†意識侵食 五話†  
 
 ソフィア、あなたの聖剣「フルンティング」を見せて貰えないかしら? ……ありがと。  
 やっぱり、「宝翔石[ほうしょうせき]」はついてないみたいね。  
 ……って、もしかして知らないの?  
 ――そう。まぁ、別にいいわ。  
 宝翔石――略称して「宝石」ってのはね、「身翔器[しんしょうき]」に付けることでその力を最大限に引き出す――つまり、‘必翔技[ひっしょうぎ]’を行使できるのよ。  
 「身器」単体でも十分強いんだけど、強い亜族を倒すならひちゅじゅ……ひ、ひつじゅひんってことなの。  
 ……ちょっと、笑わないでよ。  
 身器と宝石は二つで一つになってるから、決まった組み合わせ以外は……え?  
 それが分かれば苦労しないわよ。とにかく、情報を集めたり、遺跡や坑道に潜るなりして探すしかないわ。  
 まあ、ある程度の数、何処に在るかの目星はついてるけどね。  
 でもね、ひとつ問題があるのよ。  
 身器に宝石を取り付けるのは、鍛冶士じゃないと出来ないってこと。  
 しかも、今それが可能なのは、この大陸に一人しかいないらしいのよね。  
 ……うん、ほんと、探す物だらけ。大変かもね。  
 ――「かもね」じゃない? んー、まあ確かに‘かも’は、普通の人なら言わないんだろうけど。  
 あ、そういえばあなた、発ってからどのくらいになるの?  
 ……え? まだそれしか経ってないの?  
 ってことは、上位亜族はおろか、中位亜族にも遭ってない、と。  
 私とは実戦経験が文字通り天地ほどの差があるってことね。  
 ……まあ、経験だけ積んだところで、歯が立たないと意味ないんだけどね。身器を持たない私じゃあ、上位亜族を倒せないし。  
 倒せなくても……と、これはまだ話してないわよね?  
 私の過去を話した時に分かったかもしれないけど、私、亜人なの。  
 なんで意識を保てるのか、ってのは、私も聞きたいわよ。聞きだした後、消すけどね。  
 ……ま、それはそれとして。  
 これからどうするかっていうと――  
 
 ドオォォォン!  
 
 響き渡る轟音が、ソフィア達の会話を途切らせた。  
 大地震の如き衝撃に部屋内では物が落ち、ふたりが乗っている天蓋付きベッドを揺らした。  
「っな!? なんですかっ!!」  
 辺りをキョロキョロと見回しながら、ポニーテールをなびかせ少しうろたえつつ叫ぶソフィア。  
 助かったことに、思ったほど焦ってはいないようだ。  
「…………重量のある亜族が、この町に降り立ったということでしょうね。私達の出番よ」  
 僅かに呆れた様子で言うセリカ。  
 驚いたんだろうけど、ちょっと考えれば分かるでしょうに。  
「上位亜族じゃなければいいんだけど……」  
 
 ―☆―☆―☆―  
 
 要塞都市ケインズウェルが衝撃に揺れる、少し前。  
 ――門兵のふたりが殺され、或いは犯された後のこと。  
「ふあぁぁぁ…………退屈だなぁ、フィオナ」  
 ややつまらなそうに、しかし愉楽を感じさせる声色の主は、間違いなく年を食った者特有の重さがあった。  
 つるりとした自身の頭を撫でながら、門兵の詰め所にいる唯一の話し相手――フィオナを、好色そうな目付きで眺めている。  
「た……確かに退屈ですねぇ、ケヴィンさん」  
 心なしか、いやいや返答に応じているようにも聞こえる少女の声は稚[いとけな]い。  
 金色のセミロングヘアの前髪を両頬に垂らしたあどけない顔立ちは、整ってはいるものの非常に鋭い目付きが特徴的である。  
 すっかり明け渡った頃合い。門兵の交代の時間だった。  
 はやく戻ってこないかなぁ、レナさん達……  
「ところで、フィオナは彼氏とうまくいってるんか? 色んな意味で」  
 また、この人はこういうデリカシーの無い質問を……  
 まだ成人を迎えてないフィオナに、下世話とも思える問いを発するスキンヘッドの男――ケヴィン。  
 それも最後の一言が無ければまだ良いんだけど……と呆れたフィオナである。  
「……いないのを知ってて聞いてるんですか?」  
 少しばかり強い口調で返してやった。  
 あんまり調子に乗らせると、勘違いしそうで困る。  
「あら、そりゃ失敬。でも、もう十九だろう? 早く結婚して、子供を作ってもらわんと。この国の未来を憂いたく……」  
 セクハラなのか、真剣に話しているのか、どうにも判断に困る。  
 後者だとは思うのだが、実際問題フィオナ自身はまだ気が早い話だと考えているので、適当に聞き流すことにした。  
「俺の娘もちょうどフィオナと同じ年頃でなあ。畑仕事や家事を一生懸命にやってくれるのは嬉しいんだが、彼氏が出来ない。  
 俺としては早く所帯を持ってくれた方が助かるんだが、どうも本人にそのつもりが無いらしくてな。  
 しかも俺が帰る頃、夜中には酒場に働きに出てるから顔合わせの機会も少ないときた。  
 よっぽど働くのが好きなんだなと関心するべきなのかも分からんが、父親としては複雑な気持ちだぜ。  
 普通、フィオナくらいの年頃になると、色々と持て余すものだろう? あいつは結構美人だし、言い寄ってくる男もいるはずだ。  
 それをおくびにも出さずやってるんだからなあ。親としては文句なんて言えない。困ったもんさ」  
 …………なんとなく、ケヴィンさんの娘さんの気持ちがわかるわ。  
 たぶん、酒場に彼氏がいるんでしょうね……たぶん。  
 会えない時は寂しいかもしれないけど、好きな人に会えるって気持ちがあるから頑張れるんだろうなぁ……羨ましい。  
「俺は早く孫の顔が見たいぜ。あいつ結構大人しいから、デキるのは大分先になるだろうなあ」  
 ……ケヴィンさんは全く気付いてないみたいだけど。  
 普通、夜中に酒場で働くような娘に、男がいないほうがおかしいとか思わないのかしら?  
 大人しいってのも、親の前だからこそよね。  
 夜はきっと彼氏の上で……って何考えてんのよあたしも。  
「……むう、もう頃合いだな。行くとするか」  
「はい」  
 壮年も峠の男に凛とした返事をし、少女は後に続いた。  
 正門の前へと続く扉を開ける。  
「交代だぞー……っ!!」  
 ――文字通りの、奇襲。  
 ケヴィンは、照らされると予想していた早朝の陽光ではなく、それを遮る何者かの影に覆われていた――一瞬だけ。  
 宙から舞い降りた襲撃者が地面に降り立つ。  
 
 亜人だ!  
 それも、レナ。  
 触手を振りかざして襲い掛かってくる元同僚の攻撃を、冷静にさばくケヴィン。  
 数本の触手を斬られながらも向かってくる亜人に、ケヴィンも容赦ない斬撃を浴びせる。  
 ザンッ!  
 迎え撃つ形で横薙ぎの一閃を放ち、レナだった亜人の首が血弧を描いて吹っ飛んだ。  
 情けはない。  
 亜人となれば助かるすべはなく、女性に大して凶暴なのだ。男が殺らねば、誰が殺る――同僚といえど、亜人と化せば彼にとっては敵なのだ。  
 そして、彼はすぐさま後ろに振り向いた。  
 この周辺に亜族がいる――早急に伝えねばならない。  
「おい、フィオナ! 亜族……がっ!」  
 全くグズグズしやがって。まだ詰め所の中にい――あたりを最後に、ケヴィンの思考は途切れてしまっている。  
 くぐもった呻きと共に、その場にくずおれる壮年兵。無数の触手が、ケヴィンの全身を貫いていたのだ。  
 鉄製の鎧など、男に対して凶暴化する亜族の前では紙に等しい。  
 ――と、正門側の詰め所の扉がガチャっと開かれた。  
「すいませんっ。実は剣帯…………ひっ!!」  
 少女は、用意しておいた言い訳を述べようといきおいよく出てきたのに、その相手である壮年の男は眼下にいた――死体となって。  
 しかも、ややあって視線を眼前に移せば、青い人型の亜族に包囲されているではないか。  
「…………っく…………うぅっ……」  
 瞬時の状況判断力に優れたフィオナ。  
 碧い眸から涙が伝う――が、彼女は泣きながらも行動を起こしている。  
 そう、自ら装備や衣服を脱ぎ始めたのだ。  
 既に門兵三人を手にかけた「視姦亜族」と呼称される彼らは、人族の男と‘抗してくる女’に絶大な戦闘力を発揮する。  
 が、人族の女の自慰行為を見ると、自らの陰茎をしごきはじめ、達すると共に文字通り昇天してしまうのだ。  
 とはいえ、屋外で自涜に及ぶなど、分かっていても羞恥心で中々出来ることではない筈だが……  
「………………ケヴィン……さん…………」  
 ――別に、あの人が特別好きだったわけじゃない。  
 齢だって、自分の倍を遥かに凌駕するほど離れている。  
 だが、今まで彼女はケヴィンに散々世話になり、そして迷惑をかけてもきたのだ。  
 彼はそんなフィオナを、激励することはあっても叱声を飛ばすことは一度も無かった。  
 「気にすんな」「大した事ねーよ」……そんな彼の言葉が、どれほどフィオナに影響をもたらしたか、彼自身は知っていたのだろうか?  
 ……いま、フィオナは、胸に巻いた白いさらし布と、秘処を覆う白い下着のみの格好になっている。  
「フシュウゥゥ…………」  
 正門前に佇む金髪セミロングの少女を、五匹ほどで包囲している視姦亜族達は興奮気味だ。  
 すでに全員手がモノを握っており、臨戦態勢は万全といったところか。  
 フィオナは、完全に上気した幼さの残る顔を下に向け、ゆっくりと、双眸を閉ざした。  
 ……おとうさん、おかあさん、フローラ…………それに、ケヴィンさん。こんなコトに及ぶ私を、どうかお赦しください……  
 ――起立する少女の右手が胸に。左手が股間に。それぞれ伸ばされる。  
 白い布越しに、自らの胸を、秘所を、優しく愛撫する。  
「あっ……は…………っ」  
 あどけない、それでいて色のある途息が洩れる。  
 彼女も、覚えたての頃――十四歳の時は、親の目を盗んで週にニ度は自慰行為に耽っていたのだが。  
 十八歳で剣士隊に入ってからは、忙しさで体力的にきつく、多くても月に一回が限度だった。  
 
 今しているのも二ヶ月半振りであるが、性欲が薄くやや不感症気味の彼女は、視線を意識すると本来の乱れ方を露にすることなど出来ない。  
 ――とはいえ、溜まっているのは事実だが。  
「……ぁふっ、ン……あはっ、ぅっあ! ……あぁん!」  
 自らの肢体を攻め立てる手の動きと途息、喘ぎが、徐々に激しくなってゆく。  
 右手で胸の突起を弄り、左手で下の突起を擦る手つきは、ブランクを感じさせないほど手慣れたものがあった。  
 視姦亜族達も、そんなフィオナを見て気分を昂ぶらせ、腰を振ってモノを擦っている。  
 ――と、フィオナはふいに胸を覆っていたさらし布を捲り上げた。  
 小さな胸があらわになるのもつかの間、少女自身の掌によって覆われ、歪んでしまう。  
「あぁんっ! ……っふ、ぁ……はん! あン! ……んぁっ、あはぁっ、はぁぁあんっ!!!」  
 そそられるような嬌声に混じり、彼女の陰部からくちゅくちゅと淫猥な水音が発されていた。  
 いつのまにか下着に手を忍び込ませ、直接秘所を攻め立てていたのだ。  
 白布の股間部は明瞭に染み出しており、透明の液体が内股を伝い流れ出ている。  
「あンっっ!! やっ! あっ! はぁぁ…………いい……いいよぉ……っ!!!」  
 もはや羞恥心も理性も忘却の彼方だ。  
 陶酔しきった表情の彼女は、ただひたすらに快楽の頂を目指し、ぐしょ濡れの秘所を更に探り擦っている。  
 その様子を眺めながら行為に興じる視姦亜族達も、上下に動く速さにスパートをかけていた。  
 
 ――という状況だったので。  
 フィオナが、視界の彼方の普天から、ゆっくり迫りくる巨大な‘それ’に気付かないのも、無理はなかった。  
 
 ―☆ー☆ー☆―  
 
 ズゥゥウウウンッッ!!!  
 巨大な影は、何の予告も無く、天空より瞬時に降り立った。  
 要塞都市ケインズウェルに。  
 ‘それ’が着地したのは、町の中央の、十字路と呼称される所の中心部――噴水である。  
 早朝とあってか、幸い噴水付近に人は無く、死者は出なかったが。  
 しかし、‘それ’の巨躯に押しつぶされた噴水は、壊されたのだろうが、全く水が洩れ出る気配が無い。  
「な、なんだっ?! どうした?!」  
「……あれは……竜?」  
 噴水より少し離れた場所にいた人々、または家から出てきた人々が、‘それ’を視認するなり驚嘆と恐怖がないまぜになった声を上げる。  
 ――視姦亜族は、囮だったのだ。  
 見張りである門兵に報告されないよう気を逸らし、自身は上空からゆっくりと都市の外壁を超え、内部から蹂躙する。  
 それが、竜の外見と人の知性を併せ持つ‘それ’――上位亜族の考えだった。  
 ふいに。  
 上位亜族の背――鱗の部分が、八つに割れた。  
 ぱっくりと開いた穴から、植物のような、気持ち悪く蠢く蔓[つる]が立ち昇ってくる。  
「あ、あれ、は…………」  
「に、逃げろっ!! みんな、にげろーー!!!」  
 そこに居合わせた十数人の男女に関しては、もはや不運と言うほかない。  
 飛矢よりも遥かに疾く襲来した蔓のごとき触手に、男は背を貫かれ絶命し、女は肢体を捕らえられる。  
 
「があ゛っ……」  
「やっ……きゃあああ!」  
 四肢を拘束された八人の女性――または少女は、すぐに衣服を半脱ぎにさせられ、波打つように動く触手に肢体をもてあそばれる。  
 ある者は、強気に抗するも最後には快楽に抗えずに墜ち。  
 ある者は、攻め立てられる前に失神し、意識を失いながらイかされ。  
 ある少女は、味わったことのない感覚を強引に呼び起こされ、頂に達したあと永遠に目覚めることはなく……  
 
 ―☆―☆―☆―  
 
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
 陽光のもと、二人の少女が、殺風景な石造りの家の間を全速で走っていた。  
 向かう場所は、十字路の中央。  
 まさか、こんなところにまで上位亜族がいるようになってしまったの? だとしたら、猶予はあまりにも……  
 二つに結った髪を揺らしながら駆ける童顔の女性――セリカは、憂慮に身を震わせていた。  
 あんまりうかうかしていると、ハスター打倒どころの話じゃないわ。  
 火急に仲間と、「宝石」・「身器」を集めなければなんないわね……  
 ポニーテールをなびかせながら疾駆する少女――ソフィアは、明瞭に物憂げな表情のセリカを見て、声をかけようか迷った。  
 しかし、喋りかけることはなかった。  
 十字路中心部に、もう寸前のところまできていたからである。  
「!! あ、あれは!」  
 ソフィアが叫ぶ。  
 やっぱり、か――これは、セリカの心の中で呟く癖になっていた。  
 彼女らの視界に最初に映りしは、人々を蹂躙する竜だった。  
 既に剣士隊が抗戦にあたっているようだが、まるで歯が立っていない。  
 男は竜――上位亜族の蔓に貫かれ命を散らし、女は亜人に殺されるか、犯されて亜人にされるかの二択だった。  
「っ! この……」  
「待ちなさい!」  
 いきりたって突っ込もうとするソフィアを、セリカがいつになく強い声色で静止する。  
「なんでそんなに落ち着いているんですかっ!」  
「何言ってるの。考えも無く突っ込んだところで、今の私達じゃ上位亜族には敵わないわ」  
 正論だった。  
 むろん、それはソフィアも理解している。  
 だからといって、このまま指をくわえて見ているだけというのは、ソフィアにとっては自分が犯される以上に嫌なことなのだ。  
「っ……じゃあ、どうすれば……?」  
 悔しさを堪えながらも、素直に訊いて来るソフィア。  
 ……ふふっ、いい子ね。  
 セリカは、ほんの少し悪戯っぽく微笑んだ。  
「じゃあ、良く聞きなさいね……」  
 
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
 肩と太腿を剥きだしにした白いレオタードに身を纏った少女・ソフィアは、薄暗い空間にある木造りの階段を駆け上っていた。  
 石造りの物見櫓[やぐら]の内部である。  
 セリカの提案はこうだ。  
 
「いい?  
 間単にいうなら、私が囮になって、あなたが‘あれ’にトドメを刺すのよ。  
 上位亜族の皮膚は、「身器」じゃないと貫けないわ。  
 まだ「必翔技[ひっしょうぎ]」は使えないけど、上位亜族なら、急所を貫けば倒せる筈よ。  
 急所は……頭頂部にある一本角の上辺りね。  
 あなたは櫓[やぐら]の頂上に辿り着いたら、聖剣をきらめかせて合図して。  
 そうしたら私が突っ込んでくから。  
 でね、あなたが‘あれ’に刃を立てるのは、私が捕まってからにしなさい。  
 亜人には私の正体は割れてないけど、上位亜族にはお見通しだから。  
 ……気にしないで。  
 私はもう亜人。犯されても大丈夫なんだから。  
 バレて殺されたら、だいじょばないけど……  
 さ、行きなさい。  
 この程度の相手が倒せないようじゃ、先が思いやられるわ……」  
 本当に大丈夫なのかなあ……  
 セリカの提案を聞いた後も、また今も、ソフィアは自問自答していた。  
 彼女を疑いたくはない……いや、どちらかといえば疑っているのは自分自身だ。  
 「薄霧の森」で、突如として力が抜けてしまい、亜人に墜ちそうになったことを引き摺っているのだ。  
 ――これが、セリカの見落としだった。  
 セリカは「フルンティング」の弱点を認識しているが、当然ソフィアもそれを知り得ているものだと思い込んでしまっている。  
 ソフィアは分かっていない。太腿か肩を触れられると、一時間ほど完全に脱力してしまうことに。  
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
 ようやく、櫓の頂上に辿り着いた。  
 東陽が射し、四方の石柱に支えられた警鐘が、フィオナの頭上にあった。  
 石柱の間から眺望できる、あまり良いとはいえない要塞都市の景色。  
 見晴らしは良いものの、西側のみ、巨大な何かが遮っていて見えない。  
 ――竜、いや、上位亜族だ。  
 約五十歩ほどの距離に佇んでいる‘それ’は、自らの身体は全く動かさず、開いた背――鱗から出る植物触手に全てを委ねている。  
 男は殺し、女は犯され、家々を次々破壊してゆく。  
「セリカさんっ! 早く、早くしないと……あ!」  
 いた!  
 ここからは小指の先ほどの大きさにしか見えないが、上位亜族を遠巻きに眺めるセリカがいる。  
 すぐさま、背の剣帯にある聖剣「フルンティング」を抜き放ち、石柱の間から突き出す。  
 聖剣よ!  
 念じると、太陽よりも鋭いクリアな青い光が、セリカをスポットライトのように映し出した。当然、上位亜族に及ぶところではない。  
 二つに結った金髪を童顔に飾った美少女、いや、美女はソフィアに向けてウィンクした。ソフィアも少々ぎこちない微笑で返す。  
 双方とも目が良いので、大きく離れているにも関わらず、相手の顔をしっかり視認可能なのだ。  
 ダンッ! と、セリカが地を蹴った。  
 疾い! 確実にソフィア以上の脚力を有している。  
 まるで風を駆るかの如き疾走ぶりに、ソフィアも瞠目せざるをえない。  
 チュニックとタイトミニという軽装を生かしているようにも思える。  
 亜人を見向きもせず、また見向きもされず。一直線に上位亜族のもとを目指すセリカ。  
 三十…………二十……十――  
 
「……えぇっ?」  
 頓狂した声を上げたのはソフィアだ。  
 とどまるところを知らないセリカの疾駆速度は、上位亜族に‘ぶつかる’ことでようやく‘止まった’ようだ。  
 ――都市中に、低く重い咆哮が鳴り伝った。  
 なんと、セリカの双剣が、鱗の開かれた部分に突き立っていたのだ。  
 瞬間。  
 堰を切ったように、植物触手が粘液を撒き散らしながらどばっと飛び出し、セリカに殺到する。  
 ソフィアの視界から、あっという間に姿を失してしまった。  
 今しかない!  
 セリカを案ずるならば、行動を起こすほかない。一瞬の迷いを振り切り、ソフィアは櫓[やぐら]から身を乗り出し。  
「やぁああっっ!!!」  
 ダンッ、と。白い身体が、眩しい陽を受け飛び立った。  
 跳躍力は、人のものではない。むろん、聖剣の加護に因るものである。  
 白刃を上段に掲げ、弧を描いて上位亜族の後頭部に接近していく。  
 巨躯の竜は、セリカを犯すのに夢中になっている。服を剥がれ、蔓で肢体を弄ばれているにも関わらず、彼女の表情には余裕が感じられた。  
 そんなセリカを見て、ソフィアも安寧を覚えた。  
 ――が、それが仇になったのか。  
 上位亜族の後頭部に着く寸前、ソフィアに触手が迫ってきたのだ。  
「くっ……」  
 両手で上段から聖剣を振り下ろし、払い、迎撃する。仕留めそこなった一本の蔓が、右足首に巻きつく。  
 平衡を失いよろけながらも、右手に持った白刃を駆り、蔓を断つ。  
 そのまま竜の頭頂部に降り立つと、やはり触手が殺到してきた。  
 さばききれる量じゃない!  
 思いながらも、冷静に全身を暴れさせ、その殆どを斬り払っていった  
 と、斬り損ねた触手が左腕に巻きつき、肩に達した。  
 ――その時だった。  
「っ?! …………あっ……!!!」  
 また、だ……  
 何故か、ソフィアの全身から聖剣の加護が失われた。そればかりではなく、自身の力さえも脱してしまい、「フルンティング」を手放してしまう。  
「なん……で……」  
 視界が霞む。まるで、ソフィアの未来を表すかのように。  
 無力となった少女を、触手はゆっくりと拘束し始めた。無理矢理に脚を広げさせられ、両手を頭の上で組まされる。  
 ――次の瞬間。  
 ソフィアの視界に映されたのは、触手ではない。人族の手そのものだった。異常にべとべとしていて、嫌悪感を呼び起こすには十分すぎるものだった。  
「……ひっ! …………い……」  
 もはや少女の頭の中は、恐怖で埋め尽くされてしまった。  
 抵抗できずに責め続けられ、果ててしまうのは、死と同義なのだ。  
 そんな彼女をなじるかの如く、手形の‘触手’がソフィアの肩に伸びる。  
 首に巻きついた白いレオタードの布地を引き裂き、ずりおろす。  
「……!!」  
 
 程よい大きさの双丘があらわになり、顔に朱を差して歯噛みするソフィア。  
 ――と、いつの間にか‘触手’は二本に増えており、その片方が今度は下半身の方へと向かっていた。  
 粘液のついた手が、二本指を立て、おもむろに股間部の布をなぞり始めた。  
「あぅっ!! ……んっ……っ?!!」  
 嬌声もそこそこに、ソフィアの表情は驚愕に満ちる。  
 どういうわけか、股に食い込んだ白布の一部が、幻のように消え去ってしまったのだ。  
 陰部がほぼ完全に見える状態になったのである。そして――  
「っひゃ!! ……はっ、あぁっ! あん! あぁん!」  
 稚い喘ぎ声の旋律が、すぐに奏でられてくる  
 片方の手が乳首を摘み、片方の手が秘処の中を探り始める。  
 ぐちゅぐちゅ響き渡る淫音とともに、愛液が垂れ出してきた。  
「やぁっ!! ……んっ、くっ、ふっ……あぁぁあんっ!!! はあぁぁ…………」  
 ずん、ずんと波打つような快楽がソフィアの肢体を駆け巡り、脳内はすでに頂を目指すようになってしまっていた。  
 ――ずちゅ、と、手が突如抜かれた。真打登場である。  
 代わりに出てきたのは、濃い緑の太い触手。  
 だが、異様なまでの微震動を絶え間なく繰り返すものだった。  
「ひぐっ! …………やっ……いや、ぁ――っっっ!!!!!」  
 挿入の瞬間。  
 ソフィアは電流を奔らされたかのように肢体を大きく仰け反らせ、声にならない悲鳴を発した。  
 が、無情にも彼女に休む間も与えられず。間も無く、ピストン運動が行われた。  
「ひぎっ!!! ……いっっ!! あ゛!! ひゃあぁぁあんっっ!!!」  
 貫かれたかのような快楽。  
 達しないのが不思議なくらいだった。  
 ぐちゃぐちゃな恥部から愛液をほとばしらせ、愉悦と苦痛が混ざった表情は思い切り歪んでいる。  
「あっ!! あっ!! あぁっ!! はぁぁぁあはっっ!!! んあぁ゛ぅっ!! 超えちゃっ……」  
 限界点がどこかすら分からない。  
 ――それが幸いしたのか。  
 突如として、それは起こった。  
 
 天上より、脳天を突き抜ける透き通った快音が鳴る。  
 光だ。  
 上位亜族とソフィアが蠢く遥か上空に、真っ白い光が集束している。  
 全く眩しさを感じさせないその光源が。  
 落ちた。  
 命中した――上位亜族に。  
 一瞬の硬直後、竜の巨躯は、光に包まれるように消失してしまった。  
 その全てが、あまりにも短い出来事で。  
 解放されて地に落ちるソフィアの身体が、何故かふわりと地面に着く。彼女は呆けていた。  
 セリカは、未だに恍惚とした表情を張りつけたままだ。  
 そんな状態なものだから、二人とも、一つの小さな影が歩み寄ってくるのに、全く気付かなかった―― FIN  
 
 

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