ここは……どこだ? 何で俺はこんな所にいる。  
 見渡す限り一面の花畑。 遠くには向こう岸が見えないほどの河が見える。  
 そして河に向かって進む行列。 其の列の中に俺もいるわけだが――。  
 何なんだこの列は。 どいつもこいつも生気の無い抜け殻みたいな顔をしてる。  
 まるで死人の様――。  
 そこまで考えて俺はハッとした。 この光景って話に聞く死後の世界の入口……?  
 って事はこの行列は死者の行列?  
 
 そして続けて脳裏によみがえってきたのは蛇行運転しながらつ込んでくるトラック。  
 って事は俺は死んじまったのか? イヤだ! 未だ死にたくねぇ!  
 落ち着け……。 落ち着いてよく考えるんだ。  
 ココが死の世界じゃなく未だ入口なら助かる望みがあるんじゃないのか?  
 するとひとつの事に気づいた。  
 
 俺の体をぼんやりと光の膜のようなものを包んでるのを。  
 そして其の光が一部が細長く伸びてるのを。  
 コレって若しかして魂の緒……? って事はコレを手繰っていけば――助かる?!  
 助かるかもしれない。 そうと分かれば行動あるのみ!  
 俺は行列を抜け光の緒を手繰りながら走り出した。  
 
 
 そして暫らく走っていると突然声をかけられた。  
「チョットそこの貴方! こんな所で何やってるの?」  
 声のした方を見れば一人の少女が立っていた。其の姿に俺は目を奪われた。  
 少女はまるで漆黒の闇のような真っ黒なローブを身にまとい、手には巨大な鎌という異様な風体。  
 
 だが目を奪われた何よりの理由は其の少女の持つ浮世離れした美しさ。  
 まるで彫刻のように整った顔立ち、黒真珠のようなつぶらな瞳、艶やかな黒髪、  
白磁のような透けるような白い肌は美しい黒髪と漆黒の衣服とは対象的で、  
それ故に際立つ肌の白さが美しく、そして艶かしい。  
 
「もう、何やってるのよ。 ちゃんと列に並ばなきゃ駄目じゃない」  
 思わず見惚れてた俺は彼女の声に引き戻された。  
 そして彼女は俺の手を掴む。 其の手の温もり柔らかさに俺は思わずドキリとする。  
「全く、手のかかる人ですね。 そんなんじゃ成仏できないわよ」  
 其の言葉に我に返る。 そして俺は彼女の手を振り解き叫んだ。  
「じょ、成仏?! 冗談じゃない! 俺は未だ死にたくなんか無いんだ!」  
「聞き分けの無い事言わないで下さい。 貴方は死んだんですよ?  
わがまま言って余計な仕事増やさないで下さい」  
「イヤだ! 死んでたまるか! だって未だココは死の世界の入口だろ?!  
この魂の緒を辿れば元の世界に戻れるんだろ?!」  
 返事は無い。 って事はやっぱりそうな……ってうわ!  
 彼女は突然手に持った大鎌を振り下ろした。  
「あ、危ねぇな! 何すんだよ!?」  
「貴方が聞き分けない事仰るからです。 ココにきた以上は素直に観念してください」  
「五月蝿ぇ! 大体あんた何なんだよ?!」  
 俺が叫ぶと彼女は静かに口を開く。  
 
「そう言えば私が何者か申してませんでしたっけ。 では申し上げます。 私は死神です」  
「な?! し、死神?!」  
「そうです。 死んだ人を死の世界へ導く水先案内人。 それが私の仕事です」  
 確かにさっきからの彼女の口ぶりと漆黒のローブに大鎌という出で立ち  
そしてココが死の世界であるとを考えれば頷けなくも無い。  
 
「分かっていただけたようですね」  
 どうやら彼女は俺の沈黙を理解したと受け取ったようだ。  
「分かったら、さぁ列に戻ってくださ……」  
「断わる! 確かににあんたが死神だってのは理解できたが、でも死ぬのを納得したわけじゃない!」  
 俺が叫ぶと彼女は一つ溜息をつきそして口を開く。  
 
「そうですか。 仕方有りません。 では実力行使といきます」  
「じ、実力行使ってもうとっくにやってるだろ?! さっきも切りつけてきたし!」  
「あれは警告です。 今度は本気でいきます」  
 そう言って死神を名乗った彼女は大鎌を振りぬいた。  
「う、うわあぁぁぁ……!」  
 ってあれ? 切られてない……?  
 その時俺の疑問に応えるかのように彼女は口を開いた。  
「光の緒を切りました。 コレでもう緒をたどって現世に帰ることは出来ません」  
「な……?!」  
 言われて俺は自分の体の周りを見た。無い……、無くなってる?! 頼みの綱だった魂の緒が?!  
 
「さぁ、もういい加減に観念して……ってキャァ?! な、何を……」  
 俺は感情のまま彼女を押し倒し、そして叫んだ。  
「喧しい! 観念しろだぁ?! 出来るわけ無いだろ! 未だ俺16だぞ?!  
未だ女の子と付き合った事もないんだぞ!? それなのに……」  
 そこまで叫んで改めて目の前を見た。  
 そして其の服に手を伸ばす。  
「ちょ……! や、止めてくださ……!」  
「黙れ! このまま女の体も知らないまま死んで溜まるか!」  
 俺は抵抗しようともがく彼女を押さえつけ睨んだ。  
 瞬間少女の顔に脅えの色が浮かぶ。  
 そして服を掴んだ手に力を込め引き剥がそうとして時少女の体から抵抗が消えた。  
 ふん、観念したというわけか。  
 そう思い其の顔を見れば――。  
 
「オイ! 何だ其の表情は?! 何で抵抗しない?!」  
「貴方が私を抱いて……それで満足して逝けるのなら……」  
 そう言った少女の顔は全てを受け入れたかのような静かなもの。だが其の体はかすかに震え――。  
 俺は彼女の服から手を離し立ち上がる。  
「ゴメン」  
 そして頭を下げた。  
「考えてみればあんただって仕事でやってるんだものな。  
それなのに俺ばっか勝手なこと言ってすまなかった」  
 そして俺は手を差し伸べた。  
「立てるかい?」  
「あ、はい」  
 そして彼女は俺の手を掴み立ち上がった。  
 彼女が立ち上がったのを確認すると俺は口を開く。  
「じゃぁ俺もう行くから。 色々手を煩わしちゃってゴメンね。 それじゃぁ……」  
 そう言って俺は向こうに見える死者の列に向かって歩き始めた。  
 
「あ、あの……」  
「何?」  
「ほ、本当にいいんですか?」  
「うん、確かに本音を言えば未練たらたらだけど……。でも見苦しい真似するのもみっともないしね」  
 今思い返してみてもさっきの俺は最低だった。  
 だからこそこれ以上醜態は晒したくなかった。  
 そして俺は笑って見せた。 はっきり言って只のやせ我慢、空元気だけど。  
「じゃぁね」  
 俺はそう言って踵を返し手を振り列に向かおうとしたところ手を掴まれた。  
「コッチ……」  
「え……?」  
 そして彼女は俺の手を引き走り始めた。  
 
 彼女に手を引かれ辿り着いた場所――そこは洞窟だった。  
「ココを抜ければ現世に帰れるわ」  
「え……? あ、あの」  
「帰りたくないの?」  
「そ、そんな事無い。 帰りたいよ!」  
「じゃ、入って」  
「う、うん」  
 俺は言われるままに洞窟の中に入った。瞬間とてつもない心細さと寂しさに襲われ……。  
「お、おい……」  
「振り返らないで!」  
 言われて俺は後ろを振り返ろうとした首を慌てて正面へ向きなおす。  
「一本道だから迷わず帰れるはずよ。 そして、絶対に振り返らないで。 何があっても」  
 黄泉路からの帰り道は絶対振り返るな――神話や伝説で聞いたままだ。  
 って事はこの先は本当に……。  
 
 断たたれたと思った望みが繋がったと思った瞬間嬉しさのあまり涙が滲んできた。  
「ありがとう」  
 俺は背後の彼女に向かって声をかけた。  
「あ、そう言えば君の名前……」  
「急いで! もたもたしてると気付かれるわ! さァ早く!」  
 彼女の名前が気になるが、しかしこうやって急かされると言う事は急いだ方が良いのかもしれない。  
「ありがとう」  
 そして俺はもう一度彼女にお礼を言い、そして真っ直ぐに駆け出した。  
 
 

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