砂浜でのキャッチボール。  
脚の踏ん張りが利かないので、意外とやりづらい。  
 
「・・・いいんですか、僕なんかとで。」  
「私のファンなんでしょ。虹のカナたんの。」  
「・・・はい。」  
「私はもうプロ野球選手にも、スターにもなれない。  
 今しかできない、ファンサービスってもの、楽しませてよ。」  
 
もう守備のできない彼女にとって、キャッチボールはそれほど意味のある練習ではない。  
だが、これから先味わえないであろう事を、やってみたくなった。  
 
昔の事を覚えてくれて、未だに自分を憧れの存在としてみてくれるゴトーを、悪く思うはずが無かった。  
 
 
キャッチボールが終わると、隣り合って砂浜に座る。  
当然、ゴトーは恥ずかしさのあまり、顔を上げられない。  
 
「・・・せっかくのチャンスなのに、何も話さないの?」  
「えっと・・・その・・・」  
「分かってると思うけど、もうバク転は無理だからね。」  
 
テレビの前でしか見られなかった憧れが、今はすぐ20cm隣にいるだけ。  
もう死んでもいい、いや、高血圧で死ぬかもしれない。それが今のゴトーである。  
 
「そんなに私のファンなら、光陵リトルに入れば?あいつも喜ぶよ。」  
「・・・それは、出来ないです。  
 野球を始めたら、もうシバケンと喧嘩が出来なくなる・・・」  
「ふぅん、私の事が好きでも、そこは譲れないんだ。」  
「ごめんなさい・・・」  
 
この20cmが縮まる気配は、当分なさそうだ。  
 
 
 
合宿を明日に控え、監督と土生が話し合っている。  
秋の大会に向け、打線、ポジションを固定して練習試合を行う方針だが、どう組むかで議論が交わされていた。  
 
今日は理奈の父親が久しぶりに帰ってくる日なので、親子水入らずの時間を作る目的もあった。  
元々土生は監督の家で暮らしていたが、いつしか理奈と同棲生活を送るようになったのはいまさら言うまでもないだろう。  
 
「1番は橡浦でいいとして・・・2番赤松、3番ユキ、4番山下、5番が俺・・・」  
「山下よりお前のほうが打てるのに、何で4番が山下なんだ?」  
「いや、まぁ、俺は気楽な場面で打たせてもらいますよ。」  
 
問題は山下の割り振りだった。現状ではパワーを見込んで4番だが、安定感にかける。  
理奈がノーヒッターを決めた試合でも、山下はノーヒット、3三振に終わっていた。  
 
そうなると、打線におけるユキの負担が大きくなる。  
ユキが投げなければいけない試合も出てくるため、その場合はさらに負担が増すだろう。  
 
「・・・もう1つの問題は、やっぱり中軸にどう繋ぐか、だな。」  
「ええ。」  
 
橡浦は足は確かに早いが、土生ほどの打撃能力を持つわけではない。  
赤松も、つなぎは上手いがバッティングはたいしたことが無い。  
つまり、ランナーを溜めて中軸に回すのが難しい。  
 
「いっそのこと、橡浦と山下で1,2番を組ませるか。  
 その場合は、山下を1番に据えれば・・・橡浦とユキで2,3番をはらせれば、あの2人ならいいコンビを見せるだろ。」  
「山下1番か・・・」  
 
山下の足はそこまで遅くは無い。  
盗塁が出来るわけでもないが長打があるので、上手くいけばノーアウト二塁で橡浦に回る。  
 
 
これ程までに打線構築に悩むのは、かつての土生を含めた5人衆が作った負の遺産だった。  
5人がいれば勝てる、と言う考えがチーム内の競争、練習態度を低下させた。  
つまり、現在の主力と控えレベルの差があまりにも激しく、成長を期待できない。  
 
 
 
「現状の穴が、山下を除く内野と、レフトか・・・」  
「新しく選手を集めますか?赤松はともかく、他の連中は正直期待できません。」  
「少年野球でシビアな考えを持ち込むのもどうかと思うが・・・」  
「俺は勝ちたいんですよ。少なくとも、控え組がたいした努力も無くレギュラーを掴むのはどうしても避けたい。」  
 
白井、青山、黒田、青野、赤星。  
現状、この5人のうち3人は無条件でスタメン入りできる。  
もちろん、彼らの練習態度が悪いわけではないが、伸びしろに期待が持てづらく、練習についてくだけでやっとなのは確か。  
土生が課したノルマを達成するだけで満足している現状に、危機感を感じていた。  
 
 
「広域公園合宿で、選手の移籍は普通に起こります。  
 他のリトルから有望選手を引き抜く事に、俺は反対はしません。巨神の様な強引な手段さえとらなえれば、ね。」  
「・・・わかった。」  
 
練習だけで伸ばすだけでは限界がある。血の入れ替え、補強は、決して悪と定義されてはならない。  
結果や、スポンサーのバックアップ、そういった大人の事情が渦巻くリトルの世界では、プロ野球さながらの事が当たり前に行われる。  
 
だが、それらは大人の仕事であり、子ども・・・選手主導で行われることはほとんど無いといっていい。  
 
 
大抵移籍が起こるのは、レギュラー争いに敗れた控え選手。  
だが、そんな選手が、あるチームにとってはチームのウィークポイントを抑えられる選手になれるわけである。  
また、珍しいケースでは、弱小チームの中にいる有望選手。かつての土生がいい例だろう。  
優勝を目指し、チームを移る、そんな向上心を持った選手もいる。  
もちろん、有望選手は普通最初から強豪リトルのセレクションを受けて入団するのが普通なので、あまりそんな例はないが。  
 
「サードかファースト、そしてセカンドかショート。そしてレフト。  
 何とかこのあたりで、そこそこのレベルの選手を取れるように頑張りましょう。」  
「わかった。」  
「けど、チームに監督が帯同していないのはまずい、だから、監督は選手探しやスカウトは出来ない。  
 このチームにはコーチもいないし、その役目は俺が引き受けます。」  
「・・・分かった、頼む。」  
 
監督はもう何も言わない。このチームは土生のチームだからだ。  
どんな絶望的な状況でもチームに残り、頑張ってくれた。だから今度は、土生の好きにさせてやりたい。  
 
 
 
いよいよ出発の日。去年は父兄が手分けして自家用車で送ってもらった。  
貧乏チームなのでそれはやむをえないことだが、今年は違った。  
 
「しかし、よくバスなんて貸し切れましたね。」  
「俺も驚いたよ、まさかあいつが力を貸してくれるとはな。」  
 
通常のリトル同様、マイクロバスで出発。  
費用は全額、リリアムが負担。  
 
リリアムとは、光陵リトルから少し離れた、全国トップクラスのソフトボールチームの事である。  
設備も充実しており、かつて光陵と練習試合を行った事もある。  
リリアムの監督が中井監督と旧知の仲、さらにぞっこんで、こんな粋な計らいをしてくれたのだ。  
 
「しかし・・・リリアムから後で何か条件付けられそうな気がして怖いんですが・・・」  
「え?」  
「理奈をくれ、とか、監督とデートさせろ、とか・・・」  
「まぁ、細かい事は後回しでいいだろう。」  
 
監督も気楽なものである。  
気楽と言えば、理奈を含めて全員に緊張感がない。  
 
(ユキ、夜にさ・・・)  
(え、チュ、チュウ!?)  
 
(ラリナー!俺、トランプ持ってきたんだけど!)  
(ホントー!?やろやろ!)  
 
せいぜい、この合宿の意味をきちんと理解しているのは緒方くらいのものだろう。  
とはいえ、あまり野球漬けになり過ぎるのも、それもまた健康上よくないかもしれない。  
 
「・・・まぁ、あまりピリピリし過ぎるなよ、土生。」  
「は、はい・・・」  
 
 
 
 
現地に着くと、すでにキャンプ入りしているチームもいた。  
早速練習や試合で活気に溢れているグラウンドを見つける。  
 
「おいおい、あれは地区4位の強豪、日食(にちはむ)リトル!  
 小谷野に、糸井、・・・それに中田や稲葉、小笠原の強力打線だ!」  
 
ここで言う「地区」とは、近隣の県をいくつかひとまとめにしたものを言う。  
関東地区、関西地区、などの8つの地区から、秋の全国大会の代表が決まる。  
 
地区4位の実力を持つこのリトルは、全国クラスの強打者を並べる超強力打線が持ち味。  
かつて小笠原が巨神に引き抜かれた過去はあるが、それを物ともしない選手層の厚さ、育成に定評がある。  
 
その小笠原は、巨神が出場停止になった事で自主退団し、古巣に復帰。  
秋大会への出場への意欲から、巨神を抜けて古巣に戻る動きがここ2週間続いたらしい。  
もっとも、元光陵の選手は誰一人戻ってこないが。  
 
 
 
「おお、広いじゃん!」  
「ベットが1人に1つ!すげぇ!」  
 
部屋は洋式で清潔感にあふれ、クーラーも完備。ちなみに、食事は大食堂にてバイキング形式となっている。  
もちろん、女子は別棟に部屋を用意されている。  
とりあえず、この広域公園の名物バイキングに早速足を運ぶ。  
 
「んめーっ!」  
「本当にこれ、食い放題か?」  
 
栄養バランスを考えず、好きなものを好きなだけ。  
とにかく量を食べて精力を付けろ、と言うのがコンセプト。  
山下にいたっては、カツ丼2杯にハンバーグ4枚、ポテトサラダ山盛り。小学生の常識を明らかに超えている。  
 
女子は食べ過ぎは恥ずかしいので少食で・・・と思いきや。  
元来スポーツ少女で恥じらいをあまり知らないのか、理奈もユキもそんなのを気にするそぶりは全く無い。  
 
「おいしいね、ユキちゃん!」  
「はいっ!」  
 
緒方だけは、栄養バランスを考慮した適切な質、量の食事を取っていた。  
流石は元モデル、一流選手といったところか。  
 
 
「飯食ったらどうする?」  
「とりあえず、売店見ていこうぜ!」  
 
2時の練習開始までまだ時間がある。  
何をしてすごすかワイワイ騒いでいる他の連中を尻目に、土生だけは一足先に食事を終え、部屋に帰っていった。  
 
 
1、8・橡浦  
2、6・赤松  
3、2・瑞原(ユキ)  
4、5・山下  
5、9・青山  
6、7・赤星  
7、4・青野  
8、3・白井  
9、1・野村(理奈)  
 
「・・・これでいくか。」  
 
監督に渡す為のメンバー表を渡し、「適当なところで代打、緒方」とメモ書きを付け加える。  
土生はスカウティングでいなくなるので、代わりの捕手には野球センス抜群のユキを抜擢した。  
事前にユキに試してもらい、理奈の球を取れることは確認済み。  
 
あとは県内4位の肩書きがあるので、それなりのリトルが練習試合に応じてくれるだろう。  
 
 
「さて・・・いくか。」  
 
双眼鏡を片手に、部屋を飛び出した。  
 
 
 
光陵の選手全員がグラウンドに集められる。  
 
「よし、ウォームアップ後、3時から日食リトルとの練習試合を行うからな。」  
「え、に、日食!?」  
 
集合をかけられた選手が、早速どよめく。  
ここについてから練習を1度もしていないのに、早速試合。  
 
練習より、実戦をひたすら重ねろ、という土生の意向だった。  
 
「いきなり試合だが、これは土生の考えだ。みんな、頑張ってこい。」  
「そういえば・・・あれ、土生さんは?」  
「土生はしばらくは別行動だ。その理由は今はまだ話さない。  
 これも土生のたっての希望だ。」  
 
土生無しで、試合に勝てるのか・・・そんな空気が充満していた。  
なにしろ、事情を知っているのは、理奈、ユキ、そして緒方の3人だけ。  
 
「みんな、土生君がいなくても、勝たなきゃ!いい!?」  
「あ、ああ・・・」  
 
理奈の言葉がけでは、チームメイトは奮い立たない。  
土生と理奈の最大の違いは、そのカリスマ性にあった。  
 
 
1、4・田中(賢)  
2、2・小笠原  
3、9・糸井  
4、7・中田  
5、3・稲葉  
6、8・陽  
7、5・小谷野  
8、6・金子  
9、1・武田(勝)  
 
「それでは、ただいまから日食リトル対、光陵リトルの試合を始めます!礼!」  
「お願いします!」「お、おねが、いします」  
 
そうそうたるビッグネームが並ぶリトル相手に、最初から気持ちで負けていた。  
 
 
 
 
 
一方。  
 
「ここが大洋リトルか・・・」  
 
かつてはマシンガン打線と呼ばれた強力打線を武器に、日本一を勝ち取った事もあるチーム。  
しかし、近年は選手が育たず、スカウトも上手くいかずに、1回戦敗退のチームになっていた。  
 
「・・・まぁ、ここに有望選手なんかいないか・・・」  
 
かつての主力だった内川、村田という選手にも移籍されてしまう始末。  
すっかり覇気も無くなり、リトルが解散するのでは、と言う噂まで立っているらしい。  
 
そんな中、つい1人の選手に目を奪われた。  
 
「あのショート・・・女の子か?」  
 
理奈やユキ、緒方と言った、光陵のホープは全員女の子。  
だからなのか、無意識に目が行ってしまう。  
 
(いくぞ石井!)  
(は、はいっ!)  
 
どうやらノックの最中である。  
だが、真正面のノックを、ポロリとこぼしてしまった。  
 
(何やってんだ!)  
(す、すみません!)  
(それでも石井の妹か!?根性見せろ!)  
 
石井。その名前でぴんと来た。  
今はもう高校生だが、かつて日本一になったときの主力を張っていた選手。人伝に聞いた事がある。  
 
(次エラーしてみろ、後で反省会だ!おらっ!)  
(・・・きゃっ!)  
(何やってんだ、このチキンが!ベンチに下がってろ!)  
 
明らかに萎縮している。  
勝手に兄の栄光を被せられ、半端ではないプレッシャーをかけられている。  
実力以上のものを求められているのかもしれない。  
 
「あーあ、あいつ、苦労してんなぁ・・・」  
「・・・!?」  
 
突然背後から間延びした声が聞こえてきた。  
仰天して振り向くと、学ランを来た坊主頭が突っ立っている。  
 
「おお、悪い悪い、偵察中だったか。」  
「あなたは?」  
「俺?石井卓朗。あの女の子の兄ちゃんさ。」  
 
驚いた。  
まさに、今背後に立っているのが、かつてのマシンガン打線の切り込み隊長、石井卓朗。  
 
「あいつは相当実力あるんだけどなぁ・・・  
 さやかに頼んで、入ってもらったけど、あんなにプレッシャーかけられちゃ出来るモンもできやしねぇ。」  
「頼んで、入ってって・・・?」  
「あいつの実力なら、もっと他の強豪リトルが似合うんだけどよ。  
 やっぱり、出身リトルが寂れるのが嫌でさ、さやかにダメ元で頼んだんだよ。」  
 
兄の勝手な思いを、健気な妹は聞き入れてくれた。だが、そこで受ける扱いは散々なものだった。  
 
「俺の妹、と言うだけで期待されたんだけど、大会まではいいプレー見せてたんだけど、1回戦負けの春の大会、ノーヒットでさ。  
 怒られて、それ以来めちゃくちゃプレッシャーかけられて、あんなに萎縮して・・・申し訳なくってさ。」  
「たった1試合で・・・」  
「たまたまその試合見てたんだけど、どの打球もいいあたりで、好プレーに阻まれてアウトになっただけだぜ。  
 けど、石井の妹なのに何をやってるんだ、・・・って感じだ。」  
「・・・。」  
 
 
 
 
 
 
「セカン!」  
「うお!・・・あっ!」  
 
日食の強力打線が襲い掛かる。  
セカンドへの鋭い打球を青野がトンネル。  
 
「おっしゃ、5−0!」  
「いいぞ賢介!」  
 
まだ3回裏。打たれたヒットは2本だが、エラーが実に7つ。  
理奈のストレートは日食相手でも通用しているが、例えヒット性のあたりでなくても鋭い打球を飛ばす。  
 
そして、その打球を処理するだけの守備力が、まだついていない。  
 
青野がエラー2つ、白井が3つ。青山と赤星も1つずつ。  
 
「くっ・・・えいっ!」  
「おっしゃあっ!」  
 
これだけエラーが重なれば、理奈もピッチングに集中できない。  
甘い球を小笠原に狙われた。  
 
「・・・っ!」  
 
悠々と柵越え。  
さらに2点を追加され、まさに泥沼に陥っていた。  
 
たった一人の主力が抜けただけで、ここまで崩壊する。  
精神的支柱と、勝ちたい、と言う意識が完全に抜け落ちてしまった光景が、まさにこれだった。  
 
 
 
 
「お、練習が終わったか。」  
 
石井の妹は、グラウンドの隅でうつむいていた。  
結局あれからノックには加えてもらえず、一人で座らされ続けていた。  
 
「・・・石井さん、どこへ行くんですか?」  
「決まってるだろ。さやかの所だ。  
 謝ってこないと。もっといいリトルを探してやらなきゃな・・・」  
 
実力があっても、認められない。  
かつての理奈とかぶる光景に、土生は黙っていられなかった。  
 
「・・・俺も、行っていいですか?」  
 
 
到着すると、監督が石井を笑顔で迎えてくれた。  
 
「おお、石井くんか!」  
「尾花さん、お久しぶりです。」  
 
ずっとうつむいていた妹が、その一言でぱっとこちらを向く。  
 
「・・・その子は誰だ?」  
「偶然道端で会いました。後で指導をしてあげようかと。」  
「そうか。それはそうと、妹は君と違って出来が悪い。  
 もっときちんとやれ、と、お灸を据えてやってくれないか?」  
 
どうやら、監督は何も気づいていないようだった。  
石井はハイとだけうなずくと、妹を連れて誰もいない建物の影に向かっていった。  
 
 
「お兄ちゃん・・・」  
 
唇をきゅっと噛み、涙目でこちらを見ている。  
怒っているだろうな、こんな目にあわせた兄を、恨んでいるだろうな・・・そう思っていた。  
 
だが、違った。  
 
 
「おにいちゃああんっ!」  
「さやか!?」  
 
突然抱きついて泣き出す。  
 
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!  
 お兄ちゃんが、期待して・・・チームを救うのを期待して、あたしに期待してくれてたのに、あたしっ・・・」  
「何を言ってるんだ、兄ちゃんこそ悪かった!  
 お前をこんな目に合わせて、兄ちゃんのせいで変なプレッシャーかけられて・・・  
 兄ちゃんのわがままを聞いてくれて、チームに入ってくれたのに・・・」  
 
美しき兄弟愛。  
土生はいるべきかどうか迷ったが、自分のやるべきことのために、離れるわけには行かない。  
 
「ぐすん・・・ごめんね。」  
「何言ってるんだ。  
 それより、久しぶりに一緒に野球しないか?」  
「ほ、ほんと!?」  
「君もどうだい。久しぶりに妹と一緒に、楽しく野球をやりたいんだが。」  
「!・・・もちろん。」  
 
土生にとって願ってもない事だった。  
石井イチオシの、この妹さんの実力を、見極める機会を得たのだから。  
 
 
「そーれ、いくぞー。」  
 
適当な空き地を見つけ、石井が軽くノックを打ちこむ。  
無駄のない動きで拾い上げ、土生に送球する。  
 
(グラブ捌きに無駄がない。送球も正確だ。  
 さっきの練習を見る限りじゃ足はやや遅かったようにも見えるが・・・)  
「それっ!・・・あっ。」  
 
打球が少しそれる。飛びつくが取れない。  
 
「ごめんな、さやか。」  
「ううん、取ってくるね!」  
(俺や赤松なら届いている。やっぱり守備範囲はショートにしてはやや厳しいか・・・)  
 
だが、堅実な守備は、少なくとも光陵内野守備の崩壊を食い止めてくれるはずだ。  
 
 
続いて、バッティング。  
誰でも使えるバッティングゲージに入り、左打席に立つ。  
 
「おお、しばらく見ないうちに、ずいぶん上手くなったな!」  
「えへへー、そう?」  
「ああ、打球の鋭さが違うぜ。ずいぶん頑張ったんだな。」  
 
そんな兄弟の何気ない会話。  
だが、土生はその会話など耳に入っていない。  
 
(ミートが正確だ、俺以上じゃないか!?  
 弾道は低いが、打球の鋭さも十分だ・・・)  
 
少なくとも、橡浦以上の打撃は期待できる。  
リトルでの扱いも悪く、引き抜きは容易だ。  
 
 
「さやか。お前はすごいよ。」  
「ほんと、お兄ちゃん?」  
「ああ、お前は、変なプレッシャーでかたくなってただけだ。  
 もっと伸び伸び出来るところを、俺が探してやる。」  
「・・・お兄ちゃん。」  
 
絶好のタイミング。  
早速、触手を伸ばしにかかる。  
 
「もし、石井さん?」  
「ん、なんだい?」  
「よかったら、俺のリトルはどうですか?  
 監督は優しいし、女の子の選手もいるので、妹さんにも過ごし易いでしょう。」  
「・・・そうか。  
 いいんじゃないか、さやか?ためしに見学に行ってみないか?」  
 
石井からの感触も上々。  
これは期待できる・・・はずだった。  
 
 
「・・・ゃだ。」  
「え?」  
「やだ!あたしが、お兄ちゃんのリトルを!大洋を!優勝させるんだもん!」  
(な・・・なにぃ!?)  
 
予想外の展開。  
この女の子、芯が強すぎる。  
 
だが、土生もここで引き下がるわけには行かない。  
 
「さ、さやかちゃん、俺のチームだって、優勝を狙ってるんだ。  
 それに、今の内野は人手不足、君の事が欲しいんだよ!」  
「やだ!やだ!大洋を優勝させるんだもん!」  
「あ、ちょっと!  
 ・・・。」  
 
 
結局、行ってしまった。  
やはり、補強は簡単な事ではなかったようだ。  
 
 
 
「よっしゃ、橡浦!」  
「・・・あっ」  
 
橡浦の打球は、惜しくもショート正面。  
 
「6回表、2アウト・・・」  
「あーあ、やっぱりだめかぁ。」  
「土生さん無しじゃ、どーしよーもないなぁ。」  
 
すっかり戦う気力をなくした、控え組。  
土生が最も嫌う光景が現実となる。  
 
「ダメだよ、まだ諦めちゃ!」  
「でも、9−0だぜ?」  
「そうそう、ラリナ、いい加減・・・」  
 
だが、ネクストバッターズサークルに立つ4年生の目は、違った。  
 
「お前ら、黙ってろよ!  
 ・・・俺はまだ、諦めないからな!」  
 
赤松が打席に立つ。  
初球をスイングしたが、力のないショートゴロ。  
 
「まだだ・・・うおおおおっ!」  
(雅人君!?)  
 
執念のヘッドスライディング。  
タイミングはアウトだったが、審判が赤松の気迫に感動したのか、セーフをコールした。  
 
「やったぁ!」  
「よーし、ユキちゃん、続いて!」  
 
 
 
とぼとぼと光陵の練習試合の場所に戻る。  
なぜか、石井も付いて来た。  
 
「そうか、そんなに内野陣が手薄なのか。」  
「今だから言えますが、あなたについていってたのは妹さんを戦力として欲しいからです。  
 申し訳ないです。」  
「いやいや、さやかに活躍の場所を与えてくれようとしてくれただけでもありがたいよ。  
 ただ、結構頑固者だからね・・・」  
「・・・ここです。やっぱり負けてますね・・・」  
 
被安打4、エラー数11。予想通り。  
どうやらもうすぐ試合終了のようだ。  
 
「フォアボール!」  
「よーしデカブツ、よく選んだ!」  
「うるせぇチビ、そういうお前も出塁しろ!」  
 
相変わらずの凸凹コンビ。  
だけど、互いへのライバル心があるからこそ、2人は成長していける。  
 
「・・・お、緒方だ。まぁ、ここしかないわな。」  
「本当だ。セカンドランナーも、バッターも女の子だ。」  
 
あの後、ユキが二塁打で続き、山下が四球で繋ぐ。  
そして、バッターボックスに立つのは、代打の切り札、緒方。  
 
「元巨神の選手です。膝の大怪我で、走る事も守る事もできないので、代打一本。」  
「へぇ・・・」  
「けど、勝負にかける熱い魂は、誰にも負けませんよ。」  
 
2球見逃して、簡単に追い込まれる。  
だが、球に怯えているわけではない。球筋を見極め、一振りにかける。  
 
膝の状態もずいぶんよくなった。かつてのバッティングは、すでに復活していた。  
そして、内角の直球を、振りぬいた。  
 
「打ったーっ!」  
 
打球はぐんぐん伸びる。  
ぐんぐん伸びて、フェンスを超え、・・・土生の素手に収まる。  
 
「やったー、満塁弾だぁ!」  
「あれ、土生さんだ!」  
 
ようやく光陵ベンチに活気が戻る。  
緒方は相変わらずクールにグラウンドを一周し、手荒い祝福を避けるかのようにベンチにスッと戻った。  
 
 
結局その回は4点止まり。  
9−4で負けているので本来裏攻撃はないが、練習試合では大抵スコアにかかわらず6回裏まで執り行う。  
 
「・・・見ててください、石井さん。これが、うちのエースです。」  
 
客人としてベンチに座った石井にそう言い残し、マスクを被る。  
ユキはライトに戻り、橡浦とのコンビが復活した。  
 
「・・・。・・・!?」  
 
三者三球三振。全部ストレートで。  
先ほどの満塁弾と、土生がマスクを被った事で理奈が完全に闘志を取り戻した。  
 
「よっしゃああっ!」  
「いいぞ、理奈!」  
 
理奈の一番のストレートは、相手が日食だろうと意に介さない。  
 
 
 
 
「大洋リトル日本一の時のメンバー!?」  
 
結局石井はそれからも行動を共にしている。  
石井は高3で、先日野球部を引退しており、暇なのでここに来たらしい。  
 
「すごい、すごい選手なんだ!」  
「いや、すごかったのは他のみんなさ。波留さんとか、駒田さんとか、佐々木さんとか、大輔とか・・・」  
 
夕食そっちのけで、石井に質問の雨嵐を浴びせる。  
 
「あのときはね、・・・だったんだ。」  
「へぇ、それでそれで?」  
「ねーねー、タクローさん!」  
 
いつの間にか下の名前で呼ばれるようになった。  
本人もどうやらその方がいいらしく、タクローと呼ばれてから表情がさらに明るくなった。  
 
 
「ん・・・さやかー!」  
「あ、お兄ちゃん!」  
 
全員が食べ終わった頃、タクローの妹が食堂に入ってきた。  
兄の事が好きらしく、トコトコ寄ってくる。  
 
「練習終わったのか?こっち来いよ!」  
「え、でも、リトルのみんなと一緒にいないと・・・」  
「いいんだよ、何か言われたら俺が言っておくから。」  
 
すぐ後に来た大洋の尾花監督を見つけると、タクローは話をつけにいった。  
どうやら了解を得たようで、遠くから両腕で丸印を描く。  
 
 
「土生さんが、この子を?」  
「ああ。」  
「わ、わたしは、大洋リトルを日本一にするんです!」  
「けど、大洋って春大会、ベストなんぼだっけ?」  
「・・・い、1回戦負けです・・・けど、秋大会は勝ちますッ!」  
 
タクローの妹、さやかの決意は固いようだ。しかし、土生もそう簡単に引き下がるわけには行かない。  
チームから捨てられそうな、優秀な選手をせっかく見つけたのだから。  
 
「じゃぁ、さやかちゃん。俺達と試合してくれないか?」  
「えっ・・・試合・・・?」  
「日本一になるって言うんなら、当然俺達に勝てるんだろ?挑戦を受けてくれよ。」  
「う、うーん・・・」  
「それとも、勝てる自信がないのかな?」  
 
土生にしては珍しい挑発的な言動。  
流石にこれに黙っているさやかではない。  
 
「わかりました!・・・えっと、お兄ちゃん、試合を組むのお願いしていい?」  
「俺は構わんよ。  
 兄ちゃん、このリトルも結構気に入ってるし。」  
 
土生が一人入るだけで、チームの空気が変わったこと。  
他のチームの元主力が復活している事、直球しか持ち球のないエースが、真っ向勝負を挑む事。  
そして、県大会ベスト4。  
 
タクローでなくとも、気にかける要素をこのリトルはいくつか持っている。  
 

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