合宿終了後、3日間は練習は休み。
土生は理奈と野球観戦、橡浦とユキは遊園地、山下とさやか(隣町在住)はボーリングデート。
緒方は膝強化のリハビリ、恵はリリアムの練習生として野球漬けの毎日。
さて、光陵で一番地味とされる、この選手は何をしているのか。
「やっと来れたー!」
「お、赤松じゃねーか、久しぶりだな。」
クラスメートの佐藤と、双子の森崎兄弟が声をかけてきた。
西小4年1組のスーパーカートリオと呼ばれる俊足3人組である。
そして、ここは西小のプール。
夏休みには水泳をこよなく愛する児童を対象に開放している。
「へぇー、野球合宿だって?」
「あぁ。お前たちも参加しねーか?今9人ギリギリなんだよ。」
「悪いな。俺たちにはサッカーがあるから、助っ人どころじゃねぇ。」
サッカーの国内リーグの下部組織をユースという。
佐藤と森崎兄弟は、そのユースの小学生部門に所属している。
「それより、合宿の成果を見せてもらおうじゃねーの。」
「俺たちと25m、勝負しようぜ。」
「よっしゃ、やるか!」
陸地でただボールを追いかけている彼らにとって、水上の戦いは待ち焦がれた戦いだった。
(ふぅ、なかなかお腹の肉、削れないなぁ…)
一人の少女がシャワーを浴びてプールサイドに到着する。
ぽっちゃり一歩手前の寸胴体型にくりっとした目が印象的な女の子。
クビレも贅肉も無いお腹を気にしているようだが、半数の男子はストライクゾーンだろう。
「おーっしゃあ、俺の勝ち!」
「赤松、はぇえな、お前!」
(あ、あれ…赤松君?)
日焼けした肌、どことなくがっちりとした体つき。
1学期終業式に見たあの日とは、少し印象が変わっていた。
(…また、かっこよくなったかも…)
彼女の中では、既に何かが芽生えていたようである。
「いやー、さっぱりしたぜ!」
「ホントだな、いっつもいっつもグラウンドでボール追っかけ回してるからよ。
たまにはこーゆーのねーと、やってらんねー!」
着替えを済ませ、雫がまだ滴る頭髪をポリポリ書きながら、佐藤と入口を出る。
「けど、お前はまだいいじゃねーか。フォワードって言えば、点取り屋、サッカーの花形だぜ?
俺なんか、下位打線を打ってるから、地味だよ、地味。」
「まぁーな。自慢じゃねーが、こないだチームのシーズン得点、塗り替えたんだぜ!」
「へぇー。」
佐藤はFWとしてチームを牽引しているらしい。
赤松は守備と走塁ではチームに貢献しているが、いかんせん地味なイメージが付きまとう。
「赤松君!」
「ん?あぁ、片岡さん?」
「…その、久しぶり、今出たとこなんだ。」
女子更衣室から出てきた、寸胴体型の少女。
赤松と違い、頭髪はさらさらに乾いているが、そんな細かい部分で彼女の嘘を見破れるほど、赤松は賢くはない。
「で、どうした?」
「え、いや…そういえば最近見かけなかったけど?」
「あぁ、野球の合宿だったんだよ。昨日帰ってきて…あれ、佐藤?」
佐藤は既に20m先を走っていた。
そのまま振り向くと、冷やかしの言葉を手向け始めた。
「仲良くな、お二人さん!」
「…あ!?」
「ヒューヒュー!」
「るせっ、そんなんじゃねぇよ!」
赤松が叫ぶ裏で、片岡は顔を真っ赤にしていた。
第一性徴期には、こういった場面はよく起こる。
結局取り残された二人は、家に向かって歩を進め始めた。
あれほどの冷かしがあっても、赤松は片岡から離れようとはしなかった。
理奈のおかげで、女子に対していい意味で免疫が付いたのだろう。
「片岡さんもプール好きなの?」
「え?うーん…そうでも、ないかな。」
「じゃぁ、なんで?」
「え、いや…」
ダイエットのため、というのはあまり言いたくはない。
それも相手は男子である、当然だろう。
「あ、赤松君はプール好きなの?」
「もち!後は、やっぱ野球ばっかりはよ…」
「そっか、さっき合宿から帰ったばかりって言ってたもんね。
確かベスト4だっけ?凄いよねー!」
「まぁ、みんなはすごいけど、今じゃ俺はチームで一番の下っ端さ。
それに、今チームは9人ギリギリ。怪我持ちの選手もいるってのに…」
あまり赤松は自分に自信を持っていない。
5人が抜けて、ますます自分の存在の小ささが浮き彫りになっているからだ。
「そ、そんなことないよ?
赤松君だって、十分すごいってば!」
「…見たこともないのに、よくそんなこと言えるよな。」
「え?あ、いや、その…」
彼女の赤松を想う健気な心は、逆に墓穴を掘る結果となった。
「俺、用事思い出したわ、んじゃぁな!」
「あ…!」
進路をバッティングセンターの方に変えて、走り去っていった。
想いが届かなかった、気になる人に嫌われた、そう思うと、自然と瞳には涙があふれ始めていた。
光陵御用達のバッティングセンター。
緒方にとってはすべての始まりと言えるスポーツアミューズメントパーク。
だが、未だに赤松は110kmのストレートを打ち返すことができない。
「くそ…くそっ!」
ボールに力負けし、ファールチップを量産中。
ストレートへの対応がこれでは、変化球で簡単にいなされる。
(だめだ…このままじゃ、俺は…)
もしショートに誰かが加入してくれば、まず間違いなくお払い箱だ。
走塁や守備に定評があると言っても、赤松クラスのショートならゴロゴロいる。
だが、西村たちの光陵に逃げたくはない。
あの5人と、自分は違う。何が何でも自分の力でスタメンを守らなければならない。
結局、まともに打ち返せたのは100球中2球。
満足な成果を得られないまま900円を消費し、ケージをでる。
「あーぁ…ったく、小遣いが減っちまった…」
軽くなった財布のことを考え、ため息をつく。
たまに土生からホームラン商品の25球タダ券を貰えることがあるが、いつもいつも貰えるわけでもない。
そう思いながら喉の乾きを潤すために自販機の前に立つ。
厳しい財政事情を考えれば、150円のペットボトルではなく100円の缶ジュースにせざるを得ない。
他のリトルならバッティングマシンでもあるだろうが、残念ながら貧乏球団の光陵にそんなものはない。
「…ふぅ…帰るか。」
「あれ、赤松君?」
「!」
寸胴少女と補欠選手。
本日2度目の邂逅。
「…な、なんだよ!笑いに来たのか?」
「え、いや…」
「俺はダメな奴だから、練習しなきゃいけないんだ、…じゃぁな!」
すれ違いはそう簡単には修正できない。
それでも、立ち去ろうとする赤松を逃がすまいと、強引に手首をつかんだ。
振りほどこうとするが、相当に握力が強く離れない。
「わっ、な、なんだよ、離せよ!」
「…さっきは、ごめん…」
「!」
「あたし、何も分かってなかったのに、軽はずみなこと…」
瞳には涙がたまっている。
女の子を泣かせてしまっては、これ以上怒ることはできまい。
「…まぁ、いいけどよ。
ていうか、わざわざ謝りに来てくれたのか?」
「え?
…そ、そうなの、だ、だって、気になるじゃない。」
「そうなのか。わざわざ悪かったな…」
妙な間が気になったものの、わざわざ追いかけてきてくれたのだから悪い気はしない。
…だが、片岡にとっては思わぬ邪魔が入った。
店の制服を着ている、中年男性。バッジには店長と書かれている。
「おお、歩、おかえり。その子は?」
「え、ちょ、ちょっ…」
「…片岡さん、その人誰?」
「君は誰だい?娘の友達かい?」
…嘘は、儚くバレてしまった。
「…なんだよ、嘘なんて付きやがって…」
「ご、ごめん、その…」
もうお分かりだろうと思うが、赤松を追いかけてきたのではなかった。
このバッティングセンター店長兼家主が片岡康之、その一人娘が片岡歩。
端的に言うと、片岡は自分の家に帰ってきただけだったのだ。
せっかく友達が来たのだからと、家に上がることになったのだが…
「まぁいいや。ていうか全然知らなかったよ。
結構毎日来てるのに、片岡さんを見かけなかったもんな。」
「…うん。」
「?」
「あ、ちょっとトイレ行ってくるね。」
用を足しに部屋を出ていく。
ドアを開けたところで、ジュースを持ってきた店長とばったり。
「わっ!」
「お、歩か。父さん今から仕事に戻るから、これでも飲んでてくれ。」
「あ、うん。」
代わりに部屋には店長が入ってくる。
ジュースの乗ったお盆を置くと、その場にどっかりと座った。
「君は歩の友達かい?」
「あ…いや、クラスメートです。今日はたまたま片岡さんとプール上がりに…」
「そうか…まぁ、歩が友達を連れてくるなんてなかったからなぁ…」
「?」
ジュースの蓋を開けると、コップになみなみと注いでくれる。
「…昔から引っ込み思案でね。友達もあんまり出来なくて。
家に帰ったら絵を書いたりして、ほとんど家から出ることもないのさ。」
(そうか、それでバッセンで姿を見ることもなかったのか…)
「そんな生活をしてたら当然太るわな。
好きな子が出来たとかで、痩せなきゃっていって、プール通いを始めたときは驚いたもんだ。
プールを通じて友達ができれば言うことはないと思ったんだがね…と、君にこんなことを言ってもしょうがないか。」
「はぁ。」
「まぁなんだ。仲良くしてやってくれんかね。じゃぁな。」
好きな子というのが赤松だと言うのは、この時の二人には知る由もなかった。
「へぇ、みんな使ってるんだ。」
「あぁ、河川敷からここまではそんなに遠くないしな。ま、俺はあんまり来ないけど。」
片岡が戻ってからはリトルの話。
県予選ベスト4やノーヒッター理奈の存在もあり、片岡もそれなりにいろいろ知っているようだ。
「河川敷?」
「あぁ、ボロボロの設備、人数もギリギリの貧乏球団で、少数精鋭主義。
だから、ベスト4の実力を持ちながら俺がスタメンを張ってられるのさ。」
「もっと違うもの想像してたよ…」
ピカピカの設備、競争の激しい選手層。
ベスト4となれば、リリアムや巨神のようなリトルを想像するのが普通である。
「まぁなんにせよ、人数不足だ。
土生さんの言うとおり、即戦力がとにかく必要だからな。」
「…そっか。」
「ん?」
「ううん、なんでもない。」
自分がリトルで力になる、なんてとてもではないが無理だと悟った。
選手として、赤松に近づけるなんて、思っちゃいけない。
…選手としては。それに気付くのに、そう時間は掛からなかった。
「そういえば、マネージャーとかは?
もしかして、赤松君が一緒に話しているあの女の子?」
「理奈のことか?…あいつがノーヒッターなんだが。」
「え!?女の子が!?」
「第一、入団してマネージャーをやらせる余裕なんてねぇ。
誰であろうが、マネージャー志望だろうととりあえず選手兼任だよ。」
そこまで戦力が枯渇しているとは思わなかった。
…もしかしたら、自分でも選手として入れてもらえるかも。
赤松と同じグラウンドに立てるかも、そう思った。
「…ねぇ、あたしでも、マネージャー兼任で選手になれるかな?」
「え?」
翌日。
「…ここ?」
「あぁ。」
外野は雑草で荒れ放題。
何十年と使われていなさそうな元更衣室。
ベンチの屋根と椅子は錆び付きまくっている。
「…ほんとに、ここ?」
「あぁ、いつもここで練習さ。」
内野の整備だけはそれなりに行き届いている。
使われた形跡はあるので、全く理解できない、というレベルまでではない。
「…本当に、ここ?」
「あぁ。お、きたきた。」
前日は観戦デートを楽しんだ、エースとキャプテンが姿を現す。
もちろん、片岡も例外なく、エースの胸部が大きく張り出すその様には驚きを隠せない。
「こんにちは。あなたが片岡さん?」
「あ、はい。はじめまして。」
「あたしは野村理奈。よろしくね?」
「俺は土生だ。話は聞いている。」
赤松が二人に連絡を取り、取り敢えずはあってみようということになった。
片岡は既に体操服に着替えており、準備は万端である。
「とりあえずこれをやろう。俺が昔使ってたグローブだ。
使い込まれているもののほうがいいだろう。」
「あ、はい。」
「グローブははめられるか?理奈、手伝ってやれ。」
「うん。」
片岡の左側に寄り添い、グローブを嵌めてやる。
左腕に感じる両胸の柔らかい感触に、女の子と言えども片岡の頬は赤く染まる。
「マネージャー志望なのはいいが、とりあえずは選手登録もしてもらう。
最低限、キャッチボールと外野フライの処理くらいは出来るようになって欲しい。」
「は、はい。」
「とりあえず赤松、キャッチボールをやってやれ。」
いきなり硬球は危ないので、軟球を渡す。
赤松が10mほど離れ、万歳をする。
「とりあえず思いっきり投げてみてよ!」
「う、うん!」
想いを秘める相手が、目の前にいる。
そして、自らの投げるボールを待ち構えてくれている。
胸の鼓動を感じながら、記念すべき第1球を投げた。
「…。」
「…。」
1mも飛ばずに、沈没。
肘から押し出すという、明らかにボールの投げ方を知らない投げ方だ。
「…女子って、これが普通なのか、理奈?」
「あたしでも、こんなに酷いのは見たことがないね…」
「…ご、ごめんなさい、あたしやっぱり無理です!」
昨日と同様、また瞳に涙が貯まる。どうやら涙脆い性格らしい。
「…おかしいな、ドッジボールでもそこまでひどくはなかったような…」
「やっぱり、無理ですよ…
野球は右利きの人しかできないんだから、左利きのあたしじゃ…」
「…。
早く言えぇぇぇぇぇっ!」
赤松の咆哮がこだました。
「準備はいい?」
「うん、こっちの方が力が入るよ。」
同じく左投げの、理奈のグローブで再挑戦。
今度こそ、第1球。
「それっ!」
「…おっと。」
体幹を回転させて、同時に腕を出す。ボールを投げる動作はそれなりに様になっている。
2mほど手前でワンバウンドて赤松のグローブに収まったが、先程よりはだいぶマシだろう。
それでも、これでは戦力とするには余りにも心もとない。
片岡はワンバウンド送球を、赤松はゴロを転がす、和やかなキャッチボールを眺めながら、翔は理奈に本心を話す。
「やっぱマネージャーだな…これはちょっと野球は無理だろう。」
「…ねぇ、翔?
黒田くんたち5人が去っていったでしょ。」
「ん、あぁ…」
理奈はあの事件から、少し思うところがあったらしい。
それを言うのは今だろうと思い立ち、話を続ける。
「西村さんたちを倒して、全国制覇を目指すために、即戦力が必要なのはわかる。
けど、それだと、第2の黒田くんたちが現れないとも限らない。」
「…何が言いたいんだ?」
「初心者が入ってきても、頭数と考えずに、少し辛抱して育ててみない?
黒田くんたちもきっと、戦力になるように育てて欲しいっていう思いも、あったんじゃないかな。
光陵って、そういうリトルでしょ?」
育てる。
そう言えば、かつて監督が自分にしてくれたことが、それだった。
けれど、心に余裕がなくなり、全くそんなことを考えないようになってしまっていた。
赤松がワンバウンド捕球を繰り返し続けると、少し提案を振る。
「もうちょっと強く投げられない?コントロールは気にしなくていいから。」
「その…だって、危ないし、怖いです。」
「へっ?」
「赤松君に怪我でもさせたら、あたし…」
「大丈夫だよ、ちゃんと取れるから。」
軟球とはいえ、それなりに硬さはある。
全力投入とはいかずとも、強く投げることに抵抗感があってもおかしくはないだろう。
「ラリナ、ちょっとマウンドから投げてくれない?
野球って、こんな感じだってのを見せたいんだ。」
「え?」
(8割位の力なら捕れるって。な?)
片岡には聞かれないように、手加減するように言う。
理奈の8割の力となると、だいたい100km。それでも素人から見れば十分に速いだろう。
「うん、わかった。片岡さん、ちょっと見てて。」
理奈がマウンドに、そして赤松がホームベースの上に立つ。
理奈が軽く振りかぶり、軽く腕をしならせると、キレのあるボールがずしりと収まった。
「は…速い…」
「な、捕れてるだろ?」
その後も何球か理奈とキャッチボール。
赤松の野球能力に。剛球を何でもないように捕り、何でもないように投げ返すその様に。
片岡の心は、ますますがっちりと捉えられていく。
「さ、やろーぜ。もっと強く投げてみなよ。」
「よ、よーし…」
再チャレンジ。目指すはノーバン送球。
理奈を見よう見まねしたのか、大きく振りかぶる。
足を上げ、右足を下ろすと同時に。
振り抜かれた左腕から放たれた軟球は、赤松の頭上を襲った。
「うおっ!?」
あまりの速さに、差し出したグローブのわずか上をボールは通過。
低い弾道で突き進み、センター定位置でようやくボールがバウンドした。
推定60mの大遠投。
しかも、外野返球の理想とされる低弾道でこの飛距離。距離だけを測れば80m近く行くだろう。
同じく強肩のユキ、理奈にも匹敵するかもしれない。
少なくとも、土生の肩よりは明らかに上回っているだろう。
「ご、ごめん、外れちゃっt」
「すげぇかねーか、片岡さん!」
「え?え?」
赤松が駆け寄り、両肩を持って喜びを露わにしている。
「これだけの肩があれば、それだけでレギュラーさ!ね、土生さん!?」
「翔、頑張って、片岡さんを育ててみない?」
「…そうだな。」
育てがいのある素材に、出会えた。
やってみるか。そう心に決めて、選手として迎え入れる決心をつけた。
2日連続の球場デートは無くなったが、それでいい。
「ただいまー…」
「おぉ歩、…一体、どうしたんだ。」
全身泥だらけ、擦り傷も散見される。
けれどそれよりも店長が驚いたのは、片岡の顔だった。
これだけ晴れやかな顔を見たのは久しぶりかもしれない。
「お邪魔します。
「おお、赤松君に…君たちもよく見る顔だが、もしかして?」
「はい、あたしたちは赤松君と一緒のリトルに居るんです!」
豪快に打球をかっ飛ばす土生。
何よりも大きな胸をぶら下げている理奈。
流石にこの二人には店長も見覚えがあった。
歩の部屋に通されると、早速ジュースを注いでくれた。
「そうか、それじゃぁ、娘が世話になるよ。会費は?」
「会費は、えーと…あれ?」
まだ理奈が入る前は、保護者の信頼が厚い中井監督がきっちりと徴収をしていた。
しかし理奈の親が出張中故に理奈の回避を滞納し始めてから、
その後に入ってくる選手からの徴収もあやふやになり、現在に至る。
一体光陵リトルの財政がどうなっているのか。
それは後日語ることにしよう。
「…まぁいいや。金はいいです。
ユニフォームは退団した選手のがあるからそれでよけりゃ。」
「会費タダとは驚いたな。
そうだ、代わりといってはなんだが、ウチのバッセン、好きに使ってくれ。」
「え?いいんですか?」
「客があまりいない時は声をかけてくれ。あと、休日や閉店後でいいならその時でもいいぞ。
なら、今日やっていくといい。」
今日は火曜日。バビッチャの定休日である。
善は急げと、4人が我先にとバッティングマシンの方へ走っていった。
「うわっ!」
(うーん…ボールへの対応力は全くだな…)
同じ左打ちである土生を参考に、何度か素振りをしてフォームを一応整えたところで、ひとまず打たせてみる。
ろくに素振りの練習もしていないので当たり前だが、全くボールについていけない。
(100kmでこれだと、そう簡単には…お。)
「当たった!」
5球目にしてようやくボールをカット。
低めの難しい球だったが、うまく膝を曲げて対応していた。
結局25球の打ちあたったのは5球。全て低めギリギリの球だった。
逆に、1球ワンバウンドしたがそれも当てている辺りは徹底して低めが好きらしい。
「低めは打てるのか?」
「うーん…なんか、高いボールってすぐ来るイメージがあって…
浮き上がってるような…」
高めの速いボールには体が反応できず仰け反ってしまう。
典型的なローボールヒッターだ。
「でもさ、翔。高めを練習すれば、そのうち打てるようになるんじゃない?」
「片岡、ちょっと座ってくれ。」
「?…はい。」
何を想ったのか、その場に片岡を座らせた。
その後足を広げるように指示し、さらに上半身を倒れさせる。つまりは柔軟体操だ。
土生の予想通り、股関節は180度開き、しかも上半身はぺったりと地面に吸い付いている。
「わ、すごい!」
「低めへの対応力はここから来ているんだろう。当分は低め打ちの練習だ。
膝の使い方が結構柔らかいし、足も太いから力が強いんだろう。踏ん張りも効いている。」
「…。」
「ん?片岡、何しょげてnあでっ!」
「翔!なんてこと言うの!」
片岡は、自分の寸胴体型とふくよかな下半身を気にしている。
女子なら、自分の太った姿にコンプレックスを感じるのは当然だろう。
「片岡さん、いいじゃないか。」
「…え、赤松、君?」
「大きなお尻は、野球選手として大成出来るっていうしさ。俺、羨ましいよ。」
「ほ、ほんとに、本当にそう思うの?」
「もっちろん!」
好きな人に、自分が気にしていた体型を逆に褒められた。
その顔には、冗談やからかいといったものは一切含まれていない。
「…うん、あたし、頑張るよ!」
「おっしゃ、勝負しよーぜ!」
光陵リトル10人目の戦士は、小さく、大きな一歩を踏み出し始めた。