びゅう、と寒風が吹いた。  
 風に乗って、救急車のサイレンが近づいてくる。  
 閑静な住宅街の中にあるこの小さな公園には、三本の街灯が立っている。  
 だが、管理が杜撰なのか、明かりが灯っているのはそのうちのひとつだけで、  
それすらチカチカと瞬いており、風前の灯火といった様相を呈している。  
 季節はもう冬だった。冷たい夜風が、だいぶ葉の落ちた木々を揺らして吹き  
抜ける。  
 その風に乗って舞うが如く、真っ黒なコートを翻し、彼女は振り返った。  
 唐突にサイレンが止んだ。どこかに停まったのだろうか──  
 街灯を反射してチカチカと瞬く瞳が、俺の眼を真っ直ぐに射抜く。  
 俺は僅かにたじろぎ、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。  
 聞こえてないよな、と思う間も無く、彼女が口を開いた。  
 
「この世には不思議な事など何も無いのだよ、辰巳君──」  
 
 俺は彼女の台詞に、大きな溜め息をついた。  
 びぇーっくしょいっ! と、特大のくしゃみまで出てしまう。  
「ちょっと、なにそのリアクションはー?」  
「いや、寒いなぁと思ってね」  
 気温が寒いというのと、小説の台詞を真似るのが寒いというのを掛けたつもり  
だったが、  
「その寒い中で話し相手になってあげてるのに、その反応は酷いと思うぞっ」  
 どうやら彼女は後者には気がつかなかったようだ。  
 コートのベルトを片手に持ってぶんぶんと振り回している。まるで子供だ。  
「はいはい、悪ぅございましたね」  
 彼女は、ぷーっと頬を膨らませて俺を睨みつけた。  
 こいつ──秋穂はいわゆる幼馴染みという奴だ。高校は別々のところへ通って  
いるが、家が近所なのもあって、ちょくちょくこうして会っている。  
 ガキの頃から、面倒見が良いというか世話焼きというか、なにかとお節介な  
奴だった。  
 今日も、ついさっき、家を出たところでばったり出くわしたのだが、俺の顔  
を見るなり、「何か悩み事でもあるの?」と一発で見抜かれ、こうして話を聞い  
てもらっていたというわけだ。  
「ていうかさ、そんな占いなんか気にしてたって意味ないじゃん」  
「そうかもしれないけどな──」  
 
 
 発端は、一週間前に遡る。  
 最近クラスの女子の間で、タロット占いが流行っていた。  
 所詮女子高生のお遊びだろうと、俺も占ってもらったわけだが──  
「うわぁ……辰巳君の今週の運勢、最悪!」  
 何枚か表にしたカードのうちの一枚が、それだった。  
 タロットなんてさっぱり判らない俺の眼にも、見るからに不吉な印象を覚える  
絵が描かれていた。  
 おどろおどろしい骸骨頭に黒衣を纏った、人とも悪魔ともつかぬモノが、手に  
した大鎌を頭上にかざし、今まさに振り下ろさんとしている。  
 十三番──死神だそうだ。  
 他にも、塔や天秤のようなものが描かれたカードが表になっていた。  
 なにやら小難しい解説をしてくれたが、ほとんど憶えていない。  
 ただ、最悪という二文字だけが頭にこびりついて離れなかった。  
 この一週間、確かに俺の運勢は最悪だった。  
 教科書やノートを忘れるといった些細な事から、人身事故で電車が止まって  
遅刻したり、体育の時には後頭部にサッカーボールが直撃したり、道を歩けば  
犬のウンコを踏んづけたり、俺の真横に小さな鉢植えが降ってきたり、車に轢  
かれそうになったり──  
 タロット占いは的中した。俺は大小多くの不幸に見舞われる事になり、命を  
落としかねない状況にまでなったのだ。  
 お遊びの占いだなんて馬鹿にしたものではない。  
 一通り話し終えた俺は、不思議な事もあるもんだよな、と言った。  
 その返事が、あれだったのだ。  
 
「きっと呪にかかったんだよ」  
 読んだ本にすぐ影響されるのは、彼女の悪い癖だと思う  
「占いの所為でそうなったわけでもないでしょ?」  
「そりゃ、そうだろうけど」  
「占ってもらわなくたって、起きてたかもしれない事でしょ?」  
「いや、まぁ──」  
 それはそうなのだ。  
 だが、やはり気持ち悪い。  
「でもね、ケイちゃんが事故に遭ったわけじゃないし──」  
 秋穂は俺をケイちゃんと呼ぶ。辰巳圭介というのがフルネームだ。  
「ボールで怪我したわけでもないんでしょ? ウンコぐらい靴洗えばいいし、  
鉢植えも直撃しなくて良かったし、車にだって轢かれなくて良かったじゃん」  
 ひとつひとつ指を折りながら彼女は言う。  
「まぁ……うん」  
「見方を変えれば、占いのおかげで危険に敏感になってて、もっとひどい事に  
ならずに済んだ、っていう事かもしれないよ?」  
 最後に、人差し指を立ててこっちへ向けた。  
 風が吹き、彼女のセミロングの黒髪が揺れる。  
「そんなもんかねぇ」  
「そんなもんだよ」  
 彼女の笑顔を見ているると、そういうものかもしれないと思えてくる。  
 言葉には魔力がある。  
 クラスの女子に最悪だと言われ、俺は些細な事でも占いと結びつけてしまって  
いたのだ。占いと凶事に因果関係があるかどうかも判らないのに──  
 それに、秋穂の言うように、占ってもらったからこそ、それらが俺に、もっと  
重大な損害を及ぼさなかったのだとも考えられる。  
 ならば、気の持ちようという事か。  
「ケイちゃんは気にしすぎなんだよ」  
 秋穂はちょこちょこと歩いてきて、俺が腰掛けていたベンチの前に立った。  
「それにさ、その最悪の一週間も今日で終わりでしょ?」  
「まぁな」  
「その最悪の最後の夜に、こうしてあたしとお喋りしてるんだから、終わり良け  
れば全て良し、って思えばいいんだよ」  
 そう言って、にっこり微笑んで俺の横に腰を下ろした。  
 たしかに、彼女とばったり会えたのは嬉しかった。  
 だが、それを口には出さない。  
「……なんでそれが、終わり良ければ全て良しになるんだ?」  
「あのねぇ、あたしみたいな可愛い子とね、夜の公園でお話できるなんて、ケイ  
ちゃんは幸せ者なんだぞ?」  
 そりゃあ、秋穂は可愛い。  
 まるっこい眼やすっきりした鼻筋、小さな口、細い顎と、顔立ちは悪くない。  
小柄でちまちましていて、明るくて人懐っこい性格もあって、男女どちらから  
も好かれるタイプだ。  
 親同士が親しかったおかげで物心つく前からの付き合いで、ほとんど兄妹の  
ような関係だ。  
 いや、実際には姉弟と言うべきか──  
 俺たちは同級生ではあるが、秋穂の方がひとつ年上だった。  
 
 秋穂が小学生になった時、ひとつ下の俺には、彼女が遠くへ行ってしまった  
ように感じられた。  
 その彼女が、小学生になってすぐ、交通事故に巻き込まれた。  
 生死の境を彷徨い、意識を取り戻してからも、長い間入院生活を送っていた。  
 俺はちょくちょく見舞いに行き、病室でおしゃべりをしたり、ゲームをして  
遊んだりした。彼女の事故と入院はショックだったが、入院中ではあっても、  
一緒に遊んでいられるのは嬉しかった。  
 その頃からだろうか──幼いながらも俺は彼女に恋心を抱いていた。  
 次の春、俺も小学生になった。  
 そして秋穂は、半年以上も入院していた所為で、年齢よりも一学年下、つまり  
俺と同じ一年生からやり直す事になったのだ。  
 それを聞いた時、大喜びしたのを憶えている。  
 小学生の間もずっと一緒に遊んでいたし、お互いに中学生になり、思春期へと  
入った頃──俺ははっきりと彼女を異性として意識し始めた。  
 そして──恋人として付き合う事にもなったのだ。  
 秋穂は実年齢はひとつ上という事もあり、頼られる存在でもあった。誰にでも  
分け隔てなく接するものだから、男連中からは勘違いされる事も多かった。  
 彼女を女として意識し始めた俺は、もやもやとした気持ちが日々募り──  
 中学二年の夏、秋穂から告白されて付き合う事になった。  
 今思えば、きっと彼女は俺の気持ちに気づいていて、俺から言い難いのなら  
自分が言ってあげよう、とでも考えたのだろう。  
 付き合い始めたのは良いものの、感覚的にはどうしても姉弟という意識が抜け  
きらなかった。  
 キスやペッティングぐらいはしたのだが、最後までは行けなかった。  
 もちろんそれが最大の要因ではないが、三ヶ月もしないうちに、どちらから  
ともなく別れ話を切り出し、破局を迎えた。  
 直後はギクシャクもしたのだが、今では、またもとのように、仲の良い異性の  
友人を続けている。  
「なに、黙り込んで……どうしたの?」  
 秋穂が横から上目遣いにこっちを見ていた。  
「ちょっと、昔の事をね」  
「……そっかぁ」  
 彼女はあの時の事をどう思っているのだろう──  
 実を言うと、俺はまだ彼女に気がある。家を留守にする事が多い両親よりも、  
俺は秋穂に親しみを感じているし、それ以上の感情だってまだ持ち続けている。  
 秋穂は見た目も可愛いし、性格だって良い。  
 いや、そういう一般的な基準で思い続けていたわけではない。  
 自分の半身──と言ったら大袈裟だろうか。  
「あのさ、ケイちゃん──」  
「ん?」  
 彼女は俯いている。  
「やっぱ寒いね」  
「もう冬だしな」  
「うん、冬だね」  
 それきり、彼女は沈黙してしまう。  
 俺もガキの頃は、アキちゃんと呼んでいた。  
 小さい頃、一緒に遊んだ事や、付き合っていた時の事が思い出される。  
 お姉さん気取りで色々と世話を焼いてくる秋穂は、時には鬱陶しくもあったが、  
俺にとってかけがえの無い人だった。  
 
 あたしたち付き合おうよ──  
 そう言われた時は、他の男たちを出し抜いたような気持ちになり、そんな自分  
が惨めで情けなく、彼女に対して後ろめたかったのも憶えている。  
 ガキの頃から遊びで何度もしていたはずなのに、恋人になってからのキスは、  
心が高鳴って心臓が破裂しそうなほどに興奮した。憶えたてのディープキスは  
うまくゆかず、秋穂に笑われたのも思い出す。  
 初めてそういう事をしたのは、いつだったか──  
 ほんの僅かに膨らんだだけの胸に指を這わせると、彼女はぴくぴくと身体を  
震わせて顔を赤く染めた。その反応が俺を昂ぶらせ、彼女の全てを手にしたい  
と思った。  
 それなのに、いざ挿入という段階になると、秋穂の身体を隅々まで貪りたいと  
いう欲望よりも、このまま最後まで行ってしまって良いのだろうかという疑念  
の方が強くなって、そこから力が抜けてしまうのだった。  
 困惑した彼女は、萎んでしまった俺のアレを必死に勃たせようとした。手で  
握るだけでなく、咽返りながら口に銜えたりもした。  
 こうすれば大きくなるかな──そう言いながら、濡れそぼった秘処を、俺に  
押し付けてもきた。  
 それでも俺は怒張する事は無く、そんな彼女を見ているのが辛かった。  
 もういいよ、やめろよ──そんな風に冷たく言い放ってしまった。  
 それなのに彼女は、次は最後までしようね、と言って、いつもの明るい笑顔を  
見せてくれたのだ。  
 しかし、二度、三度と試しても、結局最後まではできなかった。  
 肉体関係だけではなかった。恋人ともなればデートもするし、学校でも周り  
からちやほやされる事もある。  
 けれど、ぴんと来なかった。  
 秋穂と俺は、幼馴染みで仲が良いし、恋人同士でもある──だが、何か違う。  
 一緒にいれば間違いなく楽しいのだが、どこか心に霧が掛かったような感じが  
抜けない。  
 次第に楽しさよりも気まずさの方が強くなり、俺は秋穂とあまり会話をしなく  
なっていった。  
 そして、秋から冬に移り変わる頃、その関係は終わりを告げた──  
 
 
「ねぇ、ケイちゃんの部屋行っていい?」  
 唐突に彼女が言った。  
「え──」  
 昔の事を考えていたからだろうか。秋穂も俺の部屋で昔の続きを──なんて  
考えが浮かび、慌てて掻き消す。  
 それを知ってか知らずか、秋穂は肘で俺の脇を小突いてニヤニヤと笑う。  
「どうせまた散らかってんでしょ? 片付けてあげるぞっ」  
 彼女は時々俺の部屋にやって来て、CDを聴いたりゲームをしたりして遊んで  
いる。たまに散らかった部屋を片付けてくれたりもする。  
 小さかった頃と何も変わらない。一度は破局を迎えた事なんて、全て忘れて  
しまったかのように。  
「じゃあ、頼もうかな」  
「はぁ〜、女の子に部屋の片付けさせるなんて、ケイちゃんはしょうがない子  
だねぇ」  
「自分で言い出しといてそれかよ」  
「あははっ、お姉さんに任せなさいっ」  
 ぴょこんと立ち上がり、俺のコートの袖を握って引っ張る。  
「ほら、行こっ。寒くて凍っちゃう」  
 子供のように口を尖らせる。  
 俺は、はいはい、と苦笑しながら立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで財布  
を探った。  
「缶コーヒーでも奢るよ」  
「やたっ!」  
 たかが缶コーヒーだというのに、彼女は満面の笑みを浮かべていた。  
 再び、サイレンが鳴り響き、徐徐に遠ざかってゆく。  
 俺たちはその音を聞きながら、公園を後にした。  
 
 
「お邪魔しまーす」  
 秋穂は、途中の自販機で買ってあげた缶のカフェオレを、両手でぽんぽんと  
弄びながら、玄関のドアをくぐった。  
「ちょっとこれ持って〜」  
 まだ開けていないその缶を手渡される。  
 買ったばかりの缶コーヒーは、素手で持つには熱すぎる。もう少しぬるめに  
保温してくれた方が、猫舌でもある俺は嬉しい。  
 ブーツを脱いだ秋穂に続いて、両手が塞がったままの俺は、手を使わずに靴を  
脱いで廊下に上がった。  
「もう、みっともないなぁ」  
 ちょこんとしゃがんだ秋穂が、脱ぎっ放しの俺の靴をそろえてくれる。  
「悪い悪い」  
「ったくぅ、ホントいいかげんなんだから……」  
 ぷうっと頬を膨らませて睨んでくる。  
 お姉さん風を吹かせているのに、そんな仕草は子供っぽくて、あの頃から全然  
変わっていない。  
「ケイちゃんって、そういうとこ全然変わってないよねぇ」  
 思わず、吹き出してしまった。  
「む、なにがおかしいのー?」  
 口を尖らせた秋穂は、本当に──  
「お前のそういうとこも、全然変わってないなぁって思っただけ」  
「むぅ……真似するなっ」  
 そういう反応がガキ臭いわけだが、言わないでおく。  
「久しぶりだね、ケイちゃんち来るのも」  
 きょろきょろと辺りを見回した秋穂は、と現に話題を変えた。  
「もう二ヶ月ぐらい来てなかったかなぁ」  
 言われてみればそうだったかもしれない。外で立ち話をする事は何度かあった  
から意識しなかったが、ここしばらくは秋穂を招いた記憶が無い。  
 勝手知ったる、とばかりに廊下をすたすたと進む彼女は、階段の手前で立ち  
止まった。そこには、箒やモップなどが壁のフックに吊るされている。  
「すごい事になってそうだなぁ。覚悟しなくちゃ」  
「そこまで酷くねぇよ」  
「これ持ってかないとね」  
 俺の異議はスルーして、彼女自身の背丈ほどもある、長い箒を手に取る。  
「うりゃっ」  
 妙な掛け声とともに、箒をくるんと回す。  
「うっふふ〜ん」  
 なんだか楽しそうだ。箒をくるくると器用に操り、  
「ケイちゃん、覚悟っ!」  
「なっ──」  
 秋穂が気合いとともに箒を振りかぶり、頭上に掲げた。  
 コートの裾が翻り、黒い風が巻く。  
 箒の先が、ギラリと鈍い光を反射したような気がして──  
 あの、カードの図柄。  
 背筋が凍りつくようで──  
「うわぁっ!」  
 思わず声を上げてしまった。  
 十三番、死神──  
 あの時、表にされたカードの絵が、フラッシュバックした。  
「わっ、ごめん、当たった?」  
 箒が壁に当たって響いた、こつんという気の抜けた音で、俺は我に返った。  
 俺の前には、秋穂が口元に手を当てて立っている。  
「どうしたの……?」  
 箒を下ろし、心配そうに上目遣いに見上げてくる。  
「あ、いや……ふ、振り回すなって、狭いんだから」  
「うん、ごめーん」  
 お前が死神に見えた、なんて言えない。  
 やはり、俺は呪にかかっているのだろうか。  
 死神なんているはずがないのに。  
 いたとしても、秋穂が死神のわけがない──  
 
「あっ、エロ本発見!」  
 部屋にはいるやいなや、秋穂は机を指差して大声を上げた。  
 しまった──友人からもらったエロ雑誌を放置していたのを忘れていた。  
 なんと言って良いものかと言葉を捜していると、彼女はすたすたと机に向かい、  
箒を立て掛けてページを捲り始めた。  
「へぇ〜、ケイちゃんこういうの好きなんだぁ」  
「うるさいなぁ」  
 彼女と俺との仲とはいえ、こういうのは気恥ずかしい。  
 意識してそちらを見ないようにしながら、エアコンのスイッチを入れた。  
 ややあって、温風が吹き出してくる。  
「ふぅ〜ん、ほぉ〜、むぅ……どうやったらこんなに大きくなるんだ……」  
 巻頭グラビアは、最近お気に入りの巨乳アイドルだったはず。  
「むむぅ、羨ましいなぁ……」  
 呟きながら真っ黒なロングコートを脱いだ秋穂は、その中も真っ黒だった。  
 薄手の黒いセーターとスリムジーンズは、彼女の線の細さを際立たせている。  
「お前、ちっこいからな」  
 秋穂ははっきり言って貧乳だ。  
 中学の時は、僅かにしか膨らんでいなかったし、あれから多少は大きくなった  
ようにも見えるが、同年代の他の女の子たちと比べれば、小さい方だろう。  
「むぅ……ケイちゃんは巨乳好きかぁ」  
 チクリと痛む──  
 自分の胸が小さいから、恋人が務まらなかったのではないか──そんな言葉  
が隠れているように思えてしまったのは、俺の身勝手な妄想だろうか。  
「まぁ、見るだけならな」  
 言い訳めいた台詞を吐いてしまう。  
 秋穂がこちらに顔を向けた。  
 笑っているような、泣いているような顔だった。  
「あたしも……おっきくなったんだよ?」  
「え──」  
「ケイちゃんの好みには程遠いかもしれないけど……」  
 そんな表情で、そんな台詞を言われると──  
「な、なに言ってんだ……」  
 彼女の瞳に、不似合いな熱っぽさが見え隠れしている。  
 心臓が高鳴る。  
 期待していなかったわけではない。  
 だが、俺の勘違いだったら──  
 動揺を気取られぬように眼を逸らし、小さなテーブルの上に缶をふたつ並べて  
置いた。  
 秋穂の視線を感じる。  
 意識してそちらを見ないようにして、コートを脱いでハンガーに掛ける。  
「ねぇ、ケイちゃん……」  
 秋穂の声は、僅かに震えているようで──  
「あれからもう、三年も経つんだね」  
 彼女と別れたのは、三年前の今ぐらいの時期だったのだ。  
 別れてすぐはギクシャクしていたのに、今はこうして子供の頃のように話を  
していられる。  
 それは、喜ばしい事なのだろう。  
 ベッドに腰掛け、天井を仰ぎ見た。  
 蛍光灯が少しくすんでいる。そろそろ取り替え時かもしれない。  
「もう三年か……なんか、不思議だよな」  
「え?」  
「だってさ、付き合って──別れたのにさ、こんな風にお前は俺の部屋に来て  
遊んだり、掃除してくれたりして……」  
 秋穂は、ふふっと笑って、俺の横に腰を下ろした。  
「そうだね。でも、辰巳君──」  
「この世には不思議な事なんて何も無いんだろう?」  
 台詞を先読みした俺に、秋穂はにっこりと笑った。  
「うん。不思議じゃないよ、全然」  
 そして、また、泣きそうな顔になる。  
 
 彼女はなんでそんな顔をするのだろう。  
 いや、俺には解かっていたはずだ。  
 彼女もまだ、俺の事を想っていてくれるのだと。  
 そうでなければ、こんな関係は続けていられないはずだから──  
「ケイちゃん、あたし、ケイちゃんの事──」  
 俺が、ずっと言いたかった台詞──  
 あの頃は、きっとまだ子供だったのだ。  
 恋愛というものがなんなのか、男女の関係というものがどういうものなのか、  
そんな事も知らず、回りに影響もされ、もてあます感情を理解も制御もできず、  
ただ恋人という漠然としたモノを夢見ていただけの、子供だった。  
 今だって身体ばかりが大きいだけで、とても大人とはいえない。  
 だが、それでも中学生とは違う。  
 今なら、うまくやれるかもしれない。  
 もう一度、やり直せるかもしれない。  
 俺は、秋穂の事をずっと──  
 俺は、彼女の唇を塞いだ。  
 三年ぶりに触れた秋穂の唇は、素直に俺を受け入れてくれた。  
 彼女の細い肩を抱く。  
「ん、ふぅ……」  
 秋穂の吐息がこそばゆい。  
 彼女の腕が腰に絡みついてくる。  
 そんなにくっついたら、心臓の高鳴りを聴かれてしまう──  
 俺は唇を離す。  
「ケイちゃん……」  
 寂しそうな顔をした秋穂の頭を撫でる。  
 いつも見ていたはずなのに、真っ直ぐにその眼を見るのは気恥ずかしい。  
 俺のこの気持ちを、今なら伝えられる。  
 あれから三年間、表面的には昔のままを通してきたが、自分に嘘をつき続ける  
のも嫌だし、彼女に対しても失礼だ。  
「ごめん、秋穂」  
「え……?」  
 そんな不安な顔をするなよ──俺の言葉にはまだ続きがあるんだから。  
「三年前は、ごめんな」  
「ケイちゃん──」  
「秋穂、俺……もっかい、やり直したい」  
 彼女の眼が見開かれた。  
「好きだよ、秋穂」  
 瞬く間に涙が溢れ出した。  
「あたしもっ、ケイちゃん──」  
 二人の唇が重なり合った。  
 
 
 エアコンの低い唸りが部屋に響いている。  
 ベッドに横たえた秋穂に、覆い被さるようにキスをする。  
 マシュマロのような唇を割って舌を差し入れると、彼女は小さく喘いで恥ず  
かしそうに震えた。  
 俺の舌が秋穂の舌を探る。  
 秋穂の舌が、俺に応えるように絡めてくる。  
 きゅっと眼を閉じた彼女の顔は恥じらう少女そのものなのに、舌は艶めかしく  
蠢いていた。  
 くちゅくちゅという音が頭に響き、彼女の鼓動が感じられる。  
 さらさらの髪を撫でながら、もう片方の手を首筋に伸ばすと、ぴくんとなった  
秋穂の腕が、俺の背に回された。  
 首筋から鎖骨へ──  
 ゆっくりと、小さな膨らみへと指を這わせる。  
「んっ、うぅ……」  
 身じろぎをした秋穂に有無を言わせずに、そこへと触れた。  
 ぴくりと奮えた彼女が、俺の背中に回された手に力を篭める。  
 セーターの上からでも、その柔らかな感触が伝わってくる。  
「秋穂の胸……柔らかい」  
 唇を離すと、二人の間につうと透明な糸が伸びた。  
「ちっちゃくて……ごめんね」  
「馬鹿、そんなの関係無いよ」  
「でも……」  
「俺はお前の胸、好きだよ」  
 彼女の頭を撫でながら、控えめな膨らみを掌で包み込む。  
 彼女が言ったように、中学の頃よりも大きく感じられた。  
 表面の刺繍か、縫い目なのか、凹凸の陰に、こりこりとした突起も感じられた。  
「あっ、や……んっ」  
 そこをまさぐる指に、秋穂はぴくぴくと震える。  
「ここ?」  
「あぅ、やだぁ……」  
 指先でそれを撫でると、身を捩って逃れようとする。  
 俺の指は彼女を逃がさない。  
「やっ、んぅ……んっ、はぁ……」  
「感じるようになったんだな」  
「馬鹿っ、馬鹿ぁ」  
 うるうるさせた瞳で、下から睨みつけてくる。  
 以前は、胸に触れると痛いと言うから、あまり責めなかった。  
「それに、おっきくなった」  
「あぅ、うん……少しだけど、ね」  
 少しといっても、俺の知っている彼女の胸のサイズは、ほとんどぺったんこと  
言える大きさだったので、それに比べればかなりの成長だろう。  
「サイズ、いくつなの?」  
「馬鹿っ、そんなの聞かないでよぉ」  
 恥ずかしがる秋穂が可愛くて、俺はつい意地悪してしまう。  
 彼女の耳元に顔を寄せると、彼女の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。  
「聞きたいな、秋穂のバスト」  
「うぅ〜、いじわるぅ」  
 耳にふうっと息を吹きかけてやる。  
 秋穂はびくんと身体を震わせて身悶えする。  
「やっ、くすぐったい……」  
「カップだけでも、知りたいなぁ」  
「ひゃっ」  
 耳たぶを甘噛み──  
「あぅ、ふゎっ、だめそれっ」  
 舌先でチロチロと舐めてやると、可愛らしい声で鳴きながら身を捩る。  
「わかったよっ、言うからっ」  
 
「何カップなの?」  
 耳を責めるのを止めると、秋穂が躊躇いがちな声で答える。  
「う、うぅ……Bカップだよぉ」  
 Bカップしかないのか──  
 それでもそこそこ膨らんでいるように感じるのは、彼女が華奢な所為だろうか。  
「もう……ケイちゃんの馬鹿ぁ」  
 そう言って、俺の身体にぎゅっとしがみついてくる。  
 俺も彼女を抱き締めた。  
 すると、彼女は、んっふふぅ〜と変な声で笑った。  
「反撃してやるぅ」  
 秋穂の声が耳元でした直後、俺は、うひっと妙な声を上げてしまった。  
「んっふふ〜」  
 俺の耳たぶを銜えたまま、満足そうに妙な笑い声を上げる秋穂。  
 俺がしたように、彼女も舌先でチロチロと耳たぶを責めてくる。  
 これは、かなり、くすぐったい。  
「うはは、やめっ、やめてくれ〜」  
 しゃぶられている耳たぶだけでなく、頬を撫でる秋穂の髪もこそばゆい。  
 情けない声を上げてしまう。  
 逃げようとしても彼女の腕ががっちりと俺を抱いて離さないものだから、二人  
してベッドの上をごろごろと転がる羽目になる。  
 それでも彼女は耳を舐めつづけるのだから、ちょっと感心してしまう。  
「やめろ、うひゃ、やめろってばっ」  
「わうぇわいをん〜」  
 やめないもん〜とでも言ったのだろうか──秋穂は俺の耳をぱっくり銜え  
込んだらしく、ダイレクトにくちゅくちゅという音が響く。  
「ふぇいふぁんうぃをわうぃわわうぇうぇわうぇうー」  
 何を言ってるのかさっぱりだが、妙に楽しそうなのはよく解かった。  
 それにしても、耳元で響く水音というのはなんと淫靡なのだろう。  
 耳を責められるというのは、感触と音との二段攻撃らしい。  
「やらしいなぁ、それ」  
 そう言った途端に秋穂の動きが止まった。  
「くちゅくちゅ響いて、すげぇやらしい」  
「や、あぅ……」  
 恥ずかしくなって止めたのだろうか? 秋穂は俺の耳を開放した。  
 なんとなく、勝った気になった。  
 形勢逆転──  
 力の抜けた彼女をベッドに押さえつけ、にやりと笑ってやる。  
「秋穂ってやらしいのな」  
「そ、そんな事……」  
「前だってさ、俺が勃たなくて──」  
「ば、馬鹿ぁっ!」  
 自分がした事を思い出したのだろう。恥ずかしくて堪らないという顔だ。  
 あの時の秋穂は、萎んでしまった俺のそれを勃たせようとし、自らあれこれと、  
中学生に似合わぬ淫らな行為をしたのだ。  
 しかし、それは俺にとって忌まわしい過去だ。彼女を愛する事ができなかった  
駄目な自分の象徴とも言える。  
 それなのに、さらりと口にする事ができたのは、三年の時間が俺を成長させた  
からなのか──  
「また、してほしいな」  
「えっ──」  
 唾液に濡れた唇を、指でなぞる。  
 この可愛らしい唇で、俺のモノをしゃぶって欲しい。  
「フェラ、してくれる?」  
「うん……ケイちゃんが、してほしいなら……」  
 
 俺はジーンズと下着を脱いでベッドに腰掛けた。  
 開いた両脚の間に、秋穂が膝を突いている。  
「おっきいね……」  
「俺も成長したのかな」  
「馬鹿ぁ」  
 彼女の目の前には、剥き出しになった俺のモノがそそり立っている。  
 あまり自覚は無いが、中学の頃に比べれば大きくなっているのだろう。あの時  
は皮も剥けきっていなかったし、もう少し可愛らしさがあったと思う。  
 根元に密集した縮毛の量も段違いだし、腿や脛の体毛も増えている。  
 中学の頃は、次第に大人の身体へ変わってゆくのが不安で、恐怖すら覚えて  
いた。秋穂との関係の変化も、それに拍車をかけていたのかもしれない。  
 あの頃とあまり変わらなく見える秋穂だが、彼女も少しずつ大人になっている  
のだろう。胸も三年前より膨らんでいるし、子供っぽいとはいえ、顔立ちも大人  
びてきた。  
 こんな状況だから、そう感じるのか──  
 秋穂は恐る恐るといった感じに手を伸ばし、それを両手で握った。  
 細くて小さな指が、俺のモノを握り締める。  
 彼女の指が冷たく感じるのは、俺のそれが熱く滾っている所為だろうか。  
「あったかぁい……ぴくぴくしてる」  
「秋穂に握られて嬉しいからな」  
「……ホント?」  
 上目遣いに俺を見る。  
「ホントだよ」  
 頭を撫でてやると、照れたように眼を逸らす。  
「いただきまぁす」  
 なんだそりゃ、とツッコミそうになるが、ぐっと堪える。  
 秋穂が舌を伸ばした。つつ、と先端が触れる。  
「くっ……」  
 秋穂の温かくて柔らかい舌の感触に、自然と身体が反応する。  
 ピンク色の舌が、鈴口に沿って艶めかしく下から上へと滑ってゆく。  
 すでに先走りの溢れていた俺の先端を、秋穂は丹念に舐め上げる。  
「美味しい?」  
「うーん……しょっぱい」  
 口を尖らせた秋穂は子供っぽく、とても淫らな行為をしているとは思えない。  
「美味しいって言ってよ」  
「もう……エッチな本の見すぎだよぉ」  
「そうかもな」  
 二人で苦笑する。  
「ケイちゃんのエッチ」  
「あ、秋穂だって」  
「……うん、あたしもエッチだね」  
 秋穂がぺろぺろと舐めながら笑う。  
 舐めるだけでなく、握った手も上下に動かしている。  
「あたし、ケイちゃんよりエッチかも……」  
 さっきは恥ずかしがっていたくせに、そんな事を言う。  
 仕草は子供っぽいのに、中身はひとつ年下の俺なんかより、はるかに大人なの  
かもしれない。  
 秋穂は口を大きく開いて顔を寄せた。  
 彼女の舌が、唇が、俺に触れる。  
「こっち見ながら、銜えて」  
「ん……」  
 頬を真っ赤に染めて上目遣いに見つめながら、秋穂は雁首を口に含んだ。  
 傘全体が彼女の熱い粘膜に包まれ、言いようの無い快感が湧き立った。  
「気持ちいい、秋穂……」  
「ぅん……」  
 何をどうされているのかよく解からない。  
 判るのは、俺は彼女の口の中で快楽に包まれているという事だけ──  
 
 あの時にも、こんなふうに秋穂は俺を包んでくれた。  
 中学二年だった俺にも、避妊の大切さはなんとなく解かっていた。  
 秋穂とそういう事をしたいと逸る心に駆られ、羞恥心を抑えてコンドームも  
買った。  
 だが──それを着ける段なると、俺のそれはしなしなと硬さを失ってしまった。  
 動揺して焦る俺を、秋穂は優しく抱き締めてくれた。  
 そして、こうすればおっきくなるかな、と言った彼女は、手に握り、さらには、  
口を寄せて舌を伸ばしてきた。  
 萎んで頭部が包皮に隠れてしまったそれを、彼女はそのまま口に含み、舌を滑り  
込ませて刺激してくれた。  
 彼女の行為に俺は興奮していたのに、何故かそこは硬さを取り戻さなかった。  
 俺は自分の不甲斐無さに耐えられず、彼女を制止し、冷たい言葉を浴びせて  
しまったのだ。  
 それなのに彼女は、まるで自分が悪いかのように、ごめんね、と微笑んだ。  
 その次の時も、最後までする事はできなかった。  
 秋穂がしてくれたのは、口淫だけではない。  
 ある時は、小さな膨らみを俺の先へと押しつけてきた。胸は痛いんだろ、と  
制しても、ケイちゃんが気持ちよくなってくれるなら平気、と笑ってくれた。  
 慎ましい膨らみと、ちょこんと突き出した蕾を押し付けて、痛むのだろうに、  
それをまるで顔に出さず、献身的なほどに刺激してくれた。  
 俺にはそんな彼女が痛々しく、もうやめてくれ、と言うしかなかった。  
 別の日には、潤んだ秘処を擦りつけてきた。濡れそぼった裂け目を広げ、ケイ  
ちゃんがしてくれたからこんなになったんだよ、と言って、萎んだままの俺を  
押し込もうとした。  
 当然、秋穂の幼く狭いそこに、俺の萎びたものが入るわけもなく、俺は彼女を  
突き飛ばしてしまった。泣きそうな彼女に、俺は掛ける言葉もなかった。  
 さらには、あたしがもっとエッチになれば、ケイちゃんもエッチになれるかな、  
と、俺の前で自慰をした事まであった。  
 壁にもたれ、股を広げて、ほとんど無毛の白丘を晒し、くちゅくちゅと淫らに  
水音を立てながら、艶めかしく喘いで俺をいきり立たせようとした。  
 それでも俺が怒張しないと解かると、秋穂は泣き出してしまった。まるで全て  
自分に責任があるかのように、ごめんね、ごめんね、と言いながら──  
 俺は興奮しなかったわけではない。  
 秋穂のそんな行為に激しい劣情をもよおし、今すぐにでも彼女を貫きたいと  
思っていた。己の精を相手の胎内に注ぎ込み、孕ませたいという本能的な欲求は  
いつでもあったのだ。  
 それなのに、その想いを達する事ができないのが悔しかった。彼女を愛したい  
のに愛せないというもどかしさに、俺は苛立ち、焦り、腹を立て──  
 その気持ちは、そういう行為の時だけではなかった。  
 二人が付き合い始めた事はまたたくまに知れ渡り、公認カップルとなった。  
 周りはうるさかった。煩わしいほどにちやほやされて、秋穂との交わりも揶揄  
され噂されて、時には下品極まりない質問攻めに見舞われた。  
 そんな話ばかりを振ってくる周囲にも嫌気が差し、結局俺は、秋穂を拒絶して  
しまったのだ。  
 秋穂がどれほど俺を想ってくれているのかも解からず、自分の事しか考えられ  
なくなっていた。  
 
「秋穂、すごい気持ちいい……」  
 彼女は満足そうに眼を細め、ちゅくちゅくと淫らな音を立てる。  
 秋穂は竿を握ったまま、さらに深く銜え込んでゆく。  
「あっ、秋穂……」  
 上目遣いのままで、俺を頬張る秋穂。  
 上顎と舌で挟み込まれているのだろうか──強すぎる刺激に、腰が引けて  
しまう。  
 雁の頭を刺激されると、快感よりも痛みが勝ってしまう。  
「う、ちょっ、待った」  
「んぅ?」  
 舌の動きを止めて、不安げに見上げてくる。  
「いや、気持ちいいんだけど、さ……ちょっと、刺激強すぎ」  
「ケイちゃん……?」  
 それから口を離した秋穂が、俺の顔と下の頭を見比べる。  
「気持ちよすぎて、ちょっと痛かった」  
 俺は彼女に心配させないよう、ははは、と笑ってみせた。  
「あぅ、ごめんね……大丈夫?」  
 俺は、しゅんとしてしまった秋穂の頭を撫でる。  
「大丈夫だよ。秋穂のフェラが、気持ちよすぎただけ」  
「うぅー」  
 ただでさえ赤い顔を、さらに赤くする秋穂。  
 可愛い奴だ──  
 こんな子を三年間も待たせてしまった。  
 三年分──いや、幼い頃からの全ての時間の分だけ、彼女を愛したい。  
「秋穂も脱いでよ」  
「あぅ」  
「俺だけ見せてるの、不公平じゃない?」  
「うぅ……そ、そだね」  
 彼女は俺のモノから手を離し、俯いてセーターの裾を握った。  
 セーターを捲りかけ、手を止めて顔を上げる。  
「で、電気……消して欲しい」  
「だーめ。秋穂の身体、隅々までちゃんと見たいもん」  
「そんなぁ……」  
「俺のは見たのに、自分は見られたくない?」  
「あぅ、そういうわけじゃ……」  
「俺に見られるの、嫌?」  
 意地悪な質問をしてやる。  
「ち、違うけど……恥ずかしいよぉ」  
 その恥ずかしがる姿を見たいのだ。  
 明かりが消えていたら、顔がよく見えないではないか──  
「さっ、脱げ脱げ〜」  
「うぅー、いじわるぅ」  
 観念したのか、秋穂はセーターを一息に脱ぎ去った。  
 黒髪がさらりと零れて、白い肌とのコントラストが眩しい。  
 彼女は、セーターの下にこれまた黒いキャミソールを着ていた。外はあんなに  
寒かったというのに、意外に薄着だった事に驚く。  
 黒いキャミの肩紐に並んで、ブラジャーのものであろう真っ白なストラップが  
覗いている。  
 秋穂が伺うように俺を見る。  
「それも脱がないとな」  
「むぅ……け、ケイちゃんだって全部脱ぎなよぉ」  
「ん、そうだな、俺も脱ぐか」  
 
 なんだか、気が楽だ──  
 三年前は、こんなにリラックスした気持ちでは無かった。  
 周りの男どもを出し抜いたような優越感、秋穂を手に入れたいという支配欲、  
勢いだけは豊富な性欲──  
 もちろん今だってそういう気持ちが無いわけではないし、性欲などはあの頃  
よりよっぽど高いのではないかと思う。  
 だが、それらの感情よりも、今はただ、秋穂とこうしていられるのが嬉しいと  
感じられる。  
 余計な事など考えず、単純に、秋穂といる時間を素晴らしいものだと思える。  
 物心つく前から一緒だった秋穂と、一度は失敗した彼女と、本当の意味で恋人  
になれるのが、素直に嬉しかった。  
 俺はベッドに腰掛けたまま全裸になった。  
 俺だって裸を見られるのは恥ずかしいが、秋穂になら身体の隅々まで曝しても  
構わない。むしろ、見てもらいたいぐらいだ。  
 秋穂は、素っ裸になった俺を見て観念したのか、後ろを向いてジーンズを脱ぎ  
始めた。  
 正面から見られたくないのだろうが、後ろ姿というのも欲望をそそるものだと  
気づいているのだろうか──  
 彼女の事だから、そんな事は思いもしないのだろう。  
「あぅ」  
 スリムなジーンズに引きずられ、真っ白なショーツがずれてしまう。  
 小振りで引き締まったお尻が半分ほど露になったのを、慌てて戻そうとする。  
「秋穂、そのまま」  
「えぇっ」  
「そのままで、な?」  
「うぅ……」  
 ずれた下着というのも官能的だ。  
 お尻を半分露にしたまま、ジーンズを脱いだ秋穂がこちらへ向き直る。  
 ショーツの両脇は、レースになっていて肌が透けている。正面にはピンク色の  
小さなリボンがちょこんと乗っていて、小花柄の刺繍が施され、縫い目に沿って  
細いレースがあしらわれていた。  
 俺は、可愛らしさと大人っぽさの同居する下着に眼を奪われてしまった。  
 それを意識してか、秋穂は前を手で隠してしまう。  
「へ、変かな……?」  
 俺はかぶりを振って彼女の手を取る。  
「全然変じゃないよ。ちょっと、意外だっただけ」  
 言いながら彼女の手をどけさせる。  
「意外……?」  
「うん。もっと、子供っぽいのを想像してた」  
「こ、子供っぽい方が、良かった?」  
 吹き出しそうになるのを我慢する。  
「こういうの、好きだよ」  
「ホント?」  
「ホントだって」  
 ぱぁっと彼女の顔がほころんだ。  
「良かったぁ……ケイちゃんの好み、よく解かんなかったし……」  
 小さな、違和感──  
「う、上も脱がないとダメ、だよね?」  
「ん、そうだな」  
 それが疑問に変わる前に、彼女の指が黒いキャミソールの裾にかかる。  
 腕を交差させ、キャミソールをゆっくりと捲り上げる。  
 ほんのりと朱を帯びた、透き通るような肌が曝されてゆく。  
 きゅっとくびれた細い腰に、小さく窪んだ臍──徐々に身体のラインが露に  
なり、真っ白なブラジャーが現れた。  
 ショーツとセットなのだろう、レースと刺繍が施された、清楚な色香の漂う  
ブラ。なだらかに膨らんだ胸の合間に、ピンクの小さなリボンがアクセントと  
なっている。  
 ずり落ちそうなショーツと、まだ履いたままの黒いハイソックスが、清純な  
少女と大人の女性との境界にいる彼女を、いっそう扇情的に仕立てていた。  
 

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