「そう… 次はあそこなのね?」  
 
眼下に広がるコンクリートジャングル…大都市にひしめき合うビルの中に、  
ターゲットとされる建物を見おろすように飛ぶ一人の少女。  
全身黒い。頭頂からつま先まで黒い装束で身を包み、  
時折魅せる髪は白銀。またがるは大鎌。鎌をつかむための手は透けるように白く、  
眼は藍色…だが時折真紅の色を覗かせる、可憐な少女である。  
 
話を終えると手にした端末を懐にしまい、黒装束をひるがえすと、  
誰にも映らないのか、ターゲット近くの路地へと降り立った。  
 
かつて人がだれしも恐れ敬われた存在 …死神… そう、彼女は死神である。  
 
「まったくっ、ヒト使いが荒いっ! 上の奴らはもう少し労わってほしいわっ!!」  
「マァ そういわないいわない」  
少女の影から黒猫が現れる。  
「シュマはいいわよね! ただ付いてくるだけなんだからっ」  
「監視というのはそういうものさ」  
猫…シュマと呼ばれた猫はおどけて見せる。なぜシュマなのか…  
少女が抱きしめたとき、マシュマロのような抱き心地だったからである。  
「ふんっ。 で、次のターゲットはアレよ」  
「ほー また人間がいっぱい居ますなぁw」  
「アレから、また相応しい人間を探さなきゃならないなんて…」  
「まぁ、神の世界にある間引きシステムが壊れちゃったんだから、  
 仕方ないんじゃないかな」  
「間引きって、他に言い方ないのっ?」  
「ないね 痛てっ!! なんだよ ぶー」  
「さ、仕事よ仕事!」  
「ちっ、へいへーい」  
叩かれた頭をさすりつつ、シュマは影に消える。  
と同時に、少女の装束が、周りの生徒たちと同じ服に切り替わる。  
切り替わりと同時に周囲の視線が少女に注がれたが、  
周りは何事も無かったかのように登校し始めた。  
一部、その容姿に見惚れたもの以外は。  
 
少女はアレと呼ばれた、この世界では高校と呼ばれる建物に、近づいていった。  
 
 
「とまぁ、そういうわけで、転校生を紹介する!」  
−ザワッ  
なんともやる気のない先生の言葉を聞き、教室中の生徒がいろめきだつ。  
登校前に噂になった少女が、自分のクラスにきたのだ。  
「北白河 望です」  
か細い手で黒板に書かれた文字と、凛とした声が室内に響く。  
「じゃあ、お前の席はまだ無いから、ちょうどソコ、ソコにすわっとけ」  
「はい」  
すると、ざわめいた室内が、どよめきに変わった。  
−そこの席は −シッ! −いやでも −どうせ午前は来ないんだから −そりゃそうだ  
席に通された望は、座る。  
 
 
 
一・二・三時間目はつつがなく過ぎていった。  
休憩時間は転校生特有の質問攻めなどがあるが、望は適当にあしらう。  
 
−転校生は美少女− この噂は徐々に全校に広がりつつあり、休憩時間をはさむ度に廊下の見学者が増えていった。  
だれもが望に注目していたので、その席がだれのなのか、誰も危機意識、望に注意を促さなかった。  
 
そしてそのことに全員気が付くのが、四時間目のときである。  
 
”ガラガラッ”  
ービクッ!?  
教室中に戦慄が走った。  
(やべぇ! もう来た!?)(嘘でしょ?! まだ四時間目よ?!)(望ちゃんに言うの忘れてた!)  
教師すらも息をのむこの場面に、入ってきた男は望の座る席に寄る。  
男の格好は金髪を短い逆毛にしている以外、フツウの男子だ。  
だが、その金髪が逆にすごい目立ってしまう。  
 
「・・・おい」  
そう声を掛けられて、望は立つ男を見上げ  
「なにかしら?」  
答える。  
「そこは俺の席だ。邪魔だ」  
男は威嚇するように言う。  
「あら でも私はここに座りなさいと先生に言われたのよ」  
「だまれ。 ここは元々俺の席だ」  
”ドン!” とまだ開いたままのノートの上にかばんを置く男  
「…じゃあ、私の席はどこ?」  
すこしムッとした表情で言い返す望。だが男はひるまない。  
「しるか! ・・・お前 見ない顔だな?」  
「お前呼ばわりはしないで頂戴。北白河 望よ。 今日転校してきたの」  
「あー? どけ!って言ってんだよ!」  
男が右手を突き出す。グーではなく張り手に近い。  
望はすかさず男の手を取ってひねり上げ、そして席を立つ。  
「いてててて!」  
「貴方、女性に手を出すなんて、サイテイね」  
「うるせぇ! いてててててて!」  
「貴方の席がここだとして、なら先生が机を用意しなかったのが悪いのではなくて?  
 なぜ私に手を上げ、簡単に済まそうとするのよ」  
言い放つとひねり上げた手を離す。  
「くそっ!ここは俺の席なんだ!お前が先公に言ってくりゃいいだろうっ!」  
「の・ぞ・む よ?」  
「ああっ?!」  
男は荒げる。  
「またお前と言った。 私の名前はのぞむと言っているのよ。呼べないって、猿以下?」  
「なんだとぉ?!!」  
「やる気?」  
”フフン” と鼻を鳴らすように構える望。男はちょっと気圧されるように後ずさる。  
「くそっ、覚えてやがれ」  
去ろうとする男に望は腕をつかむ。  
「貴方の名前は?」  
「なんだよっ!」  
つかんだ腕に力を込める  
「いてぇ!」  
「貴方の名前は? と聞いてるの」  
望の眼光がするどくなる。  
「いっ! くっ! ひかるだ。掛川光!」  
「ひかる…そう。いい名前ね」  
「?!」  
微笑む望…男は動揺する。ドキリとする微笑と、いままでそう言われたことが無いように。  
「はっ、はなせっ!」  
全力で腕をはらう光。  
「ちっ 後でまたくる!」  
そう言い放つと、教室の外へ出て行った。  
 
掛川光が去ったあとは、授業にならなかった。  
担当教師は我関せずを貫き通し、生徒を放置した。  
変わらず板書はしていき、今の部分をテストに出すと心に決めていく。  
「望ちゃんすごーい!」  
「すげぇ! アイツを負かした!!」  
など、窓が割れんばかりの声が室内に溢れる。  
(ちょっと、やりすぎちゃったかな…)  
そう思う望であった。  
 
 
授業が終わり、昼休みには噂が広がって、  
−転校生は超喧嘩強い美少女−  
として、定着していった。  
 
午後の授業は、机が用意され、何の因果か光の隣に望が座ることになった。  
終始無言の威圧合戦が展開され、来る教師はそっちを見ようとしない。  
消しゴムが相手に転がると、  
「あによ?」  
「なんだよ!」  
こんな感じである  
 
放課後、噂を聞きつけた部活(運動部)が早速勧誘にきたが、  
望は帰宅部を貫く姿勢を見せ、勧誘をあきらめさせた。  
 
 
その後 望は校舎裏に来ていた。  
朝別れたシュマに会うためである。  
 
 
「シュマ? シュマー?」  
すると、遠くから”にゃお〜ん”と声が聞こえてきた。  
(言葉で返事しないって、誰かいるのかしら)  
 
望は声のするとこへ赴くと、  
そこには、手に焼きそばパン(の残骸)をもった光がいた。  
シュマは望の足元に駆け寄り、彼女は抱きかかえる。  
シュマは光に気づかれないようにこっそりと言う  
「猫の振りしてたら、飯くれたんだ♪」”にゃお〜〜ん♪”  
クチの周りに青のりが付いている。  
「・・・光くん。この子に餌くれてたんだ?」  
望は光に問う。  
「・・・・・」  
黙る光。  
「ありがとう」  
満面の笑みを浮かべて言う望。  
微笑みに弱いのか光はたじろいだ。  
「う、あ、い いや、別に俺は・・・」  
「この子とは 放課後にしか会えないからご飯が心配で…」  
「…学校につれてきてんのかよ…?」  
「別にいいじゃない、迷惑掛けない良い子なんだから」  
「・・・まぁ いいか」  
「そうだ、私お昼まだだったんだ。この子と一緒に食べる予定だったから、  
 一緒にたべる? この子が貴方の全部たべちゃったんでしょ?」  
”にゃっ?!”(そんな! ボクのごはんっ!)  
シュマの抗議をスルーする望。  
しかし、光は御相伴にあずかることもなく、  
ちいさく「いやいい…」と吐き捨てると、その場を後にした。  
「・・・・・」  
それを見送る望。  
 
「望…わかってるよね?」  
「うん…」  
シュマが含みのある言い方をし、望が答える。  
−死神として、必要以上に人間とかかわりを持つのは禁忌とされている。  
 まして、それが進み恋仲となると、厳しい処罰が待ち受けていることも。  
(でも・・・)  
望の胸中に、なにか暖かいものが生まれたことに、本人以外、だれも気が付いていなかった。  
 
 

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