「サード!」  
「うわあっ!」  
「どうしたさやか、それくらいとれっ!」  
 
三遊間まっぷたつのライナー。  
どうあがいても取れないようなボールでも怒号が飛ぶ内野ノック。  
 
「ととっ…わあっ!」  
「恵!もっと落下点まで一直線に走れ、フラつくな!」  
 
明らかに様子がおかしいのは全員分かっていた。  
というより、あんなことがあって何も感じないほうがおかしい。  
 
「ねぇ、チュウ…大丈夫かな?」  
「言っとくが、俺はここを去る気はねぇからな。どっか行くなら一人で行け。」  
「いや、そういうことを言いたいんじゃ…」  
「おら、行くぞライトォ!」  
 
油断していたところに右中間への大飛球が飛んでいく。  
監督は何食わぬ顔で、その様子をのんびりと眺めているだけ。  
 
 
 
入浴時も、その後の夕食もやはり土生は不機嫌極まりない。  
5分程度で食べ終わり、さっさと片付けに入っていった。  
 
「…監督、今日は俺はチーム編成の策を練るので、二人部屋を占拠させてください。  
 みんな、狭い思いをさせるかもしれないが、誰も入らないでくれ。」  
「おー、んじゃぁ俺もたまにはみんなと寝るわ。」  
「は、はぁ…」  
 
光陵に用意された男子部屋は3つ。  
二人用、三人用、そして五人用だ。  
 
二人用は土生と監督、三人用は橡浦、山下、赤松が入っている。  
最後の五人用は元光陵のあの5人だ。  
 
(翔…)  
 
紙と鉛筆を並べ、今後の策について練る。  
 
(取り敢えず、九人のままじゃ緒方がスタメンになってしまう。  
 最低でもあと一人必要だが、可能な限りセカンドが必要だ…)  
 
今まではセカンドは青野が守っていたが、それが消えてしまった。  
外野を守れる選手を取ってきても、ユキがファーストに行き、  
玉突きの要領で山下がサード、さやかがセカンドに移る。これでは意味がない。  
 
もっとも、ユキならセカンドを守ることはできるかもしれないが。  
 
(もう1つは、緒方が代打で出た後に必要な守備固め。  
 とにかく、あと二人だ。)  
 
恵、橡浦、ユキ、理奈と、外野はなんとか頭数は揃っている。  
外野以上に手薄なのは内野だ。  
 
(内野手か、それが無理なら外野を一人コンバートさせねぇとな…)  
 
悩みは尽きない。  
とにかく、選手層の豊富なリトルをめぐっていくしかない、そう思っていたところで、  
 
 
2回ノックが鳴る。  
 
「翔、いる?」  
「ノックは3回が礼儀だ、帰れ。」  
「ねぇ、入れて。」  
 
女子寮と違い、男子寮は女子が自由に出入りが可能。  
もちろん、部屋には鍵がかかっている。  
 
「さっき言ったよな、入るなって。」  
「…翔は悪くないよ?だから、心配しないで。」  
「分かった。ありがとう。帰れ。」  
「…。」  
 
どうあってもひとりにして欲しいらしい。  
逆に理奈は、土生を一人にしておきたくないようで。  
 
「お願い、開けて。このままじゃ、翔のそばに居られないよ…」  
「俺のことは心配すんな。」  
「心配だよ!  
 …余所者のあたしが言う権利ないかもしれないけど、光陵を一番大事にしているのは翔だよ!  
 そんな翔を裏切り呼ばわりなんて、あたしの方が、耐えられない…」  
 
ドアを挟んで、沈黙とすすり泣きが続く。  
やがて、また理奈が口を開いた。  
 
「…お願い…慰めさせて…何もできないなんて、嫌だよ、辛いよ…」  
 
苦しんでいる仲間に、何1つしてやれない悲しさ。  
やがて、足音が近づく音がし、その次に解錠の音が聞こえた。  
 
「廊下で泣かれても困る。」  
「翔…」  
「ったく、慰めに来たのか、慰められに来たのか、わかりゃしねぇ。」  
 
誰かに見られても困るので、理奈を部屋に入れるとまたすぐに鍵をかけた。  
 
机の上の紙と鉛筆は放ったらかし。  
泣きつく理奈の頭を撫でながら、ため息を漏らす。  
 
「色々あったのは俺だけなのに、なんでお前が泣くんだ?」  
「だって、翔が、すk…すごくかわいそうだったんだもん…」  
「…俺はむしろ、今回の件で一番傷ついてるのは、理奈じゃないかって思うくらいだ。」  
「そんなことない…  
 翔の方がずっと辛いんだもん!」  
 
自分より、光陵のことをずっとよく知り、懸命に頑張ってきたその背中を見ている。  
だからこそ、口が裂けても、自分が辛い、なんて言えない。  
優しいエースが、キャプテンの移し鏡になっているのかもしれない。  
 
 
しばらく泣いて、少し落ち着くと、理奈が切り出す。  
 
「翔は…辛くないの?」  
「…。」  
「あたしも青野君たちが居なくなるのは辛いけど、翔の辛さはそんなもんじゃないでしょ?」  
「…なぁ、理奈。  
 俺は、あいつらをちゃんと見てやれてなかったのかな?」  
「え?」  
 
はっきりと言われた。  
自分たちをハネにしている、と。  
 
「お世辞はいらない。俺はあいつらに、何かしてやれたのか。まずいことがあったのか、教えて欲しい。」  
「翔…  
 …少しは、わかる気もする、5人の気持ち。」  
「そうか。」  
「多分ね、これはあたしの想像だけど、5人は自分達を控えだと決めつけて欲しくなかったんじゃないかな。」  
 
ベンチでいつでもいけるように準備をする、声を張り上げる。  
けれど、モチベーションを保つ上で、それは並大抵のことじゃない。  
だが強豪チームなら、一部の選手以外は控えと決めつけられ、控えの仕事をずっと強いられ続けることになる。  
 
「けど、光陵は元々そんなチームじゃない。  
 だからこそ、外部からレギュラーをとって、自分達を控えと決めつけて…  
 そんな翔のやり方が、チームカラーと合わない…そんな感じかなぁ。」  
 
翔は自分で自覚はしていた。  
最初からあの5人は控えの構想、チームに足りない部分や、不足の事態に対する穴埋め。  
そんな存在だった。  
 
「翔は、あの5人のこと、どう思ってたの?」  
「…。理奈の言うとおりだ。そのために、さやかや恵を入れたんだからな。  
 けど、それは…」  
 
けれど、あの5人が主力のままでは優勝できない、けれど、苦楽を共にしてきた仲間と日本一になりたい。  
だから、土生の理想は、あの5人を「日本一のベンチメンバー」にすることになっていっていた。  
 
「…そっか。その想いが、あの5人に伝わればね…  
 本当は、鍛え上げて戦力にできればいいんだけど…無理だったのかな?」  
「…。  
 多分、秋の大会までにはそれは無理だと思う。…いや、面倒くさくて諦めてたのかな…」  
 
自分のドライさに目を背けず、反省する。  
…不意に、目に熱いものが込み上げてきた。  
 
「…あいつらを、日本一にしてやりたかった。苦しい時も、チームにいてくれたあいつらを。  
 どうして気付いてやれなかったんだろうな…」  
「翔…?」  
「俺、キャプテンでいいのかな…みんな、俺を裏切り者だと思ってるのかな…」  
(…。)  
 
ずっと一緒だからこそ、わかる。  
5人の事を反省しているのは、半分本音で、半分演技。  
自分に同情させるための、演技。  
 
「翔。」  
「ん?」  
「今、あの5人のことじゃなくて、別の人のこと、考えてたでしょ?」  
「!」  
 
そして、今ようやく分かった。土生の心の闇の正体が。  
あの時と同じだった。初めて土生が、自分に心を開いた時と。  
 
 
「怖いんでしょ、大事なものが消えていくんじゃないかって…  
 あたしが消えてしまうんじゃないか、って思ったんでしょ?」  
「!  
 …どうして、それを…?」  
「初めて、翔とエッチした日も、そうだったでしょ?」  
 
大切な仲間が、いつか自分を裏切るんじゃないか、という不安。  
毎日、そんな不安に駆られ、裏切られるくらいならチームに誘うんじゃなかった、と思うようにすらなっていた、  
理奈が入団したての頃、土生にはそんな時期があった。  
 
心を開いて一度は消えた不安。  
だが、仲間に見限られる自分を見られて、再びそんな思いが膨らみ始めていた。  
 
「あのときもそうだった。翔は自分の心を殺そうとしてた。  
 そして今回も。」  
「理奈…」  
「怖かったら、泣きつけばいいのに。あたしに、どこにも行くな、ってさ。」  
 
あの5人も確かに大切な仲間。けれど、戦力的には大した痛手ではない。  
ずっと一緒にいた仲間という存在感もあるが、さほど大きいものではない。  
 
大事な戦力である橡浦よりも、山下よりも、ユキよりも。  
ずっとずっと大切なものがある。  
 
…それは、自分を救ってくれた仲間。  
 
 
「だってよ…5人が居なくなるってのに、お前のことを考えるなんてさ…  
 言えるわけ、ないじゃんかよ…」  
「泣いていいよ。全部、受け止めてあげるよ。」  
「俺、最低だな…キャプテンとしてだけじゃなく、人間と…して…」  
「おいで、翔。」  
 
涙が止まらない。  
理奈が後頭部に手を添えると、土生の方から胸に顔を寄せた。  
深い深い谷間に、服ごと顔をめいっぱい埋める。  
 
「俺…」  
「何も、言わないで…」  
 
決して責めない。何も言わない。  
土生が顔を埋める中、無理やりシャツをまくり上げ、ブラのホックを外す。  
 
「ほら、おいしいミル…んっ。」  
 
飲んでいいよ、の言葉を聞く前に、乳首に吸い付いた。  
どんなに悲しくたって、このほんのり甘い理奈の味が、全てを癒してくれる。  
 
乳輪を唇でしごき、乳首を舌でつつき、全体を吸い込む。  
吸い込むたびに、理奈の中から何かが出ていくような気がした。  
 
思わず、後頭部を押さえつける。  
乳房はさらに押し付けられ、平べったく変形する。  
 
 
…が。  
 
(ん〜、んん〜〜っ!)  
 
手で乳房に押さえつけられた頭部が、なにやらもがいている。  
 
「ん?…あ、ご、ごめんっ!」  
「…ぷはっ…ったく、殺す気か!」  
「えへへ、ごめんごめん。満足した?」  
「あーはいはい、満足したよ。…いや、やっぱもうちょっと。」  
 
よっぽど理奈の胸に甘えたいらしい。  
一度はいじけておきながら、思い直して再び吸い付いた。  
 
「もう…甘えんぼ。」  
「何とでも言え。素直になれといったのは理奈の方だ。」  
「そだね。ふふ、可愛い♪」  
 
思わず、ぷにぷにとほっぺたをつつく。  
今度は窒息しないように、そっと後頭部に手を添えた。  
 
 
 
吸い終わった土生の頬は、りんごのように赤いほっぺだった。  
 
「満足した、赤ちゃん?」  
「…うん。」  
「そっかそっか。よかったぁ。」  
 
恥ずかしいからか、目線をそらしている。  
そんな様子を見て満足すると、部屋の時計に気づいた。  
 
「あれ、もう1時間もいたんだ。そろそろ戻ろっかな。」  
「え…」  
「ん?」  
 
土生の物足り気な声。  
しまったという表情を浮かべながら目線をそらす。  
 
「あ、いや…」  
「まだいて欲しいの?」  
「今、はまだ、行かないでくれ…」  
「…うん。じゃぁユキちゃんが心配するから、ちょっとメールするね。」  
 
ケータイのボタンを忙しなくカチカチと押す。  
送信ボタンを押すと、  
 
「これでよし。さ、おっぱいどーぞ♪」  
「いや…そうじゃないんだ。チーム編成を手伝って欲しくてさ…」  
「そーなの?」  
 
てっきり、おっぱいから離れたくないものだと思っていたので、この反応は意外だった。  
取り敢えず、先ほど土生がやっていたチーム編成に、付き合うことにした。  
 
乳輪を唇でしごき、乳首を舌でつつき、全体を吸い込む。  
吸い込むたびに、理奈の中から何かが出ていくような気がした。  
 
思わず、後頭部を押さえつける。  
乳房はさらに押し付けられ、平べったく変形する。  
 
 
…が。  
 
(ん〜、んん〜〜っ!)  
 
手で乳房に押さえつけられた頭部が、なにやらもがいている。  
 
「ん?…あ、ご、ごめんっ!」  
「…ぷはっ…ったく、殺す気か!」  
「えへへ、ごめんごめん。満足した?」  
「あーはいはい、満足したよ。…いや、やっぱもうちょっと。」  
 
よっぽど理奈の胸に甘えたいらしい。  
一度はいじけておきながら、思い直して再び吸い付いた。  
 
「もう…甘えんぼ。」  
「何とでも言え。素直になれといったのは理奈の方だ。」  
「そだね。ふふ、可愛い♪」  
 
思わず、ぷにぷにとほっぺたをつつく。  
今度は窒息しないように、そっと後頭部に手を添えた。  
 
 
 
吸い終わった土生の頬は、りんごのように赤いほっぺだった。  
 
「満足した、赤ちゃん?」  
「…うん。」  
「そっかそっか。よかったぁ。」  
 
恥ずかしいからか、目線をそらしている。  
そんな様子を見て満足すると、部屋の時計に気づいた。  
 
「あれ、もう1時間もいたんだ。そろそろ戻ろっかな。」  
「え…」  
「ん?」  
 
土生の物足り気な声。  
しまったという表情を浮かべながら目線をそらす。  
 
「あ、いや…」  
「まだいて欲しいの?」  
「今、はまだ、行かないでくれ…」  
「…うん。じゃぁユキちゃんが心配するから、ちょっとメールするね。」  
 
ケータイのボタンを忙しなくカチカチと押す。  
送信ボタンを押すと、  
 
「これでよし。さ、おっぱいどーぞ♪」  
「いや…そうじゃないんだ。チーム編成を手伝って欲しくてさ…」  
「そーなの?」  
 
てっきり、おっぱいから離れたくないものだと思っていたので、この反応は意外だった。  
取り敢えず、先ほど土生がやっていたチーム編成に、付き合うことにした。  
 
「やっぱり最優先はセカンドだよな。ほかのポジションも手薄だけど…」  
「場合によっては外野でもいいんじゃない?」  
「どうしてだ?一応外野は3人揃っているが。」  
「確か橡浦君、かつてセカンドをやってたって言ってなかったっけ?」  
「!」  
 
橡浦は今でこそ不動のセンターだが、かつてはスピードと打球反応の良さを生かしセカンドも守っていた。  
西村たちがいた当時から光陵の外野守備は脆く、センターに固定させた経緯がある。  
(二岡との連携がうまく取れていなかった事も理由の1つだったが)  
 
現在は守備範囲も肩も抜群のユキが居るので、コンバートに大きな問題はない。  
光陵自慢の鉄壁の外野コンビを切り崩す事にはなるが、選択肢の1つにはなるだろう。  
 
「よし、んじゃぁいい外野手がいればそいつでもいいや。よく気づいたな。」  
「うん!」  
 
レギュラーのいない二塁手に、内外野があと一人ずつ。  
そんな結論を纏めると、この件に関してはこれ以上話すことはなくなった。  
 
「ふぅ。んじゃ、明日から何か募集かけてみよっか。」  
「おぅ。…。」  
「…。」  
 
そして、話題が続かない。  
この二人から野球を抜くと、意外と何も無かったりする。  
 
「…んじゃ、そろそろ…」  
「な、なぁ理奈。えっと…」  
「?」  
 
理奈が帰ろうかと言おうとしたことを瞬時に察知した土生。  
しどろもどろになりながら、なんとか言葉をひねり出す。  
 
「えっと…その…が、合宿から帰ったら、野球観戦にいかないか?」  
「え?あ、ああ、そうねぇ…」  
 
合宿から帰った2日後からに、首位のチームと地元で3連戦がある。  
せっかくなら2日くらい足を運ぼうか、という話になる。  
 
…その話も3分ほどで終わった。  
 
「じゃぁそういうことで。…さて、今何時かn」  
「な、なぁ理奈!」  
「ど、どしたの!?」  
 
慌てるような土生の言動に、驚く理奈。  
…これだけ慌てれば、最終的には墓穴を掘ることになるが。  
 
「あ、明日の天気は、晴れかな?」  
「…。翔?」  
「いや、ほら、雨だったら練習できないだろ?」  
 
土生は何気ない会話を自ら持ちかける人間ではない。  
そのことは理奈が誰よりも知っていた。  
せいぜい、しょげている理奈に少しでも元気づける時くらいだが、理奈は現在はいたって元気そのもの。  
 
「…どうしたの、翔?さっきからいっぱい話題づくりしようとしてるけどさ。  
 なんか変だよ。」  
「い、いや、その…なんだ。あはははは…」  
「…バレバレの言い訳すら、思いつかなくなってるんだね。  
 珍しいね、そんなに話をしたがるなんて。」  
 
もはや自然に繕う事は無理がある。  
先程からの作り笑いも流石に消えてしまった。  
 
「…ごめん。」  
「別に謝ることじゃないけどさ。どうしたの?」  
「…。」  
「あたしの前では、素直になって。ね?」  
 
土生は、よく自分の感情を押し殺す。  
それが必要なときもあるが、そればかり続けていては持つはずがない。  
 
…だからこそ、自分に正直になって欲しい、理奈はずっとそう言い続けている。  
 
「…ずっと、…。」  
「ずっと?」  
「…一緒に、いてくれ…」  
 
ずっと一緒にいて欲しい。  
確かに、これなら話題を繋ぎ続ける理由としては納得がいく。  
 
「一緒に…?」  
「…行かないで、くれ…」  
 
一筋の涙が溢れる。  
まさかこんなにも甘えたい盛りだとは思わなかった。  
 
「わーっ、泣かないで、泣かないで!」  
「あ…悪い。」  
「…ふふ、そんなに一緒にいたいの?  
 いいよ、じゃぁ今夜は一緒に寝ましょ?」  
「いや、そうじゃないんだ…」  
「え?」  
「…あ、いや、その…うん、そうしてくれ。」  
 
これ程までに不安定な土生は初めて見る。  
あれほど頼りがいのある土生が、甘えん坊でもどこか飄々としている土生が。  
これほどまでに脆い人間だったとは。  
 
「どうしたの?何かあるんでしょ?」  
「…いや、あるけど…ない。」  
「え?」  
「正確には…俺にもどうすればいいか、分からないんだ。  
 だから、気にしないでくれ。一緒にいてくれれば、それで…」  
 
明らかに何か別の意図をもっている。  
けれど、それに関して土生の口から出ることは無さそうだ。  
 
「…。」  
 
…ならば、自分で推理するしかない。  
一緒にいたい。けど、それは甘えたいからではない。  
甘える理由以外で、一緒にいたい理由。  
いやむしろ、去って欲しくない理由を探すほうが近道だと、直感が囁く。  
 
「布団敷くよ、待っててくれ。」  
 
さきほど見せた涙。  
明らかに土生は、何かを怖がっている。辛い思いをしている。  
その思いから、自分が部屋を出ることを極端に恐れる。  
 
土生が布団を敷き終わったとき、ほぼ答えが出た。  
 
 
「さ、そろそろ寝ようぜ。」  
「…怖いんでしょ、翔?」  
「え…」  
「あたしが、翔の目の前から去ってしまうことをさ。」  
 
土生の表情がこわばる。図星のようだ。  
やがてうつむくと、また涙を流し始めた。  
 
「…俺は、俺は…」  
「いいんだよ、分かってる。」  
 
言わなかった理由はおおよそ見当がつく。  
理奈の事を信じていない、と思われたくなかったからだ。  
もちろんそんなことは理奈も分かっている。トラウマというのはそういうものだ。  
 
「理奈のこと信じるって約束したのに、俺…」  
「気にしないで。5人にあんな事があったら、ショックになるのは当たり前だよ。」  
「俺さ…理奈はこの部屋に入れたくなかった。  
 だってさ…入れてしまったら、理奈の去る姿を見てしまうからよ…」  
 
理奈の後ろ姿を見るくらいなら、最初から入れたくなたった。  
辛い思いをするくらいなら、最初から突き放せばいい。  
…どうしようもない不安に駆られた時の、土生の行動の特徴だ。  
 
「けど…やっぱり理奈に会いたくて、ドアを開けちまった…」  
「翔…」  
「なんか、なんかよぉ、理奈に部屋を出ていかれたら、もう2度と会えない気がする…」  
 
理奈の事は心の底から信頼している。  
けれど、土生の過去が、その信頼に影を落とす。  
決して土生がうたぐりぶかいわけじゃない。それが分かっているから、なおさら辛い。  
 
(どうすれば、いいの…?)  
 
以前の時は、おっぱいに甘えることでトラウマを振り払った。  
だが、あの時は初エッチの衝撃で解決したようなものだった。  
 
普通ならありえない事を自分に許してくれたから、  
土生が特別な存在だという理奈の想いが伝わったからこそだった。  
だが、もうその手は使えない。  
 
…一つ、案が浮かんだ。  
 
(…特別な、存在…)  
 
そう、特別な存在同士になればいい。  
今なら、いや、ずっと前から、あと一歩を踏み出せば行けるような状態だった。  
それは自覚していた。  
 
けれど、それでも「もしも」が怖い。  
もしもダメだったら、理奈自身が大きく傷つく結果になってしまう。  
だから、今までずっと避けていた。  
 
「ご、ごめん、理奈。明日に響くから、もう寝ようぜ。  
 …理奈?」  
 
…けれど。  
土生は自分なんかよりもずっとずっと傷つく人生を送り続けていた。  
自分だけ、そこから逃げるなんて、卑怯だ。  
 
そんな卑怯者に、土生の心は救えない。  
本当の意味で土生と向き合う事は、相応の覚悟がなければできないのだ。  
 
 
「…理奈?」  
 
気付けば、土生に身体が近づいていた。  
そして、そっと目を閉じる。  
 
「…!」  
 
キス。  
それは、異性として好きだよ、という証。  
今までのお触りや授乳、フェラは、あくまで仲間としての絆の結晶。  
 
それを、超える。  
愛し合う存在として、ずっとそばにいることを誓う行為。  
 
「…理奈…」  
 
…ただし、きちんとした場所にキスできれば、の話だが。  
 
「そこ、鼻…」  
「ふぇ?はわわわっ!」  
「…大丈夫だよ。気持ちは伝わってるから。」  
 
告白は、した。  
あとは、返事を待つだけ。  
 
「…これが、理奈の結論、か。」  
「翔はあたしが消えるのを怖がっているけど…  
 あたしだって、翔から離れるのは、嫌だもん!好きだから!」  
「理奈…。」  
「どうすれば、翔に信じてもらえるかはわからないけど!  
 けど、翔とおんなじくらい、あたしだって、翔が居なくなるの、怖い。  
 だから、あたしは絶対に離れたくない!それだけは信じて。」  
 
せめて、自分の気持ちは伝えたい。  
お互いに、一緒にいたい気持ちは同じだから。  
 
「…不思議だよ。」  
「え?」  
「なんか、キスで、心が軽くなった。  
 エッチするときはさ、お互いの心がつながった感じがするけど、  
 キスって、なんか、暖かい…」  
 
エッチは信頼の証。信頼しているからこそ、逆にそれが消えることを想像すると辛い。  
その不安をかき消してくれるのが、キス。  
いつまでも、一緒にいてくれる、そんな確信を持たせてくれる。  
 
「…。あたしも、かな。」  
 
恋人という「契約」を結ぶことで、絶対に離れない事を約束する。  
理奈にとって、キスにはそういう側面もあった。  
けれど、そんなことは今はもうどうでもいい。ただ、キスを楽しみたい。  
 
「翔、ん…。」  
「んっ…。」  
 
もう1度、キス。  
今度はきっちりと唇を奪う。これが、二人のファースト・キス。  
 
5秒だけの短いキスだったが、なんとも言えない高揚感が二人を包む。  
 
「はぁ…はぁ…」  
「ん…理奈、今度は、俺も…」  
 
土生からのキス。  
まだ二人とも幼く、テクニックはない。ただ唇を合わせるだけ。  
それでも、十分すぎるほど幸せだった。  
 
土生はなかなか離れようとしない。  
後頭部を抑え、鼻で呼吸をしながら、同時に乳房も撫でていく。  
 
「ん…んんっ!」  
 
予想外の快感に、理奈が悶える。  
ソフトなタッチで、乳房をさすりながら、乳輪を指でなぞる。  
 
そのまま布団へと押し倒し、再びブラとシャツをずり上げた。  
重力に導かれひらべったくなった胸に、再びかぶりつく。  
 
「あ…あうっ…」  
「声出すな、気付かれる。」  
「だ、だってぇ…」  
「…あーぁ、もうこんなに濡らしてやがる。」  
「!…だめっ!」  
 
いつのまにかスカートがめくれており、シミのついた下着に気付くと、思わず両手で塞ぐ。  
だが、理奈の両手首をそっと掴みながらも、無理にこじ開けない。  
 
「…じゃぁ、胸だけにしておくか?」  
「そ、それは、…その…」  
「まぁ、俺は胸だけでもいいがな。」  
「…い。」  
 
細々とした声。  
それに追い打ちをかける辺は、土生にもややSっ気があるらしい。  
 
「…お願い…メチャクチャにしてぇっ!」  
「けどなぁ、声が漏れたら嫌だしよ…」  
「…唇、塞いで。」  
 
その言葉、待ってましたと言わんばかりにニタリと笑う土生。  
唇を塞ぐと、下着の中に手をくぐらせ、指をズプリと挿入れていく。  
 
「んー、んんーっ!」  
(もうイったのか。)  
 
キスの高揚感と、性感帯への刺激のダブルパンチ。  
あっけなくイってしまうが、土生の攻撃が止むことはない。  
 
「ん…ん!?んんんっ!」  
 
鼻だけの呼吸故に、お互いにだんだん苦しくなる。  
だが、互いを求め合う想いが勝り、唇が離れることはない。  
 
「んんん、んんんんーっ!」  
 
背中が弓なりになり、硬直する。  
挿入れていた中指が締め付けられ、愛液がとろとろと出てくる。  
同時に呼吸も限界に達し、唇を離した。  
 
「はぁ…はぁ…」  
「理奈…どうだった?」  
 
荒い呼吸を繰り返しながら、うなずく。  
呼吸の自由を奪われ、初めての感覚に襲われれば、そう簡単に意識が元通りになるはずはない。  
ぴくぴくと身体を震わせながら、土生を見つめている。  
 
土生も自分のモノがかなり限界に近くなっていた。  
ズボンとトランクスを脱ぎ捨てると、理奈の上に跨り、胸で挟み込む。  
 
唾液を落として滑りをつけると、少しずつ上下に動かし始めた。  
 
「…うおっ…やっぱいい…」  
「んっ…」  
 
土生は無論のこと、理奈も感じていた。  
熱くて固い感触だけで、イったばかりの理奈を感じさせるには十二分だった。  
 
「熱い…固い…」  
「やべ、出そう…」  
 
言葉を喋るのを見るに、理奈の状態は落ち着いて来たようである。  
おもむろに胸の谷間に手を突っ込むと亀頭を取り出し、首を曲げて亀頭をパクリと銜えた。  
 
「うあ…そ、それは…」  
 
指でクニクニと竿をいじると、それだけで限界を迎え、理奈の口で果てた。  
 
「あ…うぁ…」  
「んっ、…こく…こくん…」  
 
飲み込むには厳しい量だったが、なんとか飲み干した。  
何日もご無沙汰だったため溜まっており、久しぶりの射精はいつも以上の解放感だった。  
 
「ふぅ…全部、飲んじゃった。」  
「お、おい、大丈夫か?」  
「へーきだよ。…まぁ、ずいぶんと溜まってたんだなーとは思ったけど。」  
 
いつもやっていることなのに、今日のフェラはいつもと全く違う。  
ドキドキがある。愛しさがある。  
好きな人とやる楽しさがある、嬉しさがある。  
 
おもむろに身体を横にして、寄り添う。  
改めて、理奈の体をまじまじと見てみる。  
 
自身の活発さを表現するかのような緑色のショートヘア、てっぺんには大きなアホ毛。  
目付きはどちらかというと鋭いが、赤い瞳には穏やかさも持ち合わせている。  
あれだけ太陽の光を浴びていても、ブルペン練習が多いからか日焼けはそれほどしていない小麦色の肌。  
そして、先ほど初めてを奪った唇。  
 
首元を艶やかに見せる鎖骨、その下にはいつも甘えている巨乳。  
Jカップだと以前言っていたが、最近また少し大きくなったそうだ。  
頂点にはピンク色の乳輪と乳首。ずっとこの色を維持してくれればいいが、そうもいかないだろう。  
無論、何色になろうが理奈の胸が愛しいことにはかわりはない。  
 
ウェストは締まっているが、緒方ほどメリハリがあるわけではない。  
けれど、あまりここが細いと体を支えきれないだろう。  
最近ダイエットをしようかと言っていたこともあったが、それに関しては全力で阻止した。  
 
まだ毛の生えていない恥丘。  
何度か弄ってはいても、陰唇の奥にあるピンク色が焦ることはない。  
…それは、理奈がまだ処女だから。  
 
「…じゃぁさ。」  
 
ファースト・キスは終わった。  
二人がやり遂げていないことは、あと1つ。  
 
「…下の口にも、ちょうだい。」  
「!ま、まて、それは…」  
「大丈夫、まだ生理来てないから。  
 …ねぇ、翔の身体で教えて。あたしが好きだってこと。」  
 
理奈を自分のものにする。  
 
「あたしの体に、傷を付けて。あたしの事が好きだって証を、つけて。」  
 
理奈を、自分だけのものにする。  
 
「あたしを、どこへも逃げられない身体にして。」  
 
理奈を、自分だけのものとして縛り付ける。  
 
「…それで、翔も、どこへも逃げられない身体になって…」  
 
目に涙が溜まっている。それは、断られたら、土生がどこかへ行ってしまいそうな気がしたから。  
そんな恐怖が理奈を襲い、涙を流させていた。  
もしくは、断られたらどうしようという、絶望感からか。  
 
(理奈も、俺が消えることを怖がってる…俺だけじゃ、ないんだよな…。)  
「…。  
 翔、断らないで…」  
「理奈…」  
 
普段なら、ごめんね、無理言って、と一歩引き下がるのが理奈。  
それを引き止めて受け入れてやる、それが土生。互いへの思いやりである。  
 
だが、今回は断ることさえ許さない。  
強引に直球でねじ伏せるスタイルよろしく、これ程までに押し通そうとする理奈は初めてだった。  
それでも、土生は答えに窮する。本当にいいのか、葛藤を続ける。  
 
「翔、お願い…」  
 
しかし、決断が遅くなればなるほど、理奈を待たせることになる。  
即ち、恐怖と隣り合わせの状態をずっと強いることと同じ。精神を蝕むのと、同じだった。  
1分でも、いや、1秒であっても、理奈にとっては地獄の痛みだった。  
 
…そして、それに耐え切れるほど、理奈は強くない。  
 
「…。」  
「翔、もシ、断ルナラ…アンタヲ、殺ス…!」  
「!?」  
 
土生のことをあんた呼ばわり、そんなこと問題じゃない。  
あの理奈が。自分をこれだけ想ってくれている理奈が。  
 
殺す。たしかに今、そういったのだ。  
地獄の苦痛が、理奈をパニックにさせていた。  
 
「ハァ…ハァ…はぁ…」  
(理奈…)  
「翔…お願い、あたしと、して…お願イ…デナケレバ、殺ス…!  
 アンタヲ、アタシノ…物ニ…お願い、あたしを翔の物に、して…」  
 
それでも、土生を殺したいという衝動に、耐え続けている。  
おそらく、理奈は自分が何を言っているのかも、分かっていないはずだ。  
 
…覚悟を、決めた。  
 
「…わかっ」  
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」  
「!?」  
 
土生の回答への恐怖感で、一杯だった。  
だから、声をだしたことだけで、悪い方の引き金になる。  
 
耳を塞ぎ、目を閉じ、口を大きく広げ、かすれ声で叫ぶ。  
かすれているから、音量自体は無いに等しい。  
 
だが、その悲痛さは見ればわかる。  
もしかすれ声でなかったら、確実に建物全体に広がっていただろう。  
 
「おい、どうした、理奈!」  
(いや!いや!いや!)  
 
かすれた声で、首を横にぶんぶん振りながら、もがき苦しむ。  
 
「しっかりしろ!おい、理奈!」  
(いや!いや!)  
 
首を振り続けたかと思うと、今度は手で口を抑えてうずくまる。  
そして素早く立ち上がり、部屋の中の洗面台に突っ走った。  
 
「…!?」  
「はぁ…はぁ…」  
 
吐いていた。  
洗面台には、生々しいモノが見える。  
 
「理奈、大丈夫k」  
「見ないで!こないで!ダメ…いやぁ…」  
 
見られたくないものを、愛する土生に見られた。  
理奈の何かが崩壊するとともに、足元から体が崩れ落ちる。  
 
「翔ぉ…」  
「心配すんな。とりあえず、そら。」  
 
近くにあったコップに水を入れ、後頭部を支えながら飲ませる。  
なんとか飲み干し、まずは一安心。  
 
「掃除は俺がやっておく。とりあえず、まずは布団まで連れてってやっから。」  
「…ぅん。」  
 
目もうつろな状態で土生に抱き上げられ、布団に寝かされる。  
そして、洗面所に戻ろうとしたとき、  
 
土生の右手首をつかんだ。  
 
「だ、だめ…いかないで…」  
「理奈?」  
「一人に、しないで…」  
「…あぁ、わかった。」  
 
洗面台の近くまで布団を引きずり、理奈の見える位置で後始末を始める。  
理奈はその様子を、ただじっと眺めるだけしか出来ない。  
 
「ごめん、身体動かなくて、手伝えない…」  
「いいんだよ、俺に任せとけ。  
 明日は、理奈は1日休んでろ。そんな状態で練習は無理だ。」  
「…ごめんなさい、あたし、何やってるんだろ…」  
 
石鹸を洗面台に塗りたくり、ひたすらに水を流し続ける。  
ようやくほぼ終わったところで、理奈が言葉を紡ぎ始めた。  
 
 
「なんで、あたし、翔にあんなこと…」  
「ん、何か言ったっけ?」  
「いいんだよ、気を遣わなくって。あたし、翔を殺すっていったんだよ…!  
 酷い事、酷い事言っちゃったんだよ…!」  
 
パニックになることは、意識が吹き飛ぶことと同一ではない。  
物事の判断がつかなくなるだけで、自らの意思で殺すといったことには、間違いはない。  
 
「どうかしてたんだよ。それに、俺が返事をしないせいで、理奈を苦しめてたから、」  
「関係ないよ!」  
 
悲痛な声に、思わず理奈の方を振り向く。  
案の定、涙が流れ続けている。  
 
「あたしっ…最低な…なんで、なんで…」  
「理奈のせいじゃない。」  
「もう、あたし、生きていられない…死にたい…  
 …いっそ、殺して…」  
 
蛇口を止めると、理奈に寄り添って横になる。  
何も言わずに、ただ理奈をそっと抱き寄せた。  
 
「…!」  
「好きだよ。」  
「…嘘。だって、殺す、なんて…言っちゃっ…」  
「大好きだ。」  
「…なんで、あたしっ…あんな事…」  
「愛してる。」  
 
ただ、愛する言葉を伝え続ける。  
それでも、理奈の自責の念は消えない。  
 
「…死にたい…」  
「辛いんだよな、理奈。」  
「あたしなんかより、翔の方が…」  
「苦しいんだよな、辛いんだよな。可哀想な思い、させちまったな。」  
「そんな事…」  
「ごめんな、理奈。」  
 
ただひたすら、理奈のことを思いやる。  
そして、苦しみに喘ぐ理奈に、苦しんでしまっている事に、謝る。  
 
「なんで…なんで?  
 なんで、翔は、そんなに、優しいの…?」  
「…。」  
 
理奈の気持ちが、ようやく解れた。  
あとは、想いを伝えるだけ。最高の方法で。  
 
 
理奈を呪縛から解き放つ、甘美なキス。  
背中にしっかりと手を回し、絶対に離さないという意思が伝わるようなキス。  
 
「…ぷはぁっ!しょ、翔?」  
「何も考えなくていい。ちょっと痛いと思うけど、いいか?」  
「え…い、いいの…?」  
「ああ。」  
 
想いが、通じた。土生も、理奈も、嬉しかった。  
満面の笑みの理奈に、安らぎを覚えつつ、自分の分身を裂け目にあてがう。  
 
一度射精したとはいえ、準備は十分整っていた。  
初体験のドキドキを抑えるために、一度深呼吸して、  
 
「行くぜ。力抜いて。」  
「うん…」  
「…(…あれ?)」  
 
はずだった。  
 
「…翔?」  
「は、外れたかな、もう1回。」  
 
腰を推し進めても、入る感触はない。  
滑って外れる感触もない。  
 
あるのは…分身が互いの体に押しつぶされる感触のみ。  
 
(あ、あれ!?)  
「翔?どうしたの?」  
「わ、悪い、ちょっと待ってくれ。」  
 
分身を見て、絶望した。完全に縮み上がっている。  
射精していたのが大きかったか、あるいは緊張で縮んでしまったか。  
 
どれだけこすっても、臨戦態勢にならない。  
 
(嘘だろ、こんな時に…!)  
「ねぇ、どうしたの?」  
「わーっ、見るな!」  
 
慌てて隠す。  
だが、一瞬だけ見えた土生の分身の状態は、しっかり捉えられていた。  
 
「こ、これは、その…」  
「…ふふっ。」  
「いや、その、理奈とやりたくない、なんてわけじゃなくて…」  
「…もう、翔ったら。  
 いいんだよ、こういうときも、あるよね。」  
 
自信を失う土生を慰めるかのように、そっと抱きつく。  
 
「いつもあれだけ頼り甲斐があるのに…  
 こういう可愛いところがあるから、翔と一緒にいるのがやめられないんだよねーっ!」  
「う、うるせぇ!」  
「あはは!翔のバーカっ!」  
「てんめ…ぜってー寝てる間に孕ませてやる!」  
「やってみれば?べーっだ!」  
 
翌日早朝。理奈が人知れずユキの部屋に戻るまでに何があったかは、各々の想像に任せる事にしよう。  
ただ1つ言えることは、土生が朝起きたときに理奈がいなくなっていたことだ。  
 
代わりに枕元に添えてあった置き手紙は、今でも土生の宝物となっている。  
ユキの部屋に戻る、との伝言と共に。  
 
 
《大人になったら、結婚しようね、翔!》  
 

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