「久しぶりだな、土生よぉ。」  
「西村・・・どうして、ここに・・・!」  
 
かつてのエース、西村。  
そして、あと3つの影は、言うまでもないだろう。  
 
過去の黒い歴史、そして独特のオーラは、理奈といえども圧倒される。  
 
「君はあのハンバーガーの店で1度あったな。  
 噂は聞いてるぜ、ノーヒッター。」  
「理奈が怖がる。用がないならとっとと帰れ。」  
「つれねぇなぁ。俺たちは戻ってきたんだよ。」  
 
戻ってきた。  
その意味が土生には、一瞬分からなかった。  
 
「知ってのとおり、巨神は半年間の活動停止だ。  
 俺たち6年生は、このまま巨神にいたんじゃリトルの大会に二度と出られない。」  
「つーわけで、古巣に戻ってきたってわけよ。  
 …俺たち、やっぱり光陵で野球やりたいんだよ。な?」  
 
話をとんとん拍子に進めていく。  
全国制覇を目指すチームにとって、この4人が加入するのは何よりも大きい。  
 
「悪いが、断る。」  
「翔!?」  
「分かってるよ、こいつらが悪いわけじゃないのも、加入すれば強力な補強になることも。」  
「おいおい、じゃぁなんで断る?」  
 
土生の脳裏には、今までの仲間の姿があった。  
四方八方塞がれても、付いてきてくれた栃浦と山下。  
あの暗黒時代に、一筋の光を見せてくれた、エース・理奈。  
規格外の身体能力を武器に、攻守の要として奮闘するユキ。  
巨神を追われ、ボロボロの体になりながら1打席に賭ける、切り札・緒方。  
 
みんな、力を貸してくれた。  
巨神を倒すために、4人を倒すために、弱小チームで戦ってくれた。  
 
だからこそ、この4人を受け入れるわけにはいかない。  
 
「みんな、あんたたちを倒すために、集まってくれたんだ。だから裏切れない。  
 行くぞ、理奈。」  
「う、うん…」  
 
そして、自分を救ってくれた理奈を、エースから蹴落すわけにはいかなかった。  
 
「・・・ったく、頭の固いやつだぜ、どうする、白濱?」  
「俺たちの帰る場所は光陵しかねぇ。…けど、監督も土生の許可が降りれば、って言ってたしよぉ。」  
「諦めるか?  
 せめて、俺たち4人で一緒にプレイできるところを、探そうぜ。」  
「あぁ。」  
 
今では全員巨神を恨んでいる。  
そして、意地でも光陵に残るべきだったと悔やんでも悔やみきれない。  
 
けれど。  
光陵のユニフォームに、袖を通したい。  
 
 
 
「可哀想じゃない?」  
「…分かってるけどさ。他のやつにはこのことは言うなよ?」  
 
朝食後、バッテリーだけ残って話をしている。  
 
「ねぇ、あたしは今年はエースを譲ったっていいんだよ?」  
「過去の裏切り者が、舞い戻ってきたところで、あいつらはどう思う。  
 理奈はチームの復活の象徴だ。お前がエースじゃなかったら、それはもう光陵じゃない。  
 それに、理奈は誰よりも上だ。エースはお前だよ。」  
 
オレンジジュースの入ったコップを手にとって飲み干す。  
もう一杯飲もうと席を経とうとすると、食堂の外が騒がしくなってきた。  
 
(おい、聞いたか?)  
(聞いたぜ聞いた。あの巨神の西村達が来てるんだろ?)  
(今どこにも所属してないんだってよ!)  
 
早速噂になっている。  
なお、巨神に在籍していた選手は、特別補助として施設の利用が許可されている。  
施設利用も無料だが、巨神に払わせた罰則金を充てているらしい。  
 
もっとも、大半の選手は古巣に戻るか残留をしているので、西村たちのような存在は例外である。  
 
「…すげぇな。」  
 
大の大人が十数人、小学生4人によってたかっている。  
おそらくはどこかのリトルの監督かコーチあたりだろう。  
 
「西村君、ぜひ来て欲しい!  
 うちは打撃のチームだ、君がいれば手厚い援護で優勝は間違いない!」  
「わしは強豪シニア、強豪高校とのパイプが深い。  
 今後の野球人生、わしに任せてみないか?」  
「白濱君、是非うちの投手たちとバッテリーを組んでくれ!」  
 
なんだか収集がつかないことになっている。  
とうとう二岡が音を上げた。  
 
「ちょっとストーップ!言いたいことは分かりました!  
 ただ、俺たちは一緒にスタメンで戦いたいんです!」  
「俺たち4人とも面倒を見てくれるところで、お願いします!」  
 
新井も同調してそれに続く。  
しかし、そんなのでこのオヤジたちは止まらない。  
 
「もちろん、4人とも大歓迎さ!」  
「うちの野球環境はいいぞぉ?」  
「頼む!元日本一の、大洋リトルを救ってくれ!」  
 
大洋リトルの尾花監督まで参戦。  
結局、ゆっくり考えさせてくれと白濱が叫ぶまで、10分以上アピールにさらされ続けていた。  
 
 
 
 
「何か大変そうだったな。」  
「そうだね。ちょっとあれは可哀想だよ。」  
「けど、4人まとめてどっかに入れば、今度はそこが宿敵だ。」  
 
まだ練習グラウンドには誰も集まっていない。  
集合時間の1時間前についたから、当然と言えば当然だが。  
 
「…監督には悪いことしただろうな。」  
「え?」  
「監督、あいつらに特に目をかけてたからなぁ。  
 けど、俺に遠慮してるんだろうな。最近俺さ、ずっとわがままし放題だろ。  
 すっごく監督に甘えてる気がする。」  
 
監督への恩を返すなら、あの4人を呼び戻すのが一番早い。  
自分が枷になっているんじゃないか、とも思う。  
 
そして、同時に理奈たちが、枷をかけてしまっていることに、理奈は当然気付いていた。  
 
「それでいいと思うよ。」  
「え…」  
 
けれど、あえてそれを受け入れた。  
なんだかんだで、一番意地になっているのは、土生なのだから。  
 
その意地を、頑固な意思を、エースの自分が肯定してあげないでどうする。  
 
「あの4人を倒そうとしてる翔がかっこよかったから、ついてきてるんだよ。  
 すくなくとも、あたしはね。」  
「理奈…」  
 
監督だって、土生のことを大切に思っている。  
だったら、4人が帰ってこなくても、それが土生の意思ならわがままだとか思わない。  
みんなで後押ししてやれば、それでいい。  
 
「今更悩まないの!男でしょ?」  
「…分かったよ。」  
 
これで少しは吹っ切れた。  
同じ思いを胸に秘める仲間たちがいるのだから。  
 
 
 
…だが、その「仲間」に例外が居ることを、まだ二人とも知らなかった。  
 
「そろそろ行くか、黒田?」  
「そーだな…やれやれ、今日は誰がスタメン落ちか…」  
「俺たち、なんの為に光陵居るんだろうな…」  
 
ぶつくさ言いながら、着替えを持ってジャージ姿で玄関をでる。  
出た先には、思いがけない出会いが待っているものである。  
 
「やれやr…!?」  
「に、西村さん、新井さん!」  
「お…お前ら!?」  
 
土生と同年代の5人。  
4人の顔はよく知っていた。  
 
「ひ、久しぶりだな。」  
「…なんですか、裏切り者に用事は…」  
「ま、待ってくれ!…お前らに、頼みたいことがあるんだ。」  
「…?」  
 
あれほど頼もしかった4人が、慌てたように、頼りない顔で頼み事をしてくる。  
その表情を見ても何も感じないほど、5人は鈍感ではなかった。  
 
5人のいる部屋に招かれ、話をしている9人。  
まずは、移籍問題の顛末を話すところから始まっていた。  
 
移籍問題の顛末は監督と土生、理奈しか知らない。  
土生は事情を知った上で裏切りと断定し、余計な同情の余地をチームメートに与えないようにしていた。  
 
「…それは本当ですか?」  
「あぁ、俺たちは監督の勧めで、移籍をしたと思ってたんだ。  
 現実は違ったが、それを知ったのは例の裏金問題が表面化してからだったんだ。」  
「もちろん、巨神の施設は充実してたし、移籍自体は後悔はしてなかった。  
 俺たちは土生を馬鹿にしていた。けどそれは、監督の勧めに応じないと思ってたからだ。  
 環境が充実しているところに入れてやりたいという親心に気付かなかった土生をな。」  
 
だが、現実は違った。  
自分たちは騙され、大好きな光陵から引き剥がされてしまっただけのことだった。  
 
「今更言い訳するつもりはない。お前たちにはずいぶん苦しい思いをさせてしまった。  
 けれど、だからこそ光陵を優勝させて、せめてもの償いをさせて欲しい。」  
 
100%信用できるか、5人は迷っていた。  
だが、巨神ならこの状況を作ってしまうことは十分考えられる。  
話の内容からも、作り話や嘘が含まれているとはやや考えにくかった。  
 
 
「…話は分かりました。今の話はとりあえず信じます。  
 で、俺たちに頼みたいことって、なんです?」  
「昨日土生にあったんだが、入団拒否をされた。」  
「会ってきたんですか!?…けど、そりゃそうでしょうね、ずっと恨んでましたもん。」  
「だが、昨日のやりとりを見た限りじゃ、多分俺たちへの恨みの感情は無かったと思う。  
 俺たちを入団させなかったのは、俺たちを倒したいから、らしい。」  
 
自分たちを倒すために集まってくれた連中に、申し訳が立たない。  
自分を信じてくれる仲間のために、受け入れなかった。  
 
「だから、お前たちから、土生を説き伏せてくれないか?」  
「…確かに、打倒巨神に向けて燃えていました。それは思います。けど…」  
「正直、今の光陵はつまんないですね。皆さんが戻る価値は、ないと思います。」  
「どういうことだ?」  
 
全てを話した。  
 
4人が去ってから起こった出来事。  
ずっと低迷し、辛い思いをしてきたこと。  
理奈とユキと緒方が加入して、打倒巨神に向けて燃えていたこと。  
 
ここまでは良かった。  
だが、巨神が出場停止になってからも選手補強を続け、  
ずっと一緒に頑張ってきた自分たちが蔑ろにされつつある事に、疑問を感じるようになったこと。  
 
光陵のメンバーで勝つ事に意味があるはずなのに、やっていることは巨神と変わらない。  
そんな思いを抱いていること。  
 
「多分、つまんないと思いますよ。  
 外部から選手を調達し続けて、俺たちのことは何も考えてくれない。  
 自分が勝つことだけを、考えてますよ、土生さん。」  
「土生さんは、十分光陵を裏切ってます。今の光陵は、光陵じゃない!」  
「お前ら…」  
 
苦楽を共にしてきたからこそ、与えられるべき活躍の場が、他所者に奪われている。  
これでは自分たちは数合わせの踏み台だ。  
 
「…お願いがあります。  
 光陵の魂を持っている西村さんたちに、頼みたいんです!」  
 
 
 
 
10時の試合前練習になっても、あの5人は現れない。  
土生は相当イラついていた。  
 
「あいつら、何やってるんだ…ったく!  
 監督、あいつらどこに行ったんですかね?」  
「ん…俺?」  
「いや、聞いても分からないか、すみません。」  
 
最近は土生が活動の中心であり、中井監督の存在感はとんと薄くなってしまった。  
もっぱら置物である。  
 
「土生さん、あいつら最近ふ抜けてるし、しょうがないでしょ。  
 練習が厳しくてどっかいったんじゃないんですか?」  
「ったく…じゃぁ、スタメンを発表するぞ。」  
 
 
1、4・石井(さやか)  
2、5・山下  
3、8・橡浦  
4、1・瑞原(ユキ)  
5、2・土生  
6、3・緒方  
7、7・恵  
8、9・理奈  
9、6・赤松  
 
 
「お、俺が2番ですか?バント苦手ですよ!?」  
「いいんだよ、来た球を振ればいいんだから。引っ掛けてゲッツーでOKだ。」  
 
土生はこの打順に、大きな狙いを掲げていた。  
さやかは山下のことを慕っているから、打順を近づけたのもあるが、それだけでは決してない。  
 
高い出塁率を誇るさやかが類に出ると、相手は盗塁を警戒し、配球が直球寄りになる。  
直球に強く長打力のある山下が、それを仕留めるという算段だ。  
盗塁は阻止したい、けれど直球が甘く入ると一気に傷口が広がる。  
相手の神経を相当すり減らすことができるわけである。  
 
橡浦を2番において送りバントをしても、一死二塁ではバッター集中で勝負に行くのが普通。  
勝負強さに欠ける山下が結果を出す可能性は高いとは言えないからこそ、あえて逆にして確率を上げた。  
仮に山下が凡退しても、橡浦が送り、二死二塁でユキ、土生が控える、という流れだ。  
 
 
ちなみに、理奈は打順が上がったことを喜んでいたが、  
 
「やったぁ、あたし、赤松君よりすごいんだ、やったぁ!」  
「…。」  
 
もちろんこれは、赤松の足を上位打線につなげ易くするためである。  
と本人に言うと怒りかねないので黙っておいた。  
 
 
 
相手は6年生エースサウスポー、井川を要する阪急リトル。  
打線が弱く春大会は2回戦負けだが、井川は完封、1失点完投と実力がある。  
この夏は韓国出身の強打の選手が入団し、4番として活躍している。らしい。  
 
井川はランナーを出してからが真骨頂だが、逆に言うと出塁は容易である。  
 
「さやか、とにかく出塁してくれ。でないと始まらない。」  
「はい。」  
「あと、リードは大きく取れ、盗塁はしなくていいから、気を散らせろ。  
 そして…」  
「…分かりました。」  
 
春大会の1失点は初回の失点。  
立ち上がりに難があるので、とにかくなにがなんでもさやかには出てもらわないといけない。  
 
「よろしくお願いします!」  
(背ぇ、低いな…投げづれぇぜ。)  
 
さやかが出塁率がいいのは、背が低いおかげでストライクゾーンが狭いからである。  
1・2番タイプの選手に小さい選手が多いのはこれも理由の1つ。  
 
「ストライーク!」  
「ストライーク!」  
 
2球で追い込まれる。  
とはいえ、それほど甘いコースでもないので振っても凡打になる可能性は高い。  
 
「ボール!」  
「ファール!」  
「ボール!」  
「ボール!」  
 
一気にカウントを整える。  
そして、  
 
「フォアボー!」  
 
理想の形で出塁。  
さて、土生の狙いが当たるかどうか、山下の打席である。  
 
「しやっす。」  
(で…でけぇ!)  
 
身長129cmの次は、181cm。  
これだけストライクゾーンが変われば投げにくいことこのうえないだろう。  
 
「リー、リー。」  
(ちっ…あの女、走るつもりか…。そうは行くか!)  
 
大きくリードを取るさやかに、2,3度牽制を入れる。  
さやかは走るつもりは全くないので、帰塁は容易い。  
 
(土生さん、直球だけをねらえって言ってたけど…)  
(ゲッツーでいい、見逃し三振でいい。ボール球を振ったって構わん。  
 その代わり、直球をフルスイングしろ。)  
 
第1球。  
速い球に反応する。  
 
「ストライーク!」  
(くそ、スライダーか…)  
(それでいい、スライダーとストレートの見極めは難しいからな。)  
 
バッテリーも大振りな事に気づく。  
キャッチャーの日高はインコースによる。  
 
(典型的なパワー馬鹿のプルヒッター。インコースに投げてりゃファールしてくれるぜ。)  
(おう。)  
 
山下のバッティングは荒く、有り余るパワーの使い道が難しい。  
打率が低い以上打者としての能力は現時点では高いとは言えず、  
せいぜい利点となるのは大きな体格を生かしたファースト守備くらいだ。  
 
「ファール!」  
 
狙い通りファール。  
飛距離はそれなりだが、これでは意味はない。  
 
(あとはアウトコース投げてりゃ勝手に三振か、引っ掛けてゲッツーだ。)  
(変化球じゃ盗塁されるだろうし、ボール気味にストレートを投げろ。)  
 
アウトローのストレート。  
通常ならこれで打ち取れる。  
 
だが、土生の狙いはさらに上にあった。  
それを示すかのように、山下のバットからは鋭い打球音が発せられる。  
 
(何!?)  
 
三塁線の強い頃。サードが飛びつくが取れない。  
 
「ファール!」  
「だー、おっしー!」  
(な、なんなんだ、今の打球は…)  
 
インコースを見せておいてアウトコースを引っ掛けさせるのはプルヒッターを打ち取るためのいわば定跡。  
だが、ここで山下の身長が生きてくる。  
 
(インコースを見せられたあとのアウトコースってのは、打者目線からかなり遠い位置にある。  
 遠い球にバットが出てしまえば、姿勢が崩れてしまう。だから引っ掛ける。)  
 
しかし、山下の場合は、事情が違う。  
 
(けど、あいつの規格外の身長なら、アウトコースのボールにも軽々と手が届く。  
 ストレート一本にタイミングを合わせれば、遠いボールでも軽々と捉えられる。  
 だから、崩れねぇ。強い打球が打てる。)  
 
そして、ストレートで崩せないことを悟れば、変化球を投げるしかない。  
…山下に気を配るあまり、ファーストランナーの存在を忘れていた。  
 
(チェンジアップで仕留める!)  
「走った!」  
「何!?」  
 
最初は塁上で挑発していたさやかが、いつの間にかリードを小さくし、黙り込んで存在感を消していた。  
そして最高のタイミングで、スタートを切る。  
 
「ボール!」  
「くそ!」  
 
突然のことに制球を乱して、コントロールの難しいチェンジアップはワンバウンド。  
キャッチャーは投げられず、悠々セーフ。  
仮にきちんと投げたとしても、モーションは完全に盗んでいた。  
 
(チカちゃん、ありがと!)  
(ナイスラン、さやかちゃん。)  
 
お互いがヘルメットのキャップを右手でつまむ。敬礼の印だ。  
ランナーとして相手に直球を投げさせ、持ち前の腕っ節で盗塁を勝ち取らせた。  
 
「土生さん、これを狙ってたんですか?」  
「さぁな。とにかく、これがウチの1つの形だ、覚えとけ。」  
 
知らばっくれてはいたが、どうみてもドヤ顔。  
二塁までランナーを進めれば、あとは三振して堂々と帰ってくればいい。  
 
「ストライク、バッターアウト!」  
 
案の定、変化球を振らされて三振。  
進塁をさせたのは送りバントと変わらないが、一発長打の可能性と相手への圧力という点では戦術としては有効だろう。  
 
問題は、3番を打つのが橡浦だということだが。  
 
「ストラックアウト!」  
 
足だけは速くセンターの守備は固いが、とても中軸を任せられる打撃ではない。  
本来は1番バッターだが、出塁率が低いためそれも難しいところ。  
 
とはいえ、光陵の第18代4番バッターには、大いに期待したいところだ。  
今日は4番に座る、ピッチャーのユキ。  
 
「お願いします!」  
 
 
…。  
 
結果は6−3で勝利。  
初回の二死二塁のチャンスでユキがきっちりタイムリーヒット。  
3回の二死満塁では、7番、恵が走者一掃のタイムリーツーベースで追加点。  
 
もっとも、今日の試合はは4番・ユキと新人・恵のテストも兼ねていたので、  
土生と緒方はつなぎに徹し、両者無安打3四球。  
恵は初回の満塁のチャンスは凡退したが、次の満塁のチャンスでは見事期待に応えた。  
ユキも3安打3打点の大暴れ。やはりユキ無くして、光陵の躍進はありえない。  
 
本業ではないピッチングも5回3失点でなんとか乗り切った。  
もっとも、さやか、緒方、恵が1つずつエラーを記録しており、自責点は1つだけだが。  
 
緒方にあまり負担をかけるわけにはいかず、最終回は三者三振を義務付けて理奈がリリーフ。  
緒方に守備機会を与えず、見事に三者三振で締めた。  
 
「緒方、膝は大丈夫か?」  
「…えぇ、ファーストなら大丈夫そう。」  
 
さやかもセカンドの守備は馴れず、恵も守備面には不安を残す。  
緒方のスタメンは、膝の負担以外にも悪影響を及ぼしかねないことも見て取れる。  
 
俊足のユキがライトにいない、内野守備も赤松以外は不安定。  
赤松も足が速いとはいえ平均レベルの守備力しか無く、センターの橡浦の負担はますます大きくなる。  
 
「チュウ、どうだった、どうだった?」  
「さすがだよ、俺もヒットを打ちたかったけど…」  
 
「チカちゃん、次も頑張ろうね!」  
「お、おう…チカちゃんって呼び方はなんとかならないか?」  
「うん、わかったよチカちゃん!」  
「…。」  
 
とはいえ、取り敢えずは戦えている。  
いい雰囲気そのままに、ベンチを引き上げる光陵ナイン。  
いつの間にか、あの5人の存在を誰も忘れてしまっていた。  
 
 
「んじゃ、ちょっと早いけど飯にするか。」  
「はーい!チュウ、今日のご飯なんだっけ?」  
「確か…ん?」  
 
グラウンドの向こうに人だかりが出来ている。  
どうやら練習試合をやっているらしい。  
 
「あのユニフォーム…大洋リトルじゃねーか。」  
「相手は誰だ?ていうか、全員ジャージじゃねーか。」  
 
大洋リトルと戦っているチームのナインは、全員ジャージ姿。  
しかもジャージの色もバラバラ。  
普通、こんなことはありえないが、そんなチームの相手を、尾花監督もよく引き受けたものである。  
 
「12−0か。  
 まぁ、そんなならず者軍団相手ならさすがに当然か。」  
「土生さん?  
 スコアボードを見る限り今は6回表の攻撃ですが、守ってるのは大洋リトルですよ?」  
「…へっ?」  
 
マウンド上の国吉が、疲労困憊の状態なのがよくわかる。  
完封ペースのピッチャーではなく、どう見ても打ちのめされているようにしか見えない。  
 
塁上が埋めつくされている所へ、バッターがドデカイ打球をかっ飛ばした。  
 
「…あ、打った。」  
「グランドスラムですね。」  
 
大洋はここまで弱かったのか。  
そう思いながら、もう少し近づいて、満塁ホームランを打ったのが誰かを確認する。  
 
「…!?」  
「どうしたんですか、土生さん?」  
「お前ら、よく見てみろ。少なくとも5人はよく知っている顔だと思うぜ。」  
 
ベンチで大喜びしているのは、あの5人だった。  
黒田、白井、青野、赤星、青山。  
 
「な、なんであいつらが…ていうか、あいつらなんで12点も取れるんだ!?」  
「取ったのはあいつらじゃねぇ…あとの4人だ。」  
 
そして、新井がホームインし、二岡、西村、白濱に手荒い祝福を受けていた。  
 
「…あいつら…」  
 
 
 
「すごいです、皆さん!」  
「俺たち、貴方がたにずっと付いていきます!」  
「おう、お前たちを日本一のスタメンにさせてやっからな!  
 …まぁ、今年だけだけどよ。」  
「はい、いい夢を見せてください!」  
 
意気揚々とグラウンドを引き上げるナイン。  
…そして、彼らの前には土生が立ちはだかっていた。  
 
「!…よぉ、練習試合の申し込みか?」  
「何やってるんだよ、あんたら。」  
「ん?あぁ。  
 俺たちに試合で勝ったら入団する条件で、練習試合を組んでもらったのさ。」  
「聞きたいのがそういうことじゃないのは、分かっていると思うが?」  
 
4人の後ろで、5人が怯えた目をしている。  
 
「心配すんな、お前ら。俺たちが守ってやるからよ。」  
「何言ってんだよ。お前ら、戻ってこい、こんなところで何やってんだよ。」  
「お前こそ寝ぼけるな、こいつらは今日から、俺たちのリトルの選手だ。」  
「…何?」  
 
だよな、と白濱が後ろの5人に確認すると、全員首を縦に振った。  
 
「土生さん…俺たちは、もうついていけません。」  
「俺たちは光陵が好きだった。  
 けど、最近は土生さんが私物化して、昔からずっと一緒だった俺たちをハネにして…」  
「今の光陵は、もう光陵じゃない!俺たちの好きな光陵じゃない!  
 手段を選ばず勝とうとする土生さんのやり方は、巨神そのものだ!」  
「西村さんたちの方が、よっぽど光陵を大事にしてくれてる。  
 だから、本当の光陵魂を持つ俺たちで、本当の光陵リトルを作るんだ!」  
 
口々に、それぞれの思いをぶちまけられる。  
土生も黙ってはいられない。  
 
「てめぇら!ふざけるな!  
 俺が、俺たちが、どれだけ辛い思いをしながら今日まで頑張ってきたと思ってる!」  
「こんなやり方で勝ったって、そんなのつまんないですよ!  
 中井監督だって、ずっといる俺たちがスタメンに出る試合で、勝ちたいはずだ!  
 この裏切り者!」  
「なっ…なんだと…!?」  
 
裏切り。  
土生の最も嫌いな言葉が、胸に突き刺さった時だった。  
 
「もうやめとけよ、土生。」  
 
西村が割って入る。  
…そして、悟ったように言い放った。  
 
「こいつらは、俺たちを選んだ。それだけの話だ。  
 いくぞ、お前ら。」  
「は、はいっ!」  
 
 
ずっと一緒だった仲間たちが、立ち去っていく。  
…裏切り者と、扱われたまま。  
 
 

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