「なによッ! 庵のバカっ!」  
・・・まぁた始まった。いつもの朝の大喧嘩。  
目の前でぎゃーぎゃー騒いでいるのは、俺・神崎 庵(かんざき・いおり)の幼馴染、花井 舞(はない・まい)。  
小さい頃から、気が強い・・・というよりかはワガママ。喧嘩(とはいってもいつも舞ががなりたてているだけだが。)で折れるのは俺のほう。  
「・・・大体庵はいつもそうよ! 女の子の気持ちも考えないで!」  
今なぜ舞は怒っているのだろうか。・・・そうだ、寝ているのを起こしたのがいけなかったんだっけな。でも、俺が起こしていなかったらこいつ、遅刻してたぞ・・・?  
 ワケあって舞と俺は一つ屋根の下。親の仕事の都合でね。もう家族みたいなモンだ。  
もちろん、俺だってもう中2だし、オナニーだっていっちょまえに覚えてる。舞は性格のわりには顔だけはかわいいから、何回もあっちでお世話になったことがある。  
妄想の中で、俺は舞のショートカットの髪をくしゃくしゃにし・・・白い肌に舌を這わせる。  
・・・本人が知ったら怒り出すようなことも、妄想の中ではさせているし・・・。  
 お、もうこんな時間だ。相変わらず舞は俺の前でぷんすかしている。  
 
「おい舞、もう遅刻するぞ? いい加減・・・。・・・遅刻したら、ヒステリーがうるさいぞ?」  
・・・ヒステリーというのは担任の女教師、大江のことである。太っていて、不衛生。そのくせ、むしゃくしゃしたことがあるとすぐヒステリー。ところかまわず撒き散らす。しかし、気に入った生徒にはとことん甘いという最低な教師。  
「げッ、やばーっ。ヒステリー怒らすと根にもたれるわね。いそごいそご!」  
・・・さっきまで怒ってたのは何処吹く風。ぎょっと顔色を変える舞。  
   きーんこーんかーんこーん  
「げ、チャイムだ。走るぞ、舞!」  
「いっ、言われなくてもわかってるわよッ!」  
舞の手をとる。しかし、とっさに  
「そ、そんなことしなくてもあたしは走れるわよッ!」  
・・・かわされた。まぁいいか。しかし、走り出した瞬間―――。  
「ぁ痛ッ!」  
いきなりお腹を押さえてうずくまる舞。  
「だ、大丈夫か?」  
「あ、あんたなんかに心配されてもねぇ・・・」  
再び立ち上がろうとする舞。しかし、俺が思った以上にお腹は痛むらしい。  
「どうした? 朝食の食いすぎか?」  
「ばぁかッ!」  
・・・そんなこんなで俺は結局、舞を背負って学校へ行くことにした。  
 
 
 「神崎くん。・・・神崎くん?」  
 教室ではもう、ヒステリーが出席をとりはじめていた。  
    がらがらがらっ  
教室のみんなの視線が、舞を背負った俺に一斉に集まる。  
「まぁ神崎くんっ! 遅刻よ、遅刻ッ・・・って、あなた、背中の花井さんは? どうしたの?」  
当然といっちゃあ当然だろう。  
 と、俺の背中から降りて花井がいった。  
「先生、私・・・途中でちょっと体調崩しちゃって。庵くんに背負ってもらったんです」  
「まぁ、そうだったの・・・。神崎くん、あなた偉いわ」  
ヒステリーが感嘆の声を漏らす。どういう顔をしていいかわからず、つったっていると突然お尻に鈍い痛み。  
 ・・・舞だ。舞がつねっている。その意思表示はもちろん。  
「(あたしがフォローしておかげで庵のポイントあっぷあっぷだぁね。感謝しなさいよ)」  
 ・・・どこまでこの性格はねじれているのだろうか。  
 
 ・・・次の時限は体育だ。  
あ、そういえばさっき痛がってたお腹はもう大丈夫なのかな・・・? 数学の担当・岩井先生の話をぼぅっとしながら聞いている俺。  
   きーんこーんかーんこーん  
「・・・で、次の時間までにP13〜P14 問3をやってくること。はい、委員長さん」  
「きりーつ れーい・・・」  
適当にあいさつを済ませ、体操着に着替える。友達と雑談しながらたらたらと体育館に入り、準備体操もたらたらと済ます。  
「・・・今日の授業はバスケットボールです」  
 ・・・今日はバスケか。ゴールやボールを準備し、やる気になっている矢先。  
 突然、女子体育担当の河野先生が俺のほうに近寄ってきた。  
「はぁ、はぁ・・・。神崎く、神崎くん・・・」  
 ・・・体育教師だったらもっと体力ないのかね。  
「今ね、花井さんが早退するから、荷物とか保健室に運んでくんないかな・・・?」  
・・・さっきの腹痛のせいか? でも、なんで俺?  
「え、なんで俺なんすか? アイツ、女子の友達だってたくさんいるのに」  
「お、大江先生がね・・・『神崎くんに』、って言ってたのよ・・・」  
・・・あのヒステリー。朝のことだけで俺のこと買いかぶりやがって。でも、他の目から見たって幼馴染の俺が妥当なんだろう。まぁいいか。  
 
足早に教室に戻り、舞の机から荷物をかばんにうつしてやる。  
・・・かわいい、女の子らしい柄のナップザックがある。なんだろう、これ・・・。感触からして体操着だな。  
ちょっと悪魔が囁いた。「こんな機会、もうないぜ・・・?」  
確かに、そうだ。家にいたって、自分の部屋にもいれさせようとしないからな。洗濯だって自分でしちまうし・・・。  
舞のものをちょっとでも触ってしまうと「何よ、さわらないでよ、バカ! セクハラよ、せくしゅあるはらすめんとよッ!」な〜んて罵倒されちまう。  
そんなことも考えてか、俺は悪魔に、負けてしまった。急いで袋を開ける。  
まずまっさきに出てきたのは、Tシャツだった。胸の部分の匂いを嗅ぐ。あ、甘い匂い・・・。  
ここでオナニーしてしまいたかったが、理性が抑えた。・・・そしてさらに、持ち物検査。  
 お次は紺のブルマがでてきた。ブルマ姿の舞はかわいい・・・ま、性格以外はいつもかわいいがな。  
手でもみくちゃにしている間に、一部分だけ硬くなっているところがあった。なんだろう・・・?  
 紺をさらに濃く彩るもの。・・・血だった。間違いない、これは鼻血でもなんでもなく、紛れもない経血だ。  
 ちょっとカルチャーショックをうけて俺は、ブルマをナップザックに戻した。  
すぐにまた、荷物の移し変え作業に戻る。と、今度は水色の星がプリントされた小さなポーチがあった。まさか、これは・・・。  
 案の定。これは生理用ナプキンだ。「普通の日用」、と表示されている。動かした証拠がのこらないよう、すぐにはいっていたポケットに戻した。  
 ・・・それから、勉強道具をいれるときもずっとずっと、舞の生理のことを考えていた。保健体育の教科書にも、生理のことは載っているけども・・・まさかホンモノを、舞でみることになるなんて。  
 あ、なぁ〜る。朝お腹を痛がっていたのは・・・。  
 ぼーっと、保健室への階段を上ってく・・・。  
 
 保健室に入ると、三台並んでいるうち一番奥に舞が横たわっていた。養護の井上先生はいない。  
ずかずかと舞に近づき、舞の通学かばんを突き出す。  
「ん。これ」  
「あ・・・」  
一瞬、舞の顔が赤く染まるのを見た。だが、すぐに・・・。  
「ちょ、中身見てないでしょうね! 何も盗んでないわよね!」  
 ・・・いつもの舞だ。俺はくすっと笑った。  
「な、なにがおかしいのよっ?」  
いつものように、ぎゃーぎゃーやっている。  
「あ、舞・・・」  
そうだ、あくまでもこれは「お見舞い」みたいな形なんだよな。  
「お腹、もう大丈夫か・・・?」  
「も、もう大丈夫よッ!」  
大きな声を出して、腹を抱えた。響くらしい。  
「おい、大丈夫そうには見えないぞ・・・?」  
「ほっといてッ! もう大丈夫よ、ホントに・・・」  
・・・絶対、大丈夫そうには見えない。  
「・・・お前なぁ。生理痛なら無理しないで薬飲んでこいよな」  
 ・・・あ。言ってしまった。俺の悪い癖。目の前の舞はというと・・・。  
「・・・・・・!」  
顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。やばっ、噴火する・・・。そう思ったが。  
「な・・・なんでそんなこと・・・知ってんのよッ」  
声に力がこもってない。響くからだろうか。いや、理由はそれだけではなさそうだ。顔が真っ赤だから。  
「え・・・いや、まぁ」  
いってしまってから後悔する。口実つくってないぢゃん!  
「・・・」  
いつもは気が強いはずの舞だが、すっかり黙ってしまっている。よほど恥ずかしいのか?  
「あ、えと・・・そ、そのことは・・・内緒にしておい・・・」  
   がらがらがら  
 いきなり保健室のドアが開いた。井上先生だ。・・・なんちゅう美人さん。  
「あら、お二人そろってどうしたの?」  
ねめまわすような目で俺達を見る。口元には怪しい笑み。  
「そっ、そんなんじゃないんです! あ、コイツ早退するんでしょ?」  
普段なら「コイツ」と呼ぶと「あんたにそう呼ばれる筋合いはないわ!」といい、それから延々と責め立てられるはずなのだが、やっぱり恥ずかしいのだろうか。  
今日は何もいってこない。  
「あ、そうそう。朝は神崎くんが花井さんのことおぶってくれたんでしょ?」  
え、なんでそんなこと知ってるんだ? 舞のほうを見ると、視線をそらされた。  
だが、いつものツンケンとした視線のそらし方ではなく、うつむいてもじもじしているような、そんなそらし方。  
「疲れるけど、神崎くんなら大丈夫よね?」  
「あ、はい・・・」  
俺の返事を受け取ると、井上先生は舞のほうを向き  
「じゃ、花井さん。神崎くんにまかせてもいいわね?」  
・・・やはり、素直に「はい」とはいえないのが舞である。そうとだけ舞に告げると、井上先生は何かを期待するように保健室を後にした。  
「・・・舞」  
「ふぇ! ・・・な、なによぅ!」  
一瞬拍子抜けした声を出した舞だが、またすぐに気が強くなる。  
「舞、立てるか・・・?」  
「何よ、ほっ、ホントに・・・あたしを負ぶって帰って・・・くれる、わけ?」  
舞の言葉は語尾に近づくほど小さくなっていった。  
「ほらよ、立て」  
そろそろとベッドから立ち上がる舞。そして、ゆっくりと遠慮がちに俺の背中に乗ってくる。  
「・・・ありがと」  
・・・小さい声で、そう、舞がつぶやいたような気がした。  
 
 
 舞を負ぶさったまま、玄関を過ぎたあたりで若干名こっちをじろじろ見ている。  
 ふいに悪友の田中が「おーい庵! お姫様連れての逃走劇か?」とはやす声が聞こえた。  
「あいつの言うこと気にすんなよ、舞」  
「え? あ、うん・・・って、言われなくてもあんたとなんか!」  
言い終わって舞は「いっ・・・」と俺の耳元でひたすら生理痛にたえる。  
俺はできるだけ背中の舞に振動を与えないように歩く。しかし・・・授業道具+体操着を背負っているのにもかかわらず、軽い。いつも俺と同じもの食ってるよなぁ・・・? と思わせるような軽さ。  
「んと、その・・・庵、疲れてない?」  
は? 今なんとおっしゃいましたお嬢さん? 俺のこと気遣ってくれたよな・・・?  
「? お前、俺の心配してんのか・・・?」  
「なっ・・・! ぁ、あのそーいうことじゃなくって、こーいうときに何も気遣いできないのはマナー違反だと思っただけで、その・・・」  
「ははは、心配すんな。じゅーぶん重いよ」  
「なっ!」  
「うそ」  
「・・・もう〜・・・」  
素直なときの舞はかわいい。いっつもこうだったらかわいいのに・・・あ、そういうといくら今の舞でもさすがに怒るな。  
 それから俺は、急ぎ足かつ慎重に家を目指した。  
 
 
 ヒステリーに「花井さんの面倒みる人がいないから、あなたも特別に休ませてあげる」と許可をもらったので、今日はもう授業を受けなくて済む。  
家の鍵を背中の舞にとってもらい、ドアをあけた上で中に入る。  
まず舞を寝かさなきゃな・・・。でも、自分の部屋まで歩いていけるのか?  
「舞、歩いていけるか?」  
「・・・ぐ〜・・・」  
 ん? もしかして、この返答は・・・ね、寝てらっしゃる! 静かな寝息をたてて、俺の背中で舞が眠っていた。  
・・・おきたとき自分の部屋で寝ていないと怒り出すよなぁ・・・。  
 そう勝手に口実をつけて、舞の部屋にはいっていった。  
 女の子らしい、かわいいぬいぐるみがいっぱいある。それに、舞とすれちがったときにかすかに香る甘い匂いもする。  
 二度と入れないという気持ちから、なかなか舞をおろせなかった。しかし  
「あ、庵・・・って、あたしの部屋で何を・・・」  
 舞が目覚めた。やっぱり、慌てふためいている。  
よっと。俺は舞をベッド前でおろした。  
「もう、大丈夫だよな?」  
舞はちょっとお腹をおさえながらベッドの中にもぐりこんだ。  
 長居していると舞にどやされる・・・そう判断した俺は、すぐさま部屋を出ようとした。  
「あ! ちょっ待っ、庵・・・」  
予想外。舞に引き止められた。すぐさま舞のそばに近寄る。  
「ん? 足りないものはあるか?」  
「いや・・・そうじゃなくってぇ・・・もうっ、あたしと長年付き合ってるあんたなら、こんなときあたしがどうしてほしいか・・・その・・・わかるでしょ?」  
 頬を紅潮させてまくしたてた舞は、再びお腹を抱える。  
「そうか。わかったから、もう心配すんな」  
「え?」  
 舞が何を望むべきなのは、今の俺にはなぜかわかった。  
 
舞は、俺にずっとついていてほしいんだ・・・。  
 舞の手をとり、ぎゅっと握る。あったかい・・・。  
「そ、そうよ、あたしは・・・そうしてほしかった・・・の?」  
 素直に「そうしてほしかった」とはいえなかったのか、語尾を英語の疑問文調にあげてはぐらかす。  
「なんか、飲み物とってきてやるよ」  
 そういって台所へ降り、適当に二人分麦茶をついでまた戻った。  
「ほれ」  
「・・・とう」  
よく聞こえなかったが、多分「ありがとう」って言ったのだろう。  
「まだ、お腹痛むのか?」  
「・・・そっ、そうよ! 女の子はいろいろとタイヘンなのよ? 男子はそんな苦労しなくていいわよね!」  
「じゃ、薬もってくる」  
「え?」  
予想外だったのか。  
 
俺はまた台所の薬棚へもどり、箱に書いてある注意書きをよくよみながら慎重に薬を選んだ。  
ここでもし、効かないようであれば・・・完治したときの舞の逆襲が怖い。それにくわえ、コップに水をくんで持っていった。  
 薬を飲み終わった舞は、副作用で眠気に襲われたらしい。  
「あぁ、眠い・・・」  
「どうだ? 効いてきたか?」  
「そんな・・・早くに効くわけないじゃん・・・」  
 まぁ当たり前か。  
「じゃ、すぐ直るおまじない、かけてやろうか?」  
「ほ、ホント・・・?」  
嘘だ。でも、今の舞を安心させるには効き目ばっちりといえよう。  
「じゃ、目ぇつぶれ・・・」  
「え? あ、うん・・・」  
舞に目をつぶらせると、ゆっくり俺は舞の顔に近づいてった。  
「ん・・・」  
唇同士が触れた。キスって甘いんだな。ディープなキスがしたかったけど、まだお互い初めてだし・・・。  
「ふぁ・・・」  
長い時間が経ったあと、どちらともなく自然に離れた。  
「・・・これで、直るはず」  
確信を持って俺はそういった。 
 

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