ほほをなで回す君の指に、私は恋をしたんだよ。  
 視力を失って自暴自棄になっていた私に、生まれたときから見えなかったと呟いた君の言葉はとても苦しかったんだよ。  
 だから、あの時は恥ずかしくて、嫌われたと思ったのさ。  
 ふふっ……、まあ君は目が見えないことを、苦痛だとも特別だとも思ってなかったからね。  
 でも私は違ったんだよ。  
 幾度も口にしたが、イラストの仕事で、私の名前はそれなりに知られていたんだ。  
 けれど、視力を失った途端、私の周りにいてちやほやしていた連中はみんないなくなった。  
 だから、目が見えないだけで、私自身の価値はゼロになった、そう思ってしまった。  
 ……ああ。  
 そんなことはないと、今なら言えるさ。  
 君が隣にいてくれるからね。  
 はは、自分から振ってきたのに、恥ずかしがってる君は可愛いな。いや、スマン、悪かった、私が悪かったよ。  
 君が私に興味を持ってくれたことが、私の支えになってくれたんだ。  
 だから、ずっと、言いたかったんだ。  
 ありがとう。  
 君がいてくれて、本当に嬉しくて、楽しかった。  
 目を失ってから過ぎた日々こそ、私は本当の人生を生きてきたとそういえる。  
 だから、ありがとう。  
 君の幸せを、私は願っているよ。  
 
「……鬱陶しい映画だったわね」  
「そうか?」  
 視聴覚障害者にも楽しめるよう配慮された映画。  
 その音楽を任されたと言うことで招待された試写会から出たところで呟いた麗音に小首を傾げた。  
 大体、仕事を受けた時点で、どんな内容の映画かは聞いていたはずなのに、わざわざそんなことを言うのは、何となくらしくないと思う。  
「なにが、目が見えないだけで価値がゼロになった、よ。あんな言葉が出てくるなんてわかってたら最初からこんな仕事受けてなかったわよ」  
「ん? 映画に合わせて曲を入れてたんじゃなかったのか?」  
「あー、演出やってるのがさ、この曲弾いてくれ、あの曲弾いてくれって言うのに合わせて嫌々弾いてただけ」  
 そんなやり方は麗音らしくない。  
 けれど、それを問いただす気にはなれなくて。  
「でもさ、あの映画、最後のオチが強引すぎたと思わない? 別に話自体の数十年後が悪いって言うんじゃないけど」  
「まあ、確かにな」  
 それまであった状況説明のナレーションもなく、画面も黒一色で主人公の会話だけ。  
 しかも、相手と会話しているように見せてはいるが、当の相手の言葉が一切無い、  
まるで全ては無かったんだと言わんばかりのオチには、あまり良い印象が浮かばない。  
「大体、目が見えないぐらいで離れてくような連中は、他にどんなことが有っても離れていったに決まってるじゃない。  
なのに、まるで、目が見えなくなったことが諸悪の根源みたいに描かれるのってムカつくわ。ったく、マネももうちょっと仕事選んで欲しいわ」  
 こちらの腕に全身を預けてくる麗音の言葉に、ただ苦笑が浮かぶ。  
 あの事件で、臆すことなく堂々と糾弾した麗音は、そのピアノの腕と相まって、一躍時の人となっていた。  
 あるプロダクションに仮所属することになった麗音は、けれど、マネージャーと上手く言っていないとは聞いている。  
「けどだな、あのマネージャーさんも、お前のことを思って仕事選んでくれてると思うんだが」  
「あたしのことじゃなくて、あたしの商品価値の事を思っての間違いでしょ」  
 確かに、今回の障害者に配慮した映画の曲に、障害者を使っているとなれば話題性はあがるだろう。  
 その指摘は、だから的確で、小さくため息を吐いた。  
「ん?」  
「いやまあ、言いたいことを言うのは自由だが、あまり敵を作らないようにな」  
 麗音はただ自分自身の感情と技術に真っ直ぐでいるだけだと、解ってはいる。  
 けれど、その真っ直ぐさを許せない人間が、世の中には存在するのだ。  
 あの時、麗音を襲わせた女性のように。  
「別に作ってるつもりはないわよ」  
 不意に、口の端を上げてにやりと笑う麗音。  
「それに、あんたがいるもん。あたしはね、地球の全ての人間から嫌われたって、あんた一人が見ていてくれるならそれでいい」  
「……恥ずかしいこと言うんじゃない」  
 その思いが真実だと解ってはいる。けれど、あまりにも真っ直ぐすぎるのが恥ずかしくて。  
 鷹人は苦笑と共に強引に唇を重ねた。  
 愛おしさを言葉にする恥ずかしさを紛らわせる為に。  
 

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