彼女──が、日本のTV番組の画面に現れたのは、去る2009年12月のことである。  
21世紀最大の発見、と一時世界中を騒然とさせたその存在であったが、  
熱し易く冷め易い現代の風潮により、  
当初はさほど話題にならなかったのは仕方がないのかも知れない。  
南米○ルーに属するア○デス山脈の高地に、独自の進化を遂げた獣人を見た──  
日本のフリージャーナリストが報じた一つのニュース記事は、  
おそらく生物学の世界に大きな影響をもたらしたに違いない。  
「まるで、うちで飼っている犬がそのまま二本足で歩いているのを見るような、  
不思議な感覚に陥った」と語るジャーナリストの言葉の通り、  
その容姿は牧羊犬「ジャーマン・シェパード」に酷似していた。  
犬そのものの頭部。少し太い首から下は、骨格のバランスが違うものの、  
人間の姿と変わらなかった。それはエジプト神話の犬頭の神を思わせる。  
全身を、これもシェパード犬と同じ、ブラックとタン(黄褐色)が入り混じった、  
オーバーコートとアンダーコートの二層の毛が覆っており、  
長く太い垂れ尾を持つ。  
腰に刺繍の施された美しい布を纏っていることが唯一、  
その生き物がただの獣ではないことを感じさせた。  
彼らは、部外者に対して、言葉が通じないまでも親交を求め、  
平和を強く愛しているようだったという。  
驚いたことに、中にはスペイン語(※○ルーの公用語)を話せる者も居たのである。  
すぐ後に、事実が明るみに出る。  
彼らは、○ルー政府が以前からその存在に気付き、  
外交上の切り札に利用価値があろうかと隠していた、  
「地球上第二の知的生命体」だった。  
 
世界中にその一報は流れ、騒動は過熱した。  
世界各国からの突き上げを食らい、○ルー政府は情報を開示することになる。  
やがて、国連の決議により、その異種族と人類の文化交流が行われることとなった。  
彼らは、自らを  
「グラン(当種族の言葉で、『二足で立つ者』の意)」  
と呼ぶ。総人口1600弱の閉鎖された山域で暮らす、犬を祖先とする獣人だった。  
代表が三名、選ばれた。  
アニミズムを主体とする文化の彼らにおいて一番の知識を有する呪術家の夫妻、  
「サナ(♂)」、「ネイ(♀)」の二名は、相互の文化研究のため○メリカ合衆国へ。  
そして、グラン族の王女「ナウル」は、親善大使として、  
数ヶ月ずつ、世界各国に順に滞在することになったのである。  
 
 
ナウルが日本に来たのは、  
グラン族の存在が公になってから一年以上も経ってからだった。  
すでに人々の関心が薄れ始めていた頃である。  
TVの画面に現れたのは、笑顔を振りまいて尻尾を振る、二足歩行の「犬」だった。  
背丈は人間の平均より少し低く、  
野生を感じさせる神秘的な獣人のイメージを期待していた人々からは、  
「あれでは愛らしいペットの犬と変わらない」との失望を買った。  
日本に来た当初のナウルは、王族らしい装飾も着けず、  
彼らの民族衣装ともいえる腰布一枚を纏っただけの裸であった。  
グラン族の女性は、人間と同じように胸部に二つの乳房がある。  
それは乳頭が退化した擬似乳房であるとされていた。  
一説には、人類との収斂進化(※隔絶された生物種が、酷似した進化を遂げること)  
によって発達したものであって、機能はないという。  
乳頭が毛に覆われて見えないため、猥褻感は感じられないはずだが、  
保守層からの非難を受け、  
ナウルはすぐに三角に折った白い布で乳房を隠すようになった。  
(これは、ホテルにあったシーツを折り畳んで巻いただけだったそうだ。)  
もっとも、二つの大きな乳房の下には本来の役目を持つ、  
犬科に特徴的な八つの(こちらは乳頭がはっきりと見えるほどの)  
小さな乳房が縦に二列、並んでいたのであるが。  
 
TV番組の制作会社は当初、  
「文明に触れた異種族の王女」といった方向で企画を立てていたが、  
それはすぐに飽きられる結果となる。  
グラン族は疑うことを知らず、また、感情を隠すことができない。  
そして、普通の犬と同じように何にでも喜びを感じ、それをストレートに表現するのだ。  
まるでバラエティ番組のリアクション専門のタレントのように、  
何をしても、目を輝かせて尻尾を大きく振り、  
「楽しい」「嬉しい」を繰り返すナウルに対する視聴者の反応は、  
見た目が可愛いだけの女性芸能人に対するものと変わらなくなっていった。  
彼女は、人に体をすり寄せて愛情表現をするのが好きで、  
人目をはばからず、その場に居る人間誰にでも甘えた。  
その表情は、アップで映されるとまるで犬にしか見えなかった。  
ただ、人々がこの「もうひとつの知性」に対し、期待外れだと感じたのは、  
あくまでも人間よりずっと知能の劣る犬の姿を重ねていたからである。  
 
あるニュース番組のゲストに招かれたときのナウルの発言が、  
グラン族に対する評価と、彼らのその後の運命を大きく変えることになる。  
キャスターの女性が、何気なくナウルに問いかけた。  
「ナウルは日本語、すごく上手だけど、どうやって覚えたの?」  
ナウルはまた大喜びの表情を浮かべて答えた。  
「辞書で覚えたんです。ほら、国語辞典?  
 発音はね、五十音のテープを一度聞かせてもらって……」  
質問をしたキャスター、そしてスタジオ、視聴者の全てが、一瞬その発言に凍り付いた。  
「辞書を……、全部ですか?」  
「日本に向かう飛行機の中で覚えたんですよ。  
 もう13カ国語を覚えました。でも、あと40くらいは覚えないとね。  
 まだまだ色んな国の人に会いたい。色んなこと、知りたいんです──」  
ただの犬──と思われていた彼女の、真の姿がそのとき明らかになったのである。  
 
その発言以降、日本はある種の熱狂に包まれる。  
グラン族の能力を紹介する番組が組まれ、その中で、ナウルは恐るべき才能を次々と披露した。  
あるときは、スイス製の最高精度の時計を十数分で分解し、  
同じ時間で元通り動くように組み上げることもやってのけた。  
それは人間では熟練の職人が何日もかけて、  
それでも成功するか分からないほどの作業なのである。  
肉球の付いた指は一見、不器用そうに見えるが、彼女は黒く鋭い爪を上手く使い、  
人間の何倍もの早さと正確さで作業をこなすのだ。  
ただ単に、記憶力だけが飛び抜けて高いのではないか、と応用力を試されたナウルは、  
数式を自在に操り、数学の証明問題を難なく解いた。  
頭脳だけではない。身体能力もあらゆる面で人間を凌駕していた。  
筋力はその細身(毛皮で膨れては見えたが)の体に似つかわしくないほど強く、  
砲丸をまるでお手玉のように扱った。  
それは類人猿が檻の鋼鉄の棒を易々と曲げてしまう姿を連想させる。  
跳躍は生身で軽く3メートルを超え、反射神経は野生の肉食獣に匹敵した。  
様々なスポーツにナウルが挑戦する番組が、人気を呼んだ。  
人間のプロのスポーツ選手が、彼女にまるで敵わなかったのである。  
それはナウルだけの、つまり、グラン王族の特殊な能力ではないか、  
との問いに彼女はまたこう答えた。  
「私たちは、身分に上下を付けないんです。  
グランの王族はただ、皆の意見がまとまらないときなどに決断を下す、  
その程度の役割しかないんですよ。  
だから、私のできることなどは、グラン族なら誰でもできます」  
王と王妃にあたるナウルの両親は少し前に亡くなっており、  
世界中には王族と紹介されているが、  
今の自分は実質的には首長と呼ぶべき立場なのだと言う。  
その首長がこんなところに居ていいのかという質問に、ナウルは  
「それだけ、グランの社会は平和で、そもそも問題など起こらないのです」  
と答えた。  
 
日本での熱狂とは裏腹に、世界では危機を訴える者が多勢であった。  
国連は水面下で有識者を集め、この事態について検討を行った。  
万物の霊長として地球に君臨していたはずの人類より、  
あらゆる能力において秀でた存在とどう対すべきなのか──。  
一度の産子数と生涯の出産回数が犬に等しいものの、  
アニミズム文化に留まることで人口が抑えられていた彼らが、  
人類の医療技術と価値観を手にしたとき、二つの種族間のバランスは崩れるだろう。。  
人類は、彼らに隷属する存在となりかねない。  
国連の召集した委員会は、一つの結論を出し、その遂行を決議した。  
地球上にあのような生物種は居なかったことにする──。  
敵対という概念を持たないグラン族に対し、  
杞憂にすぎない人間の一方的な思い込みで、彼らは排斥されることになったのである。  
 
ナウルの日本滞在は期限を迎え、彼女は次の地、○メリカ合衆国に旅立つこととなる。  
そこには、相互文化理解と研究のための使節になったサナとネイが居る。  
久し振りに同胞に会えると喜んでいたナウルは、  
しかし、その期待を粉々に打ち砕かれることになる。  
○メリカではすでに徹底した報道管制と情報操作が行われていた。  
陽気で純真で疑うことを知らない異種族の王女は、  
その後、大衆の前に姿を現すことなく、消息を絶つ。  
そして、あれだけ熱狂に包まれていた日本でも、雑多な情報の交錯する世の中で、  
彼女たちの存在は、驚くほど急速に忘れ去られていったのである。  
 
 
──どこからか聞こえる、ブーンという鈍い振動音が耳につく。  
ハァハァという荒い息が一つ、そして押し殺したような呼吸の音が無数に響く。  
目の前が真っ白なのは、  
自分が強いライトの光に照らされているためだとナウルは気付いた。  
そのライトの向こうに何者かが居るのだが、確かめようが無かった。  
ナウルはその場から動けなかったのである。  
記憶は、○メリカへ向かう飛行機の機内で止まっていた。  
辞書で英語をマスターした彼女は、いつものことであるが、  
その頭脳を激しく稼働させた反動によるものか、強い睡魔に襲われる。  
使節として特別な待遇を受けている彼女は、  
そのままどこかのホテルへ運んでもらっているはずだったのだが──。  
 
ナウルは自分の置かれた状況をさらに確認する。  
腰布は剥ぎ取られており、  
日本に居たときに身に着けるようになった胸を隠す布も無く、全裸だった。  
毛皮に包まれた身でありながら、羞恥を感じた。  
昔から滅多に外すことのなかった腰の衣装が無いためか、股間が妙に涼しい気がする。  
しかしそこの様子を確認することもできぬまま、  
ナウルは現実を認識して体を硬直させた。  
──両手に、金属の枷が嵌められている。  
枷からは鎖が伸びており、伏せた姿勢のナウルの目の前に置かれた、  
直径20センチほどの二つの金属球に繋がれていた。  
驚いて顔を上げるナウルの眼前で、ジャラジャラと大きな音が鳴る。  
太い猛獣用の鎖が首から垂れているのだ。  
幅10センチほどもある硬いものが首を締め付けていた。  
頭がグラグラするほどの重い金属の首輪が嵌められていたのである。  
両脚にも枷の存在を感じた。それにも金属球が繋がれているようだが、  
左右に離れた位置に置かれているそれは、ナウルが立ち上がることを許さなかった。  
計四つの金属球は、内部は鉛で出来ており、それぞれ40キロはある。  
グラン族の筋力をもってしてもそう簡単には動かせない重さだ。  
 
眩しいライトの光の中から、人のシルエットが浮かび、  
コツコツと足音を立てて近付いてくる。  
パニックになって、首輪を外そうと揺さぶるナウルに、  
冷たい調子の声が掛けられた。  
「強い衝撃を与えない方がいい。  
 その首輪の内側にはワイヤーが仕込まれていて、弾ける仕組みになっている。  
 早い話が、外そうとすれば首が飛ぶということだ」  
壁の反射光で、その人間の姿がぼうっと見える。  
軍服を着た男の兵士だった。  
ナウルも次第に知ることになるのだが、ここは軍の施設にある、  
拷問のための部屋だったのだ。  
 
「どうしてこんなことを……。  
 外してください──」  
犬のようにヒュンヒュンと鼻を鳴らしながら懇願するナウルの言葉を、  
男は無視するように言った。  
「ひとつ、確認したいことがある。  
 何度もインタビューで答えただろう?  
 お前たちの正確な男女別の人口を聞かせてもらおう」  
「?」  
質問の意図が分からず黙ったままでいたナウルの首輪の鎖が、  
男の手によって引き上げられる。  
次の瞬間、ブーツの先端が、ナウルの柔らかい左の乳房にめり込んだ。  
ギャンっと悲鳴をあげて、ナウルは首を吊られたまま身を捩った。  
涙に咽びながら、質問に答える。  
「……男性780人、女性813人……、  
 新しい子は次の春まで生まれませんから、これで……合っているはず、です……」  
「よし、いいだろう」  
鎖を放され、ナウルは床にどっと伏せる。  
男は、光の向こうに薄っすらと姿の浮かぶ別の兵士としばらく言葉を交わしていた。  
無線でどこかと連絡をしている。  
そして、ナウルに向き直った男は、口元に薄ら笑いを浮かべて宣告する。  
「ちょうど今、報告を受けた。  
 牝のグラン、752頭を捕獲。牡は720頭の死亡を確認。  
 昨年よりの自然死数、牝、牡共に59。頭数はこれでぴったりということだな」  
ナウルは男の言葉の意味をすぐには理解できなかった。  
ぼんやりとした頭で、計算する。  
数に含まれていないのは、人間社会に滞在している、自分を含めた三人。  
つまり、おそらくサナを除くグラン族の男性全員が死亡したというのだ。  
にわかには信じられなかったが、恐ろしくなって、体がガクガクと震えだす。  
「分かったか?  
 馴れ合いの時間は終わりということだ。  
 人類はグラン族をその管理下に置くことにした」  
「……どうして?」  
答えは返ってこなかった。  
 
突然、正面のライトの照度が落とされる。  
ナウルは、照明装置のすぐそばに、自分と同じように床に這わされた──  
ナウルより少し体格の大きなグラン族の女性の姿を捉えた。  
ナウルと同様に、太い金属の首輪と手足の枷、そして金属球に拘束された、  
呪術師夫妻の一人、ネイだった。  
「ネイ……、あなたまで、そんな……」  
ナウルは呼びかけてギョッとする。  
顔を上げたネイの目は虚ろで、ナウルを見ていなかった。  
ずっと聞こえていたハァハァという激しい喘ぎ声の正体が彼女だったことに気付く。  
涙と涎を垂らしながら、ネイは咽び喘いでいた。  
「ネイ? どうしちゃったの?  
 サナは? サナはどこ?」  
取り乱すナウルを見て、  
部屋に居た5〜6人の兵士たちが、下卑た笑いを漏らす。  
「王女さま、お探しのものはここだぜ!」  
兵士の一人が、ネイの背後に無造作に置かれていたビニールシートをざっと捲った。  
そこにあったのは、ナウルのよく知る顔──  
仰向けに転がされ、  
腹と床のそこら中に白い粘液を撒き散らして硬直しているサナの姿だった。  
サナは──死んでいるのだ。  
 
ナウルは思わず身を起こし、駆け寄ろうとする。  
手足の鎖がピンと張り、ナウルは床に叩きつけられるように倒れた。  
兵士が「仕方ないな」と呟きながら、ナウルの尾を掴み元の位置へズルズルと引き戻す。  
床を引き摺られながら、ナウルは手足の肉球に触れる、  
床の何箇所にも付いている丸い格子のようなものに気付いた。  
それは、血や体液、排泄物を水で洗い流すための排水口だった。  
最初の男が、ナウルの頭をブーツで踏み付けながら言う。  
「どうした、取り乱して?  
 お前が招いた結果だ。  
 お前が日本のTVに出るようになってから、この二匹には、  
 グラン族統制のための実験台になってもらっていたのだ」  
「私が……?」  
「お前のおかげで、人類はこの地球の君主の座から引き降ろされずに済んだのだから、  
 感謝しないといけないかもな」  
「グランは──私たちはそんなことしません」  
「人間はな、自分たちより優れた者の存在を認められないんだよ。  
 見ろ、すました顔をして人間を見下してたんだろうが──」  
兵士たちが、数人がかりでネイを繋ぐ鉄球を移動させている。  
ネイは仰向けにされ、その股間が、ナウルの位置からはっきり見えるようになる。  
性器を中心に、股間の毛が剃り上げられていた。  
露出した肌は薄紅色に染まり、激しい興奮状態にあることを示している。  
その表面を覆うヌルヌルした光るものは、  
彼女が分泌した恥ずかしい液体に他ならなかった。  
だらしなく開かれた股間の中央には、赤く腫れ上がった牝の性器が、  
太いバイブレーターを突き立てられ、ヒクヒクと蠢いていたのである。  
ナウルが目を覚ましたときから聞こえていたブーンという音は、  
そのバイブから発せられていた。  
ネイはハッハッと激しく胸を喘がせて快楽に悶えているのだ。  
その酸鼻な光景に、ナウルは息を呑む。  
そして、必死でネイに呼びかけた。  
「ネイ、ネイ……、ナウルです。私のこと……、分からないの?」  
しかし、ナウルがいくら叫ぼうとも、ネイは反応を示さなかった。  
「こんなケダモノが、人より優れているだって?」  
男が、ネイの膣からはみ出しているバイブを腹の中に蹴り込んだが、  
ネイはその苦痛をすら性の刺激と感じているかのように恍惚の表情を浮かべ、  
悶えるのだ。  
彼女は変わってしまった。  
聡明で知的で、ナウルの相談役でもあり信頼していたネイが、  
このような姿になってしまうなんて──。  
胸を締め付けられるような思いに、  
ナウルは涙をぽろぽろとこぼしながら問う。  
「二人にいったい……、何をしたの?」  
「二頭にはある薬を投与した。  
 グランは特定の物質を与えられると、性欲亢進症に陥るのだ。  
 牝はこのように、死ぬまで欲情しっ放しだ。牡は──」  
男は、サナの死体を指差した。  
「精液を撒き散らしてほぼ確実に死ぬ。心臓に問題が出るようだな。  
 こいつは心停止から何度も蘇生させた。  
 投薬のたびに精液を噴き出して、そりゃあ、見事だったぜ。  
 さっき、最後の薬を与えてやっと楽にしてやったがな」  
 
聞かなければよかった。  
ナウルは耳を塞いで、「やめて、やめて」と懇願するが、  
男の足はその哀れな獣の手を踏みにじりながら、話を続けた。  
「グランの集落は、一つの水源から全戸に水が引かれているらしいな。  
 そして、お前たちは水分を頻繁に摂取する。そこに薬を放り込めばどうなるか。  
 こうも上手くいくとは思っていなかったがな」  
ナウルは愕然とする。  
自分がテレビ番組などでグランの生活様式を語ったことが、  
このように利用されてしまった。  
いや、彼女だけでなく、サナやネイも問われずとも人間たちに教えただろう。  
この国で、二人はどのような研究に参加していたのか、ナウルは知らないが、  
請われれば、薬物に対する耐性などを自らの体で実験されることでも、  
躊躇わず協力したに違いない。  
それがグランという種族の性格なのだ。  
男は、ナウルを見下し、くくっと笑う。  
「発情した牝どもはすでに捕えてある。752頭分の枷とバイブを用意しなくてはな。  
 グランの牝どもは、各国に研究用に分配される。  
 どういう扱いを受けるかは知ったことじゃないが──」  
「グランの……男性は……?」  
「理解できないか? それとも、したくないのか?  
 お前たちの種族は、牡を全て失ったんだ。もう、子孫を残すことはない」  
ナウルは、考えまいとしていたことをはっきり宣告され、  
悲しみが爆発したかのように、わっと声をあげて泣き出した。  
グラン族は生命線を断たれ、行く末はひたすら人類に隷従し、  
暴虐を甘受するのみとなってしまったのだ。  
そして、遠くない将来、死滅する。  
ナウルは、  
長い歴史を紐解いても自らの種族がかつて経験したことのない事態に対処する術を知らず、  
我を失った。  
知能や身体能力が優れていても、心までが強いわけではない。  
若く、まだ経験の乏しい獣人の少女は、  
言い知れない不安に身を包まれ、ただ悲しみに打ち震えるのだった。  
 
兵士たちは愛国心を人類全体への義務へと拡大させ、侵略者を排斥しようと努める。  
そのためにはいくらでも残虐になれるのだ。  
彼らはすでに、グランを同じ知性を持つ存在として扱っていなかった。  
 
長い尾を体に巻き付け、身を丸めて嗚咽するナウルをよそに、  
男たちは、サナの死体とネイを取り囲む。  
「逆らわなければ、クローニングで種を存続させてやらなくもない、  
 というのがお前たちに対する最大の慈悲だ」  
だが、と言いつつ、男の一人がネイの首輪を掴み、その上体を勢いよく引き起こした。  
大きな牝の乳房が惨めに揺れる。  
丸裸にされた人間の女性の姿とさほど変わらぬその生き物を、  
男は家畜のように扱った。  
「この二頭の死体は、グラン族の成獣の標本にする。  
 貴重な検体だ。解剖して調べ尽くした後にな──」  
ネイは自分を待ち受ける運命を知らされ、ようやく正気を取り戻したのか、  
悲鳴をあげ、暴れようとした。  
しかし、股間のバイブから伸びるコントローラーを操作され、  
振動音が強くなるとすぐに身を屈めて動けなくなる。  
もはや彼女は快楽の虜であり、自由を奪うのに手はかからなかった。  
彼女が完全に抵抗することを諦めたのは、男に  
「サナと──お前の夫と同じところへ連れて行ってやる」  
と囁かれてからだった。  
ネイは小さく頷き、なすがままとなる。  
ネイの手枷から鉄球が外され、鎖が短く詰められて首輪に連結される。  
まるで犬がちんちんをするポーズそのものだ。  
足の鉄球も外され、足枷の間に肩幅ほどの短い鎖が繋がれた。  
ネイは首輪の鎖を引かれ、うねり続けるバイブをお腹に収めたまま、  
よたよたとした足取りで部屋の外へ連れ出されていく。  
ナウルは、ネイの身代わりに自分が解剖を受けると叫ぼうとしたが、  
何度か立ち止まったネイが、そのたびに絶頂を迎えているのだと気付き、  
訴えようとしていた言葉を飲み込んでしまった。  
あまりにも惨めなその姿。  
圧倒的な能力を持ちながら、抗うこともせず人間の軍門に下った一族の果ての姿。  
すぐに自分も後を追うのだろう、とナウルは思った。  
 
一瞬、振り向いたネイの視線が、ナウルの視線と交差する。  
ナウルは、ネイがふっと自分に向けて笑顔を見せた──ような気がした。  
グラン族の夫婦の絆は深い。ナウルは、それを誇らしく思った。  
ネイはきっと、夫と同じ死を受け入れることを覚悟したのだ。  
 
サナの死体も運び出され、部屋はいったん静まり返る。  
ナウルは床に顔を伏せ、泣き続けていた。  
男たちが再び何か行動を始めたことに気付き、ナウルは緊張する。  
「ネイはすぐには殺さないさ。  
 グランの牝は色々と楽しめることが分かったからな。  
 お前はお前の心配をするんだ」  
ナウルの目の前に、得体の知れない液体が注がれた金属の皿が置かれる。  
「仲間の牝は全員、色キチガイになったっていうのに、  
 王女さま一人だけ、まともな体ってのはいけないよなあ?」  
目の前にあるそれが、  
先ほどから話に出てくるグラン族を破滅させる薬であることは明白だった。  
「カフェインやアリル化合物を配合した無味無臭の薬品だ。  
 経口摂取、皮下注射共に効果がある。  
 自分で飲めないというのなら、注射だ。  
 体の一番、敏感なところに打ち込んでやろうか?」  
 
それはナウルを襲う次なる苦悩へのステップだった。  
グランの性欲を異常に亢進させる薬。飲めば、あのネイのように、  
激しく喘ぎ、股間から常に発情の証の粘液を垂れ流す体になる。  
 
それでも、飲まなくてはいけない──とナウルは思った。  
男たちの言う通り、自分だけがこの受難を逃れることは許されない。  
サナやネイ、そして全ての同胞たちの苦しみを思えば、  
この身を性欲の塊にやつすことなど大したことではないのだと自分に言い聞かせた。  
ふと、欲に囚われれば、  
この現実から逃避できるのではないかという期待が自分の中にあることに気付き、  
ナウルは、ハッとして頭を左右に強く振る。  
そうではない。  
正気を保って、この先起こること全てを我が身に受け入れることが、  
仲間への償いになるのだ。  
ナウルはゆっくりと皿に舌を近付けた。  
(ああ、私もネイのようになるんだ──)  
恥ずかしい汁を垂れ流して悶えるネイの姿が一瞬、脳裏を過ぎったが、  
ナウルは意を決して皿に顔を埋めた。  
 
ぴちゃっと音を立て、舌を巻き込むようにしてその悪魔の薬を喉の奥に送る。  
「ひと舐めでいい。充分、効果がある──」  
そう告げる男の言葉は、ナウルには聞こえていなかった。  
液体を飲み下した次の瞬間、全身がカッと熱を帯びる。  
ぞわぞわっと全身の毛が逆立ち、  
禍々しいものがはらわたを掻き回すようにしながら腹部を満たしたかと思うと、  
全身にその嫌悪感が広がり、それは激しい痙攣に変わった。  
痙攣が治まった後も、体中を熱っぽさが包んだままで、自然に呼吸が荒くなっていく。  
この熱はきっと、一生このまま消えないのだと思った。  
ナウルは取り返しがつかない自分の体の変化に恐怖した。  
 
脱力して喘ぐナウルに対し、男たちは次の仕置きを開始するのだった。  
両手の鉄球が外され、代わりに天井から伸びる二本の鎖が結わえられる。  
そして、ガラガラと滑車の音が聞こえ、鎖が引き上げられていく。  
ナウルの体は直立し、胸の二つの乳房と腹部の八つの乳房が無防備に揺れる。  
人間と違って肩の関節が左右に開き切らないグランの両手は、  
招き猫のような手付きで吊り上げられる。  
その滑稽な姿がより一層、ナウルを惨めにさせた。  
足枷に繋がれた鉄球はそのまま、左右に離して置かれ、  
ナウルがその股を閉じることができないように割り裂く。  
「すぐに汚い汁でベトベトになるんだ。拭き易くしておいてやったぜ」  
そう言われ、ハッとして視線を落としたナウルは、ネイと同じように、  
自分の性器の周りと太股の上部の毛が剃り上げられていることに気付いた。  
恥ずかしさのあまり、股下から尻尾をくるりと前に回して股間を隠す。  
それは予測された行動だった。  
「やっぱり尻尾が邪魔だよなあ」  
兵士がそう言ってナウルの背後に回る。  
背中の方でガチャリと音がした。  
すでに尻尾専用の枷が用意されており、ナウルの太いフカフカした尾が、  
天井から鎖で吊るされ、持ち上げられていた。  
そうして、彼女の乳房と性器、お尻の穴は完全に無防備な状態で剥き出しになり、  
衆目に晒されたのだ。  
「獣のくせに、意外と小さくて慎ましい性器だな」  
「前も、後ろも、粘膜は綺麗じゃないか」  
「まだ若いんだろう? 人間では15、6といったところか?」  
「さて、これから何をされるか、わかるか?」  
ナウルは鎖に繋がれた体をブルブルと激しく震わせた。  
純真で自分を誤魔化すことすらできない種族であるグランは、  
感情を理性で抑えることなく恐怖を露にする。  
人間の目には演技とも思えるほどの大袈裟な反応は、獣そのものだ。  
それは、TVカメラの前で嬉しさに尻尾を千切れるほど振っていたのと同様の、  
悲しいまでの種族の習性だった。  
 
恐怖のあまり口を大きく開き、舌をだらんと垂らして喘ぎ、震え続けるナウルを、  
不気味な沈黙が包んだ。  
再び、強い照明がナウルの無防備な肢体を照らし上げ、残忍な宣告が行われる。  
 
「これより、グラン族王女ナウルの調教を始める──」  
 
調教、という言葉を聞いて、ナウルはまた怯えた。  
首を大きく振りかぶり、  
ライトに照らされて妖しいほどに美しく輝く褐色の毛並みを波打たせながら、  
手足を割り開く鎖、首輪から垂れ下がった鎖を打ち鳴らす。  
「お願い、やめて……、どうしてっ?」  
恐ろしさに身を捩った彼女の股間から、チョロチョロと小便が垂れ、  
床の排水口に吸い込まれていく。  
「おっと、テイク1だ」  
男の合図で、複数のカメラが回され、  
ナウルの恥ずかしい姿が余すところなく映像に写し取られる。  
 
「調教の様子は全て、ビデオカメラに収める。  
 散々TVに出ていたお前だから、意味は分かるだろう?  
 高慢な異種族の長が人間に屈服する様を映像にまとめろという指令だ。  
 要は、見せしめだな。  
 お前にとっては、仲間に対する贖罪になるんじゃないか?」  
ただ自由を奪われ、  
性をコントロールされることしか想像していなかったナウルは、  
様々な苦痛がその身に与えられることを知る。  
 
「人間を見下したことを、たっぷりと後悔させてやる。  
 恥辱をその肉体に刻み込め」  
男はそう言って進み出ると、  
ナウルの胸に突き出た二つの大きな膨らみを鷲掴みにし、捻り上げた。  
激しい痛みと共に、全身を痺れるような妖しい感覚が走る。  
(ああ、薬の効果が……)  
腹部の八つの乳房は張り詰め、乳頭が硬く勃っている。  
未発達で陥没していた胸の乳房からも乳頭が淫らに頭をもたげ、  
男の掌に擦られジンジンと疼く。  
剥き出しにされた性器から溢れ出た粘液が、糸を引いて垂れ下がるのを感じ、  
ナウルは絶望の悲鳴を上げた。  
 
──これがナウルにとって救いの無い陵辱の日々のほんの始まりだった。  
後に、大衆の目に再び彼女が触れるときには、  
誇らしげに輝く褐色の毛並みを踊らせ、陽気に振る舞っていた、  
美しく愛らしかった獣人の少女は見る影もなく、  
無残な姿に変えられていたのである。  
 
 
−鉄鎖と褐色の獣1 完−  
 
 

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