「テクラ、準備をしなさい──」  
階下から、ご主人さまの呼ぶ声が聞こえる。  
わたしは、「はーい」とひと声答えて、姿見の前に立ち、  
全身を包む純白のふかふかした毛並みを、櫛で急いで整える。  
ほっぺの毛とうなじの毛、綿の実のような尻尾の毛まで、  
しっかり空気をはらんで触り心地のよいように仕上げる。  
そこだけ少し短く刈り揃えた股間の毛の狭間から、ぷっくりと膨らんだ、  
桃色の性器が顔を覗かせている。  
この部屋の中でだけ着けることを許されている、ブレスレットや羽織布を全て外すと、  
わたしは、青い金属の首輪だけを着けた、胸の乳房も露わな、  
生まれたままの姿になった。  
わたしたちの種族には決して外すことのできないこの首輪は──、  
わたしがご主人さまのものである証なのだ。  
 
城塞都市グラキアは、四方を野獣や蛮族の住む森に囲まれ、  
他の都市から隔絶された地域に在る。  
ご主人さまのような「竜人」と、そして、わたしたち「犬人」が共生し、  
独自の文化を築いていた。  
竜人は、人口のほんの数パーセントにも満たないが、高い知能と身体能力を持ち、  
都市を治め、また、外敵からその圧倒的な戦闘力をもって、人々を守ってくれている。  
彼らはその役目を果たすために大きな犠牲を払う。  
低体温のため本来は活動量の限られた彼らは、  
身体の活性を高めるために摩擦の多い服を着て体温を上げる。  
それは、寿命を著しく短縮させる行為であり、数百年、  
ときには千年以上も生きるはずの竜人が、数十年で命を終えるという。  
彼らの庇護下で安全を保証された犬人たちにとって、竜人は畏敬の対象だった。  
そして、あらゆる特権が彼らには認められている。  
それは、ときには犬人の命を弄ぶことすら許されるほどのものだった。  
 
竜人の男性は、身体を活性化させることで、極度に性欲が高まると言われている。  
却って女性の竜人は、年に合計してほんの数日しか発情を迎えない。  
余り余った性欲の捌け口として、  
竜人は犬人の女性を「所有」することが許されていた。  
それは、犬人にとってある種の名誉であるが、  
場合によっては悪夢のような制度でもあった。  
 
わたしは、犬人が成人となる13歳の春に、  
その竜人の性欲処理のためのメス──隷獣──に選ばれた。  
そのときのわたしは、名誉など感じることもなく、ただ、不安に包まれた。  
竜人は、特に制限なく、何人でも隷獣を持つことができる。  
そして、わたしたちの目には大きな違いは分からないものの、  
竜人は雑多な種族の集団で、本当に尊敬してやまないような者も居れば、  
粗暴で、残忍で、権力を欲望のために振るう者も居たのである。  
裸で首輪を鎖に繋がれた何人もの隷獣を連れた竜人が、  
そのメスたちを街中で乱暴に犯す様子を何度も見ていた。  
制度に逆らった者が、公開処刑されることもある。  
息絶えるまで、巨大な性器を持った四つ足の家畜の獣に犯される姿が、  
衆目に晒される。  
わたしは、自分の運命を呪ったものだ。  
でも──、  
今のわたしは、幸せに溢れて生きている。  
 
主人となる竜人の前に引き出された隷獣の候補は、その場で首輪を嵌められ、  
生涯、着衣や装飾品の類を身に着けることを禁じられる。  
竜人は、メス犬の腕と足、そして乳房に牙を埋め、  
その傷跡に自分の竜の鱗を、数日間貼り付けたままにする。  
わたしの白い毛皮も、そのときは花が咲き乱れたかのように赤い飛沫で染まった。  
竜の鱗から分泌される成分は、犬人の体を作り変える。  
犬人のメスは、そのときより一生、発情し続けるのだ。  
取り返しのつかない体になったことで、逆に不安を感じなくなったわたしは、  
生涯、この竜の男性に仕えることを誓ったのだ。  
青く輝く鱗のその竜人は、わたしよりずっと大きな体で、  
鋭い爪の生えた手足と、美しく隆起した筋肉を持っていた。  
わたしは、ご主人さまがいつも屋敷に居て物思いに耽る姿しか知らないけれど、  
グラキアで最も博識な竜なのだという。  
そして、その竜族特有の表情に乏しい顔の裏には、優しさが満ちていた。  
初めて隷獣を手に入れたご主人さまは、わたしだけを養うことにしてくれた。  
手足の傷跡はもう目立たなくなったけれど、  
柔らかい乳房には今でもご主人さまの鋭い歯の跡が残っている。  
それはわたしの、ご主人さまへの忠誠の証であり、誇りである。  
抱かれながら、この胸の傷跡を撫でられるときは、  
快感の神経を直接触られているかのようにゾクゾクするのだ。  
わたしはきっと、幸せなひと握りの隷獣の一人だ。  
わたしは、ご主人さまの愛を一身に受けている。  
 
毛並みを整え終えたわたしは、次に、両足を軽く開いて、  
膣に収まっていた細い棒をゆっくりと引き抜く。  
黒檀(※緻密で硬い木材)を削って作ったその棒は、  
ご主人さまと体を合わせているとき以外は常にわたしの体の中にあり、  
意識をそこへ向けさせ、膣を締め付け続けることを強要する。  
ご主人さまにいつまでも楽しんでもらえる体で居られるように、わたしが考えた工夫だ。  
おかげで、何をしているときでも軽い興奮状態に陥り、感じ続けている。  
身を屈めて、性器の周りの毛を舐めて整え、クリトリスを舌でゆっくり刺激する。  
興奮しすぎないように、一人で感じすぎたりしてしまわないように、  
注意を払って、ご主人さまが挿入するのに必要なだけそこに潤いを与える。  
準備が整い、わたしは大事なおつゆをこぼさないようにキュッと入り口に力を入れると、  
階段を降りてご主人さまの待つ部屋へ向かった。  
竜人が暮らすのは建物の一階、隷獣は二階、と決まっていた。  
それは隷獣が逃げ出さないようにする意味があるらしいのだけど、  
私とご主人さまの関係においては、そんな心配はないのに、と思う。  
 
白いシーツを被せた、中央に窪みのある交接用のベッドにわたしは優しく寝かされる。  
ご主人さまは一日に何度も、こうして私の体を求めるのだ。  
それに応えるのが、隷獣の役目。  
短くてころっとした犬族の足をそっと左右に開いて、  
ご主人さまが体を重ねる、荒々しくも優しいその動きを受け止める。  
興奮と期待に薄っすらと桃色に染まった乳房を、ご主人さまの手がゆっくり揉みあげる。  
わたしはその快感に小さく「あっ」と叫び、  
緩んだ膣からとろりとおつゆが溢れ出たところに、  
ご主人さまのペニスが潜り込んできた。  
竜人の、不思議な、自在に動くペニス。  
それは犬人のオスのものよりずっと長く、そしてずっと情熱的だ。  
「テクラ──」  
「はい」  
わたしを見つめるご主人さまの竜の瞳は、縦に鋭く、長く、  
静まり返った水面に映る三日月のようで、感情をはっきりと読み取ることができない。  
本人もそれを分かっているのか、ご主人さまはわたしのことを言葉で褒めてくれるのだ。  
オスとメスがこうして体を合わせているのに、かしこまった口調が少し可笑しいけれど。  
「──お前はいつも性器を清潔にしているね。  
 それに、締まりがよくて気持ちいい。  
 隷獣を使い捨てのようにする輩も居るが、  
 お前はいつまでも素敵な体でいてくれそうだ。  
 何か努力をしているのだろう?」  
わたしは、言い当てられてポッと頬が熱くなるのを感じる。  
そして、請われたかのように、その褒めてもらえた場所で、  
ご主人さまを優しく、何度も締め付けた。  
ご主人さまは、気持ちよさそうにはあーっと息を吐く。  
「私はこんなに愛されて幸せだ。  
 ──お前を隷獣にできて誇らしく思う」  
嬉しい。  
くすぐったいような気持ちが全身に広がって、  
特にご主人さまを受け入れている部分は激しく火照って気持ちいい。  
「私たち竜人は、恒温動物でありながら、体温の水準は低い。  
 犬のお前とこうして体を重ねることで、元気をもらっているようなものだ。  
 感謝している──」  
交尾が始まってから、今になってようやく、  
ご主人さまの体はわたしと同じくらいの熱を持ち始め、  
その動きは激しくなる。  
腰が叩きつけられるように動き、くちゅっくちゅっとリズムを刻む。  
わたしは、おつゆをいっぱい溢れさせて、ご主人さまが奥へ深く入れるように頑張った。  
お腹の中で、変化が起こる。  
「えっ? 今日はまだ……」  
朝一番なのに、とわたしは言おうとした。  
ご主人さまのペニスが二つに分かれていた。  
ほとんどの竜人族は、  
ひと目には一本に纏まっているように見える特殊な形状のペニスを持っている。  
そして、これを使うのは、普段は就寝前の最後の交接のときだけなのに……?  
ご主人さまのペニスは、わたしの体の中を同時に二箇所ずつ、刺激し始めた。  
一本は、膣の内壁のひだのひとつひとつを楽しむかのように撫で、  
もう一本は、慈しむように子宮の入り口をなぞり、  
その先端を奥へと侵入させたりもした。  
わたしは胎内のあちこちを一度に刺激され、その激しい快感に全身を震わせる。  
しかし──、それを喜んで受け入れてはいられない。  
わたしの方は、激しく体力を消耗してしまうのだ。  
これでは、今日の後の仕事に支障が出る。  
身の回りの世話や食事を用意したりすることは、  
一頭しか隷獣を持たないご主人さまの下ではわたしの役目なのに──。  
 
「だ……め、です……」  
かろうじて絞り出した制止の声を無視して、  
ご主人さまはその激しい体の内の愛撫を止めようとしなかった。  
竜人のペニスは本人の意のままに動かせる。  
本気になれば、わたしをイキっ放しの状態にしてしまえる。  
「だ……、あぁ……、あっ」  
感じすぎて、もう何を言おうとしても言葉にならなかった。  
わたしは身動きが取れなくなって責めが終わるのをひたすら待つことになる。  
それは、ご主人さまの気まぐれで、何十分も続くかもしれない。  
永遠にやめないでいてほしいとも思う。  
きっと、心も体も耐えられないだろうけど──。  
 
「あっ、あっ、あっ、ああ、ああぁっっ!!」  
いつ息をしているのか、いつ叫んでいるのか分からなくなるくらい、  
目まぐるしく起こる快楽の波に翻弄され、そのうち、声も出なくなって、  
ヒューヒューと息を漏らすばかりになった。  
ご主人さまは、欲望の滾りを押し止めることをはばかりながらも、  
苦しそうなわたしを気遣って、体勢を入れ替えて、わたしを体の上に乗せてくれた。  
ご主人さまの上になって喘ぐわたし。  
もう声も出せない。目を固くつむって激しい快感の奔流に耐えるわたしは、  
それでも一生懸命、尻尾を振って嬉しさを表そうとした。  
お前の綿の実のような尻尾が揺れるのを見るのが好きだ、  
と言ってもらったこともある。  
だから必死になって尻尾を振り続ける。  
でも、いつの間にか意識を失っていて……。  
 
気が付くと、お腹の中に、ビューッビューッと噴き出す熱い液体を感じていた。  
ご主人さまの精。力強い竜の精は、そういう効果があるのか、  
疲れ果てたわたしの意識をはっきりさせてくれる。  
 
「ご主人さま……」  
お腹の中の射精が収まって、わたしは崩れるように、  
ご主人さまの、大きな筋肉の塊のような胸に抱きついた。  
じわっと涙が出てくる。  
この後、どうしよう。どうしてご主人さまは、朝からこんなに激しくしてくれたのだろう。  
わたしが誘惑してしまって、ご主人さまはいつにも増して興奮されたのだろうか。  
「ごめんなさい、ごめんなさい……」  
謝るわたしの涙を、ご主人さまは鋭い爪の付いた指先でそっと拭き取ってくれた。  
「違うんだ、テクラ。  
 今日はこれで終わりなんだよ」  
仕事もお休みだ、とご主人さまは言う。  
「お前はまだ私の正式な隷獣ではないんだ」  
「そうなんですか?」  
その言葉にわたしは驚き、少し落胆するが、ご主人さまの説明に、すぐに気を取り戻した。  
「お前が私の元へ来てから、三ヶ月になる。  
 あまり知られていないのだろうが、  
 三ヶ月が過ぎ、主人が気に入って初めて、  
 隷獣には正式な持ち物となるための処置が施されるのだ」  
「それじゃあ……?」  
「お前は本当に私のものになるのだよ」  
涙がまた、溢れ出してくる。  
ご主人さまの説明では、この時点で隷獣として認められず、  
犬人の社会へ戻される者も居るという。そうなれば、発情し続ける体を持て余し、  
娼婦として生きるしか道はなくなるそうだ。  
やはり、わたしは幸せなのだと思う。  
しかし、その処置というものは、聞いたわたしの体を一瞬、凍りつかせた。  
 
「断種処理をするんだ。  
 見た目には何も変わらない。発情もそのままだ。  
 ただ、お前は子供を産めなくなる──」  
 
わたしはそのあまりにも恐ろしい宣告に、しばし呆然とする。  
おそらく、隷獣の逃亡を許さないための処置なのだろう。  
隷獣が主人の命令を拒むことは許されない。  
残酷な運命の爪痕は、否応なくわたしの身に刻まれる。  
ご主人さまがわたしをベッドから降ろしてくれる。  
立ち上がろうとすると足がガクガクと震え、  
わたしはふらつきながら、ご主人さまのお腹に抱き付いた。  
「怖いかい? でも、隷獣に対する決まりなんだ」  
性行為のあとで火照ったご主人さまの体。その優しい温かさに、  
わたしは次第に気分を落ち着かせていく。  
女性としての能力を奪われることに、恐れを抱きはしたが、  
それはご主人さまに一生を捧げるわたしには、  
そもそも必要のないことなのだと思い直す。  
勝手に口が動き、わたしは自分から、  
一刻も早く処置を行ってもらえるようお願いしていた。  
 
「処置は専門の施術士が行うのだ。特別な能力を持った竜人だよ。  
 自分で行って、そして私のところへ帰っておいで」  
ご主人さまはそう言ってわたしを送り出す。  
そのとき、このようにも言ったのだ。  
「子供を産めなくなるのは、怖いだろう?  
 お前は特に優しいメスだからね。  
 そのまま逃げても構わない。首輪は、そう簡単には外れないが、  
 お金を積めば解決することでもある」  
手術代として渡されたお金で、自由になってもよいということだ。  
首輪が無くなれば、わたしが隷獣だったという証拠はなくなる。  
ただ、そんな選択肢が無いことは、  
わたしにも、ご主人さまにも分かりきっていることだった。  
 
──実に三ヶ月振りのことだった。屋敷から外に出たわたしは、身震いをする。  
隷獣は裸で居なくてはならない。お金の入った袋だけを手にした、  
首輪ひとつの姿で、わたしは人が行き交う日中の往来を歩かなければならなかった。  
消え入りたくなるような恥ずかしさが身を襲う。  
ご主人さまに愛されるようになってから、わたしの乳首は、  
起きていても、寝ていても、発情してずっと勃ちっ放しなのだから。  
毛を刈って露出した股間も、熱くなってぬるぬるしたおつゆを溢れさせている。  
わたしは、ときおり立ち止まって、  
それを衆人環視の中、舐め取らなければならない。  
隷獣は、人前で直接自分の性器に手を触れることも許されていなかった。  
いつか見た、街を引き回される隷獣の姿がまぶたに浮かび、泣きそうになる。  
発情の匂いを振り撒きながら歩くわたしには、またひとつの不安がある。  
裸なのだ。守ってくれるご主人さまも居ない。  
欲情した犬人の男に襲われないとも限らなかった。  
竜人のものに手を付ける馬鹿な犬はまずいないが、絶対とは言い切れない。  
緊張に包まれたまま、わたしは教えられた道を涙を堪えて歩き続けた。  
街には色とりどりの毛皮を持った犬人たちが溢れている。  
犬族は多くの血統に分かれていて、体の大きな者、小さな者、  
毛の長い者や短い者が居る。  
わたしの白い毛並みは、その犬族の中でも特によく目立った。  
人々の視線が、痛い。  
裸で股間を気にしながら、ハッハッと息を吐いて歩く隷獣の姿に、  
蔑むような目が向けられていた。  
わたしはその惨めさにまた、震えた。  
 
「テクラ? テクラじゃない?」  
「ほんと? 久し振りねえ……」  
突然、声を掛けられて振り向いたわたしの目に、懐かしい姿が飛び込んでくる。  
白い毛皮の三人の犬人が立っていた。  
あまり知能の高くない犬人にも、最低限の教養が必要であるとして、  
竜人が建てた学校。成人するまでの間、そこで一緒に学んだ仲間たち。  
イレーネ、ティア、タリアの三人だった。  
彼女たちはわたしと同じ白い長毛の血統の犬人で、いつも一緒だった。  
四人で並んだ後姿は、ふかふかの綿毛のような尻尾が皆そっくりで、  
少し長身のイレーネを除けばほとんど見分けが付かないくらい似ていた。  
今は──皆の方へ向き直ったわたしは、自分だけが裸であることを意識して、  
思わず俯いた。  
「恥ずかしがらなくていいよ、テクラ。  
 竜さまにお仕えする仕事でしょ?」  
「うん──」  
快活なティアの声に、わたしは勇気付けられた。  
「もう会えないかと思った。テクラ、綺麗になったね──」  
「そうかな……?」  
白い毛並みの下の、いつも興奮状態で紅潮した肌が透けて、薄桃色に染まった乳房を、  
三人に見詰められている。自分でも、そこが宝石のように美しくなったと思う。  
ティアが後ろからわたしに抱き付いて、首筋の襟毛に鼻を当てて、  
匂いをんーっと吸い込む。  
「いい匂い。テクラ、どんな化粧品を使ってるの?」  
「ご主人さまに買ってもらってるの……」  
「すごいね、尻尾もふかふかだし──」  
わたしは充分すぎるくらいに幸せなんだと気付かされる。  
再会を本当に嬉しそうにする三人。彼女たちはわたしを蔑んでいない。  
それどころか、興味津々で、竜との暮らしについて聞いては感心してくれた。  
一緒に食事をするのか。何を食べるのか。家事はどうするの? 水浴びはできるの?  
ご主人さまはどんな竜なの? 優しいの? 厳しいの?  
そして、どのように愛してもらえるの──?  
わたしは、竜さまとの性の営みをつぶさに語る。  
お腹の奥を探るように、優しく、長く、そして何度も愛してくれること。  
「あ……」  
話してるうちに興奮がつのって、剥き出しの股間からおつゆが垂れていた。  
恥ずかしくて消え入りそうになるわたしのあそこを、ティアが優しく舐めてくれる。  
「だめよ、ティア……」  
「ほら、気にしない、気にしない。なんなら、わたしも服を脱ごうか?」  
豪気で快活なティアらしい台詞に、わたしは安心して処理を任せた。  
あたたかい舌がとても気持ちいい。  
ティアはこう言ってくれた。  
「こんなに想ってしまうくらい、素敵なご主人さまなんだね。  
 いいなあ、わたしも何か充実した生き方を見付けたい──」  
素敵な友人たちとの再会に、わたしはすっかり、昔の気分を取り戻していた。  
「みんなは……、今どうしてるの?」  
「学校を出てから、わたしはまだフラフラしてる。  
 でもね、イレーネはもう働いてるのよ」  
「へえ〜、さすがね……」  
一番大人びてて、四人のお姉さん役のイレーネは、市場で目利きをしているのだと言った。  
平和な城塞都市の中では、若い犬が働き口を見つけるのは実は難しいのだ。  
「じゃあ、タリアは──」  
わたしは、三人の一番後ろで、引っ込み思案にしているタリアを見る。  
さっきから、少し気になっていた。彼女が抱えている花束。  
昔と変わらず、はにかみ屋の彼女は、  
両手で抱える綺麗な黄色い花の束の裏に顔を隠すようにして、にっこりと笑った。  
「今日はね、タリアにプレゼントを買いに来たの。彼女──」  
ティアが言う。  
「結婚したのよ……」  
 
わたしは、その場で凍りつく。正面に向き合う、わたしとタリア。  
幸せそうに、可愛い衣装と花に包まれる彼女と、  
乳房と性器を露わにして、今も軽い性的な興奮に支配されるわたし──。  
「どうしたの?」  
思わず、反射的に答えてしまう。  
「わたしはこれから……、断種処理を受けに行くの──」  
 
三人の、はっと息を呑む音。  
わたしの目から、堰を切ったように涙がこぼれた。  
犬人の女性としての能力を奪われる悲しさが、今になって溢れてきた。  
「ごめんね、タリア。祝福してあげたいのに、わたし……」  
嗚咽がこみあげる。  
お腹の、これから機能を奪われる場所が、  
キリキリと痛むような気がした。  
 
「テクラ、泣かなくていい。  
 あなたは竜さまに愛されているんでしょう?」  
泣きじゃくるわたしの頭にそっと、手が置かれ、優しく撫でてくれる。  
イレーネが、もう片方の手で、わたしの乳房をなぞるように、撫でる。  
わたしを隷獣にしたご主人さまの牙の跡を、ゆっくり指が這い、  
その形を確かめていた。  
「素敵よ、テクラ。  
 これが、あなたの愛の形なんでしょう?  
 人には色んな生き方があるわ。  
 どうして嘆く必要があるの」  
 
悲しみが、すっと消えていく。  
「うん、イレーネ。  
 わたし、本当のご主人さまのものになるの──」  
 
──友人たちに別れを告げ、わたしは先を急ぐ。  
一度は恐れた処置だけど、わたしの中でそれは強い誇りへと変わろうとしている。  
わたしはわたしの幸せを持っているんだ。  
もう迷わない。  
 
石造りの古い建物が、目的の場所だった。  
中へ入ると、埃まみれの暗い通路に、知らない者の目にはがらくたのように思える、  
いわゆる骨董品というものが、無造作に積まれている。  
その奥から、緑に光る鱗の竜人が、姿を現した。  
「ウルファのところの犬娘だね?  
 よく来た」  
ご主人さまより背の高い、細い目で笑いを浮かべたような顔の竜人に出迎えられ、  
わたしはほっと一息つく。竜族の前では、裸でいても恥ずかしくなかった。  
ご主人さまから預かったお金を渡すと、手術はすぐにでもできるということだった。  
特に準備も要らないから、とその施術士は言った。  
しかし、手術の方法を聞いたわたしは──激しい葛藤に襲われることになる。  
「これができる竜は、グラキアには私しか居ないんだよ」  
施術士は、竜族の体を暖める大きな外套を脱ぎ、そして腰に巻いた布をゆっくりと外した。  
そこにあったのは、触手のように動く、  
二本のペニス──。  
ご主人さまのものより、少し細く、ずっと長く、  
先端は尖っており、宙をゆらゆらと舞った。  
「これを挿入して、子宮の内側から隷獣のメスの器官を殺すのだよ。  
 痛みは我慢してもらう。なに、お腹の中の感覚は鈍い。  
 発情の儀式を受けたときの乳房の痛みほどではないだろう。  
 お望みであれば、同時ではなく、卵巣の片方ずつ処置して、  
 余ったペニスで性器を刺激してあげてもいいのだが……」  
 
ご主人さまのものになるために受けねばならない試練だとしたら、あんまりだ。  
わたしは、思わずこう言ってしまった。  
「お代はそのままお渡ししますので、どうか、どうか、  
 手術をしたことにして見逃してください──」  
「聞き捨てならないね。私が不正をするような竜に見えるかい?  
 理由次第では、お前を公開処刑にかけることになるよ」  
公開処刑という言葉に、ブルッと体が震える。  
街に引き出され、下等な家畜に散々犯された後、殺されるのだ。  
ふっと気が遠くなりながらも、わたしは必死に訴えた。  
「処刑されてもいい……。ご主人さま以外の竜さまに挿れられるのはダメなんです。  
 もし、間違いがあったら……」  
「ふむ、主人以外の精液を入れたくない、か……」  
施術士の竜は、ニュッと口元を引き上げ、細い目をさらに細くして、  
笑みを浮かべたような表情を見せた。  
いつも表情の乏しい竜族であるご主人さまと違って、  
同じ竜族でもこのような表情ができる者が居ることにわたしは驚く。  
ただ その笑みは犬人の笑みとはまた違うもののような気がした。  
「可愛い子だね。  
 安心しなさい。私がいったい何度、この手術を手掛けてきたか分かるかい?  
 失敗はないよ。決してお前の体を汚さないことを誓おう──」  
竜は、そう言って、あっと言う間にわたしの体を抱え上げると。  
備え付けられていた小さなベッドに押し倒し、圧し掛かってきた。  
「ああっ」  
わたしの首の根と右足を押さえつけ、尻尾で左足を押さえて自由を奪い、  
竜は腰を前に突き出す。  
道中の羞恥にすっかり濡れそぼっていたわたしのそこは、何ら阻むことなく、  
ご主人さまでない竜のペニスを受け入れていた。  
「手すりを持ちなさい。その方が痛みをこらえられる」  
配慮というより命令に近い口調で竜が言う。  
わたしは、ベッドの左右に備え付けられた手すりをしっかりと握る。  
そして、磔になったような姿で、されるがままになる。  
長いものが、膣壁を擦りながら、どんどん奥へ潜り込んでくる。  
突き当たりを押し上げられるような感覚の次に、ズンッと響く衝撃が走る。  
子供を育てるための器官が、貫かれていた。  
「子宮に挿れられるのは初めてかい?  
 いや、入り口は少し緩んでいるな。ウルファも好きだねえ……。  
 だが、こんな風に広げられるのは初めてだろう?」  
触手状のペニスの先端が、わたしの子宮の入り口に、  
まるで指を引っ掛けるかのようにしていることが分かる。  
(だめ、刺激しないで……)  
ご主人さまにもしてもらったことのない不思議な感触に、  
わたしはハァハァと息を荒げてしまう。  
子宮口は、ゆっくり横に引き伸ばされ、次に縦に、少しずつ広げられていく。  
「痛い、痛い……」  
「痛みの半分は思い込みだ。まだ始まったばかりだからね」  
竜はさらに腰を突き出した。  
長いものの残りが、ズッと突き込まれる。先端はうねうねと子宮の中を蠢いて、  
さらに進む先を探っていた。ペニスの体積でお腹がぽっこりと膨らんでいる。  
「ん、ふっ……」と、わたしは苦しい息を吐く。  
お腹を掻き回される苦しさはしばらく続いた。  
そんなわたしの苦痛をよそに、竜は楽しそうに解説する。  
「ほら、卵管の入り口を見つけたよ。」  
「今、貫通してるよ。張りがあって健康な卵管だ」  
「そろそろ、大事なところに到達するよ……」  
竜は突然、押し黙る。その様子に、わたしは手術が佳境に入ったことを知った。  
顔を上げると、竜が真剣な表情で、意識を集中させているのが見えた。  
 
「──今、卵巣と卵管を引き剥がしているところだよ」  
 
犬族には医学の知識はない。自分の体の構造のことなど分からないが、  
痛みが、取り返しの付かないことが起こったことを報せた。  
お腹の右側、そして左側、それぞれにズキンと響く痛みが走る。  
それは、一瞬で終わった。  
意外とあっけないような気もしたが、  
これでもう、わたしは犬人の子を孕むことはないのだ──。  
 
まだ終わりではなかった。手術はそのあともしばらく続く。  
まれに起こる自然回復を防ぐ処置だという。  
「次は卵管を裏返して短く詰める。  
 これがなかなか難しい……」  
細い管を周辺の肉から引き剥がすらしく、  
何度もじわじわと広がる激痛が私を襲った。  
「辛いかい? 乳房を揉んで痛みを和らげてあげることはできるが──」  
お前の答えは分かっているけれど、と竜は言った。  
「わたしのこれは、ご主人さまのものだから……」  
「やはりそうか。じゃあ、最後まで我慢するんだよ」  
 
手術が終わって、わたしはベッドに腰掛けて休んでいた。  
体の中で起こったこと。それは、わたしがご主人さまのものになった証で、  
それは永久に消えないもので、痛みと引き換えに得た掛け替えのないものなのだ。  
辛い気持ちは少しずつ、嬉しさに変わった。  
少し意地の悪そうに見えた施術士の竜さまは、わたしの頭を撫でながら、  
こんな風に言った。  
「必死に私を刺激してしまわないよう、我慢していたね。  
 そのいじらしさに逆に興奮してしまったよ。  
 こんな隷獣が私も欲しいねえ……」  
竜さまが、指の先ほどの小さな虹色に輝く「たまご」のようなものを取り出して、  
わたしに見せた。  
「お前のような従順で可愛い子にはプレゼントをすることにしている。  
 お代には含まれない、サービスだよ。本来は恐ろしく高価なものなんだ」  
その卵が何であるかの説明を受け、  
わたしは喜んでそれを受け取ることにした。  
もう一度、竜さまのペニスを受け入れることになることも承諾した。  
「これを短くした卵管の突き当たりに押し込む。  
 ちょうど、元々あった卵巣の代わりにするみたいにね。  
 一度入れると、もうわたしのペニスでも外せない。いいかね?」  
竜人は、再びわたしの体をベッドに寝かしつけ、  
二個の卵と二股のペニスをわたしの膣に挿入した。  
「……おっと、あまり締め付けないでおくれ。  
 射精をしてしまうと取り返しのつかないことになる──」  
 
わたしの体に、犬の卵巣の代わりに虹色のたまごが新たに与えられた。  
この卵は、本当にわたしをご主人さまだけのものにしてくれるのだ。  
わたしはそっとお腹に手を当てる。  
この下に、あのきらきら光る美しい卵が、埋め込まれている。  
 
全てが終わり、  
ご主人さまに嬉しい報告をするため、わたしは帰路を急いだ──  
 
──後悔は、してもしきれるものではない。  
一瞬の出来事だった。  
竜人の建物を出て歩き始めてすぐ、わたしは地面に転がされ、悲鳴をあげていた。  
自分と同じ白い毛並みの犬人。  
オスの犬人が、私を襲った。  
普通に生きていれば、わたしは彼のような血統の人と結ばれて、  
子供を育てていたのだろう。  
逃げるのが遅れたのは、わたしの中に、  
そういった人生への未練がまだあったためかもしれない。  
あの花束を抱えたタリアの姿が、やはり羨ましかったのかもしれない。  
起こったことの重大さに気付き、わたし絶叫する。  
そのときにはすでに手遅れで、  
犬人は発情して街をうろついていたメスを逃がさないように、仰向けに転がし、  
剥き出しの乳房を握り潰していた。  
わたしがご主人さまからもらった傷跡が破れ、血が吹き出るのを見て、  
ご主人様の愛を穢してしまった自分を責める気持ちで頭がいっぱいになった。  
そして、呆然としたまま、あの行為を許してしまったのだ。  
 
犬人は、ペニスをわたしの体に突きたて、激しく精を放っていた。  
 
妊娠する心配のないわたしの恐怖は、けれどもっと深刻なものだった。  
あの施術士が、わたしの体の奥に埋めた「虹色のたまご」の効果を説明したときの会話が、  
何度も何度も頭の中を巡った。  
 
「精液には、個人個人で成分に微妙な違いがある。  
 この卵は、最初に触れた精液の特質を記憶する性質を持っている。  
 一度記憶が定着すると、その後、別の者の精液がこれに触れたとき、  
 ある反応が起こる」  
「どんな?」  
「卵の表面が溶け出し、猛毒に変わるんだ」  
「それじゃあ、最初にご主人さまにしてもらえば……」  
「そうだ。お前はウルファとしか性交のできない体になる。  
 ちょっとした愛の表現方法だな。  
 どうだい? この卵を、体の中に入れるかい?」  
 
ご主人さまだけに愛される体になれる──。  
あのときの、尻尾を千切れんばかりに振って喜ぶ自分の姿を、  
遠くから眺めているような気がした。  
 
わたしは、ご主人さまだけに愛される存在に、なれるはずだった──  
 
──二階の寝室でベッドに横たわったわたしを、ご主人さまが見守ってくれていた。  
体はボロボロで、安静にしていなければならなかった。  
無意識に抵抗を続けた手足は疲弊し、少ししか動かせなかった。  
わたしは覚えていないが、あの後、複数の犬人たちに輪姦されたそうだ。  
お腹の中の卵がどの男の精液を記憶したのかわからないが、  
間違いようもなく、ご主人さま以外の誰かのものだ。  
わたしはもう──ご主人さまに愛してもらえない。  
もっと長く犯され続けていれば、定着の終わった卵の表面が毒に変わっていたのだろう。  
イレーネたちがわたしを見つけて、助けてくれた。  
ティアが、牙を剥いて勇敢に男たちを追い払ったそうだ。  
あの気弱なタリアも、怯えながら、わたしの前に立ちはだかってくれたのだ。  
友人たちのおかげで、わたしはこうして生きてご主人さまに会うことができた。  
それだけが救いだった。  
彼女たちにはいくら感謝してもしきれない。  
 
「キュレネイには、首輪を外してお前を逃がすように言ってあったのだよ。  
 発情を抑える薬も用意させたのに……。  
 あいつめ──」  
キュレネイとは、あの施術士の名前だった。  
わたしはそれを聞いて驚く。  
ご主人さまが、どうしてわたしを逃がそうとしたのかが知りたかった。  
あんなに愛してくれていたのに、どうして?  
ご主人さまが言う。  
「近いうちに、私はここを離れる。  
 遠くの都市で政治の顧問として呼ばれたのだ。  
 行く先では、制度や考え方が違う。種族の構成もここと同じではない。  
 お前を連れて行くことはできなかったのだ」  
ご主人さまはわたしを一人で行かせ、そのまま永遠に別れるつもりだったのだ。  
街に出て恥ずかしい思いをすれば、自分の立場に疑問を感じるのではないか。  
そして、キュレネイの首輪を外すという提案をわたしが受け入れるだろう、と、  
ご主人さまは考えたのだ。  
しかしキュレネイは、わたしのご主人さまへの気持ちを汲み、手術を行った。  
「すべて、裏目に出てしまった。  
 許しておくれ──」  
ご主人さまの瞳は、やはりいつものように静かに光るのみで、表情は分からない。  
しかしその声は、わたしが初めて聞く、悲しみに沈んだものだった。  
 
ご主人さまが、シーツを剥いで、わたしの体を眺める。  
恥ずかしいと思った。  
あちこちが傷だらけで、自慢だった白い毛並みも擦り切れたようにボロボロだった。  
ご主人さまの大切なものにしてもらえるはずだったのに、  
こうして汚してしまったことを、わたしは激しく悔やむ。  
「ごめんなさい、ごめんなさい……」  
そんなわたしの体を、乳房を、優しく撫でる、ご主人さまの手。  
「ああ、こんなことになってしまったのに、  
 どうしてお前の体はこうも魅力的なのか」  
いつもは冷たいはずのご主人さまの手は、交接のさなかのように、熱い。  
裂けてしまった乳房の傷跡を、ご主人さまの舌が優しく這う。  
(こんなわたしを、可愛がってくれるのですか……?)  
少しの時間離れていただけなのに、わたしもご主人さまが恋しくて仕方が無い。  
あそこが、トロトロと蜜を滴らせている。  
わたしはこうして愛撫してもらうだけで幸せだった。  
でも、ご主人さまはわたしの体をもう楽しめない──  
 
「もう、いいです。充分です……、ご主人さま……」  
わたしの体には、虹色のたまごが埋め込まれている。  
その効果は説明してある。それでも、ご主人さまは愛撫をやめなかった。  
わたしは──心を決める。  
仮にあのキュレネイがご主人さまのこと付け通りに、  
わたしの首輪を外そうとしていたら?  
──結果は何も変わらないのだ。  
わたしはそれでもここへ戻ってきただろう。  
わたしは、死ぬまでご主人さまと一緒。  
離れることなどできないのだから。  
 
「ご主人さま、抱いてください。あなたの腕の中で死なせて──」  
 
無言のまま、力強い腕が、わたしを抱き上げる。  
愛しいペニスの先端がわたしを貫く。  
今までで一番激しく、そして優しく。  
一度に内を満たしたご主人さまのペニスは、わたしの中の窪みの全て、  
ひだの一つ一つを、慈しむように撫でていく。  
何度も、何度も、まるでわたしの全てを、記憶にとどめておくように。  
わたしも、震える腕を伸ばして、ご主人さまの鱗のひとつひとつを、  
その下にある力強い筋肉の弾力を、肉球でなぞり、確かめる。  
あと残りわずかしかないこの命の限り、あなたの全てを愛したい。  
 
いつもしてもらっているような、ベッドの上でなく、  
抱え上げられたまま貫かれているわたしは今、  
ご主人さまの腕とペニスだけを支えに、宙に浮かされて、  
激しく、優しく、揺さぶられている。  
力の逃げる先がなく、ご主人さまの愛のすべてが、  
わたしの体の中に叩き込まれていく。  
なんて気持ちがいいんだろう。  
わたしは激しくイッた。  
押し寄せる波が途切れないように、ご主人さまが、そのまま何度もイカせてくれる。  
今まで超えたことのない一線が訪れる。  
わたしの体は激しく痙攣し、息をすることもままならないままイキ続ける。  
苦しい。でも、嬉しい。このまま、止めないで──。  
 
わたしは、遠のく意識の中、それでも必死に、ご主人さまを締め付けていた。  
ご主人さまは、わたしが、最期のこのときを長く楽しんでいられるように、  
我慢してくれていた。  
それでもいずれ、限界が訪れる。  
わたしの体は愛されればされるほど、それに応えるように動く。  
ご主人さまを刺激する。  
そうしたいがために、これまでの生を捧げてきたのだから──。  
 
温かいものがわたしの中に広がっていく。  
この竜さまに選んでいただいて、愛されて、幸せだ。  
幸せ、だった。  
(さようなら、ご主人さま──)  
 
──別れを覚悟したわたしは、次に起こるはずのことが、  
いつまで経っても起こらないことに気付き、背筋が凍る。  
 
ご主人さまは、なぜ、抜こうとしないの?  
 
お腹の底から不気味な不安の塊のようなものが湧きあがってくる。  
わたしは、必死で両手を動かして、ばたばたとご主人さまのお腹に打ち付け、  
早く抜いてと訴える。  
 
知らないはずはないのに──。  
わたしの体を冒す毒は、そう、  
ご主人さまを道連れにするのだ。  
 
だめ──  
抜いて──  
 
わたしの願いと裏腹に、ご主人さまのペニスは、  
子宮を貫き、さらに奥へと挿し込まれた。  
 
「分かっているよ……、テクラ」  
驚いて見上げたご主人さまの顔は──微笑んで見えた。  
 
青い竜人さまは、わたしを強く抱き締め、そのまま離さなかった──。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−エピローグ−  
 
竜人キュレネイの屋敷はゴミで溢れている──  
白い犬人の娘、ティアはそう思った。  
「片っ端から捨てますからね」  
「ああ、それは私の大事なコレクションなんだが……」  
もう何年も触れられていないと思われるほど埃を積もらせておいて、  
大事もないでしょう、とティアに言われ、竜人は困った顔で頭を掻いた。  
竜族の中でも少し変わり者と言われているキュレネイと、  
彼女は今、一緒に暮らしている。  
「ティア……、しようか?」  
「一日一回って約束ですよね。  
 それよりお昼はどうします?」  
「その辺の鳩でも捕まえて食べようと──」  
ティアは呆れ果てる。  
「竜人さまはもっと、文化的な生活をしてくださいっ」  
 
暴漢に襲われたテクラを助けた後、  
彼女は、テクラが受けた手術の内容を聞いた。  
「虹色のたまご」の話──。  
人の運命を弄ぶ竜人にひと言文句を言ってやろうとキュレネイを訪ねたティアは、  
彼がその竜人の宿命──高体温を維持することによって起こる、  
止め処ない性欲──と孤独に戦いながら生きていることを知ったのだ。  
隷獣の断種処理を一手に引き受けながら、彼自身は隷獣を持たず、  
被施術者の内に精を放つことも自分に許さず、  
ひたすら、隷獣たちと主人の絆を深めるために尽力していた──  
のではないか、とティアは思った。  
「どうして、あのとき、テクラを助けてあげなかったんですか」  
犬人に襲われ、犯されたテクラ。  
キュレネイが見送っていれば防げたのではないか、と責めるティアに、  
「それは……」と、竜人は言葉を濁す。  
なおも食い下がるティアに、  
竜人は照れくさそうにしながら、こう答えた。  
「それは……、あの娘があまりにも可愛かったから──」  
我慢できずに、自分で処理していたのだと言うキュレネイ。  
ティアは呆気にとられ、次の瞬間、思わず吹き出していた。  
憎めない相手だった。責めることなどできそうにない。  
今ではよく知っている。変わり者ではあるが、優しい心を持った竜なのだ。  
手先が器用で、いたずら好きで、  
ときおり、呆れるような行動もするけれど──。  
ティアは、彼が施術に専念できるように、自分の体を使うことを申し出た。  
そして、キュレネイのもとで、隷獣たちの心のケアをしようと決めたのだ。  
普通であれば竜を畏れ敬うばかりの犬人の中にあって、  
ティアの身分をわきまえぬ態度を、キュレネイは気に入った。  
隷獣になるのではない。あくまで犬人と竜人としての、不思議な同棲関係。  
ティアはイレーネの言葉を思い出す。  
これもまたひとつの生き方なのだ。  
 
だらしのない竜人の生活を叱咤したティアは、突然、体を押さえつけられる。  
自分の倍ほどの体格の緑色の竜が、その白い体を包むように抱いていた。  
後ろから抱き締められると、その気はなかったのに、体がゾクッと疼く。  
「だめ……。夜はもう……、してあげないからね」  
口ではそう言うが、体は拒まない。  
腰布を落とされたティアは、逞しい竜のペニスに貫かれる期待に身を震わせた。  
ティアにも、テクラが「ご主人さま」に夢中になっていたわけがよく分かる。  
おそらくもう、犬人の男性とは暮らせない。  
その自在に動き、体の内の隅々まで愛してくれる竜のペニスは、  
メスを狂わせる魅力がある。  
しかし、ティアはすぐに自分の潤んだ部分に挿し込まれたものが、  
いつもと違うことに気付いた。  
「キュレネイ?」  
体を離したキュレネイは、ティアの秘所に潜り込ませていたものを引き抜いて、  
差し出した。  
それは、竜のペニスを象った模型だった。  
「指に嵌めて使うんだ。上手くやれば、本物のように動かせる。  
 違和感があったかい?」  
温度が低かったこともあるけど、何より形が違う、とティアは言おうとする。  
自分が大好きなキュレネイのあそこと違う──。  
「これは、私ではない。あいつのものとそっくりに作ってみたんだ」  
「あっ……」  
ティアは、キュレネイの意図に気付き、その模型のペニスを手に受け取る。  
 
「あの娘が私を受け入れてくれればよかったのだがね」  
竜人はふっと溜息をつく。  
「あいつは、いつか必ずグラキアに帰ると言った。  
 それまであの娘を、ずっと悶々とさせておいては可愛そうだろう?  
 そろそろ、お使いに行ってるあの娘が戻ってくる頃だ。  
 慰めておやり──」  
 
竜人の言葉に合わせるように、屋敷の外からトントンと足音が響く。  
「キュレネイさま、ティア、戻りました──」  
朗らかな声とともに、白い毛玉が飛び込んでくる。  
ティアはその、可愛く乳房を揺らし、  
ふかふかした尻尾を大きく振り回す純白の隷獣を優しく抱きとめ、  
言った。  
 
「おかえり、テクラ──」  
 
 
──キュレネイの部屋のがらくたを片付けていたティアは、  
大きな宝石箱に詰められた無数の、「虹色のたまご」を見つけた。  
特別なプレゼントと言いながら、こんなにあったんだ──と呆れる。  
この卵はあのテクラを悩ませ、苦しめることになった元凶だ。  
ゴミの袋にそれを放り込もうとするティアを、キュレネイが制止する。  
「待ってくれ、それを作るのには相当な時間がかかったんだ」  
キュレネイがそれを作ったのだと聞いて、ティアは驚く。  
そして、  
手術を受けに訪れる隷獣の心情を観察することだけが愉しみだった竜の手慰みとはいえ、  
少し悪趣味だと思う。  
たとえそれが、隷獣と主人の心を深く結び付けるものだとしても。  
 
ティアはずっと聞くのを忘れていたことを思い出し、問う。  
「結局、テクラの中であの卵はどうなったんですか?  
 何人もの精液を同時に受けて、効果が無くなったとか……?」  
 
キュレネイは、その質問には答えず、こう言った。  
「これは、海辺の都市から取り寄せた貝の殻を磨いて作ったものなんだ。  
 辺境にあるこのグラキアに送らせるのはなかなか大変でね──」  
「何か、特別な貝殻なんですか?」  
緑色の大きな竜は、背を丸め、恐縮しながら言う。  
 
「……海でいくらでも採れる、ただの貝殻だ」  
「キュレネイ……、捨てますよ──」  
 
 
−虹色のたまご 完−  
 
 

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