――助けてくれ!  
 
 小松祐介は叫ぼうとしたが、叶わなかった。  
 何故なら、そこは水の中であったからだ。  
 海なのかプールなのかは分からない。  
 ただ、もがいて開いた口に大量の水が入ってくるのだけが理解出来た。  
 いや、僅かに流れ込んでくる水にしょっぱさを感じ取る事が出来る。と言うことは、ここは海なのだろう。  
 
(俺は何でこんなとこに居るんだ?何で溺れてるんだ?)  
 
 状況が全く理解出来ていない彼は、手足をばたつかせて必死に浮上しようと試みるも、その表情は至って平然としている。  
 
(俺は確か…部屋で寝てたはずじゃ…)  
 
 そう、これは全て彼の夢の中での出来事である。  
 漸くその事を思い出したと同時に目覚め、勢い良く起き上がろうとして――祐介は何か柔らかい物にぶつかり、またベッドへと倒れこんでしまった。  
 その拍子に彼の口を満たしていた液体が零れ落ち、彼のパジャマをぬらしてしまう。  
 
「きゃんっ!もぉお兄ちゃん、突然起き上がらないでよ!」  
 
 正面から聞こえてくる妹の声。  
 祐介は目を開くと、そこにとんでもない物を見てしまった。  
 なんと、間もなく13歳になろうかと言う美春が、両手を後ろに着いた状態で彼の膝の上に座っているのだ。それだけならまだしも、両膝を立てており、尚且つスカートは捲れ上がっているのだ。  
 
「おま…な、なんて格好してんだよ」  
 
 思わず叫んで、身を引いてしまう。  
 その拍子に美春は更に態勢を崩してしまい、支えを失って仰向けに転がって…後転を失敗したかのような姿勢となってしまったのだ。  
 彼女の未だ毛の生えていないつるつるのスリットが目に飛び込んでくる。  
 
(…へ?)  
「おい、美春!お前、パンツはどうした?」  
 
 呆然と、しかしながら自然とそこに目が吸い付けられる。  
 
 足を振り下ろして反動で起き上がった美春は、慌ててスカートを押さえると恨みがましそうな目で祐介を見上げ  
 
「まじまじと見ないでよ、お兄ちゃんのエッチ」  
 
と言い放った。  
 だが、それはどう見ても上目使いであり、更には微かに頬を染めて小さな声で呟く彼女は、怒っているようには見えない。  
 
(エッチってな)  
「おーまーえーはー」  
 
 祐介は両の手を拳に握ると、妹のこめかみに当ててグリグリと動かす。  
 
「いた、痛いよお兄ちゃん、ごめんなさい」  
 
 心の篭っていない謝罪ではあるが、彼女のその言葉に祐介は手を放し――そこで漸く、彼は部屋の中に漂う臭いと、己のパジャマからシーツ、挙句の果てには美春のスカートの一部が濡れている事に気が付いた。  
 
「美春、怒らないから何をしていたのか言ってご覧?」  
 
 顔には優しい兄といった笑みを浮かべながらも、ややドスの効いた声で優しく問いかけるという器用な事をやってのける祐介。手は妹の頭を優しく撫でているが、目は笑っていない。  
 
「あ、あのね…朝ごはんの支度出来たから、お兄ちゃんを起こしてきなさいってお母さんが…」  
「うん、それはいい。起こしてくれたのはありがたい」  
「じゃ、じゃあいいじゃない。早くしないとご飯冷めちゃうよ」  
 
 美春は何とかこの場を逃れたいのか、兄の肩に手を置いて宥めるようにポンポンと叩くと、立ち上がろうとする。ところがその手を祐介が掴んで引っ張った為に目的は果たせず、その場にぺたんと尻餅を着いてしまった。  
 
「待ちなさい」  
「……」  
「美春はどうやって、お兄ちゃんをおこしてくれたのかな?」  
「それは、その…」  
 
 粗方予想は出来るものの、敢えて相手の言葉を待つ祐介。  
 兄の真剣な眼差しに捕らえられ、渋々ぽつりぽつりと話し出す。  
 
「この前、テレビで見たじゃない?寝坊した人に、その…ゴニョゴニョを掛けて起こすっていうの」  
 
 美春が言っているのは、先日家族揃って見たコメディ劇場のテレビ放送の事だ。  
 
「でね、あの時あの役者の人、なかなか起きなかったじゃない?本当に起きないのかなぁって…」  
「それで、俺に試してみたって訳か」  
 
 祐介の言葉に大きく頷く美春。  
 妹のその仕種に彼は諦めたよう頭を振ると、大きく溜息を漏らした。  
 
「なぁ、お前ももう13歳だろ?恥ずかしくないのか?」  
 
 今や室内に充満したアンモニア臭に微かに眉をしかめる兄を尻目に美春は立ち上がる。今度は祐介からの妨害も無くすんなりとべっどから降りると、  
 
「先に行ってるね。お兄ちゃんも、早く降りてきてよ」  
 
と言い残して部屋を出て行こうとする。  
 
「ああ、着替えてから行くよ」  
 
 祐介が妹の背中にそう告げると、彼女はドアを開け放ち一歩踏み出したところで立ち止まり、半身だけで振り返った。  
 
「あの…ね、お兄ちゃんだから…恥ずかしくても平気だよ」  
 
 そう言い残すと、美春はバタバタと慌しく階段を駆け下りていったのだった。  
 
 
 
[END]  
 

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