『執事・津田の一番長い日』 
 
菜乃香が、ダイニングでおとなしく積み木遊びをしていた。 
私は壁の時計を見たが、さっきから長針は少しも動いていないように見える。 
もしかして電池が切れているのではないだろうか。 
アイロンのコンセントを抜いて、間違っても菜乃香が触れてやけどをすることがないように箱に入れてから席を立つ。 
壁に近づいてみると、時計は動いていた。 
「つらしゃーん」 
日に日に言葉の増えていく当家のお姫様が、三段ほど積んだ積み木からそうっと手を離した。 
「おうちー」 
すばらしい。 
なんて優れたバランス感覚。 
私は菜乃香の積んだ積み木の前にしゃがんで、ほれぼれと眺めた。 
「お上手です」 
「じょーずー!」 
両手をぱちぱちと叩いて、積み木はその弾みで崩れてしまった。 
「あー」 
それを見て、菜乃香は一瞬途方にくれた顔になる。 
手を貸して積みなおしてやろうかと思ったが、菜乃香はうんしょうんしょと崩れた積み木を集めてきて、また積み始めた。 
この根気のよさは、母譲りかもしれない。 
そう、その母は、今。 
裏玄関の呼び鈴が低く鳴った。 
「おきゃくしゃーーん」 
菜乃香がぴょんと立ち上がる。 
ピンク色の、お尻が出てしまいそうなヒラヒラのスカートが私の前を横切る。 
慌てて後を追うと、さっさとドアを開けた来訪者が片手に菜乃香の大好きな菓子の箱を掲げて立っていた。 
「こんにちは、なのちゃん」 
「おのーらしゃん!」 
菜乃香が『おのーら』と呼ぶ小野寺は、旦那さまの仕事を手伝うフリーの編集者だ。 
その筋ではなかなか顔が利くというこの女編集者は、旦那さまが不在だというのにどうぞとも言われないうちに、靴を脱ぐ。 
「はい、お土産」 
私と目を合わせずに菓子の箱を渡して、足元に絡みつく菜乃香を抱き上げた。 
当家の総領をそんな無造作に担ぐな。 
「すみれちゃん、産気づいたんですって?産まれそう?」 
そうだ。 
当家の奥さまであるすみれさんは、第二子を御懐妊なさって臨月だったのだが、予定日を4日残して今朝、「夜中から陣痛が始まった」とおっしゃった。 
慌てる私や芝浦をよそに、入院用の荷物をしっかり作ってあった奥さまは時計とにらめっこでお腹を撫でさすりながら、そろそろ行きますと言って産院へ向かわれたのだ。 
二人目ともなるとそんなものなのか、私のほうが早く行きましょうとせかした。 
芝浦が車を運転し、旦那さまが奥さまを抱きかかえるというより腕を引っ張られるようにして出て行ったのは、三時間ほど前。 
私も一緒に行きたいくらいだったが、旦那さまが二度目も立会い出産をするんだとおっしゃるし、さすがに屋敷を空にするわけにもいかず、なにより菜乃香を見る者がいなくてはならない。 
「さっき芝浦が電話をしてきたが、分娩室に入るのはもう少しかかりそうだと」 
「そう。すみれちゃんは我慢強そうだけど、先生のほうがおろおろしてるんじゃない?」 
「……前回は、倒れたりはなさらなかったはずだが」 
菜乃香を気にして、声を落として言った。 
正直、あの旦那さまが、出産の立会いなどという偉業を成し遂げるとは思っていなかった。 
私は分娩室の外で、旦那さまが倒れて運び出されてくるのを待っていたくらいだ。 
しかし、旦那さまは運び出されず、無事に産声が聞こえてきた。 
「おのーらしゃー、なのー、おねーちゃなの」 
「うんうん、なのちゃん、おねえちゃんになるのよねー」 
スーツのスカートが皺になるのもかまわず、ダイニングの床に座り込んだ小野寺が菜乃香と一緒に積み木を積み始める。 
「津田さん、あたしなのちゃんと遊んでるから用事があったらどうぞ」 
正直、助かる。 
私はアイロンと洗濯物を抱えてダイニングを出た。 
なんだろう、不思議な気分だ。 
外で仕事をしてきた小野寺と、屋敷で家政をする自分、そして小さい菜乃香。 
まるで家族のようではないか。 
主夫は、私だが。 
菜乃香が生まれて以来、小野寺が案外子ども好きなのだと知った。 
もちろん、一日中面倒を見なければいけない自分の子どもではなく、気の向いたときだけ遊べる人の家の子だからかもしれない。 
それでも、子ども嫌いでないのはいいことだ。 
ぼんやりと歩きながらそんなことを考えて、私ははっとした。 
何を考えているのだ。 
 
……みんな、旦那さまが悪い。 
 
――― ――― ―――― 
 
小野寺とそういう関係になったのは、この夏だった。 
そんなつもりなど全くなかったはずなのに、気づいたら私の狭い部屋の狭いベッドで抱き合っていた。 
お互いいい大人なんだから、堅苦しく考えなくていいのよと小野寺は言った。 
小野寺は旦那さまの仕事で時々ここへやってくるが、執事の仕事は年中無休二十四時間だ。 
その後私が何も言わないので、小野寺は一回きりだと思っていたかもしれない。 
残暑で寝苦しいほどの熱帯夜、旦那さまも書斎にこもり、すみれさんも芝浦も自室に引き取った後で、 
私は小野寺の携帯に電話をかけた。 
屋敷からの番号に、少し硬い声で小野寺が出た。 
もう寝ていたのかを聞くと、電話の向こうで小野寺が息を呑んだ。 
「あ、ううん」 
それから、びっくりした、と呟く。 
私は、今までもこの時間になら電話をすることが出来たのにと後悔した。 
一ヶ月もの間、小野寺をいたずらに不安にさせずにすんだのに。 
私は屋敷を抜け出し、深夜営業のファミリーレストランで小野寺と会った。 
しゃれたレストランやバーではなかったのに、小野寺は急いで着替えて来たと言って、きれいに化粧した顔で笑った。 
スーツでも裸でもない小野寺を見るのは初めてで、小野寺も私の服装が見慣れないとかゆそうに首を縮めた。 
コーヒーとパンケーキで、私たちは二十歳の若者のようにそこで二時間、ただ話をした。 
私にはこれといった休みもない上に昼間は屋敷を空けることができず、朝帰りさえも出来なかった。 
執事という仕事がこんなに窮屈に感じたのは、初めてだった。 
そんなことが数回続いた後、小野寺はストローでアイスティーのグラスをかき混ぜながら言ったのだ。 
うちに、来ない? 
ただ話すだけ、手も握らなければキスもしない深夜の短いデート。 
夜、こうして会うなり肩を抱いてホテルへ行けば、朝までに屋敷にも帰れる時間だったのだということに、 
その時やっと気づいた。 
私は、いつも後から気づく。 
女からそういうことを言い出すのに、どれほど勇気がいるのだろう。 
例えそれが、とうが立ったといわれる年齢の、自立した働く女性であったとしても。 
少なくとも目の前の小野寺は私から目をそらしてテーブルに肘をつき、舌先で唇を舐めていた。 
きっと、この一言を初めから用意していた。 
いつ私から電話があってもいいように、数日前から部屋を片付けていたかもしれない。 
私は黙ってテーブルの上の伝票をつかんだ。 
小野寺がゆっくり腰を上げる。 
私はレジへ向かうまでの間に小野寺の手を握り、エントランスを出るなり、まだファミレスの明るすぎる照明が届く 
場所で彼女を抱き寄せた。 
「つ、津田さん」 
いい年をした男女が、盛りの付いた若者のように唇を重ねるのを、通りかかった夜遊びの学生たちが見ていた。 
「まだ、まだだってば。うちに行ってからにして。ね」 
周囲を気にして、小野寺が私を押し返す。 
うちに行って、しましょう。 
そう言ったことになる、と気づいたのだろう、ちょっとうつむき加減に小走りになった。 
少しのウィスキーと短いシャワーのあと、私の部屋にあるものよりいくらか広いベッドで、抱き寄せた小野寺が言った。 
「……断られるかと思ったわ」 
「私は……、気が利かないから」 
「先生の執事だものね」 
笑われて、返す言葉がなかった。 
 
それから、私は週に一度か二週に三度くらいの頻度で、小野寺と会った。 
三度に二度はファミレスで、あとの一度が小野寺の部屋だった。 
そんな付き合いに、私は満足していた。 
小野寺の気持ちなど考えなかったし、自分が執事としてどんな危険を冒しているかも考えなかった。 
そして。 
あの夜が来た。 
屋敷の皆が自分たちの部屋へ引き取った後でいつものように裏口から抜け出し、数時間後にこっそり戻る。 
ドアを開けて驚いた。 
出かける前に消した廊下やダイニングの明かりがついている。 
誰かが起きているのかと思ったが、気配がない。 
台所の調理台の上に、芝浦の字で残されていたメモを見るなり、私は自分の行動を激しく悔いながら屋敷を飛び出した。 
救急病院の廊下に、芝浦がいた。 
私が屋敷を抜け出して間もなくの頃、すみれさんが菜乃香の異変に気づいたのだと芝浦は言った。 
幼児にありがちな急な発熱で、旦那さまが病院を探すために私を呼んだ。 
しかし私は無断外出しており、芝浦が代わりに車を運転してきたのだと。。 
幸い、扁桃腺が腫れていたが大事には至らず、菜乃香はその夜のうちに帰宅できることになりそうだった。 
診察室から出てきた旦那さまと奥さまに、私は深々と頭を下げた。 
奥さまはほっとした様子だったし、旦那さまも怒ってはいらっしゃらないのがわかる。 
しかし、私は自分が許せなかった。 
主人の一粒種が夜中に発熱したという大事に、私は誰にも行き先を告げずに屋敷を抜け出し、女と会っていたのだ。 
私は小学校に上がる年に、この屋敷の先代に引き取られている。 
友人が愛人に産ませて持て余した子どもを引き取って、自分の息子と差別なく養い育て、教育を受けさせ、 
長じては執事として家を任せてくれた。 
どれほど感謝してもしたりない、生涯かけても恩を返せないはずだった。 
それなのに。 
私ときたら、分を越えて主人家族と食事のテーブルを共にし、奥さまがメイドであったという気安さから家事を分担させ、 
なれなれしく名前を呼び、総領娘さえ愛称で呼ぶ。 
挙句の果てに、一年三六五日二十四時間勤務であるべき執事が、主人への忠誠をおろそかにして夜遊びだ。 
言い訳できることなど何もない。 
旦那さまも誰も私を責めず、理由を問いただしもしないのが苦しかった。 
 
 
それから一ヶ月がたち、暑さが落ち着く頃になっても、私は小野寺に連絡をしなかった。 
奥さまの家事を減らすべく、事務仕事を夜中に持ち越して昼間は奥さまに任せていた部分の家事を引き受けた。 
仕事の手が遅いのはわかっていたので、改善にも努める。 
奥さまに二人めのお子様が産まれれば、今以上にお忙しくなる。 
乳母か新しいメイドを雇い入れるために、家計をやりくりする必要もあった。 
なにをどう切り詰めるか頭を悩ませていると、すっかり元気になった菜乃香がダイニングに入ってきた。 
「つらしゃー、おやつー」 
時計を見ると三時だった。 
私は冷蔵庫からプリンを出し、スプーンとナプキンを添えてテーブルに置いた。 
子供用の高い椅子に菜乃香を座らせる。 
「はい、あーん」 
プリンをスプーンですくいとった菜乃香が、私に差し出した。 
「いえ、私は結構です。お嬢さまがお召し上がりください」 
「あーん」 
私が言ったことを聞いていないのか、菜乃香がスプーンを握った腕を伸ばす。 
何度か申し上げてはいるが、まだ完全にはおわかりいただけていない。 
「よろしいですか、お嬢さま」 
菜乃香はちょっと首を傾けた。 
「なのー?」 
「そうです、お嬢さま」 
「なの、『なの』なの」 
「存じ上げております。ですが、私は執事ですので菜乃香さまをお嬢さまとお呼びするのです」 
「……わぁんないの」 
「はい。ですから、おやつは私ではなく、お嬢さまがお召し上がりください」 
「つらしゃん、プリンやなのー?」 
……説得は、難しい。 
私はなんとか菜乃香におやつを食べてもらい、家中のリネンの洗濯の続きにかかった。 
夕方、奥さまが二階から降りていらっしゃる。 
「津田さん、あの」 
「はい」 
明日、廊下のワックスがけをしようと準備していた手を止めて振り返る。 
「菜乃香が、心配していました。津田さんがプリンを召し上がらなかったって。具合でも悪いですか」 
心配そうな表情でそう言われて、胸が痛んだ。 
私は、奥さまやお嬢さまにそこまで気にかけていただけるような執事ではない。 
「いえ、そのようなことでは」 
そうですか、と私の顔をうかがいながら、奥さまはこればかりは私に手を出させないパンの仕込みのために、 
何冊もあるレシピ本をぱらぱらと広げてご覧になる。 
「秀一郎さんも、おっしゃってます。最近、津田さんが……元気がないんじゃないかと」 
「いえ、別に」 
「だといいのですけど」 
探していたレシピが見つかったのか、開いたページを手で押して閉じないようになさる。 
「あ、明日、小野寺さんが見えます」 
思わず、手が止まった。 
「先ほど、秀一郎さんに言われてお電話しました。書き下ろしの本の装丁を、小野寺さんがご存知の 
デザイナーさんにお願いしたいそうです」 
小野寺からの電話を取り次いだ覚えはないと思ったら、旦那さまのほうから呼び出したらしい。 
私はかしこまりましたと答える。 
急に途絶えた連絡。 
小野寺は、どう思っているのだろう。 
顔を合わせるのは、気が重かった。 
 
翌日の朝、私は上着の袖をまくり上げて、一心不乱に廊下にワックスをかけていた。 
かつては廊下にじゅうたんを敷きつめ、窓もカーテンも閉め切りだった屋敷も、菜乃香が生まれて大きく変わった。 
窓のカーテンは開け放たれて日の光を取り入れ、一度は厚手のものに敷き変えたじゅうたんも、微生物が繁殖しやすいと聞いて全部取り除いた。 
私としては、じゅうたんクリーニングとワックスの手間はさほど変わらない。 
足の裏が冷たいと嘆く旦那さまは、靴下とスリッパを履いていただけばいい。 
菜乃香の健康に勝るものはないのだ。 
この日は昼食の準備の前に、表玄関のロビーと廊下のワックスかけを済ませてしまうつもりだった。 
なにせ私は仕事が遅い。 
しかし、廊下のワックスかけや窓ガラス磨きや、庭の草むしりは正確には執事の仕事ではない。 
人手の足りない当家であればこそ、執事がこなしているだけで、これらの仕事の手際がどれだけ悪くても、 
執事たる私の能力に問題はない、と思っている。 
「つらしゃー」 
私の仕事の手を止める天使がトコトコ歩いてきた。 
「ぽんぽん、なおったのー」 
「はい?」 
菜乃香が、私の身体をぺたぺた触る。 
「いたいのー?」 
そうか。 
昨日、私がプリンのおすそ分けを断ったのは、腹痛のせいだと思っていらっしゃる。 
「いえ、お腹は痛くありません」 
「つらしゃん、ぽんぽん、なおったの」 
にっこり。 
あまりのかわいらしさに、腰が砕けるかと思った。 
私は当家の執事として、この天使の笑顔を守らねばならない。 
二度と、大事なときに無断外出をしていてはいけないのだ。 
「……顔が溶けてる」 
背後で、聞き覚えのある声がした。 
立ち上がって振り返ると、換気のために開けてある観音開きのドアの向こうに小野寺が立っていた。 
宵っ張りの編集者にしては、奇跡の午前中訪問。 
いや、そんなことより、なぜ表玄関から。 
編集者や御用聞きは裏口からというのが相場ではないか。 
私はワックスかけのモップを持ったまま、そこに立ち尽くす。 
「そんな顔しないでよ。そこまで嫌われた?」 
小野寺は玄関でハイヒールを脱ぐと、それを手に持った。 
「顔、合わせたくないのかと思って、わざわざこっちに回ったのに意味ないし」 
「おのーらしゃー、いらしゃー」 
菜乃香が小野寺にまとわり付き、小野寺は菜乃香と手をつないで靴を置くために裏口へ向かう。 
それを呆然と見送って、私はメガネに飛んだ水滴を拭いた。 
小野寺が目をそらすようにして通り過ぎたあとに、かすかな甘い香りが残っていた。 
私に嫌われたと思って、顔を合わせないように表玄関からやってきたのだ。 
それなのに、運悪く私はいつもの裏口や台所にいるのではなく、表玄関でワックスかけをしていたというわけか。 
いや、そんなことより、小野寺はなんらかの理由で私が彼女を嫌悪して、それで連絡を絶ったと思っている。 
それを訂正すべきか否か。 
訂正したとして、今後の関係をどうすべきか。 
それは、私自身にもわかっていない。 
菜乃香の、楽しげな笑い声が廊下の向こうから聞こえてきた。 
私はそこで我に帰り、旦那さまに来客を伝えるため、大急ぎで階段を上がった。 
「会った……」 
あいかわらず、部屋の机に向かって奥さまの淹れたコーヒーを飲みながら、旦那さまはぼんやりなさっている。 
私が編集者の訪問を伝えると、コーヒーカップを置いてノートパソコンのマウスを動かしながら、 
聞こえにくいほど小さい声でおっしゃったのだ。 
「来たのを、見ました」 
それは別に、不自然なことではない。 
来客のためのコーヒーを準備しかけて、奥さまがちらっと旦那さまと私を振り返る。 
「けんか……」 
なにをおっしゃる。 
「別に、そのような理由もありませんが」 
旦那さまが、奥さまの服の端をひっぱって耳元に顔を寄せる。 
お腹のはちきれそうな奥さまは、ちょっと大変そうに見える。 
私の悪口でも言ったのが、奥さまがたしなめるように、くすくす笑う旦那さまの肩を軽く押した。 
「……津田」 
「はい」 
私はさぞかし、仏頂面をしていただろう。 
「謝る……」 
とりあえず、なんでもいいから、早く謝るのがいい。 
それが、旦那さまのアドバイスらしかった。 
執事のなにもかもをご存知なのか、そう思っているだけなのか、やけに余裕たっぷりなのが癪に触った。 
 
午前中に予定した仕事を何とか終え、ずいぶんと長居した小野寺をせっつくように旦那さまの部屋から追い出す。 
それは昔から変わらないことなのに、今日は旦那さまとニヤニヤと奥さまの心配そうな視線が突き刺さる。 
私が何をしたというのだ。 
いや、何を知られているというのだ。 
階段を下りるときも、廊下を歩くときも、裏口の玄関でスリッパをハイヒールに履きかえるときも、小野寺は何も言わなかった。 
ずっと前から、それは同じだ。 
小野寺がまだ出版社勤めの編集者だった頃も、フリーになってからも。 
奥さまが当家にメイドとしてきた頃も、旦那さまと結婚して、母になってからも。 
私は、小野寺と仕事以外で無駄口をきいた事が無い。 
だからこれは、不自然によそよそしいのではなく、普段どおりのことなのだ。 
なのになぜ、こんなに居心地が悪いのだろう。 
「あのね」 
後はドアを開けて一歩踏み出すだけ、という状態で、小野寺は顔を上げて私を見た。 
「あたし、こんなだから。男の人に嫌われるの、慣れてるの」 
心臓というのは、言葉でつかみ上げることができるのだと知った。 
「なかったことにしましょう。今までどおり、仕事でよろしく」 
言い訳をしようと思ったわけではない。 
どんな理由があっても、関係を持った女性に対していきなり連絡を絶つというのは、誉められたやり方ではない。 
だが、事情を聞くつもりがないという意思表明をした相手には、どうするのがいいのだろう。 
私は、こういうときにどうしたらよいのかを知らなかった。 
それは、執事の仕事ではないからだ。 
「菜乃香が」 
よりによって、当家の総領娘に責任を押し付けるとは、なんという執事なのだろう。 
逃げられないうちに、話してしまおうとしたせいで、私の言葉はたどたどしく、幾分要領を得なかった。 
「それで?」 
ハイヒールを履いて、私の目線に近づいた小野寺が、ぎこちない私の話を最後まで聞いてから言った。 
「津田さんは、反省したの?」 
「……」 
「なのちゃんが熱出したときに、勝手に留守にしてて、病院に連れて行けなかったこと、反省した?」 
「……した」 
「ばか」 
女性にそんな言われ方をしたことはない。 
「当たり前じゃない、執事として失格よ。もし、なのちゃんになにかあったらどうしたのよ」 
「……」 
「あのね、執事が二十四時間勤務なんだったら、携帯くらい持ちなさいよ。夜遊びじゃなくても、外出くらいする 
でしょう」 
「……」 
「そんな執事、あたしが先生だったらその場でクビにするわ」 
……きつい。 
わかってはいたが、小野寺は性格も言葉もきつい。 
「……あのね、津田さん」 
わざとらしいほど、大きなため息。 
「あたし、ものすごいやりたい仕事があって、その為に北海道とか、海外とか行かなきゃいけないとしたら、行くから」 
「……」 
「本を作るのはあたしの仕事なの。一生の仕事なの。津田さんにとって、この家の執事は一生の仕事じゃないの?」 
「……もちろん、だ…」 
「だったら、ちゃんと執事しなさいよ。あたしだって、今日ここに来るのいやだったけど、来たんだから」 
「……」 
「なんかわかんないけど、津田さんは連絡くれないし、あたし最後に会ったときになにか怒らせたかなとか、 
あれが悪かったのかこれが悪かったのかとか、もしかしてお風呂の石鹸が小さくなってたのがいけなかったのかとか、 
すんごい考えたんだから。きっともう会ってくれないって思って、やっぱりあたしのこと好きになってくれる人は 
いないんだとか凹んで、だからここに来るの辛かったけど、仕事だから来たんだから」 
石鹸が、小さかっただろうか。 
「津田さんだって、ちょっとあんなふうになったくらいであたしに大きな顔されたくないでしょ。先生にだって、 
あたしのことはただの編集者だからなんとも思ってないって言っていいんだし」 
「なんとも思ってはいる」 
日本語が、おかしい。 
それでも、小野寺には通じた。 
まくし立てていた言葉が途切れ、ぽかんと口が開く。 
「……なんとも、は、思っている。だが」 
小野寺を裏口に立たせたまま、私は唇を噛んだ。 
なんと言えばいいのか。 
「……私は、執事だから。両方を、どうしていいのかが……わからない」 
執事としてこの屋敷と旦那さまと奥さまとお子さまを守りながら、小野寺とつながりを持っていたいとも思った。 
それは無理なことなのか。どうするのが良いのか。 
小野寺が、細い肩を上下して深くため息をついた。 
「……わかった。少なくとも、あたしは悪くないってことが」 
私が肯定すると、小野寺は、編集者独特の大きなカバンを担ぎなおした。 
「じゃあ、またね」 
引き止める間もなく、踵を返すと小野寺はドアを開けて出て行った。 
どうやら、予想通り小野寺は誤解しており、その誤解は解けた。 
だが、それでも答えが見つからない。 
「つらしゃー」 
天使の声がするまで、私はそこにどれほど立ち尽くしていただろう。 
振り返ると、旦那さまの腕の中から落ちそうに身を乗り出して、菜乃香が私を呼んでいる。 
「どうかなさいましたか」 
台所へ続く廊下を引き返すと、菜乃香が旦那さまの腕から飛び降りる。 
「なの、お絵かき」 
僕者のように芝浦を従えて、台所の調理台でお絵かきするのが、菜乃香のお気に入りだ。 
菜乃香を見送って、旦那さまがゆっくりと私を見る。 
「謝った……」 
余計なお世話だ。 
奥さまを迎えて菜乃香の父になってから、旦那さまの余裕たっぷりな幸せ顔が小憎らしくさえ思える時がある。 
「なんのことか、私には」 
「津田」 
「……はい」 
旦那さまが、明らかに私より優位に立っている。 
いや、もちろん当家の主人は旦那さまで、私は雇われ執事なわけで、立場は旦那さまが上なのだが。 
この家に引き取られた時から、旦那さまは私を兄のように慕って後をついてまわり、私もずいぶんと世話を焼いた。 
偏食があればこっそり自分の皿に引き取ってやり、学校の宿題も教え、自由研究を手伝い、受験の時は鍛えた。 
旦那さまは、私に頭が上がらなくてもいいはずなのだ。 
なのに、この上から目線はなんだ。 
「謝ると……早い」 
「なんのことだか、わからないと申しましたが。私が、誰に、何を」 
旦那さまは、かなりしばらくの間考えた。 
「……小野寺に……。…なにを、かな」 
わかってないなら、おっしゃらないでいただきたい。 
「別に、私は、小野寺に謝ることなどありません」 
うーん、と旦那さまが身体を横に揺すった。 
「そっち」 
細い指を上げて、廊下の向こうを指す。 
「片付け……」 
廊下の向こうにあるのは、めったに使うことのない客間と物置と化した部屋や芝浦の私室がある。 
その部屋を片付けて、どうしろとおっしゃるのだ。 
「特に必要はないと思いますね」 
子どものころから、旦那さまには手を焼かされたが、こんなに人をイラつかせる大人におなりだとは。 
「津田」 
ゆらゆらとした動きを止めて、旦那さまがまっすぐ私を見据える。 
あれほど奥さまが食事に気を配っているのに、どうして旦那さまの顔はこんなに頬がこけているのだろう。 
首筋などはトリガラのようで、シャツの下の肩は骨ばっている。 
新作パンの試食で太ると嘆いている芝浦の肉を分けてやりたい。 
「津田」 
繰り返されて、私はしぶしぶ返事をした。 
「はい」 
旦那さまは真面目な顔のまま、唇を開く。 
「小野寺は、怖い」 
それは、否定しない。 
「津田も、怖い」 
それについては、言いたいこともある。 
「だから、…ちょうどいい」 
なにがちょうどいいのだ。 
「おっしゃることが」 
わかりかねます、と言う前に、旦那さまは細い腕を振り上げて、私の上着の前たてをつかんだ。 
「いいから…」 
見た目は、旦那さまが私の胸倉をつかんで脅しているようにも見えないことはない。 
しかし、問題は私が旦那さまよりはガタイがよく、旦那さまの力も弱すぎることで、その気になれば指先で振り払うことも出来そうだ。 
しかし、執事が形だけとはいえ掴みかかって来る主人をひょいっと振り払うのはいかがなものか。 
旦那さまは、ゆっくり、しかしはっきりとおっしゃった。 
「私は、…したよ。すみれに……、プロポーズ」 
知っている。たぶん、私はその場にいた。 
「津田は……、できないの」 
私にできることが、津田にはできないのか。 
それはつまり、旦那さまの私に対する挑戦なのだろうか。 
上から目線で、小ばかにされたのだろうか。 
人目がなかったこともあるのか、執事にあるまじきことながら、私は思わずむっとした感情を顔に出してしまった。 
上着を掴んでいた手を離し、旦那さまはふふん、と鼻で笑った。ように見えた。 
「……できないんだ」 
バカにしないでいただきたい、私だってその気になればプロポーズの一つや二つ。 
菜乃香を追いかけるようにフラフラと台所へ入っていく旦那さまの背中を見送りつつ、私は顔が熱くなるのを感じた。 
旦那さまが、私をバカにした。 
いつもいつも、私がそばにいないと半べそをかいていたくせに。 
小学校に上がってもまだおねしょをしていたくせに。 
掛け算の九九が覚えられなくて、付きっ切りで教えてやったのに。 
夏休みの宿題に朝顔の観察日記が出たのに枯らしてしまったのを、私が空想で書かせてやったのに。 
補助輪なしの自転車に乗れるようになるまで、浮き輪なしで泳げるようになるまで付き合ってやったのに。 
私がいないと、昼も夜も明けなかったくせに。 
それなのに。 
ちょっと人並みに稼ぐようになって、ちょっと人並みに結婚とかして、子ども作ったからといって、なんだ。 
それだって、いちいち私が走り回って世話をしてやったことを忘れたのか。 
なんの権利があって、旦那さまが私をバカにするのか。 
私は、両手の拳を握り締めた。 
――――私が、できないと言われればできると言う性格なのを、旦那さまはご存知だったのだ。 
奥さまが産気づいたのは、その日の夜中だった。 
 
――― ――― ――― 
 
「ママ、今頃がんばってるかしらねー」 
アイロンかけを済ませて戻ると、小野寺が菜乃香と遊びながら時計を気にしていた。 
私に気づくと、壁の時計を指さした。 
「あの時計、止まってない?」 
「止まっていない。さっき確認した」 
小野寺はちょっと首をかしげ、ふふっと笑った。 
「そっか。津田さんも確認したくなるほどそわそわしてたんだ」 
誤解が解け、今までどおり仕事でよろしくと言った昨日の自分の言葉通りに振舞っている小野寺が、少しぎこちなく見えるのは気のせいだろうか。 
もしかして、私の言動も小野寺からはぎこちなく見えているだろうか。 
菜乃香が機嫌よく遊んでいるので、私は昼食の仕度をすることにした。 
今日は菜乃香の好きなふわふわのオムライスにしよう。 
自分で言うのはなんだが、私は仕事こそ遅いが料理の腕は悪くないのだ。 
台所に入り、上着を脱いでエプロンをしめる。 
米を研いで炊飯器にセットし、タマネギを刻み、鶏肉の皮を丁寧に取り除いて小さく切る。 
人参、ピーマン、マッシュルーム、スイートコーン。 
「あら、意外と上手」 
材料を用意していると、背後から声がした。 
振り返ると、菜乃香を抱いた小野寺が台所とダイニングの間に立っている。 
「……火を使うから、こっちに来ないでもらいたい」 
菜乃香に万一のことでもあったらどうする。 
「はあい。なのちゃん、ここで見てましょうね」 
「はーい」 
なにか言ってやりたかったが、タマネギを刻んだせいで鼻がぐずぐずする。 
「つらしゃん、なーにー」 
私は手近なティッシュで鼻を押さえてから、手を拭いて菜乃香に向き直った。 
「オムライスです。卵をふわふわにしますから」 
「ふわふわー!」 
菜乃香が両手をほっぺたに当て、小野寺が目を丸くする。 
「そんなことできるの、津田さん」 
「できないのか」 
この会話を、昨日誰かとした気がする。 
その時は確か私の立場が逆だったような気がする。 
「あ、バカにしたわね、今」 
昨日の『私』は、私が思っただけでいえなかったことをズバリと口にした。 
「できるわよ、あたしだってそれくらい」 
また、言えなかったことを言われた。 
「ちょっと貸してよ」 
菜乃香を下ろし、ここから中に入っちゃだめよと言い聞かせてから、小野寺は私の隣に立った。 
聞き分けのよいお嬢さまは、台所のドアのところで踏みとどまって中を覗きこんでいる。 
「卵、どこ?」 
この女編集者は、本当に料理をしたことがないらしい。 
「できないなら、無理をしないでもらいたい」 
「できるかできないかなんて、やってみなくちゃわからないでしょ。あたしもいつか料理本の編集だって 
やるかもしれないんだし」 
私は大げさにため息をつき、材料を刻む手を止めた。 
「オムライスのこの段階で、卵に手をつけようというのができない証拠だ」 
チキンライスどころか、まだご飯も炊けていない。 
小野寺はぐっと言葉を詰まらせて、まな板の上のマッシュルームをにらみつけた。 
「……じゃあ、それ切るわ」 
「その魔女のような爪で?」 
小野寺の爪は長く、赤と紫のグラデーションの上にキラキラする粒が並んでいる。 
「いるのよね、ネイルに理解のない男って。そういうの気にする男に限って仕事できないのよ」 
向けないでもらいたい、その魔女の爪をこっちに。 
「あーそう、わかったわよ。結局、仕事のせいにしたけどそういうことなのよね」 
水道の水を出してじゃばじゃばと手を洗いながら、小野寺はかんしゃくを起こしたように言う。 
「執事は忙しいからつきあえないって、言い訳なんでしょ。ネイルとか、服とか、石鹸とか、そういう小さいことの 
積み重ねであたしに愛想つかしただけじゃない」 
「なにを、いきなり」 
話の唐突さに呆れている間に、小野寺は手を拭き、私の手から包丁をひったくった。危ない。 
「ったく、気に入らないならそう言えっていうのよ。男がみんな、若くておとなしくてカワイイ子が好きなのは 
わかってるんだから」 
不器用に魔女の爪が押さえたマッシュルームは、包丁を当てるとコロンと転がった。 
「いたっ」 
小野寺が包丁を投げ出し、手を引っ込める。 
マッシュルームは、かさの部分が少し削れただけだった。 
「ばか」 
とっさに私は小野寺の手をつかんで蛇口の下に引っ張り、血のにじんだ指を流水で洗った。 
「い、いた、痛いってば、津田さん」 
「おのーらしゃんー」 
言われたとおり、おとなしくその場にしゃがんでいた菜乃香が心配そうに小野寺を呼んだ。 
「大丈夫です、なんでもありません」 
私は小野寺を放り出して菜乃香のそばへ行き、エプロンが汚れていないのを確認してから抱き上げた。 
「おのーらしゃん、いたいのー」 
「いえ、だいじょうぶです。小野寺はどこも痛くありません」 
濡れた指の傷を見ながら、小野寺が不満そうに菜乃香を抱いた私に視線を投げる。 
「ひどい……」 
なにがひどいのだ。 
ふわふわオムライス作りを邪魔したあげく、勝手に指を切って騒いで菜乃香を不安にさせたくせに。 
「普通さ、こういうのって、ぱっと口に含んでくれたりするもんじゃないの」 
その言い方に、私はいらっとした。 
「口の中には雑菌が多い。流水で洗うのが一番良い。ダイニングの引き出しに、バンソウコウがある」 
「信じられない。鬼。サド」 
失礼なことを言うな。だいたい、ちょっと包丁で引っ掛けただけではないか。大げさな。 
ダイニングにバンソウコウを探しに行く小野寺を、菜乃香がちょこちょこと追いかけていった。 
私は、包丁とまな板を洗って、マッシュルームをスライスする作業に戻った。 
「あーあ、またマイナスポイント積んじゃったわ」 
振り返るまでもない。 
大げさにバンソウコウを巻いた指を振っているに違いない。 
菜乃香は、ダイニングのほうで一人遊びを始めたようだ。 
幼児から目を離すな、と言いたかったが、なぜか言葉が重石のようにのどに詰まった。 
「齢とってる上にかわいくなくて、口も悪くてネイルも魔女で、料理もできない上に、石鹸も小さいままだもんね」 
だから、石鹸のことはいい。 
なんだってこの女はこうもツンケンと突っかかって来るのか。 
しかも、当家にとって大切なお子が産まれかけている、大事な時に。 
私はいらだちながら、チキンライスの具材を刻み、冷蔵庫からサラダの野菜と保存容器を取り出す。 
人参を細かい千切りにして水にさらし、レタスを洗って水を切り、ちぎってサラダボウルに敷きつめ、作り置きして 
いたポテトサラダを保存容器から盛り付ける。 
缶詰のグリーンピースとさらした人参を上に乗せて彩りよくして、サラダが完成する。 
ラップして冷蔵庫に入れると、炊飯器のスイッチが上がる。 
「津田さん」 
しばらく黙っていた小野寺が、口を開いた。 
まだそこにいたのか。 
「……あのね。あたしが言うのもなんだけど」 
「……」 
「遅いわよね?」 
痛いところを突かれる。 
フライパンに油を熱して、チキンライスを作る。 
「なにかしら、手際が悪いわけでもないし、失敗してるわけでもないのに、なんかこう、遅くない?」 
そうだ。 
私は仕事の手が遅い。 
それは、掃除や料理が本来、執事の仕事ではないからだ。 
料理が遅いからといって、私の執事の能力に問題はないのだ、断じて。 
「あ、あたし、また怒らせた?」 
卵用のフライパンを出しながら、私は肩で息をついた。 
「……いや」 
「嘘。うるさいと思ってるんでしょ。すみれちゃんががんばってるのに、ホントはオムライスなんか作ってる 
場合じゃないくらいそわそわしてるのに、なんてうるさい女なんだって」 
わかっているなら、自重してはどうか。 
「つらしゃーんっ」 
一人遊びをしていたはずの菜乃香が、台所のドアに手をかけて私を呼ぶ。 
料理をしている時は、入ってきてはいけないといういつもの約束をしっかり守っているのだ。 
私はフライパンを置いて、手を洗ってから小野寺の隣にいる菜乃香に近づいた。 
「どうなさいましたか、おじょ」 
ぺち。 
小さな手が、私の脚を叩いた。 
身体をかがめると、腕も、肩も、顔も。 
ぺち、ぺち。 
「つらしゃー、めっ」 
なんだ、私は菜乃香に叱られるようななにをした? 
「パパがー、えーんえーんってしたら、いけないのってー」 
「はい……?」 
「おのーらしゃん、えーんってしたの、つらしゃん、めっ」 
意味がわからず、隣の小野寺を見上げて……、凍りついた。 
小野寺がバンソウコウを巻いた手を上げて、ぐいっと目元をこすり上げる。 
目の化粧が崩れて、黒い線がまぶたの上に伸びた。 
それなのに、こすってもこすっても、小野寺は目から汗をかいている。 
あふれるように、水分がこぼれ落ちる。 
「なにしてる……」 
私は、なんて間抜けなことしか言えないんだろう。 
「おのーらしゃん、えーん!」 
菜乃香が、私をペチペチ叩く。 
叩いているうちに、興奮したのか自分まで泣き出した。 
「うあぁん、つらしゃんが、つらしゃんがぁっ」 
年齢差のある二人の女性に同時に泣かれて、私は動揺した。 
小野寺は声もなく、菜乃香は大声で。 
どちらをどうしてよいかわからず、途方にくれる。 
こんなに困ったのは、旦那さまがご自身の第一志望の大学と、先代の旦那さまがお勧めする大学の両方に 
合格なさり、どっちに行くか津田が決めていいよと言われた時以来だ。 
その私を救ったのは、電話の呼び出し音だった。 
受話器を取り上げると、興奮した芝浦の声がする。 
「うわあ、津田さん、産まれましたよう、なんとですね、なんとっ」 
落ち着いてもらいたい。 
「男の子、男の子だそうですよ、泣き声なんか廊下まで聞こえて、旦那さまの百万倍もお元気です!」 
それはどうかと思うが、そうか、男の子か、当家の跡取りか。 
「それで、奥さまもお元気で……」 
「はい、はい、すみれちゃんも元気で、お坊ちゃまも元気で、旦那さまは、まあいつも通りで」 
ほっと胸をなでおろした私の後ろで、菜乃香がややトーンダウンした。 
「つらしゃん、きらーい……」 
心に、氷の刃をつきたてられた気分だった。 
菜乃香に、嫌われた。 
「あれ、なのちゃん泣いてるのかい。津田さん、なにやってんですか……」 
電話の向こうでグズグズ言う芝浦を無視して、私は受話器を置いた。 
「産まれたの?」 
キッチンペーパーでぐいっと顔をこすって、小野寺が聞いた。 
この女は、ハンカチも持っていないのか。 
「男の子だ」 
菜乃香は、お姉さまになった。 
「そっか、良かったね、なのちゃん。弟だって」 
少し声を震わせながら、声を励まして菜乃香を抱き上げる。 
菜乃香は小野寺の肩にほっぺたを押し付けて、うらめしそうに私を見る。 
「つらしゃん、きらい。おのーらしゃん、えーんってする」 
菜乃香は、私より小野寺を取るのか。 
小野寺にふわふわオムライスが作れるとでも言うのだろうか。 
 
不機嫌な菜乃香と、無口な小野寺と一緒にオムライスを食べ、後片付けをし、菜乃香をお昼寝させる。 
仕事がないのか、なにか用があるのか、小野寺はテーブルに肘をついてぼんやりしている。 
その手元に、紅茶のマグカップを置く。 
ふっと上げた顔は、近くで見るとまだらに化粧が落ちていた。 
それに気づいたのか、苦笑いしながらうつむく。 
「やだ。今日だけであたし、マイナスポイントどんだけ積んだ?」 
両手でマグカップを包んだ小野寺と、テーブルを挟んで向かい合うように座る。 
自分の前にも、紅茶のマグカップを置いた。 
「……別に」 
「嘘」 
頑固な女だ。 
「口は悪いし、ネイルは長いし、料理もできないし、顔はこんなだし……」 
「顔は悪くない」 
私が言うと、小野寺は顔を上げた。 
今度は私が、紅茶を飲むふりでうつむいた。 
「化粧をすればそれなりだし、していなくても、ひどくはない」 
ふん、と小野寺が鼻で笑った。 
「津田さんにしては、精一杯のお世辞ね」 
「……失礼なことを」 
「あら、じゃあなにか気の効いたことでも言える?好きな男にみっともないとこ見られて落ち込んでる女に」 
今日は、動揺しっぱなしだ。 
「できないわよね、津田さんにそんなこと」 
できないと言われれば、できると言いたくなる。 
例えばそれが、好きな男にみっともないとこ見られて落ち込んでる女に、気の効いたことを言えというお題でも。 
……好きな男に。 
あまりにもさらっと、言われた。 
そうか。 
小野寺は、私が好きなのか。 
できっこないわよね、という目で私を見て、小野寺が紅茶を吹いて冷ます。 
できる。できるのだが。 
私は、紅茶のマグカップをテーブルに置いた。 
ここは、小野寺が納得するような正しい理論を展開せねばならない。 
「化粧がとれても、さほどみっともなくもない。それに、好きな男にならみっともないところを見せるくらい構わない」 
「不合格」 
判定が早い。 
「そういう時は、すっぴんでもきれいだよとか、それが無理なら化粧なんてちっとも崩れてないよ、が正解」 
私は、さぞ苦々しい表情になったに違いない。 
「やっぱり、津田さんには無理よね」 
今日が、当家に跡取りが誕生したこの上ない慶事の日でなければ、熱い紅茶を頭からぶっかけてやっても 
許されるくらいだ。 
たぶん、実際にかけられるとしたら私の頭だろうが。 
私は、動揺から立ち直りきれない上に、さらにいらだちをつのらせる。 
この女は、なぜこうも私をいらいらさせるのか。 
なんだって、言われたくないことを選んで言うのか。 
同じことをしつこく繰り返すし、人の意見は聞かないし、自分の考えを曲げない頑固者。 
いい齢になるまで出版社で男に負けずに仕事をしたあげく、独立してフリーの編集者をやるような気の強い女。 
こっちが黙っていれば、いい気になって自分の主張を連ねる、かわいげのかけらも無い。 
一度、がつんと言ってやる必要があるようだ。 
私は、息を吸い込んで口を開いた。 
「顔が気になるなら洗ってくればいい。化粧してようがしていまいが、私は構わないし、奥の部屋を片付ける」 
はあ?と、小野寺が素っ頓狂な声を上げた。 
はあ?と言いたいのは、こっちだ。 
私は、何を言ったのだ。 
「奥の部屋?なにそれ」 
なにそれと言われて引っ込みがつくはずもない。 
執事に二言はない。 
「仕方ないだろう、私はこの屋敷を出てゆけないのだから、君が来るしかない」 
小野寺が、凍りつく。 
「もうすぐ、奥さまとお坊ちゃまが帰ってくる。どさくさにまぎれてもう一人くらい増えても、誰も気にしない」 
「ちょ、なに言ってるのよ、するわよ、気にする。どさくさでもないし、まぎれようもないわよ」 
「……まぎれさせて、みせる」 
それが、有能な執事というものだ。 
「津田さん、あのね」 
「私の部屋は狭すぎる。奥の部屋を、片付けておく」 
旦那さまに、この見事なまでのプロポーズをお聞かせしたかった。 
私だって、できる。 
小野寺は、黙って紅茶を飲んだ。 
それから、空になったカップを指先にひっかけて、私の目の前に突き出す。 
「ネイル、やめないわよ」 
魔女に毒々しい爪はつきものだ。 
「バンソウコウ、いっぱい買ってよね」 
できない人間に、包丁など握らせない。 
「石鹸は」 
それは、もういい。 
「あたしまだ、産めると思う?」 
紅茶が気管に流れ込んで、私は激しくむせこんだ。 
立ち上がって私の後ろに回りこみ、そっと背中をさすりながら、小野寺はうふふうふふと笑った。 
この女は、もう産むことなんかできないだろうと言えば、できるわよと言い返すに決まっている。 
ねえ、と耳元にささやかれた。 
「津田さん、さっきのって、プロポーズでいいのよね?」 
「……ごほ、他に、どんな解釈ができるというんだ」 
「いっぱいできると思うんだけど」 
口の悪い魔女は、私の背中をぎゅうっと抱いた。 
「はい、よくできました」 
小野寺が、ご褒美よと私にキスをした。 
長かった。 
私は、座ったまま小野寺の腰に腕を回し、引き寄せた。 
菜乃香が目を覚ますまで一時間かそこらはあるだろうし、旦那さまと芝浦は面会時間一杯まで病院にいるだろう。 
「……津田さ」 
私に覆いかぶさるようにして、小野寺が言った。 
「部屋、狭いの?」 
知っているくせに。 
私は小野寺の腰を抱いたまま立ち上がった。 
「確認するか」 
夏に初めて私たちが抱き合った部屋は、台所を出た廊下のすぐ先にある。 
その時は、まさかこんなことになるとは思っていなかった。 
「こんなこと、って?」 
狭さを確認したあとで、もどかしそうに服を脱ぎ捨てながら小野寺が聞いた。 
「こんなに……、惚れこむと思わなかった」 
素直に答えたつもりだった。 
失礼なことに、小野寺は下着姿のまま身体を折って笑った。 
それからきゅうくつなベッドに私を押し倒し、馬乗りになってシャツのボタンを引きちぎるように外した。 
この女は恐らく、自分でむしりとったボタンを縫い付けることはできないだろう。 
私の胸をはだけ、ズボンをベッドの下に投げ捨ててからメガネを外してベッドサイドに置く。 
「ねえ、急いで。なのちゃんが目を覚ましちゃう」 
確かに。 
私は上半身を起こして、肩にからみついたシャツを脱いで床に落とした。 
両腕を私の首に巻き付けて、小野寺はふふ、と笑う。 
「この部屋でする時って、いつも慌ててるわね、あたしたち」 
いつもといっても、二度目だ。 
小野寺の頬を両手で包んで、唇を求める。 
それに応えながら手を自分の背中に回して下着を外してから、小野寺は潤んだ目で私を見つめた。 
「最後の一枚は、あなたがとって」 
艶かしい誘いだ。 
できないの、とでも言いたげな視線。 
私は小野寺のウエストに手を回して持ち上げ、下着に指を引っ掛けて引き下ろした。 
膝の辺りで止まった小さな布は、小野寺が自分で脚を動かして落とした。 
「……早くして」 
時間がない。 
それがおかしくて、私たちは同時にちょっと笑った。 
そんなに慌てて、無理に今しなくてもよさそうなものだ。 
だが、私はしたくなっていたし、小野寺も求めていた。 
何度も見ているはずの小野寺の身体を眺めていると、手のひらが頬に当てられた。 
「なに見てるのよ」 
「だめか」 
さっと頬に朱を刷いて、小野寺は私の上にうつぶせた。 
「触るだけにして」 
触ってもよいという許可が出て、私は背中に腕を回し、そのまま手を下に下ろした。 
タイトスカートがきれいに履ける形の尻。 
両手で撫でて、間に指先を入れた。 
「……ばか」 
私の頬や耳に口付けていた唇で、小野寺が恥じらいを伝える。 
尻を開くように手を差し入れる。 
「あ、ん……」 
そこはわずかに湿っていた。 
私の上で、細い腰がうねった。 
その動きが、私の局所にも摩擦と刺激を与える。 
私の肩を挟むように両手をベッドについて身体を反らせると、目の前に豊かな乳房が揺れた。 
恐らく本人もその姿勢がもたらす視覚的効果を知っているのではないだろうか。 
腰を抱いて転がるように身体を入れ替える。 
狭い部屋の窮屈なベッドのことで、小野寺は壁に身体をぶつけた。 
「あ」 
思わず声を出すと、魔女の爪を持つ細い指が唇を押さえた。 
「大丈夫。……ほんとに狭いわね」 
下になった小野寺の身体をもう一度眺めようとして、今度は魔女の手が私の目をふさいだ。 
「だめ。……触るだけよ」 
仰せの通りに、私は目を閉じて魔女の身体を撫でた。 
柔らかで、滑らかな肌を。 
その豊かな胸と、先端の少し硬い蕾と、華奢な腰、張りのある尻。 
小野寺は私が触れやすいように身をよじりながら、時々目を開けていないかを確認した。 
「だめよ……見ないで。恥ずかしいから。あたし、きれいじゃない……」 
そういう時は、きれいだと言わなければいけないのだと、後から不平を言われた。 
その時は、私はただ言われたとおり目を閉じて、小野寺の身体をまさぐっていた。 
目で見る刺激を封じられて、自ら作り出した闇の中で、私は女にのめりこんだ。 
細い腕や指が、時々ふいをついて私の身体を探る。 
首筋や、胸や、腕や、あらゆるところが突然愛撫される。 
そして、指が私を捕らえる。 
「……っ」 
閉じた目に力が入る。 
「時間が、気になる……?」 
吐息混じりの声がする。 
「こんなに急いで……大きくしてる」 
言葉が、こんなにも身体に流れる血を熱くするものだということを知った。 
体温の高い身体が、巻きついてくる。 
私は、禁を破って目を開けた。 
顔を上気させた小野寺が、私の腰に脚をからめ、手の指を舐めていた。 
「急いで……」 
仰せの通りに、私は小野寺の脚に手をかけてほどき、そこに顔を伏せた。 
「ん……っ」 
潤っている。 
自分だけにそうする権利のあるその場所を、舌先でなぞる。 
動きに合わせてひくつく腰、頭を挟んでくる熱い太もも、髪にからむ指。 
思春期の少年のように性急に、高まった自分を押し当てる。 
「あん……」 
両の手首をつかまれて、我に返った。 
まだ、早いか。 
喉をそらせていた小野寺が、薄く目を開けた。 
「いいの。ちょうだい」 
ぐっと、熱が集まった。 
きしむ感じは、最初だけだった。 
私を飲み込んだ小野寺は、それだけで身体を震わせた。 
私に目を閉じさせることを忘れた魔女の白い肢体が、狭いベッドの上でくねる。 
顔を枕に押し付けるようにして、押し殺した声を漏らす。 
ぎゅっと寄せた眉の下で、赤らんだまぶたが細かく痙攣する。 
そのひとつひとつが、熱い粘膜に包まれた自分を脈打たせた。 
このままでいたかった。 
しかし、いかんせん時間がない。 
動くと、私の下でこの上なく色っぽく、艶っぽく、みだらな声がこらえきれないように細く引いていた。 
自分の欲求のままに、終わるまで突き上げるつもりだった。 
途中で、私の二の腕に魔女が爪を立てた。 
「ま……、待って、ちょっと……激し」 
息をつくと、小野寺はちょっと私を睨んだ。 
「もう……、自分勝手」 
何か言う前に、小野寺は私の腕をつかんで倒した。 
つながったまま、私たちは並んで横になった。 
上になった小野寺の脚が、私の腰をまたいだ。 
「あ、……ん、これ、も、いい」 
確かに、抜けそうで抜けない姿勢が新しい刺激になる。 
「ほんとに、急ぐんだもの……。いやな人」 
声。 
その声。 
私は彼女を横抱きにしたまま、腰を使った。 
「んっ、あ……っ、うんっ、あ、あ……」 
ゆるい心地よさが、続く。 
「……もう」 
ギブアップしたのは、私だった。 
小野寺は、ほうと息をついて体を開いた。 
「いいわ」 
小野寺を組み伏せて、私は奥の奥まで届けと自分を打ち込んだ。 
「んあっ……、あ、……あんっ、い、あっ、あ、ああ」 
締め上げられるような感覚は、自分のせいか小野寺のせいか。 
根元から絞り上げられるような、それでいてからみつかれるような。 
小野寺が身体を波打たせるようにもだえ、その度に乳房が揺れ動き、宙に差し出された手が私を探す。 
「あ、い、いい、いいわ……、あんっ、それ、んっ、あ!」 
ベッドがきしみ、小野寺が両脚で私を強く挟んだ。 
「ああっ、あっ!」 
中が狭くなる。 
思わず、私もうめいた。 
締められていた部分が少し柔らかくなり、ぴんと突っ張っていた身体がくったりと落ちる。 
「ん……、すご…」 
私はまだ、中にいる。 
小野寺は、涙をためたような目で私を見上げ、恥ずかしそうに笑った。 
「いいのよ。して」 
お言葉に甘えて、私は動いた。 
一度達した小野寺は、新しい刺激に辛そうな顔をしたが、すぐに目を閉じて余韻に身を任せたようだ。 
「……っ」 
駆け上がってきた快楽をこらえずに、私は欲望にしたがって自分勝手に終わった。 
それでも、小野寺は優しいキスをしてくれた。 
自分の部屋でそういうことになるとは想定していなかったおかげで、私はまたも用意がなく、しかも 
外に出すこともしなかったのに、それについては何も言われなかった。 
できることを、証明してもいいと思っているのかもしれなかった。 
そして、私たちは前回同様に、ひどく慌しく後始末をした。 
交代でシャワーを浴び、私はボタンの取れていない新しいシャツを着て、上着を羽織った。 
髪を整えて、菜乃香の様子を伺いに行く。 
執事の後ろめたさなど微塵も知らずに、お姫さまは眠りたりないような顔で起きてきた。 
「つらしゃー、おのーらしゃんはー」 
自分がお昼寝している間に、お気に入りの編集者がいなくなっていないことを確かめて、にこっとする。 
少し気まずそうに、小野寺は菜乃香を抱き上げた。 
 
――― ――― ――― 
 
よく晴れた日に母子お揃いで退院した奥さまは、芝浦の運転する車で旦那さまと菜乃香とご一緒に帰宅なさった。 
出迎えたのは執事である私と、打ち合わせの時間が迫って腕時計を見ながらそわそわと待っていた女編集者。 
「ああ、やっと戻ってきた、おかえりなさいすみれちゃん、元気そうよね、赤ちゃんも?寝てる?」 
おくるみの中の新生児をちらっと覗きこんで、そのまま腕時計を見る。 
「ああもうほんとにタイムアウト。あなた、あたし今夜は早く帰れると思うけど、だめなら電話するわ」 
大きなバッグを抱えて早口でまくし立てると、ハイヒールをひっかけて慌しく飛び出していく。 
当家の主人と奥さまのご帰宅に際して、その態度はいかがなものか。 
「まあ、小野寺さんいらしてたんですか、え、あら?」 
奥さまが目を丸くし、菜乃香を抱き上げた旦那さまがくす、くす、と笑い、荷物を抱えた芝浦が噴出す。 
「照れ……」 
聞こえるか聞こえないかの声で旦那さまがおっしゃる。 
そうだろう、私だって許されることなら一緒に屋敷を飛び出したいくらいだ。 
汗がにじむのは、室内の気温が高すぎるせいなのではないか。 
すると、菜乃香が旦那さまの腕から乗り出すようにして、奥さまの袖を引っ張った。 
「ママー、おのーらしゃんねー、しつりのつまー」 
思わず私は、からんでもいない喉で咳払いをした。 
まあ、そういうことになったのだ。 
奥さまが、入院している十日ばかりの間に。 
菜乃香にその言い方を教えただろうパパは、まだ話が飲み込めない奥さまに微笑みかけた。 
「津田……、奥……、片付けた」 
奥さまはちょっと首をかしげただけで、察しのいい笑顔で私を見上げ、腕の中の赤ん坊に頬を寄せた。 
「まあ、いっぺんに家族が二人も増えて、幸せね」 
 
今頃、執事の妻は耳までまっ赤にしながら駅までの道を急いでいるに違いなかった。 
 
 
――――完―――― 

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