「おい、右手押さえろ右手っ!」  
「何言ってる、両手纏めて縛っちまえ!」  
「足も固定してやりな!」  
 必死で抵抗するけれど、どこに誰が居るかも解らない状況で、しかも複数の男に押さえ込まれて、抗いきれるはずがなかった。  
 両手を高々と上げられた上で縛られ、両足は大きくわり開かれている状態で固定された。  
 それが悔しくて、猿ぐつわを噛み締める。  
「よし、これで動けなく出来たぜ。へへ、つーか、役得だよなぁ」  
「だな、あの西院を好き放題出来るなんて、あり得ねえ話だしなぁ」  
「へへっっ、この話を持ってきた俺に感謝しな」  
 周囲にいるのは三人の男。それを耳で聞き取るのと、同時に男がのしかかってくる。  
 さほど長いとも言えない人生の中、生まれて初めて盲いている我が身を恨んだ。  
 
 鷹人との休憩時間を利用して逢い引きする為に、いつものピアノ室に向かっている最中だった。  
 いきなり白杖を奪われ、怒鳴ろうとするよりも早く、猿ぐつわを噛まされた。  
 そのまま抱きかかえられて、どこかの教室に投げ込まれたのだ。  
 まさか、大学の構内でこんな無法な事をされるとは思ってもいなくて。  
 
「んじゃ、まずはこの無駄にデカい胸からだな」  
 襟元に手が入ってくる。  
 その手が滑っているのが気色悪くて、何とか身をよじった瞬間。  
「ーーーーっっっ!!」  
 一気にシャツを破かれた。そのまま乱暴にブラを引きちぎられた。  
 悔しくて、涙が浮かんだ事を自覚する。  
 何も映さない目に、それでも怒りを浮かべて相手の顔があるであろう方向を睨み付けた。  
「おい、こいつホントに目見えてないのか? 思いっきり睨んできてるぜ」  
「ダイジョウブダイジョウブ、単なる虚勢って奴だろ。性格悪ぃからな、こいつはよ」  
「違いない」  
 ゲラゲラと下品な笑い声を上げる男達。  
 それが悔しかった。  
 単に自分の実力に自信を持っているだけなのに、それを性格が悪いと言われるなんて、心外だった。  
 けれど、まともに考える事が出来たのはそこまでだった。  
「っっ!?」  
 いきなり、右の胸を力一杯握り締められた。  
 強烈な激痛に涙が零れ、喉の奥から音が漏れる。  
「へへっ、これくらいのデカパイなら、挟んでこするのも楽そうだよな」  
「おいおい、そりゃもっと後にしてろよ。まずはしっかり味わってからだよ」  
 その声と同時に、左の胸の先端に吸い付かれた。  
 吐きそうなほどの気色悪い感触。  
 身体を揺すぶって抵抗する事しかできないのが悔しい。  
 そう思うのと同時。  
「んんーーーーーーーーーっっっっ!!」  
 股間をこすり上げられた。  
 胸と股間から来る感触はただただ気色悪く感じるだけ。  
「へへっ、濡れてきてるぜ。襲われて感じるなんざ淫乱な証拠だぜ」  
 股間の方から聞こえてきた声に、怒りと悔しさを覚えた。  
 そんなのは、単なる身体の防御反応。  
 いつの間にか、胸の先端を左右同時に吸い上げられて、その部分が硬くなっていることを自覚する。  
「おう、こっちも乳首硬くなってきてるぜ、へへっこんな淫乱だってんなら、もっと早く襲っちまえば良かったな」  
「胸もデカいし、顔も良いしな。ま、性格が最悪だけど」  
 またも不愉快な笑い声の合唱。  
 あんた等みたいなクズどもにそんなことを言われる筋合いなんてない、と、口をきけたらその言葉を投げつけていた。  
 大体、声で大体どういった連中かは解っていた。  
 滅多に受業に顔を出さず、出してもほとんどだべってるだけの落ち零れ連中。  
「んじゃ、そろそろパイずり行ってもいいよな?」  
「あ、パンツどうする? 足開いてるからおろせねえんだけどよ」  
「ん? 千切っちまえ、どうせ役立たずになるんだから」  
 こんなクズどもに見られてしまう、それが悔しくて苦しくて、それでも叫ぶことなく男達がいるであろう場所を睨む。  
 パンツの裾にゆびが入ってくる感触に、身体が勝手に震えた。  
 引きちぎられる、その恐怖に目を瞑りそうになる。  
 
 不意に、教室のドアがノックされた。  
『っ……』  
 男達が息を呑む感覚。  
「んーーーーっっっ! んんぅぅっっ!!」  
 それを見て取るのと同時に、麗音は喉奥から声を絞り出した。  
「お、おい、黙らせろ」  
「ど、どうしろってんだよ」  
「うるせえ、黙ってろっ!」  
 うろたえたような男達の声のあと、頬に強烈な衝撃を受けた。あまりの痛みに、頭がくらくら来て意識が飛びそうになる。  
 男達が狼狽しているのを感じて、もう一発殴られるかも知れないと言う恐怖を噛み千切って、喉の奥から出しうる限りの音を放った。  
「ああいお(鷹人)っっっ!!」  
 ばがんっ、とすさまじい破砕音が響く。  
 きっとドアが叩き破られた音。  
「麗音っっっ!」  
 そして、聞こえてきた声に、安堵の涙が浮かんだ。  
「て、手前ぇ!?」  
「お、おいっっ! こいつがどうなっても良いのかよ、近づくんじゃねえ!」  
「そうだっ!」  
 ぴたりと、顔に冷たい金属が押し当てられる感触。  
 それがナイフか何かだと言うことは、理解できた。  
「こいつが傷物になっても良いのかよ!? あ? 解ったら下がれ、下がりやがれ!」  
「麗音」  
 鷹人の冷静な声が届く。  
「お前の人生は、俺が背負ってやる。だから、顔の傷くらいはガマンできるか?」  
『な、何言い出しやがる手前ぇっ』  
 狼狽のあまり声が重なる男達を無視して、麗音はただ首を上下に動かした。  
 ぴっと、頬に痛みを感じた。  
「ひっっ!?」  
 男達の一人が喉の奥から悲鳴を上げた瞬間、ごしゃっと何かがつぶれるような音が響いた。  
 自分の周りにいた男達が、慌てて逃げ出していくのを感じて。  
 同時に、カシャカシャと携帯カメラのシャッター音が響いた。  
「逃げたか」  
 鷹人の声が響き、ごすっとやけに重いモノが床に叩き付けられる音が聞こえた。  
 同時に駆け寄ってくる気配。  
「大丈夫か?」  
 普段と変わらない声が届いて、安心感にぼろぼろと涙がこぼれ出すのを感じながらこくこくと頷いてみせる。  
 両足が自由になって、両手を縛っていたモノが外される。  
 猿ぐつわが外されるのと同時。  
 腕を伸ばして、鷹人の身体を探す。  
「ん、どした、麗音?」  
 その声で位置を確認すると同時、鷹人を思いきり抱き締めていた。  
「……った」  
「ん?」  
 優しく抱き返されて、頭を優しく撫でられる。  
 安心感が幾重にも増していく。  
「怖かった……怖かったんだからねっっ!」  
 らしくない言葉だと思いながら、それでも一度口を突いて出たモノは取り消せなくて。  
 涙がこぼれるのを止めることも出来ず、鷹人に必死にしがみついた。  
 目が見えない事が悔しくて、あんな連中に身体を自由にされるのが苦しくて、けれど何より怖かったのは、鷹人以外の誰かに身体の中に入ってこられること。  
 けれど、それを言葉で説明出来るはずは無かった。  
「大丈夫、大丈夫だからさ」  
 優しい抱擁を受け手、ただ泣きながら何度も頷く。  
 それくらいしか、今は思いを返す手段が見つからなかった。  
 
 
 
 
 人の腕にすがると言うのがこんなに気分が良いとは思っても見なくて、だから少し浮ついた気分で歩いていた。  
「……ホントにいいのか」  
 その言葉に、こくんと頷いてみせる。  
 もうとっくに気持ちは固まっているのに、まだ心配そうにしている鷹人に思わず苦笑が浮かんだ。  
「でもだな」  
「あたしが一度決めた事を翻すわけはないでしょ」  
 襲ってきた三人と――鷹人が調べ上げてくれた――ソレを依頼した同窓生の女性を、告訴することに決めたのだ。  
 無論、それがどういう目にあわされることになるかも知っている。  
 警察にどんな行為をされたか、などと言うこと以外にも、それ以前の経験だとか、女性なら普通苦にするようなことを平気で聞かれると言うことは理解している。  
「大体、なんで襲われた方が悪いわけ? 襲った連中が悪いんじゃない。そう言う奴らには社会的制裁が加えられるべきなのよ」  
 ぎゅっと、鷹人の腕に強くしがみついて、怒りを露わにする。  
 許せなかったのだ。  
 鷹人以外の誰かに触られたことが、蹂躙されそうになったことが。  
「だけど」  
「そ・れ・に」  
 鷹人の言葉を強引に遮る。  
 気持ちは嬉しいけれど、もう決めたのだから。  
「あたしはコレだもん」  
 そう言いながら自分の目を指さす。  
 生まれたときから何も映さなかった瞳。それに悔しさを覚えたのはあの連中に襲われたあの一度だけ。  
 そんな悔しさを感じさせられたのが腹立たしくて、だけど、今回の件では同時に自分の方が有利だと解っていた。  
「目が見えない相手を複数で襲って、両手と両足を縛った上に事に至ろうとしたんだもん。これでもまだ和姦だなんて言える人間がいたら、あたしは本気で噛み付くわよ」  
「まあ、それはそうだが」  
「だから良いの」  
 目が見えなくても、耳があった。  
 それが人並み優れていて、だから選んだピアニストへの道。  
 そこに、あんな腐った連中がいることが許せなかったのだ。  
「悪い、麗音」  
 唐突な鷹人の言葉に、わざとらしく小首を傾げてみせる。  
 何を言いたいのかは解るけれど、それにきちんと応えるのは少し癪だったから。  
「……お前が公にしようとしてるのは、俺のせいだろ」  
 その核心を突いた言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。  
 結局、全部見透かされていることが、少し悔しくて、とびっきり嬉しい。  
「さあ、なんのことでしょう?」  
「校舎のドアをぶち破って、教壇たたき壊してしまったから、な」  
 確かに、その通りだった。  
 そのことで鷹人が放校処分にされそうだと聞いたから、そして、その元になったあの連中は何食わぬ顔でいたから。  
 ……襲われた事実も、穏便に済ますという名目で無かったことにされてしまったから。  
 けれど、ソレを正面から認めたくはなくて。  
「ま、確かにアレには驚いたわ。ってか、消火器でぶん殴ってドアを叩き破った上に、教壇ぶっ壊すなんて、らしくないんじゃない?」  
 あの助けられたとき、落ち着いてからどうやったのかを聞いたとき、思わず爆笑してしまったことを思い出して、また笑みが浮かんだ。  
「あの時はつい、な」  
 その声の響きで、そっぽを向いたことに気付く。  
 照れてるのが丸わかりで、だから、もっと恥ずかしがらせたくなる。  
「大体、あたしが告訴するつもりになったのは、あんたのおかげだもん」  
 言いながらその腕を胸の谷間に挟み込む。  
 少し背伸びして、そのまま耳元に唇を寄せた。  
 
「だって、あんたがあたしの人生背負ってくれるんでしょ? だったら問題無いし」  
 頬の絆創膏を軽くさすってから、歩き出す。  
 顔の怪我と言うことで病院で診て貰って、とりあえず一週間もすれば消える程度の傷らしいと聞いている。  
 けれど、その傷の心配をして病院に着いてきてくれた鷹人の優しさにも触れていたから。  
「だから、覚悟してよね」  
 笑顔で告げた瞬間、鷹人が微妙に身をよじって首を明後日の方向に向けたのを感じた。  
「……ちょっと、いきなりどうしたわけ?」  
「あー、いや、なんでもない」  
 応えてくれないことが不満で、手を伸ばして鷹人の顔の辺りに持って行く。  
 上手く場所を確認すると同時に、その頬を指でぷにぷにと押しこむ。  
「ど・う・し・た・わ・け?」  
 言葉に節をつけながら、それに合わせて頬を押すと、観念したように鷹人がこちらの手を握って横にのけた。  
 同時にこちらに顔を向けてきたのが伝わってきて、なぜか咳払いをしたりする様子に小首を傾げた。  
「その、だな」  
「うん」  
「さっきの、覚悟、って言ったときのお前の笑顔が、すごく可愛く見え、ぐっっ!」  
 顔が一気に熱くなって、言葉を全部聞くよりも早く肘鉄を脇腹に叩き込んだ。  
「い、いきなりなんてこというのよ、あんたは!」  
 更にごすごすと何度も肘鉄を叩き込んでいく。  
 そうでもしていないと嬉しさと恥ずかしさで口元が緩んでしまいそうだったから。  
「あいた、痛、痛いって!」  
「自業自得よ、そんなこっぱずかしい事を言う方が悪い」  
「いてっ! 言わせたのは、お前だろ。こら、もう止めろって」  
 脇と肘の間に鷹人が手を差し込んでくる。  
 何となく恥ずかしくて、こっちの方がそっぽを向いた。  
「むー、恥ずかしいヤツ」  
「お前ね」  
 どことなく苦笑の気配を感じるのが悔しくて、あくまでそっぽを向いたまま応えない。  
 鷹人にいいように扱われるのは、何となく癪だから。  
「麗音、恥ずかしいことを言わせといて、我が侭言う口はふさいでやる」  
「んーっ!?」  
 鷹人の呟きに疑問を浮かべるよりも早く、唇に柔らかいモノが押し当てられた。  
 キスされている。  
 その事実に気付いて、ここが町のど真ん中だと言うことを思いだして。  
 けれど、抵抗することなく、鷹人の唇を受け入れた。  
「……ふぅ」  
「このすけべ」  
 鷹人の唇が離れると同時にそんな言葉をはき出して、けれど口元が緩んでしまうのを抑えきれない。  
 町中で周りから見られているような状態で、なのに口づけをくれたことが嬉しい。  
 嬉しすぎて、表情が上手く制御できない。  
「すけべで、わるかったな」  
「うん、わるい」  
 びしっと言ってのけながら、ぎゅっと腕を強く抱き締めて軽く引っ張る。  
「お?」  
 軽く伸びをして手を伸ばして顔の位置を確かめる。  
「でも、そんなあんたが大好き!」  
 言うと同時、今度はこちらからキスをした。  
 
 
 

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