『メイド・すみれ 2』
この屋敷のご主人さま、秀一郎さんの私室は、衝立で二つに仕切られている。
衝立の奥にはキングサイズのベッドと二つの箪笥、トイレとバスに続くユーティリティへのドアがある。
私はここで毎朝、一番最初にお風呂にお湯を溜める。
最初の日、昼間っから眠ってばかりいる秀一郎さんに呆れたものの、すぐにそれは昼夜が逆転していて夜中書斎で仕事をしているせいだというのがわかった。
ご本人が言うには「物書き」だそう。
先代からの財産もあるそうで、いいご身分だ。
朝、その日の仕事を終えた秀一郎さんは幽霊のように書斎から出てくると、ぬるいお湯に入る。
本当に入るだけで、自分では何もできないので、私は袖をまくり上げて風呂場に入り、髪を洗ってやったり背中を流してやったりしなければならない。
そればかりか、まばらなくせにちゃんと伸びるヒゲも剃ってやり、剃り跡にクリームまで塗らなければならない。
放っておくと濡れた身体のままふらふらと部屋に戻ろうとするので、捕まえてバスタオルで拭く。
それから着替えを手渡すと、ようやくそれを自分で着てくださる。
執事の津田さんが用意した食事を机に並べ、片手を上下させるだけで全部食べられるように次々と皿を並べなおし、最後にコーヒーカップを手に持たせる。
これを、繰り返す。
小学生の子どもだってもう少し自分のことは自分でできるのではないかと思って、一度そう言ってみたことがあった。
少なくとも、食事くらいは自分で全部の食器に手を伸ばしてもらいたい。
すると秀一郎さんは、長い前髪の間からじっと私を見て、うっすらと笑った。
「……自分でしているよ」
しまった。
油断すると、秀一郎さんはすぐに話題をそっちに持っていこうとする。
「そうですか。それはそれは大人ですこと」
私も余裕のあるふりをしてあしらうのだけれど、どきどきする。
「……あなたが、してくれないから……」
「きゃ!」
さっとお尻を撫でられる。
秀一郎さんは日に何度となく、私のお尻や腰、背中を撫でてくる。
その触り方が、おかしい。
軽く撫でるだけなのに、私は体の奥がかっと熱くなるような気がする。
振り返って抗議してもくすくす笑うだけだし、怒って見せるとすぐに「少し寝る」と逃げてしまう。
「してくる」と言うことさえある。
何度も続けて触られると、私は火照ってしまった身体を持て余してしまうことになるのだけど……。
昼間の秀一郎さんは、お風呂と食事以外は寝てばかりいるし、夜は書斎に閉じこもるので私は自分の部屋でゆっくり休める。
手がかかる、といっても他に仕事があるわけでもなく、前のお屋敷よりお勤めは楽なくらいだった。
私は秀一郎さんが「寝る」と言ったので、衝立の向こうまで脱ぎ散らかしながら歩いていく後を、服を拾い集めながら付いていった。
ベッドの脇で最後の一枚を脱ぎ落として、秀一郎さんは薄い布団にくるまって丸くなった。
その一枚を拾い上げたときに、ふとベッドサイドの影のゴミ箱が目に入った。
しわくちゃに丸められた、大量のティッシュペーパー。
どきっとした。
時折、秀一郎さんが「してくる」と言って衝立の奥に行くときは、私はさっさと部屋を出るので本当に「自分でしている」のかどうかはわからなかった。
それが今、目の前にその痕跡がある。
秀一郎さんの丸い背中を見ながら、私はそっとゴミ箱を持って衝立から出た。
まったく、もう。
大量のティッシュペーパーをゴミ袋に移して、机周りのゴミと一緒に廊下に出す。
秀一郎さんが寝入った頃、津田さんが食事をワゴンに乗せて運んできた。
「まだおやすみなんですが」
「……目が覚めたら、召し上がります」
そっけなくワゴンを残して、津田さんは戻ってしまう。
しかたないので、ワゴンを部屋の中に運び入れるついでに上に掛けてある布巾をめくってみた。
ラップを掛けたお皿には、スクランブルエッグと野菜のソテー、魚のムニエルらしきものとバターロールに、カップスープ。
台所で盛り付けて遅いエレベーターでここまで運んでくるまでに、いつもすでに熱々とはいえないのに、秀一郎さんが目を覚ますまでこのままにしておいたら、カチカチに冷えてしまう。
衣食に関心のない秀一郎さんは、それでも食べるだろうけど。
しばらくして、私は秀一郎さんの様子を見に衝立の奥を覗きに行き、そっとベッドの横にゴミ箱を戻した。
「……何時?」
急に声を掛けられて、びくっとした。
「お目覚めでしたか」
夜中、書斎で仕事をしているのなら昼間はずっと寝ていてもいいくらいだと思うのに、秀一郎さんは2、3時間ごとに目を覚ましては食事をしたりコーヒーを飲んだり、私のお尻を撫でたりする。
「うん……」
ごろりと寝返りを打ってこちらを向いてから、秀一郎さんは目を開けた。
起き上がるのに手をお貸しすると、薄い布団がはだけて、部屋が薄暗いとはいえ一糸まとわぬ裸体が丸見えになる。
秀一郎さんは日頃から平気で裸のまま部屋の中を歩くし、お風呂のお世話もするので見慣れてはいるものの、やはりとっさに目をそらしてしまう。
着替えを手渡すと、ただでさえ色白で肉の薄い身体がいっそう骨ばってきたように思えた。
「秀一郎さん。おやせになりましたか」
シャツのボタンをいい加減に留めながら、秀一郎さんは興味なさそうに首を振った。
「どうかな……」
「今でさえじゅうぶん病的にやせておいでです。気をつけてくださらないと、風邪を引いたりもっと悪い病気になったりしますよ。睡眠もまばらだし食も細いし偏食だし」
私が真剣に訴えているのに、秀一郎さんはうすら笑いを浮かべながらそれを聞き、最後に手のひらを上げて私の胸に当てた。
「きゃ!」
お尻や背中を撫でられるのはしょっちゅうだけど、前から触られるのは初めてだった。
「なんです、私が真面目にお話してますのにっ」
くす。くすくす。
振り払うこともできずにいると、秀一郎さんは手のひらに力をこめて胸をさすった。
「このくらいの……肉がほしい」
「しゅっ、秀一郎さん!」
胸の先端から、むずかゆいような感覚。
下着と服の上から触られただけなのに、どうしてこんな。
秀一郎さんはくすくす笑いながら手を離し、部屋の方に移動して、いつも食卓にしか使われない大きな机の前に座った。
すっかり冷え切った食事を並べると、やはり不平の一つも言わずに口に運んだけれど、さすがに半分近くを残してフォークを置いた。
これでは、ますます骨ばってしまう。
秀一郎さんはお若いのだし、津田さんももっと揚げ物やお肉なんか、スタミナのつきそうなものを作ってくれればいいのに。
せめて温かいお食事だったら、もう少し食も進まれるかもしれない。
そうだ。
「秀一郎さん、お部屋に電子レンジを置きましょうか」
食後のコーヒーを飲んでいた秀一郎さんが動きを止め、しばらくしてから私を見た。
「……電子レンジ?」
「そうです、電子レンジ。その棚に置けると思うんですけど。」
秀一郎さんはぼんやりと空中を見ている。
「えーと、お食事のお皿を入れて、ボタンを押すと温めることができるんです。おかずも、スープも」
「……私も、電子レンジがなにかくらいわかる」
わからないのかと思った。
「でしたら、置きましょう。お食事がぐんとおいしくなって、食がすすみます」
前の旦那さまが呼び戻してくださる前に秀一郎さんが倒れたりしたら、私は今度こそ行き先がなくなる。
「それは……」
「芝浦さんにお願いして、買ってきてもらいましょうか。いかがでしょう」
秀一郎さんはちょっと眉根を寄せて、面倒くさそうにカップを置いた。
「そういうことは……、津田に聞かないと」
なんて、はっきりしない。
「でしたら、津田さんに言って、芝浦さんにお願いします。かまいませんか」
「……それは」
また眠くなったのか、秀一郎さんは棒のような腕を伸ばしてあくびをした。
「あなたの……好きにどうぞ」
誰の食事の心配なんだか。
秀一郎さんがまた服を脱ぎ散らかしてベッドに潜り込み、私は津田さんにレンジのことを話してお金をもらうと、雑用や力仕事担当の芝浦さんに買い物を頼んだ。
芝浦さんは仕事の手を止めて電気店に車を走らせてくれ、私は秀一郎さんが眠っている間に棚の一部を片付けて、新品の電子レンジを据え付けた。
目を覚ました秀一郎さんは、ものめずらしげに電子レンジを眺めた。
「……この部屋に、物が増えるのは……何年ぶりかな」
横開きの扉を縦に開けようとして、ガタガタやっている。
「芝浦さんが、湯たんぽも買ってきてくださったんです」
「……湯たんぽ」
「えっと、湯たんぽといいますのはですね」
「知ってる……」
よかった。
「これは電子レンジで温めるものなんです。何分かレンジで温めると5時間くらいは温かいままなんです」
秀一郎さんは私の差し出した湯たんぽを眺める。
「秀一郎さんはパジャマを着ないし、布団も重いものはお嫌いですから。足元に置いておくといいですよ」
「……そう」
秀一郎さんが湯たんぽを受け取ろうと手を伸ばしたところで、私ははっとして手を引いた。
「いえ、私がします。秀一郎さんはレンジに触らないでください」
くす。
まるで、秀一郎さんが触るとレンジが爆発するかのような剣幕で言った私を笑う。
「わかった。……レンジには触らない」
「きゃあっ」
湯たんぽを落としそうになった。
秀一郎さんが、私の背中から腕を前に回して下腹の辺りを撫でた。
「な、なにを」
「……レンジには触らないけど、あなたに……触るなとは言わなかった」
膝の力が抜けた。
背中やお尻をさっと撫でられただけで身体が熱くなるというのに、秀一郎さんはその部分を押さえている。
指、その指の動きはおかしい。
「それは、そうですけど、でも、ちょっと!」
「……いやだったら、自分でしてくるけど」
言いながら、耳元に息を掛けてくる。
手が、体中を撫で回してくる。
どうして、この方に触られるとこんなふうになるんだろう。
座り込みそうになる私を、後ろからしっかりと抱きかかえてくる。
この細い身体のどこにこんな力があるのだろう。
「いやではなさそう……に見えるけど」
もうだめ。
ああ、旦那さま。
前の屋敷の旦那さまの顔が浮かんだ。
少し無骨で、メイドに優しくて、情にもろくて、その分奥さまにも頭が上がらない。
メイドに手を出したのが奥さまに見つかったら、そのメイドを他の屋敷に移してしまうくらい。
私は身体から力が抜けてしまった。
「……じゃあ、お願いしよう」
なにを、という言葉が喉にはりついて声にならない。
驚いたことに、秀一郎さんはへたり込んだ私を軽々と抱き上げ、ふらつきもせずに衝立の後ろに運んだ。
もう、自分ではどうにもならないくらいむずむずしている。
秀一郎さんは私をベッドに下ろすと、その脇に立ってさっき着たばかりの服を脱ぎ捨てる。
肌の色が少し赤く見えるのは、秀一郎さんも火照っているのだろうか。
どうしよう。
秀一郎さんは私の横に片膝をつくと、私の肩を持ち上げてエプロンのリボンをほどき、背中のファスナーを下ろした。
脱がされるのかと思ったら、スカートをまくり上げられた。
ハイソックスの上から、ふくらはぎを撫でられる。
さわさわと指先が移動し、背中がびくんとしてしまう。
どうして、どうしてこんな触れ方ができるんだろう。
手が上がってきて、ショーツに届く。
魔法のような指先が、布地の上から触れてくる。
「あ、あっ」
思わず声が出てしまった。
縦に何度もなぞられると、もどかしいような気持になる。
前の旦那さまも、比べる相手がないけれど、かなりのテクニシャンだと自称していたし、そうなのだろうと思えたけれど、こんなふうではなかった。
下着の上から指一本で触れられているだけなのに、身体がびくんびくんと反り返ってしまう。
もっと、もっと触れて。
自然に脚が開いてしまう。
なぶるようにさんざん弄られて、私は泣きたくなる。
ようやく秀一郎さんは私をまたぐように上になり、ショーツを下ろして脚から抜いた。
すでに濡れてしまっているだろうあそこを、見られている。
すぐにも入ってくるだろうと思ったのに、秀一郎さんは肩から服を下ろし、胸をはだけさせた。
丸くて柔らかくて大きい、と前の旦那さまがほめてくださった胸。
「う、あっ」
秀一郎さんの指先が、乳房の周囲をなぞった。
ゆっくりと指先が円を描くと、あそこまでしびれてくる。
それなのに、指はなかなか先端まできてくれない。
もう、いや。
もどかしさに涙がこぼれそうになった頃、秀一郎さんが身体を伏せて、乳首を舌でつついた。
「あん!」
電気が走ったような気がした。
かっと全身が熱くなる。
くす。
乳首を舐めていた秀一郎さんが笑う。
「……湯たんぽをレンジで温めることはできなくても……あなたを暖めることは……できるようだ」
「……なっ」
かっと顔が熱くなる。
それでも、抵抗する前に手のひらで乳房を包みこむように揉まれて、私はうっとりした息をついてしまった。
ああ、なんだかふんわりと温かくて、気持ちがいい。
「……ねえ」
くっつくほど顔を寄せて、秀一郎さんがささやいた。
「キス……してもいい」
私に聞いているのかしら。
答える前に、柔らかいものが押し当てられた。
舌が唇を押し割って進入する。
閉じたまぶたの裏に、前の旦那さまの顔がちらついた。
旦那さまがいけないんですよ。
早く、迎えに来てくださらないから。
旦那さまが見つけてきた新しいお勤め先で、こんなことに。
くちゅ。
夢見心地で温かい快感に身を任せていると、急にあそこから強い快感が立ち上った。
秀一郎さんの手が、私の脚の間で動いている。
ああ、指が。
「ああ……、あっ、あ……」
もう、声が抑えられない。
首を振って秀一郎さんの唇から逃れる。
身体が熱いのは、薄着の秀一郎さんに合わせて、部屋の温度を高めに設定してあるせいなのかしら。
「やはり……」
私の中で指を動かしながら、秀一郎さんは耳に唇を押し当てるようにして言った。
「処女……じゃない」
「……!!」
な、なんてことを言うのかしら。
私は思わず秀一郎さんの肩をつかんで押し返した。
くす。くすくす。
「……失敬した」
秀一郎さんは私の抵抗など意にも介さず、肩を出し、スカートをまくり上げておなかの辺りに丸まっていた服を引き抜いた。
「乱暴に……しないし」
脱がされる間にもあちこちに秀一郎さんの手が触れて、その箇所が熱くなる。
「しゅ、秀一郎さんは、ど、どっ、て……」
言い返してやろうと思ったのに、中途半端に高まった状態でまた柔らかく撫で回されて、頭がしびれる。
「さあ……どうかな」
こんな童貞がいたら、世の中なにも信じられない。
秀一郎さんはびくんびくんと震える私を、くすくす笑いながら撫でたり舐めたりした。
「きゃ、あっ!」
いきなり、膝に手をかけてぐいっと脚を開かれた。
来る、と思った。
前の旦那さまなら、ここで熱くて大きなものを……。
「あ、あっ!」
熱くて大きなものの代わりに、温かくて柔らかなものが下からなぞり上げてきた。
とっさに、脚の間にある秀一郎さんの頭を両手で押す。
どこからそんな力が出るのか、びくともしない。
ひだの間や奥のほうまで舐めつくされ吸い上げられて、腰ががくがくと痙攣する。
「や、それ、あっ、……んっ」
脚を閉じると、肉の薄いごつごつした秀一郎さんの肩を挟み込んでしまった。
弱い刺激をずっと加えられて、もう前のご主人への未練も申し訳なさも、秀一郎さんへの日頃の不満も忘れて、私はただ息を乱してあられもない声を上げ続けてしまった。
「ぐっしょりだ……」
秀一郎さんがそう呟いて、私の脚を自分の肩からはずす。
それから、少しの時間があった。
ちゃんと、避妊はしてくれるみたい。
秀一郎さんは片脚を持ち上げて、くすっと笑った。
「……私が……童貞かどうか、確かめ……る?」
ばかっ。
主人に対して、間違ってもそんなことは言えないけど、私は心の中で秀一郎さんをなじった。
「やっ……!」
びっくりした。
気が遠くなるほど弄られて、ぐしょぐしょになっているはずなのに、痛みがあった。
目を開けてみると、半分ほど埋まった状態が見える。
「やだ、無理……、おっき……っ」
関節が浮き上がるほどやせた身体に、不似合いなほど。
通常の状態で見たことはあったけど、それがこんなになるなんて。
「……そうかな」
かすかに赤らんだ顔で、秀一郎さんが私を見た。
「やめようか……」
どくんどくんと、私の中で脈打っている。
「え……」
とまどう私の顔の横に手を付いて、くすっと笑った。
「……あとは、自分でする」
「……っ!」
ばかにしてる。
私は秀一郎さんの腕をつかんだ。
「はっ、恥をかかせないでくださいっ」
意に反して、涙がこぼれて耳の中に流れ落ちた。
秀一郎さんはそれを指先でぬぐってくれた。
「そうして……もらえると、ありがたい」
ぐっ、と押し込まれる。
「……痛いかな」
私は首を横に振った。
痛くなかった。
それどころか、押し込まれたときに擦れた場所がぞくぞくっとした。
「乱暴には……しない」
さっきと同じことを繰り返して、秀一郎さんはその言葉通りゆっくり動いた。
見なかったけど、きっと先端も大きいのかしら。
引くたびにえぐるように感じる場所を擦られて、私はついつい乱れてしまう。
「い、あっ、うんっ、はあっ、あっ」
いつまで続くのだろうと思うほどの時間、私は秀一郎さんに弄ばれる。
「……く」
秀一郎さんが、少しうめく。
速度が上がる。
片脚を抱え込んでいたのが、それを下ろして両手で腰を抱えてくる。
私はこの体位が一番好き。
前の旦那さまは、ひっくり返したり四つんばいにさせたりするのがお好きだったけど。
思わず抱きつくと、わずかに息を荒げた秀一郎さんが私の背中に腕を回して抱き起こした。
「このままがいいのかな……」
こくこく、と頷く。
私は座ったまま秀一郎さんの脚の上で動いた。
時折、下から突き上げられる。
「ん、ああ……、いいっ」
くっついていた身体の間に秀一郎さんが腕を差し込んで、一番敏感な場所に触れて転がした。
「い、やあっ、ああんっ!」
軽く意識が飛んでしまった。
私が暴れたせいかさすがに疲れたのか、気づくと秀一郎さんは私を仰向けに倒してその上で動いていた。
長い髪を乱して、細い眉をぎゅっと寄せて、苦しげな顔で。
秀一郎さんの息遣いがどんどん荒くなり、私ももう一度駆け上がってくる波に飲まれて強く目を閉じた。
「あっ……!」
脚がつっぱり、中で秀一郎さんを締め上げてしまう。
身体が痙攣し、頭が真っ白になった。
つかまる物がないので秀一郎さんに抱きつく。
動きを封じられて、秀一郎さんは少しの間黙って私に抱きつかれていた。
「……あと、ちょっと」
そう言うなり、また動き出す。
今度は、少し激しい。
「あんっ、あ……」
ぼうっとしたまま、身体が振り回されるほど強くされて、また声が出た。
秀一郎さんが動きを止めて、長く息を吐いた。
本当ならいろいろ後始末をしてあげた方がいいのだけど、とてもそんな余裕はなく、私は横向きに寝転がったまま余韻に浸っていた。
隣でこっちを向いている秀一郎さんが、ずっと私の髪を指に絡めている。
「……自分でするより、疲れる」
しばらくしてぼそっとそう言ったので、私は頬をちょっとだけつまんだ。
「痛い……」
「……そんなに強くしてません。失礼です」
くす。くす、くす。
髪を触っていた手が、背中に回って抱き寄せられた。
「……冗談」
私も、秀一郎さんの背中に腕を回した。
前の旦那さまとしたあとは、こんな風にゆっくりすることなんかなくて、すぐ服を着て見つからないようにこそこそ出て行かなければならなかった。
汗ばんだ肌が冷えてきたので、片手でベッドの端に押しやられていた掛け布団をひっぱって、秀一郎さんが寒くないように着せ掛けた。
秀一郎さんが私の胸に顔を埋めてきた。
「湯たんぽより、……こっちが……いい」
ぱっと自分の顔が熱くなるのがわかった。
「レンジは……使えないけど、こっちの使い方は覚えた」
「しゅっ、秀一郎さんっ」
くす。くす、くす。
「……抱き心地が悪くて……すまないけれど」
確かに、背中に回した手に浮いた背骨が触れるくらい、秀一郎さんはやせている。
「だったら、もっとちゃんとお食事をなさってください」
んん、とくぐもった返事が聞こえる。
「あなたがしてくれるなら……ね」
今度は、背中をぺちっと叩いた。
秀一郎さんに食事をさせて太らせるのは、なかなか骨の折れることなんじゃないかしら。
そんなことを考えながら、ついうとうとしてしまったらしい。
腕の中から秀一郎さんが抜け出す気配で目が覚めた。
起き上がると、白い背中が薄暗闇に浮いている。
すっかり外の日も暮れたらしい。
秀一郎さんが振り返った。
「寝てていい……」
どうやら、書斎で仕事をするつもりのようだけれど、そのわりにぼうっと突っ立っている。
私は呆れて、掛け布団で身体を隠しながらベッドから降りた。
この方は、渡してあげなければ自分で服を着ることもできず、途方にくれているのだ。
脱衣所から大きなバスタオルを持ってきて、秀一郎さんに渡した。
「今、お風呂を入れますから、それを巻いていて下さい。……巻けますか」
タオルを受け取って、秀一郎さんが苦笑いした。
「……たぶん」
たぶん、と来た。
私は自分にもタオルを巻き付けて、急いでバスタブにお湯を張りに行く。
夕方から朝まで、秀一郎さんは書斎にこもる。
その前にお風呂に入って、お食事をするのが習慣だ。
津田さんが食事を運んでくる時間までに、お風呂を済まさなければ。
「ねえ」
声に振り向くと、お風呂場の入り口のところで秀一郎さんが私を見ていた。
「一緒に……入る?」
「……!」
ぶってやろうと手を上げたら、はらりと身体に巻いたタオルが落ちて、秀一郎さんはまたくすくすと笑った。
――――了――――