何となく……渡しそびれてしまった。  
三柳志郎は鞄に隠しておいたプレゼントを見つめ、ため息をついた。  
昨日、ほんの一時間ほど前までの十一月二十二日は妻である琴音の誕生日だった。  
志郎は二人で温泉にでも行ってのんびり過ごし、このプレゼントを渡すつもりだったのだが、  
実際は三柳家で盛大な誕生日会が開かれることになったため、その計画は簡単に崩れ去った。  
それでも、渡そうと思えば渡せたはずなのだが、  
肝心の琴音を彼女の父親に奪われ、そのタイミングを外してしまった。  
彼女の父親は末娘の琴音を目に入れても痛くないほど可愛がっている。  
そんな彼は久しぶりに家に戻った彼女を隣に座らせ、志郎が用意したネックレスの  
数倍の値段であろうネックレスを彼女の首にかけた。  
しかも、彼女を自分の傍から離そうとせず、結局彼女が志郎の元に戻ってきたのは、  
ワインに酔ってふらふらになってからだった。  
「ひろうさん……父が……すみまへん……」  
呂律が回らないながらも、そう言ってくれた琴音の肩を抱いて、志郎は用意された部屋に戻った。  
が、部屋に帰りベッドに座るなり、琴音はダウン。  
結局プレゼントを渡せなかった。  
昨日、三柳のうちに来る前に渡せばよかったかもしれない、と思う反面、  
自分の渡した安いネックレスを首に下げていたのでは、義父はいい顔をしなかっただろうということは  
容易に想像できる。  
安いといっても、それほど安い訳ではない。  
三柳の娘がつけるにふさわしい値段のものは選んだつもりだ。  
けれど、義父が娘に用意したものがそれを軽々と上回ったのだった。  
今日、家に帰ってから渡せばいいだろう。  
彼女がすでに貰ったものに比べたら、随分と小さなものだけれど、  
自分が彼女にプレゼントを用意したというだけで、琴音はきっと喜んでくれるはずだ。  
まだほんのりと赤い顔で眠っている琴音の頬をそっと撫でて、志郎は着替えようとベッドを立った。  
 
シャワーを浴びて酒の匂いを落とし、さっぱりとした気持ちで寝室に戻ってくると、  
ベッドの上に琴音が座っていた。  
「琴音さん。大丈夫ですか?  
 今、水を持ってきますね」  
そう言って踵を返したところで、  
「志郎さん……」  
と、琴音に呼び止められた。  
「はい」  
立ち止まって振り返ると、琴音は泣きそうな顔でこちらを見つめている。  
彼女は泣き虫で、ちょっとしたことですぐそういう顔をする。  
だが、子供のように泣くという訳でもない。  
琴音がこういう顔を見せるのは、たいてい自分を責めている時だ。  
「どうしました?」  
寄っていきながらそう尋ね、琴音の隣に腰を下ろすと、琴音は一度部屋を見回してから、こちらを見上げ、  
「今、何時でしょう?」  
と尋ねた。  
「今、ですか?  
 ええと、二時になる前ってとこじゃないですかね」  
つられて辺りを見回したが、この部屋には時計がない。  
風呂に入った時間から、自分が入浴にかかる時間を考えて想定できる時間を志郎は告げてみた。  
「それでは、もう……二十三日になってしまったのですか?」  
「ええ」  
「あ……」  
琴音がくすんと鼻を鳴らした。  
「琴音さん?」  
志郎が肩に手を置いて覗き込むと、琴音は小さな声で、  
「ごめんなさい」  
と言った。  
 
「どうして謝るんです?  
 琴音さんは、何もしていないじゃないですか」  
「だからです!」  
琴音が顔を上げた。  
目が真っ赤になっている。  
「昨日は……いい夫婦の日で……だから、本当は志郎さんに何かして差し上げたかったのに……  
 妻らしいことをしないどころか、一緒に……その…………、  
 お布団に入ることもしないで、一人で寝てしまうなんて……」  
いい夫婦の日……イチ、イチ、ニイ、ニイ……い、い、ふう、ふ……なるほど。  
そういう日だったのか。  
琴音の気持ちを嬉しく感じはしたけれど、志郎は自分こそ彼女に何もしていない、と思いだした。  
「そんなこと言わないで下さい。  
 俺だって、知らなかったとはいえ、昨日は夫らしいことは何もしてません。  
 それだけじゃない。  
 昨日は琴音さんの誕生日だったのに、プレゼントも渡さなかった」  
「プレゼント……?」  
琴音は自分の誕生日だということなど、忘れていたかのように不思議そうな顔をした。  
「実はですね、用意はしてたんですよ。  
 でも、なんだか、渡すタイミングを見失っちゃって、ですね、  
 えーっと、まあ、言い訳なんですけど、でも、ちゃんと持ってきてはあるんです」  
志郎はそう言うと、琴音と自分のベッドの間に置いてあった自分用の鞄を拾い上げた。  
「あまり……大きくはないですけど、琴音さんに似合うかな、って」  
鞄の奥から細長い包みを取り出し、志郎はそれを琴音に差し出した。  
一瞬、間を置いて、琴音の顔が真っ赤になった。  
「そのー……ですね、本当は温泉にでも行こうかな、とも思ってたんです。  
 ほら!連休じゃないんですか」  
琴音の顔を見ていたら、なんだかこちらまで恥ずかしくなってきた。  
琴音は琴音で、プレゼントを丁寧に開いている。  
「でも、琴音さん、どこの温泉が好きか分からないし」  
「志郎さんと行けるなら、どこでも好きです……」  
琴音は嬉しそうにそう言って、ネックレスケースを開いた。  
 
大きくはないけれど、真ん中にオレンジに近い黄色をしたトパーズが嵌まっており、  
チェーンと繋がる部分にアクセントに小さなダイヤモンドが入っている。  
琴音は黄色が似合うから、これも似合うと思ってこれにしたのだ。  
ネックレスを手に取って、琴音はほう、とため息をついた。  
「かわいい……」  
「……気に入ってもらえました?」  
「もちろんです!  
 あの……すごく、嬉しいです……」  
琴音はそれを丁寧に膝に置くと、胸にかかっていたネックレスを外した。  
「付けてみていいですか?」  
「もちろんです。  
 あ、俺が付けましょうか?」  
琴音はまた顔を赤らめたが、すぐに笑顔になって、  
「お願いします」  
と、こちらに背を向けて、髪を押さえてくれた。  
酒のせいか、赤面症であるが故か。  
そまった項がいつも以上に艶を帯びて見える。  
渡されたネックレスを彼女の首にかけていると、琴音が、  
「し、志郎さんっ」  
と呼んだ。  
「はい。なんです?」  
「らっ、来年は一緒に温泉に行っていただけますか?」  
誕生日会など来ずに、温泉に行こうと言ってくれているのだろう。  
ネックレスを付け終えると、志郎は琴音を後ろからそっと抱き締めた。  
「そうですね。来年は二人でゆっくり誕生日を祝いましょう」  
「それと……」  
「うん。夫婦らしいこともしましょうね」  
そう言うと、琴音が手を握りしめてきた。  
「はい……」  
と、小さな返事も聞こえた。  
 
(了)  
 

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