幼なじみ。
おそらく、一部の人間にとっては甘美な響きなのだろう。
実際、こちらの境遇を羨ましがる奴もいるのも事実だ。
しかし、実際に幼なじみのいる俺から言わせれば、彼らの言うことは妄言に近い。
そもそも幼なじみというのは幼い頃から相手をよく知っているということであり、
それはすなわち自分が知られたくない幼少の恥ずかしい事柄も承知しているということだ。
そう、例えば、
「隆文は犬は苦手なんだ。小さい頃に近所の犬にさんざん追い掛け回されていたからね」
「って思ってるそばからそういう話をしてんじゃねぇバカ飛鳥ぁっ!」
クラスメイトと昼食をとっている最中、犬と猫のどちらが好きかという話になったとき、
当然のように答えた女に対して俺は思わず声を荒げた。
「む、人をバカ呼ばわりはいただけないな隆文。私が何をしたと言うんだ」
「人の黒歴史をペラペラ喋る奴はバカ以外の何でもないわ!」
「いいじゃないか別に。一向に答えようとしない隆文が悪い」
……ダメだ、こいつには何を言っても聞きそうにない。
やり場のない怒りを視線に込めて飛鳥を凝視する。当の本人は素知らぬといった風なのがまた癪に障るが。
「……えーと、じゃあ間宮くんは猫のほうが好きなの?」
俺と飛鳥の間に漂う剣呑な雰囲気を察したか、一人が話題を振ってきた。
「いや、猫も「猫もあんまり好きじゃないはずだよ。
何せ抱き上げた瞬間に思い切り引っ掛かれたりしてたからな」だから勝手に答えるなバカ!」
またもや先手を取られ、しかも恥ずかしい思い出を付随させてくる飛鳥。
友人たちのニヤニヤした顔つきがすごくきつい。くそ、こんなの俺のキャラじゃない。
何だかいたたまれなくなって、昼飯を掻っ込む。空になった弁当箱を閉じて立ち上がり、
「隆文、どこへ」
「トイレだよ!」
飛鳥の言葉に乱暴に答えて、さっさとその場を離れることにした。
何で俺がこんな恥ずかしい目にあわねばならんのだ、チクショウ。
「それにしても栗栖さん、間宮くんのことよく知ってるよねー」
「確かに。さすが幼なじみってところか?」
「それにしても詳しいと思うぜ。まるで間近で見ていたような」
「それだけ仲がよかったんでしょ。うらやましいなぁ」
隆文がいなくなって、クラスメイトからそんな言葉が漏れる。
何だかそうした言葉がむず痒くて、ついつい表情がほころんでしまう。
「まぁ、幼い頃から一緒に遊んだりしてたからね。それに……」
それに。
さっき話したことは、私にとっても大事な思い出なのだ。
私が近所の犬に吠えられたとき、彼は私を庇うように立ち向かってくれた。
私が木の上の子猫を見つけたとき、彼は木に登ってその子を助けてくれた。
私はいつも彼に助けられている。
その事がちょっと情けなくて、でもやっぱり嬉しくて。
他愛ない話をしているだけなのに、ちょっと頬が熱を持った気がした。