†意識侵食 四話†  
 
 
 
「…………」  
 要塞都市ケインズウェルの高級宿「長剣と羽毛」二階の、とある一室。  
 早朝のスズメのさえずりを乗せた春陽が部屋に射しこみ、ステンドグラスのような天蓋を垂らし出す。  
 彼女達は、お互いに天蓋つきのダブルベッドに脚を崩して座り込み、しばしの沈黙を流していた。  
 一人は、肩と太腿をむき出しにした白きレオタードを纏った、子供の域を出ないあどけないおもてに、金色の髪をポニーテールに結った少女――ソフィア。  
 対するは、山吹色の半そでチュニックに萌葱色のタイトミニスカートを着、かわいらしい童顔に飾った金髪は二つに結って胸元まで下げた女性――セリカ。  
 パッと見ではソフィアの方がやや年上に見えるが、実際はソフィアが十七、セリカが二十二と、五つも離れている。  
 ソフィアが歳相応の顔立ちなのを考慮すると、セリカは相当な童顔だということが分かる。  
「……私の過去の話は、一応はここでお仕舞いよ。理解ってもらえたかしら?」  
 ベッドに側している壁に寄りかかり、曲げ立てた右足を両手で持った姿勢で、セリカは右隣にいる少女の碧眼を見つめながら、甘い声で言葉を綴り終えた。  
 問題は、ソフィアのこの後の反応である。  
 私がいいって言うまで話し掛けないでね、と事前に忠告した為、セリカが自分の過去を語って聞かせている間は、ソフィアが口を挟むことはなかった。  
 彼女は表情を変えずにセリカの語りに聞き入っていたものの、所々でソフィアの雰囲気が変わるのは嫌でも分かった。  
「…………ラケルさま、が……」  
 やっぱり、ね。  
 と、ソフィアの口から出た単語にも、セリカはさして驚くことはなかった。  
 最初にラケルの名前を出した時、それに、ラケルの末路を伝えた時。  
 その二度だけ、ソフィアの碧い瞳が一瞬開かれたのを瞥見したのだ。  
 聞きたいこと、言いたいことが沢山あるけど(それはお互いにかしらね)、先ずはおねえちゃんの話からにしましょうか。  
「ラケルさん、ってことは、あなたはあの方と面識があったのかしら?」  
 童顔に艶やかな笑みを湛えながら、セリカは率直に訊ねた。  
「はい……幼い頃、祖父に伴われ、ホロフェルネス王国を訪ねたときに……」  
 よく覚えている。たしか、六つの頃だ。  
 ここ、エベド・メレク公国とは対照的な、都会的な国だった。  
 竜牙戦士団と聖華女戦士団を擁する軍事力は、当時、大陸において有数なものであった。  
 高名な剣士たるソフィアの祖父コルネリアスは、直ぐに聖華女戦士団の長・ラケルを拝することができた。  
 今となっては納得しかねるが、なぜ容易に生面が実現したのか、ソフィアは頭を回転させてみた。  
 …………いや、今更考えたところで正確な答えが導き出されることはないだろう。  
 コルネリアスの過去は、ほぼ全てが謎に包まれているのだから。それより……  
 あの時、ラケルさまが仰せられた言葉を、ソフィアは一字一句違えなく、忘れることが‘出来なかった’のだ。  
 
「ほう、良い目をしているな。君はこの先、大陸を……いや、世界を変える程の力を得るであろう。その時、君は…………」  
「ラケル、酔狂もその辺にしておけ」  
 君は――なんと言おうとしたのだろうか?  
 台詞の先は、祖父の無味乾燥な意志に遮られる形で、聞くことは叶わなかった。  
 あるいは、それは彼の言うとおり、ラケルのただのきまぐれだったのかもしれないが……  
 しかし、なんにせよ断定されてしまったことに、当時のソフィアはいたく衝撃を受けたものだ。  
 しかも、この大陸に及ばず、世界とは……  
「ふーん……私達が亜族の軍勢から襲撃を受ける前の年に、あなた達はホロフェルネスの地を訪れたのね」  
「ご、ごめんなさい」  
 ソフィアの口から、思わず詫び言がついて出た。  
 何となく、無力な自分に罪悪感を覚えたのだ。仕方の無いことだとは理解しているものの……  
「べつにいいわよ。あなた達が悪いわけじゃないんだし。ま、でも結局おねえちゃんの予言というか、先見の明はまさしく当たってたってわけね」  
 稚い顔についた碧眼を薄く開きながら、微笑を湛えていうセリカ。  
 …………おねえちゃん?  
「あれ、セリカさんは、ラケルさまの妹なんですか?」  
「え? あぁ、ごめんごめん、違うわよ。ただ、小さい頃からずっとそう呼んでてね。実の姉妹みたいに、仲良くしてもらってた」  
「そう、なんですか……」  
「あ、別にそんな気遣わなくてもいいわよ。大事なのはこれからでしょ?」  
「……はい」  
 ポニーテールを乗せた頭をやや俯かせ、碧いまなこを瞑して首肯するソフィア。  
 普通に考えれば、セリカが過去遭遇した惨事についての責任など、ソフィアには全くない筈だが……  
 セリカは、ソフィアのやや暗澹とした表情を眺めながら、ふうとため息を吐く。  
「はいはい、じゃあ次の話に移るわよ。あの後判ったこと、それにこれからすべきこと、二人でじっくり話し合わなくちゃならないんだから……」  
 こんなことで、いちいち陰鬱な雰囲気を醸し出されてはたまったものじゃない。  
 まだまだ話さなくてはならないこと、それに何より、これからやるべきことは山ほどあるんだから……  
 
 その頃。  
 要塞都市ケインズウェルの入り口となっている巨大な正門が、東雲より差す淡い朝朗けの陽に照らされている。  
 ……と、門の前で、なにやら不穏な動きがあるようだ。  
「んっ…………やっ、やめてよぉ……こんなこと知れたら……」  
「いいじゃんよ退屈なんだし。それに今の時間、誰も来やしねーよ」  
 考えられないことに、門兵の二人が行為に及ぼうとしていた。  
 そもそも何故、正門に男女一人ずつが割り当てられているのかというと、一言でいえば様々な状況に対応するためだ。  
 何しろ、亜族の大多数は人族の男に対して圧倒的な強さを発揮する。  
 かといって、門番が女だけでは心細いし、何より、敵は亜族だけとは限らないのだ。  
 だというのに、この二人は……  
「おっ、何だよレナ、もう濡れてるじゃん。だいぶごぶさただったし、もしや自分でもやってねーの?」  
「おねがいレックス、言わないで……」  
 サーコートの下にチェインメイルを着た、世辞にも美形とはいえない男兵――レックスが、彼とは対照的に可愛い女兵――レナを、後ろから攻めたてる。  
 既に外されたターセット(腰当て)の下の、丈はひざの上までのプリーツスカートをまくり上げ、白布の上から指をなぞらせていた。  
 
「あふっ……ねぇ、後でしてあげるから、もうやめよう? ……いくらなん、でもっ、んっ! こんなとこでやっちゃ、あっ……!」  
 実は彼ら、男女の関係である。  
 上層部にそれが割れていれば、二人が組まされることは確実になかっただろう。  
「いいだろ別に。クソ忙しくてなかなか会えねーんだし、今やらずにいつやんだよ?」  
「……あさっての休隊日」  
「……あー、もう無理。我慢できない」  
「ちょっ、やだ……あぁっ!!」  
 レックスは体を沈ませ、レナの股間部に顔を近づけ、猥音をたて始めた。  
 門を背にしながら、短めに揃えた金髪を微かに揺らし、瞑目したおもてで天を仰ぎあえぐレナ。  
 当たり前だが、これでは全く門番としての役割を果たせない。  
 そして不運なことに、この日に情事に耽ってしまったためにケインズウェルを惨事に陥れてしまうのを、今の彼らに知る由も無い……  
 ケインズウェルの周辺に広大に拡がる草原。  
 朝日に照らされた景色もよく、ある意味、青姦すると二重に気持ちいいのかもしれないが。  
 ――何か大きな影が、淫楽に溺れるふたりの遥か遠くで、不穏な動きを見せ始めた。  
 だが、野合する彼らに、その動向に勘付く気配は無い。  
 大きな影は、一歩、また一歩と、ケインズウェルに接近してくる。  
「あはっ! あんっ! やだぁ……だめっ、だめぇ!! イっちゃうよぉ……」  
 慣れた舌使いで最も敏感な突起を優しく舐めあげられ、右肩上がりで迫る快楽に、自然と甘やかな嬌声が洩れる。  
 愉悦に浸るその顔は、眼を瞑していて、当然自分達に迫りくる‘何か’の存在に気付きそうにはない。  
 淫事に夢中になっているレックスも、門の方へ顔を向けているため、やはり全く気付きそうにない。  
「――やっ! イく!! あっ、あん! はんっ!! はぁっ!! あぁっ!! ふあぁぁぁぁ…………!!!」  
 淫声が途切れると、ちゅぷちゅぷと舌で探っていた膣内から、愛液が噴き出した。  
 びくびくとカラダを震わせ、至高の快感に顔が歪んでいる少女を上目使いで眺めながら、顔に無色の液体を受ける青年。  
 ほんと、コイツってばかわいーよなー。彼女に出来たの、奇跡だろ?!  
 などと、レックスは自分によく分からない問いかけをしてみた。  
 ……虚しいだけだったので、今度は自分も満足しようと、下半身に手を伸ばす。  
「はぁ……はぁ……はぁ…………」  
 レナは、恍惚としたおもてを斜め上空に向け、余韻に浸りながらうっすらと双眸を開く――  
「…………えっ?!」  
 いっそ知らないままの方が良かったのかもしれない。  
 視界に飛び込んできた数匹の青い亜族に、悲鳴を上げる間もなかった。  
 次の瞬間には、火矢の如く飛来した数多の触手が、しゃがみこんで下半身に手を伸ばす青年の全身を貫いている。  
「……!!!」  
 一瞬にして絶命した青年の血を浴び、レナの目色に深い闇が含まれる。  
 地面を踏み鳴らし、総毛立つ身体に渇を入れると、左腰に帯びていたバスタードソードを両手に持ち、脚と共に駆った。  
「やああぁっ!!」  
 何も考えず、眼前の人型の亜族を薙ぎ払う。  
 が、厚い刃を有するこの剣を、青い亜族は手から伸ばした触手で難なく受け止めた。  
 
「…………え……」  
 ありえないといった表情と声を剥き出し、両手で横薙ぎにしようとした状態で静止してしまう。  
 目を瞬かせる間さえもなく、あっというまに触手の群がレナに雲集した。  
「ひっ…………ぃ、あ……」  
 あまりの恐怖に、声を洩らすことすら殆ど叶わない。  
 黒い人型の中位亜族が、単に青くなっただけ――といった見目の彼らは、視姦亜族と呼称される者達だった。  
 人族の男、そして‘抵抗してくる女’に絶大な強さを発揮するが。  
 自涜に及ぶ女を見ると、中位亜族にはない自らのモノを擦り始め、達すると同時に文字通り昇天する。  
 残念なことに、レナはそういった知識がない。  
 だが、彼らの特性は知らなくとも、これから自分がどうなるかは何となく察することが出来てしまう。  
「っは……あが…………」  
 全身をきつく緊縛され、うめく。  
 装備を次々に剥かれて乳房が露出し、脚を強引に開かされプリーツスカートがたくし上げられた。  
 露になった純白の下着に一本のぬめった触手が迫り、布越しにクリトリスを愛撫する。  
「いっ!! …………はっ、あっ……あぁぁっ!!」  
 先ほど達したばかりだというのに、飽いることなく身体は火照り始めている。  
 これは、触手に付着している粘液に催淫効果がある為だ。  
 再び味わう快感に、あどけない顔を歪ませ、求めるかのように舌を出してしまう。  
「はぁ、あん……嫌ぁ、あぅ――ふぁっっ!」  
 突如、秘処を覆い隠していた白布を破られ、さらに膣内への侵入を許す。  
 ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が繰り返され、迫りくる快感も尋常ではなくなってくる。  
「あん、はん、ぅんっ! あぁん!! やん!! はぁっ、ああぁぁぁぁっっ!!!」  
 レナは我を忘れるほどにあえぎ、ぎゅっと目を閉じ陶酔した表情はひたすらに淫楽を求めていた。  
「やっ!! あっ!! だめっ!!! イッ……く…………」  
 カラダの奥底から呼び起こされる絶頂に、強く歯を食い縛り、そして――  
「はぁぁあああぁんっっ!!!! あぁぁんっ!!! あぁん!!! あん!! あぅ、あぁ……………………」  
 意識が飛ぶほどの気持ち良さが二度、三度とレナを飲み込み、華奢な肢体を小刻みに震わせた。  
 未だ触手が蠢く陰部から、白濁液が吹きこぼれ、辺りに散る。  
「あぁっ……はぁぁ……はぅ……」  
 レックスにイかされた時よりも満足げに、深い余韻を味わう瞳は、焦点が合わず何処か虚ろである。  
 レナは、最後には陶然とした感覚のまま、亜人へと墜ちていった――  
                                              FIN  
 
 

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