の待合室では、少女より少し小柄な少年が待っていた。  
 
「どうだった、理奈?」  
「うん、元気そうだったよ?」  
「・・・むしろ、お前の元気のなさに心配をかけたんじゃねーのか?」  
 
図星だった。  
病室に入る前と入った後では、表情の違いが見て取れる。  
 
「・・・まぁ、いいや。球場行くぞ。久しぶりのデートだ。」  
「あ、うん。」  
 
先ほどの大男の名前は、アレックス・ラミレーズ。  
地元球団の最強外国人選手で、打撃タイトル争いの常連である。  
14年間Bクラスが続いていた球団だったが、ラミレーズの活躍や新人の躍進で今年こそは上位争いを、と期待されていた。  
 
しかし、6月ごろにそのラミレーズが膝に重傷を負い今季絶望。  
4番打者は肘の悪化で春先に戦線離脱し、外国人エース、ルウィズは家族の事情で途中退団してしまった。  
 
「ショータ、オオバヤッシッ!」  
「ショータ、オオバヤッシッ!」  
 
そんな泣きっ面に蜂の状況の中で、二軍でくすぶっていた若手が次々に大活躍。  
久しぶりに3位の座に食らい付き、プレーオフ出場に闘志を燃やし続けている。  
そんな中、今の巨乳美少女の贔屓選手は、今年一軍に定着した、プリンスと呼ばれる期待の星。  
 
「ストラック、アウッ!」  
 
歓声がため息に変わる。  
チームの本塁打王は、リーグの三振王と失策王、堂々の二冠王に君臨している。  
 
「・・・負けちゃったね。」  
「あぁ、最近うたねーな、大林。」  
「いいもん、次は打ってくれるから。ショータ、オオバヤッシッ!」  
 
夏休みを終えたとき、チームはどれだけ勝っているか。  
そんな星勘定を頭の中でめぐらせながら、バスに乗り込み、帰路に着く。  
 
2人を待つ家は、閑静な住宅街のど真ん中にあった。  
 
「ただいまー。・・・。」  
「まぁ、誰もいないわな。」  
 
2人を出迎えてくれる親は、いない。  
少女の親は、地元球団の海外スカウト。期限ギリギリまで外国人選手の調査で明け暮れている。  
 
「出前とるか。」  
「うん。・・・ねぇ、ご飯食べたら、行きたいところがあるんだけど。」  
「?」  
 
そんな寂しい思いをしている少女と同棲生活を送っているのが、同じ野球チームに所属する少年だった。  
 
 
「行きたい場所って、ここなのか。」  
「うん。」  
 
10年以上前に作られた、野球チームの全員で作った伝統のある秘密基地。  
卑猥な雑誌なども置かれているか、少女のお目当ては、一冊のノートだった。  
 
「・・・これか。」  
「翔から、・・・そして、みんなから夢を奪い去った・・・」  
 
ノートの1ページは、一部が黒く塗りつぶされている。  
自分たちを裏切って、他のチームへ移籍してしまった主力4人の名前が、かつてそこに書かれてあった。  
 
彼らの所属する野球チームを倒す事。それが目標だった。  
しかし、それは適わなかった。・・・戦う事もできぬまま。  
 
「あいつら、今頃どうしてるんだろう。」  
「・・・なんだか、寂しいね。」  
 
エース、野村理奈と、キャプテン、土生翔平。  
2人が見つめる目線の先に、見据えている未来はなかった。  
 
 
 
 
2人の所属するリトルリーグチーム、「光陵リトル」。  
少し前まで弱小チームだったが、優秀な女子選手の加入などもあり、春の大会ではベスト4の大躍進を遂げた。  
 
理奈がグラウンドに現すと、早速駆け寄ってきたのはチーム1のスピードスターとパワーヒッター。  
 
「姉さんー!」「アネゴ!」  
「あ、橡浦君、山下君。元気そうだね。」  
「大会が終わって、初の練習ですから、気合入りますよ!  
 ・・・大丈夫ですか?」  
 
目線をそらす剛速球エース。  
この少女が加入して不動のエースが確立され、チームに一本の芯が通った。  
そんな大黒柱だからこそ、次の大会に向け気合を入れなおさなければならないのに、気持ちは奮い立っていない。  
 
「ユキ、お前からも何かいってやれよ。」  
「あんまりプレッシャーかけたげないでよ、チュウ?」  
 
そして、攻守の核として、第二エースとしてチームに加わった万能少女、端原勇気。  
自他共に認める橡浦のパートナーとして、打線と外野守備を強力に支えている。  
 
・・・さらにもう一人、忘れてはならない少女がいた。  
 
「・・・来てたのか。」  
「悪い?」  
「てっきり、巨神が無くなって、お前もチームを去ると思っていたが。」  
「どうせ次の大会でおしまい。少しくらい引退を伸ばしたって、別に何も変わらないし。」  
 
チームには打撃の弱い選手も多い。  
そんなチームの切り札が、かつて巨神の主力だった緒方かな子。  
膝に重傷を負い、選手生命は今年まで。満足に走る事もできない体で、彼女が最後に選んだ道は、代打稼業での一撃必殺。  
 
だが、彼女がその”仕事”ぶりを見せたのは、今のところ1度しかない。  
 
「あの子も応援してくれてるし。」  
「元モデルのあいつか。」  
「・・・まぁ、そういうことにしといて。」  
 
チームの練習には一切加わらない、一匹狼。のはずだった。  
だが、彼女の心に何か変化があったのか、珍しくグラウンドに来ていた。  
 
「あ、監督が来た。」  
 
そんな個性派集団を遠くから見守っているのが、まだ二十代の中井監督。  
 
「おぅ、全員そろってるな。  
 ほんじゃぁ、まぁはじめよーか。まずはベスト4おめでとう。」  
「はい!・・・あれ?」  
 
元気のいい返事をするのは、橡浦と山下のみ。  
他の10人は黙っている。というより、何も言うことができない。  
 
「・・・まぁ、仕方ないだろうな。  
 最大の目標だった、巨神リトルが、出場停止処分食らったんじゃぁなぁ。」  
「まさか、あのタイミングでね・・・」  
 
巨神リトル。かつての光陵の主力を引き抜いた宿敵。  
その宿敵との決戦を前日に控えたあの夜、・・・事件は、起きた。  
 
 
 
 
時間は少しさかのぼり、巨神との決戦前夜。  
突然中井監督に集合をかけられ、グラウンドに姿を現した選手たち。  
 
「どうしたんだよ、監督?今日は練習休みなんじゃ?  
 しかももう7時だぜ。」  
「・・・。お前たちは、不戦勝だ。」  
「はぁ!?」  
 
突如言い渡された不戦勝宣言。  
本来なら喜ぶところだが、宿敵との一戦を心待ちにしていた選手たちにとっては、当然納得がいくはずも無い。  
 
「いや、待ってくださいよ、監督!どういうことですか!」  
「詳しい事は後日知らせがあるらしい。とにかく、今から目線は準決勝に向けるんだ。いいな。」  
 
それだけを言い渡され、監督は去っていった。  
取り残された選手たちは、何をどうしていいのか、全く見当がつかなかった。  
 
 
後日、詳しい発表があった。  
それは、巨神リトルの裏金疑惑だった。  
 
高橋(由)、阿部は、もともと違うリトルに入る予定だった。  
結局巨神に入ったが、2人の親が裏金を受け取っており、その問題が表面化してしまった。  
そして、1年間の対外試合出場停止。対戦予定だった光陵リトルは、自動的に不戦勝となる。  
 
だが、最大の目標を見失ったチームのモチベーションは、当然上がるはずもない。  
準決勝で戦った駐日リトルにあえなく敗れ、チームはベスト4に留まった。  
 
そして、1つの心残りだけが、彼らの心を揺さぶり続ける事になる。  
あの4人は、どうなってしまうのだろう、と。  
 
 
 
 
 
時計の針を元に戻す。  
 
「・・・まぁ、お前たちがそうなってしまうのも無理はない。  
 けど、だったら新しいライバルを見つけてしまえばいいだけの話だ。」  
「えっ?」  
「ちょうど夏休み。あそこにいくぜ。」  
 
あそこ。  
土生がすぐさま反応した。  
 
「広域公園の事ですか?」  
「ご名答。半数以上の奴が行ったこと無いはずだから、ピンとはこないだろうがな。」  
「土生さん、なんですかその広域公園って?」  
 
広域公園。かつてアジア各国を集めて大会が行われていた会場の事。  
現在は地元プロサッカーチームの拠点であるが、それ以外のグラウンドは広く開放されている。  
 
そしてこの夏休みの間、大部分をリトルリーグ協会が貸し切り、強化合宿を行うのである。  
もちろん、練習試合をたくさん組む事もできるだろう。  
 
「県外のリトルも大勢くるんだ。  
 ・・・全国大会で、巨神を撃破するようなリトルも、来ると思うぜ。」  
 
全員の目の色が変わる。  
巨神に勝ったチーム。そんなチームと戦う事ができるかもしれない。  
 
「さ、詳しい事はまた後日。  
 とりあえず、その強豪軍団を倒す為、また今日から頑張ろうぜ?」  
「おっしゃあ、やるぜみんな!」  
 
チームが、再び動き出した。  
まだ見ぬ強敵と合間見える事を、心の糧として。  
 
 
 
 
 
湯気が立ち込める浴槽の中で、1人記憶をめぐらせている土生。  
 
(・・・広域公園か・・・  
 去年の春大会準優勝の後、全ての歯車が動き出した、あの日か・・・)  
 
あの4人が目を付けられた、あの日。  
そして、緒方に悲劇が起きてしまった、あの日。  
 
あの日の舞台が、広域公園第3グラウンドだった。  
 
(・・・いや、もうあの日に立ち返る必要なんてないな。今の俺には・・・)  
「入るよー。」  
 
自分に笑顔を与えてくれる、最高のパートナーがいるのだから。  
 
「ふぅ、汗だくになった後のお風呂は、やっぱり最高だー!」  
「そう・・・だな。」  
「どうしたの?」  
「いや・・・広域公園では、いろいろあったなって。」  
 
理奈には話しておく必要があるだろう。  
各リトルが集まるという事は、そこで移籍話が持ち上がることもあるのだ。  
強いリトルに憧れを抱き、そのリトルの誘いで移籍をしてしまう選手もいたりする。  
 
「そっか、そうだったんだ。  
 ・・・あ、あたしは、どこもいかないよ?」  
「分かってる。」  
 
一緒に裸になって風呂を楽しむ仲。  
理奈の100cmを超える爆乳をさらすことに、・・・喜びさえ感じる仲なのだから。  
 
「あたしは、翔と一緒じゃなきゃ、ヤダ。  
 あたしのおっぱいも、翔だけのもの、なんだから。」  
「・・・ああ。」  
 
理奈へと身体を寄せると、ちゃぷんと波が立つ。  
おもむろに右の乳房を持ち上げ、乳首を口に含ませる。  
 
「んっ・・・  
 翔からあたしのおっぱいが消えたら、どうなっちゃうんだろ。ね、甘えんぼさん?」  
「・・・。」  
 
いつもは頼もしいキャプテンも、このときばかりは母乳に夢中の赤子に立ち返る。  
 
そして、そんな堕落した生活を送っているカップルがもう一組存在する。  
いや、堕落っぷりは土生と理奈の上を行くだろう。  
 
「はぁっ、はぁっ・・・」  
「もう、今日は3回も出しちゃってるよ?」  
 
強固な外野陣を形成する橡浦と端原勇気・・・通称、ユキ。  
身寄りのなくなってしまった橡浦は、現在端原家に居候の身だ。  
 
そして、どんな時でも自分を大切にしてくれる橡浦に、ユキはいつしか心と身体を許すようになっていた。  
 
「・・・そろそろ、コンドームを着けること、考えてもらわないとね?  
 中に出すのは、今だけ。」  
「あぁ、分かってる。・・・けど今は・・・」  
 
橡浦の両親は火事で重傷を負い、今も意識不明のまま病院のベッドで眠っている。  
そんな孤独な少年の唯一の支えが、目の前にいる恋人だった。  
 
「・・・これからも、ずっと2人、一緒だからな。  
 中学校だって、高校だって、大学だって・・・」  
「うん、わかってる。」  
 
いつまでも一緒に、広い外野を駆け回ろう、橡浦にはそんな強い決意があった。  
 
 
593 名前:『いつでもストレート!』 投稿日:2012/09/01(土) 22:40:30.32 ID:PuiU+PDP 
 
 
 
 
 
そんな橡浦の眠る病院では、緒方かな子が弁当を持って仮眠室に入っていった。  
 
「おお、かな子。すまんな。」  
「ううん、父さんこそ、無理しないでね。・・・で、」  
「橡浦さんは・・・まだまだ起きそうにないよ。何かの兆しも見られない。」  
 
やはり、未だに目を覚まさない橡浦の両親。  
それだけを聞くと、とぼとぼと父親の元から去っていく。  
 
 
病院から歩いて少し先に、砂浜が見える。  
たまにリトルの練習に顔を出す事もあるが、彼女が自らを鍛える場所は、ここだと決まっている。  
 
今日も、反発力の少ない砂浜を、ただ歩く。  
脚に負担はかかりにくいが、その分足が上がりにくい。  
 
慣れてくると、海水の深さ20cmのところまで脚をつける。  
プールトレーニングの原理で、水のあるところではさらに負荷がかかる。  
しかも、さらに砂に足が取られやすい。最初の頃は膝に痛みを感じたこともあったが、今では大分慣れてきた。  
 
 
「・・・さて、この辺でいいか。」  
 
ウォームアップ終わりと自らの心に声をかけると、暗闇に向かって声をかける。  
 
「いるんでしょ、後藤くん。」  
 
彼女の気配を感じる能力は尋常ではない。  
観念したように、草葉の陰から一人の男の子が顔を出した。  
 
 
 
 
 
「・・・。」  
「こんにちは。これで7回目だね。」  
 
うん、とうなづくと、今日もお決まりのセリフを彼女に届ける。  
 
「・・・頑張って、ね。」  
 
東小のリーダー、シバケンの右腕、後藤祐平。  
彼は、かつてテレビの向こうにいた、『カナたん』の大ファンだった。  
緒方の知り合いにこの砂浜で練習している事を教えられ、時々砂浜に言っては、一言だけ声をかける。  
 
「・・・ありがと。」  
 
3回目からは返事をもらえるようになった。その返事にありがたみを感じつつ、、踵を返して走り去ろうとしたゴトー。  
いつもはその姿を見送るだけだが、緒方のゴトーへの気持ちは、確実に和らいでいた。  
 
そして、7回目の今日は、自らの大ファンを呼び止めた。  
 
「いつも、頑張って、って言い残すだけ?」  
「!」  
 
始めて、ありがとう以外の声をかけられた。  
・・・けれど、ゴトーは緒方と仲良くなろうとは思っていない。憧れは、憧れのままでいい。  
 
「・・・俺、いや僕にとって、緒方さんは雲の上の存在ですから。」  
「やれやれ・・・紗英の彼氏が認める男の子なんだから、もう少ししゃんとしたらどう?」  
「お、俺のこと・・・」  
「後藤祐平君。初めまして、緒方かな子です。芸名は『緒方かな』だけど、ちゃんと本名で呼んでね。」  
 
ここでも、1組の男女の歯車が、動き出そうとしていた。  
 
 

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